今日は畑の品種改良に一旦の区切りがついて、村の入り口の近くで物語を読みながら待っていた。
テーブルに置いた二人分の紅茶とクッキーは、いつの間にか半分無くなっていた。
『スキル:よみあげ』
【ふむ、流石はノマルですね。芳醇な砂糖の甘みと、紅茶を練り込んだクッキーのコントラストが素晴らしいです。バターもそう安くはなかったと思いますが……】
「まあ、一応はお世話になってるし……ここでお金を渋るべきじゃないかなと」
【ふふっ。貴方のそういうところ、やはり好きですよ?】
何処かからか、紅茶を啜る音が響く。
一体どういうシステムになってるのか気になる所だが、あまり深掘りしたくないところでもある。
『スキル:
今日も
【あれは……甘味づくりのプロフェッショナル「アマイノ」ではありませんか! ノマル、是非彼を……】
「あぁ、もうそれは別に良いですけど……」
単純に人手不足を解消しようとすれば、こうして有益な人材を探すのは理に適っている。
叶っているのだが……
「よければ村で……」
「申し訳ないが、道を急いでいるんだ」
料理人と言う風貌の彼に、にべもなく勧誘は断られた。
当然だ、別に彼らは近くに来てくれるだけで協力してくれるわけではない。
あくまでグレイエルさんが特別だっただけなのだ。
「結局なぁ……彼らが求めるものが提供できないと、交渉の土台にすら立てないというか」
【あぁ!? アマイノが去って行きます……!】
傍点で珍しい旅人を呼び出せても、その人が協力してくれるかは別なのだ。
【……こほん】
去って行くアマイノさんを見送ってから暫くして、オシエル君がコホンと一つ咳払いをする。
どうやら、ようやく正気に戻ったらしい。
【ふぅ……少し取り乱しました。それにしても、お困りのようですね?】
「少し……少し? 今から取り繕ってもだいぶ遅いと思いますけど」
カチャンと何処か少し乱雑に、ティーカップをティーソーサーに置く音が響く。
この話は此処で終わり、そういう事なのだろう。
話を戻すが……当たり前だが、人手が足りない。
農業をやるにも特産品を作るにも、今ある強み? を活かすにも人手が必要なのだ。
分かってはいたが、深刻な状況だ。
外資の獲得手段と人手不足は、この村を取り巻く深刻な問題である。
【そもそも、なんでグレイエルが来たと思いますか?】
「師匠が来た理由……?」
一体どうして師匠が……と思ったが、そう言えば彼女も旅人ガチャの最中に来てくれた冒険者だった。とはいえそれがどうして、この事態の解決と繋がってくるのかは検討もつかないが。
「おや、どうしたんだいノル君」
「うわぁ!? いつの間に来てたんですか!?」
「今さっきだけど……そんなに驚かなくても良くないかい?」
狙い澄ましたかのように、ひょっこりと現れた師匠……じゃなくて、グレイさんに思わず高い声を出してしまった。どうもこの村に帰ってくると、やはり師匠呼びが頭から離れない。
例え何をできるようになっても、僕にとっての魔法使いとしての……そして、冒険者としての師匠は彼女なのだ。彼女の教えは、今もこの胸に強く根付いている。
だからつい、師匠と呼んでしまいそうになる。
本人が不服なのは、知っているけれども。
「あぁ、今話してたのが例の……シエナちゃんが言っていたやつだね。うん、私のことは気にせず話を続けてもらっていいよ?」
「あぁ、いや……ちょうどグレイさんの話が出ていたところだったんです」
「なんで私がこの村に来たかだっけ? そりゃあギルドで遺跡探索と護衛の依頼を受けたからだけど……それがどうかしたのかな?」
それは知っていたが……なんだ?
何か、何かが引っかかるのだ。
そもそも、そんなに都合よく……都合よく?
