[ NumberingTitle_3年前_2日遅レ_ISノ在リ方_同室者 ]
一巻分
― 0 ―
爆撃音はいつまでも続いていた。
中東の昼間は暑くてしょうがないが、僕がいるブリーフィングルームはとてもひんやりとしている。
――以上がテロ組織の中枢人物に当たる。貴君らの任務はターゲットの速やかな排除だ。活動時間である三〇分以内で、できるだけ被弾を避けて帰還しろ」
僕を含めて言われた三人のうち一人が、擬似トレーラーの電動シャッターを開けていく。すると、ざらついた熱風と砂の感触が頬を撫でつけ始めた。
砂漠の黄色い砂が当たって、ここがアメリカじゃないと実感していく。
「サーフォ、貴方は暴走しやすいから最後尾で付いてきなさい。良いわね?」
いつものうるさい女が語気を強めて喋ってくる。僕は全然自由に行動させてくれないこいつが大嫌いだ。いつも命令無視とか言って苛めてくるから。
「やだよ。なんで、そんなことしなきゃいけないの? だってさ、これから悪い奴の頭を消し飛ばしに行くんでしょ?」
もう一人の僕を叱らないあんたは、なんでいつも泣きそうな顔で僕を見るの?
いつも怒る女が露骨に嫌そうな顔をして、もう一人の女は対照的に哀しそうな顔をしていた。
変な奴だよね、僕はどこも怪我とかしてないのにさ。
ホームでやってるゲームじゃ、僕はいつも高得点を叩き出す。そうすると周りの大人は、みんな嬉しそうな顔をするんだ。僕は、それが褒められたようでとても嬉しかった。
だったら実戦でも、もちろん一番乗りで高得点を叩き出したい。
「いつものゲームと同じでしょ? 獲物は早い者勝ち、邪魔する奴は脆い雑魚敵じゃないか」
ISを直ぐに展開させると、レーダーで設定された目標へ向かって飛び出す。体に掛かる重みが、とても気持ち良い。
ヒュンッ!!
嬉しくて、ぞくぞくする。音を立てて通り過ぎ去る砲弾を目で追いながら、自分の口端が吊り上っていくのがわかった。
今からゲームスタートだ。そう思った瞬間、なにかに力強く肩を捕まれた。
反動で体が反り返り、両足が振り子のように上がる。後ろを向くと、同じようにフルフェイスマスクのISを展開している女が肩を掴んでいた。
そして僕の首を掴むと、奴はいきなり腕を曲げながら引いて自分のマスクを僕のマスクに押しつけてくる。
「良いか欠陥モルモット、良く聞け。リーダーは私だ、お前にはペナルティ加算が溜まっている。これ以上、勝手な行動をとるなら作戦に支障が出かねない。次に違反を犯したら、私がお前を強制的にラボへ戻してやる。いいか、覚えておけ? 行くぞ、ナイザ」
マスク越しに女のくぐもった声が聞こえた。
声に怒りを感じる。
僕が呆然と空中で静止している間に、女達は二人で共に先へと飛んでいく。
――――――ふざけるな、お前が僕をあの場所に戻す権利なんてない。
そうさ、お前なんか邪魔だっ!
お前がいなければ、僕はもっと自由に動けるんだよ。だいたい、僕より弱いくせに歳が上なだけでうるさいんだ。
やっちゃおうか。
やっちゃおう。
そうだよ。
そうしよう。
そうしなきゃ。
無言のまま銃口を女に向ける。ロック表示がオレンジから赤に変わった。
エラー音? そんなの関係ないね。
「バイバイ、邪魔ばっかりの嫌な奴。大嫌いだったよ」
『おま――
枯れ木をぼっきりと、真っ二つに折るような感じかな。
通信音声越しで女が何かを言い終わる前に、僕は高出力レーザーライフルの銃口から綺麗な光の束を発射した。
― 1 ―
春はいつも穏やかに包まれる季節だが、一年の始まりであるために煩くなってしまう部分もある。現に待たされている廊下の向こう側、目の前にある教室が今まさにそんな状態だった。
「静かにしろっ!」
先に教室へ入って行った教師の一喝したらしき怒鳴り声が聞こえてくる。ざわついていた多くの声が消え、ドア越しの向こう側が静まったのだと理解できた。
これを一言で表現するなら、まるで封建主義の王が喝会の間へ入場したような静けさだろうか。
「いいぞ、入ってこい」
「はい」
教師の合図を受け取って、適当に教室のドアをスライドさせていく。室内に入ってみると、当たり前だが女子ばっかりだ。周りを見渡すとクラス中の人間が皆一様にざわついている。
……やっぱ、IS関係はどこに行ってもこんな感じか。
ふーん、世界初の男性IS操縦者も一緒なんだな。確か、名前は織斑 一夏だったっけか?
