ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_進化ノ鍵_刷新スル人間性 ]

 

 ― 6 ―

 

 

 一夜明け、俺と一夏は寝不足のままに教室へと向かっていた。

「しっかし、楯無先輩にほとんど話を止められるなんて。これじゃ全然、喜久の話を聞いたことにならないよ……」

「まあ、そういうなよ。あの人はあの人で、なにか考えがあんだろ?」

 目の下にお互いがくまを作り、一夏がぼやきながら歩く。昨日、俺に関する会話は一夏が納得のいかない内容に終わっている。それは、何から話そうか悩んでいる時に更識が間に割って入り、話を殆どコントロールしたのが原因だった。

 話したことと言えば、自分がボーデヴィッヒと同じ試験管ベイビーという事実。殺人兵器として生きていた部分を抜いた生立ち。俺の本当の名前と、育ての母親の名前だけだった。

 最重要な部分は全て隠されたような話で終わったために、一夏は欲求不満で終わっている。冷静に考えてみれば、一夏に全て喋ると本人に疑念と米軍の手が伸びる可能性があった。

 結局は一時の感情に支配されて早計だったと考え直し、更識の配慮に心から感謝した。

「楯無先輩に聞いても笑ってはぐらかされるし、喜久はこれ以上話してくれそうも無いし。はぁ……」

「まあ、いずれ全部終わったら、包み隠さず一夏に話せるときも来るだろうさ」

 一夏の肩を軽く叩きながら教室へ入る。席に座ると同時、ボーデヴィッヒがこっちの方へ向かってきた。

「終わったぞ、随分強固に設定されてたがな。悪いが、無理やりにデータを吸い出した。その際、偽装していた携帯の方は壊れてしまった」

「早いな、流石は同職種なだけあるわ。サンキュなボーデヴィッヒ」

 話しながら、データの入ったディスクを渡される。携帯の方を確認すると、コネクターを挿す部分が黒焦げになっていた。

「防御機能みたいなのが、あったのか?」

「ああ、どうやらそうらしい。データを抜き取りきったところで、いきなり発火しだしたぞ。最後の手段だったのだろうが、こっちの方が頭一つ分早かったみたいだ」

「ラウラ、ずっと掛かりっきりでやってたんだよ。徹夜でやってたみたいだから、僕が朝起きたら机の上で寝てたしね?」

 シャルロットがボーデヴィッヒの横に来て、昨日の様子を語る。すると、ボーデヴィッヒが恥ずかしそうに咳払いを一つする。よく見てみれば、当人の目の下に少しだけくまが出来ていた。

「シャルロット、余計なことは言うな。喜久、これで確かにお前から言われた要求を充たしたからな?」

「ああ、本当に助かったよ。今度何かあったら、今回の借りを返させてもらうから」

「喜久、ラウラと同じで何か目の下にくまが出来てるみたいだけど。どうしたの?」

「ほんとですわね、どうされたのです?」

 いつの間にか横に来ていたセシリアとシャルロットが聞いてくる。昨日のことを思い出して回答に戸惑う。シャルロット達と食事をして部屋に戻る際、ドアの前で篠ノ之と出くわしたのだが。俺がマズイと思い中に入るのを止めたのことに対して奴は不信感を示した。

 無理やり押しのけられ、ドアをノックして篠ノ之が来たことを伝えると「げっ! 箒!?」と、いらん言葉を一夏が発してしまった。

 俺は諦めてそのまま篠ノ之に道を譲る。後は予想通りに展開が進み、一夏が悲惨な目に遭っていた。

 ここは適当に半分ほんとで、半分嘘で言った方がよさそうだな。

「いや、昨日はちょっと一夏と話さなきゃいけないことがあってさ。色々とたてこんでたんだよね」

「そうだな、楯無先輩が押しかけて一緒に住むとか言い出すしな。まったく、何考えてんだろうな……」

「おいっ!?」

 この天然大ボケ野郎、お前は俺に何か恨みでもあるのかっ!!

