[ NumberingTitle_虚シイ会話_多面体ノ素顔 ]
― 11 ―
日が沈み始めた夕方、一人の待ち人を待っている。しばらくして、扉を開けて入ってくるミアが不敵な笑みを称えた表情で現れた。
「よう。前も、この空き部屋で一騒ぎしたよな?」
「これで出し抜いたつもりなら、貴方のジョークはあんまり冴えてないわね?」
そう言って、ミアは俺が奴の部屋のドアノブに掛けておいたものをこっちに放る。ビニールの袋から飛び出たのは、ここへの案内状になるメモと壊れた携帯電話だ。
そして、俺が手に入れた奴の個人情報がつまった紙の束だった。
「どこに行ったのかと思ってたけど。なるほど、この場所でサーフォちゃんと私は、イーブンの立場にあったわけね?」
「その割には、随分と余裕だな?」
「パパのことを調べたみたいだけど、私を脅すには材料が少ないわね。この前の続きをしたいのなら、私は一向に構わないわよ?」
「面白いこと教えてやるよ。こっちだって、お前の父親はどうでも良いんだ。なんせ、お前が大好きなのは、母親の方だものな?」
途端、ミアの顔つきがいきなり変化しだす。琴線に触れたらしく、真っ平らな無表情。あらかじめ別に切り離しておいた、残りの紙の束を奴に向けて放った。
笑いながら説明を始める。
「瞬発的肉体強化実験の被験者リストだ。マジックで潰れてる部分は死亡者だよ。しかしな、それについて一つ疑問が浮かぶと思わないか?」
表情がまただんだんと、変貌していく。それは、奴の触れて欲しくないものに、こちらが土足で踏み込むような感じだった。
「なんで被験者じゃないお前の父親が、欄外で死亡者入りしてんだろうな? 当ててやろうか、それは父親がお前の母親を実験台に使ったから――
ガンッ!
ミアの拳がISを瞬時展開した腕に突き刺さる。俺の髪と目が一瞬だけ白くなり、奴の目は怒りに満ちていた。
「能力行使すりゃ、俺の方が反応速度は上だからな。同じ手はくわねえよ」
「それ以上言ったら殺すわよ?」
「リストに記載されてたけど、お前の母親は植物状態なんだってな?」
「黙れぇ!!」
何発も打撃をくらうが、完全にISを展開しきった今の状態だ。ミアの攻撃は全く通らない。
「お前だろ、母親にしたことを怨んで、大好きな筈だった父親を殺したのは?」
「それ以上言うなあぁぁあぁああああああああああああああああああああああっ!!」
「もう一つ良いものを見せてやるよ? お前の揺り篭が、無くなる瞬間だ」
奴の前に、予め用意していた別の携帯電話を吊るす。画面にはリアルタイム映像が映っていた。
ミアの激情任せの攻撃が止んで、その目が恐怖に澱む。
「……いや、そんな、…………なんで?」
「ちなみに、病室の監視カメラからは死角で見えてなし、写っている手は病院の関係者だから怪しまれることもない。これで形勢逆転だな?」
映像の先に仕事を頼んだいた人間の手が写っている。そして、手には隠すように手術用のメスが握られていた。
写っている手の奥では、管を差し込まれている植物状態の女性が静かに横たわっている。
「まあ、蛇の道は蛇ってことだ。どんなに非情な人間でも、身内には愛情を向けるものな。感情のままに大好きな父親を殺しちまったが、もう一人も失いたくはないだろ?」
「今すぐ、ママから離れるように指示を出しなさい」
ミアが俺を睨むが、まるで覇気が感じられなかった。
「それは俺の言うことを聞いてからだ」
「――なにをすれば良いの?」
「簡単な仕事だよ。お前も俺も二人の状況が好転する魔法みたいな仕事だ」
◇
ミアの部屋に着くと、同室者が出ていることを確認して、そのまま一緒に奴の部屋へ入る。奴は椅子に座り、俺も適当なベッドへ腰掛けた。
「それじゃ、手はず通りに宜しくな?」
「約束は守ってもらうわよ?」
そう言ってミアはどこからか補充したであろう携帯端末を取り出す。こっちは奴の作業を黙って見守った。
ミアが相手に電話するために携帯を操作していく。相手先にかけて何コールかのあと、向こうの連絡相手が顔を覗かせるようにして通話に応じた。
