ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_迷惑ナ名指シ_生活ノ変化 ]

 

 ― 4 ―

 

 

 滅茶苦茶に眠ぃ……、早く終わってくれよ……。

 逆襲をするための準備に入った翌日。慣れない朝の全校集会で舟を漕ぎ続ける。頭もカックンカックンと、振り子のように揺れていた。

「ちょっと市隈君。寝ちゃ、まずいって」

「……ん? ああ、ごめん。ありがと」

 横の女子に揺り起こされて、感謝しながら半眼を保つ。入学から何ヶ月かが経ち、俺の評判も徐々に変わり始め、少しずつだが会話できるクラスメートが増え始めていた。

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 誰かのアナウンスの後で、壇上に女子の一人が登壇する。説明からして、多分この学園の生徒会長なのだろう。

「やあみんな。おはよう」

 挨拶して一拍の間が置かれる。相手の視線の先を追っていくと、どうも一夏を見ているらしい。見られた本人も動揺した顔をしていた。

 そして、今度はこっちの方を見てくる。視線が合った気がしたが、俺は特に気にせずだらしない格好のままで話の続きを待つ。

「さてさて、今年は色々と立てこんでいて、ちゃんとした挨拶がまだだったわね。私の名前は更識 楯無、君たち生徒の長よ。以後、宜しく」

 本人がにこりと笑うと、周囲にいた人間が羨望の眼差しを向けだす。どうも、この生徒会長は男女問わずにもてるタイプの人間らしい。

「では、今月の一大イベントである学園祭だけど、今回に限ってだけの特別ルールを導入するわ。その内容というのは―――」

 言いながら実家の近くに住んでいる、おばちゃんがやるような仕草で扇子を取り出した。

 扇子をスライドさせると、空間投影型のディスプレイに文字が浮かび上がる。

「名づけて、『各部対抗、織斑 一夏争奪戦』!」

 扇子が勢いよく開かれてパンッと、音が鳴る。そして、画面には一夏の顔がこれでもかという大きさで浮かび上がった。

『え……、ええええぇぇえええええええええええええええええええええ~~~~~!!』

 瞬間、会場が一斉にどよめき出す。さすが一夏だけあって、騒ぎの大きさから人気の度合いが窺い知れた。

 心の中で合掌し、ご愁傷様と念を送ってやる。

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催しをしながら、それに対しての投票を行ってるわ。そして、上位の部には部費を特別助成する仕組みでした。ですが、今回はそれではつまらないと思い――

 奴は行儀の悪い見本のようにして、一夏を扇子で指しだす。

「織斑 一夏を一位の部活動に強制入部させましょうっ!」

『うおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!』

 もはや、女子の声ではない野生の獣が放つ、歓喜の雄叫びがホール中に響き渡る。犠牲者のほうを見れば、まさに茫然自失のように立ち尽くしていた。

「というか、俺の了承とか無いぞ……」

 哀れだ。

 この学園には織斑姉のように、たまに人権を無視する人間がいるように感じる。しかも生徒会長がその類で権限を使ってくるところが、また性質が悪すぎだ。騒ぎが続いていたが、更識が言った「静粛に」の一声で会場は沈静化していく。

「次に、この学園にはもう一人男子がいるわ」

 は?

 余りに突飛な発言に対し、俺の反応が出遅れた。

「一位には織斑 一夏であるように、二位の部には市隈 喜久を強制入部させたいと思いますっ!」

「待てや、おいコラッ! ふざけんじゃねぇ!!」

 思わず反射的に叫んでしまう。荒い発言にもともとの悪評が広まっていたこともあって、ホール内の女子生徒全員が痛い人間を見るかのような目をしていた。

 やってしまったと思っても後の祭りだが、こっちは形振り構ってられない状況が今も現在進行形で進んでいる。ミアの件で手一杯なのに、これ以上余計なものを増やされては堪らない。

「あはっ♪ まあまあそう言わずに、おねーさんの言うことは聞くものよ?」

「なにが、あはっだよっ! そういうのは一夏だけで充分だろ!?」

「なんでそうなるんだよ、喜久!?」

 誰かの抗議の声が聞こえたが、そんなの今更だとしか感じない。強引な生徒会長はまったく動じた様子が無く、嬉しそうに喋りつづける。

「あら、織斑 一夏くんだけじゃ可哀想でしょ? だから、市隈くんも混ぜてあげようっていう、私からの好意を是非とも受け取って欲しいわ」

「そんなんは、ありがた迷惑だっ!!」

「う~ん、でも決まったことだから。私は我侭な子も大好きよ?」

「は、そんな母性はいらねぇんだよっ! だいたい、何様の、むぐぉ!?」

 なんで後ろから手が!?

