スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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86.有り得たかもしれない未来

 何故、その事をウルベルさんが。

 そんな疑問を口に出しそうになって思い留まる、推薦一覧の内容を彼が知っている訳が無い。

 

「……理由をお聞きしても?」

「理由は述べた通り、人手不足を解決できる良い一手だと思いましてな」

 

 それは確かに、尤もらしい事由だ。

 僕側としてもその一点においては、間違いなく良い一手だと思う。

 

 だがそれは、今まで以上に誰かの命を預かる行為だ。

 今の村の事を考えれば時期尚早、それがツェツィと考えてそういう結論に落ち着いた気がする。

 

 ただそれでは、彼が焦っていた様子にも納得が付かない。

 緊急と言うには、あまりにも……これはただの提案だ、急ぐほどの事ではない。

 

 駄目だ、僕一人では判断がつかないし、ウルベルさんをこういう戦いで上回る事は出来ないだろう。

 別に彼が嘘をついている訳では無いと思うのだが、何かが引っかかる。

 

 故に、あまり頼りたくは無かったが彼の力を借りる事にする。

 

 

『スキル:よみあげ』

 

 ▶『老ノマル』

『賢者アメティスタ』

『オシエル』

 

『戻る』

 

 

 と言う訳で、相談に……

 

【良いぞい、ちゃんと儂に頼りきりにならんように、よく頑張っておるからのう】

 

 乗ってくれるらしい。

 彼は僕とは文字通り、生きた年数が違う。

 

 正しく老練と言う奴だ、将来こうなれる自信が全く沸かない。

 

【彼は嘘はついておらん、しかし彼は商人でお主は金を求める領主であるからしてな。言わなくてもいい情報は、出したくないモノなのじゃよ。まずは、こう聞けばいいじゃろう】

 

 ん……成程。

 

『スキル:傍点』

 

「難民の受け入れは考えている事でした。ですが、何故()なのですか?」

「それは……」

 

 時刻を強調して質問すると、目に見えるほどでは無いが動揺しているように見えた。

 そしてゆっくりと、息を吐いてから彼は答える。

 

 

「……麦を含めた作物が、値上がりの様子を見せております」

「それは……」

 

 

 村での作物が高く売れるから、ラッキー……だなんて短絡的な話ではない。

 

 

 〈味:6/10・収穫量6/10・成長速度4/10・耐候性5/10〉

 

 

 これは、元々村で育てられていたジャガイモをスキルでステータス化したものだ。

 詳細に分ければもっと大量の情報が流れてくるのだろうが、問題はこの耐候性というステータス。

 

 水不足や高温といった環境に対する耐性を示すステータス、うちの村はここも高い種へと入れ替えている最中だし、水も潤沢である為に気にならなったが……確かに最近は、雨が降らなさすぎる。作業を進められてラッキーくらいに思っていたが……作物への影響は計り知れない。

 

 

 そして今の所、この辺りの主食は……麦だ。

 

 

【飢饉とまではいわなくても、大変な事になるじゃろうな。その値上がりの影響を受けるのは町や村で生活する市民……そしてさらにその下じゃろうて】

 

 難民用のキャンプで住む日々を何とか生き繋いでいる難民に、高くなった農作物を買えるだけの余裕は……無いのだろう。

 

【そして出し渋ったのも想像がつくわい。つまり、儂らは今この作物の値段を……吊り上げられる立場にあると言う事じゃ】

 

 この村は、大規模な農業革命によって作物を潤沢に作れる環境にある。

 その中には勿論、主食となる作物も多い。

 

 そしてそれが、金を稼ぐにはあまりにも手っ取り早い。

 

【信頼してないという訳では無いと思うぞい、ただ儂らの関係はあくまで領主と商人。商人の立場からすれば、もっとも金を稼げる道を提案するのが普通じゃろうて】

 

 それは確かに……そうかもしれないけど。

 

【金のなる木を自ら捨てるようなモノじゃよ? 吊り上げてみるのも悪く無いと思うぞい?】

 

「難民を受け入れられる数を確認してみます。ですがまず、視察に向かおうと思っているのですが」

「ほっ、本当ですか! それは、いえ……すぐに準備いたしましょう」

 

 そう言って部屋を去っていく商人さんは、何処か安堵した顔をしていた気がする。

 それにしても彼には、嫌な役回りをさせちゃった気が。

 

【何のことかのう? 儂はただ金を稼ぐ方法を提示しただけじゃて】

「僕がそんな事をしないだろうって事……分かってたでしょ?」

【ううむ、儂らは同じであって同じで同じでないとも言えるからのう。まあ、危険性を理解しておるのなら、それで良しとするかの?】

 

 危険性。

 誰にでも、どんな時でも手を広げていれば……いつかは破綻する。

 僕は神でも、まして英雄でも無い。

 

