ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_屋上ノ会話_出シ抜カレタ人_窓ノ外ノ鬼 ]

 

 四巻分

 

 ― 1 ―

 

 

 それにしても、よくこんな砂糖の塊みたいなの食えんな……。

 夏も真っ盛りなこの日、俺は個人的に絶対足を運ばない場所に来ている。目の前では、二人の人間が嬉しそうにデザートを頬張って食べていた。

「いやー、全部奢りだと食い放題だから最高だなっ!」

「本当だね。僕、一度で良いからこのお店で一番高いデザートの頼んでみたかったんだよ」

 お前らふざんけんなよ、少しは限度を考えろ。

一夏とシャルロットが嬉しい会話をしてくれる。財布を覗けば、諭吉が一枚ほど透明化をし始めていた。

 いい加減、食べ過ぎの二人に苛立ちを感じ始める。

「あ、店員さん。これとこれ下さい。あと、これを一つ」

「僕の方にもこれ下さい」

 シャルロットと一夏はまだ食べる気らしく、メニューの見ながら追加の注文をし続けていた。

 テーブルには新しく空ききった容器が三つ程並んでいる。先ほどまで違う四つが並んでいたが、それは既に店の人が回収していた。

 これ以上は耐えられないと、俺は二人に声を上げる。

「おい、頼みすぎだ。これ以上頼んだら、俺は店から出て勝手に帰るからな」

「ん? そうか、それじゃあしょうがないな。どうするシャル?」

「う~ん、喜久は酷いからね。心配する僕や他の皆に怒鳴って対応してくるんだもの。僕の繊細な心は未だに傷つきっぱなしだよ」

 おいシャルロット、お前の発言はどうみても図太そうな人間のものだぞ……。

「そうだな、俺も精神的に病んだよ。これは一度病院に行くべきだな」

 嘘つけ一夏、だったらそんなに食えるわけ無いだろうが。だいたい、お前の場合は朴念仁を治す薬でも貰いに行けや!

 げんなりすると、そのまま前のめりに机へ顔を落とす。周りを見渡せば甘いものが好きそうな女性客が目立つ。男はちらほらといった感じだ。窓の外を見れば、そこには@クルーズと書かれた看板があった。

 織斑姉と共に遅れて帰ると、俺は寮の前で待ち構えていた専用機持ちの六人組からその場で永遠と説教をくらい続ける。しかし気を使ってくれたらしく、俺とナターシャのやり取りに触れるようなことは誰一人聞いて来なかった。

 怒鳴りつけて心配をかけた一夏とシャルロットには、今度なんか奢ってくれれば良いと言われて。俺はその時、それだけじゃ悪いと思っていたし申し訳ないとも思った。

 ――悪いと思っていたが、今の状況を見て別にそうでもないなと思い始めている。どういうわけか、目の前の二人は普通の店で食べ放題を敢行していた。

 店で一番値段の張るデザートをおいしそうに食べながら、シャルロットが俺に質問してくる。

「喜久はなんか頼まないの、ここって全部のメニューが美味しそうだよ?」

「お前が奢ってくれるなら、食べてもいい」

「え、もっと僕たちに食べて欲しいって? これ以上は、流石に良いかな。もう僕の方はお腹一杯だよ」

「もうどうでも良いよ。どうせだ、食べたいだけ食べれば?」

 投げやりに言うと、一夏が更に嬉しそうな顔をした。

「すいませーん。お土産に四つ包んでもらって良いですか?」

「おいおい一夏君、限度を考えろよ?」

 透明化し始める二枚目の輸吉を思い浮かべながら、額に青筋を浮かべる。

「今注文した分は俺じゃなくて、ここに来てない皆への土産だよ。これぐらいは良いだろ?」

「……これで打ち止めじゃなかったら、俺はお前の腹を打ち抜いて食ったもんをリバースさせてやるからな」

 この後、会計の際に高校生活で初めて、一度の食事に三枚の輸吉を差し出した。

 

 

     ◇

 

 

 生活費を一夏とシャルロットの胃袋に吸い取られ、一気に生活が苦しい現状に陥っていた。

 姉さんから生活費を仕送りしてもらっているが、このままだと暫くの間は極貧生活を送ることになりそうだ。@クルーズの店を出て寮に帰ってくると、デザートを食べれなかった専用機持ちたちが一夏の土産に群がった。

 奴にお礼を言っているが『俺の金だけどな』と、言う気も無く部屋へ戻る。隠していた煙草を持っていつもの様に階段を上がっていくなか、カスカスの財布を見て思わず泣きそうになった。

