敵の強さはともかく、このただただ広い平原を散策するのはひたすら時間がかかった。そのせいでこの階層の次への階段を見つけるのには3日もの日数を要した。この階層は5層と違いボスの類は存在しないらしい、むしろ雑魚敵全てがボス扱いと言うべきなのだろうか。
とは言え三日も探索したお陰で、ドロップアイテムはかなり潤ってきた。貪欲者の指輪が早い時点でドロップしたのは、かなり幸運だったのだろう。
その中でも巨人からドロップしたメイス*1、そして巨大な鳥からドロップしたイヤリング*2が目ぼしいドロップだろうか。それぞれツェツィとシエナが今のところ装備している。他にも皮などの素材もドロップしているので、それらは街で加工してもらう事になるだろう。
第七層、此処から下層の分類になる。
難易度もそれに合わせて大きく上がるらしい。
今まで以上に、気が抜けない階層だ。
少しのミスが、想定外がパーティの危機を招く。
下層への階段へと、脚を踏み入れ───
「───寒っ……!」
「動いてないと凍えちゃいそう……!」
「ひぇ……冷えるねぇ、これは」
踏み入れた僕達を、猛吹雪が襲う。
余りの寒さに、階段へと引き返す。
見渡す限り一面の銀世界、雪、雪……そして氷。
第七層『永久凍土』、そこは朝も昼も夜も無く常に氷に閉ざされた文字通りの凍土。
敵の強さは勿論の事ながら、環境すらも探索者に牙を向く。
聞いていた以上、想像以上の寒さだった。
防寒用の装備で身体を固め、ある程度寒さへは抵抗を得たものの……その分装備が鈍重になってしまうのは避けられない。足元が悪いのも相まって、いつも以上に動き辛いのは覚悟しておくべきだろう。
そんな中、何時も通りの装備で凍土を進むエルフが一人。
「さっ、寒くないんですか……?」
「まあ私は、家系的にある程度寒さへは抵抗があるからね」
スキル『氷精霊の寵愛』。その精霊の生み出す氷の冷たさで傷つかないように、スキル自体にある程度の寒さへの抵抗が盛り込まれているのだろう。その精霊が顔を出したのは最近の事ではあるものの、精霊の格自体もかなり高いものであるようだし。
「氷を司る者よ───我らに向けるその牙をお緩めください」
そしてツェツィによる詠唱で、寒さは殆ど感じない位に快適な状況に保たれる。
氷属性の攻撃への耐性を得るための祈祷が、こうして寒さへの対策にもなるのは良い発見だった。
「本当に助かるよ……」
「ふふっ、役割を埋めあってこそのパーティ……ですよね?」
僕も僕に出来る事をしよう、正直今まではただのドロップ増し要因だった訳だし。
戦闘面は殆どシエナに任せっきりだったが、此処からはそう言う訳にもいかないだろう。
「これだけ環境が揃ってれば、維持も楽かな。我が命に従い顕現せよ──────アイスナイト」
辺りの氷を利用して、氷の騎士が顕現する。
僕には使えない、精霊由来の召喚方法。
6体の氷の騎士は、周囲を警戒するように円陣を組み先行する。
僕も何が来てもいいように、周囲への警戒を続けながらも進む。
酷く足元が悪い、積もった雪を一歩一歩踏みしめて歩くだけでもそこそこの体力を持っていかれる。辺りの景色が悪いせいで、どちらに歩けばいいのかもわかり辛い。この階層に正確なマップが無いのも、頷ける話である。
「危なくなったら、何時でもホームに入れるように用意はしておくね」
「遭難の心配が殆ど無いのは、有難い事だねぇ……本当に」
凍傷になったりや体力が尽きたりする前に、戻る場所があるのは本当に便利だ。魔物との戦闘中は、少し難しいかもしれないけど。
そうして歩いている最中に、プカプカと浮いている暖かい光が視界に入る。こんな凍土に、暖かい光なんてあるはずもないのに何故か目が離せない。寒い、暖まりたいと言う思考を、有り得るはずがないという理性が否定する。
「フロスト・ウィスプか……性格が悪い」
当然そんな灯りが存在するとしたら、敵以外にありえないわけで。雪山に遭難した犠牲者を凍らせるモンスター、フロストウィスプである。彼らはこちらが近寄ってこないと見ると、即座に氷の礫を生成する。
「鬱陶しい!」
「燃え盛る炎よ、我が敵を燃やし尽くせ───」
