砂煙が……訓練場に舞っている。
爆風による破壊跡は、学生の張っておる結界だけでは抑えきれずに……パラパラと崩れ去っているのう?
「へぇ? いやはや見事と言わざるを得ない。まさかまさか……」
賢者の驚きようも無理はないじゃろうの?
なにせ、今の一撃は『彼ら』では絶対に防ぎようのない……まさに一撃必殺なんじゃから。
「耐えるとは信じていたけど、まさか戦闘が続けられそうだなんて予想外だよ」
「……」
「てっきり、腹に穴くらい開いているものかと思っていたのにね」
「クソ……賢者……!」
何とかお気に入りが間に合って良かったわい、本当にお腹に穴でも開いてそうな威力じゃったからのう……
そんな彼はまるで眠るかのように地に伏しており……おっと、もう立ちあがるんじゃの?
最近の若い子は元気があって良いのう。
「何時までも寝てられないから……」
動くだけでも脇腹が痛いじゃろうに、当然じゃ……折れてるんじゃからの。
別に、後はワシに任せて寝ておっても良いんじゃよ?
別にこの試合に無理に勝つ必要は無いんじゃないかの?
ワシに任せれば……直ぐに終わらせてみせるぞい?
「意地悪。もう一人の僕なら……分かってるでしょ?」
ほっほっほ、ワシらって意外と負けず嫌いな所があるんじゃよなぁ……これが。
さて、何処まで手を貸したものやら……
「アドバイスだけで良い、後は……僕がやる」
よう言った、それじゃあ……老人から一言だけ助言じゃ。
お前さんは、ちょっと常識にとらわれ過ぎじゃの。
「常識に?」
そうじゃ、もっとスキルは自由に羽ばたけるものなんじゃよ。
自分の好きなように、書き換えて良いんじゃ。
「自由に……か。分かった、やってみるよ」
うむ、その意気じゃ。
それじゃあワシは後ろの方で見ておるからの。
それと……『よみあげ』も自分のスキルなんじゃ。
そこも含めて、自分の力じゃから……
「後ろめたく思う必要は無い……でしょ? ありがとうおじいちゃん、でもさ……」
『よみあげ:老ノマル → 解除』
▼△▼△▼△▼△
「あの性格破綻者の横っ面は、僕達で一発殴りたいなって」
意識に混ざっていた、彼の存在がすーっと薄くなっていくのが分かる。
あの時、打つ手が無くなった僕が託したのは……未来のもう一人の僕。
「ん~作戦会議は終わったかい? あれ……無事なのは君とシエナちゃんだけ……? それじゃあ一体……」
「なっ、何とか助かったよノル君…………ノル君?」
後ろで気を失っている二人だが、グレイさんの魔力は恐らくもう0に近いはず。ツェツィのバフがまだ乗っているから……僕達の体力的にも、決め切るなら短期決戦しかない。
「君の後ろ……誰かいるね? 魔法の使い方一つとっても、いつもとは違う癖がある」
「さて、どうでしょうね?」
鋭い、流石にバレる……けど想定済み。
今はどうすれば彼女の意表を突けるかを考えるだけで良い。
「相手は……誰なんだい? スキルでの会話……条件は信頼かな? いやぁ、そうじゃないな。相手はシエナちゃんじゃないんだろうし。つまり何らかの条件付けが必要と見た」
「……」
そこまで既に割れているのか、恐ろしいまでの洞察力だけどもう問題はない。
此処から先はもう、使わないから。
「気になる、気になるよノル君」
「来るよ、ノル君……!」
まるで獣のような地鳴りと共に。
「君の底が……気になって仕方がない!」
大地が───再び僕達に牙を剥いた。
状況はあまりにも劣勢、こちらは二人がダウンしていて僕達も無傷とは言い切れない。
ただ幸運にもシエナの傷は……そう深くはないように見える。どうやらあの爆発の中で剣が『不壊』なのを良い事にダメージを分散させたらしい。恐るべき芸当……と感心している場合じゃない。
あの賢者に一泡吹かせるためには、あの堅牢なゴーレムの矛と盾を突破しなければいけないだろう。
だが詠唱に溜めを作れば、そこを突かれ……剣士はそもそも近づく事すら難しい。
「守ってばかりでも良いが……都市が崩れるのと体力切れ……どっちが先かなぁ?」
まるで一人でパーティを相手にしているかのような圧倒的な手数。
だがゴーレムは優秀であっても弱点が無い訳ではない。
『自由に』……か。一つだけ、策を思いついた。
それが上手く行くかは……良くても五分といった所だけど。
「シエナ……行ける?」
「勿論」
お互いの意思疎通はそれだけで十分だった、敵を前に作戦を共有する程愚かじゃない。
シエナが信じてくれさえすれば、この作戦はそれでいい。