 今年は晴れの日が続き、寮の屋上に出れば夜空は星が綺麗に瞬いている。多少は人工的なライトアップの光によって辺りが塗り潰されていたが、それは余り気にならない。

「やはり、ここに居られましたの」

「ん? ああ」

 ポケットから取り出そうとした煙草を隠したまま、声の聞こえた方へと顔を向ける。そこには、少しぎこちない感じのセシリアがいた。

「喜久さん、今はお話ししても宜しいですか?」

「どうぞ」

 鉄柵に寄りかかると、横にセシリアが寄ってくる。すると、ゆっくりと俺の片手を両手で握ってきた。

「私からのお願いがあります。聞いていただけませんか?」

「内容によるな。それを言ってくれないと、俺は判断が出来ないし」

 一拍置いて、セシリアは俺にお願いの内容を言う。

「私も、喜久さんと一緒にいさせて下さい。喜久さんの辛いときに、私は隣で貴方のことを支えたいのです」

 セシリア目が真っ直ぐと俺の目を見ている。思わず心の中で溜息を吐いた。

「俺を支えるより、まずは自分の方を自立させた方が良いんじゃない? セシリアは両親の大切なものを守りたいんだろ。だったら、そっちを先に確立しないと駄目でしょ?」

「この国にでは、二兎を追う者は一兎をも得ずと聞きます。でしたら、私は二兎を確立させてみせます。それが私、セシリア=オルコットなのですから」

 一ヶ月は同室した仲だから、セシリアが気丈なのは良く知ってるよ。

「俺とつるんでも良いことは無いよ。臨海学校で帰りのバスに乗って来たナターシャとのやり取りをセシリアはよく見てただろ? もともと、俺はのうのうと生きてる犯罪者なんだ。そんな奴と一緒になろうとしてもセシリアが大事にしようとしてる家名は汚れるし、行ったところで未来は暗い。もう一つ付け足すと、俺は三〇まで生きられない体だしな」

「私は、喜久さんと決めました。私が喜久さんと決めたのです。都合の良いように過去を蔑ろにしろとは言いませんし、私は堂々とそれに対して向き合っていくだけの覚悟もあります。三十までしか生きられないと言うのなら、私が喜久さんとその間に一生分の生活を送れば良いだけのことです。私はその程度のことで怯むような女ではありません」

 ――強いな。思わず、俺の方が憧れるような格好良さだ。

 俺の言葉に対して間髪いれず、セシリアは自分の本心を言い切った。

 自分に持ってないものをセシリアはたくさん持っている。だからこそ俺には勿体無いし、余計に高嶺の花に感てしまう。どう答えて良いか、回答を出来ずに言葉に詰まった。

 セシリアは俺の反応にクスリと笑いだす。

「一本とりましたね。喜久さんは、減らず口が多いですから」

「そりゃどうも」

 気恥ずかしくなり、思わず頭を掻いてしまう。

「過去のことは、いずれ喜久さんが話してくれる時になったら聞かせていただければ、私はそれで構いませんから」

「それじゃあ、フェアじゃないな」

 セシリアが本心を語ってくれたのだ。俺は頭の奥底に眠っている過去の書庫から、思い出の一冊を取り出して中を開く。

「一つ昔話だ、俺の母親について。もちろんその人の腹から俺は出てきたわけじゃないけど、俺を大事に育ててくれた人だ。俺のことを七年間みてくれて、色んなことを教えてくれた。セシリア、俺がISを嫌ってるのは知ってるだろ?」

「はい」

「母さんは、ISが好きだったんだよ。篠ノ乃 束のことを尊敬してて、彼女のことを『可能性の開拓者』と呼んでたんだ。母さん自体も分野は違えど同類なんだろ、遺伝子の研究をしてたしな。失敗の先にある成功だけを見て進んでいくタイプだった。よく言ってた言葉があるんだけどな、『私はね、サーフォ。人が開花させる可能性の先が見たいの』ってさ。当時の俺にはよくわからなかったけど、今だと随分ロマンチストな人だったなと思うよ」