しかっしまぁ、女みてぇな名前だな。同じクラスになるなんてのは、考えてもみなかったよ。
「皆も入学三目になるが、二日遅れの新入生だ。それでは自己紹介をしろ」
「市隈《しくま》 喜久《よしひさ》です」
皆一様に俺の方へと好奇の視線を向けてくる。派手な髪型だの、目の色のことや背が低いだのと、適当に言っていることが耳に入ってきた。
どうやら好みかどうかを話し合っているらしい。そんなふうに見回せば、担任の織斑先生が額を手の指で揉んでいた。
「昨今の男どもはみんなこうなのか……、自己紹介はそれだけか? みんな見ての通りだが、市隈の情報は昨日まで秘匿されていてな。私も今日になって知った次第だ。なにか質問がある者はいるか?」
数人から手が上がる。適当に指された女子が立ち上がって、俺に質問をしてきた。
「男性なのに、ISが起動した理由はなんでなの!?」
ここに来るまでに道中で何回も質問された内容だ、途中までは言われた回数を覚えていた。
意味もなく同じことを繰り返すことに苦痛を感じる。最早なん回目なのかも、もう思い出せないし、思い出す気にもならない。
まったく、だるくてしょうがない。
「触ったら動いたんだ。それだけだよ」
本当は、そんな曖昧な理由なわけがなかった。
しかし、真実を言えば一瞬にして自分の立場が危うくなる。
「趣味は!?」
「読書と寝ること」
「なんで、二日遅れて入学になったの!?」
「書類の申請と家庭内のごたごたで。織斑先生、もう良いっすか?」
いい加減、うざったくなってきたので横にいる教師の二人へと声をかける。すると、織斑先生は手を二度ほど叩きだした。
質問の終了を告げる合図を送り、そのまま生徒を静まらせていく。
「複雑な家庭事情があるらしいので、余り本人を困らせる質問はしないように。市隈、席は一番奥を用意したのでそこに座れ。あと、ガキではないのだから猫背はやめろ」
面倒臭いが反抗しても意味がない。それに、品行方正を謳っているような学園では当たり前なのかもしれないと感じた。
それにしても、反りが合いそうにないな。仕方がないとはいえ、どうして俺が一番嫌う場所へ放り込んでくれたのかね、あの姉さんはさ。
「どうした? 早くしろ、先の予定がつかえる」
「あぁ、はい」
ふと、考え込んでいたらしい。俺は織斑先生に促されて席へ向かう。指定された座席に着席すると、横に座っていた女子が興味津々と言った感じで話し掛けてきた。
ショーカットの似合う活発そうな容姿だ。
「これから宜しくね。私は貝田 啓子って言うの」
「ああ、宜しくな。それにしても、やっぱりここは女子高だわ。でも、教師は男子校みたいなのな?」
苦笑いして振った話題に貝田がくいついてくる。彼女が嬉しそうにして勢い良く話し始めた。
「織斑先生って格好良いよね!? 私も憧れてるのっ!」
「ふーん、人気あんだな」
どうでもいいよ……。
しっかし、流石はブリュンヒルデだなんて、呼ばれているだけのことはあるのだろう。内戦地なんぞに派遣されて行ったら、さぞ一方的な戦果を上げるに違いない。
「それにね、前で座ってる織斑君ているでしょ? 彼って織斑先生の弟なんだって!?」
「へえ、そうなの。両方ともすごいんだな」
貝田との雑談に対して、気の抜けた話し方しか出来ない。
ノートと分厚い電話帳みたいな教科書を鞄から取り出して机の上に置く。元々知識があるとはいえ、今更ながら一から覚えようという気にはなれない代物だった。
前方を向けば一間目の授業が始まっている。適当に眺めてみると、えらい勢いで詰め込み式の授業がスタートしていた。
授業と俺は、水と油のように反応していく。教師の話が進行するにつれて、どんどん眠気が強くなる。
これが後、午前中に三時間か……。
気合いを入れ、なんとか眠気を耐え切って午前中を過ごす。しかし、休み時間は全部魂が抜けたようにして机へ突っ伏した。
◇
「そこの貴方。少々、宜しくて?」
……誰だ?
