第五層の廃坑にある道の奥深く、そこにあるこの重厚な扉の先にはボス部屋があるのだと……説明書きなど無くても理解できる。そんな雰囲気を持った扉が、僕達を待っていた。パーティの士気は十分、そして消耗もシエナ以外は殆ど無い。
「突入しますよ、準備は……」
「何時でも良いよ!」
「勿論、構わないよ」
ズズズという何か重いものを引きずるかのような音が響き、その先に待ち構えるものの正体が明らかになる。そこに佇む醜悪な鬼は───こちらを見て、牙を見せて嗤う。
【グギギギア! グガッガッガッ!!】
部屋に犇めく小鬼の群れ、そしてその親玉の体格は、小鬼達とは比べ物にならないほど大きく……そして強靭であった。丸太のような腕と、身の丈ほどもある棍棒を振り回す。そして獲物を検分するかのような醜悪な笑みを浮かべた。
ケイヴゴブリンたちの王、多数の謀略を張り巡らせる小鬼達の王はゆっくりと立ち上がり───
「……長いッ!」
───そして、断頭された。
突然のことに困惑したまま動けずにいる他のゴブリンたち、それも当然だ。自分たちの親玉が立ち上がったと思えば、その首を落とされているのだから。そこからは消化試合、フロアを焼き尽すような火炎の波が放たれてドロップ品だけがその場に残る。
楽に勝てる分には構わない、構わないのだが……あまりにも消化不良感が強い。
「……ゴブリンキングは、強敵だったね」
「冷静に考えて、罠が得意なモンスターを……あんなに堂々と配置しては意味がないのでは無いでしょうか?」
「それは、そうだね……」
先ほども言った通り、この第五層の坑道の敵の強さ自体は、四層の砂漠よりも劣る程度である。
そんな存在が、こうして決まりきったボス部屋に……罠も無く待ち構えていれば、こうなるのは自明の理だったと言えるだろう。
「ドロップはどうする?」
「ボスのだけかけようかな、流石にちょっと全部は無理だ……」
既にSPは半分を切っている、このあと6層も見て回る予定なのにSPを空にして気絶する訳にはいかない。それに生半可な強化じゃ、ゴブリンのドロップは微妙そうなことが分かったし。
『スキル:
宝箱の
『特殊タグ:注釈』
この短剣*1は……随分と趣味が悪いけど、間違いなく当たりの部類だ。どちらかと言うと斥候向きの武器だが、純粋な攻撃力でも今使っている短剣より上だと思う。
他の宝箱からは、幾らかの鉱石などがドロップした。こういう時にホームがあると、戦利品を余すことなく持って帰れて便利だ。本当に、本当に便利である。
少しの休憩を挟んで、第六層へと足を踏み入れる。
ここから先は敵の強さもグッと強くなるらしい、正に中層最後の関門だ。
そこに広がっていたのは、見晴らしのいい平原だった。頬を撫でる風が、気持ち良い。今まで洞窟にいたから、特にそう感じるのだろう。廃坑は薄暗く、じめじめとしていて、汚かった。
それに比べここは何ら変哲の無い平原だ、ポツポツと生えている木や、足元の草の大きさが尋常じゃないことを除けば……だが。地平線まで続く地面、あらゆるスケールが他と比べて大きすぎる。
第六層『巨人の草原』、ここは文字通り全ての魔物や植物が巨大な階層だ。バランスの取れたB級冒険者のパーティが攻略できるのが、第5層までと言われているあたりこの階層の難しさが分かるだろう。
それもその筈、ここは前の層とは打って変わって、突出した『個』の蔓延る階層。対抗するには、それに追い縋れるだけの個の力が必要とされる。巨体であるという事は、突進するだけでもその破壊力は察するに余りある。
こちらを見つけて接近する飛翔物体、小さな点のようなそれがドンドンと大きくなり……通常のサイズの鳥くらいの大きさになって。そして、まだ……大きくなる。その輪郭がしっかりと見える頃には、その巨体は山のように大きく───
「受け止め───斬る!」
剣で飛翔物を受け止めたシエナは───その勢いのまま、剣を振るいきる。
スパンと一刀両断された怪鳥は轟音を立てながら地面を滑る。如何に巨大とは言え、A級冒険者で構成された僕達のパーティを相手取るには、力不足と言わざるを得ない。土煙をあげながら滑っていくその死体は、やがて宝箱へと変わる。
「ううん、パッとしないね?」
「本格的に苦戦するのは、もう少し先かな?」