 突然、後ろから口を塞がれる。興奮したまま視線だけを後ろに向ければ、セシリアが目をランランと輝かせ極上の笑みを浮かべていた。

「喜久さんっ! 是非とも、我がテニス部のマネージャになって下さいましっ!?」

 なるか馬鹿やろうがっ!

 次いで二撃目のコンボとばかり、活きいきと嬉しそうに羽交い絞めする人間と視線が合う。一夏の両目が、『一緒に落ちようぜ? お前もついでに道連れだ』と語っていた。

 昨日は殴り合いと諦めきれずに携帯の解析作業で徹夜したこともあり、俺は普段よりも疲れた状態だった。

 力が入らないのもあるが、目の前の天然野郎の方がガタイが良い。どう足掻いても力負けしてしい、抑え付けられている間も話は続いていく。

「織斑 一夏くん、市隈くんも喜んでくれて、おねーさんは嬉しいわっ♪」

 ふざっけんな、抗議を変なふうに捻じ曲げてんじゃねぇ!!

 なんとも嬉しそうな表情から、俺の暴れる姿をはしゃいで喜んでいるように取ったつもりらしいことが理解できる。クソ生徒会長を噛み付かんばかりの勢いで睨む。

「これで私の発言は終わるわね。それでは、皆の奮闘を祈ります」

 奴が奥に下がっても、暫くその場でジタバタと足掻きつづけた。

 

 

     ◇

 

 

 一日の日程が終了した後に行われている特別HR中、爆睡していたところを一夏に揺すって起された。

「寝かせろや、この野郎。お前の騒動に、俺まで巻き込みやがって」

「俺じゃないぞ、生徒会長が巻き込んだんだろ。それより、お前も寝てないで、ちゃんとクラスの出し物決めに参加しろよ……」

 羽交い絞めにした奴が言う台詞じゃねぇな、マジで地獄に落ちろ。

 眠気眼で周りを見渡せば、皆が出し物決めを話し合って雑談している。

「めんどい、疲れる、眠い。俺抜きで勝手に決めてくれよ?」

「ほんとか!? いや助かったよ、ありがとな喜久っ!」

 一夏のあまりの喜びように、危機感を覚えてガバッと体を起こす。前方の出し物決めの案を一つ一つ見逃さないように読んでいく。

 『織斑 一夏のホストクラブ』

 『織斑 一夏とツイスター』

 『織斑 一夏とポッキー遊び』

 『織斑 一夏と王様ゲーム』

 と、書かれたとこまで読んで胸を撫で下ろした。

 なんだよ、男にとってみたらハーレムみたいな内容じゃねぇか……。名前を付けるなら、『一夏限定、肉欲天国』とかになんじゃねぇの?

 出し物の人物名が一極集中されているのを見ると、安心感が心を満たす。続けて残りを確認していく。視線を動かして読んでいくと、

 『一〇分間、市隈 喜久を罵りつづけられるお店』

 『市隈 喜久のファイヤーダンス』

 『市隈 喜久を屋上から突き落として、バンジーさせられる体験』

 『市隈 喜久の断頭台』

 と書かれている。苛立ち、すぐさま席から立ち上がった。

「おい、この提案した奴は誰だ!? 俺が逆にやらせてやるっ!」

 なんだこの逆転した内容はっ!! だいたい、俺と一夏だけを名指ししてんじゃねぇ!?