この漫画から抜け出たような、ふざけた喋りかたをしてるのは?
まどろみの中で顔を上げると、金髪の海外人が俺の方を見ていた。
顔立ちが綺麗だが、お高く留まっているのが感じからわかる。昼休みだというのに、飯を抜いて話し掛けてきても大丈夫なのかと少し心配になった。
ちなみに周りを見渡せば、クラスの人間は楽しそうにしながら昼食を取っている。
「誰、あんた?」
「まぁ、野蛮人に続いて貴方もですの!? このイギリス国家代表候補生にして、学年主席のセシリア=オルコットを知らないだなんて。これでは無知も甚だしいですわね」
前言撤回だ、この外人は一度でいいから地面に頭を打ち付けたほうがいい。
オルコットと名乗った女子が、呆れた口調で両手を上げながら肩を竦める。第一印象でふざけた奴だと思った反面、俺はすごく感心してしまう。
日本語がペラペラだしアクセントも上手い。こいつはIS乗りじゃなくて、通訳の方が向いてんじゃないかと感じた。
しかし、ここは世界中から選ばれた優秀者しか入れない場所だ。そう思うと、これくらいは当たり前なのかもしれない。
「ふぁ。悪いけど、ごたごた続きで左も右もわかんないんだわ。それに昨日は徹夜で、もう倒れそうなんだよ。それより、あんたは放課後暇な人?」
「そんな訳ないでしょうっ! デートのお誘いならもう少し気の効いた言い方をなさいな。まあ、これでも忙しい身では――
「ああ、デートの誘いじゃないから。それに高圧的なのはタイプじゃないんだ。忙しいならいいや、お休み」
わざと相手の言葉をぶった切って会話を終了させた。
知り合ったのは何かの縁と案内をお願いできるか聞いたのだが、本人は忙しいらしい。プラスにならない会話なら、迷わず睡眠をとる。俺は頭を下げると再び眠りにつこうと瞼を閉じた。
頭上では「くぬぬ」とか言う声から、オルコットとかいう奴の顔が真っ赤になっているのが連想できる。
「野蛮人といい、今日の貴方といいっ! まだ話しは終わってません、起きなさい!?」
スパンッ
「痛ってぇ!?」
こいつ、いきなり人の頭を殴りやがった……。
教室中に良い打撃音が鳴り響き、続いて俺の怒鳴り声が木霊す。思わず取ってしまった行動に周りの注目を浴びてしまう。集中してくる奇異の視線が痛くてしょうがないが、この際気にしないことにした。
「貴方が途中で話しを切るのが悪いのです。宜しくって?」
なにが宜しくってだよ、決め台詞じゃないんだからさ……。
「一つ聞いていい?」
「普段は貴方みたいな輩に答える口を持ち合わせていませんが、なんでしょう?」
「なぜに、そんな喧嘩腰? それともう一つ、あんた顔は良いけど性格ブスで男にもてなそうだな」
「なっ! な、なな!?」
「事実だろうが、興奮すんなよ。それで話しの用件はなに?」
オルコットの奴は一瞬で低いらしき沸点が頂点に達したらしく、怒りで頬を染めているのがわかる。
「決闘ですわっ!!」
「はぁ? 嫌なこと言われて怒るのはわかるけど、それはやりすぎだろ。イギリスは紳士淑女の国なんだろ?」
「昨日は祖国を! 今日は私自身が侮辱を言われるだなんて、野蛮人の国の男は本当に最低ですわね!?」
昨日ということは、もう一人の男である織斑 一夏って奴とも既に揉めたのか。
俺は適当に手をぶらつかせながら、オルコットに質問する。
「で、その最低の野蛮人だっけ。もう一人とは決闘になったの?」
「なにを言っているのです、当たり前ではありませんか。今度のクラス代表を賭けて決闘となりました。当然、貴方も受けるのでしょうね?」
「え、俺はやだよ。面倒臭いし、メリットないし、なにより疲れそうだし」
「貴方、決闘を放棄なされると仰っるのですか!?」
