[ NumberingTitle_同類ノ匂イ_異常ナ告白_覚悟ノ夜 ]
五巻分
― 1 ―
「たぁく、相性が最悪じゃねえかよ!?」
『はああぁああっ!!」
ペタルが展開した先から次々に切り裂かれていく。一夏が零落白夜を纏いながら雪片弐型を振り回してくる攻撃は、俺にとって鬼門のような存在だった。
ペタルを五枚重ねで出現させようが、あっという間に一刀両断にされてしまう。
「まあ、それでも単なる直線馬鹿じゃな。ティアーニ、水平に一枚ペタルだ」
【よしひさ わかった】
「ぐあ!? くそっ!」
時折変則的にペタルを水平に展開しておくと、それを斬り損ねた白式がぶち当たってダメージを食らい続けていく。使用している白式という馬は最高なのに、一夏という乗り手はへぼい始末。それが、なんともちぐはぐな関係の搭乗者と搭乗機に見えてしまう。
「逃げ回ってないで勝負しろ、喜久っ!!」
「戦略って言ってくれよ……」
一夏が雪羅で荷電粒子砲を撃ち放ってくるが、今度は出現させたペタルに悠々と防がれていく。九月の実践訓練が始まると、俺と一夏の試合はさっきからずっとこの繰り返しで単調な試合の流れが続いていた。
「しょうがないな、面倒臭いし終わりにすっか。ティアーニ、四枚のペタルを背中に一枚は前だ。最後の一枚はいつものように腕で回転させてくれ」
【よしひさ ちゅうもんが おおい】
瞬時加速《イグニッション・ブースト》で一気に加速すると、呼応したように四枚のペタルが翼のように勢い良く一回羽ばたきだす。一夏が俺の行動に慌て、無理やり合わせようと雪片弐型で真横からフルスイングしてくる。
「一夏、お前は相手の武器を観察しながら、もっと考えて動くべきだな……」
「なぁ!?」
予め前面に張っておいたぺタルを尾のように動かし、向かっている方向と逆側に一瞬だけ瞬時加速《イグニッション・ブースト》をかける。すると、本人の攻撃が綺麗に空振りした。
「はい、終わりっと」
鋭角に丸められたペタルの回転ドリルのような攻撃が、一夏の顔面に突き刺さった。
◇
授業が終了すると、毎度の如く学食で会話が始まる。そんな中、一夏がとても不満そうにして俺に聞いてきた。
「喜久、お前はなんで接近戦だと、いつも相手の顔面ばかり狙うんだよ?」
「目潰しに恐怖感の植え付け、相手の余裕なんかも無くせるしな。ストレスが蓄積されて動きも単調になるからメリットが多いし」
「だからといって、私達にまでするのは酷くありませんか……?」
「女子にも同じことするんだもん。僕は喜久が鬼に見えるよ」
セシリアとシャルロットから非難の声が上がりだす。俺は試合の度に組まれた対戦相手へ、ことごとく顔面ドリルパンチを行っている。ボーデヴィッヒには、説明したメリットが通じないためにやっていない。そしてこの攻撃のせいで、いつの間にかクラス中の連中から顔面クラッシャーなんてあだ名を付けられていた。
一夏が悩みながら溜息を吐く。
「はぁ、それにしても目下の課題は燃費だよ。白式は進化したはずなのに余計にエネルギーを食うようになっちまった」
「だ、だったら、私と組めばいいだろうっ! それで問題は解決だっ!」
どもりまくりながら篠ノ乃が一夏にペアについての提案をする。俺は紅椿を思い浮かべ、それは確かにありかもと納得した。
だいたい、あれは単品の状態で強すぎるからな。第四世代機は存在自体がオーバースペックだし。
「お前は私の嫁だろう。故に、私と組むのが一番相性が良いに決まっている」
ボーデヴィッヒが目を光らせながら、一夏に組めとせがみ始める。
「なーに、言ってんの。残念でした、一夏は私と組むのよっ! 近中距離が得意な甲龍が一番相性が良いに決まってんじゃない」
ついにはやいのやいのと、三人で誰が一夏と組むのかを言い合い始めた。
なんともけたたましい会話だ、食事くらいゆっくりしろよと突っ込みたくなる。しかし、怒れる三人組の火中に飛び込む気もないので、そのまま黙々と自分の料理を食いつづけていく。