 一拍置いて、話を閉じることにした。

 とうの昔に仕舞っていた筈のもの、それを再び記憶の底へと沈めていく。

「これくらいで良いでしょうか、お嬢様?」

「充分です、大切な思い出を聞けて満足しました。ちなみに、シャルロットさんにこのお話はされたんですか?」

「いんや、何で?」

「聞いてみただけです」

「はぁ……」

 セシリアが小さく笑い、ここでも彼女がシャルロットに対して張り合っていることに苦笑した。

「あ、セシリアッ! 喜久、こんなところにいたの!?」

 屋上と中への出入り口からシャルロットがダッシュで俺たちの方にやって来た。

「今、何時だっけ?」

 ISの待機状態になっているアナログ時計を確認する。見ると、もうすぐ時間は夜の八時を回るところだった。

「それよりも、セシリアと二人で何の会話をしてたの?」

「内緒です」

 セシリアが嬉しそうに笑い、シャルロットが悔しそうにして溜息を吐く。

「気になるよね」

「気になるのでしたら、それは喜久さんに直接お聞きになって下さいな?」

「いや、セシリア。僕は二重の意味で言ったんだよ」

 にこにこしながら聞いていると、恐ろしい発言が今の穏やかな空気を消し飛ばす。

「喜久、何で屋上にいるの? 普段はここには来ないよね?」

「いや、今日は晴れてるだろ? だから夜風に当たりたくて屋上に来たんだ」

 女の勘は恐ろしい。俺は苦しい言い訳しか思いつかなかった。

「何か隠してない? セシリア、喜久って普段なにしに屋上に上がるんだっけ?」

「ああ、そういうことですか」

 セシリアがシャルロットの意図した言葉に気づいたようで、にこやかにこっちを向く。彼女が両手で握っていた俺の片手に力を込めだす。それが、暗に逃がさないという合図にみえた。

「喜久、ニコチンとタールは美味しかった?」

「……今日はまだ吸ってません」

「二人に囲まれて、逃げられると思っておられませんわよね?」

 シャルロットが両手で俺の両肩を動けないように固める。力が篭っているためか、掴まれた部分が本当に痛い。

「喜久、正座はできるよね? 日本人だと基本の姿勢なんでしょ?」

「大丈夫ですシャルロットさん。喜久さんの場合は一時間以上耐えれることを私は知っています」

「いや、あれは足がパンパンになるし痺れて無理です」

「喜久、今日はもう吸いたくないと思うまでお話をしてあげるよ。とりあえず、喜久の部屋で一夏も交えて三人で叱ってあげるから」

「絶対にごめんです」

「喜久さん、行きますわよ」

 どこにと聞く前に、俺はセシリアとシャルロットの一人に連行された。

 自室へ着くと部屋で寛ぐ同居人が合流し、その日は二時間半ほど説教をくらった。

 

 

 ― 2 ―

 

 

 とある場所で、シャルロット・デュノアはとても愉しそうに待ち人を待っていた。

 本人はにこにこ顔で上機嫌の真っ只中といった状態のため、炎天下の陽射しで待たされてもある程度は苦にならない。

「あれ、シャルロットじゃない。誰かと待ち合わせ?」

「え?」

 後ろから声をかけられて見てみれば、そこには凰 鈴音がいた。別に何故という不自然も無い。彼女たちの目の前には、泳ぐことを楽しむ為のレジャー施設がそびえ立っていたからだ。

「こんにちは、鈴もここに泳ぎに来たの?」

「ええ、私が誘ったんだけど、一夏とね。そっちは喜久と?」

 鈴が首を傾げながら聞くと、シャルロットはデレデレとし始めてだらしない顔になりだす。他の人間から見て取れる様は、一生のうちの幸せの絶頂を迎えているような状態といえなくもない。

「えへへへへ~。喜久がね、デートしないかって誘ってくれたの」

「はー、あいつがね。ここのチケットって全然手に入らないらしいけど、よくゲットできたわね?」

「え、そうなの? だったら、よけいに嬉しいな。喜久がそんなに僕のことを考えてくれるなんて」

 雑談して二〇分以上が経過した頃、いつまで経っても来ない待ち人に鈴が業を煮やし始めた。

 同じようにして、シャルロットも幸せから振り落とされたように不満顔へと変貌を遂げていく。

「くぁー、遅いっ! 何であの朴念仁は来ないのよ!?」

 ついに限界に達した鈴が携帯電話を取り出して、なにやらどこかに連絡を取り始めた。

「もしもし、一夏!? あんたなにしてんのよ、今どこにいるわけ!? ――はあっ!? どういうことよ、来れないってっ!! え、何でそこで喜久が出てくるわけ? 代わりにあげた? ちょっと待ってよ。じゃあ、何でシャルロットがここにいるのよ? そんなのわかんないって、どんだけ無責任なのよアンタはっ! 喜久に聞いてくれ? ふざけんなぁ!!」

 鈴の会話中に喜久という単語が出てきたため、不穏な空気を感じ取ったシャルロットが即座に携帯電話をバックから取り出す。コール音から相手に繋がると、起き抜けのような声が聞こえてきた。

『――ぁい』

「……喜久、なんで寝ぼけ眼の声なの? 今日は僕と、デートの約束じゃなかったっけ?」

『ぇ、デートだろ? 俺以外とだけど』

 シャルロットが石化した。

「どういうことかな?」

『一夏にプールの券を貰ったけど、悲しいことに俺は今日から別件で出かけなのよ。だから、おすそわけです。だいたいデートとは言ったけど、俺ととは一言も言ってないだろ?』

