難民を村に送り届けてから、一悶着どころでは無い問題があった。
例えば、各々が希望する作業の分配だとか。
例えば、何処に住むだとか新しい村の説明だとか。
その中にはやはり、隣人トラブルにあたるものもあった。
だから、新しくルールを制定したり対処を決めたりもした。
それでも想像していたより問題が少なかったのは、彼らが疲弊しきっていたからと言うところも大きいのかもしれない。村の人々も新たな隣人に対して随分と友好的で、
「こちらに、移民の方々の要望等を纏めておきました。同じものを代官の方へも提出済みです」
「うん、ありがとう。目を通しておくね」
そして何より、彼らと領主側との交渉役、緩衝材の役割を果たしてくれた彼女の存在が大きい。
「それにしてもこの村、本当にどうなってるんですか? 所々ですが、あまりにも既存のテクノロジーを凌駕しているんですけど……」
「説明すると長くなるのと、あんまり手の内は……」
「失礼しました、つい……聞きたくなってしまって」
彼女の疑問も当然のモノだ、男爵家として領地を持っていた彼女であれば、どうやってここまでの開発を進められたのかは疑問でしかないだろう。
まさか頭の中にS級冒険者を飼っていて、更に古代の遺失言語を解読して村を発展させているとは言えない。ホームの扉だけでも話が漏れれば何処から狙われるか分からないというのに……
そうやって忙しい日々を過ごすこと暫くして、青白いウィンドウと甲高い通知音が鳴り響く。
『インフラの整備を行おうをクリアしました』
報酬:ホームへのアクセス可能範囲を増加
『人材不足を解決しようをクリアしました』
報酬:契約可能数+1
この通知が来たということは、街道の整備が終わり、難民の人たちが村の一員として認められたという事なのだろう。
そしてこの二つの短期推薦のクリアをもってして、この村で僕がしなければならない事はなくなったと言ってもいい。当然これで村の運営が終わる訳では無いが、代官のスチュワードさんとロザリーさんが居れば問題なく村の経営を進められるだろう。
つまり、そろそろ別れの時間が近づいている。
別に一生涯の別れと言う訳では無いけど、それでも暫くはこの村に戻ってくることはないだろう。
だからこそ今日は、この村を見て回ろうと思う。
思えば村に来た時の想定とは違って、随分と村の開発に着手していたような気もする。
それは居なくなってしまった「オシエル君」を捜し始めた所から始まり。
【ふぁっ、はい? 呼びましたか?】
……始まって。
・インフラの整備を行おう
・人材の把握を行おう
・特産品を開発しよう
・商人を呼び込もう
・人材不足を解決しよう
・家畜を飼おう
この6つの推薦に基づいて、村を発展させてきた。
その集大成を、村を回って確認していくのだ。
初めにやってきたのは、農業区画。
インフラ整備や難民問題に着手している間も、優秀な種を選定し続けていた。
「おう、ノル坊じゃねえか」
「お世話になってます、ノーフさん」
「なに、良いって事よ。最近の若いのは教えると、畑の土みたいに知識を吸収しやがる」
既に新しくこの村にやってきた彼らも、農作業に従事している。
そんな地道な厳選作業の集大成が───これだ。
『特殊タグ:注釈』
サトウダイコン*1はついに、なんとカンストしてしまった。何者かの、大いなる何かの意思を感じざるを得ないが有難く特産品としてこの村を羽ばたいていってくれるだろう。
その他にも錬金で使うハーブや、主食作物のジャガイモや麦など様々なモノを育てている。そしてその規模も日夜ドンドンと大きくなっていく、今はまだ人を持て余している状態なので。流石にカンスト迄はいかなかったけど、どの作物もかなり高い水準で纏まっている。
そして虫避け、毒消し、暗視、乾燥といった錬金術で作った物品に関しても、扱いの簡単なものは少しずつ流通が始まっている。こちらはこの村を訪れても買える訳ではないのだが、その辺りを勘違いして他国から買い付けにくる人間も少なくない。
総じて想像よりもずっと、それこそ城壁と兵士の維持が出来るくらいの金銭を発生させ続けている。これで一番のネックだったこの村の継続可能性という観点はクリアできたと言ってもいいだろう。
そしてそんな畑の作物の端材で、家畜の育成も進んでいる。
質の良い作物で育てているからか、何処となく彼らも色艶が良い気がする。
次にやってきたのは、兵士の詰所にあたる区画だ。
「───まだまだであるッ!」
「あはは、もっともっと!」
今も訓練用の広い広場では、シエナと団長さんが剣を合わせソニックブームを発生させ続けている。……何で剣を振るうだけで衝撃波が発生しているのか、僕も知らないうちに二人とも魔剣の類でも手に入れたのだろうか。いや、シエナの剣は壊れない以外の機能は付いていなかったはずだ。
「ぬぅんッ!」
「はぁぁぁぁ!」
それにしても、元騎士団長のオットーさんは記憶にある彼の姿よりもずっと剣筋が鋭く……そして強くなっているように見える。僕との訓練では手はともかく力は抜いてくれているようなので、こうして全力に近い相手がいてくれるというのは本当にいい事だ。
