ふっと白い息を吐く、戦いの熱が身体の芯に灯って寒さを紛らわしていた。
こちらの損傷は0、落ちた宝箱の数は5つ。
結果だけ見れば完璧だが、その数値以上に大変な戦いだった。
「辺りに魔物の気配は無いよ、殺意も」
「殺意の有無で索敵は、普通は出来ないと思いますけど……」
ツェツィの言う事はその通りで、普通は殺意の有無で索敵なんてしようがない。
剣聖だからか、シエナだからか、
とは言え後続が続く様子も無い、戦闘は終わりだ。
つまり、ようやく……お待ちかねの戦利品チェックのお時間となる。
フレイムボムによって露出した地面の上に、静かに佇む宝箱に手を伸ばす。
だがここで、一つの問題が発生する。
それは、どれくらいの強調をするかと言う前にも悩まされたものだ。
しかし今回ばかりはもう少し切実な、理由がある。
「ねえねえ! 宝箱、開けないの?」
「ううん、開けたいんだけど……」
「この後の戦闘も考えると、ノル君の余力は残しておきたい所だよねぇ」
それぞれのドロップした宝箱、どれくらいのドロップを狙いに行くかは難しい所だ。
連戦を考えればリソースは使いすぎないほうがいい、しかし折角の宝箱で良いドロップを狙いたい。欲をかけば足元を救われるだろう、しかし良いドロップアイテムが戦況を変えることだってある。
例えば。
今回、かぎ爪の短剣はかなり役に立ったわけだし。
強力なアイテムは、今後の冒険の助けになってくれるだろう。
とは言え運に身を任せるのも嫌だ、そうなると難しい、難しすぎる……
「答えは出るようなものじゃないでしょ? 直感に従ってみてもいいかもよ?」
「それもそっか、うん……」
迷った結果、狼の親玉らしき個体の宝箱は3段階強調。
ウィスプは1段階、他はそのまま開けてみる事にした。
スキルを使用し、宝箱に注視する。
『スキル:
氷狼の長からドロップした宝箱の
『特殊タグ:注釈』
この短剣*1は、性能自体はかなり良いものの……僕は短剣の二刀流などしないし、敵によって使い分ける使用方法になりそうだ。もしくはかぎ爪は投擲用にするか……?
ウィスプの宝箱からは宝石のような素材*2がドロップした、どうやら杖の触媒になるらしい。その他の狼の宝箱からは、毛皮のコートと言った防具がいくらか手に入った。頑丈さと防寒以外に特別効果は無いが、この階層では有効に扱えるだろう。
それから暫く歩いたが、此処まで苦戦する相手は現れなかった。
日を改めて次の日。
七層の探索を続ける事暫く、幸いにもこの第7層は、6層ほどの広さは無い。敵の強さは確かに脅威なものの、ボス自体は存在しないらしいし……接敵が少なければ今日中の踏破もあり得るかもしれない。
だがその情報は、今が楽になるという意味では無い。
「うぅ、ざぶいです……くしゅん!」
「寒いで済んでいるのが凄いんだけどね、普通なら喋る余裕すらなさそうだ」
暖かかったホームとの落差で、文字通り風邪をひきそうだった。
振り続ける吹雪は、視界と体温と体力を奪う。
それにしてもこの空間の吹雪は何処から吹いているのだろうか、やはり管理妖精が……? それなら魔法陣なりを消せば止まるけど……流石にそれは狡いかな。それとも環境はこうあるべしと設定され、吹雪き続けているのだろうか。
「なんだか、吹雪が強くなってませんか?」
「この階層から極端に情報が少ないんだよね、此処まで来れるのって必然的にA級以上だから」
6層による足切りによって、この階層まで進める冒険者の数はそう多くない。
本来は階層テレポートなんて出来ないのだから、ここまで来るのにも一月程度かかったりするのだろう。必然的にA級冒険者のパーティ……どころか遠征隊を組んでの攻略になるのだろう。