そんな氷の礫は、僕達に当たりそうな軌道のものだけが丁寧に撃ち落とされる。使う魔法は当然僕の得意とする、氷や風の魔法では無い。雪山に住む彼らに氷属性の攻撃は通りが悪い。その逆に、強い光や高温に対しては耐性がなく、かなり有効的なダメージを与えられるだろう。だからこそそう言った系統の魔法をお気に入りに登録しておいた。
『お気に入り呼び出し→ファイアーボール』
「「ファイアーボール」」
二発の火球が真っ直線に飛んでいき、轟音とともに炸裂する。想像通り、火属性の攻撃は通りが良い。ウィスプ自体が耐久に優れた種族でないのが幸いしたのか、爆風が晴れた先には宝箱が落ちているのみだった。
だが呪文の選択肢は、有効ではあるものの。必ずとも最適解とも言い難いものだったのかもしれない。
【オォォォォォ……ン……】
「連戦かぁ……!」
喜ぶのも束の間、凍てついた氷の大地に響き渡る、澄んだ高音。
獲物を見つけたと仲間に伝えんばかりのその、笛の音代わりの遠吠えは……自らが捕食者であるという宣言でもあるのかもしれない。
「来ます……! 速さを司る者よ───彼のものに更なる俊敏さをお授けください」
吹雪で悪くなった視界を、まるで気に掛けないように一直線にこちらへと向かってくる白い体毛の獣。正式名称は、フロストバイト・ウルフ。その四足でもって集団で獲物を追う彼らは、この凍土における優秀なハンターである。
「燃え盛る獄炎よ、今こそ集い───」
敏捷バフを貰って、僕とシエナがグレイの詠唱の時間を稼ぐために前へと躍り出る。
数は十と少し、群れる彼らに大きな範囲攻撃の一撃を決め切るべきだという判断は悪く無い選択肢だろう。最短距離で術者の元へ向かう彼らの首元を、すれ違いざまに切りつける。
「爆ぜて一切を灰と化せ───」
「グレイちゃん、一匹そっちに───!」
迂回した狼の1匹が、魔法を詠唱するグレイの元へと向かう。だがその程度は問題ないと言わんばかりに、グッと親指を天に立てたグレイは詠唱を続ける。
そんな彼女に迫る、氷狼の狂爪。
当たれば致命的なはずのそれに対し、氷の騎士が物理的な盾としてグレイの前へと躍り出る。騎士の一体がその狼の爪に引き裂かれ───ながらも、その前脚を掴んで離さない。そんな攻撃の隙をついた2体の騎士、がその氷の斧でもって狼の首を落とす。
そして、ついにその詠唱が完了する。
魔法の威力を上げるために、最後のひと押しを……!
「知恵を司る者よ───彼のものに更なる叡智をお授けください」
『スキル:傍点』
「───
爆音、そして暴力的なまでの熱が雪を吹き飛ばして氷を溶かし尽くす。
凡そ3小節の魔法とは思えない程の破壊の嵐が、周囲の狼を溶かし尽くす。戦況を変える、圧倒的なまでの一撃。その爆風の中に、立っているものなど……!?
【グルル……オォンッ……!】
まるで他の狼に守られるかのように、一際大きな体格の狼が焼けた煤の中から姿を現す。察するに、あれがあの群れの長なのだろう。群れをやられた事で、その目には確かな苛立ちの感情が見て取れる。
……仲間の身体を使って、あの爆風から身を守ったというのか。
だが蓄積したダメージは少なくないように見えるし、それに何より……こちらの攻めの手は終わっていない。バフは継続している、それに何より手負いの獣1匹では、彼女を止められない。
「援護する!」
「お願いッ!」
弾かれたかのように急加速をして、群れの長へと飛び出すシエナ。
迎えうつべく、ひときわ大きな遠吠えを鳴らした氷狼。
それに合わせて手に持っていた短剣を投擲、それが狼の前脚に浅く突き刺さると───その氷狼は不自然に痙攣し、身体を強張らせる。かぎ爪の短剣、その内の麻痺毒の効果が発揮したのだろう。一瞬の硬直、だがそれを見逃すほど『剣聖』は……シエナは甘くはない。
「その首ッ───貰った!」
一閃、肉眼では捉える事の出来ない程の速度で振り切られた「それ」に対し……一拍遅れて真っ赤な血の花が咲き乱れ、それから首が地面へと落ちる。お手本のように綺麗で、それが正解だと知っているかのような鮮やかな一撃。
敵意に満ち溢れていた獣の瞳から、光が失われていき……やがて完全に沈黙する。今までの層とはレベルの違う強さと連携に、警戒レベルを引き上げる。
「ナイス〜!」
「何とかなるもんだねぇ」
こうして、楽勝とは言えないものの……下層に入って初めての戦闘は、無事勝利を収めることができた。とはいえここからは苦戦を免れ無さそうだ。