 いつの間にか近くにいた一夏が、ウンウンと頷きながらこっちに合槌を打つ。

「一夏、あの女と住んでいるというのはどういうことだ?」

「誤解だラウラッ! これには谷より深い理由があってだなっ!」

 いきなボーデヴィッヒが一夏を詰めだし、奴は自爆して顔を青くしだしている。

 まあ、あたりまえだわな。問題は……、俺の方か。

「喜久さん?どういうことか説明して頂けるのですわよね?」

「喜久、昨日の時点で僕は何も聞いてないな。ちゃんとした理由って大事だよね?」

 二人はにこやかにして、俺へと詰め寄ってくる。しょうがなく、溜息を吐きながらゆっくり降参のポーズをした。

「俺じゃないよ、本筋で絡んでるのは一夏のほうみたいだし。俺も更識さんに何でそんなことすんのか聞いたけど、のらりくらりとかわされたよ」

「どちらにしても同じことでしょう?」

「でも同室なのは、事実だよね?」

 セシリアとシャルロットにとっては、全く納得のいく理由じゃなかったらしい。最早なにを言っても、全然話を聞いてくれない感じだった。

「落ち着けよ二人とも。あんまりな格好をした場合は写真とってネットに流すって言ったら、流石に少し自重してたよ」

「そんなことで、私が納得するとお思いですの?」

「ふーん、だったら僕も部屋の住み替えをしようかな?」

 勘弁してくれ、これ以上余計なものが増えたら俺自体が潰れてしまう……。

「あの部屋は既に過密状態だ。ベッドが三つあるのが、ありえない状態だよ」

「だったら四つ目もいけるよね?」

「そうですわね」

 駄目だな、どうしようか。

「お前ら、時間のチャイムが聞こえてなかったのか?」

 スパン! スパン!

「うぅっ!?」

「ぐっ!?」

 出席簿が金髪組みの頭に振り下ろされる。痛そうに頭を抑えている二人の後ろから、ぬっと織斑姉が現れた。

「原因はお前か市隈?」

「生徒会長ですよ、何とかなりませんか?」

 は……、やっぱりな。凶獣のあんたも、あの更識には手を焼いてんのか。

 げんなりしながら聞くと、織斑姉も少し疲れた顔をしだす。

「困ったものだな、こういったところで支障を出されるというのは……。それより市隈、半縄への出向日が決まったぞ?」

「わかりました」

 織斑姉から半縄への出向日が言い渡された。

 ティアーニの一件から、どうにも腑に落ちない部分が出始めている。隠されているルールとやらは、しっかりと本人たちに一度確認する必要があった。

 俺は、未だにたずなを握れないAIに内心で歯噛みしていた。

 

 

     ◇

 

 

『あら、どうしたの? よっちゃん、学園生活は順調?』

「米軍のクソ大佐に居場所がばれたよ」

『 !? 』

 放課後の寮の屋上、俺は一人で姉さんに電話をしていた。

『大丈夫? せっかく九嶋さんに無理を言って頼んだのに。相手はどのくらい動いてるの? よっちゃんに接触はしてきた?』

「ああ、俺の方から仕掛けたら失敗したよ。まあ、まだ大丈夫だから安心して良いよ。それより姉さんに頼みがあって電話したんだ。一人さ、経歴を洗い出して欲しい人間がいるんだよ」

 自室でボーデヴィッヒに開けてもらった、データのことを思い出しながら会話を続ける。

『わかったわ、私に任せなさい。それよりも学園が安全でないとすると、次のことを考えなきゃならないわね』

「その可能性も出てくるかもしれない。でも、まだ巻き返しも可能かもしれないから。上手くいけば逆手に取れることも出来そうだし。調べて欲しいデータは、今日中に送るから」