それに触発されてか、兵士の練度も随分と上がっているらしい。
……それにしても訓練の域を超えている気がするけど。
そして次にやってきたのは、商業地域に当たる区画。
「これは閣下!」
「一応今日は公務と言う訳ではないので、特に対応はして頂かなくても……」
「いえいえ、閣下とこうしてお話しできるのは貴重な時間ですから」
立派な街道と、この村特有の特産品のお陰でこの村まで足を運んでくれる商人さんも増えた。
「何より、こうしてお話ししている姿を見せるだけで私にとっても得になりますからな。私を助けると思って何卒……」
「そういう事なら少し、歩きましょうか」
出来たばかりの石畳の道を歩き出す、朝からこれだけ賑わっているのを見ると少し前までここがただの村だったというのが信じられないくらいだ。ゴーレムを稼働させ始めてから、建築関係はトントン拍子に進んでいった。そこはあの賢者にも感謝するべきだろう。
「これほど急速に発展した村は、この国どころかこの大陸広しと言えどソノヘン位のものでしょうな」
「周囲の人に恵まれました、本当に」
本当に、心の底からそう思う。
僕一人ではこう行かなかった、パーティメンバーと村民、そして商人さん。そう言った皆の力でこの村は成り立っている。
道を歩くことしばらく、地下に張り巡らされた下水道のお陰で、町並みは清潔に保たれていた。
こういう細かなインフラのお陰で、衛生環境が良くなり病魔が蔓延り辛い。そして何より、綺麗な方が気持ちがいいよね。村にいた時はそれが当たり前だったから気づかなかったけど。
「おや、ご購入されますかな?」
「買い食いしたいところだけど……お昼も近いから止めときます」
そんな折、香ばしいタレの良い匂いに足が止まる。そちらに視線を向けてみれば、ソノヘンで育ったであろう鶏を串に刺して焼いたものが売っていた。買おうか迷ったけど、この後のご飯が入らなくなったら大変なので断腸の思いでスルーを決め込む。
最後に、家に帰ってきた。
「おかえりなさい、ノルさん。お昼もう少しでできますよ?」
「あぁ、うん……凄い馴染んでるね」
父さんと母さんへの親孝行も兼ねて、新築された我が家には……いつの間にか随分と両親と仲良くなったツェツィがお皿を食卓に並べていた。その、馴染み過ぎて忘れてるのかもしれないけどその御方は一国の王女で……
「がはは、ツェツィちゃんは気立てがいいなぁ。どうだうちの───」
「あら、まあ……」
待っ───それは洒落になってな
「父さん、最近鍛え直してるって聞いたよ。手合わせしよっか」
「なっ、なんでそんな事を……! その……なんだ、手加減とか、頼むな……な?」
頼む、頼むから黙っててくれ父さん……色恋沙汰でパーティが分裂したら本当にやりきれない。
室内を見渡しても、シエナとグレイさんの姿が見えない。
お昼時だし、そろそろ帰ってきてると思ったんだけど。
「あれ、シエナとグレイさんは?」
「シエナちゃんは汗を流してくるって。グレイさんは今、母さんと一緒に昼飯作ってるよ。なんでもウチの味を学んでおきたいんだって」
「へぇ~そうなんだ」
「別に、珍しいものでもないのにな。何せうちはだたの田舎の一般家庭───」
「じゃあお昼は必要ありませんね、あなた?」
ニッコリと笑顔でお皿を持つ母さん、しかし眼だけが全く笑っていない。
口は禍の元と言うが、今日の父さんは何時にもまして余計な事を言う。
「いやぁ、タメになったよ。ノル君の料理上手は、お母様譲りなのかな?」
「えっ、いやぁ……」
「ふふっ、まさか? 食事のお手伝いしてくれるのはシエナちゃんで、この子ったら……」
「おっ、お昼冷めちゃうから早く食べよう!?」
そんな何でもない、だけど確かに幸せな『普通』の日常を過ごして。
そしてあっという間に旅立ちの日を迎えた。
「それじゃ、手紙待ってるな」
「身体には気を付けてね、お昼は馬車に積んであるからね?」
もう二度目だからか、流石にそれほど湿っぽい別れにもならなかった。
父さんも母さんも、笑顔で背を押してくれた。
「それじゃあ、いってきます!」
整備された街道を馬車が動き出す、ソノヘンが少しずつ小さく……遠くなっていく。
遠くから見ても、立派な防壁だ。
「良い場所でしたね、ソノヘン……の村は」
「うん! おじさんもおばさんも、元気そうで良かったぁ」
正直、この1500人規模の城壁に囲われた場所を、村と呼んでいいかには疑問が残る。
正直な話、村と呼ぶには設備が整いすぎている、こんな立派な城壁が建っている時点で今更か。
ソノヘンの村? と言うよりも、これは───
「───ソノヘンの町。と言う方がしっくりくるかもしれませんね」
「それは……確かに?」
そんな雑談と共に、やがて地平線に見えていた防壁も見えなくなっていく。
こうして急遽始まった、男爵としての領地経営は一旦の区切りを迎えた。
今日から冒険者としての旅路が、再び始まる。
いつかそんな素敵な物語を、父さんと母さんへのお土産に出来たらいいな。
はじまりの町『ソノヘン』編、終。