ln   作:kiarina

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3-10-12

[ NumberingTitle_ストレスの拠リ所_サーフォ=イリノイカ_新案ノ発動サイン ]

 

 ― 10 ―

 

 

「うぅ~、良~い湯だねっと」

 福音との戦いが終わって宿泊最後の夜、今現在の俺は露天風呂で湯船に浸かっている。意識を失ってから、気づいて起きてみれば部屋の布団で寝かされていた。

 髪と目の色は変わってなかったが、きっと一時間は白く変わっていただろう事が予想できる。

 一夏たちは何も言わなかったが、いずれ本当のことを聞かれるだろうな……。

「まあ、その時は、その時か」

 湯船の湯で顔を流すと、立ち上がって脱衣所へと向かう。着替えて廊下にでると、突然一夏がものすごい勢いで走ってきた。

 必死の形相で走ってくる様は、福音に止めを刺した人物とは明らかに違っている。

「喜久、助けてくれっ!?」

 おいおい、あの女子どもが喜びそうな格好良いお前の横顔はどこにいった……。

「また何か、あの三人を怒らせたのか?」

 呆れながら少し周りの様子を伺ってみる。すると、『一夏ぁあっ!!』と言った感じの声が、奥に見える曲がり角の方から三つほど聞こえてきた。

「いや、俺は何もやってないっ!!」

「明らかに何かやったよ、お前は……」

 どうせいらないを発言して、またあの三人組を怒らせたんだろ。朴念仁は、恐ろしい結末しかないんだな。

 焦っている一夏に対し、先ほど入ってきた風呂場を指差す。

「逃げんなら、露天風呂の方に逃げ込めば? あそこは、女子が入れないだろ」

「そうか、助かったっ!! ありがとな、喜久っ!」

 そう言って、一夏の阿呆が風呂場へ駆け込んでいく。あいつは頭が恐怖で麻痺しきっているようだ。考えていると、すぐさま篠ノ乃と凰、ボーデヴィッヒがやってきた。

「喜久っ! アンタ、一夏を見なかった!?」

「喜久、知っているなら教えろ!?」

「嫁の居場所を知っているなら、教えてくれっ!!」

 これは怖いな、確かに俺でも逃げ出すわ。

 三人の顔は怒りに満ちている。迷わず風呂場を指差してやると、彼女たちは悔しそうに中を覗き込んだ。

「なんで悔しそうにしてんだよ?」

「男性用の風呂場じゃ、手出しできないでしょ!! 一夏め~!?」

 凰が歯軋りしている。見れば、ボーデヴィッヒも強行突破をしないで我慢していた。篠ノ乃も同じような感じだ。

 こいつらも怒りで頭の回転が鈍ってるな。俺は、一日目の海水浴を忘れたわけじゃない。ならば、強行突破できる答えを三人の鬼に与えてやるか。一夏、見捨てられた恨みだ。ここで晴らさせてもらうぞ。

「なあ、凰?」

「あん!? 何よ、喜久っ!!」

「俺と一夏の他に男は泊まってないだろ、この旅館はさ。じゃあ、風呂に入ってるのは?」

 そんなの、いるわけがない。俺の指摘に気づいた猛獣のような三人が、やたら嬉しそうな雄叫びを上げだす。風呂場はどん詰まりだからな、ご臨終一直線だ。

「ぅ一夏ぁああっ!!」

「一夏っ!! 覚悟しろっ!?」

「私の嫁としての、自覚が足りんっ!!」

 三人が風呂場に猛然と突撃を敢行し、中でものすごい音がする。「喜久ぁ!!」と、一夏の断末魔が聞こえてきた。

 

 

     ◇

 

 

 酒が飲みたい……。

 織斑姉の缶ビールを見て以来、悶々と頭の中で欲求が溜まって蓄積され続けていた。

私服は隠して一応持ってきてるしな……よし、決行するか。

 俺は旅館を抜け出して、酒を飲みに行くことにした。

 まずは、同室の山田先生をどうにかしないといけない。悩みぬいた末、テレビにある細工をすることにした。

 本を読んでいると、湯上りらしい山田先生が自室に入ってくる。本人はほくほく顔で、鼻歌まで披露するほど上機嫌だった。

「良いお湯でした~♪ 市隈君はここに来てからずっと、部屋で本を読んでいるみたいですけど。テレビとかは見ないんですか?」

「ん? そうですか。じゃあ、点けてもらっても良いですか? 俺の位置より山田先生のが近いんで」

「ええ、わかりました」

 山田先生がテレビの電源を入れる。瞬間、有料アダルトチャンネルが流れだす。映像は生々しく、演出に凝ったような撮り方がされている。ある程度して、一応の声をかけることにした。