「そうだよ、だから寝かせてくれ」
オルコットは、まるで信じられらないといった顔をしている。俺はといえば、そんなことはやってられないし、正直言ってかったるい。そして一番の理由を挙げるなら、ISなんてものは極力できる限り触れたくなかった。
それにしても、織斑 一夏って奴は、この阿呆の決闘を受け入れたらしい。こんな奴に乗せられて、案外と単純思考型なのかと呆れてしまう。
「……そうですか。ならば、戦わざるを得ないように引きずり出して差し上げますわ」
「ふーん、精々頑張って」
オルコットの阿呆は、やる気の欠片もない俺に不適な笑みだけを残して席から離れて行く。再び目を閉じると、ぬるま湯に浸かる感覚で頭を腕の上に乗っけた。
まさかこの時、俺は目の前のイギリス人が意外と頭の回る奴だとは、これっぽっちも考えていなかった。
― 2 ―
「私セシリア=オルコットは、クラス代表に市隈 喜久を推薦いたしますわ」
「ほう、理由を言え」
授業の開講一番、織斑先生に対してオルコットの発言が飛び出した。
まるで状況を掴めていない中で、反芻したように織斑先生が理由を聞いていく。オルコットが話を先に進める。
「昼間に彼とお話しをさせて頂いたのですが、是非とも出てみたいとおっしゃられたので」
嬉しそうに口元が笑ってやがるな。
奴がそう言って、俺の方を見ると『やってやったわよ? だから、とっとと引きずり出されろ』という視線を感じた。
俺はしょうがなく立ち上がると、前の教壇に立っている教師二人の方を向く。
「今の発言は出鱈目です。俺は全くやる気がありません」
「そうか。市隈に言ってなかったが、クラス代表を決めるのに推薦されれば拒否権は認められん。悪いが出てもらうぞ?」
はぁ? なんだよ、その理不尽な仕組みは?
今日初めての苛立ちを感じる。しかし、この場合はオルコットに反論しても意味が無い。俺は、そのまま前方にいる織斑姉に対して反論してやろうと少し前屈みの姿勢になった。
視線で感じたのか、理不尽教師のほうも聞く姿勢になるのがわかる。
「人権が認められるなら、拒否権を行使できるはずですが?」
「この場で拒否は認められん。私が黒だと言ったら、それが白でも黒だ。覚えておけ」
「なんすかそれ、ここでは軍隊式が基本なんすか?」
「そうだ。私の場合は基本的方針として、お前の言ったようなやり方を行っている。普通に考えてみるのだな。こっちは今までISに殆ど触れたことさえない、ひよっこ状態のお前をたったの一年で鍛え上げなければならない。その場合に、駄々を捏ねさせている時間があると思うか?」
……くっだらねぇし、ふざけんじゃねぇ。
上等だ。そっちがその気だったら、こっちも好きなようにやらせてもらうぞっ!
俺はこんなクソ面白くも無い状態にしてくれたオルコットの方を一瞥した後、今度は睨みながら織斑姉の方を見た。
奴は反対に面白いものを見たような顔をしている。
「納得が行かないところがあるけどやりますよ。そのかわり、俺を引っ張り出した張本人を捻った後は、今後その強制権は無しにして欲しいんすが?」
「ほう、それはオルコットに勝てると言っているふうに聞こえるが?」
「そうです。だって、そうでしょうが? 人殺しの道具なんぞを使用することにしか喜びを見出せない人間に、一体なにが出来るってんですか?」
そう言った瞬間、教室が静寂に包まれた。
当たり前なのだが、俺自身がそういう考えなのだからしょうがない。オルコットは自分の思い描いていなかったであろう俺の反論に吃驚したらしく、言葉を失っているようだった。
見ると、今さっきまで笑っていた織斑姉が怪訝な顔をしている。
は、危ない思想の持ち主だとでも思ったかよ?
