スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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68.『賢者』の試練 後編

 砂煙が……訓練場に舞っている。

 

 爆風による破壊跡は、学生の張っておる結界だけでは抑えきれずに……パラパラと崩れ去っているのう? 

 

「へぇ? いやはや見事と言わざるを得ない。まさかまさか……」

 

 賢者の驚きようも無理はないじゃろうの? 

 なにせ、今の一撃は『彼ら』では絶対に防ぎようのない……まさに一撃必殺なんじゃから。

 

「耐えるとは信じていたけど、まさか戦闘が続けられそうだなんて予想外だよ」

「……」

「てっきり、腹に穴くらい開いているものかと思っていたのにね」

「クソ……賢者……!」

 

 何とかお気に入りが間に合って良かったわい、本当にお腹に穴でも開いてそうな威力じゃったからのう……

 

 そんな彼はまるで眠るかのように地に伏しており……おっと、もう立ちあがるんじゃの? 

 最近の若い子は元気があって良いのう。

 

「何時までも寝てられないから……」

 

 動くだけでも脇腹が痛いじゃろうに、当然じゃ……折れてるんじゃからの。

 

 別に、後はワシに任せて寝ておっても良いんじゃよ? 

 

 別にこの試合に無理に勝つ必要は無いんじゃないかの? 

 ワシに任せれば……直ぐに終わらせてみせるぞい? 

 

「意地悪。もう一人の僕なら……分かってるでしょ?」

 

 ほっほっほ、ワシらって意外と負けず嫌いな所があるんじゃよなぁ……これが。

 さて、何処まで手を貸したものやら……

 

「アドバイスだけで良い、後は……僕がやる」

 

 よう言った、それじゃあ……老人から一言だけ助言じゃ。

 お前さんは、ちょっと常識にとらわれ過ぎじゃの。

 

「常識に?」

 

 そうじゃ、もっとスキルは自由に羽ばたけるものなんじゃよ。

 自分の好きなように、書き換えて良いんじゃ。

 

「自由に……か。分かった、やってみるよ」

 

 うむ、その意気じゃ。

 それじゃあワシは後ろの方で見ておるからの。

 

 それと……『よみあげ』も自分のスキルなんじゃ。

 そこも含めて、自分の力じゃから……

 

「後ろめたく思う必要は無い……でしょ? ありがとうおじいちゃん、でもさ……」

 

 

『よみあげ:老ノマル → 解除』

 

 

 ▼△▼△▼△▼△

 

 

「あの性格破綻者の横っ面は、僕達で一発殴りたいなって」

 

 意識に混ざっていた、彼の存在がすーっと薄くなっていくのが分かる。

 あの時、打つ手が無くなった僕が託したのは……未来のもう一人の僕。

 

「ん~作戦会議は終わったかい? あれ……無事なのは君とシエナちゃんだけ……? それじゃあ一体……」

「なっ、何とか助かったよノル君…………ノル君?」

 

 後ろで気を失っている二人だが、グレイさんの魔力は恐らくもう0に近いはず。ツェツィのバフがまだ乗っているから……僕達の体力的にも、決め切るなら短期決戦しかない。

 

「君の後ろ……誰かいるね? 魔法の使い方一つとっても、いつもとは違う癖がある」

「さて、どうでしょうね?」

 

 鋭い、流石にバレる……けど想定済み。

 今はどうすれば彼女の意表を突けるかを考えるだけで良い。

 

「相手は……誰なんだい? スキルでの会話……条件は信頼かな? いやぁ、そうじゃないな。相手はシエナちゃんじゃないんだろうし。つまり何らかの条件付けが必要と見た」

「……」

 

 そこまで既に割れているのか、恐ろしいまでの洞察力だけどもう問題はない。

 此処から先はもう、使わないから。

 

「気になる、気になるよノル君」

「来るよ、ノル君……!」

 

 まるで獣のような地鳴りと共に。

 

