スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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94.第七層の秘密

 ふっと白い息を吐く、戦いの熱が身体の芯に灯って寒さを紛らわしていた。

 こちらの損傷は0、落ちた宝箱の数は5つ。

 

 結果だけ見れば完璧だが、その数値以上に大変な戦いだった。

 

「辺りに魔物の気配は無いよ、殺意も」

「殺意の有無で索敵は、普通は出来ないと思いますけど……」

 

 ツェツィの言う事はその通りで、普通は殺意の有無で索敵なんてしようがない。

 剣聖だからか、シエナだからか、()()から出来るのかは分からないが……その精度は異常なレベルにあると言っていい。

 

 とは言え後続が続く様子も無い、戦闘は終わりだ。

 つまり、ようやく……お待ちかねの戦利品チェックのお時間となる。

 

 フレイムボムによって露出した地面の上に、静かに佇む宝箱に手を伸ばす。

 

 

 だがここで、一つの問題が発生する。

 

 

 それは、どれくらいの強調をするかと言う前にも悩まされたものだ。

 しかし今回ばかりはもう少し切実な、理由がある。

 

「ねえねえ! 宝箱、開けないの?」

「ううん、開けたいんだけど……」

「この後の戦闘も考えると、ノル君の余力は残しておきたい所だよねぇ」

 

 それぞれのドロップした宝箱、どれくらいのドロップを狙いに行くかは難しい所だ。

 連戦を考えればリソースは使いすぎないほうがいい、しかし折角の宝箱で良いドロップを狙いたい。欲をかけば足元を救われるだろう、しかし良いドロップアイテムが戦況を変えることだってある。

 

 例えば。

 今回、かぎ爪の短剣はかなり役に立ったわけだし。

 強力なアイテムは、今後の冒険の助けになってくれるだろう。

 

 とは言え運に身を任せるのも嫌だ、そうなると難しい、難しすぎる……

 

「答えは出るようなものじゃないでしょ? 直感に従ってみてもいいかもよ?」

「それもそっか、うん……」

 

 迷った結果、狼の親玉らしき個体の宝箱は3段階強調。

 ウィスプは1段階、他はそのまま開けてみる事にした。

 

 スキルを使用し、宝箱に注視する。

 

『スキル:()()太字二段階拡大

 

 氷狼の長からドロップした宝箱の()()は……短剣? また短剣……? かぎ爪と言い、ダンジョンに入って短いというのに二本目の短剣だ。欲しい武器が落ちる訳では無いとはいえ、流石に偏りが激しい。

 

『特殊タグ:注釈』

 

 この短剣*1は、性能自体はかなり良いものの……僕は短剣の二刀流などしないし、敵によって使い分ける使用方法になりそうだ。もしくはかぎ爪は投擲用にするか……?

 

 ウィスプの宝箱からは宝石のような素材*2がドロップした、どうやら杖の触媒になるらしい。その他の狼の宝箱からは、毛皮のコートと言った防具がいくらか手に入った。頑丈さと防寒以外に特別効果は無いが、この階層では有効に扱えるだろう。

 

 それから暫く歩いたが、此処まで苦戦する相手は現れなかった。

 

 

 

 日を改めて次の日。

 七層の探索を続ける事暫く、幸いにもこの第7層は、6層ほどの広さは無い。敵の強さは確かに脅威なものの、ボス自体は存在しないらしいし……接敵が少なければ今日中の踏破もあり得るかもしれない。

 

 だがその情報は、今が楽になるという意味では無い。

 

「うぅ、ざぶいです……くしゅん!」

「寒いで済んでいるのが凄いんだけどね、普通なら喋る余裕すらなさそうだ」

 

 暖かかったホームとの落差で、文字通り風邪をひきそうだった。

 振り続ける吹雪は、視界と体温と体力を奪う。

 

 それにしてもこの空間の吹雪は何処から吹いているのだろうか、やはり管理妖精が……? それなら魔法陣なりを消せば止まるけど……流石にそれは狡いかな。それとも環境はこうあるべしと設定され、吹雪き続けているのだろうか。

 

「なんだか、吹雪が強くなってませんか?」

「この階層から極端に情報が少ないんだよね、此処まで来れるのって必然的にA級以上だから」

 

 6層による足切りによって、この階層まで進める冒険者の数はそう多くない。

 本来は階層テレポートなんて出来ないのだから、ここまで来るのにも一月程度かかったりするのだろう。必然的にA級冒険者のパーティ……どころか遠征隊を組んでの攻略になるのだろう。

 

 とは言え大まかなマップ自体は残されている。マップではこの階層も残すところ半分ほど、ただ風は少しずつ強くなっていく。その分魔物の数が減ってきているから、進み自体はそこまで遅くはなってはいないけど。