ざまあみろ、クソったれが。
「それはどういう意味だ、お前の意見を述べてみろ?」
「宇宙開発計画から国家間のミリタリーバランスへの転用変化がものがったってるでしょう。政治と軍は、たった一〇年ぽっち先より今の目先に囚われる。それなら今のISの現状なんてのは、政治の玩具でしかない。つまるところ、ここで学んだことで役立つのは、国家の大義名分を盾にして行う将来を見据えた戦争の準備と、紛争地帯等への投入がメインになると思いますよ。女尊男卑なんて言葉で言うが、武器を持つのが男から女に代わっただけです。前で殺しあうのが男から女になった。いずれ行き着く先なんて需要は、ここの全員が戦争の駒になるだけだ」
「もう一つ聞こう。アラスカ条約については、お前の中でどう解釈している?」
「あんなもの、所詮は人間が作ったもので神様が作ったのものじゃない。だったら破るのは簡単だし、変えるのも難癖つけて破棄しちまえば良いだけですから」
授業が始まってたったの一〇分だ。それだけで周りの人間が、みんなお通夜のように下を向いていた。
中には睨むように、こっちを見据えているのもいる。だが、少し考えれば当たり前だ。たとえ国家代表にならなくても、戦争なんてものが始まれば人手は幾らでも足りなくなる。結果、ここに通う人間は全て予備軍になるのが関の山だ。そんな可能性を考えれば誰だって暗い気持ちになる。
「そうか。お前の解釈はよくわかった。では、その人殺しの仕方を学ぶ為にお前はここに来たのか?」
「学ぶ気なんてないですよ。三年経ったら、適当に仕事でも探します」
三年間は、おいそれとどこの機関もIS学園に介入できないのを知っている。今回この場所へ入らざるを得ない状況にしてくれた奴らも、実際にここへは手を出しにくい。俺がここに来たのは、ただそれだけのためだ。
「周りがお前に向けている目は、世界で二人しか存在しない貴重な男性操縦者だ。私には、そんな人間を社会が自由にして野放しにするなどとは到底思えないが?」
「どこかに所属するなんて論外ですから。国に捕獲されるなんてことになったら、世界の果てまで逃げますよ。当然そうします」
後ろ盾はないし、昔の出来事のせいで大手を振って歩けば即座に捕獲される。協力拒否なら実験動物の後は、ホルマリン漬けの最後が予想できた。
織斑姉はしばらく黙っていたが、沈黙した後に溜息をつくと再び俺の方を向く。
「お前の人生をどうこうしようとは思わないが、在籍中はオルコットに勝ったとしても私に従って貰う」
「それは考えさせてもらいます」
「いいや、従って貰う。答えはイエスだけだ」
――根競べしてもしょうがない。それなら要領上手く逃げればいいか。
俺は自分の中で方針を固めると、片方の手だけを上げて教師を見た。
「わかりましたよ、従います。イエス」
「もう一つ。ISが兵器であることには変わりない。が、人殺しの道具だと言うのは今後一切、校内で口にするな」
「納得いきませんね、理由を聞いても良いっすか?」
「お前は良いが、周りの生徒や学年ひいては学園全体に言葉が波及する。生徒の不安を煽るような言動は慎めと言うことだ。わかったら返事をしろ?」
「はいはい、わかりましたよ。イエス」
座れと促されて着席すると、何事も無かったかのように授業がスタートする。しかし、殆どの生徒が授業に集中できない様子で、みんなそわそわしていた。
― 3 ―
一日のカリキュラムが終わると、そのまま教室に残るように言われていた。
なので、今は自分の席でぼーっと外を眺めている。結局、授業中のやり取りが原因でクラスの生徒は一人として話し掛けては来なくなった。
隣で最初に話し掛けてくれた女子とも、一言の会話も交わさなくなっている。当たり前のことだが、それでも幾分気が楽になった気がした。
ここにきている連中は、全員がISに乗りたくて来ているエリート連中だ。決して反対の意見を持つ者などいない。唯一、同性の織斑一夏は長い髪を後ろでに束ねた女子に引っ張られ直ぐに退室していった。
あっちは俺に興味があるようだったが、連れの方が用事があるのか急いでいた感じだろうか。
授業もだるいが、プライベートもかなりだるい三年間になりそうだ。
さてと――
「市隈、待たせたな。寮に関して説明が必要だったのでな。山田先生、プリントを渡してやってくれ」
いつの間にか教室に入ってきた教師達が、俺に寮の規則がびっしりと書かれたプリントを数枚ほど渡してきた。
朝に教室へ来る際、ちらり見えた建物。その場所が寮であるのは確認している。一流ホテルのような建物で、無駄にお金が掛かっているように見えた。
教師達の説明を受けながら書かれた文章に目を通していく。全てに目を通すと、最後に俺の部屋番号が記載されていた。
ここまでで理解したことがある。当たり前だが、女子高みたいな場所だから女子寮しかない。なので、そこに住むしかないらしいことが発覚した。
授業中は教師のほうが眉間の辺りを指で揉んでいる。まさか、今度は自分の方が揉むことになるなんて思わなかった。
「これって、体裁的に不味くないすか? 予算や異例ずくしなのは、わかるんすけど……」
「ぎ、疑問なのは先生としても理解しているんですよ。織斑君も戸惑ってはいましたが、ルームメイトの子とは今のところ問題なくいっているので。ですから、しばらくの間だけ。ね?」
ねって……。おい、あんた普通に考えておかしいとか思わねぇのかよ?
