ln   作:kiarina

10 / 84
3-4-6

[ NumberingTitle_黒イ花ノ産声_臨海学校_吊ルシ上ゲノ夜 ]

 

 ― 4 ―

 

 

「ようこそお出で下さいました。お待ちしてましたよ」

 学園へ訪ねてきた谷中が両手を広げて、研究所の玄関にいた俺たち三人を迎え入れる。

「これはまた、可愛いお嬢さん方ですね。市隈さん、ご学友の方ですか?」

「ええ、そうなります。僕自身の浅はかな知識では限界がありますので、身近な聡《さと》しい友人に貴重な時間を割いて頂いて来てもらいました。ご迷惑でしたでしょうか?」

 なんで、そんなに珍獣を見たような反応なんだよ。

 俺の敬語を横で見ていたセシリアとシャルロットが、驚いて言葉を失っていた。

「喜久、なんかその言葉遣い気持ち悪い」

「いつもの喜久さんではありませんわね。まるで、別人ですわ」

 らしくないのは、重々承知してるよ。

 それにしてもシャルロット、気持ち悪いってなんだ。セシリア、別人じゃない俺はどんな人間なんだ。だいたい、相手は企業なんだから敬語は当たり前だろ……。

「ははは、なかなか面白いご学友をお持ちですね。これは両手にバラで、棘もあるということでしょうか。市隈さん、敬語は必要ありませんよ。それは大人になってからで充分なことですから。他の方が御参加されても特に問題はありません。見せてはいけない部屋が幾つかありますが、その部分に触れなければ平気ですから」

「申し訳ありません。お厚いご配慮に感謝いたします。ここからはお言葉に甘えさせて頂き、敬語を控えさせていただきますね。それじゃあセシリア、シャルロット。谷中さんの許可が下りたから、中に入らせてもらいますか?」

 セシリアとシャルロットを促す。谷中は俺たちに背を向けると、入り口から奥へ進んでいく。本人についていくようにして先へ進む。

「やっぱり、喜久はこっちの方が良いね」

「そうですわね。それにしても、どちらでそのような言葉遣いを覚えられたのですか?」

 あの頃の俺は何もわからなかったから、よく暴れてたな。

 セシリアに言われ、昔のことを思い出し少して笑いそうになった。

「俺には、姉が一人いるんだ。血は繋がってないけどな。それで、その人に厳しく教え込まれたんだ。なんでも、人には礼節を尽くせ、自分の振舞いで全てが決まるんだって口を酸っぱくして言われたよ。まあ、俺にはそんなの無理だけどな」

「へぇ、喜久と違って随分立派な人だね」

「喜久さんのお姉様には、是非ともお会いしてみたいですわ」

 う~ん、確かに考え方は良いんだけど……。

 セシリアとシャルロットが、えらく感動している。

「でも、なんでも学ぶべきだとか言って、酒と煙草を十二の俺に教えたよ」

「それは、違うと思う……」

「随分と変わった方なのですね……」

 これには、流石に二人とも引いている。

「まあ、人は良くも悪くもだからなぁ。それでも、俺を大事に育ててくれたのには変わらないよ」

 笑いながら足を進めていく。しかし、姉さんは今頃どこで仕事してるんだろうか。

 

 

     ◇

 

 

「あら、来たのね。この子が市隈君? 驚いた、本当に男の子なのね」

 谷中に案内されて辿りついた大きい間取りの部屋で、俺たちのことを丸い銀縁眼鏡に長髪を適当に 束ねた女性が出迎えた。

 歳は三〇後半くらいだろうか。

「やあ、笹崎主任。ご注文を届けに来たよ。彼が市隈さんで、他の子は彼のご学友だ。宜しく頼むよ?」

「ええ、了解しました。それじゃ、さっさとやってしまいましょう。市隈君、あそこにあるISに乗ってもらえるかしら?」

 え……、いきなりかよ? テストも何もなしで?