「山田先生?」

「……」

 山田先生のところまで行き、本人の顔を覗き込む。衝撃が大きすぎたのだろう。山田先生は思考力が飛び、意識も持ってかれていた。

 要は、立ったまま気を失っていた。

 山田先生を敷いていた布団に寝かせる。まあ有料チャンネルだから、投入したお金が切れれば自動的に写らなくなるだろう。証拠も残らないし、教師の目を一つ無くしたことになるし。

 旅館のロビー辺りにあるトイレで、私服に着替えてから外に出る。夜の月明かりは、辺りを優しく照らしていた。

 お、自販機見っけっと。 

 適当に歩いて町の中を散策する。すると、側面から周りを白く照らす一角が確認できた。

 姉さんの登録している成人登録カードを財布から抜き出す。いつもこれで酒と煙草を買っているが、まさかここでも役に立つとは思わなかった。

 ガコンガコンと、二回も音を鳴らせば、缶ビールが両手に納まる。後は戻って隠れて飲むだけだ。俺は来た道を戻り、その足で一旦自室に戻った。

 

 

     ◇

 

 

「あらぁ、よひひささん。お帰りなさ~い。あはは、あんれ? なんかよひひささんて、お二人もいましたらっけ~?」

「あはははっ! 喜久、お帰りぃ!!」

 自室のドアを開ければ、そこにはすさまじい光景が広がっている。缶ビールを自室に隠したところで、俺は織斑姉に呼び出されていた。

 かったるい用事を済ませて戻ってみると、べろんべろんに酔っ払っているセシリアと陽気に笑うシャルロットがいる。傍と見れば、缶ビールが空になってそこらに転がっていた。

 こいつら……。俺のところに遊びに来て、そのまま楽しみしてたビールを飲み干しやがったのかよ。

「喜久~。あにしてるのー? こっち来なよ~? あははははははははははははっ!」

「よひひさん~。あにをしているのれすか~? はやく、こひらに来てくだはいな~」

 完全に出来上がってやがる……。たったのアルコール五パーセントで出来上がるなんて、お前らなんて安上がりなんだよ。しかし、どうやって俺が隠したビールを見つけたんだ?

 今の状況を呆れていると、近くから恐ろしい声が聞こえてきた。

「う~ん、私は……一体なにを…………?」

 まずいっ!! 山田先生が目覚める!?

 近くに放置されてるリモコンを必死の思いで掴み取り、再びテレビのスイッチを入れる。起き抜けの山田先生が、生々しい映像を間近で見た。

 彼女は白目を剥き、その場で昇天して布団に倒れこんでいく。

 ――――だめだな。音量を最小にして、お金が切れるまではテレビを点けっぱなしにしておこう。

「うおっ!?」

「ねぇ、なんれこっちに来ないの~? あはははっ!」

「よひひささ~ん、たのひく過ごひましょ~よ~。わたひは、もう、もうっ!」

「もうじゃねぇだろ、馬鹿かお前は!?」

 くそ、こいつらゾンビみたいに這ってきやがったっ!!

 いつの間にか近くまで来ていた、セシリアとシャルロットにいきなり押し倒される。二人の目がとろんとだらしなくなっていた。

 何とか二人を振り払い、その場から立ち上がる。

「あははははははっ!! 喜久、僕に喜久の全部を頂戴よ~!」

「よひひささん~。なんれ逃げるんれすか~? 酷いじゃないれすか~」

 笑い上戸のシャルロットと、しつこく寄ってくるセシリアを同時に見る。

 これは、もう俺の手に負えないな。放置しよう。

「それじゃ」

 片手を上げながら電気を消して真っ暗にする。

「あははは――

 笑っているシャルロットの言葉を切るように、部屋のドアを閉めきる。ぼやっと光るテレビを放置して、混沌と化した部屋を後にした。

 持って来た空の缶ビールをばれないように、適当なゴミ箱に放って捨てる。そのまま人気のない場所を見つけると、持ってきていた煙草に火をつけた。

「ほう、お前は煙草を吸うのか」

「げっ」

 くそ、どこから現れやがった!?