「喜久さんは、もちろん私と組みますわよね? ブルーティアーズであれば、遠距離からのサポートが可能でしてよ?」
「喜久は僕との方が良いよね? 全距離が得意なラファールの方がサポートには向いてるし」
二人とも、なんでそんなとこで張り合うんだよ……。
横の三人に触発されたらしいセシリアとシャルロットが、机に乗り出して俺に質問してくる。余りにも面倒臭い問題に、思わず気持ちが滅入った。
「俺の場合は――まあ、俺より強い奴と組むのが理想的だな」
「くっ!」
「喜久、その答えはずるいよ……」
しばらくはこれを言い訳にして逃げれそうだな。
現在成績を知っている二人が不満を漏らしだす。現在の成績は俺、ボーデヴィッヒ、シャルロットと順に降下していく。正直な話だが、俺は試合を適当にやっていたいのが本音だ。だが、織斑姉に怒られたのと半縄技研の面子のため、しょうがなく頑張って真面目に取り組んでいた。
「喜久の出すペタルの範囲が三キロまで可能だなんて反則だよ」
「エネルギー消費が少なすぎることも、酷すぎるとしか言えませんわね」
「隣の芝はいつだって青いんだよ。俺なんか、あれ以外に装備がないんだぞ。こっちからすれば、豊富な武装の種類の方が羨ましいよ」
おまけに気難しいAIもついてるしな。あれがなけりゃ、もう少しやりやすいんだけど。
「ちょっと良いですか?」
「ん、どちらさん?」
顔の上げて声のした方を向く。そこには金髪碧眼の眼鏡をかけた背の高いモデルのような女子が立っていた。
第一印象から来る雰囲気は、とてもおとなしいといった感じを受ける。
「織斑先生から貴方を呼んできて欲しいと言伝を頼まれました。一緒に来ていただけませんか?」
「織斑先生が? たく、食べ途中なのに……。ちょっと行ってくる、悪いなまた午後の授業で」
手をぶらつかせながら立ち上がる。食べかけたままの食事が入った食器を片しきると、呼びに来た女子の後に続いて歩き始めた。
「なあ、ジュース買っていきたんだけど。ちょっと自販機に寄っていい?」
「はい、大丈夫ですよ。授業までの時間には、まだ余裕がありますから」
備え付けの自販機にまで来ると、小銭を財布から取り出す。
「なあ」
「はい?」
「伝言を伝えに来てくれた驕りだ、お前も飲めよ」
そう言って、小銭を一枚適当に放る。五〇〇円玉が放物線を描きながら、女子の顔を横切って落下した。
……やっぱりな、だろうと思ったよ。あることを試してみたが、どうやら当たりだったらしい。
「ちゃんと取ってくれない?」
「いきなりではちょっと、ごめんなさい」
落ちたお金を拾って自販機に投入していく。平静を装い続けるために、苛立ちと焦りが募る気持ちを強引に押し殺した。
「悪かったな。好きなの選んで押してくれよ?」
「ありがとうございます」
女子は笑顔で返答してくると、飲み物を選ぶために自販機のスイッチを押す。二人して飲み物を買うと、改めて職員室へと向かうために歩き出した。
「ねぇ、あんたの名前ってなんていうの?」
「ミア=コリンズです」
「へぇ、可愛い名前だな」
「ありがとうございます。私もこの名前が、すごく気に入ってるんです」
誉められたことに嬉しく感じたのだろうか、ミアが満面の笑みを作る。
「ねえ、今日の放課後って空いてない? 俺さ、ちょっと勉強で難しいところがあって困ってるんだよね」
「え、それはちょっと……」
「この通り、お願いしますっ!」
その場で土下座をし始める。周りを歩いていた女子たちが一斉に足を止めて、俺とミアのやりとりに注目しだした。
周囲から様々な視線を浴び、驚いたミアがうろたえて大声をあげだす。
「困ります、辞めて下さいっ!?」
「オーケーしてくれるまでは辞めない」
土下座をし続ければするほど、視線の数がうなぎ上りに増え続けていく。
「わ、解りました、約束しますから!? 早く立ち上がってくださいっ!」
「あんがとさん、と」
「はぁ。なんで私がこんな目に……」