「君の底が……気になって仕方がない!」

 

 大地が───再び僕達に牙を剥いた。

 

 

 

 状況はあまりにも劣勢、こちらは二人がダウンしていて僕達も無傷とは言い切れない。

 

 ただ幸運にもシエナの傷は……そう深くはないように見える。どうやらあの爆発の中で剣が『不壊』なのを良い事にダメージを分散させたらしい。恐るべき芸当……と感心している場合じゃない。

 

 あの賢者に一泡吹かせるためには、あの堅牢なゴーレムの矛と盾を突破しなければいけないだろう。

 だが詠唱に溜めを作れば、そこを突かれ……剣士はそもそも近づく事すら難しい。

 

「守ってばかりでも良いが……都市が崩れるのと体力切れ……どっちが先かなぁ?」

 

 まるで一人でパーティを相手にしているかのような圧倒的な手数。

 だがゴーレムは優秀であっても弱点が無い訳ではない。

 

『自由に』……か。一つだけ、策を思いついた。

 それが上手く行くかは……良くても五分といった所だけど。

 

「シエナ……行ける?」

「勿論」

 

 お互いの意思疎通はそれだけで十分だった、敵を前に作戦を共有する程愚かじゃない。

 シエナが信じてくれさえすれば、この作戦はそれでいい。

 

「意気込みは良いが、現実は残酷だよ? 人数が減って、事態が好転する訳が無いだろう」

 

 土の槍が真正面から、真横から……そして真下から見せつけるように……迫る。

 

 狙いは恐らく腹部と脚。殺さないように……と言えば聞こえはいいが、この空間で機動力を削がれれば終わりだ。何処までも合理的で、嫌らしい戦術。

 

 目前に迫ったそれを、身体を反らし───

 

「───つっ!」

「どうしたんだい? 動きが鈍くなってるようだけどねぇ」

 

 ───きれなかった。

 

 満身創痍の身体で先ほどのように避けきれるはずもなく、一発の槍が腹部を掠め鮮血が舞う。

 だが掠り傷、致命傷には程遠く……つまるところ、戦うのにおいて支障は無い。

 

 そしてシエナが走る、真っ直ぐ……ではなく彼女を囲むような形で。

 

「確かに私は一人、それは効果的……」

 

 対応する方向を増やせば、確かに対応はし辛くなるだろう。

 それがもし並大抵の相手ならば……だが。

 

「だとでも? それ位は当然想定済みだぁよ」

 

 彼女の周りにドームのように隆起した地面の表面が、まるでハリネズミのように棘で覆われ───打ち出される。

 岩石の弾丸、狙いをつけられている訳では無いものの……だからこそ不規則で、避け辛い。

 

 無理な体勢で避けようとして、折れたあばらの骨が刺さり悲鳴をあげそうになる。

 だけど、ここで僕の居場所を教えるような真似はしたくない。だから……堪えろ、堪えるしかない。

 

「苦しそうだねぇ、諦めて楽になった方が良いんじゃないかい?」

 

 グラウンドに黄色の砂塵が舞い散る中、針の一斉掃射が終わり……土のドームから顔を出した彼女は、不敵に微笑む。

 

 彼女は上澄みの中の上澄みだ、これくらいの策は当然通じないのは分かっていた。

 だけどこの作戦を通すには何とかして近づく必要がある、その為の第一歩がこれだった。

 

『スキル:文字色

 

「あれ、シエナちゃんは何処に───ッ!?」

 

 瞬きすらしていないのに見えない程素早い一閃。

 

 正に絶技と言うしかない完成度の黄色い剣閃が、ドーム毎彼女を切り裂かんと襲い掛かる。

 その正体は、砂煙の中に紛れたシエナの攻撃。

 

「保護色……どういう手品か知らないが、確かにこの砂塵の中では見えづらいかもしれないね。よく考えたが……」

 