『ええ、可能な限りの人脈には当たってみるわ。期限はいつまでになりそう?』

「学園祭。チケットを送ったでしょ? そこまでに、なんとかなるなら」

『わかったわ。せっかくの学園祭だものね、よっちゃんが楽しめるように努力させてもらうわ』

 手に持っているディスクを眺めながら、落ち始めている陽射しへかざす。オレンジ色に変わりかけている太陽は、頭の中で一枚の画像データを連想させた。

 開錠されたデータの中で、その一枚の画像は夕日の海岸線に二人の人物が写っている。カメラに向かって微笑む今よりずっと幼いミアらしき少女と、本人の父親らしき人物が並んで立っていた。

「なあ、姉さん。一つ聞いていいかな?」

『なに?』

「俺には父親なんて最初から居なかったけど、姉さんにはいただろ?姉さんにとってはどんな父親だったんだ?」

『そうね、父は豪放磊落な人だったわ。腰が据わっていて何かに動じるという印象が全く無いのが特徴的だったのをよく覚えてる。とにかく愉快な人だったけど、まあよく怒られたわね。癌で亡くなる寸前まで、こっちが呆れるくらいに最後まで笑ってたわよ』

「そら豪快だな。確かに姉さんの父親らしいや」

 姉さんの声が弾み俺も思わず笑ってしまった。

「さてと、長電話は良くないから。また学園祭の時に会おうか?」

『ええ、そうね。そろそろ季節の変わり目だから体にだけは気をつけなさい』

「わかったよ。それじゃ」

 電話を切ると、そのまましばらくの間だけ夕日で染まりあがるオレンジの空を眺めつづけた。

 

 

     ◇

 

 

「あらよっちゃん、今日もティアーニちゃんとお話?」

 自室でティアーニと会話しようとすると、端末に繋いでる最中に更識が声をかけてきた。

「コミニケーションですよ。それにしても、この人数はどうにかなりませんかね……?」

「私はいつも遊びに来ていますので、今さらだと思いますが?」

「喜久、朝のことをまだきちんと話し終わってないよ?」

 セシリアとシャルロットが俺に文句を言う。現在の部屋は人口が過密化し、いつもの住人に三人が足された状態になっていた。

「作業中だから帰ってください。てか、今は自分たちの部屋へ帰れ」

「良いじゃない。人数は多いほうが楽しいし、私はこういう賑やかなほうが好きよ?」

 冗談じゃないぞ更識め、やりたい放題やりやがって。

 けたたましい部屋の喋りに絶えられず、更識を睨みながら答える。

「これ以上余計なことを言ってみろ、あんたもついでに叩きだずぞ?」

 さっきから声を発しない一夏のほうを見れば、撃沈し疲れきってぐったりとしていた。

 どうも、俺が席を外している間も更識から散々弄られたらしい。戻った際には、二人してシャワーを浴びていたのだが。バスからは一夏の戸惑った声が延々と続き、ストレスが溜まっているのが目に見えてわかった。

「喜久、話をそらさないでくれるかな?」

【よしひさ このへや うるさい】

「それは同感だな」

 起動した端末からティアーニの声に俺が答え、シャルロットが頬を膨らましてむくれた。

【きんきん ごえが うるさい たっちゃん のほうが いい】

「あら、ティアーニちゃん。ありがとっ♪」

 更識、いつの間に自分のあだ名をティアーニに仕込んだ……。

「ティアーニ、それはちょっとあんまりだよ」

「AIに文句を言われるというのは、少々腹が立ちますわね」

 話が一向に進まねぇ……。

 シャルロットがげんなりして、今度はセシリアがご立腹になる。二人を無視して、聞きたいことを質問することにした。

「ティアーニ、ちょっと聞きたいことがあるんだ。半縄がお前に課したルールって、一体いくつあるんだ?」

【よっつ】

 こっちが教えられていないことは、全部で四つか。

「教えてくれないか?」

【ひとの さっしょう および さつがい こういの きんし】

 これは既に体験済みか……。

【ささざきに さからわない こと】

 このささざきは、半縄の笹崎のことを指しているのだろう。たしか、ティアーニの生みの親だものな。それならこのルールも納得できる。

【わたしが えた あいえすの じょうほうを こうかいする】

 ISの研究機関だからこれも当たり前か。

【じこしんかを とめず かのうせいを もとめること】

 可能性? 一体なんのことを指してるんだ?