立ち上がって付着した埃を払い落としながら、再び無言のミアに続いて歩き出す。当人は恥ずかしかったらしく、ずっと下を向いている。そうして歩くうち、目的だったらしい職員室へと辿り着いた。
「私はこれで失礼します」
「じゃ、放課後にまた。ミアってクラス何組?」
「三組です」
「終わったら迎えに行くから。そんときは宜しくな?」
「はぁ、貴方は強引なんですね……。わかりました」
「まあ、たまにだけどな」
特に悪びれず、そのまま職員室へ入っていく。遠巻きに当人を見てみれば、陶器のカップに口をつけながら書類と睨めっこの最中だった。
昼休みも仕事だなんて、なんとも病みそうな職業だ。
「織斑先生、呼ばれたんできましたよ」
「ああ、来たか。半縄にデータを送っているんだが、お前のことで聞きたいことがあるらしい」
織斑姉に気になっていたことを聞く。
「先生、ちょっと聞きたいことが」
「なんだ?」
「先生が伝言頼んだのって誰です?」
「うちのクラスの奴だが?ちゃんと届いたから、お前が私の前にいるのだろう」
何を言っているのだと、織斑姉は不思議そうに聞いてきた。
そして俺は確信する。クラスの奴が頼まれたのなら、三組の人間である筈のミアが来ることはないはずだ。あいつ、クラスの誰かから伝言を更に請け負って俺の前に現れたのか。
さっきの自販機の前でのこともあるし、通りで俺と同じような匂いがするわけだ。頭の中を切換えて織斑姉に対応していると、昼休みの時間が終わりを告げた。
― 2 ―
放課後になり、約束通り三組に出向いてミアと会う。現在は二人、勉強のために図書館へ向かって歩いていた。
「定時までには、寮に戻らせて頂きますから。それだけは守って下さいね?」
「ああ、わかってるよ。そんなに問題の数は少ないから、どうせ直ぐ済むだろ」
「そうなることを願います」
廊下を歩いているところで視線を斜め上に向け続けていく。クラスのネームプレートが空き続きの場所まで辿り着くと、そのまま強引にミアを適当な空き教室へ引きずり込む。
「え、ちょっと!? 一体、なにをするんですかっ!!」
わざわざ、放課後で人気の無い場所を選んだんだからな。いい加減化けの皮を剥いでやる。
ミアは俺の意図を全く理解できず、何事かと慌てて取り乱す。掴んでいた腕を払われ、こっちを見ながら萎縮して後ずさっていく。
お構いなしに一睨みし、俺は目の前の阿呆に苛立ちながら言葉を投げかける。
「お前こそ、どういうつもりだよ?」
「どういうって、なんなんですかっ! ――まさか、あなた……そのつもりで……」
何がそのつもりだよ。もう、演技は沢山なんだよ大根役者が。
「なあ、お前その眼鏡は伊達だろ?」
「ど、どうしてそう思うのです?」
軽く腕を伸ばして背伸びをしながらミアの方を見る。
「昼間に俺が小銭をお前に向かって放っただろ? その時にお前さ、視線が眼鏡のレンズ外まで正確に追いかけてたんだよ。それって、裸眼の視力と動体視力が良い証拠だよな?」
ミアは指摘を受けると慌てるのを辞めだす。弱々しい態度がなりを潜めだし、かけていた自分の眼鏡を静かに外した。
途端、今までの口調ががらりと変わる。
「ふーん、思ってたよりは頭が回るんだ。チビの癖に中々上等なようね? 始めましてサーフォちゃん、私が上《アメリカ軍》から生意気なガキのお守《監視》りを任されたミア=コリンズよ。どうぞ宜しく。試しに接触して様子見かなと思ったんだけど、強引にこれだけやられちゃあねぇ?」
「――そっちが本当の顔か。やっぱりな、クソ大佐の回し者かよ。俺のことをチビとか言ってるけどな、てめえの背がでか過ぎなんだよ、ウドの大木が。警告だ、これ以上俺に付きまとうようなら、お前が女でも半殺しにするぞ?」
「あらそう」
ミアが軽くワンステップだけ踏んで、地面から足を離しだす。瞬間、奴の片足がぶれて見えなくなった。
「がぁ!?」
視界が横に流れ、肩と顔の両側面に激痛が走る。気づけば壁に激突していた自分がいた。
「横顔へ綺麗に入ったわね、私って足癖が悪いのよ。ごめんなさいな」
「ぐっ!」
クソが、動きが殆ど見えねぇ!?