 まるで神出鬼没のように、後ろからボーデヴィッヒに声をかけられる。

「大丈夫だ。告げ口はしないと約束する」

「そらなによりだ。で、俺になにか用か?」

 顔を向けて見れば、奴はこっちを真っ直ぐ見据えてきた。

「福音の情報だ、知りたくはないか?」

「見返りは何を望むんだ? 俺に出せるものなんてないぞ」

「いらん」

「そっすか」

 彼女が言葉を続け、俺は煙草を吸いながらそれを聞く。

「暴走したISは、原因として第三者による介入があったらしい。搭乗者の名前は、ナターシャ・ファイルスというそうだ」

「――ナターシャか」

 一息吸って、口から紫煙が宙を舞う。懐かしい名前が耳に入ってきた。そうか、福音に乗っていたのはあいつか。

 ボーデヴィッヒが、疑問に感じたことを聞いてくる。

「知り合いか?」

「ああ、少しね」

 吸い出したばっかで勿体無いと思ったが、煙草の先を携帯灰皿に押し付けながら彼女に返答した。

 おしいな。ナターシャの奴、上手くいけば俺のことを殺せたのにな。

「サンキュな、ボーデヴィッヒ。俺はもう部屋に戻るよ」

「そうか」

 軽く手を振って答えながら、自室の部屋へと足を向けた。

 部屋へ戻ってテレビを確認すると、灰色の砂嵐みたいな状態になっている。料金の切れたテレビを消して辺りを見回す。三人ともスースーと、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 山田先生の布団と俺の布団を繋げると、そこにシャルロットとセシリアを寝かせて仲良く寝てもらう。

 部屋の柱に寄りかかりながら、ぼんやりとする前方を見る。俺は明日でなんとなく死ぬかもしれない予感が拭えずに、手を思い切り握り締めた。

 

 

 ― 11 ―

 

 

 ボーデヴィッヒから福音の搭乗者名を告げられて次の日。俺は帰り支度を済まして、バスに乗り込んでいる。彼女の口から出た搭乗者名が、まさかナターシャだとは思わなかった。 世の中は俺が思ったより、ずっと狭いのかもしれない。ふと、横の座席に乗っているセシリアを見る。それに俺は呆れながら声をかけていく。

「なあ、いい加減に落ち込むのをやめたら?」

「私としたことが……まさか、あんな失態を犯してしまうだなんて……」

 セシリアは絶賛苦悩中の状態らしい。どうも昨日のことを悔いているらしく、気持ちがかなり沈んでいる様子なのが解る。そして、同じような状況の人間がもう一人。離れた座席に座り、撃沈された潜水艦のようにうな垂れていた。

「うぅ……、セシリアに張り合わなければ良かった……」

 女のプライドでも賭けて、飲み比べでもしたんか?

 シャルロットが顔をだらしなく上に上げている。

 買ってきたのは俺だけど、勝手に飲んだのは二人だ。これは暫くなにも言わない方が良さそうだと、二人を放置することにした。

 しょうがなく顔を窓の外へと向ける。生徒は全員乗車していて、残るは教員たちが乗車するだけだった。

 そんな中、三年振りに見た顔がつかつかと歩きながら、こちらのバスへとやってくる。視界に入るスーツ姿の出で立ちは記憶になく、いつも見ていたのはアメリカ軍の軍服だけだった。

 昨日脳裏に過ぎった予感は、案外当たってるのかもしれない。俺は内心で溜息を吐く。視線だけ動かし続けると件の奴がバスに入ってきて、一夏の方に行くのが確認できる。俺はそいつから視線を外して、再び窓の外へ移した。

 ざわつきと会話が耳に入ってくる。

「あ、あの、あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

「えー」

 どぎまぎとした一夏の声が耳に入った。

「ちゅ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん。そういえば、黒いナイトさんにもお礼を言わないとね。どこか……し、ら…………」

