視察を続ける僕達に走りながら近づいてくる子供が、僕に勢いよくぶつかりそうになって……シエナが剣を手にするのを見て足を竦ませる。その目的に何となく想像は付くが、この子だけを特別扱いする訳にもいかない。
「スリか……あんなに目立っちゃ逆効果だと思うけど」
「誰かに教えられたわけじゃないから、技術も無いんだと思います」
必要に駆られて、仕方なく。
「極度の貧困と飢えは、人の醜い部分を容易く剥き出しにします」とツェツィは何時の日か語っていたが、あの時の生半可な覚悟で挑んでいればもっと酷い事になって居ただろう。つくづく計算が甘かったと実感している。
「こちらですノマル閣下、この先にキャンプを取りまとめている人物が」
黒い煤で薄汚れた泥の道を進んでいった先、周囲の建物よりも少しだけ立派な建物……と言っても、このキャンプ基準の話ではあるが。来客用のベルらしきものを鳴らして、そこへ扉の代わりであろう布を潜って中へと足を踏み入れる。
「お待ち……ごほっ、んんっ、お待ちしていました」
立ち上がって声を張り上げようとして、環境のせいか咳き込んだ少女。身なりこそ薄汚れたありあわせの布で作られたモノであるものの、その立ち振る舞いには確かな気品を感じる。
「ロザリー・アシュフォードと申します」
「ノマル・フトゥーと申します。今回はお時間を取って頂いてありがとうございます」
「こちらこそ……生憎お茶の一つも用意できませんが」
事前に伺った話では、アシュフォード男爵家の娘であり……侵攻で無くなってしまった町を治める男爵家の長女だったらしい。お付きの人間らしき人物が一名、痩せこけてはいるものの帯剣している事からそれなりに腕は立ちそうである。
彼なら冒険者として、二人分の食い扶持くらいは稼げそうなものであるが……
「3年の間、ここに?」
「えぇ。私だけが中で裕福に暮らしていては、民への示しがつきませんから」
そんな僕の視線を見透かすように彼女は告げた。
何処までも高潔で、そして理想論を体現し続けている。
こんな齢の、子供が。
それはある種縋っているようにも見えた、その立場に。
本題に入る前に、互いの理解を深めるための話を幾らかした。
それは僕と言う人間が本当に信頼に足るのかを示す、試金石のようでもあった。
試していると聞こえは悪いが、自分だけでなく沢山の人間の今後がかかっているのだ。
それは当然のことであるように思う。
「冒険者をやっておられると、えぇ。そのお噂は伺っております、あの12魔将を打倒したと」
「……はい」
どうしてもその話題は明るいものでは無かったけど。
「父も兄も、最後の一兵まで魔族の侵攻を押しとどめる為に戦ったと聞き及んでおります」
「そのお陰で、伝令が村に辿りつけました」
「それは……良かった。無駄では……無かったのですね」
「……?」
きっと大切なモノだったのだと思う。
それを何処か、複雑そうな表情で見ていたシエナの顔が視界の隅に映る。
「んんっ、本題の話に入りましょうか」
そう言って背筋を伸ばした少女が、一つ咳払いをする。
懐かしむような表情は消えて、歳とは不相応な為政者としての顔付きに戻る。
「襲撃から生き残れたのは僅か3000人程。そして誰か知り合いの手を借りたり、他の街で仕事を見つけられたりして去って行きました。なので、今このキャンプが抱える人間の数は735人です」
一週間前と変わっていなければの話にはなりますがと、彼女はそう続けた。誰かが居なくなっていないか、記録しているのだろう。そして去って行った人の内、あげられた明るい理由だけが全てでは無いだろう。感染症、栄養失調、それと……
難しい話だ、現在の村の総人口は817人。城壁が出来たり、侵攻の際に逃げ延びた村民を住まわせたりと僕が生まれてから人口は右肩上がりだというが……全てを受け入れるとなると、騎士団の人間を合わせると村の人口の半分くらいが、外部の人間で占められる形になってしまう。
「仕事のできる状態にあるのは」
「栄養失調や傷病で寝たきりのものが、2割。そして欠損や年齢で働けそうにないものが1割以下と言った所でしょうか」
思ったよりも後者の割合が少ないのは、そういう事なのだろう。
そして残りの7割も健康体とは程遠いであろうことが、想像がつく。
「ソノヘンでは、どれくらいの人数を受けいられるのですか? 10人、20人ほどですか? ご希望を教えて頂ければ、こちらでリスト化しますが……」
「それは……」
ここからソノヘンまでは数日かかる、それだけの距離を疲弊した難民が歩いて移動する事は殆ど不可能に近い。彼らを運び、衣食住を整える必要がある。食と住はまだしも、衣と移動手段は大きな問題だった。