奴が台詞をいった次の瞬間、今度は腹へ激痛が走る。後ろに蹴り飛ばされ、後頭部を咄嗟に両腕で庇う。背中が地面に打ち付けると、軽く呼吸が苦しくなった。
「私もねぇ、サーフォちゃんと同じように、体がちょっぴり他の人とは違うのよ。だから普通とちょっと違うわけ。お分かりかしら、おチビちゃん?」
「くたばれやクソ女」
ISTSを一瞬だけ行使し、人体能力を底上げする。迷わず奴の顔面に拳を入れた。
「女性の顔を殴ろうとするなんて、最っ低ねぇーっ♪ まあ、私はぎりぎり大丈夫だけど。おしかったわねー、おチビちゃん。点数で言えば、まーっあ六〇点ってとこかしら?」
渾身の打撃はミアの手によって防がれ、握った拳が奴の手で上から覆われている。奴は嬉しそうに握力を強めだし、俺の拳を握り潰しだす。
上等だよ、だったら全力で行ってやる。
「本番はこっからだろうがよ、クソ女?」
ISを部分展開し、拳の握られてない残った腕を装甲で覆う。そのまま展開した腕でミアの腹部に一撃を入れた。
「あらぁ、恐いわ。クスクス」
確かに一撃を入れたはずだったが、ミアは人間の身体能力では説明できないような瞬発的な速さで俺の攻撃を避けきっていた。
奴の見下したような笑みに殺意がわく。
「てめぇ、まさか人間辞めてるんじゃないだろうな?」
「そんなこという子は、あんまり好きじゃあないわね。私はぁ、可愛いサーフォちゃんのほうが好きよぉ?」
ペタルを一枚だけ目の前に張りながらミアを睨む。
「俺の攻撃を避けるってことは、てめえは専用機を持ってないらしいな?」
「ええ、そうよ。でも、だからそれがどうしたのって感じかしら」
「保健の先生には伝えといてやるよ、てめぇの顔面が再起不能ですってな」
フッと、何かの音がして目に光が焼きつく。途端に目の前が真っ白になり、周囲が認識不能になった。
閃光手榴弾!?
「クソッタレがっ!」
ペタル生成の要である背部ジェネレーターが展開されていない場合、あるペナルティが発生する。それは、ペタルが一枚しか展開できないことだ。
しょうがなく、ISTSを発動させて視力を無理やりに急回復させていく。瞬間、視界の高さがガクンと床まで落ちだした。
「ぐあっ!?」
気づけばミアが俺の腕をとって関節技を極めていた。
前にボーデヴィッヒに同じようなのをくらったことがあるが、それより数倍がっちりと固められている。
「……てめぇ」
「完全に展開してなければ、私にとってはISなんて別に恐くもなんともないのよ。頭の良いサーフォちゃんには、おわかりかしら? それに、そろそろご自慢のISTSから来る反動がきついんじゃない?」
事実だった。
既にISTSの反動のせいで体がきつくなり始めている。
だが、それがどうした? 無断の展開とかそんなのも関係ねぇ、このさい寿命が縮まろうが知ったことかっ!!