 言葉が途切れ途切れになり、とても穏やかだった口調に詰りがでだしていた。

 どうやらやっと、俺の存在に気づいたらしい。周りも雰囲気が異質になったのだろうことに気づき、違う意味でざわつき始めている。

 一瞬の間が空く。

「――なぜ、貴方が生きているの……?」

 戸惑いの声が聞こえてきた。

 ゆっくりとヒールの音が近づいてくる。そして俺の目の前までやって来ると、もう一度声が聞こえた。

「サーフォ、こっちを向いて頂戴?」

 ――――――――俺は殺される。

 銃があれば、今すぐ頭を撃ち抜かれるかもしれない。怖いと、ただ恐怖感だけが自分の頭を支配する。しかし、過去を償う覚悟もあった。

 俺は深呼吸を一つして、一歩を踏み出すためにナターシャの方を向く。彼女と目が合い、本人の表情から怒りとも悲しみとも取れるような感情が読み取れる。

「やっぱり貴方なのね、サーフォ?」

「ああ、そうだよ。ナターシャ、今なら俺を殴り殺せるぞ?」

 本心を伝えた。

 俺はナターシャに殺されるだけの理由がある。それだけの大切なものを奪った人間だ。だから、なるようにされるしかないと思った。

 そして彼女の次の行動に驚く。首を横に振っているのに対し自分の理解が追いつかない。それは、彼女の意思表示によって俺の意見が否定された瞬間だった。

「いいえ、そんなことはしないわ。でも、私はサーフォとお話をしたいとは思っているの。付き合ってくれるかしら?」

「……恨んでないのか?」

「恨んでいないといえば、確かにそれは嘘になるわ。でも、だからと言って私がサーフォを殺して良い理由にはならないわ」

 嘘だと思った。

 俺だったら絶対に殺している。しかし、それが実際には起こらなかった。

「喜久さん、サーフォというお名前は……?」

「俺の本当の名前だよ、セシリア」

 横で座っていたセシリアが困惑しながら聞いてきた。

 座席から立ち上がると、貴重品だけを持って再びナターシャの方を向く。

「外で話しましょう。ここでは周りの迷惑になってしまうわ」

「ああ、わかった」

 彼女が先を促すようにして歩き出す。続いて歩いていく途中、織斑姉がバスの中に入ってきた。

「市隈、席に座れ。勝手は許さん。ナターシャ、うちの生徒にちょっかいを出すな」

「ブリュンヒルデ、悪いですが彼には早急に聞きたい案件があるのです」

「駄目だ、お前は一体なにを考えている。学園の公務を妨害するとISの条約に引っかかるぞ?」

「そうですか……、でしたらブリュンヒルデ、貴方も同席して下さい。大事なお話があります」

 どちらも一歩として引く様子がない。バスの中は既に緊張に包まれ、誰一人として大人の二人に口をだす者などいなかった。

 ナターシャが言葉を続ける。

「サーフォ、彼についてのことです。今現在サーフォを育てている貴方には、彼のことを全て知っておいて欲しい。いえ、知っておくべきです。サーフォとお話をさせて頂けますか?」