 ふと、シャルロットはその時の会話を思い出す。そこで確かに喜久が『俺と』と言っていないことに気づいた。

『なんか一枚で二五〇〇円もするらしいから、捨てるのも勿体無いし。まあ、そういうことだから俺の代わりに楽しんできてよ。ところで、デートの相手誰? 奥手な篠ノ之とかか?』

 通話中の携帯電話がシャルロットの握力によって悲鳴を上げだす。彼女が引き攣った笑みを浮かべ、地鳴りのような低音で呪いの言葉を喋り始めた。

「――生まれて初めてだよ、ここまで殺意が沸いた日は。僕が炎天下の中で、散々待たされた気持ちが喜久にはわかるかな?」

『俺、起きたばっかであんまわかんないんだよね。ちなみに今日って炎天下なの? だったら、その分プールにたんまり浸かってくれば良いじゃん。あ、そろそろ用意の時間だな。丁度良い目覚ましになったよ、ありがとなシャルロット。それじゃな、ブッ、ツーツー』

 電話による通話が一方的に切れると、シャルロットは無言のまま携帯電話を持っていたバックに閉まった。

 そのまま、ゆっくりと鈴の方を向く。見れば、彼女もシャルロットと同じような顔をしていた。

「……ねぇ、鈴?」

「なに?」

「一夏と喜久をロープで縛り上げて、一日中外で逆さに吊るす方法ってないかな?」

「私だったら、そのまま干からびるまでやってやりたいわね。……はぁ、とりあえず中で休める場所を探しましょ?」

「そうだね」

 ウォータワールドのゲートを潜り抜け、二人は休憩できる場所を探し始めた。

 

 

     ◇

 

 

「さあっ! 第一回ウォータワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催ですっ!!」

 鈴とシャルロットが準備運動を終えて、スタート位置に着いている。見れば、同じように皆一様に意気込んだ顔をして横一列に並んでいた。

 先ほど二人して屋内施設の喫茶店で休んでいると、構内放送が流れて催しの予告が流れる。なんとなく聞いていたが、景品の内容を聞いて二人の目に生気が宿った。

 沖縄五泊六日旅行ペアチケットのプレゼント。『ペアチケット』と聞いた瞬間、同時に立ち上がってお互いが固い握手を交わす。

(これで、箒とラウラを出し抜ける!?)

(セシリアには悪いけど、これで僕は一歩先に行かせてもらうね)

 求める相手がお互い違う分だけ結束力が固くなる。しかし、手に入るのは二枚だけなので、一秒と経たずに二人の中で違う思惑が噴出し始めていく。

(シャルロットからは、強引にでも頼み込んで譲ってもらうわ)

(チケットの有効期間内に鈴と一夏をくっ付けちゃって、そのまま譲ってもらえば大丈夫だよね?)

 鈴とシャルロットは思いおもいの絵図らを思考しながらスタートの合図を待つ。すると、係り員が大きい声を上げてルールの説明を終えてからスタートの構えをとった。

「位置について、よ~い……」

 パァンッ

 競技用ピストルが鳴り響いた瞬間、登録選手の全てが勢い良く走り出す。すると、いきなり他の選手が鈴とシャルロットの前に踊り出て邪魔をし始めた。

「邪魔よっ!!」

「ごめんなさいっ!」

 言いながら二人は軽い身のこなしで妨害を突破する。その動きを見ている人々は彼女たちを猿《ましら》の如き動きに感じた。

 他の競技者は、あまりに凄まじい動きをする鈴とシャルロットを注意しだす。その中で、明らかに妨害だけが目的の人間が二人の前に現れた。

「あぁぁあああっ! もう、めんどくさいわねっ!! シャルロット、打ち合わせ通りにやるわよ!?」

「ええ!? 僕には流石にちょっと……」

「勝つためよ!?」

「う~ん。鈴、やっぱりできないや。ごめんね」

 シャルロットは普通に突破を試みる。鈴も怒りながらそれに続き、襲ってきた二名のうちの一人から水着の上半身部分を奪う。

「えぇ!? きゃあぁぁあああっ!!」

「ちょっと、卑怯よ!?」

 水着を剥ぎ取られた方は叫び、取られなかったほうは鈴を罵る。だが、それに対して鈴が怯む様子はない。彼女は舌を出し、子供のガキ大将顔負けのあっかんベーをした。

「勝てば良いのよ、べーっだ!? だいたい妨害したのだって、そっちが先でしょうがっ!!」

「……鈴、鬼だね」

 鈴が走りながら器用に後ろを向いて、相手に反論する。シャルロットはそれを見て呆れながら呟く。勢いで他の競技者をどんどんなぎ倒していくと、観客も既に鈴とシャルロットだけしか見ていない。拍手と歓声が鳴り響きつづけている。人以外の障害物も存在したが、彼女たちにとってそれは障害にならなかった。