それにしても織斑 一夏の奴は、既に女子と同室で過ごしてんのか。うらやましいよりも、気疲れの方が多いし問題を起す確率が高いんじゃねぇの? しっかし、一週間以内に問題を起さなかったら、あいつはゲイ確定だな。
俺が呆れた顔をしていると、織斑姉が声をかけてくる。
「そういうことだ。いずれ、部屋はお前と織斑の二人部屋にする。それまでは、こちらが指定した部屋で女子と一緒に過ごしてもらう。わかったら返事をしろ?」
「イエス。で、俺は誰と一緒なんです? このクラスの人間は、みんな俺を遠ざけたいみたいですけど?」
「それは、お前の自業自得だろう。自分でどうにかするのだな。私も山田先生もお前が言ったことは看過できんし、認めてはいない」
「市隈君の言ったことは確かに考えさせられますが、このクラスを預かる身としては容認できません」
山田先生は立場では認められなくて、織斑姉の方は認めないのか。
「で、結局俺の相方は誰なんすか?」
「それは自分で確かめてみるんだな」
織斑姉が不敵に笑い、俺は直ぐに山田先生の方を向く。すると、山田先生は「すいません」と言って困った顔をしだした。
なんだよ、織斑姉に口止めされてんのかよ? やな感じだね。
「市隈、山田先生を萎縮させるんじゃない」
「へいへい」
「山田先生も、もう少し生徒の前では堂々としてくれないか」
「すいません……」
この人は本当に教師なのか?
山田先生がしょぼんと小さくなった。
俺が再び織斑姉の方を向くと、そこで何故か織斑姉は更に深い笑みを刻む。明らかに不敵から、からかいの笑みに変わっているのが理解できる。
俺は背中にゾクリとした悪寒が走った。
「お前の鍵は既に部屋に置いてある。まあ、精々相手に理解して開けて貰うことだ」
「はぁ!? そんなん相手が開けるわけないじゃないですか。野郎を認めて部屋に入れる女子なんて普通いないでしょ……」
「そうか。ならば、私の部屋で寝泊りするか? 毎日規則正しい生活を送らせてやる」
「絶対に、ご免被らせてもらいます」
くそ、後で絶対にやり返してやる……。
どんなに美人だろうが、こんな軍人もどきの織斑姉と一緒じゃ一日で脱走する。ましてや、横で自慰行為なんてなら絞め殺されかねない。
「市隈君の部屋番号はプリントに書いてありますので、直接向かってください。荷物はフロントで預かっているはずですから、そこへ取りに行ってくださいね?」
「あい」
俺は教師達に軽く一礼して教室を出ると、そのまま割り当てられた仮住まいへと足を向けた。
◇
なんてことはない、部屋を間違えたんだ。そう思いたい状況が俺の目の前で展開していた。
寮は一つしかないのだから間違えようもない。部屋がある階も字を読んで理解していた。部屋の番号は四桁で、一文字だけ読み間違えた可能性があるかもしれない。
だから三度は見直した。だから三度も見直したんだ……。
「貴方、わざわざ私の部屋にまで挑発しに来ましたの?」
よりにもよって仕組みやがったのか、あの織斑姉のクソ教師がっ!