「――わかった、私も同席させてもらう」

「感謝します」

 織斑姉が溜息を吐き、ナターシャが軽くお辞儀をした。

「織斑」

「え……あ、はい!?」

 いきなり声をかけられた一夏が動揺しながら返事をする。

「山田先生が来たらバスを発車させろ。私と市隈は別の方法で帰る」

「え、でも」

「なんだ織斑、私の言葉が聞こえなかったのか?」

「千冬姉、俺も同席さ――

「馬鹿ものが、お前はクラス代表だろう。自身が率先してクラスを乱すなっ!」

 織斑姉が一夏を叱り飛ばした。

 そして、それを切欠にしたように他の連中からも織斑姉に対して要求が出だす。

「織斑先生、私からもお願い致しますっ! どうか同席させて下さいっ!」

 だめだ、セシリア……。

「織斑先生、僕からもお願いしますっ! 喜久は僕たちの仲間です、彼を置いて先に帰るなんて出来ませんっ!」

 ……やめろ、シャルロット。

「織斑先――

「うるせぇんだよっ!!」

 専用機持ちが織斑姉に食い下がり、俺は篠ノ乃の言葉を潰しながら大声を張り上げて叫ぶ。そして、精一杯の笑顔を作った。

「お前らは先に帰っててくれ、来て良いのは織斑先生だけだ。お前らは絶対に来るな」

「喜ひ――

「心配すんなよ一夏、別に取って食われるってわけじゃないんだからさ。俺と織斑先生は遅れて帰る、だから安心してろよ。な?」

「……わかった」

 はぁ、やっと諦めたか……。

「喜久」

「あん?」

「必ず戻って来い」

 お前は心配性過ぎなんだよ、一夏。

 俺は内心で苦笑いし、一夏に頷き返すと織斑姉とナターシャの方を向く。

「織斑先生、さっさと行きましょう」

「ああ」

 織斑姉とナターシャが続けて下車すると、俺が降りるタイミングで山田先生がやってきた。

 いつもの陽気な顔が場違いな空気を演出する。

「すいません、急におトイレに行きたくなったので。あれ、織斑先生どちらに?」

「山田先生、すまないが私と市隈は後で学校へ戻る。悪いが生徒のことを頼むぞ」

「はえ? ええ!? ああ……、はい」

 山田先生は困惑しながらも、了解してとりあえずバスに乗り込んでいった。

 

 

     ◇

 

 

 場所は旅館にある座敷の一室。そこを借りて三人で座っている。俺と織斑姉に対面してナターシャが座っていた。

 ナターシャが口を開く。

「ブリュンヒルデ、貴方はどこまで彼のことを知っていますか?」

「ある程度、ともいかないな。市隈はもともと政府直轄で学園に送られてきた人間だ。内容も殆どブラックボックスで、私にさえ情報が伝わっていないのが現状だ」

 織斑姉が俺のことに関して知っている情報は圧倒的に少ない。それは、俺を学園に入れてくれた人間が緘口令のように周りへ口止めしていたからだった。

「そう、ですか……。では、今回の場は良い機会になると思います。いまさらになるのですが、私は貴方の誠実さを信じても宜しいですか?」

「ああ、この場でのことは一切口外しないことを約束する」

 口を挟むこともなく、俺は黙って聞いていた。

 ただ、二人の取り交わしを無言で観察する。

「解りましたブリュンヒルデ、私は貴方を信じます。サーフォ、最初にこれだけは聞いておきたいの。貴方は私の親友であるナイザとアイリアを殺しているわ。今の貴方は、自分の行ってきたことにどう感じているの?」

 織斑姉が驚いた顔でこっちを見た。

 俺はナターシャの大事な親友を二人ほど殺している。全ては自分の一時の感情だけで、あの忌まわしい出来事が発生した。

 ナターシャの目を見て、自分の正直な気持ちを告げる。

「……俺は、後悔しかない。悔いも業も何もかも、息をしていることにさえ辛いと感じるときがある。一度だけ、自殺未遂もしたことがあった。でもそれじゃ意味が無いと、今も親代わりしてくれている姉に言われてここまで生きてる。だから、どうすれば良いのか自分なりに考えてるよ。まあ、今のところは滅茶苦茶ことしかしてないけどな、て痛ぁ!」

 拳骨をくらい、織斑姉が俺を呆れ顔で見ていた。

「自覚があるなら少しは直せ……。この馬鹿者が」

「サーフォ。悔いているのなら、その分を誰かと他のことに尽くしなさい。それが、これからの貴方に出来る償いよ」

 ナターシャの真摯な声が心によく響く。こんな俺が、彼女に許されて良いのかと思った。

「サーフォ、貴方のことを話すわね?」

「ああ、わかった」

 彼女が話の続きを促して、それに了承を告げた。

 織斑姉が真剣な表情でナターシャの方を向く。

「サーフォ、彼はアメリカで生まれた試験管ベイビーです。ISが発表されてから直ぐ、我々の国では軍によって極秘裏に男性へIS適合化研究が行われました。ここにいる彼は実験の一例です。ISへ適合するため、卵子にいくつかの遺伝情報を変化させる薬品を射ち込み、受精する前段階で変化を促しました。当時プロジェクトの陣頭指揮を行っていたのは遺伝子工学が選考の学者で、彼の親代わりをしていたティアーニ=イリノイカ博士です。彼女は六二体の試作体を作成し、唯一つ奇跡の成功例を生み出しました。そして、その子に自分のファミリーネームを与えて、サーフォ=イリノイカと名づけたのです」