とは言え大まかなマップ自体は残されている。マップではこの階層も残すところ半分ほど、ただ風は少しずつ強くなっていく。その分魔物の数が減ってきているから、進み自体はそこまで遅くはなってはいないけど。
ただそんな僕らの前に、大きな障害が立ちはだかった。
「これ……登るんですか?」
「ん~? 辛いなら、おんぶしてあげよっか?」
「いっ、いえ! クロッカス王国の王女として、こんな所で諦める訳には……!」
次の階層に向かうためには、この氷山を登る必要があるらしい。
ツェツィが大分まずい事を口にしていた気がするが、空気を読んでスルーする。
「……?」
そんな折、僕と一緒に先頭を進んでいた彼女の足が不自然に止まる。
「どうしたの、シエナ?」
「いや、ううん……何でもない……かな?」
確かに、勘違いや気の所為の可能性もあるが……僕はシエナの直感を信頼している。
普通なら、ここで気にしないのかもしれないけど、少し慎重な位が僕にあっている。
「些細な事でも良いから、教えてくれる?」
「ん……山からこう、嫌な感じがして」
嫌な感じ、それも今から向かおうとしている山から。
次の階層に向かうためには、越えなければいけない山だが……この付近に不自然に魔物が居ないのも、少しだけ気になって来た。
全てに注釈を振る訳にはいかないが、此処まで怪しいなら少し見てみる価値はあるだろう。
『特殊タグ:注釈』
僕はその山*3に、注釈を振って───は?
無機質な山肌であるはずのそれと、確かに目が合った……錯覚を覚えた。
見ている事を、悟られた?
ぞわっと背筋が寒気立つ、今すぐに撤退するべきだ。
歯の音が合わずにガチガチと音を鳴らし、脳の奥がそう警鐘を鳴らしている。
「下がっ───!」
だけどその言葉が形を紡ぐよりも早く、目の前の山が───隆起した。
それは山なんかじゃない、凍り付いた巨大な竜の翼であり……背中なのだ。
【ゴォォォ……】
息を吸う音が、文字通り周囲を震わせる。それは寝起きの音で、威嚇をする意図すらないのかもしれない。まるで岩石を擦れ合わせたような、腹の底を揺さぶる重低音。身体の上に積もった氷雪が雪崩を起こし、世界を白く染める。
「……警戒しろッ!」
一番早く警戒態勢をとれたのは、冒険者歴の長いグレイだった。不測のイレギュラーに対し、誰よりも早く警戒を指示する。余りの事態にどうするべきか迷っていたが、こうなった以上戦闘は避けられないだろう。それに何より……
「どうするの、ノル君!」
どうするにしても、僕が指示を出さなければいけない。
このパーティーのリーダーとして、判断を下さねばならない立場なのだ。
本来なら、撤退するのが賢いのかもしれない。
「ダメそうなら、撤退しよう」
「分かった、前衛は任せてっ!」
無理なら、引く。
それはつまり、とりあえずは挑んでみるという事の証左。
パーティ名の由来でもある、氷竜。
そして山よりも大きな、その氷の竜の存在に。
僕らしくもないが、この寒さに負けないくらいに……胸の奥が燃えるように鼓動していた。
童心の時に、旅の始まりに目指した……英雄譚に出てくるような竜との対峙に。
【キュオオオォォォン!】
咆哮が、周囲を揺るがす。
音だけで各地で雪崩が起き、理性ある獣は少しでも距離を取ろうと恐れ戦き逃げ惑う。
その冷たい瞳が、開戦の合図が鳴るのを待つかのようにこちらをじっと待っている。
「戦術の判断は……任せますよ?」
「そう来なくっちゃ!」
人が山に挑むなんて、無意味な事だ。
そしてそんなサイズの竜に挑むなんて、文字通りの自殺行為。
「覚悟は良いかな?」
「勿論です」
「ふふっ。良い顔だ、それじゃあ……」
それ故に、挑むのは蛮勇か……英雄のみ。
「それじゃあここらで1つ、竜退治と洒落こもうか」
僕らがどちらに転ぶのか、それはこれからの選択にかかっている。