男性でありながら、女性のようなややノイズがかった声が頭の中に響く。
僕はスキルの『よみあげ』欄に、誰かを追加した覚えはない。
勿論、誰かの血を取り込んだりもしていない。
だからこそ、この声はよみあげに初めからあった『???』の文字列の正体なのだろう。
過去を覗こうとした瞬間に現れた彼/彼女、つまりあの時間には何かがある筈なのだが……
「過去に一体何が……?」
おっと、過去を覗くのを止めてしまったのは申し訳ないですが……それ以上踏み込むのは今の貴方には危険すぎる。少し無茶をし過ぎですよ、ノマル君。
「それは……ごめんなさい?」
確かに、何か不味い雰囲気は感じていたが……強行してしまった。
使い方を間違えればこのスキルは危険だという事は、子供のころから知っていた筈なのに。
少しずつ状況を整理しよう。
まず今までの『よみあげ』との明確な違いは、地の文の一部にしか存在しないという事だ。
一部分をよみあげとして使うなんて事が───出来ますよ?
「出来るの?」
えぇ、もう少し出力を絞るように……そうです。
【完全に『よみあげ』ない事で出来る事も増えるでしょう、その調子で使いこなしてください】
出来た、出来てしまった。
こんなにもあっさりと、それも短時間でだ。
【昔のままならこうはいかなかったでしょう、貴方が成長している証ですよ】
「ありがとうございます?」
下手をしなくても、おじいちゃんになった僕よりも理解度自体は上ということだ。
僕よりも僕のスキルに精通している、そんな人物の正体は果たして───
「ねぇ、ノル君誰と話してるの?」
「ううんっと……誰なんだろう」
「そっか……後で教えてくれる? 私、辺りを見張ってるから」
確かに傍から見れば、虚空に向かって話しかけるヤバイ奴だ。
……それは昔からか。
僕は昔から、虚空にある青白いウィンドウを見ている異常者だった。
それにしても彼? 彼女? はオシエル君とは似ても似つかないし、確証はどうしても持てない。
幸いにもこの存在は僕に対して友好的だし、本人に聞いてみるべきだろう。
【私はオシエルですよ、貴方のよく知る……ね】
「オシエル君は……無事なんですか?」
【いえ、本当に乗っ取ったとかそういう訳では無くて……】
何処か焦ったような口ぶりに、ようやく人間らしさが垣間見えた。
ここまであまりにも超然とした存在過ぎて、取っ掛かり辛かったから。
それでも正直、物知り顔で知識を語ってくれる甘いもの好きのオシエル君とは似ても似つかない。
「オシエル……さんは」
【昔のように、オシエル君と呼んでも良いのですよ? 勿論、ちゃんでも……お好きにお呼びください】
記憶はある、もしくはその場面を覗き見ているのだろう。
こんな考察も、頭の中を覗かれている以上はあまり意味があるとは思えないが。
「オシエルさんはいったい何者なんですか」
【結論から言えば、あくまで彼は仮初の姿。本来の物語にあるべきではない異物そのものなのです】
「じゃあ今の貴方は一体何者なんですか?」
【今は……スキルそのものと言うべきでしょうか】
つまり……『ハーメルンの上の方にあるやつ』なんていう意味不明なスキルが擬人化したという事な───違いますよ? 時系列が全く違いますから、変な勘違いはしないように。
【正確には、この『ハメ上』は人間の■■や■■■ではなく……貴方のスキルは■■になるはずでした。これは■■によって私から後付けされたものです。ですが私にはそこまでの力もありませんし、専門でもありませんから……キャパシティを補う必要があった】
ノイズがかかった様に聞き取れない。
恐らくはそれを知る事が出来ない……もしくは何かが足りないのだろう。
だけど、断片的な情報を繋ぎ合わせていくと……一つの結論に辿り着く。
「つまり僕にスキルを授けたから……姿を保てなくなったんですか?」
【遅かれ早かれこうなっていたでしょう。我々は本来この世界に干渉するべきではないのですから……なので気に病む必要はありませんよ】
否定は……されなかった。
そう言われても、気にしない訳が無い。
知らない間に、そんな重たいものを託されていたとは知らなかった。
「それじゃあ一体、何時から……オシエル君は……」
