スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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85.剣士と言う名の影

 村の建物が出来つつあるが、ゴーレムを動かしている間は魔力はカツカツでも身体自体は暇と言っても差し支えない状況だった。この数か月、僕も何もせずにのんびりとしていた訳ではない。それは勿論村の事に関してもだが、冒険者としても。

 

「───そこッ!」

「悪く無いけど、もう少しこう……グッと!」

 

 横に薙ぐ一閃は、木剣の腹で流される。

 最近は毎日のようにこうして、シエナと只管に剣を合わせていた。

 

 シエナは努力量は勿論すごいが、どちらかというと天才型の人間だ。

 こういうと失礼だが、アウトプットが上手じゃない。

 

 だからこそこうして、見て覚えるを実践しているのだが……

 

「まだまだっ……!」

「うん、ノル君。今の良かったよ!」

 

 ピタリと僕の首筋に添えられるように木剣が止まる。

 

 良かったか改善するべきかだけでも示してくれるだけ、かなり有難い。

 何と言っても彼女は剣の道の頂点に近い存在、100年に一度の逸材と呼ばれた『剣聖』なのだ。

 

 そんな相手と剣を合わせられるのは、大金を積んでも叶わない非常に貴重な経験である。

 それこそその為に、この村を訪れる騎士団長が居る位に。

 

 最近はそれなりに彼女との稽古に付き合えるようになってきた。

 

「それじゃ、もう一本いこっか!」

「ちょ、ちょっと休ませ……ッ!?」

 

 まあ一本も取れる雰囲気すらないのだが。

 

 むしろ僕がシエナから一本取れるとしたら、シエナの調子が悪いか手加減をしている時位のモノだろう。そしてシエナは少なくとも剣技に対して、花を持たせたりしてくれるタイプではない。

 

 そのお陰かメキメキという程でも無いが、僕の剣の冴えは澄み渡ってきた気がする。

 まあ、何故か僕の成長速度よりシエナの方が成長し続けているのだが。

 

 

 普通こういうのって、上に行けば行くほど成長曲線って緩やかになるモノじゃないのだろうか?

 僕が1から10まで伸びているからそれなりに打ち合えるようになったものの、その間に彼女は100から120くらいまで上昇している気がする。

 

 パーティメンバーが強くなるのは間違いなく良い事なのだが、自信を無くしてしまいそうだった。

 そもそもあくまで剣の技術にフォーカスしているから稽古と言う形をとれているものの、実戦なら膂力だけで吹き飛ばされかねない。

 

 そんな余計な思考を脳裏に浮かべている間に、いつの間にか迫っていた木剣が首元でピタリと止められる。

 

「ん、今日はこのくらいしにしとく?」

「さっ、はっ……うん……もう、限界……」

「そっか、今日もすっごい楽しかったよ!」

 

 無邪気に笑って、息も絶え絶えな僕を背負ってベッドへ運ぶ彼女は。

 あろうことか木剣を振りながら走り込みを始めた、体力化け物なのか……?

 

 

 

 

 

 

 別日。

 

 今僕の目の前にあるのは、あの真っ黒な本だった。

 一度死にかけた、恐怖を刻まれたあの本。

 

 

 ■は焼け、■■な■は真っ赤な花になった。

 

 

 真っ白なページだけだった本は、一文だけ文章が追加されていた。

 文字化けした説明と、塗りつぶされて虫食いな文章。

 

 

 燃えるように熱い切り傷と、だんだんと感覚を失っていく指先。

 あの時の事を思い出すと、背筋が冷たくなっていくのを感じる。

 

 あの空間は何で、あの黒い影は誰で。

 なにをもってクリアとするのか、オシエルさんが何をもって勧めたのかは分からないが……

 

 

『スキル:よみあげ+水平線』

 

 

 何となく逃げちゃいけない直感がして、もう一度挑む決意をした。

 

 

 

 


 

 

 

 いつの間にか立っていたそこは、真っ暗で何もない場所。

 黒い空間にポツリポツリと光源の火が立つと、幽鬼のようなそれがゆらりと姿を現す。

 

 僕の手元には、初めからあったというように真っ黒な剣が握られていた。

 この空間のように真っ黒で、意匠のない剣が。

 

 手元に目線を落としたその一瞬、眼前に迫る一閃をギリギリで受け流す。

 

『……!』

 

 始めて見せた動揺の表情、と言っても顔は見えないので雰囲気しか感じ取れないのだが。

 攻め一辺倒の剣技を、只管に捌き続ける。

 

 袈裟に振るわれた一閃を、剣の腹を押し当てるように逸らして。

 大上段から振り下ろされた一撃を、半歩後ろにずれて。

 正面から振るわれた突きには、身を捩って回避する。

 

 一手間違えれば、また身体を裂かれる命のやり取り。

 防戦一方──────だがそれでいい。

 

『───ァ』

 

 僕の予想が正しければ『それ』は───本気じゃない。

 もしくは、力の大部分を制限されていると言ってもいい。

 