 突然、搭乗して欲しいと要求されて困惑してしまう。笹崎が指した方を向くと、塗装が真っ黒なISが鎮座している。しかも、角張ったラインが殆ど無く、ものすごくスマートな形をしていた。

 色も、黒と青のラインが入った二色しかない。シャルロットとセシリアが、初めて見るISを興味心身で観察しだす。

「テストはしないんすか?」

「あの子に乗ればそれで解るわよ。制服のままで構わないから、とりあえず乗ってくれるかしら? 起動後の安定が第一条件だから、先ずはそれをクリアしてくれれば良いわ」

 どういう意味だ?

 しょうがなく言われた通りに、ISの脚部分へと自分の足を差し込む。すると、笹崎が俺にフルフェイスのマスクみたいな物を渡してきた。

 思わず三年前を思い出して嫌な顔をしそうになる。

「これを被ってくれないかしら? 脳波の拡張と、この子の会話に必要なのよ」

「会話?」

「そ、会話よ。じゃ、被ってみて?」

「はぁ……」

 意味もわからず、そのまま手渡されたマスクをとりあえず被る。すると、いきなりISが起動して脇の後ろから装甲が胴体を囲い込み始めた。

 視界には仮想現実の世界が出来上がり、マスクを被っていない状態と同じように周りが目視できる。

【あなたは だれ】

「はぁ!?」

 どこからともなく聞こえてきた子供の合成音に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 そして、諦めのような声を呟かれる。

【わたしは あなたとは わかりあえない わたしは あなたなんか いらない】

「おいおい、そりゃどういう意味だよ!?」

 怒鳴ったせいだろう、シャルロットとセシリアがこっちへと寄ってきた。

 反対に笹崎と谷中が笑っている。

「どうしたの、喜久?」

「喜久さん、大丈夫ですか!?」

「いや、わりぃ。なんかこのISが喋ってるから、戸惑ったんだ」

 俺に言われて、セシリアとシャルロットもさらに困惑しだす。

「喜久、どこか頭が痛むの? おかしいのはもともとだけど、どこか悪化した?」

「幻聴がするなら、直ぐに病院へ行くべきです。性格以外は良くなる筈ですわ」

 おまえら……、二人揃って喧嘩売ってのか?

 俺は怒りを抑えながら言葉を続けていく。

「マスクの中の耳に当たる部分から、子供の合成音が聞こえたんだよ」

「その子は補助プログラムのAIよ。その子がいないと、このISは動かないの。あなたの脳波を補助するのに必要なのだけれどね。難儀なことだけど、勝手に自己進化しすぎて好き嫌いができたみたい。その子に気に入られることが、このISに乗るための第一条件よ」

「なんだよそれ!? そんなん、聞いたことねぇよっ!」

 笹崎が「他のテストパイロットは、全部この子に弾かれたんだけどね」と、笑いながら俺に話している。

 おいおい、俺にどうしろってんだよ?