 この抽象的な単語に引っかかりを覚え、思わず注視してしまう。

「ティアーニ、可能性ってのはどういう意味だ?」

【ひとと あいえすを つなげること わたしは そのために うみだされた】

 ティアーニが今言ったことは、俺の知っている概念を根本から覆す内容だった。

 それは兵器としてISを開発し使用するのではなくて、もっと違う方向性に視野が向いているのではないだろうかと感じたからだった。

「繋げる? 繋げた後は、どうなる?」

【つながる さきの かのうせいを わたしは さがしてる わたしは ひとと あいえすの はしわたしの ための かぎ】

 これは明らかに世間の価値観と半縄の目指すべきもののベクトルがずれている。今まで散々ISに関わってきたが、俺は生まれて初めてある種の興奮をこの瞬簡に覚えた気がした。

「ティアーニ、お前は最終的に何を目指してるんだ?」

【ひとが あいえすと ともに ひとつ さきへ しんかすること それが わたしの じこしんかの やくめ】

 言葉が止まらずに先を促す。

「先ってなんだ? なにが待ってる?」

【ひとは ひと いじょう になれない かみに ちかづくと ひとから はなれていく さいごは あくまと いっしょの こういに はしるだけ】

 そんな答えじゃないんだよ、俺の欲しい答えをくれっ!!

「俺の問いにちゃんと答えてくれ」

【ひとは ひと だから あいえすの ちからを かりる】

【かりること によって ひとは ひとつ さきの しんかを もさく できる かのうせいが ある】

 思わず気分が愉快になって内心で笑ってしまう。

「ありがとう、もう良いよ。よくわかった。ティアーニのことも、半縄の考えもな」

【よしひさは かぎ わたしと おなじ ひとという しゅの しんかの かぎ】

 今の自分自身がやたら滑稽に見えた。

 こんな、俺みたいな人殺しが人類進化のために必要な鍵だって?

「……ふふ、はははははははははははっははは、う、ごほっごほ、」

 やば、笑いすぎて思わず器官がむせちまったよ。

 笑い声で一夏がびっくりしてこちらを見ている。セシリアが背中を擦ってくれた。

「大丈夫ですか!?」

「喜久、笑いすぎだよ。顔が余りにも真剣すぎて怖かったし……」

「わりぃ、半縄のジョークが少し可笑しく感じたんだ」

 片手を上げて大丈夫なことを伝えた。

 まさか、半縄の目指しているのがこんな愉快なことだとは思わなかったよ。ティアーニと一緒になるために必要だったISTSは、今まで呪いの足枷にしか見えてなかったのにな。こんな発想で逆転されるなんて、夢にも思わなかった。

「ティアーニ」

【ん】

「お前は最高だよ。今日の会話はここまでだ、お疲れさん」

【わかった】

 そう言って時計から伸びているコードを引き抜く。そして、初めて嫌悪感を持たずにIS待機状態アクセサリーの時計を自分の腕にはめた。

 

 

 ― 7 ―

 

 

 ティアーニと半縄の目的を知ってから数日が経つ。織斑姉に通達をもらい、今日は外出して半縄に出向いている。いつものように車を出してもらい、行き先である半縄研究所の玄関口前に着くと、車はゆっくりと停車した。