【そうです。旅人ガチャと言われる行為によって人が来たように見えますが……貴方の傍点は別に誰かをテレポートさせた訳では無く、この近くに来るまでにはその人なりの旅路があったはずです。現にグレイエル・スノウリリィは、この村の近くにある遺跡を訪れるために現れました】
「来た理由があるってこと?」
人間はダンジョンのアイテムや技のように、いきなり発生する訳では無い。そこまでの人生が、道のりがあったはずだ。だからこそ、彼らには……
「ここに来るだけの、理由があるのか」
【えぇ、流石ノマル。察しが良いですね? もしくは……いえ、この可能性は語られるべきではないでしょう】
そうなると、都合が変わってくる。
来たのは、薬草学の権威「ハーブ・ミチクサ」、有名画家「イラストン」炎の料理人「フランベ」伝説の探索家の……誰だっけ。まあこれは、遺跡関連だろう。
つまりこの村の近くを訪れる人間を調べ続ければ……
「この村の近くに何があるか、分かるってこと……か?」
【少なくとも5年前の時点で、良質な野草と料理と絵に関するものがあったと言うことですね。勿論、別の場所への旅の途中に寄ったということも考えられますが……】
あまり旅人の寄らない辺鄙な場所にある村だ、その可能性は無いとは言い切れないが……そう高くは無いだろう。
「ありがとうございます師匠、お陰でどうすればいいか……分かった気がします」
「そっ、そうかい? 私は何もしていないんだけど……」
それから暫く待っていたが……その日は、他の旅人が村を訪れる事は無かった。
今日も
いや、
コートの下に覗く実験器具のようなものから見るに、彼は冒険者と言った風貌では無い。
いや、何処かで見た事があるような……それにしても凄い荷物だな。
そんな二人組の……男の方と、目が合った。
彼は人好きしそうな笑みを浮かべて、目を細める……失礼だが何処となく胡散臭い。
そんな彼が……なっ、なんで急にこっちに来るんですか?
「おはよさん、君が噂のノマル・フトゥーで間違いないやんな?」
「えっ、えぇ……そうですけど」
噂になっている? 何処から村の事を知ったのだろうか?
ここに来て、僕を目当てに現れた旅人……恐らくはスキル関係だろうと、少し警戒を引き上げる。
「いやいや、そんな警戒せんとってやぁ。ちょっと聞きたい話があるだけやから……な?」
「あんたはそれ以上口を開くなよ、ただでさえややこしい話がさらにややこしくなるだろうが」
「あいたたた、すぐ手が出るのはあかんよ?」
そんな彼の脛へローキックを放ったもう一人の人物は、やや身長が低めでフードから覗いた顔は活発そうな女性だった。
そしてそんな特徴の人物を……僕は一人だけ知っていた。
「……なぁ、メディコちゃん?」
錬金術ギルドでレシピを提出しに行ったときに出会った女性は、こちらを見ると頬を綻ばせる。
こうなる事は、お爺ちゃんになった僕も知っていたのだろう。
だから、異様に彼女の事を推していたというのだろうか……そんな事は今考えるべきじゃない。
「久しぶりだな、ノルの旦那! いや、今はノマル男爵って呼んだ方が良いか?」
「貴方は……メディコさん? いや、なんでここに?」
「いや、うちのマスターがあんたに用があるって言うんでな」
マスター? 何処の……と言えば、一つしか思い当たらないだろう。
「いやぁ、そう言えば自己紹介がまだやったなぁ。最近はボクも有名になって、ボクの事を知ってる人ばかりやったからなぁ……」
「だからといって、いきなり押しかけといて失礼だろうが……」
ようやく彼の正体に見当がついた。
彼が、彼が錬金術ギルドの長……
「ボクがクロッカス王国の錬金術ギルドの長をやらせてもらってる───」
狐のような目つきの彼は、ずいっと距離を詰めてきて……僕の手を握って言葉を続ける。
「───アンバー・ウルペスというもんや。損はさせへんから……末永くよろしゅうな?」
彼は、僕を見定めるかのように目を細めてニッコリと口元を歪めていた。