 分かっている、目視以外の探知方法がある事なんてとっくに。

 メイン火力はシエナ……確かに彼女はそう思うだろう。

 

 グレイさんの居ない今、一番火力を出せるのはシエナだから。

 僕は所詮、魔法も剣も二流止まりだから。

 

 だけどそれじゃあきっと、彼女の『想定』は越えられない。

 

 人を倒すのにはそんなに威力は必要ない。

 それも後衛職なら、猶更に。

 

 

『特殊タグ:スクロール→対象:ノマル』

 

 

 爆発的に、しかしあまりにも直線的な動きで、身体が予備動作も無く賢者に向かって動き出す。

 

 普通ならば只の的、細かな立ち回りも出来ない。

 少なくとも格上相手に使うべきではないこのスキルは……距離を詰めるという一点においては、優位に働くはずだ。

 

「また曲芸染みた事を……それが奥の手かい?」

 

 やや呆れたような彼女が、迎撃の為に手を振るうと……あたりの地面はたちまち凶器へと変わる。

 後ろから迫るものが8本……だけど前だけ見ていれば良い。

 

 

 進行方向から来る4本の槍は……

 

「決めて! ノル君ッ!」

 

 ……シエナが撃ち落としてくれると信じていた。

 

 

 そして突如として僕の真下へと生成された槍が2本。狙いは……恐らく腹部。

 人体には間違いなく耐えきれない一撃、喰らえばただでは済まないだろう。

 

 もし回避行動を取れば、折角作ったチャンスも台無しになる。

 

 

 だけど……待っていた。

 

 

 その一撃を待っていたんだ。

 

 

『スキル』

 

 青白いウィンドウに羅列された無数の選択肢。

 その中から選ぶのは彼女の知らないであろう……僕の未知。

 

 決して戦闘向きでは無い筈の、その能力を。

 

『ホーム』

「───は? なっ───」

 

 ガツンという硬いもの同士がぶつかり合った、硬質な音が辺りへ響く。

 石の槍は、僕の足元に突如として現れた()()()()によって勢いを掻き消される。

 

 賢者の眼が大きく見開かれる。

 

 理解できない、未知のモノを見る目……その目だ。

 信じていた、これまで過ごしてきた日々がその信頼の重みだった。

 

「───んだい、それはっ──!?」

 

 彼女ならその『未知』に、一瞬興味を向けてくれると。

 その一瞬があれば、僕なら魔法を叩きこめる。

 

『スキル:お気に入り済み→ウインド───』

 

 この距離なら……ガードは間に合わない……間に合わせ無い! 

 短剣を突き出し……スキルを重ねがけした……これが今の全力! 

 

『スキル:()()太字

「───()()()()()()()!」

 

 

 ドッという……鼓膜が破裂するかのような、轟音。

 

 殆ど零になった距離で───台風のような突風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反動で地面を跳ねる、自分で放った魔法ながら……その風圧に身体を支え切れずに地面を転がる。

 折れたあばら骨は、溢れ出るドーパミンの所為か痛みを感じなかった。

 

「これで……」

「ノル君!? 大丈夫!?」

 

 上手く立ち上がれず、仰向けのままその場から台風の爆心地へと目を向ける。

 吹き荒れる砂煙の中……ドームだったものの輪郭が、姿を現す。

 

「いやぁ……」

 

 その崩れかけたドームの中で彼女は……立っていた。

 賢者は間違いなくその両の脚で、地面に立っていた。

 

「想像以上……過ぎるね。まさか奥の手を切らされるとはなぁ……私を守る最後の防壁……身に纏った衣服は、竜の皮と魔法式によって組み上げられた……ゴーレムなんだよ」

 

 届かなかった、あれだけ死力を尽くしても……なお。

 それが悔しい、歯ぎしりしそうな程に。

 

「接近された時の脆弱さは魔法使いの永久課題だからねぇ、当然対策済み……なんだけど」

 