 ここに来るのは二回目だが、建物の大きさと敷地面積の広さに毎回圧倒される。

「着きましたよ、お疲れ様です」

「ありがとうございます」

「帰りもよろしくお願いします」

 俺とシャルロットは車を降りながら運転手に二人で会釈をする。そして、いつもだったら一緒に居るであろう人物が今日は一緒に居なかった。

「てっきりセシリアも強引に着いて来ると思ったけど、どうしたんだあいつ?」

 二人で玄関口の中に進みながら、シャルロットに話し掛ける。

「ちょっとね……、最近調子が悪いみたいなんだよ」

 微妙に歯切れの悪い回答が返ってきた。

 セシリアの気丈で誇り高い性格を考えてみる。体調が悪くないのは、普段からの顔合わせでわかっていた。

 消去法で考えていくうちに、だんだんと答えが見えだす。

「ISの実践訓練の成績が原因なのか?」

「……そうだね。喜久、出来れば今その事に関しては、そっとしておいてあげてくれないかな? セシリア、精神的にかなりナーバスになってるみたいだから」

 確か今の順位だと、セシリアは専用機持ち連中の中で最下位だっただろうか。しかしまあ織斑姉からすると、俺を含めて全員がどんぐりの背比べに見えるのかもしれない。

 ふと、俺は一番相性の悪い相手を頭に思い浮かべた。

「BT兵器じゃ俺のペタルと同じで、一夏の白式とは相性が悪いだろうな」

「そうだね。僕は武器の特性上、一夏が第二形態へ移行してもさほど影響はなかったけど」

 セシリアと授業で実践訓練した時のことを思い出す。セシリアのビットの場合は制御者の思考を要求していたために自立して動いてくれなかった。俺にはそれがかなりネックな部分に感じる。

「せめて、ビーム光が曲がればな。昔に居た場所でなら、有線式ビットの実験機を俺も動かしたことがあるけど。確かに、ビーム光は普通じゃ曲がらなかったな」

「普通?」

 シャルロットが言葉に引っ掛かりを感じたらしく、不思議そうにして質問してきた。

「ほら、俺にはISTSがあるだろ? あれを使用し時だけは、自由自在に光線を曲げられたんだよ」

「喜久って、もう何でもありだね……」

 彼女が呆れた声を上げだす。

 確かに、そんな便利な代物なら良いんだけどな。

「いんや、結局は諸刃の剣だよ。能力全開で5分以上も使い続ければ俺自体が気を失なって気絶したし全く使い物にならなかった。まあ、そんな都合の良い話なんて無いってことだろうな。それに、昔より明らかに俺は自分の能力に体が耐えられなくなってきてるしね」

「体は大丈夫なの?」

「今のところは大丈夫だろ、多分ね。この数ヶ月で乱発してるから、何ともいえないけどな」

 シャルロットに心配されて自分の体のことを考える。確かにこの数ヶ月で、俺の寿命は確実に縮んだであろう事が予想できた。

 しかし、近い死を考えてても先へは進めるわけじゃない。今は精一杯生きることを考えようと、前を見ることにした。

 

 

     ◇

 

 

