97.北へ
───僕は今、夢を見ているのだろう。
あの黒い本を手にしてから偶に見る、此処ではない何処かの夢。
その夢には触れる事も、声を届ける事すら出来ない。
それは読んでいる小説の中の主人公に、アドバイスが出来ないのと同じように。
眼前には焼けた村と、泣き崩れる少女が映っていた。
炎をその身に宿した少女は、復讐のための旅路を歩み始める。
見覚えのない景色はまるで紙芝居かのように切り替わる。
暗転。
肥溜めのようなキャンプの中で、その身を燻らせていた少女は志を同じくする少女と出会う。
暗転。
少女は、旅をして仲間に出会い北を目指す。
全ては、目的を果たすため……それだけの為に。
そして再び、暗転。
禍々しく、それでいて威厳に満ち溢れたその玉座で。
彼女は、確かに魔王を打ち倒した。
「■■■は、■■かな……」
その代償は、彼女の持つ文字通りの全てで。
「■も、そっちに……」
暗転。
その暗闇は、まるで幕の下りた後の劇場のように晴れる事はなく。
後味の悪い物語は、喉元を過ぎた後も嫌な余韻を残す。
だけどそんな悲劇を待ち望む人も、また居ない訳では無いのだろう。
だって、結果の決まった平坦な物語なんて───
そんな、夢を見た。
「ん? どうかしたのノル君?」
その燃えるような赤い瞳と、目が合った。
こうして視界に映る茶色の髪の少女に目が吸い寄せられてしまったのは、今朝見た夢の内容も関わっているのだろう。シエナ・ティソーナ……『剣聖』のスキルを持つ彼女の手には、今は剣ではなくこの前の報酬で手に入れたレシピ本が握られていた。
潤沢な食材が供給できるようになったことで、パーティーの間では料理ブームが来ているらしい。
「あぁ、いや……視線が気になったならごめんね」
「ううん? 見たいなら好きなだけ見てても良いよ?」
そう言ってにかっと笑った少女は、ベッドの不自然な膨らみを一瞥してからもう一度手元のレシピ本へと目を落とす。そんな僕達の間にこんもりと鎮座している山の正体は……
「うぅ、うぐっ……きぼちわるい……」
まるで布団へと突っ伏すかのように跪伏している彼女は、このパーティの頼れるお姉さん……のはずのエルフ……グレイエル・スノウリリィだった。しかし今はその綺麗な雪のような銀髪を乱して、二日酔いに頭を悩ませている。そんな彼女に甲斐甲斐しく世話をしようと、何時ぞやの氷精霊が濡れた冷たいタオルを用意していた。
普段は本人の前に顔を出すのが恥ずかしいという話だったが、そんな事を意識できない位意識レベルが低そうな今なら問題ないらしい。そういうものなのだろうか。
言ってしまえばそれほど珍しくも無い……もしこの物語が本ならば語られる事の無さそうな、何時も通りのお昼の微睡の中。
今日は日頃の休みを取るためと言う名目で、依頼や冒険をせずに休息をとる予定の日としていた。当然だ、身体を酷使する冒険者が毎日休みも無く依頼をこなせるはずがない。中堅以上は1つ2つ依頼を受けて、次の日は休みにするというパーティが大多数だった。
そうやって王都にある宿、獅子の尻尾亭で静かな時間を過ごしていた時の事だった。
コンコンとドアをノックする音がしてから数拍置いて、部屋の扉が開かれる。
「皆さん、少しよろしいですか?」
「急に改まって、どうしたのツェツィ?」
真剣そうな表情をして、宿の部屋の扉を開けたツェツィが告げた。
何時もと違って高価そうなドレスに身を包んでいる辺り、今日は王城に赴いていたのだろう。
金髪の彼女の正体が、ツェツィーリア・フォン・クロッカス……『聖女』のスキルを持つA級冒険者でありながら、この国の王女であるというのは忘れてはならない事実だ。
そう言えば僕達が何故『ホーム』の家に居ないのかと言うのは、大っぴらにしたくないというのもあるが……僕達あての手紙や使いの人間が王都の僕達を訪ねた時に、何処に行けばいいか分からないからだ。だからこそ、何処の街でもこうして宿をとる事にしている。
そして毎食自分たちで作らずとも、街にいる間は街でご飯を食べたい。
……なんていうこだわりよりも、まずは用件の方を聞くべきか。
「魔族との最前線に当たる国、ホワイトランドから報告がありました」
ホワイトランド。それはここから幾つかの国を越えた先にある、北の大国。