 ファイヤーダンスだなんてやったら、火が飛び火して教室ごと燃えるだろうが。俺は放火で捕まるなんてごめんだ……。

 それでなくとも四つ目にある断頭台って、なんなんだよ……。内容が全く思い浮かばないし、ネーミングが怖すぎだろが……。

 そう思っていると、シャルロットがおもむろに立ち上がって、嬉しそうにこっちを見てくる。

「バンジーは、僕が提案したんだよ。夏休み中で、プールへ行ったときに思いついたんだ。やったらきっと、スカッとすると思うんだよねっ♪」

「スカッとして気持ち良いのはお前であって、俺じゃないだろ!? 却下だ、却下っ!!」

「喜久、感じ悪いよ。僕は協調性が大事だと思うな?」

 シャルロットが口を尖らせてブーブーと文句を言う。可愛い仕草に見えなくもないが、アヒル口みたいな状態から怒りの感情だけが倍増していく。

 ――協調性か、そうだよな。だったらそれに合わせてやらなきゃな。

「一夏、提案だ。書き出してくれ」

「なんだ、ちゃんと意見があるなら、最初から言ってくれよ……」

 一夏が呆れながら前に戻ると、出し物の意見を述べていく。

「今すぐ、シャルロット回転盤式的当てパイ投げ祭りを追加しろ。回転盤に貼り付けたシャルロットの顔に当てたら一〇〇点で景品だ。二つめに、シャルロットの男装写真撮影大会だ。宝塚みたいなのが好きな女子なら、クラスに群がって来て金が取れるぞ。経費は殆どゼロで儲けが良い。疲れ果てて真っ白くなるのはシャルロットだけで、残りのクラスの奴らは楽ができる。三つめに、シャルロットの――

「喜久っ! わかったから、もう辞めてっ!?」

 合わせろって言ったのはお前だろ、せめて半泣きまでやってやる。

 シャルロットが勘弁してよと言った感じで叫んでくる。男装写真撮影大会と聞いたクラスの何人かが「ナイスアイデア」と、喜んで俺の意見に賛同した。

「メイド喫茶はどうだ?」

 声のした方を向くと、ボーデヴィッヒが意見をしていた。

 あれ、ボーデヴィッヒって、こんな柔軟思考だったっけ……?

「客受けが良いだろうし、飲食店は経費が回収できる。招待券で外部から来る者にとって、休憩所としての需要も成り立つだろう」

 お前。またどこでそんな偏った知識を増やしたんだ……。

 何かに疲れてしまい、溜息を吐きそうになる。戸惑っていると、どうやら他の奴も意外だったらしく皆が一様に驚いていた。

 しかし、思わぬ奴の衝撃的な意見が受けたらしく、殆どの人間が乗り気になりだす。この後、とんとん拍子で言った出し物の内容が容認を受ける。結局、クラスの出し物は『ご奉仕喫茶』とかいう、レンタル屋の十八禁コーナーに並んでそうな名前に決まった。

 

 

 ― 5 ―

 

 

 ティアーニが言うことを聴かなくなってしまったから数日が経つ。当たり前のように授業へと支障が出始めた。

 AIが誤作動したと伝えて何とか凌いでるが、そんな言い訳が長く続くはずもない。近いうちに半縄へ出向して、確実に原因を取り除かなければと自室のドアを開ける。

「狭《せま》ぁ! 何だよこれ!?」

 思わず叫び、あまりの事に思考がフリーズしかける。部屋に戻ると、そこにはありえない光景が広がっていた。

「あらぁ、お帰りなさ~いっ♪ 私にする? 私でどう? 結局、わ・た・し?」

「変態を部屋に呼んだ覚えはねぇ」

 なんだ……、目の前にいる、このさらに強引になったセシリア二号みたいなのは……。

 「うっふん」とか言いながら、生徒会長もとい迷惑の塊がこっちを嬉しそうに見てくる。今の状況は部屋へと強引に突っ込まれた三つ目のベッドの上で、ゴロゴロと水着の上にエプロンを着た奴が寝転がっている状態だった。

 「おい……、なにやってんだ。部屋が狭いんだよ、ふざけてないで、今すぐ部屋から出てけや?」

「おねーさんは、選択の方を先に選んで欲しいな?」

「一択じゃ、選択とは言わねぇんだよ。意味不明な言葉より、さっさとベッドを運び出すぞ。俺も廊下までは運んでやるから、早くしろ」

 ストリップがやりたきゃ、他でやれ。

 イラつきながら言うと、奴は口を尖らせだす。

「あらん、いけずね~。一夏くんみたいに動揺しないのは、ちょっとつれなすぎかなー?」

「俺と一夏は違うんだよ。こっちはアンタに構ってる暇なんて、一瞬たりともないんだ。一夏に用事があるなら、もっと他の方法で頼むわ」

「あはっ、それは無理ね。今日から私、ここに住もうと思ってるから」

 ――んだと?