 二人で協力がコンセプトの大会なのに、彼女たちは強引にそれを撥ね退けていく。最早、個人で障害物競走を乗り越えていっていた。

「こんなの、いつもの訓練に比べたら全然ちょろいっつーのよ!?」

「これなら、なんとかなりそうかな」

 今日の日の為にこしらえた障害物がまったく意味をなさず、一生懸命用意した何人かの係員が苦笑いや半泣きに状態になっている。そんなことも露知らず、鈴とシャルロットは悠々と突破していく。島は全部で五つあり、二人は最終地点までやってきた。

 すると、トップを走っていたペアがいきなり反転して二人を迎え撃つ体制をとり始める。係員は意気込んで叫び声を上げだす。

「おおっと、トップの木崎、岸本ぺアっ! ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!?」

 続けて叫ばれる台詞にオリンピックやら金メダルと嫌な単語が混じっている。見れば、前方で待ち構えている二人の体付きが明らかに他の女性参加者たちと違う。

「なによあれ、あんな筋肉達磨を相手しろっての!?」

「どうしようか?」

「ええい、シャルロットっ! 前衛は任せたわよ!?」

「ええ!? ちょっと、もうっ! どうするのさ!?」

 鈴に文句を言いながらもシャルロットが前衛に走り出す。

「今よっ! シャルロット反転して!?」

 言いながら、鈴は思い切りジャンピングする。シャルロットの顔面を踏み台にしようとして。

「鈴、頑張ってね?」

 まるで読んでましたと言わんばかりに、にっこりとシャルロットは鈴の足首を掴んだ。そして、そのまま前方のマッチョな女性達へと勢いを殺さずに活かしきって投げ飛ばした。

「きゃあぁあぁああああああああああああっ!! うぐぅ!?」

 前方で鈴とマッチョな女性二人がボーリングの球とピンのようにプールへと落下する。嬉しそうにシャルロットがゴールへと辿り付いた。

「やったぁ!」

「やったじゃないでしょうっ! よくもやってくれたわね!?」

 シャルロットが喜んでいたのも束の間、鈴がISを展開した状態で川の主のように水飛沫を上げながら現れた。

「最初に僕を踏みつけようとしたのは鈴じゃない、お相子だよね?」

「結果的にはそっちがやったじゃないっ!」

「それは子供の屁理屈だよ、鈴……」

「うっさいっ! いっつも、喜久に良いようにあしらわれてるくせにっ!!」

 プツッと、何かがシャルロットの中で切れた音がした。

 鈴は悪寒が走りだし、身の危険を感じて双天牙月を構えだす。夏の真っ只中のレジャー施設に、不気味な空間が発生し始めた。

「フッフフ、ウフフフフフフフフフフフフ――――鈴、良いよね?」

 『なにが?』と聞く暇も無い。一瞬でシャルロットがIS展開して鈴に突貫を開始した。

 

 

     ◇

 

 

 会場を崩壊させ、大会を駄目にした二人は係員の女性にガミガミと説教をくらっていた。

 一頻り怒られてから迎えが来るまで待っているように言われ、今は事務室のような場所で二人して真っ白になっている。当然、一位だったのだが賞品はない。逆にプールの破損費用を請求されそうになり、シャルロットと鈴は青い顔をした。