【姿を保てなくなったのは、貴方達が旅立つ日の事でしょうか。ですが貴方の物語は誰よりも近くで読んで……失礼、見てきましたよ】
だからこそ分からないのは、どうして僕なのか。
僕はオシエル君にそこまで感謝されるような事も、特別何か琴線に触れるような事もした覚えがない。
「どうして、ここまでしてくれたんですか?」
【見てみたくなったのです。貴方達のありきたりな復讐譚でなく……心躍るような冒険譚を】
「復讐……?」
【いえ、こちらの話です。そして……もう語られるべきでは無いお話ですから】
パタンと何処かで本を閉じる音がする、オシエルさんの居る場所がどうなっているのかは分からないが……意外と快適だったりするのだろうか。
「とりあえず、オシエル君が無事……無事? で良かったです」
【本当は出てくるつもりは無かったのですが、まさかそこまで想われていたとは思いもよらず……直ぐに諦めると高を括っていたのかもしれません。人たらしですね、ノマル君は】
【さて、本題に入りましょうか】
「本題……?」
【物知りなオシエル君の力を借りに来たのですよね? 貴方が忘れてどうするんですか……】
そう言えばそうだった、初めはオシエル君の知識を求めていて……途中から彼の安否の方に完全に意識が向いてしまっていた。
【そうですね、報酬は……「クッキー4……いや、5って所」でどうでしょうか?】
「それは……懐かしいね?」
そう呟いた彼/彼女の声に、どこか懐かしいものを感じて思わず微笑む。
昔の友人が変わっていなかったような、そんな安心感。
「そう言えば甘いものを要求していたのも、スキルの負担だったんですか?」
【それは!? えぇっと……その通りです! えぇ、はい】
何処かぎこちなく弁明するかのように慌て始めたオシエル君は、それきり黙りこくってしまう。
「へぇ……」
それから暫く無言の時間が過ぎる、1分か2分か……それ以上か。
耐えられなくなったのか、非難している訳でも無いのに弁明を始める。
【良いじゃないですか、こちらの世界に降りれるの何て数千年に一度あるかなんですよ? 新しい物語との出会いに、紅茶と甘いスイーツが無いなんてそんな……悲しすぎると思いませんか? 思いますよね?】
「まあ、その……あったらいいなとは思いますけど」
意外と俗物的なんだな、上位存在らしき人も。
【そうですよね? なので、これは必要経費……あくまで職権や立場を乱用している訳では断じてありません。それに、村の方々に授けた知識を考えればおつりが出るくらいで……】
「干渉はしない方が良いって、さっき言ってませんでしたか?」
【……対価の無い報酬は人を堕落させるのです。ノマル君、
理解できない上位存在という巨大な虚像が、パラパラと音を立てて崩れ去っていくのを感じる。
親しみやすいと言えば聞こえはいいが、やはり自分の欲に忠実すぎる気がする。
とは言えこのスキルにお世話になっているのは事実だし、受けた恩は返したい。
「ホームの冷蔵庫に、甘いものを偶にお供えしておきます」
【流石はノマル君、とても優しい子ですね。貴方にスキルを授けたのは……間違いでは無かった】
そんな事で此処までの旅路を肯定されるのは複雑だ……あまりにも複雑。
悶々としている中で、俯いていると……馬の蹄の音が村の門の入り口から聞こえる。
馬車から降りてきたのは、30代くらいのしっかりとした髭を蓄えた男性で……
「あれは……」
【彼こそがこの村を担当する代官の「スチュワード・ベイリフ」ですね。何でも親子揃って代官の仕事についているとか。勿論……王女側の息がかかっているでしょうから、彼の前で謀反とかを企てはいけませんよ?】
「しないよ!?」
「どっ、どうしちゃったのノル君?」
やや騒がしくなった脳内に沸いて出た恐ろしい考えを、振り払うように頭を振って大声を出す。
そんな声に何事かと戻って来たシエナからは妙なものを見るような目で見られ、スチュワードさんは僕の奇行に思わず目を白黒とさせている。
「ようこそ、ソノヘンの村へ!」
「あっ、えぇ……これは丁寧にどうも」
半ばヤケクソ気味に叫んだ僕に、あくまでも紳士的に接してくれる彼は頼れる大人といった雰囲気だった。
領地経営はこれからだというのに、頭の痛くなりそうな出会いだったが……
それも僕らしさということなのかも……いや、そんな事があって良い訳が無い。