「意気込みは良いが、現実は残酷だよ? 人数が減って、事態が好転する訳が無いだろう」
土の槍が真正面から、真横から……そして真下から見せつけるように……迫る。
狙いは恐らく腹部と脚。殺さないように……と言えば聞こえはいいが、この空間で機動力を削がれれば終わりだ。何処までも合理的で、嫌らしい戦術。
目前に迫ったそれを、身体を反らし───
「───つっ!」
「どうしたんだい? 動きが鈍くなってるようだけどねぇ」
───きれなかった。
満身創痍の身体で先ほどのように避けきれるはずもなく、一発の槍が腹部を掠め鮮血が舞う。
だが掠り傷、致命傷には程遠く……つまるところ、戦うのにおいて支障は無い。
そしてシエナが走る、真っ直ぐ……ではなく彼女を囲むような形で。
「確かに私は一人、それは効果的……」
対応する方向を増やせば、確かに対応はし辛くなるだろう。
それがもし並大抵の相手ならば……だが。
「だとでも? それ位は当然想定済みだぁよ」
彼女の周りにドームのように隆起した地面の表面が、まるでハリネズミのように棘で覆われ───打ち出される。
岩石の弾丸、狙いをつけられている訳では無いものの……だからこそ不規則で、避け辛い。
無理な体勢で避けようとして、折れたあばらの骨が刺さり悲鳴をあげそうになる。
だけど、ここで僕の居場所を教えるような真似はしたくない。だから……堪えろ、堪えるしかない。
「苦しそうだねぇ、諦めて楽になった方が良いんじゃないかい?」
グラウンドに黄色の砂塵が舞い散る中、針の一斉掃射が終わり……土のドームから顔を出した彼女は、不敵に微笑む。
彼女は上澄みの中の上澄みだ、これくらいの策は当然通じないのは分かっていた。
だけどこの作戦を通すには何とかして近づく必要がある、その為の第一歩がこれだった。
『スキル:文字色』
「あれ、シエナちゃんは何処に───ッ!?」
瞬きすらしていないのに見えない程素早い一閃。
正に絶技と言うしかない完成度の黄色い剣閃が、ドーム毎彼女を切り裂かんと襲い掛かる。
その正体は、砂煙の中に紛れたシエナの攻撃。
「保護色……どういう手品か知らないが、確かにこの砂塵の中では見えづらいかもしれないね。よく考えたが……」
分かっている、目視以外の探知方法がある事なんてとっくに。
メイン火力はシエナ……確かに彼女はそう思うだろう。
グレイさんの居ない今、一番火力を出せるのはシエナだから。
僕は所詮、魔法も剣も二流止まりだから。
だけどそれじゃあきっと、彼女の『想定』は越えられない。
人を倒すのにはそんなに威力は必要ない。
それも後衛職なら、猶更に。
爆発的に、しかしあまりにも直線的な動きで、身体が予備動作も無く賢者に向かって動き出す。
普通ならば只の的、細かな立ち回りも出来ない。
少なくとも格上相手に使うべきではないこのスキルは……距離を詰めるという一点においては、優位に働くはずだ。
「また曲芸染みた事を……それが奥の手かい?」
やや呆れたような彼女が、迎撃の為に手を振るうと……あたりの地面はたちまち凶器へと変わる。
後ろから迫るものが8本……だけど前だけ見ていれば良い。
進行方向から来る4本の槍は……
「決めて! ノル君ッ!」
……シエナが撃ち落としてくれると信じていた。
そして突如として僕の真下へと生成された槍が2本。狙いは……恐らく腹部。
人体には間違いなく耐えきれない一撃、喰らえばただでは済まないだろう。
もし回避行動を取れば、折角作ったチャンスも台無しになる。
だけど……待っていた。
その一撃を待っていたんだ。
『スキル』
青白いウィンドウに羅列された無数の選択肢。
その中から選ぶのは彼女の知らないであろう……僕の未知。
決して戦闘向きでは無い筈の、その能力を。
『ホーム』
「───は? なっ───」
ガツンという硬いもの同士がぶつかり合った、硬質な音が辺りへ響く。
石の槍は、僕の足元に突如として現れた
賢者の眼が大きく見開かれる。
理解できない、未知のモノを見る目……その目だ。
信じていた、これまで過ごしてきた日々がその信頼の重みだった。
「───んだい、それはっ──!?」
彼女ならその『未知』に、一瞬興味を向けてくれると。
その一瞬があれば、僕なら魔法を叩きこめる。
『スキル:お気に入り済み→ウインド───』
この距離なら……ガードは間に合わない……間に合わせ無い!
短剣を突き出し……スキルを重ねがけした……これが今の全力!