 あくまで強力なスキルを与えられた、只の村人に過ぎない。

 そんな僕が全てを救おうとすれば、必ず何かを取り落とすだろう。

 

 世界は小説のようにすべてうまくいくわけではない、そして何より過去に起きた事は書き直せない。

 その事を努々、忘れないようにしなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 その旨を、代官さんとパーティメンバーに説明したところ皆は全員ついて来るらしい。

 しっかりと準備をしたうえで、馬車に荷物を積み込む……のと同時に『ホーム』にも積み込んでおく。

 

「ツェツィは本当に良かったの? 一応その……」

「それもまた、この国の持つ側面ではありますから。むしろ私こそ見なければいけないのです」

 

 治安が悪いであろう場所に一国の姫を連れていくことに忌避感があったものの、その強い視線にそれ以上の杞憂は止めておくことにした。他のメンバーはどうだろうか……

 

「ノル君~! おばさんが、馬車でも食べれるようにお昼ご飯作ってくれたって!」

「うん、ありがとうって伝えておいて! それにしてもシエナは大丈夫かな……ししょ、グレイさんは大丈夫そう、ですよね」

「まあ、自慢にもならないけど……何度か見たことはあるからね、同じような場所は」

 

 久しぶりのパーティ揃ってのちょっとした旅である、少し楽しみとは言え……今回の目的と背景を考えれば、手放しに喜べる状況でも無い。

 

「むしろ私としては、ノル君が一番心配だよ。知っていると言うのと、行ったことがあるって言うのは全く違うものだしね」

「……そう、ですね。流石です師匠」

「君……師匠って呼ぶのもう楽しんでるだろ」

 

 額を小突かれた、それから二人して顔を見合わせて笑い合う。

 

 どうしても冒険者をやっている以上は、そういう事とは隣りあわせだ。モエニアへ向かう際の旅路で、盗賊とはいえ初めて人を殺めた時もこうして心配してくれていた気がする。彼女自身が僕の事を、まだ可愛い弟子であると考えている節があるのかもしれない。

 

 それでも等身大の自分を、こうしてみてくれる相手と言うのは貴重だ。

 スキルが下駄を履かせてくれている僕を、超人か何かだと考えている人は多い。

 

<それじゃあ向かうとするかのう! 飛ばすのでよく掴まっておくとよい!>

「普通の速度で良いですからね!?」

 

 全員が揃った所で、久しぶりに呼ばれて嬉しそうにしていた北風さんと共に……この視察は始まった。

 

 

 

 

 数日後。

 

 辿り着いたのはこの村から最も近い街である都市、クアンタム。

 そこは非常に堅牢な防壁に囲まれた城壁都市だ。

 

 そしてその城壁を取り巻くように並んでいるのが、僕らが訪れる予定である……難民のキャンプなのだが……こんな大きな馬車と荷物でキャンプを訪れては人目を引き過ぎる。

 

「へぇ、すっごいおっきいねぇ……」

「領主には事前に話を通してありますが、あちらも対応に追われているそうです」

 

 それ故に、数日泊まる予定のクァンタムにある宿屋へと先に向かう。

 

 最寄りと言っても村からこれだけ早い馬車で数日だ、勿論村に住んでいたときには来たことが無いので見るもの全てが新鮮味がある。確かに店頭に並ぶ食料品の値上がりの傾向が見れるものの、市場自体は活気づいていた。

 

 とは言え今回の目的は、観光では無い。

 買い出しはしようと思っていたが、それも副次的な目的である。

 

 

 

 宿の人から告げられた伝言に従って、待ち合わせ場所に向かう。

 その先には、豊かな髭を蓄えた商人が待っていた。

 

「閣下、お久しぶりです。此処から私がご案内しましょう」

「ウルベルさん……お願いします」

 

 賑やかな大通りから門を出たその先は、貧困が形を成したような場所だった。

 使わなくなったであろう鉄板や木材、そしてありあわせの布を使って作られたであろう居住区。

 

 体臭や何かの腐った臭いが鼻につく、調理や暖を取るために燃やされたであろう廃棄物の煙が、壁を黒く煤けさせている。僕らに刺さるのは物珍しいものを品定めするような目線と、乾いた咳の音。

 

「魔族の将が侵攻してきて、もう三年になります」

 

 知っているつもりだった、覚悟はしてきているつもりだった。

 

「ノル君……」

 

 ぎゅっとシエナが不安そうに僕の服の裾を掴んで、警戒するように片手で剣の柄を握る。

 

 僕と同じか少し幼いくらいの歳の子供が、連なるようにしてボロ布の上で死んだように眠っている。

 これは、きっとあの日……鋼鉄のシャリブレンを討ち取れなかった時の、村の皆の未来の姿だ。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

 

 黒い本と、同じだ。

 この景色から、目を背けてはいけない。

 

 だけど少しだけ、大丈夫と答えた僕の声は震えていたと思う。

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