『やあ、ミア=コリンズ君。定期連絡には随分速いようだが、良い知らせと悪い知らせのどちらについてかな?』
三年ぶりに聞く、とても耳障りな声だ。スピーカー機能で拡声されて室内に響く。
「良い報告になります。ナンバー三四の懐柔に成功しました。骨抜きの状態になりましたので、IS学園の方で卒業後に本国への移送が可能な状態です」
『ほう、それはすごいな』
こっちの嘘に向こう側にいるアスティンのクソ野郎が、嬉しそうに話へくいつく。
「ありがとうございます」
『ミア=コリンズ君、君の成果をジャスパー大佐も高く評価するだろう。どうかね、卒業後は我が軍の方で働いてみる気はないかね? 私のほうでも待遇については、是非とも口添えをさせてもらうよ。有望な人材というのはいつも不足しているからね』
「進路のことは、まだ悩んでいるところがありまして。一つの方向性として、考えさせて頂きます」
『ああ、是非とも頼むよ。しかし、よくあのモルモットを手懐けたものだ。何かコツみたいなものがあるなら私にも一つ、教えて欲しいものだね?』
モルモットね。まあ、あいつらからしたら、俺の価値なんてそんなものだろうな。
「体を使いましたから。少し寄りかかったら、簡単に折れました」
『ははは、恐いものだね。女性という生き物は、年齢では測れないということか。休暇で帰国した際にはお父上殿の墓参りに行くといい。良い報告ができるだろうからね?』
笑い声に思わず拳を強く握る。今すぐにでも、ミアの携帯を奪い取って壊したい衝動に駆られた。
「はい、帰国の際には父の墓に挨拶に行かせて頂きます」
『あのモルモットはわが国にとっての財産であり、IS適性のある男性操縦者を生み出すための貴重なサンプルでもある。君の功績は大変大きいものだよ、あとで謝礼金を送ることも約束しよう。では、引き続き定期連絡の方をよろしく頼む、ブッ』
通話が途切れる。ミアが突き刺すような目でこちらを睨み、気持ちの篭っていない労いを送った。
「ご苦労さんだな。これからも、この調子で頼むわ」
「約束は守ってもらうわ、今すぐママを開放しなさい。もし破ったら、――楽には殺さない、地獄のような苦しみを与えてやる」
「修羅と餓鬼と地獄を行ったり来たりのお前に言われてもな。約束は守ってやる、ほらよ」
持っていた携帯電話をミアのほうに放って渡す。
「番号で1111だ。それで、映像の向こう側がメスを引っ込めるからやってみな?」
ミアは俺に言われた通りに携帯の番号を押す。コールされて一〇秒後、メスが画面から無くなり、映像内から凶器になるものが消えた。
「お前の携帯は俺が壊したからな。それはお前にやるよ、だから精々映像の先でメスがちらつかないことでも祈ってるんだな」
笑みを浮かべてベッドから立ち上がると、そのまま怒れるミアを残して部屋を後にした。
◇
いつもの様に寮の屋上にやって来ると適当な場所で座り込む。ぼーっとしていると、ティアーニが話し掛けてきた。
【無理して悪役を演じるなんて、まるで化かしあいね。気疲れの多い生活は病むわよ】
「ああ、ちょっと疲れたよ。ほんとにさ、余計なことなんて知らないにかぎるよな?」
こじ開けた画像データの一枚一枚を思い出す。家族に愛されている少女は、綺麗な笑顔をして微笑んでいた。
煙草が無償に吸いたくてしょうがない。
【貴方は貴方のやるべきことを全うした。今はそれだけを考えなさい】
「AIのお前みたいにはいかないんだよ。少し静かにしてくれ、今はしばらく何も考えたくないんだ」
ミアに対して行った脅しは、実際に実行されるわけじゃない。姉さんが独断行動で依頼して雇った人間には、玩具のプラスチックで出来たメスをカメラ内に入れてもらうだけの仕事をお願いしただけだ。一回きりで賭けの行動だったが、奴にとっての揺り篭を揺さぶっただけあって効果的面だった。
なにせ、完全に怒りと恐怖で思考が麻痺していたのだから。
ニコルに会った時のことを思い出す。奴は言葉で俺を揺さぶった。