ドアを叩いて開けられてみれば、部屋から出てきたのは今日喧嘩したばかりのオルコットだった。
当たり前だが、いきなり互いが喧嘩腰の対応になる。俺は、喉まで出かかっている『今すぐにでも部屋を変えろっ!!』という言葉をぐっと飲み込んだ。そして、無言のまま教室で貰ったプリントをオルコットへ丸々手渡ししようとする。受け取ろうとしなかったが、奴の顔面に近づけて認識させた。
「まったく、なんなんですの!?」
オルコットがプリントを引っ手繰るようにして俺の手から奪い取ると、真面目に書かれている内容を読み始める。
そして、最後まで読みきると部屋番号が書かれているのを確認したらしい。美人特有の綺麗な笑顔のままドアを思い切り勢い良く、これでもかと言うくらいに気持ち良く閉め切られた。
プリントが虚しく宙に舞って床に落下していく。人間、誰だって焦ったら変な行動に出るはずだ。俺は思わずドアを叩いていた。
「待てよおいっ! ふざっけんな、俺の意思で決まった部屋割りじゃねぇんだよっ! 文句なら織斑の奴に言えよ!?」
「冗談は顔だけにしておいて下さいなっ! 誰が貴方のような野蛮人を部屋に入れるとお思いですの!?」
「顔はかんけーねぇだろ!? そんなことわかりきってんだよっ! 俺だって何が哀しくて、お前と同じ部屋なのか理解に苦しんでだからなっ!」
「だったら、野宿でもなさいなっ! まあ、他に貴方を受け入れてくれるご友人の方でもいれば、泊まれるよう交渉してみれば良いのではありませんか。もっとも、そんな奇特な方がい・れ・ば、のお話しですが?」
うざい、うざ過ぎる……。結局は不毛な会話だった。
周囲を見回す。今が五時前なので、人の出入りは殆どない。何人か遠巻きにこっちを見ていたが、俺が顔を向けると蜘蛛の子散ったように、そ知らぬ顔して去っていった。
自分の行ったこととはいえ、やな環境だなと再認識する。一分程度の間を開けてから一息して、もう一度だけ部屋のドアを叩いた。
「オルコットさん、同じクラスの貝田です。織斑先生から伝言を預かって来たの。開けてくれないかしら?」
俺の口から朝に知り合った貝田の声が響く。声を真似やすかったので、すんなり言葉を言うことが出来た。
「はい、少々お待ちになられて下さいな」
オルコットが当たり前のように対応してドアを開けてくる。そして、もう一度ドアを締め切ろうとして、俺はすかさず半身をドアと縁の間に滑り込ませた。
オルコットとの押し問答が始まる。
「確かに貝田さんの声がしたはずですのに!?」
「確かに貝田さんの声がしたはずですのに!?」
オルコットの台詞と声を真似てやり、言われた本人が驚愕の様相を呈している。
「似てるだろ? 特技じゃないけど、俺の喉の構造は不思議と女性に近いんだよ」
本当は別の理由があるんだけどな。
相手の顔が余りにも面白かったので、今度は織斑姉の声を真似てやることにしよう。
「私としてもしょうがないとは思っているが、なにせ上の判断でな。部屋がお前のところしか空いてなかったのだ。悪いがオルコット、しばらく面倒を見てやってくれ。ああ、なんなら行く所まで行っても構わんぞ。自己責任が私のモットーだからな。そして仲良く――
「ゴールインすれば良い」なんて言おうとしたら、瞬間的に頬へと衝撃が走った。
視界が一瞬だけ真っ黒になり、直ぐに口の中で鉄の味が広がっていく。俺は床に転がりながら、痛みを忘れて思い切り顔を上げる。そこには、仁王立ちして悪鬼の形相をした織斑姉がいた。
その横では山田先生がおろおろ泣きそうな顔をしている。オルコットはわけがわからないと言った様子で、不安そうに事の成り行きを見つめているようだった。
「喜べ市隈、今度なめた真似をしたら顎を砕いてやる」
「上等だ、クソ教師っ!!」
俺が叫んだ時には織斑姉が屈み込んでいた。
そのまま顎に衝撃が走る。視界で二発目のアッパーが俺の顎に炸裂したのが確認できた。
仰け反り、再度の転倒をする。眩しい天井のライトが目に入ってきた。
女性の腕力だからだろうか、俺を気絶させるには威力が足りなかったらしい。手を使わないで、体のバネだけで勢い良く跳ね起きると、そのまま首を軽く鳴らす。
「ほう、意外と打たれ強いな?」
「あんたが非力なんだよ」
「面白い、一発だけ全力で行くぞ」
織斑がそう言った瞬間、俺の視界は歪みながら真っ赤に染まり――次いで黒く変色した。
◇
おいおい、まさか気絶させられたのかよ……。