「お、いたいた。二人ともなんかやらかしたんだって? その様子だと、こってり絞られたみたいだな」

「一夏!? なんでアンタがここに来るのよ?」

「いや、山田先生が急用らしくてな。俺はもう今日の作業終えたしさ。それで、頼――

「一夏ぁあああああっ!!」

「アンタのせいでねぇえええええええっ!!」

 一夏が言葉を言い切る前に、鈴とシャルロットが一気に詰め寄って彼を睨む。

「ちょっと、え、なに!? 何かわからんけど、俺が悪かったっ!! だからちょっと、待ってくれ!?」

 鈴はまだ詰め寄る気満々だったが、シャルロットは落ち着きを取り戻して一夏に気なっていることを聞いた。

「ねえ、一夏。今日の喜久の予定って何か聞いてない?」

「ああ、それなら知ってるぞ。喜久の奴なら、実家の掃除しに帰るからって言って帰郷したよ」

「え……家に帰った?」

 まったく寝耳に水なシャルロットは、愕然としてその場から魂が抜けそうになりだす。横では鈴が「ご愁傷様」と言っている。

「なんか、出発間際にセシリアが寮を出ようとしてる喜久を見つけて騒いでたけどな。あいつ、セシリアに帰郷するの教えてなかったみたいだから、随分と揉めてたぞ」

 「そんなの僕だって聞いてないよ」とさらにシャルロットはうちひしがれた。

 嫌な予感がする。彼女は戸惑いながら一夏に話の続きを催促していく。

「その後って、どうなったの?」

「セシリアが嫌がってる喜久に無理やり付いていってたよ。おい、どうしたシャル!?」

 シャルロットが、がっくりとうな垂れてその場に膝を折る。ついでに心も折れかけ寸前になった。

 自分がセシリアを出し抜くはずだったのに、気づけば逆にセシリアから差をつけられている。とてもついていない一日、もとい最悪の一日だと心の中で泣きそうになってしまう。

「なんか、けっこう遠いみたいだけどな。俺も後で遊びに行く約束してるけど、場所なら知ってるぞ。うお!?」

「一夏っ! 今すぐ教えて!?」

 一夏が喜久の家の場所を知っているという言葉に、シャルロットがすぐさま喰らいつく。鈴は配慮の無い天然な彼に呆れた視線を送り、必死な形相のシャルロットへと同情した。

 そして、ここには居ない喜久が、どうしようもない人でなしなのだと理解した。

 

 

 ― 3 ―

 

 

 IS学園に入学以来放置していた遠くにある実家の管理をどうにかするため、俺は何日間か家へ戻る予定になっていた。

 仕事に忙殺されている姉さんと連絡を取りあい、いつなら二人で家の掃除が出来るか打ち合わせいたのだが。これをセシリアとシャルロットに知られれば、当然付いて来ると言い出すに決まってるのが目に見えていた。

 実家は姉さんが不動産から買い叩いた物件で、普通な間取りの中古の一軒家だ。一家族が住むくらいの大きさだが、ここに一人追加なら……、まあしょうがない。しかし、二人に増えると布団の予備が足りなくなる。もとをただせば、客室なんてもんが家には存在すらしない。

 だからなんとか両方の人間を撒くために、兎に角まずは一際勘の良いシャルロットの方をどうにかしようとした。

 丁度良いところに一夏がプールの券を持ってきてくれたので、デートと言う言葉を使い彼女の頭を麻痺させる。これで、片方は当日まで大丈夫そうだと確信を持てた。

 運は俺に味方している。そう思っていたが、最後の最後でドジを踏んでしまいセシリアに見つかった。

 奴がイギリスの実家に帰っている日取りと重なっていることを確認し、俺は大手を振って寮を出発する。する筈だったのだが、帰国してくる日を一日勘違いして覚えていた。

『喜久さん、何処にいかれるのですか?』

『小旅行です。北国までヒッチハイクで一人旅』

『少々お待ちになられてて下さいね? 私も直ぐに用意をしてまいりますので』

『時間が無いんだよ、今日止まるところはもう予約済みだし』

『では、チェルシーに車の手配をさせます。ですので、どうぞごゆっくり待たれてて下さいな?』

『本当は実家に掃除しに帰るだけです。頼むから一人で帰らせてくれ……』

『まあ、それでしたら是非ともお手伝いをさせて下さいっ♪』

 嘘で言い逃れが出来ず、極貧旅行と言えば本人が財力を振りかざしてくる。結局すったもんだの末に俺が方が折れ、しょうがない一人くらいならと連れて行く羽目になり。あのまま言い合いをしていてシャルロットが帰って来ようものなら、それこそ目を当てられない状態になっただろうことが予想できた。

 新幹線に乗って対面席に座ると、セシリアが俺の横に座って一人喜んでいる。

「喜久さんのお姉さまにお会いできるのですね。私、とても楽しみですわ!?」

「あのなセシリア、俺は家に掃除しに行くんだ。決して遊びに行くわけじゃないぞ。ある程度距離があるから泊まりだけど、掃除が終わったら学園の方に即戻るから」

「充分ですっ! それに今は二人きりで邪魔者もいませんし。それにしても、シャルロットさんの方が先に気づきそうなものですけど。一体どうされたのでしょうか?」

 セシリアに言われて起き抜けの会話を思い出し、シャルロットが電話口で言い放った『殺意』という単語が頭の中に蘇えった。

 ――やめよう。後のことは、学園に帰ってから考えよう。

「喜久さん、この駅弁と言うのは初めて食べましたが、中々に美味しいものなのですね」

「ああ、美味しいよね。そうだね……、ん?」

 楽しそうに彼女が駅弁を食べている中、ジーンズのポケットに入っていた携帯が鳴り始める。画面に表示されている名前を見ると、織斑 一夏と書かれていた。

 なにか急用があるのかと応答のボタンを押す。

「一夏じゃん、どしたん?」

『ああ、ちょっとな。これで良いのかシャル?』

 は?