ミアにやったことを考えれば、結局は俺もニコルのクソ野郎と同じ穴のムジナだ。
それにしても、気の回る姉さんには頭が下がる。渡された資料だけじゃ、全くミアを押さえつけられなかったな。
「悪行を積むのはすごく楽で、善行を積むのは苦の上に成り立つってのは本当だな」
【……】
「反応しろよ。独り言みたいで、俺が阿呆に見えるだろ?」
【貴方が話すなと言ったのよ。子供の駄々に付き合う気はないわね】
「お前の悪口も充分子供に見えるぞ?」
【パートナーが子供だから、合わせているだけよ。速く成長して欲しいものだわ】
「言ってろ」
今回のことで、しばらくは時間を稼げただろうか。今日はとても濃い一日だった。
セシリアとシャルロットには今回の行動は伝えていない。どうしても自分でケリをつけたくてとった独断の行動を二人はどうみるだろうか。後でまた、脛を蹴られるかもしれないと思うと、その場で苦笑した。
先が見えないままに、手を前方に翳してみる。自分の一部を見て、確かにまだ生きているのだと自覚した。
― 12 ―
だるくてしょうがない全校集会の現在、疲れに疲れた状態で意識を飛びとびにしながら頭をぐらつかせていた。
『みなさん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより、投票結果の発表を始めます』
嵐のような日から明けて次の日、俺自身が一夏に巻き込まれたと思っている争奪戦の結果を更識がマイク越しに伝えている。周りの女子連中は一夏が欲しくてしょうがないらしい。普段の授業より真剣になっているであろう耳を傾けていた。
『一位は、生徒会主催の観客席参加型劇『シンデレラ』っ!』
ああ、だよね。更識のことだからそれぐらいのことは上手くやるよなと思ってたよ。生徒会入りってことは、あいつだけが美味しいところを掻っ攫っていった形だな。
女子連中が皆きょとんとしている。次の瞬間には、我に返った生徒が叫び声を挙げ始めた。
「卑怯よっ! そんなのって、あんまりよっ!!」
「ずるいっ! 生徒会の横暴だわっ!?」
「却下よ、今すぐにやりやおしてよっ!!」
「それじゃあ、一夏君が景品である意味がないじゃないっ!!」
「私たちの努力を返せっ!?」
ふざけるなといった感じの大合唱が始まる。非難を浴びる更識は微笑んで、大人の余裕たっぷりに受け流していた。
『劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ。でも、私たちは別に参加を強制したわけではないのだから、立派な民意と言えるわね?』
やり方が悪どいしそれは民意じゃない、間違いなく詐欺だ。
更識が口元で扇子をひらひらさせてるのを思い浮かべると、悪代官の取引先にいそうな悪徳越後屋の店主が思い浮かんだ。ぴったりだなと、俺は一人心の中で納得した。
『はい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑 一夏くんは、適宜各部活動に派遣します。大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげて下さい。それらの申請は、生徒会に提出するようお願いします』
落しどころもちゃんと用意する辺りが計算高いな。
一夏のほうをみれば、強制されて呆然としている姿に哀愁が漂っていた。
「ま、まあ、それなら……」
「仕方ないわね。納得してあげましょうか」
「うちの部は勝ち目なかったし、これはタナボタね」
冷静になって考えろよ、明らかに得したのは更識だぞ。
うんうんと周囲が納得し始めている。権力の権化、更識のマインドコントロールが見事に効いている証拠だった。
『さて、次に二位の部には予定通り、市隈 喜久を強制入部させたいと思います』
「出たよ」
思わずげんなりして、無意識に言葉を発していた。
『よっちゃん、頑張ってねっ♪』
「その言い方をここですんじゃねぇ!?」
大勢の前で、その呼び方は辞めてくれっ!!