「死ね」
ISを全て瞬時展開しきってISTSを発動させる。そして、その場から離れようとするスローで動く奴の首を片手で一気に絞め上げていく。
「簡単に形勢逆転したみたいだ。逃げ切るんだったら、もっと早く動くんだったな? 生身でISに挑んできたことだけは評価してやるよ。死体はクソ大佐に送りつけてやるから、安心しろや」
「ぐうっ!?」
所詮身体にいくら能力が加わろうが、ISと生身じゃ全然違う。アメリカ軍にここが完全にばれたんだ。現にこうやって襲われたしな。もうここは安全じゃない、ならやることは決まってる。
学園の在籍排除と引き換えだ、くたばれクソ軍隊の奴隷女がっ!
【よしひさが ひとを ころすの わたしは ようにん できない】
「うるせぇぞティアーニ。お前はひっこんでろ、今更綺麗事はいらねぇんだよ」
ISの手に更に力を込める操作をする。機械の制御音と共に、命の灯火が消えかかるのを感じたミアがジタバタと暴れだす。
「かあ、がぐう、ぁあああっ!?」
【わたしは よしひさを ささえない】
「なに!? おい、ティアーニッ!!」
後一歩のところでISが粒子化して消える。ミアが落下し咳き込みながらその場で蹲《うずくま》った。
「ごほっ! かはっ! ……うぅ…………」
「今なら、弱ってるお前に止めを刺すのが楽そうだな? 舐めすぎたツケは、きっちり払ってもらうぞ。お前は俺にとって、現時点で最大の障害だ。死んで後悔しろや」
ティアーニが命令をきかないのは問題だが、目の前の方が優先課題だ。今でこれじゃ、今後こんな障害は俺の短い人生の中で山ほど出てくだろう。
もともと両手はとうの昔に真っ赤だしな。潮時には丁度良い、俺の善人気取りもここで終わりだ。
「……気に入ったわ」
「がっ!?」
こいつ、あれだけ首を絞められたのに、まだ動けんのかよ!?
ミアの拳によって顎を打ち抜かれ、その場で後ろに仰け反ってしまう。
「おまけよ?」
「うごあっ!!」
そのまま顔面を素手で掴まれると、一瞬で床へと張り倒された。
余りの衝撃に視界が波打つ。頭の強打によって意識が朦朧とし、ミアが俺の上に馬乗りをしたことだけが理解できた。
掴まれ続けている顔面に、万力のような締め付けがゆっくりと開始されていく。吐き気と気持ち悪さが体中を駆け巡る。
「なんでそっちが、急に展開を解いたのかは理解出来ないけれど」
クソが、なんて握力してんだよ!?
ミシミシと鈍い音が鳴り続ける。
「よく聞いてね。私は上から監視を頼まれたけど、そんなの適当にこなすつもりだったのよ。だけど気が変わったわ。あなた、私のお眼鏡に適ったわよ。光栄に思いなさいな?」
なんだこいつ!?
いきなり俺の口が塞がれ、塞いできたのは奴の口だった。
少しして、再び自分の口が開放されていく。ヌチャリと、気色悪い音が耳に入ってくる。
「これは友好の印よ。IS学園からいなくなられても面白くないし、あなたの事を上には適当に報告しておくから。私はね、本気で私を殺そうとした貴方の目が気に入ったの。これから宜しくね、サーフォちゃん?」
もう一度頬にキスをされ、頭を万力のように締め付けていたミアの手が離れる。体に力が入らず、その場から指の一本も動かすことが出来なかった。
「それじゃ、また今度ゆっくり会ってお話しましょう」
「……ふざけん、じゃねぇよ」
気力を振り絞り、何とか中指だけを立てるようにする。最早、苛立ちは口と指だけで伝えるのが限界の状態だ。
「貴方のそういうところが大好きよ。バーイ」
狂ったような言葉を残して、ミアは俺の前から去っていった。
― 3 ―
ガッ!
「おい喜久、お前なにやってんだ!?」
一夏が、いきなり俺がした行動にびっくりしていた。
「あん? 八つ当たりだよ、それがどうかしたか?」
自室に戻ると、即座にISの待機状態になっているアクセサリーを思い切り壁めがけて投げつける。
アナログ時計の微かな秒針の音が聞こえてきた。
「ち、やっぱこれくらいじゃ壊れないか……」
カッ!
