ふわふわとした微睡に包まれていた、まるで空に浮いているかのような感覚が身体を包んでいる。記憶も身体の感覚も曖昧だ、僕は一体何をしていたんだっけか。
確かとても大切な事をしていた気がする、起き上がらないといけない気がする。
だけど、こんなにも心地の良い微睡から離れるなんて……あれ、なんかお腹が猛烈に……
「痛いっ、痛い……猛烈にお腹が痛い……そして寒い……!?」
「血液が悪かったのか、雪が悪かったのかだねぇ……」
あまりの痛みに脂汗が滲む、視界に映っているのは凄く見覚えのある、端正な顔立ちの銀の髪のエルフで……ここは、凍土で……今いるのは、グレイ師匠……
【師匠?】
グレイさんの……
【さっきは、名前で呼んでくれたのに?】
……グレイの膝枕の上だ、人肌が柔らかくて周囲が寒いからより暖かく感じる。
そこまで意識して、ようやく状況を思い出した。
慌てて、『よみあげ』を切り替える。
よみあげたまま意識を失った事なんて無かったから、気づかなかった。
よみあげが、切れていなかったなんて……
それにしてもこのスキルは持続式ではなく、あくまで切り替え式と言う事なのだろうか。
「ノル君、起きれそう?」
「体調は、一応大丈夫そうです……かね」
辺りは変わらず一面の雪景色、そこに簡易的なテントが張られていた。
暖を取るために焚火が焚かれているお陰で、意識を失っていても凍死は免れている。そんな僕達の話している声を聞いてか、幾つかの足音がこちらに向かってくるのが聞こえる。
「あっ、ノル君起きた!」
「お腹が痛むと聞こえました。良い知らせと、悪い知らせがあるんですが……どちらからお聞きになります?」
「良い知らせから……聞かせて……」
それにしてもお腹が痛い、雪も血液も食べて良いものじゃないと言う当たり前の事を再認識させられた。
「良い知らせは、腹痛の方は私の奇跡で緩和できるという事です」
「本当に助かる……」
詠唱と共に暖かい光が、僕の中へと流れ込んでくる。
指先の凍傷は既に直っている事から、外傷の治療は既に終えてくれていたのだろう。外から見ても腹痛があるなんて分からないだろうし。
「で、悪いニュースって言うのは……」
「残念ながら宝箱は、既に開いてしまった後と言う事ですね。ノルさんが意識を失って、もう半日と少しが経ちます」
宝箱は、何時までもその場に残っている訳ではない。
開けなければ中身がその場に現れ、そしてやがて消え失せるという。
雪が解けたはずの地面に既に、雪が積もっている事から……確かに随分と長い間、僕は意識を失っていたらしい。
「とりあえず、腹痛も収まったし……今ホームのドア開けるね」
「助かります、正直寒くて……暖かい室内が恋しくて……」
『スキル:ホーム』
目の前に現れた扉に、吸い込まれるように入っていくツェツィ。随分と長時間膝枕をしてくれていたのだろう、脚が痺れた様子で顔を顰めるグレイ。そして僕をひょいっと背負って、扉まで運んでくれているシエナ……
「そう言えば……」
「どうしたの? シエナ」
何時もよりも少しだけ低い声で、僕を背中に乗せながら彼女は続ける。
「よみあげの件、後でちゃんとお話聞かせてね?」
「あっ、うん……」
血液不足と疲労感で身体が殆ど動かせない僕には、それを拒む事なんて出来なかった。
ホームの中の空間は、日差しがポカポカと暖かくて……先ほどまで凍土に居たとは思えない程に、心地の良い空間が広がっていた。気を抜けば意識を失ってしまいそうな程に、リラックスしている。
「あったかいですねぇ……日差しが心地良い……」
「帰って来たぁ……長かったね!」
畑の妖精さん達が、心配そうにこちらを伺っていて。
心配しないように手を振ると、嬉しそうに手を振り返してくれた。
「ノル君は身体清めてきて、私達でご飯用意しておくね」
促されるまま、ズタズタになった装備を脱いで身体をお湯で洗い流す。