街の方で、お昼を告げる鐘の音が鳴る。
「お昼にいたしましょうと言いたい所なのですが……申し訳ない事にお客様にお出しできるほど、大層なモノをお出しできないのです。街でお食事を済ませたらまたお越し頂けますか?」
「僕は───」
「えぇ、此処は一度場を改めるといたしましょうか。それでいいですよね、ノルさん?」
その言葉で、この場は一旦お開きとなった。
「あれは勿論言葉通りの意味でもありますが、互いだけで考えをまとめる時間が必要だという、あちら側の配慮ですよ」と伝えられた。考え無しに、あちらの面子を潰してしまう所だったのかもしれない。
キャンプを抜けて、門に入ればそこには人々が普通に……人間的に暮らせている。
壁一枚を隔てた先には、今も貧困に喘いでいる人が居るのに。
だが彼らを責めるつもりなど勿論ない、当たり前だ。
流石にあまり食欲が沸かないけど、何も食べずにというのは有り得ない。
こういう時は冒険者ギルド併設の酒場は便利だ、冒険者なら安く利用出来て……何より外れが無い。
一定のクオリティはギルドが保証してくれるという安心感と、軽食から主食に酒まで幅広いラインナップ。
席に座ると、思い思いに各自が注文して……着席する。
料理が来るまでの待ち時間、必然的に会話内容は先ほどの事についてになる。
「一応、傷病や欠損には私が対応できるとは言え……一度に全員は無理です」
「そう言えば聖女ってバフじゃなくて回復がメインのスキルだったっけ……?」
「前衛が傷つかないのは良いんですけど、シエナちゃんを回復した覚えが殆ど無いですね……これはもしかすると、噂に聞く追放とやらが……」
「しないよ!?」
クォンディル大洞窟の時には、その手腕を振るってくれた聖女の回復。
その時にも少し話したが、彼女の魔法は失われた四肢すら回復させられる超高位の回復魔法である。
そして無理にという程でも無いが、明るく振舞ってくれるツェツィには本当に助けられている。
当然このパーティから追放されるなんて事は無いから安心して欲しい、うん。
「まあ、特定の人だけ救ったとすると救われなかった人との軋轢が大変だ。あくまで治療を施すとしたら、来る人に限定した方がいいだろうね」
「確かにそれはそうなんですけど……いえ、なんでもないです」
理想論で言えば、全ての人の傷病を治療してあげたいが。
あの環境で病気だけ治しても、直ぐに再発するのは目に見えている。
そして僕が彼らを癒せるわけではない、あくまでツェツィが手伝ってくれるからである。
「ロザリーちゃんか……」
「シエナ、何か気になる事でもあったの?」
「何故か初めて会った気がしなかったんだよね、あの子」
「それは……」
何となく気にかけている様子はあったが……いや、これは憶測にすぎない。
それよりもまずは、準備を進める……前に。
『スキル:注釈』
「サンドイッチのセット*1になります」
何故か注釈をつけなければいけない気がして、スキルを反射的に使ってしまった。
そう、準備を進める前に腹ごしらえだ。
昼食を済ませ、キャンプに戻る───前に。
『ホームの資源管理メニュー』これについての話をしておこうと思う。
感想で上がっていたように、初めは村の資源でも管理できるのかと思ってきたが……そういう便利なものではなく。
『スキル:ホーム』
■ホーム:構成設備
屋敷:1
庭:1
平原:1
井戸:1
■ホーム内アイテム
冷蔵庫:1
ベッド:6
小テーブル:6
椅子:12
小麦:2㎏
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■作成可能環境
川 ▼材料一覧
山 ▼材料一覧
沼 ▼材料一覧
畑 ▼材料一覧
森 ▼材料一覧
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このように、文字通りホーム内の資源の管理ができるという話らしい。
これを使ってどうせなら、ホームでもある程度自給自足が出来るように家畜を買おうというのが今回街に足を運んだ副次的な目的だ。あくまで出来たらいいな程度のモノである。
簡単な作物の種も買って、管理はゴーレムに任せるというのも手かもしれない。
冒険の途中に遭難したり村に寄れないという事があると大変だし、クオンディルで同じような目に遭いかけたし、貯蓄は大事である。
商人さんにお願いし、今度こそ用件を済ませた僕達は彼女の元へと向かう。
このお話の、終着点の為に。