 だいたい、人を選ぶにしたって程があるだろ。この会社は絶対に金儲けの量産化なんて考えてないな……。

【あなたは ひつよう ない いますぐ わたしから おりて】

「……このやろう。そこまで言うなら、お前の首根っこを掴んでやるよ?」

 苛立った俺は、今まで嫌っていたISTSを発動させる。そして、無理やりクソAIの主導権を奪うことにした。

 すると、今度はISTSに反応したクソAIが、不思議そうな声を上げてくる。

【なにこれ ちがう いままでと おなじ ひとたちじゃ ない】

「そらそうだろうよ。だから、主導権をこっちによこせや?」

【しゅどうけん あげない】

「くそったれが」

 もっと同調率を上げて、このクソAIの意識を捻じ伏せるか。そう考えていたら、奴が俺に予想外の意見を伝えてきた。

【でも わたしが あなたを ささえて あげる】

「……支えるね」

 随分上から目線じゃねーかよ。人工知能の癖に生意気言いやがって。まあ、これから長い付き合いになるかもしれないからな。少しは融通してやるか。

「しゃーない、妥協してやるよ」

 首を軽く回すと、大事なことを聞くことにした。

「おい」

【なに】

「俺は、呼び方は喜久でいい。お前の名前は?」

【ない】

「はぁ?」

【なまえ なんて ない】

 すぐさま笹崎の方へ向く。

「笹崎さん、こいつ名前無いらしいんだけど。なんか、愛称とかないんすか?」

「あら、気に入られたの、おめでとう。この子の名前だけど、市隈君が付けてあげたら? その子にそんなものなんて、もともと決められてないからね」

 え、俺が決めるのかよ……。

 ここは何て適当な会社なんだ、おかしいぞ絶対に。めんどくせーな、こんなのISの初期設定でやったことねぇよ。

 しょうがなくAIに喋りかける。

「お前はどんな名前が良いんだ。自分で決めろよ?」

【おもい つかない よしひさが きめて】

 うぜぇ、なんだこの決定力の無いAIは……。

 これじゃ、こいつは本当に子供じゃねぇか。しょうがないな、まったく。

 俺は、思わず溜息を吐いた。

「変更はしないぞ? 自分で決めなかったお前が悪いんだからな。お前の名前は、今からティアーニだ」

 自分の口から、三年振りに懐かしい名前を呟く。大事な名前だ。俺の相方になるんだから、この名前を無断で使っても、きっとあの人は笑って許してくれる筈だと思った。

【わたしは てぃあーに にんしき した】

「宜しくな、ティアーニ」

 マスクを軽く数回ほど叩かれて意識する場所を変える。見れば、笹崎が指示を出そうとしているところだった。

「これで、この子はあなたのものよ。大事に使ってあげなさい」

「わかりました。そういえばこのISはなんていう名前なんですか?」

「ISの名前? このISはブラックペタルよ、黒い花びらってとこかしら」

 花びらね。削り落としたスマートなボディに、そんなのついてないけどな。

「それじゃ、その他の説明をするけど先に進んでいいかしら?」

「はい、お願いします」

 俺は待機状態から機体を立たせて、次の指示を仰いだ。

 

 

 ― 5 ―

 

 

「喜久さん、起きて下さい。ほら、海が見えますわ!?」

「……うん? ああ、そろそろ着くのか」

 アイマスクをつけて寝ていると、隣に座っていたセシリアが嬉しそうに体を揺すってきた。

 マスクを外しながら、体をゆっくりと起こして窓の外を覗く。すると、視界内に晴天の青より濃い海の色が収まる。そのまま、手だけを動かして適当に右手首の辺りを軽く握った。

 時計のような感触と、アナログ独特の秒針による時間を刻む音が微かに聞こえてくる。擦って確かめると先週、半縄から受け渡されたISが待機状態のアクセサリーであることが確認できた。

 そして、視線を逸らすと少し前方の座席で恨みがましくこっちを見ているシャルロットがいた。

「喜久さん、なにか飲まれませんか? 私、紅茶を入れてきましたの」

「いや、勘弁してください。俺はもう限界です……」

 遡ること、朝のバス乗車の時だ。俺の隣で座る女子に席を替わってくれと、セシリアとシャルロットが言い出した。

 言われた女子は素直に従ったのだが、その後どちらが座るのかで口論になり始める。俺は面倒臭いので、二人を隣同士で座らせようとした。

「喜久は、僕の横に座りたくないの!?」

「喜久さん、そんなに私の隣がお嫌なのですか!?」

 だが、今度は俺がものすごい勢いで攻撃され始める。しょうがないので、俺は織斑姉に助けを求めたのだが……。

「織斑先生。セシリアとシャルロットが、席を決められずに困っているみたいです」

「だったら、お前が選んでやってはどうだ。本人たちも、それなら納得するんじゃないのか?」

 余計に油を注がれただけに終わった。

 しょうがなく、駄目元で今度は弟の方へ縋ってみる。

「だったら、セシリアとシャルロットの間に挟まれるように、一番奥の奥の五人席を譲ってもらえば良いんじゃないのか?」

 全然的外れな回答をもらった。

 一夏、お前がやってみろや。そんなので間に挟まれたら、俺の胃が縮んでしまうわ。だいたい俺がお前の横で納まれば、こんな問題にならなかったんだよ!?

