ガラガラと車輪が回り、馬車が北へ向かって走り続けている。
とは言え一朝一夕で辿り着けるほど、北の大地は近くはない。
だから必然的に、こうしてパーティのメンバーと会話をする機会が増える訳だが……
「S級冒険者について、ですか?」
「うん、ある程度は知ってるけど。詳しく聞いておきたいなと思って」
「確かに秘匿されている情報もありますから、私に聞くのが一番効率的かもしれませんね」
その中に一つ、興味深い話題があった。
S級の冒険者の人柄や、そのスキル。
それを詳しく知れれば、僕達が目指す目的地点が明らかになると思ったから。
「前提として、現在登録されているS級に区分される冒険者は7名です」
一人目、としてツェツィは人差し指をその場で上にあげる。
そして少し苦虫を嚙み潰したかのような表情をして、すぐに表情を戻し話を続ける。
「まずは皆さんもご存じの通りですが。ホームをプルプラに置く、『賢者』アメティスタ・クレイドール。他のS級と違いプルプラと言う国を統治している、唯一のS級認定者ですね」
「”あの”賢者ね」
「”あの”賢者です」
お世話になった事も、僕達が強くなるきっかけをくれたのも間違いは無いが……それでもやはり、手放しに称賛し辛いのは、彼女の性格に起因している。興味のない対象に向ける目は、まるでゴミでも見るかのような視線だったし。興味を向けた対象に対しては、鬱陶しいくらいにしつこい。
だがそれでも、積極的に害をなそうとするタイプではない事から……マシな部類に分類されるのだろう。それに彼女がもたらした叡智は、間違いなくプルプラの繁栄に繋がっている。
二本目の指を馬車の天井へと向けて、更にツェツィは続ける。
「「剣鬼」とも呼ばれる、シノノメ・イッシン。『剣聖』のスキルを持つ、東方にルーツを持つ剣豪です。今年で100を超えるご高齢で、今は最前線からは引いてホワイトランドの村に滞在しているとか」
「私以外の剣聖だよね! 何時か、剣を合わせてみたいなぁ……」
S級冒険者の名前を聞いて、闘志を漲らせているシエナは置いておくとして。
『剣聖』が100年に一度の逸材であるという事は、村の神父様も言っていた。逆に言えば100年に一度くらいは産まれるという事でもある。そんな彼の若い頃の冒険は、やはり本にもなっていて……剣の鬼の二つ名の通り、抜き身の刀のような人だったらしい。
そして三本目の指を伸ばしてから、少し言い辛そうに続ける彼女。
「『勇者』のスキルを持ち、「光の勇者」と名乗っているテンジョウイン・ユウヤ。彼に関しては……えぇ、目まぐるしい成長を続けていて……その、まあ、英雄らしいところがある御方ですね」
「12魔将を倒したって話してたね? 強いのかなぁ……」
「一応言っておくけど、襲い掛かっちゃダメだからね?」
『勇者』……!
イカイノと同じ『勇者』のスキルは、得るためには何か特殊な儀式が必要な……後天的な付与が行われると言われている。それが何なのかは分からないが、あまり注釈を使って解説を入れると不味い用件な直感がする。
それにしても何か問題点のある人物なのだろうか……まあ、ツェツィが言葉を濁しているのも無理はない。S級冒険者は単独で国を落とせるほどの実力者だというから、その辺りのパワーバランスが難しいのだろうか。
「そして『狂戦士』ボルドー・カーネイジ。戦争を愛している戦闘狂と自ら名乗っています。何時も戦いに明け暮れていて、その大斧にこびり付いた血が、乾いているところを見た事が誰も無い事から「戦狂い」と呼ばれ畏れられ……失礼、その名を馳せていますね」
「噂には尾ひれがつくとは言え、二つの名の通り戦争が好きなのは間違いないだろうねぇ。まあ、味方でいる内は随分と頼もしいのは間違いないよね」
四本目の指が上を向くのと共に紹介された、彼の持つ血濡れの大斧の逸話は随分と有名だ。
噂によると、対峙した『剛力』の12魔将もその血錆になったらしい。
なんでも、彼の持つ獲物と腕ごと首を切り落として……戦場には真っ赤な血の噴水が出来上がったのだとか。
五指の全てが上を指し、次の人物が紹介される。
その指はこの後どうするのかが、少しだけ気になる。