 

 ただそんな僕らの前に、大きな障害が立ちはだかった。

 

「これ……登るんですか?」

「ん~? 辛いなら、おんぶしてあげよっか?」

「いっ、いえ! クロッカス王国の王女として、こんな所で諦める訳には……!」

 

 次の階層に向かうためには、この氷山を登る必要があるらしい。

 ツェツィが大分まずい事を口にしていた気がするが、空気を読んでスルーする。

 

「……?」

 

 そんな折、僕と一緒に先頭を進んでいた彼女の足が不自然に止まる。

 

「どうしたの、シエナ?」

「いや、ううん……何でもない……かな?」

 

 確かに、勘違いや気の所為の可能性もあるが……僕はシエナの直感を信頼している。

 普通なら、ここで気にしないのかもしれないけど、少し慎重な位が僕にあっている。

 

「些細な事でも良いから、教えてくれる?」

「ん……山からこう、嫌な感じがして」

 

 嫌な感じ、それも今から向かおうとしている山から。

 次の階層に向かうためには、越えなければいけない山だが……この付近に不自然に魔物が居ないのも、少しだけ気になって来た。

 

 

 全てに注釈を振る訳にはいかないが、此処まで怪しいなら少し見てみる価値はあるだろう。

 

『特殊タグ:注釈』

 

 僕はその山*3に、注釈を振って───は?

 

 無機質な山肌であるはずのそれと、確かに目が合った……錯覚を覚えた。

 

 

 見ている事を、悟られた?

 

 

 ぞわっと背筋が寒気立つ、今すぐに撤退するべきだ。

 歯の音が合わずにガチガチと音を鳴らし、脳の奥がそう警鐘を鳴らしている。

 

「下がっ───!」

 

 だけどその言葉が形を紡ぐよりも早く、目の前の山が───隆起した。

 それは山なんかじゃない、凍り付いた巨大な竜の翼であり……背中なのだ。

 

【ゴォォォ……】

 

 息を吸う音が、文字通り周囲を震わせる。それは寝起きの音で、威嚇をする意図すらないのかもしれない。まるで岩石を擦れ合わせたような、腹の底を揺さぶる重低音。身体の上に積もった氷雪が雪崩を起こし、世界を白く染める。

 

「……警戒しろッ!」

 

 一番早く警戒態勢をとれたのは、冒険者歴の長いグレイだった。不測のイレギュラーに対し、誰よりも早く警戒を指示する。余りの事態にどうするべきか迷っていたが、こうなった以上戦闘は避けられないだろう。それに何より……

 

「どうするの、ノル君!」

 

 どうするにしても、僕が指示を出さなければいけない。

 このパーティーのリーダーとして、判断を下さねばならない立場なのだ。

 

 本来なら、撤退するのが賢いのかもしれない。

 

「ダメそうなら、撤退しよう」

「分かった、前衛は任せてっ!」

 

 無理なら、引く。

 それはつまり、とりあえずは挑んでみるという事の証左。

 

 パーティ名の由来でもある、氷竜。

 

 そして山よりも大きな、その氷の竜の存在に。

 僕らしくもないが、この寒さに負けないくらいに……胸の奥が燃えるように鼓動していた。

 

 童心の時に、旅の始まりに目指した……英雄譚に出てくるような竜との対峙に。

 

 

【キュオオオォォォン!】

 

 

 咆哮が、周囲を揺るがす。

 音だけで各地で雪崩が起き、理性ある獣は少しでも距離を取ろうと恐れ戦き逃げ惑う。

 

 

 その冷たい瞳が、開戦の合図が鳴るのを待つかのようにこちらをじっと待っている。

 

 

「戦術の判断は……任せますよ?」

「そう来なくっちゃ!」

 

 人が山に挑むなんて、無意味な事だ。

 そしてそんなサイズの竜に挑むなんて、文字通りの自殺行為。

 

「覚悟は良いかな?」

「勿論です」

「ふふっ。良い顔だ、それじゃあ……」

 

 それ故に、挑むのは蛮勇か……英雄のみ。

 

「それじゃあここらで1つ、竜退治と洒落こもうか」

 

 僕らがどちらに転ぶのか、それはこれからの選択にかかっている。

*1
フロスト・ファング:氷属性の魔力を帯びた短剣、非常に鋭く強靭で魔力を良く通す

*2
永久の氷塊:永久凍土の氷の魔力が込められた、宝石のような氷。決して溶けず、素材として非常に優秀である

*3
氷山竜フロスト・ニル:山のような体躯を持つ氷竜の再現体。第七層の隠しボスであり、この第七層を永久の凍土へと保っている管理者としての一面を持つ

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