 更識の相手を無視した理不尽さに怒りを覚えた。

 鞄を適当に放りながら、俺もベッドに腰掛けていく。

「俺が一番嫌いなものを教えてやろうか? それはな、お前みたいに権力を振り翳すことで、一方的に下を言い聞かせようとするタイプの人間だ。そういうのはな、人間じゃなくて畜生がすることなんだよ。俺と話したけりゃ、せめてそのふざけた口調を引っ込めろ」

「うーん、それは上に諂《へつら》って下を威《おど》すってことかしら?」

「まんまだろうが?」

「あららん、本当に一夏くんとはタイプが違うみたいね。でもね、おねーさんはこちらのおねーさんの顔の方が好きなのよ。市隈くんも、解ってくれると嬉しいな?」

 それはそっちの言い分だろがよ、俺には関係ねぇだろが。

「解るかボケ。だいたいこの前の集会でもこっちはイラつかされてんだ。いい加減にしろ」

「これは、九嶋さんのお願いでもあるのよね。だからおねーさん的には、市隈君の要望は聞けないわね」

 こいつ、なんであの爺さんとの繋がりを知ってる?

 九嶋という単語に、思わず威嚇から警戒に意識を切り替えた。

 奴が俺の雰囲気が変わったことに気づき、目を瞑りながら笑う。

「元国会議員、九嶋 清太。政界を引退したけど九〇歳の年齢にして、未だ政界の重鎮として顔が広い人よね。市隈君をこの学園へ入れるように口利きしたのも、あのお爺ちゃんだし」

「どうして知ってる? 内容によっちゃ、俺はお前に対して威嚇以上の行動をとるぞ?」

 いつでも相手を殴り飛ばせるように、前屈みの姿勢を整える。

「私は生徒会長だもの。だったら、当然学園長と繋がっているでしょう? そうなると九嶋のお爺ちゃん、学園長で最終的に私へと、お願いが降りてくるわけなの。だから、その攻撃的な姿勢は、おねーさん的にはやめて欲しいなー?」

 視線を外さずに考える。こいつは俺にとって敵か、味方か、中立なのかを。

「信用が出来ない。俺にとって、判断材料が少なすぎるのは問題だ」

「市隈くんの本当の経歴は、九嶋さんから直接教えてもらってるわ。例えばサーフォ=イリノイカくんは、本当の誕生日がいつかわからないとかね?」

 くそ、あの爺さんはそんなことも喋ったのかよ。目の前にいる更識は慎重な爺さんが認めた相手か。

 ……しょうがない、どうせ俺の経歴もばれてるみたいだしな。こっちは無条件で信用せざるを得ないみたいだ。

「ち、わーったよ。爺さんが認めたんだ、俺もアンタを認めて信用する。ただ、爺さんから何を頼まれたのかは教えてくれよ?」

 警戒も威嚇も辞めて、ベッドに寝転んだ。生徒会長は嬉しそうに笑う。

「信用してくれて、おねーさんは感激だわっ♪ 良いわよ、別に隠すこともないしね。頼まれたのは市隈くんの面倒よ」

 あんまりな理由に思わず体を起こしてしまう。

「はあ!? それだけかよっ!」

「んふ、そうよっ♪」

 なんだよそれ……、なんで、こんな無駄に気を張ってなきゃいけなかったんだ。

 一気に脱力してぐったりとしていく。しかし、そうなると新たな疑問が沸いて来る。

「そんなしょぼい理由だったら、新しく三つ目のベッドを放り込む必要がないよな。もしかして、一夏が絡んでのか?」

「うーん、良いところついてるね。おねーさんは、頭の回転が早い市隈君が可愛くて仕方ないわ」

「そらぁ、どーも。しかし生徒会長が直々に動くのは、大きい出来事じゃないとないよな。――外部か?」

 クラス対抗戦の出来事を思い出す。その時に現れた無人機は、一夏がいるアリーナの方へと一直線に向かっていた。

 意外だとばかり、生徒会長が感心した声を出す。

「まーあ、鋭いこと。ちょっとこれ以上は答えになりそうで、おねーさんには何も言えないのよね。ごめんね、市隈くん」

「はぁ。それにしても、一緒に生活するとか言ってるけど俺がアンタの……」

「ん?」

 言葉に詰まっているのに対して、更識が可愛く小首を傾げる。それが、一夏なら一発でイチコロになりそうな仕草だった。

「なあ、俺はアンタのことをなんて呼べばいいんだ? 会長で良いのか?」

「あら、思いのほか相手のことを考えてるのね。市隈くんたら、案外と優しいわ~」

「案外は余計だよ、茶化さないでくれ……」

「親しい人は、私のことを『たっちゃん』って呼ぶの。是非、市隈くんにも呼んで欲しいわっ♪」

 絶対無理だ。

「じゃあ、たっちゃんでってなんて……、そら無理だろ上級生だし。更識さんて呼ばせてもらいますよ。話を戻すけど、俺が間違って更識さんの裸を見る場合が発生する可能性があるんすけど。その場合、どうするんすか?」