 ISを忌み嫌う理由、その全てが語られていく。ドス黒い過去がどんどんと露になる。

「男性適合者には、更に特典がつきました。IS同調システム能力、通称ISTSです。そして、別名ISキラーシステムと呼ばれています。これは人体の強化、ISの同調率を底上げする能力です。かなりの負荷が掛かりますが、その分の恩恵もすさまじく、相手の絶対防御を一方的に突破できるという蹂躙行為が可能になります。それによって、相手のISに密着できさえすれば、そのままナイフ一本だけで相手の殺害が可能なのです。先ほど私の親友が死亡したことを語りましたが、彼は中東で無差別殺人を起こしました。その為に母親代わりをしていたティアーニ博士は自殺し、彼も処分されました。私の親友も、顔と腹部を失って死亡しています」

 織斑姉が絶句した顔をしていた。

 殺人犯、殺人鬼、殺人狂。きっと、そんな言葉が本人の頭に浮かんだに違いない。場が静寂に包まれ、一拍ほど空いてから話が続く。

「当時のサーフォのナンバリングは三四、試作試験体番号三四です。我々は彼のことを通称ジェノサイドリッパーと呼んでいました。これは、彼が引き起こした事件に起因して呼称されています」

 ジェノサイドリッパー、俺がこの世で一番嫌いな単語だ。「今は廃棄番号となってますが」と、ナターシャは言った。

「先程も話しましたが、彼は三年前に中東で行われた軍事任務で暴走し、結果的に敵味方を隔てずに攻撃を行いました。無差別に殺された人間は全部で九九七人に上ります」

 ナターシャが口を閉ざすと、部屋が重い空気に支配される。織斑姉の目の色が変わっていた。

 そこには、ただ悲しみのようなもの。そんな表情を浮かべているのが俺には理解できた。

 本人が口を開いてゆっくりと喋り始める。

「やっと、私の中で今まで疑問だったことが消化できた。市隈が何故これほどまでにISを嫌っているのか、正直なところ私は理解できてなかったのでな。ナターシャ、ここまで軍事機密を喋ってくれた事には礼をいわせてもらう。政府の要人は口が堅くてな、情報の少なさに私も難儀していたとこだ。それでだナターシャ、お前の知っている軍の情報は違っていた。そして、今になって市隈を見つけたか」

「そうなります」

 溜息を吐いた織斑姉が、俺を一瞥してからナターシャのほうを向く。

「市隈をどうしようと考えている?」

「これと言って、どうともという事はありません。ただ、私は本人が生きていてくれたことを素直に喜び、また親友の仇であることにも変わらないのです。そのことを未だに心の中では整理できていません、しかしサーフォと再び会話が出来たことを今は純粋に嬉しいと感じています。もともと、私はサーフォが生み出された計画には賛同できないタイプの人間です。いつも、軍の有るべき規律を越えて非人道的な実験には反発したいと心の中で悩み続けていました」

「そうか……」

 あんたは、いつもそんなことを考えてたのかよ……。

 初めて聞いたナターシャの本音に俺自身が心に詰るものを感じる。織斑姉が難しい顔をし、それを見ていたナターシャが小さく笑いながら話しかけた。

「因みですがブリュンヒルデ、サーフォはまだ一〇歳の子供ですよ」

「なに!?」

 おい、織斑姉。あんたは今日、何回驚いてんだよ……。

 俺が呆れながら本人の方を見て、しょうがなく答える。

「促進だよ。培養カプセルの中で五歳児の状態まで無理やり成長させてる。俺の本当の年は、たったの一〇歳だ」

「サーフォ、貴方は投獄の状況からどうやって助かったの?」

 どうやって助かったのか。それは、全て母さんのおかげだ。

「助かったのは母さんが俺を逃がして、姉さんに引き渡したからだよ」

「そう。やはり、ティアーニ博士がサーフォを助けたのね。ありがとう、私の中での疑問が晴れたわ」

 どっと、疲れた。

 そんな感覚と共に横で話を聞いていた織斑姉が、俺とナターシャに話し合い終了の合図をしてくる。

「市隈、そろそろ帰宅と決めていた予定時間だ。話を終了させて学園に帰るぞ?」

「ブリュンヒルデ」

「どうした?」

「サーフォは我侭な子です。ですが、これからの彼の育成をよろしくお願いします」

「ああ、承知した」

 織斑姉とナターシャが会話を交わしていた。

 ふと、窓の外に広がる澄み渡った青空を見て考える。俺は、どうやってこの先を考えれば良いのか。思いに耽りながら明日からのことを考えた。

 