『スキル:
「───
ドッという……鼓膜が破裂するかのような、轟音。
殆ど零になった距離で───台風のような突風が吹き荒れた。
反動で地面を跳ねる、自分で放った魔法ながら……その風圧に身体を支え切れずに地面を転がる。
折れたあばら骨は、溢れ出るドーパミンの所為か痛みを感じなかった。
「これで……」
「ノル君!? 大丈夫!?」
上手く立ち上がれず、仰向けのままその場から台風の爆心地へと目を向ける。
吹き荒れる砂煙の中……ドームだったものの輪郭が、姿を現す。
「いやぁ……」
その崩れかけたドームの中で彼女は……立っていた。
賢者は間違いなくその両の脚で、地面に立っていた。
「想像以上……過ぎるね。まさか奥の手を切らされるとはなぁ……私を守る最後の防壁……身に纏った衣服は、竜の皮と魔法式によって組み上げられた……ゴーレムなんだよ」
届かなかった、あれだけ死力を尽くしても……なお。
それが悔しい、歯ぎしりしそうな程に。
「接近された時の脆弱さは魔法使いの永久課題だからねぇ、当然対策済み……なんだけど」
たらーっと、彼女の額から真っ赤な血が流れていくのが見える。
無駄では、無かったのかもしれない。
「これじゃ不合格なんてとてもじゃないが言えないぜ、全く……もう少し強引に引き止めるつもりだったんだけどねぇ……」
被っていた帽子は、役目を終えたかのようにパラパラと崩れ去っていき……やがて塵になった。
僕達の一撃は……努力は。
「誇っていい、君達の一手は……間違いなく、S級である私に届きうるものだった」
「アメティスタ……先生……」
きっと賢者の、想定を越えられたのだろう。
戦いが終わり、興奮が収まると……途端に折れている脇腹が痛くなってきた。
というかさっきまで何で痛みを感じなかったのか、本当に不思議なくらい痛い……!
「だっ、大丈夫ノル君……青い顔してるけど……」
「大丈夫じゃ……ないけど……」
臓器には刺さってないと思うけど、それでも到底耐えられるような痛みじゃないんだけど……!?
「さて、試験を頑張った生徒には……ご褒美をあげようじゃないか」
「それより、治療をして欲しいんですけど……」
「それは、ツェツィーリア王女殿下が目を覚ましてからしてもらうと良い。そんな事よりだね」
「そんな……事って……」
何処までも僕の事情をくみ取るつもりの無さそうな賢者の声が、少しずつ近づいて来る。
ザリザリという、彼女がゆっくりとこちらに歩いて来る足音。
恐らくは彼女が額から流しているであろう血液が、ポタポタと地面に泥濘を作っている。
目の前で僕を見下ろす彼女の、紫水晶のような色の髪が風にたなびく。
「さて……と。自分で言い出しておいて中々気恥ずかしいものがあるが……」
「何言って……んぐっ!?」
朦朧とした意識の中で覚えていたのは屈んで顔を近づけた彼女と───唇に触れる柔らかい感触。
初めてのキスは、真っ赤で鉄臭い……血の味がして。
「えっ」
「あっ、あぁぁぁぁ!? この泥棒猫ォぉぉぉ!?」
シエナが投げた長剣が過去一番の勢いで賢者へと飛んでいき……紙一重の所で空を切る。
「危なっ。君達もうかうかしてると、存外簡単にかっさらわれるぞ? 精々気をつけ給えよ……っと」
暗闇の中へと意識が沈んでいく中で……シエナの絶叫だけが耳に残っていた。
目を覚ませば、馬車に揺られていた。
頬を撫でる風が心地良い。
後で話を聞いたところ、一悶着あったもののどうやら約束通り『賢者』は僕達の旅を邪魔せず……むしろ追い出すかのように用意を進めてくれたらしい。
それがどういう意味を持つのか、少なくとも今の僕には分からない。
「おはよノル君、怪我はもう大丈夫?」
「うん、村の時は何カ月も寝たきりだったから……流石はツェツィだね。他の皆は?」
「今ご飯の用意してるって……ノル君が目を覚ましたって伝えて来るね!」
確かに、ご飯の美味しそうな匂いが辺りに広がっていた。
今までの感じからして……恐らくは気絶していたのも半日程度だろう。
気絶に慣れるというのも考えものなんだけど。
そんな中、慣れない雰囲気になんとなしにスキルを発動させる。
その瞬間、一際大きな風が───吹いた。
『スキル:よみあげ』
「ノル君~ご飯できたって! 食べれそう?」
「うん、大丈夫。今行くよ」
これからも僕達の旅は続いていくんだろう、そんな新鮮さを感じながらも立ち上がる。
▶『老ノマル』
『賢者アメティスタ』
『???』
『戻る』
『よみあげ』に新しく増えたその名前に、複雑なものを感じながら。