更にそれを蹴飛ばして壁に当てだす。しかし、チクタクと小刻みに鳴る音が止まない。
後もう少しのところで、よくもやってくれたな、このクソAIがっ!?
「どうしたんだっ!? 落ち着けよっ!」
時計を踏み潰そうとしたところで、一夏が俺を後ろから羽交い絞めにしてきた。
「お前らしくないぞっ!? 喜久がISを嫌いなのは知ってるけど、今お前のやってることは明らかにおかしいからなっ!」
「ああ、そうだな。もう落ち着いたから、放してくんない?」
「本当に放して平気なんだな?」
「しつこいぞ一夏」
ギッ!!
一夏の腕が離れて開放された瞬間、時計を全力で踏み潰す。それでも秒針の音が止まらない。
くそ、あの筋肉女と一緒で、思ったより頑丈じゃねぇか。
「おい!?」
「もう気が済んだよ。おかしな行動して悪かったな」
「そう思うなら、最初からこんなことすんなよ……」
そのまま自分の使っている机に向かう。席に着くと気が抜けたのか、耐えていた痛みが少しずつ体を蝕み始めた。
「喜久、部屋の照明が暗めだったからよくわからなかったけど。お前、よく見たら顔に怪我してないか? お前が取ったおかしな行動は、そのせいなのか?」
「まあな。別に、お前が気にするようなことじゃないよ。それより一夏、良いもの拾ったんだ。これ、なんだと思う?」
そう言って、自分のポケットから取り出した物を一夏の目の前にぶら下げてやる。すると、本人は不思議そうな顔をしだした。
「……携帯電話か?」
「ああ、それも一般の携帯電話に偽装してる軍事規格の端末だろうな。少しいじってみたらパスワード入力画面が出てきたけど、打ち込む数の要求が明らかにおかしいんだよ」
画面を点けて一夏に見せる。
「これって……、入力する数字が二十桁以上あるのか? 何だ、この出鱈目な数の量は……」
「面白いだろ? ちょっと放課後にキングコングとじゃれあって、そのまま掠めてやったんだよ」
放課後にミアと殴りあった際に、奴のポケットから携帯電話を掏っていた。
無くしたことに気づいてれば、奴は今ごろ大騒ぎしてる頃だろう。
タダでやられてらんねぇからな、今度は俺がお前の秘密を握ってやるよ。
「さてと、楽しい謎解きだの時間だ。一気に解読してやるか」
「喜久、ちょっと話させろ」
両手で重ね合った指を鳴らし、パソコンのスイッチを入れていく。一夏がこちらを真剣な顔で見てきた。
「これから良いとこなんだけどな。少しならどうぞ?」
「前に言ったよな、俺たちを頼れって。今が、その時なんじゃないのか?」
悪いな一夏。これは俺だけの問題で、お前を巻き込みたくないんだ。俺はさ、お前の様にはなれないんだよ。ニコルと会った日のシャルロット一人でさえ、俺には守れる自信なんて無かったんだからな。
「そうだな。じゃあ一夏、質問させてくれ。お前は一国の軍隊を相手にどう戦うんだ? 白式で破壊しに行くのか?」
「それは……、そんなこと出来ないし、出来るわけないだろ」
「条約もあるしな、普通はそうだろうさ。因みに俺の相手はそういう連中なんだよ。お前には俺の過去をあんまり喋ってなかったもんな。まあ、気が向いたら少しだけ話す機会もあるだろ。時間だろ? シャワー浴びて来いよ、俺はやることあるしな」
一夏は少し考えるような仕草をする。そして、また俺の方を見据えてきた。
「それでも、俺にだってお前のために出来ることがある筈だ。だから、お前は安心して俺を頼ってくれ」
「はぁ……。わかったよ、じゃあこの携帯の中身をこじ開けてくれない?」
話した途端に一夏が顔が動かなくなる。しかし、必死に考え込んでいる様子が窺えた。
いじわるな質問をしたかなと、俺は内心で少し笑ってしまう。
「一夏に頼めそうなことがあったら、その時はちゃんと頼むからさ。まあ、そういうことで」
「ごめんな喜久、俺にはちょっとそれを開くのは無理そうだ。でも、他にできることがあれば必ずやるから」