 

 ― 12 ―

 

 

「これが、IS学園で行われた行事のさいに撮られた写真だそうです」

「ほう、これがそうなのかね?」

 紙媒体のリポート書類と共に添付された写真に、ISとその搭乗者が写っている。写真の中で行われているのは、学年別トーナメントの様子だった。

 リポートを受け取った男は、写真に写る青年を興味深げに見る。確かに男の知っている顔が、そこには写っていた。

 記憶の残滓を辿って思い起こせば、当時のあどけない顔がまだ僅かに残っている。それを確認したジャスパーは、ゆっくりとリポートを机の上に置く。アメリカ軍のとある作戦会議室に、今は二人の人物だけが微かに笑った表情を浮かべている。

「やってくれるね。ナンバー三四はチェスで言えば、私よりリードしているよ。しかし、なかなかに面白い手を使う」

「そのようですね。彼の在籍している場所は、私達にとって少々厄介な場所のようです」

 ジャスパーに呼応するようにアスティンが答えた。

「CIAは随分前から掴んでいたようだね。確かに、これでは私に報告しづらいだろうな。しかし逃げ込まれた先がIS学園とは、どうしてこうナンバー三四はISという存在に呪われているのかもしれないな。どう対策を練るべきだろうか、アスティン君?」

「そうですね。どうやらCIAの方は正解を見つけたようですし、これ以上刺激しない方が宜しいかと。これなら、既に外は囲ってあるのと同義です。刺激が強すぎれば捕まえようとしている生き物も、逃げられる可能性が出てきかねません」

 そう言って、アスティンは自分の手に持っていたリモコンで大型ディスプレイのスイッチを入れる。そこには、アメリカからIS学園に送り込んだ留学生が何人かリストアップされていた。

 ジャスパーは手で顎を摩りながらアスティンの言葉を待つ。

「外の囲いは既に完了していますので、今度は中の方を囲いたいと思います。これでしたら、刺激が多少あっても二重の囲いですから、抜け出すのも難しいでしょう。監視を一名つけたいと思います」

「有望な候補がいるのかね?」

「そうですね、有望性には少々難があります。が、こちらにとってはその方が都合の良い人物でしょう」

 画面がスライドし、数名の中から一人が拡大される。

「この少女は中々頭が切れると聞きます。しかし、性格に難がありますね。ですが、彼女の事がナンバー三四に解ったところで、彼にはそれ自体が我々からの警告に繋がるでしょう。そうすれば、余計に袋のネズミとなりますよ。もはや、逃げ道はないのだというメッセージですから」

「そうか。流石にこちらの代表候補生を私用で使うわけにもいかないからね。アスティン君の案を検討させてもらうか。しかし、彼女のデータを見る限りISを扱う技術より運動能力値が高いようだが?」

 ジャスパーが気になった部分を指摘した。

 アスティンは笑いながらそれに答える。

「ええ、その点で選んだ理由もあります。だからこその適任なのですよ。なんせ、彼女は瞬発的肉体強化実験の被験者ですから」

「ほう、あのプロジェクトの。確か人体に殆ど害の無く実験を成功させた例として、高い評価が与えられているね?」

「はい。なので彼女自身が自衛する分には大丈夫でしょうし、ナンバー三四ではまず素手の戦闘では勝てないでしょう。たとえISTSを使用したとしても、それでやっとといったところです。まあ彼女の場合はあくまでも鈴の鳴る首輪として機能してくれれば、こちらの目的としては充分でしょう」

「アスティン君、なかなか良い案をありがとう。じゃあ、その方向で話を進めていこうか」

 ジャスパーは座っていた椅子から立ち上がると、設置されていたコーヒサーバーへと向かう。ドリップした液体をカップに注ぎながらアスティンの方を向きつつにこやかに告げた。

「君もどうかね?」

「ええ、お願いします。ありがとうございます、ジャスパー大佐」

 二人だけの会議室に、熱の入った液体の滴る小さな音がした。

 

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