「『神槍』アージェンス・リンガルド。彼の放つ神槍は、文字通り神速。見切るどころか、誰しもが貫かれてから槍を振った事に気付くと言います。前述した方々のような特徴こそないものの、全ての技能が非常に高水準で、性格にも問題がなく、どんな状況にも対応できることから……最も優秀なS級と評されていますね」
「それに顔も整っていて、女性からの人気も凄いらしいね」
正しく、絵に描いたような優秀な戦士。
性格が良くて、強くて、カッコイイ。
逆に彼は何を持ちえないのだろうか、嫉妬するのも烏滸がましく感じる。
続いて、親指を折り曲げて六人目の紹介をするツェツィ。
そうなるのか、個人的には……
「ノルさんは、こっちの方がお好みですか?」
「……そんなに顔に出てたかな」
わざわざ左手の人差し指を上へ向けて、両手で数字を数え直してくれたツェツィ。
まるで悪戯が成功した子供のように笑ったその顔に、思わず目を奪われる。
どうして内心を見透かされているのかは、怖いので考えないようにしよう。
「こほん。『
「どんな感じのスキルなんだろうね?」
「恐らくですが……今まであった中で最も近いと感じたのは、ノルさんのスキルでしょうか。理解できる範疇に存在しないスキルに出会ったのは、あの御方が初めてです」
左手でピースを作って、七人目の紹介をする彼女は傍から見ると随分と可愛らしい恰好だった。
「これで最後ですね。『天弓』、ファマメント・レイライト。グリーンウッド出身のエルフで、数百年の時間を過ごしてきた、正に生きる伝説です。彼女の残した矢文の逸話は、我が国ではあまりにも有名ですね……」
「私、読んだことある!」
「流石に同族だから、私も詳しいよ。「放たれた矢は蒼穹を駆ける一筋の星となって、国を越えた」って奴ね。当時のグリーンウッドの王から頼まれた文を、矢に結んだと思ったら……その場から隣国のクロッカス王国まで矢文で届けたって話なんだけどさ。この昔話には実はオチがあってね」
僕も村に居た時に商人さんから購入した小説で呼んだことがある。
彼女の物語は、僕の持っている中でもお気に入りな一冊だ。
その一矢はまるで、青い空から差し込んだ一筋の光のようだったとか……
何時かお会い出来たら、握手とかしてもらえるかな……
そんな人と同郷であるグレイさ……グレイが語るエピソードだ、一体当時はどんな事が。
「届いた矢はともかく、文はボロボロになって読めなかったらしいんだよね……そのせいで、開戦の合図かと両国が随分と揉める事になったんだって」
それは煌びやかな伝説に付随した、酷く現実的な真実だった。
聞きたくなかった、物語の英雄の輝かしいエピソードのそんな一面……
「あっ、憧れの英雄だったのに……」
「会って見たかったのかい? でも彼女、風のように世界中を回ってるらしいから、会えるかは怪しいかなぁ……グリーンウッドに帰って来たのも、70年くらい前だって聞くし」
エルフらしいと言えばエルフらしい、長命種特有の時間間隔で生きている人らしい。
それにしても、そんな話だったのか。
物語では、確か国の一大事を知らせる手紙を任された彼女が……って話だったのに。
「そう言った話には、少なからず尾びれがついて脚色されるものですよ。脚色されていると言えば、ギルドの酒場で吟遊詩人が唄っていた氷竜の一閃の話も……ふふっ」
「待って!? その話、僕初耳なんだけど……!」
「ノルさんが、何時か本になるような英雄譚をお望みと聞き及んでいましたので。私の方で吟遊詩人の方と旅のお話をしまして……ね?」
ただでさえ、ギルドの酒場で酔って大言を宣言したことは僕の中で結構なトラウマなのに。
これ以上変な噂が出まわったら、外を出歩けなくなってしまう……!
せめて内容を教えて欲しいとツェツィに懇願するものの、彼女はカラカラと楽しそうに笑うだけで結局内容は教えてくれなかった。一体、どんな内容が……ただでさえ感想欄でもあることない事噂されているというのに。
なんて事のない、御昼下がりの馬車での一幕。
そんな話が続く間も、馬車の車輪は回り続ける。
北の大地はまだ遠く。
それでも着実に僕達は近づいていた。