 感じる圧、雰囲気その全てに実際の剣技が追い付いていない。

 その状態で彼女が───なんで、()()

 

「───ぐっ!?」

 

 一瞬。

 

 余計な思考に気を取られ、切り裂かれた肩口から赤いものが滴り落ちる。

 そして、それを見た彼女が一瞬───動きを鈍くする。

 

 

 僕に剣を振るいながら、傷つく僕に動揺する自己矛盾。

 

 

 詰まる所彼女は、攻めの剣技の極致を僕に見せて。

 そしてその上で、僕に守るための剣技を練習させている。

 

 それしか自分には出来ないからと、言うように。

 見て覚えろと言わんばかりに剣を振るう。

 

 詰まる所『それ』は、僕に身を守れるだけの力を与えようとしている。

 暴力的で攻撃的な剣技とは裏腹に、守るための剣技を教えてようとしている。

 

 故に僕から攻める必要はない、耐えて剣を重ね続ける事だけが今の僕に求められた役割だ。

 彼女は乗り越えるべき壁なのかもしれないが、敵ではない……筈なのだから。

 

 でもどうして、胸の内がこんなにもざわつくんだろう。

 

『───で』

 

 剣を振り、時には相手の攻撃を呼んで、置いて。

 只管に凌ぐ、凌ぎ続ける。

 

 ようやくそれから聞き取れそうな、意味のある文字が聞こえたような気がした。

 

『■■■■で』

 

 だがしかしそれで冷静になったかと言われると、そう言う訳ではない。

 剣の冴えは更に鋭く、速く、攻撃性を増すばかりだった。

 

 今もこうして頬を掠めた剣閃が、鮮血を撒き散らす。

 

 

 皮膚を切り裂く度に動きが止まるから、ようやく剣を合わせられているのに過ぎない歪な均衡。

 

 何合、いや何時間剣を合わせただろうか。

 全くもって分からない、時間の感覚も曖昧でそんな事を考える時間も無かった。

 

 

 そしてその均衡は、膝から僕が崩れ落ちた事によって終わりを迎えた。

 

 

 僕の体力が尽きるという当然ながらいつか来る結末。

 血を流しすぎたのもあるし、凡人にすぎない僕が何時までも極限状態で剣を振り続けられる訳も無い。

 

 真っ暗な空間の床は、酷く冷たくて熱く燃えるような身体を冷やしていく。

 もう指先の一つも動かせない、まるで燃料が尽きてしまったように。

 

 コツコツという音が響く。

 

 ゆっくりと、しかし着実に足音が近づいてくる。

 怖いけど、この空間で死んでも痛いだけで死ぬわけではない。

 

 ただ痛いのは怖い、怖い……一度知ったというのに、いや知ったからこそ恐怖に身が竦む。

 

 

 ……が、そんな痛みは遂に僕の身体を穿つことは無かった。

 代わりに頬に触れたのは、何処か暖かさを感じる剣を持つものの掌で。

 

「なっ、はっ……あっ?」

『ごめNNなさ───』

 

 ノイズ塗れの謝罪と共に、視界がまるで幕を下ろすかのように途切れる。

 

 ───不■なErr●rを検出しま4Ta───

 

 

 


 

 

 

「はっ、はぁっ……!? あっ、いや……現実か」

 

 目を覚ましたのは、何時も通りの僕のベッドで。

 何処かデジャブを感じる目覚めだったが、恐怖感や冷たさに背筋を震わせてはいなかった。

 

 最後のは一体、それで一体なんであの空間が閉じられたのか?

 分からない事が増えたけど、一つだけわかった事もある。

 

 あれはきっと、おそらくは───

 

「ノル君、起きてる?」

「───あぁ、シエナ。うん、大丈夫」

「良かった、商人の人がノル君と話したいことがあるんだって! 緊急の事でアポは無いけど是非にって……体調悪いなら断る?」

「いや、大丈夫。今行くよ、先方にもそう伝えておいてくれる?」

 

 あの余裕のある態度のウルベルさんが緊急と言う事は、文字通り緊急の要件なのだろう。

 

 

 

 思考に蓋をして、建ったばかりの石造りの会議用の建物に向かう。

 そこにいた彼の表情は、いつものような笑みを浮かべていたものの……

 

「おぉ、閣下……急にお呼びたてしてしまい申し訳ございません」

「大丈夫です、それでいきなりですが緊急の要件とは……」

「お心遣い有難く、それで本日お話ししたい事と言うのも……」

 

 珍しく言い淀んでいる、彼にしては酷く珍しい事だ。

 この村の問題点を聞いた時にも臆せず応えてくれた、彼がだ。

 

 少し脂汗を額から滲ませながら、その口から語られたのは───

 

 

「閣下はこのところ人手を求めていらっしゃるご様子、難民を受け入れるというのは如何でしょうか」

 

 

 奇しくも僕の推薦の最後を埋めるピースであり、そして頭を悩ませていた事柄についてだった。

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