 一瞬意味の解らない幻聴が聞こえた気がしたが、俺は焦りと共に応対を始める。

「おい、一夏っ! おま――

『喜久、こんにちは。横にはセシリアもいるのかな? 僕の番号じゃ出ないと思ったから、一夏にかけてもらったんだ。どうかな、なかなか上手くいったと思わない?』

 底冷えするような声が聞こえて、自分の顔が引きつった。

 さらに嫌な予想は的中する。

『一夏に喜久の住んでる場所を聞いたから。今から急いで行けば、今日の夜には着くと思うんだよね?』

 一夏ぁああああああああああっ!!

 お前、なんでシャルロットに実家の住所を教えたんだ!?

「ちょっと、貸して頂けません?」

「え!? おい、セシリアっ!」

 焦って居るのに気づいたセシリアが、いきなり俺の携帯を引っ手繰る。

「あら、これはこれはシャルロットさんではありませんか。ええ、今喜久さんとご一緒していますの。まあ、怖いですわね。そんなにお怒りになるとお顔の小皺《こじわ》が増えましてよ? おほほほほ、貴方にはお土産をきちんと持って帰って差し上げますから。嫌ですわね、私はシャルロットさんほど狡猾ではありませんから。しかし、男と女では間違いが起きてしまうこともありますし。それでは、また学園でお会いしましょう」

 そう言って、セシリアは俺に電話を変わることなく携帯の通話終了ボタンを押した。

 会話の中でシャルロットに挑発をし続けたセシリアをジト目で見る。

「煽り過ぎだ、鬼かお前は……」

「これは喜久さんのせいですよ。今の状態を解消したいのでしたら、素直に私に決めて下さればそれで宜しいのです」

「はぁ」

 反論する気力も失せて、しばらく車窓から外を眺めた。

 

 

     ◇

 

 

「あらぁ、可愛いお嬢さんじゃない!? やるじゃない、よっちゃん。初めまして、私が喜久の姉の加世です」

「初めまして、セシリア=オルコットと申します。お姉様には前から常々お会いしたいと思っておりました」

 家に着いて玄関で出迎えた姉さんに、セシリアがぺこりと行儀良く挨拶をする。中に入り居間の座卓に三人で座ると、お茶菓子を用意された。

「よっちゃん、先に聞いておくけど。セシリアさんは駅の近くにあるホテルに泊まるのよね?」

「是非、俺もそうして欲しいと思ってるよ」

 姉さんと二人でセシリアの方を見る。本人は指をもじもじさせながら、気恥ずかしそうにして視線を横に向けだす。

「ええっと……、その、交通費でお金を消費しすぎてしまいまして、もし宜しければ泊めて頂ければと、思っているのですが……」

「おい、英国貴族の国家代表候補。その言い訳は家柄のせいで、いくらなんでも苦しすぎるぞ?」

 無理だろ、その言い訳じゃさ。

 同じ意見のもう一人がセシリアを窘める。

「駄目よセシリアさん。年頃の娘さんなのだから、少しはご自分のご両親のことも考えなさい」

「両親は既に他界しております」

 セシリアの言葉を聞いた次の瞬間、姉さんが俺の方を睨みだす。

「よっちゃん、なんで私にそんな大事なことを教えてないの!?」

「どうみても無理だろ!? 今日一緒に来ることになったんだしっ!」

 育てられてきて毎度のことだが、あんた無茶言い過ぎだよ……。

 姉さんがセシリアの手を握る。

「私の部屋で一緒に寝るのであれば、今日は泊まって行きなさい」

「本当ですか!? ありがとうございますっ!!」

「家の中のものも好きに使って構わないわ。セシリアさんは、ここを自分の家だと思って過ごして行きなさい」

「お姉様!?」

 セシリアの顔がものすごい感動に包まれている。

 嫁が姑に認められた瞬間てこんな感じなんだろうか。まあ、姉さんならこうするだろうなとは思うけど。

「姉さんさ、もう一つあるんだよ」

「話は簡潔に。いつも言っているでしょう?」

 後で来るであろう、シャルロットのことを頭に思い浮かべる。

「はい。実は後でもう一人増えるかもしれない……」

「え……?」

 二人が友情を育んでいるさなか、片方だけがフリーズしだす。

「姉さんの部屋って二人までだよね。どうする?」

「えっと、男の子?」

「それは明日の朝に遊びに来て、一緒に学園へ帰るから。来るのは女子です」

 瞬間、俺は姉さんに頭を叩かれた。

 酷い……。

「よっちゃん、私は貴方を優柔不断に育てた覚えは無いわよ?」

「俺も優柔不断に育てられた覚えは無いよ。でも、来るのは多分確定なんだ」

 セシリアは俺と姉さんの様子を見守っている。

「だったら、よっちゃんの部屋でよっちゃんがセシリアさんと一緒に寝なさい。私はもう一人の子と一緒に寝ます」

「お許しを頂けるのですかぁあああああっ!?」

 おいおいおいおい、ちょっと待てよ!?

