1年と少しぶりの村は、何時もと変わらない風景───ではない。
そもそも、鋼鉄のシャリブレンの侵攻があって村を囲む木柵の1部や家は跡形もなく破壊されていた。
その建て直しを兼ねて、村の一部が工事をしていたのは知っていたが……ここまでとは。
「村の中はそんなに変わんないね? 殆ど外壁だけって感じ?」
「ううん、確かにそうかも……あくまで防衛を固めたかったのかな」
よく見れば村の自警団の人たちに混じって、騎士らしき人達の顔が見える。
恐らくはツェツィが手を回してくれたのだろうが……今のところあれから村は襲われたわけではないらしかった。
まぁ当然か、毎月父さんと母さんから手紙が無事に届いているわけだし。
懐かしい我が家の前にたどり着く、こうして目の前にするととても帰ってきたという実感がある。
「お家は特に変わりないかな? よかった、なんか安心かも」
「私は4年ぶりくらいかぁ、この歳になると4年なんてあっという間に感じるねぇ」
「突っ込みませんからね?」
この人、年寄り扱いすると不貞腐れるのにこういう事を言う時がある。
女性の年齢の話は触れ辛いからやめて欲しい。
「おう、シエナちゃん! それにノマルもよく……帰って……」
「まぁ、ノマルさんのお父様ですね?」
ピシリと、雷に打たれたように固まる父さん。
パーティーメンバーと帰るという話は、してあったはずだけど……
「ツェツィーリア……王女殿下……」
「人違いですよ、私はただのツェツィですので」
そう言えば、そうだ。
一冒険者パーティーに王女さまがいるのは、普通に考えておかしな事なのだ。
しかも今日は、いつものように冒険用の装備ではなく……外出用の服を着ているのだから、溢れる高貴さが抑えられなかったのだろう。
「さっ、流石にお泊め出来ねぇ……です」
「本当に気にしないでください、御父様。今はただのツェツィですので」
それに恐らくは何処かで顔を見た事があったのだろう。
彼女が居るのが当たり前過ぎて、すっかり失念していた。
窓の外は随分と暗くなっていた、
結局母さんとツェツィが話し合って、うちに泊まる事になった。
当然だ、こんな辺鄙な場所にある村に宿なんてない。
グレイさんとツェツィが客人用の部屋に荷下ろしをしに行った、恐らくは久々の家族の団欒に水を差さないようにと配慮してくれている。
「シエナちゃん~旅の間に一段と別嬪さんになったわねぇ」
「そっ、そうかな?」
「ノマルも随分と大きくなって~若い頃のお父さんにそっくり♪」
「そうか? 俺が若い頃は……ひっ!?」
脇腹を抓られて、思わず情けない声を上げる父さん。
だけど素振りのせいか、記憶にある父さんよりもずっとシュッとしているように見える。
「息子の成長は嬉しいが男として負けた気がする」なんて言って、最近は剣の素振りをしているとは聞いていたし、覗き見てしまったが……
「A級冒険者になったんだなぁ、ノマル…………どうするべきか」
「流石にその、止めておいた方が良いと思う」
「おう……? おう、そうか」
剣に関しては毎日のようにシエナと稽古をしているし、よく分からないスキルの伸びしろは随分と大きかった。
今なら稽古で父さんに負けることはないだろう。
むしろ怪我をさせないかが、少し怖い。
「うちの息子が領主になぁ……人生何があるか分からないもんだな」
「本当によく頑張ったのね、2人とも」
「本当に、良いパーティメンバーに恵まれた……かな」
「明日は村長さんの所に行くのよね?」
「その予定だよ、村の運営とかもそうだけど……挨拶も行かないと」
とても憂鬱だった、どうしてこんな事になったのだろうか。
だが幾つか思い浮かんだことはあるので、試せそうなら少しずつ試していこうと思う。
「ノマル……」
「どうしたの? 父さん」
「お前達がどれだけ立派になっても、俺たちにとっては可愛い子供なんだから……いつでも帰ってきていいんだからな」
「父さん……」
結構重荷に思っていた今回の件だが、その一言で救われた気がした。
流石は父さんだ、だけど……
「今度のは、ギャンブル中毒の友人の話じゃないんだよね?」
「ギャンブルって何?」
「いっ!? 何時聞いたんだ!?」
「普通に母さんから聞いたけど……」
何だかそれが恥ずかしくて茶化してしまった。