何とか着替え終わってテーブルに着いた頃には、ある程度目が覚めていた。
「ドロップはこんな感じです、目録を作っておいたので目を通しておいてください」
結論から言えば、氷竜のドロップは一般的なモノだった。
あの氷竜の皮、鱗、血液に爪と言った一般的な素材の詰め合わせ。
正直言えば大当たりだ、強力な短剣が一本落ちるよりもよっぽどパーティの強化に繋がる。
この戦いを通じて本当に思った、防御面があまりにも貧弱なんだ、うちのパーティは。
そしてあの巨体なだけあって、落ちた素材の総量も素晴らしい。
ドロップの話は置いておいて、問題は今後どうするかだ。
「それで、この後は……」
「撤退、で良いと思う」
「私も撤退に賛成かなぁ、消耗も激しいし」
この素材で新しい装備に更新したいし、そもそも僕が完全に回復するまでしばらく時間がかかるだろう。それなら、魔法陣で移動できる僕達は撤退するのが一番丸い。
「一晩休んでから、地上に戻ろっか」
「ん、了解!」
当初の目的は殆ど達成したようなものだ、残りは買うなりオーダーメイドで揃えるとしよう。そんな話し合いの後、温かいスープをゆっくりと飲み、夜は更けていった。
翌日、8層に一歩だけ足を踏み入れ、ゲートで7層から地上へと戻った。
体感では随分と久しぶりに感じる、クロッカス王国の王都……ウィスタリア。
ツェツィの紹介で、鉱石や皮を取り扱う専門の職人さんを紹介してもらった。考えてみればすごい人脈チートだな、流石はこの国の王女にしてA級冒険者。
オーダーメイドということで、少なくない金貨が飛んで行ったが……その分満足の行く出来上がりになったと言える。
最終的に出来上がった装備が───これだ。
『スキル:マイページ』
【名前】ノマル・フトゥー
【年齢】16
【スキル】
【HP】424/424
【MP】910/910
【SP】361/361
【力】429
【防御】322
【魔力】644
【素早さ】318
▲装備
・不浄なるかぎ爪 状態異常を付与する短剣
・フロスト・ファング 氷属性の魔力を帯びた氷狼の短剣
・スライムの首飾り 食事による魔力回復量を強化する
・貪欲者の指輪+ アイテムのドロップ率に上昇補正+レアアイテムの発見率に上昇補正
・翡翠銀の胸当て 保護箇所のダメージ低減/所持者の魔力を使用して防御力上昇
・翡翠銀の肘当て 保護箇所のダメージ低減/所持者の魔力を使用して防御力上昇
・氷竜のローブ 保護箇所のダメージ低減/氷属性の攻撃に耐性/魔力回復量+30%/氷魔法強化
▼使用可能魔法38種
▲備考
・剣術の心得 上級剣士相当
・魔力操作 上級魔法使い相当
・イベント誘引(旅が
第5層で落ちた鉱石の中でも、軽いものを中心にして作った翡翠銀の防具。そしてなんと言っても目玉は氷竜の革で作ったローブだ。特殊効果もさることながら、尋常じゃない防御力を有している。
賢者も装備していたように、やはり竜の素材は非常に優秀である。
そして、魔法使いにとって最も重要である杖は……
「ノル君、その……本当に調整が私でよかったのかい?」
「師匠より、氷魔法に精通している人はいないですよ」
……彼女に任せていた。
素材同士の相性や、氷魔法使い特有の悩みを最も深く理解しているのは間違いないだろう。
彼女の手の中にあるのは、一振りの杖。削り出された氷竜の爪の中に、嵌め込まれた氷の宝石。持ち手の部分は木材だが、それを保護するかのように氷竜の革が巻かれたオーダーメイドの一本。
「どう……かな?」
「凄くいいです、これ……よく馴染みます」
「そっか……それは良かった」
氷晶の杖 魔法威力+40%/魔力操作補助25%/氷魔法使用時の魔力消費にマイナス補正
杖を掲げてみれば、まるで自分の身体の延長線上にあるかのようにしっくりとくる杖だった。
「これからもよろしくね、ノル君?」
その先端に嵌められた灰色がかった銀色の宝石が、日光を浴びて輝いた───気がした。