怒鳴っても後の祭り、前にシャルロットが暴露した、俺が泣く発言の過去が頭によぎる。顔を青くしながら、思わず周囲を見回していく。
「あはははははは、よっちゃんだってっ!」
「随分と可愛いあだ名ね、よっちゃんっ!」
「最高ね、あんたのあだ名っ! いったい誰が付けたのよっ!?」
ホール中で、女子連中の笑い声が木霊する。その場で、がっくりと肩を落とした。
このあと、学園中で俺のあだ名がよっちゃんになったのは、言うまでもない。
◇
一日が終わって自室に戻る。ベッドが三つから二つに減り、俺はやっと戻った部屋の配置に安堵した。
「部屋が落ち着いたな」
【良かったわね、よっちゃん】
「もう一回言ってみろティアーニ、次に言ったらお前をダムの底に投げ捨ててやるからな」
明らかにからかってるとしか思えない、ティアーニの発言に心底うんざりする。俺はぐったりするためにベッドへとダイブした。
しばらくして、通路側のドアからノックの音が聞こえだす。
「よっちゃん、いるかしら?」
「誰もいねぇよ」
半ばやけくそ気味に答える。目下、俺を悩ませる全ての元凶の声が聞こえた。
「失礼するわね~?」
そう言って更識が部屋に入ってきた。
ベッドでぐったりしたまま対応する。
「あんたが引きずっていった、一夏はどうしたんだ?」
「一夏くんなら、生徒会室で他のメンバーに色々と教えてもらってるわ」
あいつも大変だな。
「それで、なんのようです?」
「ミア=コリンズの件よ。部屋の外から様子は覗かせてもらったわ、おねーさんを仲間外れにするのはちょっといただけないわね」
「ち、どっから見てたんだよ」
全く気づかなかった。
自分の中のカテゴリーで、更識の実力が油断の出来ない相手に確定される。
「自分で解決をしたようだけど。私としては、危険な綱渡りをして欲しくないわ」
「こっちは昔から、そんな綱渡りをし続けてんだ。一つ増えようが今更なんだよ。あんたは知ってるだろうから言っとくけどな。俺の周りに居た同じ顔の試験体、六十一人は間引きされたようにして死んだ。結局は、五体満足じゃ俺しか生き残ってないんだ」
更識は無言で持っていた扇子を自分の指の上に乗せだす。やじろべえのように似せたそれは、数秒も経たずにバランスを失って床に落下した。
「さて。こうなった時に、悲しむのは誰でしょう?」
「……」
更識が落ちた扇子を拾いながら質問してくる。上手く言い返せず、正直に言葉が詰まった。
大人が子供を嗜めているように見える構図は、俺の中で反発心だけを産み出していく。
「話を聞いてくれるよっちゃんが、おねーさんは大好きよ?」
「人を食った言い方しかしないあんたが、俺は気に食わなくてしょうがないけどな」
「よく聞きなさい、市隈 喜久?」
更識の飄々とした顔がいきなり真剣になる。奴ががらりと表情を変え、初めて見せる顔に思わず緊張が走ってしまう。
「そうして欲しくないのであれば、次からは必ず学園の長たる私に相談をなさい」
「あんたに何の権利があ――
「良いわね?」
俺の言葉を更識がさらに上から被せる。奴自身から、有無も言わせぬ迫力と圧迫感を感じた。
――だからと言って、俺が折れることに何の意味がある? 危険なのは俺だけで充分だ、他に巻き込む人数を増やす必要もない。
「わかったよ」
俺は嘘の了解を告げた。
すると、更識はいつものにこやかな表情に戻る。
「これくらいで、よっちゃんが聞いてくれるとは思わないけれど。人の気持ちも考えてくれるくらいには、成長してくれると嬉しいわ」
お見通しかよ……、本当に食えない上級生だ。
「おねさーんはこれで失礼するけれど、部活動の方にはきちんと出てね?」
「はぁ。やっぱ出なきゃいけないのかよ?」
「そうしてくれると、おねーさんてきには助かるわっ♪」
「はいはい、気が向いたら出ますよ」
言葉だけでとりあえず了承を伝えると、更識は嬉しそうに部屋を後にした。