 ほとほと困り果て、結局二人にはじゃんけんで公平に決めてもらった。

 それで今の状態だ。セシリアがなにかを俺にするたびに、シャルロットの目が光を失っていく。乾いた笑いが怖くてしょうがない。最終手段として、俺は居眠りを決め込むことにして現在に至る。

「喜久、お前は向こうに着いたら泳ぐのか?」

「いんや。俺は部屋で読書でもして、ゆっくりしてるよ」

 少し前の席に座ってる一夏に声をかけられて、適当に答える。

「えぇ!? そんな、せっかく海に来たのですから泳ぐべきですっ!」

「読みかけの小説があるんだよ。俺は、それを読んでたいんだ」

 セシリアが俺に非難の声を上げた。

 すると、前方に座っていたシャルロットも抗議の声を上げ始める。

「喜久、セシリアの言っている通り外に出ようよっ! 滅多に無い機会だし、もったいないよ!?」

「うーん。じゃあ、少し考えてみるよ」

 相部屋になるだろう一夏は、どうせ海に泳ぎに行くだろう。俺はゆっくり本でも読みながら、だらりと寛ぎたい。外に出るか悩んでいると、前方で座っていた織斑姉が席から立ち上がりだす。

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 レクリエーションのような騒ぎが収まり、バスの中は静かになった。

 俺は再び外を見ながら、盛大に欠伸をした。

 

 

     ◇

 

 

「うわぁ! 一年生を受け持つとこの場所に来ますが、やっぱり部屋が広いですね。どうですか、市隈君?」

 目の前で、自分の泊まる部屋に喜んで入ってくる山田先生がいる。旅館に着いて部屋に向かって到着してみれば、俺以外は部屋に居なかった。

 そして、職員同士の打ち合わせが終わったらしい山田先生が、普通に部屋に入ってきたのだ。

 俺は一番苦手な人間を相部屋にされたために、現在とても苦悩している。この人は俺が打てば倒れ、邪なことをすれば泣き、軽い冗談を全部受け入れてしまう。まさに一番相性の悪い人間だった。

 駄目だ、このままだと二十歳になる前に禿げるかもしれない……。

 織斑姉がこの配置を割り当てたのだろうが、本当に生徒のことを細かく見てやがる。ありがたいことなのだが、これは酷い。俺は、てっきり一夏と同室だと思っていた。

 これじゃあ一夏たちと買い物に行った日に、隠れて自販機で買った煙草が吸えない。

「山田先生、なんで俺は一夏と一緒の部屋じゃないんですか?」

「それはですね、市隈君たち二人にすると、女子が夜中に押しかけてくると思ったからです。なので、市隈君は私で、織斑君は織斑先生にしました。それに、織斑先生の方はもともと家族ですしね?」

 まあ、一夏が織斑姉と一緒なら流石にあのボーデヴィッヒでも、おいそれと部屋には近づけないだろうな。しかし、あんたは俺と一緒で平気なのかよ……。

「山田先生は俺と一緒で平気なの?」

「市隈君は、女性に対して優しく接していてるのを知ってますから。その辺に関しては、心配してませんよ。今回の部屋割りに関しては、私が織斑先生に提案したんです」

 この部屋割り決めたのあんたかよ!?