寝起きは顔と腹の痛みで最悪だった。
ずきずきと痛む部分を擦る。腰から上だけを起き上がらせると、周りが薄暗いことに気づく。ライトがほのかに光っていて、下を向けば自分がベッドに寝かされているのが理解できた。
「痛ぇな、たく。どんな腕力してんだよ、あのメスゴリラは……」
「そのようなことを仰っているから、先ほどのようになるのです。それに、織斑先生なら貴方の横に居りましてよ?」
「うそ!?」
冷や汗だらだらで一息に横を向く。
……いない。こいつ、いい性格してやがる。
俺はいつの間にか目の前に居るオルコットを半眼で見た。
当の本人は何事もないようにして二つあるベッドの内、俺の居る反対の方へと腰掛ける。手には紅茶らしき液体の入ったカップが添えられていた。
イギリス人と接するのは初めてだったが、本当に紅茶が好きなんだと自分の中で感想を抱く。
「織斑先生と山田先生がどうしてもと仰られるので、しょうがなく部屋の使用を許可致します。しょーがなくっ! ですからね。もし少しでも如何わしい素振りをしたら、即っざにっ! 部屋から叩き出しますから」
「大丈夫だって安心しなよ。俺はお前にひとっ欠片も魅力なんて感じちゃいないから。性格ブスが直らない限り、周りの男は声もかけないだろうしな」
「貴方って人は!? せっかく介抱して差し上げたのに、礼の一つも出来ないだなんてっ! ほんっとうに、野蛮人の国は礼儀の一つもなってませんのねっ!?」
「お前の態度が尖り過ぎで、言う暇がないんだよ……」
天蓋付のベッドなんて、一体どこから入れたんだよ……。
言われて周りを見渡して見れば、洋風の家具が幾つも確認できる。どうやらオルコットの私物らしい。
しかし、それのせいで部屋面積が異常に縮んでいる。文句の前に、俺はとりあえず部屋に入てくれたことと、介抱してくれたことだけは心の中で感謝した。
「たぁく、おかげで朝からここの時間までに一週間分の疲れが溜まったよ。顔は良いんだから、もう少し丸くなれば可愛いのに。もったいな」
「なぁ!?」
なんだこいつ、俺の言葉なんかに動揺して。そんなに男性経験が少ないのか?
どんだけ純粋なんだよ……。
オルコットが赤面と怒りを混ぜたような微妙な表情になる。
俺は気にせずに痛む腹部を抑えながら立ち上がると、ハンガーに掛けてあった制服の上着にある内ポケットを漁りだす。適当に弄ると、固い感触に指先が当たった。
――あったあった。
目的の物を取り出すと、様子を窺っていたオルコットが思わず違う意味で悲鳴を上げる。見れば、「ひぃっ」と、言って顔が蒼ざめていた。
「ちょっと、お待ちなさいっ! 貴方は、なにをしれっと出しているのです!?」
「なにって、煙草とライターだろ。酒は、ばれそうだったから持ち込んでないけど?」
「貴方、なにを考えておりますの? ここで喫煙をしようものなら、他の方が臭いで直ぐにわかってしまいますわよ!?」
「だったら屋上で吸えばいいじゃん。こちとら、一四から吸ってんだから今更辞められないしな。イギリスじゃ一八から吸えるんだっけか? 裏じゃコカインも買えるって聞いてるけど。なんなら、お前も吸うか?」
「そんな下劣な物、吸うわけないでしょうっ! それに、私が今の状況を許すとでもお思いですの?」
生真面目ここに極まれりってか。さすがはIS学園だ、品行方正がしっかりした生徒が集まってるな。
なにも答えず靴を履くと、部屋の鍵を持って廊下へ続くドアを開ける。
「お待ちなさい。話しは、まだ終わってなくてよ!?」
「良かったじゃん。あんた、俺の弱みを見つけられたぞ?」
オルコットが、『はぁ?』と言った感じでポカンとした顔をする。俺はその様子を特に気にもせず、扉を閉めて屋上へと向かった。
屋上は鍵が掛かっていたが、無理やりこじ開けて外へ出る。途端、涼しい風が頬を撫でつけた。
完全に人目がつかなそうなところに腰掛けると、煙草に火をつけて一息する。蛍火のように赤い点が浮き上がり、紫煙がゆらゆらと宙を漂よいだした。
そのままぐったりして、しばらくぼーっとする。次いで自然と言葉が漏れだす。
「……なんで姉さんは、こんなところに放り込んでくれたかね? ここは、俺の肌には合わないよ」
言葉は響くこともなく、すっと霞の如く消えていく。もう少しだけ、この場所にいようかと考えた。
俺は姿勢を変えて寝転がると、屋上に来る途中で適当に買っておいた缶ジュースのプルタブに指を差し込んで開封する。缶独特の開封音が小さく鳴った。