「わあ、大胆発言ね。なぁに、市隈くんたら私の裸を見たいの?」

 こいつはきっと男遊びが得意に違いない。キャッキャと笑う更識に脱力した。

「もういいよ、更識さんとの会話は疲れる……。俺は俺の、やらなきゃいけないことがあるんで」

 そう言って更識のいる自分の部屋から廊下に出ていく。後ろから「行ってらっしゃいっ♪」と聞こえてくる、嬉しそうな声に気持ちが萎えきった。

 

 

     ◇

 

 

 ある部屋の前まで来ると、ドアの前で立ち止まる。ノックをすると、声が返されてきた。

「誰だ?」

「市隈だ。頼みごとがあって来た」

 キッと、ドアが開く音が鳴り、中から部屋の住人が顔を出してくる。

「私に頼みごととは珍しいな、入れ」

「ああ、サンキュなボーデヴィッヒ」

 ボーデヴィッヒに促されて部屋に入ると、シャルロットもこっちに気づいたらしい。はにかんで嬉しそうに喜びだす。

「喜久から来てくれるなんて、今日はとても良い日かも。なに、もう夕食を食べに行くの?」

「それもあるよ。でも、本題はこっち」

 そう言って、俺はポケットから携帯電話を取り出した。

 ボーデヴィッヒに放って渡す。キャッチしきると、彼女は不思議そうな顔をする。俺はそれに笑いながら答えた。

「そいつは、可愛いパンドラの箱だよ。俺じゃ開けれなくてな、ボーデヴィッヒに解錠を頼みに来たんだ」

「ただの、一般的な携帯電話ではないのか?」

「いんや、軍事規格だ。今やりあってる最中の奴から、掏《す》ったもんだよ。開けれるか?」

 ボーデヴィッヒが考え込み、シャルロットがじっとその様子を見守る。やがて考えが纏まったらしく、苦笑したようにして答えをくれた。

「時間を少しもらうが良いか? やってはみるが、出来るかどうかの保障はできないぞ」

「充分だ。借りは必ず返すよ、頼んで良いか?」

「私も、お前に学年別トーナメントの件では借りがある。了解した」

「助かる。それじゃシャルロット、ちょっと早いけど飯食べに行くか?」

「うん。ラウラも一緒に食べに行こうよ?」

 シャルロットが同居人を食事に誘う。

「ああ、そうだな。それにしても喜久?」

「ん?」

「お前はスリの才能があるみたいだな」

 おいおい、そんな職業適性はごめんだよ。

 ボーデヴィッヒは、なにが可笑しいのかククッと笑出だす。どんな反応をして良いものか、つられ笑いで誤魔化すことにした。

「やれば犯罪だけど、今は役立つ技術みたいだな。なんだかんだで、世の中は無駄には回ってないらしい」

「そうだね。僕がこの国に来たのも、無駄じゃなかったしね?」

 微笑むシャルロットを見て、秘密を明かしあった日のことを思い出す。生活は常に変化し続ける。現状において、彼女は良い方向に人生を歩めているのかもしれない。俺は二人の後に続いて外に出ると、静かに部屋のドアを閉めた。

 

 

     ◇

 

 

 一日の予定を完全に消化しきった夜。自分のIS待機状態アクセサリーの時計を半縄特性の端末に挿す作業をしている。

「気が散るんだけど……」

「おねーさん達のことは、気にしないで良いわよ。ISにAIだなんて面白いじゃない、おねーさんもティアーニちゃんとお話したいわっ♪」

「俺もAIと話してみたい。喜久、早くしてくれ」

 後ろで興味心身の更識と一夏が、俺の作業を邪魔してくる。まるで宝石箱を眺める子供のように、二人が端末の画面を覗き込む。画面をつけるとプログラムが起動して文字の羅列が画面いっぱいに走り続けていく。読み込みが終わると、ティアーニの声がスピーカから聞こえてきた。