 思わず脱力して、その場で大の字になった。

 ふいに、山田先生が私物らしきものをもって、バスルームに入っていく。

 ああ、水着に着替えるのね。

 バスルームの中から山田先生が話し掛けてくる。

「市隈君は、泳ぎに行かないんですか?」

「誘われてはいるんですけど、行く気がしませんね」

 天井を見上げながら、手をぶらつかせて答える。山田先生は着替えを終えると、バスルームから出てきて水着の格好をしていた。

 胸が大きいのがわかるが、指摘すると怒られそうだ。

「市隈君が、最後に海水浴に行ったのはいつですか?」

「海になら、この前ISを展開している状態で投げ込まれました。正直、死ぬかと思いましたよ」

 無人機ISとの戦闘を思い出しながらいうと、山田先生も意味がわかったらしく顔が引きつりだす。

「あはは……。それは、災難でしたね。でも、せっかくですから楽しまなきゃ損ですよ?」

「もともと、もやしっ子なんで。山田先生は、先に行ってください。俺は、気が向いたら行きますから」

 山田先生は少し考えた後で俺の自主性を尊重してくれたらしく、軽く手を振って部屋から出ていった。

 すると、一分も経たない内に慌しいノック音がする。俺は、その行為を誰がしたのか解っているためにげんなりした。

 頼む、ゆっくりさせてくれ……。

「喜久、早く外に行こうよっ!」

「喜久さん、居留守は通じませんわよ!?」

 く、居留守しようと思ってたのに。

 女の勘なんて大嫌いだ。しょうがなく立ち上がって、廊下側に繋がるドアを開けた。

 確認すれば、前方には水着姿のシャルロットとセシリアがいる。

「まだ、着替えてなかったのですか!?」

「喜久、遅いよっ! 待ってるから早くして!?」

 おいおい、なんで行くことが決定してんだよ。

 ……はぁ、しょうがない。

 俺は、根負けして読書を諦めることにした。

「降参だ、着替えてくるよ。一旦閉めるぞ?」

 そう言うと、二人がとても嬉しそうな顔になった。

 

 

     ◇

 

 

 水着に着替えて軽く上を羽織ると、学校が貸切にしている砂浜に歩み出る。すると、そこは水着を着た女子一色で埋め尽くされていた。

 思わずその光景に引いてしまい、一歩ほど後退する。

 なんだ、この中学時代に友達の家で見たAVのネタみたいなのは……。

 しかも、明らかに規模がおかしい。少し眺めてみると、一夏が普通にその集団の中を平然と歩いている。

 すげーな、あいつ。

 俺は水着の女子の一群の中に平気でいる一夏を少し尊敬した。

「喜久さん、行きますわよっ!」

「喜久っ! なに立ち止まってるの!?」

 おいおい、あの群集の中に混じれってのか……?

 セシリアとシャルロットが、遅れている俺を促す。戸惑っていると、焦れた二人が戻ってきて、俺の両手を片方ずつ引っ張り始めた。

「ほらほら、突っ立ってないで早く行くよっ!」

「喜久さん、なにをなされているのです!?」

「わかったからっ! そんなに引っ張んないでくれ!?」

 そのまま引っ張られていき、最終的に誰かが立てたらしきビーチパラソルの下まで来た。

 周りにいた、全ての女子が俺の方を向く。視線から感じる答えは、完全に異物扱いという立場だ。一夏のほうを見れば、奴は凰を肩車している。そして、彼女に変われと言って他の女子たちが殺到していた。

「喜久さん、お願いがあるのですが」

「あん?」

 なあ、セシリア。その手に持っているサンオイルはなんだ?

 セシリアの声がして呼ばれた方を向く。彼女は水着の上の方を紐解いて、背中だけになりながら寝そべっている。

「オイルを塗っていただけませんか?」

「俺が塗ると、塗らなくていいとこまで塗ることになるぞ?」

 そんなのごめんなので、少し脅すつもりでセシリアに答えた。

 すると、奴は頬を染ながら呟く。

「……私は、それでも宜しくてよ?」

「阿呆か、お前は……」

 げんなりしながら答える。俺の横で見ていたシャルロットが笑顔で答えた。

「じゃあセシリア、僕が塗ってあげるよ」

 そう言ってセシリアからサンオイルを引っ手繰り、一気に塗り始める。

 ……主に脇へ集中して。

 呆れながら一歩下がり、様子を見守ることにした。

「あはは、あは、あはははははっ! やめ、あは、辞めて下さいっ! シャルロットさんっ!?」

 耐え切れなくなったセシリアが、怒りと共に立ち上がり金切り声で叫びだす。

「おい、セシリアッ! 上は隠せ!?」

「え? きゃあぁあああああああああああっ!!」

 びっくりしてセシリアに声を上げた。

 今度は一拍置いて、彼女がものすごい悲鳴を上げ始める。もちろん上が丸見えだった。

 セシリアが突発的に行った、ISの部分展開した腕が俺に迫って来る。

 おい、なんで攻撃対象が俺なんだよ!?

 咄嗟にバックステップを踏んで、それをぎりぎり避けきった。

 すると、怒れるセシリアが標的を変えたらしく、今度は胸を抑えながらシャルロットの方を向く。それにしても、目付きが怖い。

「ウフフッ。シャルロットさん、あなたにもオイルを塗ってあげましょう。ですから今すぐに、こちらに来て下さいな?」

「僕は遠慮しておくよ。それより、喜久にもう一度オイルを塗ってもらうのを頼んでみたら?」

 シャルロットッ! お前怖いからって、俺にセシリアを押し付けんなよ!?