「さてと、一五番研究室ってここだよな?」

 前回来た時に谷中から渡されたIDカード取り出して、リーダーにスライドさせていく。自動ドアが開いて中に入ると、スタッフの何人かがこちらの方に顔を向けてきた。

「いらっしゃい、市隈君。今日は、セシリアちゃんは一緒じゃないの?」

 缶コーヒーを片手にラフな格好をした、若いあんちゃん研究員が声をかけてくる。

「本当は一人のほうが正しいんですけどね。シャルロットは半縄のことに興味を持ったみたいなんで、今日は二人でお邪魔することにしました」

「こんにちは。お邪魔します」

 二人で頭を下げて挨拶する。

「へぇ、嬉しいこと言ってくれるな。主任なら奥のほうで準備をしてるからさ、そのまま隣の部屋に進んでくれる?」

「準備?」

 おかしいな。今日は俺が聞きたい事があって、半縄を訪れた筈なのに。

「君が名づけ親のティアーニは元気してる?」

 右腕を指示されて、苦笑いだけが出てしまう。

「言うことを中々聞いてくれませんけどね。この前なんか、展開を勝手に解除されましたよ」

「はははは、そら本当に面白いな。まあ、後は主任に聞いてよ」

 そう言われ、会釈してシャルロットと違う部屋へ続くドアを開ける。隣の主任専用部屋に入ると、そこでは笹崎が何かの準備に追われているようだった。

「あら、来たわね。市隈君、ちょっとISを貸してくれるかしら?」

「はい、わかりました」

 時計を外して笹崎に渡す。すると、笹崎は時計を何かの装置に取り付けて起動させ始めた。

 その行為が気になってしまい、首を傾げて聞いてしまう。

「なにしてんすか?」

「ティアーニのアップデートよ。時間が少し掛かるから、適当に腰掛けてくれると助かるわ」

 アップデートって……、この人は一体なにしようとしてんだ?

 シャルロットと二人して、笹崎に言われるがまま適当な椅子へ腰掛ける。三人分のコップを用意すると、コーヒーを入れて振舞ってくれた。

「聞きたい事があって、わざわざ私のところに来たのでしょう? なにか、変わった事でもあったのかしら?」

「ええ、そうです。最初は言うことを聞かないAIをどうにかして欲しくて、話をしようと思ってたんですけど。だけど、今は他のことが聞きたくてお邪魔しました」

 シャルロットが、俺と笹崎の話をじっと見守っている。

「笹崎さん、俺に教えてないルールがティアーニの中に設定されてますよね?」

「あら、よく気づいたわね。市隈君は、なかなか観察眼に長けているのかしら?」

 両手を組みながら前屈みの姿勢を取る。

「偶々ですよ。俺が聞きたいのは笹崎さんが指定したルールの内容です」

「良いわよ。何から聞きたいのかしら?」

「聞きたいのは一つでだけです。俺とティアーニに何をやらせたいのか? それだけです」

「良い質問ね」

 笹崎はコーヒーを一口飲む。ゆっくりと品定めするような目で、こっちを観てきた。

 口元が子供のように、嬉しそうに笑う。

「私は雇われ研究員で、雇ってるのは半縄でしょ? 半縄は国の要望によってISの兵器開発を行う。ここまでは良いかしら?」

「ええ」

「はっきり言ってしまうと、私はISを兵器目的に使うのはまっぴらごめんなのよ。シャルロットちゃんと市隈君には、それがどうしてかわかるかしら?」

 変わった研究員だ。それが、俺の笹崎に対する率直な感想だった。

 この研究員の目には、ISの存在がどんなふうに見えているのだろうか。シャルロットは自分の実家が兵器開発を行っている。笹崎の意見はそれを真っ向から否定した意見だった。

 シャルロットの顔を覗いてみれば、答えが上手く纏まらずに思考に耽っている様子だ。何となく適当に当たりをつけて、わざと外れてそうな回答をしてみた。

「それは、どういう意味でしょうか? 戦争を避けるための抑止力でないなら、方向性を宇宙開発に戻したいということですか?」

「はずれね。答えは単純よ、ISを戦いの道具に使うのは勿体無いから。これだけよ」

 ――――頭の中で昔のことが走馬灯のように駆け巡る。そして考えた。

 もし、生まれた時に軍の中でこんな人間が一人でもいたら、俺の人生も少しは変わってたのかもしれないと。

「なら、ティアーニが言った人の進化って何ですか?」

「中々に、有意義な発想だとは思わない? 私が求めているのはね、人が新たな道具を得て、人間社会が次のステップへ進化出来ないかということよ。この道具に当たる部分にはISが良い材料になると思うの。ISは破壊も創造も出来る。これが私の導き出した結論よ」