それが照れ隠しだという事が分かっているかのように、母さんはニコニコと笑っていた。
そんな久しぶりの家族水入らずの時間を過ごして……あっという間に時間は過ぎ去って。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だと思いますよ?」
「と言われても、僕はこういうの慣れてないんだよ……」
この村の一応は領主という事になったので、顔合わせの為にも村長さんに会いに行くことになる。
僕とツェツィだけで……だ。
代官に任命されたらしい人は三日後の到着を予定しているとか。
襲撃の際にはバリケードを建てて立て籠もっていた村長さんのお家は、有事の際は避難も出来るように他の家よりは広い。
そんな中から、記憶よりも少し老けた……彼が姿を見せる。
「よくお越しになられましたじゃ、ノマル男爵」
「うっ……はい」
別にこの村に上下関係とか感じたことは無かったけど、村長さんに丁寧に接されると背筋の辺りがこう……ムズムズする。
「非公式の場でだけでもいいので……その……」
「それは困ったのう、ワシはしがない村長でしかないから……男爵様に親しく接するなんて恐れ多くてのう……」
「そっ、村長さん……!」
「ほっほっほ、大きくなったのう……ノマル坊や」
悪戯が成功したように笑った村長さん、こうして話していると本当に懐かしい気持ちになる。
態度に関しては……そもそも、王女に対して普通に接している時点で……うん、不敬とかいうレベルじゃない。
「大したものは出せないけど、あがっていきなさい。こんな所で立ち話もなんだからの」
「お邪魔します……」
「はいっ、お邪魔しますね?」
それからは領地について……というより村についての近況や村を大きく囲う防壁についての話を聞いた。
やはり防壁以外には大きなイベントは起きていなかったといっても、久しぶりに村の話を聞く時間はとても楽しかった。
肝心の経営に関してだが……知ってはいたが、特に特産品の類がある訳でも無い。
普通、いたって普通の村に……12魔将討伐関連で出た褒章等だけが宙づりになっている状況。
そして当然、これだけの防備を固めれば……維持費がかかる。
国が保証してくれるらしいが……あまり、任せっきりにすると嫌な予感がする。
その辺りも交えつつ、詳しい話は代官が到着してからという話になった。
そんな村長宅での話し合いが終わって、時刻は昼を過ぎて少ししたくらいのこと。
「さて、ここからだけど……」
これから村に対して何か貢献できないかと考えた時に、幾つかアイデアが浮かんでいた。
というのも『ランキング』の中にも、似たような状況になっている事が幾つかあったのだ。
所謂『領地経営』というジャンル、状況に分類されるものらしい。
そんな時にこぞって使われていた手が……一つある。
人脈ちーと? と呼ばれるもの、優秀な人間を雇って領地を発展させようという奴だ。
実際優秀なスキル持ち、人間は重要であり……人材は宝とも比喩されるほどだという。
僕のスキルのマイページで数値化出来るのは自分自身だけだが……
この村に限っては一人、そんな事をやってのける人間に心当たりがあった。
「オシエル君……彼なら、人材の発掘をするのにこの上ない人物だ」
王都の学者や料理人まで知っている彼なら、いろんな分野のエキスパートを発掘することが出来るかもしれない。
そう思って、彼の事を捜したのだが……
見当たらない、この人の少なかった村の……何処にも。
村の事は村の人に聞いてみるべきだと思って、急いで家に帰ったはいいものの。
「母さん! オシエル君って何処にいるか知ってる?」
「あぁ、ううんと……そうねぇ……」
思わず言い淀む母さん、そもそも僕は……彼の父や母と会った事があったか?
「確かに最近見て無いけど……オシエル君がどうかしたのかしら?」
「そんな……訳……」
何かがおかしい、こんな小さな村で子供が一人いなくなって気付かない訳が無いのに。
そもそも、彼は一体どんなスキルを持っていたんだ?
数年間一緒に居たはずなのに、彼がどんな人間なのかを知らなさすぎる。
「そう言えば、クッキー焼いたんだけど食べるわよね?」
「あっ、うん……食べるけど」
机の上に置かれていた、小麦色のクッキーだけが彼の存在を示しているようだった。