「あ、織斑先生だ」

 適当に言うと、二人が俺の向いている方へと即座に顔を動かす。そして、その隙に一夏の方へ全速力で駆け出した。

 後ろから「喜久さんっ!」と叫ばれ、さらに「喜久の裏切り者!?」と断末魔が聞こえた。

 必死の思いで一夏のとこまで辿り着く。

「一夏、助けてくれ!?」

「は? どうしたんだよ、喜久?」

 指差した方を一夏が見る。そこには怒り狂ったセシリアと、それから逃げるシャルロットがいた。

 二人が当たり前のように、こっちの方に向かって走ってきている。

「喜久、お前何したんだよ?」

「俺はなにもしてない。シャルロットが勝手に暴走したんだ……」

 わけがわからないと言った感じで、一夏が俺の方を見た。

「なにをしている?」

「あ、織斑先生。向こうから走ってくる二人組みをなんとかして下さい」

 近くにいた織斑姉に声をかけられて、俺はセシリアとシャルロットを見る。織斑姉は走ってくる二人と俺を交互に見比べた。

「市隈、何事も経験だ。両手に花じゃないか、まあ頑張れ」

 うわ、こいつ今の状況が面倒臭くて俺を見捨てやがった!?

 次いで、一夏が俺の肩に手を置いてきた。

「俺には無理だ。頑張れ、喜久」

 ひでぇ、姉弟揃って、なんて薄情な奴らだ……。

 そう思っていると、後ろからものすごい勢いでシャルロットが俺を横切って駆け抜けていく。そして、それに一足遅れで気いた俺は、肩を何かに思い切り掴まれた。

 きっと、油を差してない音がしたに違いない。ギギギッと、音が鳴っているような感覚で、ゆっくりと後ろを向く。

「喜久さん。突然逃げだすというのは、酷いのではなくて?」

「……俺は何もやってない」

「覚悟は良いですか?」

「無理です」

 次の瞬間、セシリアのボディブローが俺の鳩尾に決まった。

 

 

 ― 6 ―

 

 