1年中雪に包まれたその国は、魔族との最前線と言う事で大陸中の精鋭や物資が集まっているという。
「確認されている中で7体目、新たな12魔将の討伐を確認したと」
「良く出会うからあんまり意識してなかったけど、そう言えば随分と珍しい事なんだよね?」
「その通りです、魔王側が誇る最高戦力な訳ですから。どちらかと言えば問題は、彼らが普段は隠密行動に徹しているという点にありますが」
実際に彼らは痕跡を消したり、潜伏したりして各々の目的をこなしている事が多かった。
「現状の12魔将の討伐数は、『勇者』が2体。『戦狂い』が1体。そして私達、氷竜の一閃が4体もの討伐を成し遂げています」
逆に僕達は、幸運か不幸か恐らくはスキルのお陰で異常とも言える回数の接敵が起きている。『鋼鉄』……はシエナを狙っていたから例外として、『悪食』『刻戻し』『刻送り』の四人と接敵している。
例えば、の話だが。
相性が絡むから一概には言えないし、本当に例えばの話だが。アメティスタ・クレイドール、通称『賢者』の前に、村に現れた『鋼鉄』が対面した場合は……何も出来ずに『鋼鉄』は圧殺されるだろう。
それぐらいにS級の冒険者の力は凄まじいものだ。それでも討伐が一向に進まないのは、単純に彼らを見つける事が出来ないから。……もしくは当人にやる気が無いか。
とは言え討伐自体は喜ばしい事だ。
だが深刻そうな表情から良いニュースだけ……と言う訳でもないのだろう。
「討伐した『勇者』の証言が正しければ、以前に討伐した個体よりも……強力になって居たとの事です」
「一体なんで……」
それは12魔将の間に、個人差が存在する……という事だろうか。
何かが引っかかる、それなら序列や他の要素で区別していそうな気がする。
全て一緒くたに、纏められている彼らの実力がそこまで離れている事など考えられるだろうか?
過半数を討伐してから、12魔将の動きが活発になっている?
それなら理由は何だ、今までどうして手を抜くような真似を?
それはないだろう、記憶にある『鋼鉄』の最期の顔は憤死しそうなほどに目を見開いていた。
……ダメだ、考えても分からないし……注釈を挟もうにも弾かれるだろう。
今答えの出る問では無いのかもしれない。
だがやはり少し引っかかる、頭の隅に留めておくべきだろう。
「そして、大陸各地で白い繭のような物体を確認したという報告も上がって来ています。恐らくは、クオンディル大洞窟で見たものと同一であると考えられます」
鉱石に体を侵食されたゴブリン、通常ではありえない進化? を繰り返していた異形。その正体は、12魔将である『母なるマテルメア』の繭によってこの世界に産み落とされたものだった。
卵生ではないゴブリンが、白い繭から生まれ落ち、鉱石を食って育ったのだ。その異常さは推して知るべしだろう。
あんな凶悪な魔物が世界に蔓延ってしまえば、世界の危険度はぐっと跳ね上がる。その余波を真っ先に受けるのは、村やそこを往復する商人である事は間違いない。
直接ではなく、各地に影響を出すタイプの魔物。
非常に厄介なタイプだ、その白い繭が増えるのを止めるには……大本を叩くしかない。
「それに伴って、クロッカス王国は12魔将『母なるマテルメア』の討伐を、冒険者ギルドの各員に依頼する事にしました。無論、皆様に参加を強制するものではありませんが」
別に世界の為に魔王を討伐したいなんて崇高な意思も、復讐の為に剣を取った訳でも無いけれど。
村の皆や、今まで旅で出会ってきた人々の為にも。
「ノル君も行きたそうにしてるし、決定だね?」
「……良いの?」
「うん! それに何より……この上を目指したいなら実戦は避けては通れないよ?」
装備は潤沢で、士気も十分。
目指す道の先、S級の冒険者に憧れるなら……彼らの活躍を目にするのが最も近道なのかもしれない。
「目撃頻度から、恐らくそれが潜伏しているのは……北の大地で間違いないでしょう」
「それじゃあいこっか、北を目指して!」
そうして僕達、氷竜の一閃は北を目指すことを決めた。
「あっ、明日からでもいいかい……? 今馬車はちょっと、無理だ……」
若干1名、呆れた顔でツェツィから奇跡を掛けられたダメな大人を除いて。