 たらーっと、彼女の額から真っ赤な血が流れていくのが見える。

 無駄では、無かったのかもしれない。

 

「これじゃ不合格なんてとてもじゃないが言えないぜ、全く……もう少し強引に引き止めるつもりだったんだけどねぇ……」

 

 被っていた帽子は、役目を終えたかのようにパラパラと崩れ去っていき……やがて塵になった。

 僕達の一撃は……努力は。

 

「誇っていい、君達の一手は……間違いなく、S級である私に届きうるものだった」

「アメティスタ……先生……」

 

 きっと賢者の、想定を越えられたのだろう。

 

 

 

 戦いが終わり、興奮が収まると……途端に折れている脇腹が痛くなってきた。

 というかさっきまで何で痛みを感じなかったのか、本当に不思議なくらい痛い……! 

 

「だっ、大丈夫ノル君……青い顔してるけど……」

「大丈夫じゃ……ないけど……」

 

 臓器には刺さってないと思うけど、それでも到底耐えられるような痛みじゃないんだけど……!? 

 

「さて、試験を頑張った生徒には……ご褒美をあげようじゃないか」

「それより、治療をして欲しいんですけど……」

「それは、ツェツィーリア王女殿下が目を覚ましてからしてもらうと良い。そんな事よりだね」

「そんな……事って……」

 

 何処までも僕の事情をくみ取るつもりの無さそうな賢者の声が、少しずつ近づいて来る。

 

 ザリザリという、彼女がゆっくりとこちらに歩いて来る足音。

 恐らくは彼女が額から流しているであろう血液が、ポタポタと地面に泥濘を作っている。

 

 

 目の前で僕を見下ろす彼女の、紫水晶のような色の髪が風にたなびく。

 

 

「さて……と。自分で言い出しておいて中々気恥ずかしいものがあるが……」

「何言って……んぐっ!?」

 

 朦朧とした意識の中で覚えていたのは屈んで顔を近づけた彼女と───唇に触れる柔らかい感触。

 

 初めてのキスは、真っ赤で鉄臭い……血の味がして。

 

「えっ」

「あっ、あぁぁぁぁ!? この泥棒猫ォぉぉぉ!?」

 

 シエナが投げた長剣が過去一番の勢いで賢者へと飛んでいき……紙一重の所で空を切る。

 

「危なっ。君達もうかうかしてると、存外簡単にかっさらわれるぞ? 精々気をつけ給えよ……っと」

 

 暗闇の中へと意識が沈んでいく中で……シエナの絶叫だけが耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ませば、馬車に揺られていた。

 

 頬を撫でる風が心地良い。

 

 後で話を聞いたところ、一悶着あったもののどうやら約束通り『賢者』は僕達の旅を邪魔せず……むしろ追い出すかのように用意を進めてくれたらしい。

 

 それがどういう意味を持つのか、少なくとも今の僕には分からない。

 

「おはよノル君、怪我はもう大丈夫?」

「うん、村の時は何カ月も寝たきりだったから……流石はツェツィだね。他の皆は?」

「今ご飯の用意してるって……ノル君が目を覚ましたって伝えて来るね!」

 

 確かに、ご飯の美味しそうな匂いが辺りに広がっていた。

 

 今までの感じからして……恐らくは気絶していたのも半日程度だろう。

 気絶に慣れるというのも考えものなんだけど。

 

 そんな中、慣れない雰囲気になんとなしにスキルを発動させる。

 

 

 その瞬間、一際大きな風が───吹いた。

 

『スキル:よみあげ』

 

「ノル君~ご飯できたって! 食べれそう?」

「うん、大丈夫。今行くよ」

 

 これからも僕達の旅は続いていくんだろう、そんな新鮮さを感じながらも立ち上がる。

 

 ▶『老ノマル』

『賢者アメティスタ』

『???』

『戻る』

 

『よみあげ』に新しく増えたその名前に、複雑なものを感じながら。

 

 

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