 生まれて初めて、ISの兵器という概念が薄れていくのを感じる。

「笹崎さんは、今のところ何がISに出来ると思ってますか?」

「それはこれからでまだ未知数ね。やっと最近乗り手も見つかったばかりだし。手探りだけど、篠ノ之博士が授けてくれた人にとっての宝は大切に使わせてもらいたいわ。さて、市隈君は曼珠沙華はご存知かしら?」

 自分の知識にそんなもんはない。煙草の銘柄なら知ってるが、そんな言葉は全然わからなかった。

「シャルロットは知ってるか?」

「うーん、僕にはちょっと難しいかな」

 結局二人ともよくわからなかった。

「日本では彼岸花と言うわね。彼岸花って暗いイメージがあるでしょ? これは、日本での咲く次期が季節はずれなせいにあるのだけど。曼珠沙華は仏教発祥の地では天上の花と読むの。どうかしら、人の捕らえ方で随分イメージが違うでしょ? ISもそれと似ていると思わない――

 ピーッと、突然音が鳴って笹崎の言葉が中断される。

「あら、アップデートが終わったみたいね。ちょっと待っててもらえるかしら」

 そう言って、本人はなにかのスイッチを入れだす。

「おはようティアーニ。気分はどうかしら?」

【上々よ。おかげ様で、すっきりした気がするわ】

「はぁ!?」

「えぇ!?」

 あまりのことに吃驚してしまい、開いた口が塞がらなくなった。

 横を見れば、シャルロットも同じような顔をしている。

【何を間抜けな声を出してるのかしら。だから喜久は馬鹿なのね】

 お前は誰だ……。

「おいティアーニ、お前明らかに口が悪くなったぞ」

 シャルロットが困惑して笹崎に質問する。

「僕の知ってるティアーニとはまるで違うんですが。笹崎さん、ティアーニに何したんですか?」

「新しい追加プログラムが完成したから流し込んだのよ。どうやら上手くいったみたいね」

【ありがとう笹崎、これでやっとまともに会話が成立するわ。どうにも肩の凝る会話でやりにくかったのよね】

 お前に肩は存在しないだろ……。

 これが本当に笹崎の言ってた進化なのかよ。どっちかって言うと退化してる気がする。

 さっきまでの感動的な話が、一気に台無しになっていく。

【それにしても喜久、やっとまともに喋れるから言えるんだけど】

「あん?」

【本当に貴方は短気の塊で考え無しの阿呆よね】

「良い度胸だ。今すぐその減らず口ごと、お前の本体をハンマーで破壊してやる」

「こらこら。あなた幾らの予算が、このISに注ぎ込まれてると思ってるの?」

 笹崎が止めに入る。

【やれるものなら、やってみなさい。貴方の非力な腕如きで私が壊れることは、万に一つもありえないわ】

 こいつ……。

「笹崎さん、これがあんたの望んだ未来の形なのか?」

「私が望むのは人間社会の進化であって、AIは補助でしかないわね。まあティアーニがこんな自己進化を遂げたのは私の予想外だけど。ティアーニ、人を攻撃する口調は良くないと思うわ。直すことをお勧めするけど?」

【笹崎、この阿呆が何をしたか教えてあげるわ。こいつは私を投げて壁にぶつけたのよ。次に蹴り飛ばしたし、最後には思いきり踏み潰したの。他の人には普通に接してもいいけど、この阿呆に対してだけは無理ね】

 天地が逆転したように驚いて、笹崎がこっちを見る。俺はといえば、どうしようもない暴露に苦笑いしか出来なかった。

「市隈くん?」

「……はい」

「今すぐに貴方からティアーニを引き剥がしても、私は一向に構わないのだけど?」

「もうしないと誓います……」

 横で聞いていたシャルロットが、ポツリと呟く。

「喜久、それはやりすぎだよ……」

「そうだね」

 これ以上何も言えなかった。

 

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