サポート向けスキルのツェツィでも、あの程度のモンスターなら対処しきれるだろう。それくらい、A級とB級には大きな差が存在している。普段ツェツィが武器を振るうようなタイミングは、中々訪れないけど。
ちなみに宝箱の中身は、巨大な鳥の肉だった。
味は確かめて無いけど、きっと美味しいのだろう……多分。
歩く、倒す、歩く。
只管に歩いて、戦い続けて、恐らく体感時間でも環境的にも夜になった頃合い。
ある程度のマップがあるというのに、どれだけ歩いても次の階層の階段が見えてこない。
外と連動しているのか、入った時は昼過ぎくらいだった平原は、既に太陽が沈みかけている。
「随分と暗くなってきたね」
「そうですね、今日は此処まででしょうか」
僕達なら別に三日くらい寝ずに過ごしても恐らく問題は無いが、別段そこまで急いでいる訳でもない。それにやはり万全の体調とは言えなくなるから、ここは辺りが完全に真っ暗になる前に休憩をとるとする。
簡易的なキャンプを立て、寝ずの番を立てるのが本来の冒険中の休息だが……
『スキル:ホーム』
目の前に現れた扉の先は、安全地帯だ。
少なくとも、今まで脅かされた事はない。
「冒険中に屋根があって、ベッドがあって、しっかりとした食事もとれてお風呂にも入れるなんて……もう野宿は無理だね、絶対無理だこれ……」
「士気向上にもつながりますからね、500人程度なら運べることも確認できましたし……」
十分な食料と、安全な空間は張り詰めていた緊張の糸を解して明日へと備えさせてくれる。
少なくとも、僕達がこのホームが使えないであろう護衛依頼を受ける事は今後無いだろう。
「私、先にお湯貰ってもいい?」
「今日一番の功労者だからね、汗流しておいで」
「うん! いってきまーす!」
今日一番疲れたのは、間違いなくシエナだろう。
特にゴブリンを只管切り続けたのは彼女だし、魔法使いに比べて被弾のリスクも高い近接職。
今回被弾は無かったとは言え、疲労が一番溜まっている筈だ。
「怪我がない事は良い事なのですが、バフくらいしかする事が無いと……些か申し訳ないですね」
「バフと疲労の回復は助かってますし、何より回復があるからこそ戦いに集中できるんだと思うよ?」
「そう言っていただけるとありがたいのですが……弓でも練習してみるべきでしょうか」
実際、ヒーラーが居ないとなると一発の軽い被弾を後々まで引き摺る事になる。
戦闘の続行を続けるという観点では、間違いなく一パーティに一人は必須の役割と言えるだろう。
そんな会話をし終えた後、畑へと向かう。
僕の水浴びは最後だ、だから順番が来る前に夕食の用意をしておこうと思う。
当然、冒険者をしながら畑を弄る暇は僕達には無いのだが───
「■■■~♪」
「まあ、随分と大きく育ちましたね?」
何時の間にかホームに作成されていた畑。
その土に下半身を埋めるようにして、小さな葉の生えた妖精のような見た目の少女? が身体を揺らしている。その言語と見た目からして、当然のように……精霊である。
何故こんな所に精霊が居るのか、それには少し前に得た報酬がかかわってくる。
『ホームへのアクセス可能範囲を増加』という、『インフラの整備を行おう』で取得した報酬。
これが意味するものが不明だったのだが……どうやらホームに精霊がアクセスできるようになるというものだったらしい。インフラの名の通り、ホームと精霊界のインフラを整備したとでもいうのだろうか。
人間界で畑を耕してみたいという、低級の植物精霊がこうして遊びに来るついでに畑の管理をしてくれている。あまりにも存在核の大きな精霊は、まだ通り道が細くて通れないらしい。
偶に魔力や、肥料をあげると喜んでくれる。ただで畑の作物を貰うのも申し訳ないので、こうして何かしらの対価をできるだけ用意するようにはしているが……場所を貸してくれるだけで十分、らしい。
「今日のお夕飯は、どうされる予定ですか?」
「丁度いいから、さっきの鳥を香草焼きにしようと思って」
「まあ、とっても素敵ですね! それじゃあ私はスープの方を……」
まるでダンジョンの中とは思えない程に、和やかな時間が過ぎていく。
「ノル君、ちょっとだけ……」
「ダメですからね?」
……でも、安全地帯だからってお酒はダメですからね? グレイさん……