 セシリアに理不尽な殴られ方をして夜になる。俺はふて腐れながら、もくもくと食事をとっていた。

 しかし、二人から逃げたのも事実なので、自分にも非が無いわけではなく悶々としている。すると、横で不器用に箸を使っているシャルロットが声をかけてきた。

「ねぇ、喜久。この緑色の食べ物はなに?」

 ああ、そっか。外にむき出しのてんこもり本わさびなんて、あんま見ないよな。

 それにしても、彼女は箸の使い方に慣れてきたみたいだが、まだ幾分ぎこちないのが目立つ。

「本わさびだよ。一気に食ってみな? 美味しいから」

「ふ~ん。喜久、ありがとう」

 美味いのは本当だが、一気に食うものじゃない。適当に言うと、シャルロットが言われた通りに、本わさびの山を丸ごと口に放り込んだ。

「う? う、うむ~!? うぐぅ! ううあっ!!」

 言ったのは俺だけど、これは辛そうだな。

 思いのほか苦しんでいるため、丁度温くなってきた自分のお茶が入った湯のみをシャルロットに手渡す。彼女は、それを一気に飲み干した。

 一騒ぎして脱力すると、幽鬼のような顔でこちらを睨みだす。

「喜久。僕は、この恨みを忘れないよ……」

「昼間の恨みを俺も忘れてないぞ。これでイーブンだ」

「喜久は、あの場から逃げたじゃない?」

「結果的に、痛みを伴ったのは俺だよ」

 俺とシャルロットが言い合いをしていると、「ン、ウンッ」とセシリアが喉を整えるような声を出す。テーブルの席の対面に座り、誰よりもふて腐れていた。

「お二人とも、一番の被害者をお忘れにならないで下さいましね?」

「それは反省してます。ごめんなさい、セシリア」

「俺は不可抗力だ。あられもないのが見えたけど、あれじゃ防ぎようがない。ぐあっ!?」

 突然、目から火花が飛び散るような痛みが走る。二人にテーブルの下から、思い切り脛《すね》を蹴り飛ばされた。

「喜久の変態、最低だね」

「喜久さん、責任をとって下さいましね?」

「ひでぇ……」

 げんなりして答えていると、一夏がこっちにやって来てるのが見えた。

 そして、俺たちのところで立ち止まる。

「よう、喜久。今日の夜は、なにしてんだ?」

「別になにもないし、読書して寝るだけだよ。同室の相手が教師じゃ、はめも外せないしな」

 俺の発言を聞いたセシリアとシャルロットが、「それはないだろう」と非難めいた表情をしている。しかし、同室が山田先生なので、俺がいる部屋へ気軽に来ることも出来ないだろう。

「今日は色々あって疲れたろ。俺でよければ、マッサージするけど? ついでに、セシリアとシャルもどうだ?」

「ああ、悪いな。お願いするわ、一夏の部屋に行けば良いのか?」

「そうですわね。せっかくですから、ご好意に甘えさせてもらいます。お願いしますわ」

「ありがとう。どっかの誰かさんと違って、一夏は優しいね」

 シャルロットが俺の方を睨みながら答える。

 そんなに、わさびがきつかったのか? まあ、蹴られてやり返されたから、気にしないでいいか。

「織斑先生が居るけど、気にしないでいいからな。それじゃ、また後で」

「あい、ありがとな」

 手を振って答えると、一夏は爽やかスマイルを浮かべながら去っていった。

「喜久さん」

「うん?」

 セシリアの方を見ると、頬を染めながらもじもじしだしている。

「食べさせて下さいな」

「シャルロットさんに睨まれるので、嫌です」

 これ以上、脛を攻撃されては堪らない。俺は直ぐに拒否した。

「喜久、僕は別に良いよ。今日はセシリアに悪いことしたし。その代わり、今回だけだからね」

「それは本当ですか、シャルロットさん!?」

 え、良いのかよ……?

 シャルロットが了承すると、セシリアが満開の笑みを浮かべる。

「喜久さんっ! シャルロットさんのお気持ちが変わらないうちに、早くお願いしますっ!」

「はぁ、わかりましたよ」

 俺は、セシリアに食べさせる為に自分の食事を中断した。

 

 

     ◇

 

 

 食事も食べ終わって、一旦部屋に戻った後で再びセシリアとシャルロットに合流する。そのまま織斑部屋へ向かい、ノックして襖を開けた。

 すると、そこには織斑姉の他に篠ノ之と凰、ボーデヴィッヒの三人組が居る。そして、呼び出した一夏はその場にいなかった。

「どうした、お前ら?」

「いや、一夏がマッサージしてくれるって言うんで三人で来ました。一夏いますか?」

 うわ、きっとなんか嫌なこと考えてるな……。

 俺が聞くと、織斑姉が軽く笑う。

「そのうち戻ってくるだろう。まあ、せっかく来たんだ、お前らもここに座れ」

 座りたくねぇ。

 そう思っていたが、セシリアとシャルロットが素直に従うので、しょうがなく自分も習うようにして胡座をする。

「この部屋に先に来ていた三人には、もう聞いたんだがな。せっかく面白い肴がやってきたんだ、逃す手はないだろう?」

 やっぱりな。

 肴とは、もちろん俺のことだろう。そう思っていたら、織斑姉は平然と缶ビールを飲んでいた。

 おい不良教師、一体なにやってんだよ。

 そう思って見ていると、織斑姉が俺の方を見てくる。

「なんだ市隈、お前は堅い方じゃないだろう?」

「そうですね。まあ、ここに入学するまでは、友達の家に溜まって普通に飲んでましたから。織斑先生のを見て、久しぶりに飲みたいなとは思いましたけど」

 良いじゃん、別に飲んだって……。

 他の女子たちが驚いて俺の方を見る。

「市隈、二〇歳までは控えろよ。脳がやられるぞ?」

「はい」

「でだ、オルコットにデュノア。お前らはこの悪ガキのどこに惚れたんだ?」

 おい、いきなりなに聞いてんだよ!?

「すまん、喜久」

 ぐぅ、こいつ!? 俺が動けないように、関節技決めやがったっ!