一夏はそう言ってシャワーを浴びるために歩き出す。様子を確認しきると、端末の合うコネクターを探し始めた。
◇
一夏が部屋の外に出てから黙々とキー解除をしていたが、俺はついに根を上げた。
「駄っ目だっ! くっそ、わっかんねぇよ……。だいたい、表面しか解けないとかプロテクトが固すぎだろ」
一つ目のパスワードを解いてデータを覗き込もうとすると、シークレット部分が出てきて更に厳重なロックが確認できる。それからどうにもこうにも幾らやっても、解読の糸口が見つからずに首を捻りつづけていた。
あれから二時間経つが、俺の力じゃこれ以上の解析は無理らしい。観念して、もう他の人間に頼るしかなさそうだ。
「もちは餅屋か……、借りを作るのは好きじゃないんだけどな」
頭の中で、一人だけ解析可能な人間を思い浮かべて苦笑してしまう。まさか、あいつに頼みごとが出来るとは考えてなかった。
ミアの言葉を思い出す。まだ少しの間だけ、ここでの安全は確保されているのかもしれない。
しかし、見えない残り時間に唾を飲んで焦りだけが募ってしまう。
不意に、ノック音が室内に響きだす。
「喜久さん、お食事をしに行きませんか?」
「喜久、迎えに来たよ?」
ち、タイミングが悪いな。
室外から、セシリアとシャルロットの声が聞こえてきた。
自分の右手首を見て見れば、時計がないことに気が付いて床を適当に眺めていく。
攻撃したアナログの時計が傷一つ付かず、ゆっくりと秒針を刻みつづけている。クソ大佐のこともあるが、こっちの問題も大きそうだ。しょうがなく立ち上がって、ISの待機状態になっているアナログ時計のアクセサリーを自分の右手首にはめ直した。
ドアを開けると、何故か二人が驚いた顔をしている。俺は気にせずに話し掛けだす。
「もう食事の時間だっけ、迎えに来てくれてあんがとな。それじゃ、食堂にでも行きますかね?」
「喜久さん、なにがあったのです?」
「ちょっと待って、なんで喜久の横顔が腫れてるの?」
指摘された部分を指で確かめていく。すると、擦った分だけジクジクとした痛みが発生しだした。
くそ、思ったより腫れだしてるな……。これは、上手くごまかすのが難しそうだ。
「ちょっと今日さ、勉強を教えてもらってた奴をからかったら殴られたんだよ。こんなの二、三日すれば治るだろうから、別に気にする必要ないだろ」
「それって、今日昼間に喜久を呼びに来た子?」
「そういうこと」
くそ、相変わらず嫌になるくらい勘のいい奴だよなっ!?
言った瞬間、シャルロットが俺とセシリアの腕を片方ずつ掴みだす。彼女はそのまま、俺の部屋に引っ張り込んだ。
「喜久、上を脱げるよね? 今すぐ僕に見せて?」
「おいおい、ちょっと待てよ。要求することがおかしくないか?」
「シャルロットさん、一体どうされたのです!?」
セシリアが戸惑いの声を上げだす。すると、シャルロットがいきなり俺の腹筋辺りを平手で軽く叩いた。
「ぐっ!?」
平静な顔が保てなくなり、思わず苦悶の声を上げてしまう。
「喜久、今ので解ったからもう脱がなくて良いよ」
「なんで、解ったんだよ?」
シャルロットは真剣な表情を作りながら笑う。
「多少付き合いがあれば、人の癖くらいわかってくるもんだよ。喜久はね、焦ると早口になりやすいんだ」
誤魔化すのが下手糞な自分を呪った。
「……そんな癖があったのかよ。早いこと直さないとな」
「僕は喜久と話をするから。セシリア、先に食べに行っても良いよ?」
シャルロットに言われてセシリアも事に気づいたらしい。本人の戸惑った表情は、もうそこには存在しなかった。
「私も残ります。喜久さん、お話をしてくれますね?」
凛とした声が室内に響き、静かに言われて俺は考え込む。シャルロットは俺のことを細かく把握しているが、まだセシリアは核心の部分までは知らない。