 横では、セシリアが今日一番の歓喜ともとれる雄叫びを上げていた。

「ストップだ、なんでそうなるんだよ!?」

「私が礼儀正しいセシリアちゃんを気に入りました。それ以外の理由は必要ないでしょ?」

 なに言い出してんだよ、この姉は!?

 再びセシリアの方を見れば、いきなりお墨付きを貰った感激のあまり、今にも天に昇りだしそうな顔になり出している。姉さんが立ち上がると、話は終わりとばかりに行動を開始した。

「さて、それじゃあ残りの掃除をしてしまいましょう。私が大分終わらしたから、セシリアちゃんはここでゆっくりテレビでも点けて見ててね?」

「ありがとうございます。私、是非とも今日泊まらせて頂けるお部屋を拝見したいのですが、宜しいでしょうか?」

 本人が待ちきれないとばかりにその場から立ち上がりだす。

「本当に俺の部屋で寝るきかよ……?」

「せっかく、お姉様から許可がおりましたのですから」

 観念した俺はしょうがなく、セシリアを連れて二階へと向かう。両肩を落とす俺に対し、もう一人は満面の笑みを浮かべていた。

「あら、このお部屋はなんですの?」

 階段を上がりきると、一番手前の部屋で半開きになった扉の先をセシリアが興味深そうに見ていた。

「入ってみる?」

 言って木製の本棚だけで構成された部屋へと足を踏み入れる。そこにはファイリングされた資料が山のように並べられていた。

「喜久さん、このファイルの量ってお姉さまのお仕事に関係があるのですか?」

「そうだよ。姉さんはジャーナリストの仕事してるから。だから、この部屋にあるのは全部姉さんが使う資料だ。なんか姉さんの父親が新聞記者をやってたらしくて、その影響を受けて今の仕事を選んだって本人は言ってたよ」

 俺も最初に見たときは驚きしかなかったけどな。

 余りの馬鹿げた資料の多さにセシリアがびっくりしている。

「もうここは掃除したみたいだな。姉さんの部屋もこの分だと終わってんだろ」

 そう言って俺は一番奥の部屋へと進む。扉を開けると、IS学園に行く寸前の状態のままで整理整頓されていた。カレンダーが今年の三月で止まっていて、当時の慌てていた様子が残ったまんまだ。

「これが喜久さんのお部屋ですの?」

 続くように入ってきたセシリアが嬉しそうにしていた。

「IS学園の寮じゃないからな。あんな一部屋が大きくて綺麗だから感覚が麻痺してるけど、やっぱり俺はこっちの方が気が抜けるわ」

 六畳間が狭く感じたが、逆にそれがしっくりと感じる。我が家と呼べる場所は俺の中ではここがそうらしい。感慨に耽っていると、セシリアが俺の横を一目散に通り抜けてある場所へと向かう。

「捨てます」

「え?」

 いきなり彼女が俺の気に入っていた灰皿とジッポー、買っておいた煙草のカートンを鷲づかみにした。

「あ、おい!?」

「これはゴミです。今日はお掃除に来たのですから、いらないものは処分しなければなりません」

「ふざけんなっ!! カートンの箱はまだしも、灰皿とジッポーは吸うもんじゃないだろ!?」

「こんなものがあるから吸いたくなるのです。即刻、今すぐ、完全に焼却処分致します」

 だからここには入れたくなかったし、もともと連れてきたくなかったんだよっ!!

 俺とセシリアの問答が始まる。

「それに、喜久さんは如何わしい本を持っている可能性があります」

「お前の目的が、明らかに掃除からガサいれに変わってるよ!?」

「まずは、ベッドの下から探させてもらいます」

「なんでだよっ!!」

 コンコンと何かが窓のガラスを叩く音がした。

 自分の位置からだと窓ガラスが見えず、セシリアがびっくりした声をあげだす。

「シャルロットさんっ!!」

「はぁ!?」

 後ろを振り返ってみれば、そこにはISを無断で展開してにこっりと微笑むシャルロットがいた。

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