【よしひさ きらい】

 いきなりこれだよ……。

 俺は特殊過ぎるAIに頭を悩ませた。

「なんでそうなる、俺がなにしたってんだよ?」

【なげた けった ふんだ】

「ぐっ……」

 こいつ、待機状態のだったくせに意識があるのかよ。

「ああ、そういえば。喜久、この前キレて時計を壁に投げつけてたもんな」

 一夏が納得し、更識が絶句しだす。

「よっちゃん、それはまずいわね。おねーさんも、良くないと思うわ」

「一夏ぁあああああ!! お前、更識さんになに教えてんだっ!?」

 後で覚えとけよ、この野朗……。

 一夏を思い切り睨む。反省のない奴は「つい」と言って、苦笑いしながら弁解してくる。

「初めまして、ティアーニちゃん。よっちゃんがどうして嫌いになったのか、おねーさんに教えてくれない?」

【よしひさ わたしのこと だいじに しない】

 溜息を吐いて気持ちを切り換える。

「ティアーニ、俺が悪かった。許してくれると助かる」

【もうひとつ よしひさは るーる おかした だから ささえない】

 ルール? 半縄はそんな説明をしてないぞ、どういうことだ……?

 横にいた更識が気になったらしい、ティアーニに続けて質問していく。

「ティアーニちゃん、ルールってなにかしら? おねーさんに、教えてくれると嬉しいなっ♪」

【ひとの さっしょう および さつがい こういは いはんこうい】

「待てティアーニっ! それ以上は言うな!?」

【よしひさ ひと ころそう とした それは いはんこうい】

 正直に答えすぎだ、クソAIがっ!! 

 今度は一夏が絶句し、更識がいきなり扇子を取り出す。目にも留まらぬ速さで、俺の首筋にある頚動脈へと押し当てていた。

「よっちゃん、どういうことかしら? 素直に答えてくれないと、おねーさん困っちゃうかもしれないわ」

「喜久。ティアーニの言ったことは、本当なのか?」

 二人の鋭い目が威嚇してくる。喉が干上がりだす。AIが素直に暴露したせいで、俺は一気に緊張状態になった。

 更識は視線を外さず、落ち着いた喋りでティアーニに話しかける。

「ティアーニちゃん、おねーさんに教えてほしの。なんで、よっちゃんはそんなことをしたのかな?」

【よしひさは おそわれた わたしは みてた あいての なまえは みあ】

 更識はコードが繋がれている時計を撫でだす。

「教えてくれてありがとう、ティアーニちゃん」

【よしひさが るーる やぶらない なら わたしは よしひさを ささえる】

「――もう、破らないって約束する。俺も、二度とあんなのはごめんだ」

 正直な本心をティアーニに告げる。

【ほとけの かおは さんどまで わかった わたしは よしひさを ささえる】

 なんで変な知識が埋め込まれてるんだ。誰だ、こんなデータを入れた奴は……。

「よっちゃん、説明をお願いできるかしら? おねーさんに解りやすく頼むわね」

「待ってくれ、せめて一夏のいないところで頼む。俺は一夏を巻き込みたくない」

 更識は俺の経歴を知っている。だが、一夏はまだセーフだ。

「いや、聞かせてくれ。もういい加減良いだろ、喜久?」

 やめてくれ、もう誰かを巻き込むのは嫌なんだよ。

「喜久あぁ!」

 一夏が怒鳴り声を上げたことによって、ビクリと体を震わせた。

「大声は辞めてくれよ、隣に響くだろ?」

「俺はお前を信用してる。だから、お前も俺を信用しろ」

 がしっと両肩を掴まれた。

 前に見た、澄んだ黒い瞳が俺を見据えてくる。ぐっと、言いたいという感情が喉元まで出掛かった。

「お前は一人じゃない。だったら仲間を頼れ」

 一夏の言葉に、俺は視線を左右に彷徨わす。我慢するのが辛いと、これほど感じたことはない。

「お前に俺の過去を話したら、お前はもう現実の事実から逃げられなくなる。暴れることも出来ずに死ぬまで物事を考えさせられる。お前にその覚悟があるのか、一夏?」

「だったら、俺はお前と一緒にそれを超えてやる。無理だったら、他の仲間と一緒に超えれば良い」

 間髪入れずに答える一夏に、俺は思わず魅せられた気がした。俺みたいな紛いものと一夏という純粋なもの。俺には一体どんな未来が待っているのだろうか?

 ……頼っても良いかもしれない。俺は、また考え方を改める必要があるのかもしれない。

「わかった。長い話になるからな、夜更かしは覚悟してくれ。更識さんもそれで良いすか?」

「ええ、おねーさんは大歓迎よ。お肌とよっちゃんの昔話を引き換えね?」

「喜久、ありがとうな」

「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。さて、どこから始めようかね」

 この日、俺のことを知る人間がまた一人増えた。

 

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