「喜久、話してくれるよね? 臨海学校の時みたいに突き放されるのは、僕はもうごめんだよ」
「私も同じですわ。話して下さるまでは、この部屋を去るつもりはありません」
「無理だ、これは俺の問題なんだ。もう俺のせいで死人が出る可能性が出てくる事態は金輪際ごめんなんだよ」
観念して、しょうがなく本音を漏らす。
「喜久?」
言われると同時に、シャルロットが俺の頬を平手打ちした。
セシリアも真っ直ぐに、こっちを見据えてくる。二人がにっこりと笑う。
「駄々っ子はもう辞めるべきだよ。僕とセシリアは、喜久の中ではそんなに信用できないのかな?」
「話してくださいますね?」
――俺は、きっと一生かかっても、二人には勝てそうにない気がする。
「……わかった、降参だ」
今度こそ、本当の意味で観念した。
◇
一夏のベッドを借りて二人が一夏側、俺が自分のベッドに座る。そして、今日あった出来事を二人に話した。
話し終わった瞬間、セシリアの表情が鬼のようになりだす。俺の頭に拳骨を落とそうとして、シャルロットに止められた。
彼女は無言で自分の顔を左右に振る。
「セシリア、喜久は顔を怪我してるから駄目だよ」
おい、お前俺の頬を思い切り叩かなかったか……?
「大丈夫なのは足だから」
ガツ! ガツ!
「痛っえぇえええっ!! ふざけんな、何が足だからだよっ!?」
二人によって、両足の脛を思い切り蹴り上げられた。
余りの痛みに目尻から涙が出だし、泣きそうな思いで両手を脛に当てる。
「ふざけてるのは喜久だよね? もう少しで喜久が一番望まないことを、また昔みたいにするところだったんだよ。わかってるの?」
「明らかに喜久さんは、他の方のことを考えておられませんわね。喜久さんが勝手に学園から去ることは、この私が許しません」
なんでこんなに息が合ってんの、この人たち……。
シャルロットが溜息を吐きながら肩を竦めだす。
「もっと、早く相談してくれれば良かったのに。喜久ったら、相変わらず一人で何でもやろうとするから」
「そうですわね。もしかしなくてもですが、一夏さんも同じようなことを仰られたのでは?」
「ああ、言われたよ。突っぱねたけど」
俺の言動に、二人ともやれやれといった様子だ。
「これだから喜久は子供なんだよ」
「もう少し、精神年齢が何とかならないものでしょうか」
ぐっ……、悔しいけど今回は何も言えない。
しょうがなく、咳払いを一つして顔を真面目にする。
「だけど、ミア=コリンズは俺と同類の人間なんだよ。あの女は、どうみても争うことに快楽を感じてるタイプだ。あいつは危険すぎる、セシリアやシャルロットじゃ、ISを展開する前に間違いなくやられるぞ」
「そんなの、やってみなければわからないよ?」
「喜久さんとミア=コリンズは、なにも似ておられませんわ。喜久さんは、もっとご自分に自信を持つべきです」
痛む頬を忘れ、思わず指で掻いてしまう。
「自信ねぇ。まあ、普段は突っ張って隠してるつもりだけどな」
「外側を繕っただけのメッキは、直ぐに剥がれるよ。それは本当の強さじゃないからね」
「そういうことですわ。それで、この後はどうなさるおつもりなのですか?」
セシリアに聞かれて俺は自分の机を指差した。
「あいつから個人情報とかが詰まった携帯をもらったからな。俺じゃ抉じ開けられないけど、他の奴に頼んで開けてもらう。そしたら、――逆襲開始だ」
「うわ……、喜久があくどい顔になった」
「これは悪戯が好きな人間の顔ですわね……」
二人が呆れた顔で見てくるが、構わず笑ってみせる。
「なんとでも言えよ? 純粋に力で勝てないなら、俺は頭を使ってあいつを捻じ伏せてやる」
机に転がっている逆襲の糸口を見る。残り時間は少ないだろうことが予想できたが、なんとか学園祭が終わるまでにはカタをつけてやろうと覚悟を決めた。