 焦り出した瞬間、ボーデヴィッヒにいきなり後ろを取られて、その場に押さえ込まれた。

「良くやったラウラ。このまま、その馬鹿を押さえ込んでおけ」

「了解しました、教官」

「ざっけんな、おいっ!! 俺が、なにしたってんだよ!?」

 暴れようにも、暴れた分だけ自分の関節が悲鳴を上げる。少しの間だけ足掻いてみたが、微動だにしない機械のようなボーデヴィッヒが無慈悲にこちらを見ていた。

 最後はぐったりとして、関節技から抜け出す行為を諦める。

 俺はマッサージを受けに来たんだ。断じて、罰ゲームみたいなことを受けにきたわけじゃない……。

「さて、先ずはオルコットから行こうか? こいつの何が気に入ったんだ?」

「……私の場合は、その、一目惚れですわ」

 嘘つけセシリア!? 最初は滅茶苦茶に、俺を扱き使ってたじゃねーかっ!!

「ほう。市隈、お前案外もてるみたいだぞ。良かったな」

 ……もういっそ、殺してくれ。

 聞いてるこっちは、恥ずかしくてしょうがない。

「それと、根の優しさですわね」

「私の見立てじゃ、こいつは反骨心の固まりだと思ってたがな。いやあ、面白いことが聞けるものだ」

 織斑姉は笑いながら俺の方を見る。抵抗できない俺は、精一杯の恨みがましい視線をぶつけた。

「じゃあ、次だな。デュノア、お前はどうだ?」

「僕はまあ、どうでしょうか。喜久は変態だし、馬鹿だし、平気で嘘をつきますからね。はっきり言ってしまうと、女の敵です」

 シャルロットめ。ここぞとばかりに、言いたい放題言いやがって。そんなに俺をこてんぱんにしたいのか?

「ははははは、女の敵か。市隈、お前がここに来てくれて良かったよ。つまみとしては、合格だな」

 くそ。酔ってるのもあるだろうが、酷すぎる……。

 俺は、心の中で泣いた。

「しかし、良い面もたくさん持っています。よく人を観ていますし、他人の為に体を張れる人ですから。対等さを大事にするところにも、すごく惹かれました」

 うわ……この人、落としてから持ち上げたよ。

 俺は、シャルロットをジト目で見た。

「それに、喜久は泣くと可愛いんですよ。そこが抱擁したくなります。きゃ、言っちゃった」

「きゃ、じゃねぇっ!? おい、シャルロットっ! お前なに言ってんだ!?」

 叫んでも、もう遅い。シャルロットの俺が泣くという発言に、全員が驚いて俺の方を見ている。そして、この場にいた何人かがニヤニヤし始めた。

 織斑姉は目を丸くした後で傑作だと、平手で畳を叩きながら大笑いしだす。

「へぇー、アンタも泣くことがあるのね~。私も泣かしてやろうかしら?」

 やってみろ凰、俺がお前を泣かしてやる。

「お前が泣くとは思っていなかった。セシリアとの対戦を見たときは、血も涙も無い鬼だと思っていたが」

 篠ノ之め、勝手に言ってろ。

「喜久、お前も案外と普通なのだな。私はもっと、快楽主義で傍若無人の我侭だと思っていた」

 ボーデヴィッヒ、お前の言っていることが一番酷いぞ。

 そして、セシリア。お前は鋭い目付きで、俺の知らない部分を知っているシャルロットを睨むんじゃない。彼女に罪は無いだろうが……。

 織斑姉がヒーヒー言って、笑いきってから喋りだす。

 爆笑しすぎだっ!!

「喜べよ、少年。一夏がいなかったから聞けたのだぞ?」

「全然嬉しくねーよ。吊るし上げやがって」

 すると、タイミングを見計らっていたかのごとく、一夏が部屋に戻ってきた。奴は取り押さえられた俺を見るなり唖然としている。俺は額に青筋を立てながら笑ってやった。

「お帰り一夏、最高のタイミングで戻って来てくれてありがとう。後で死ぬほど後悔させてやるからな、覚えてやがれこの野郎」

「喜久、私の嫁を攻撃することは許さん」

 ボーデヴィッヒから地味に痛みを加えられ、俺は悲しみに暮れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告