[ NumberingTitle_超人伝説_部活動 ]
― 4 ―
おい……、いったい三人共、なにやってんだよ。
珍しく週末に出かけの約束をしていたのだが。待ち合わせの場所に着いてみれば、あまりの光景に思考がフリーズしかけた。セシリアとボーデヴィッヒ、シャルロットがホスト風の男二人を文字通り締め上げている。三人揃って機嫌が悪いらしく、まるで強面のヤーさんみたいな顔つきでこっちを睨む。
「喜久、来るのが遅いぞ。時間前行動は、厳守すべきだと思うが?」
「喜久さん、女性をエスコートするのであれば時間通りギリギリに来るのではなく、もう少し早く来るのがマナーでしてよ?」
「喜久は僕たちのことを少しは考えてよね?」
メンドクセェ……、別行動してぇ……。俺は今日一日、こんな状態の人たちと買い物しなきゃいけないの? 自分から二人ほどを誘っといてなんだが、この面子での買い物は疲れしか感じない。
三者三様に苛立ちを隠さず批難をしてくる。ホスト風の二人組みはやっと助けが来たとばかり、自分に向かって叫びだす。
「なあ、あんたこいつらの連れなんだろ!? なんとかしてくれっ!!」
「頼むよ、警察でもなんでも行くからさっ! ナイフを当てられるのはもうたくさんだ!?」
半狂乱になりだしてるよ……、どうしたらこんな状態になんだ?
一人に至っては、まるでトラウマを植付けられたかのような叫び方をしている。ナンパする相手を間違えた引きの悪い二人に対して、哀れみにも似た同情の視線を向けた。
ナイフを持ち歩いているであろう人間に、溜息を吐きながら説明をする。
「ボーデヴィッヒ、凶器を持ち歩くんじゃない。明らかに条例違反だし、一人がヒステリック状態になってるぞ?」
「この国では、刃物を持ち歩くことが禁止されいるのか?」
「喜久、ラウラは悪くないよ。この人たちが、しつこ過ぎる方が問題だったんだから」
「そうですわ、同情の余地など全くありませんわね」
言ったら殴られそうだけど、慎みの欠片もないな。
しょうがなく気が立っているパワフルな三人組を説得して、なんとかホスト風の二人組みを警察に引き渡した。
◇
目的のショッピングモールまで来ると、各々が一夏のプレゼントを探し始めだす。
「シャルロットとボーデヴィッヒは、なにを買うんだ?」
「僕は時計かな。ラウラは?」
「私は思いつかん。ナイフを送るつもりだったがシャルロットに駄目だといわれたしな」
やっぱりナイフとかの類だったか……。
本人の中にある常識が、必ずしも世間の常識と合致していない良い例だった。だが、軍人生活が常識なので納得するしかない部分もあるのだろう。
助言になるかわからないが、俺なりにアドバイスしてみる。
「だったらボーデヴィッヒ、服とかどうだ? 一夏の趣味を考えながら、店員に聞いてみたら良いと思うけどな」
「そうか。ではセシリア、手伝ってくれないか? 私はそういったことに疎い」
「しょうがありませんわね。わかりましたわ、私がレクチャーして差し上げます」
四人でばらけると、各々が目的の場所へと向かっていく。エスカレーターを二階分昇り予め決めておいた財布コーナーに行くと、適当なものを探し始める。店員にあれこれ聞きながら選んでいくと、大人向けの革財布が置いてあった。手頃な値段のを見つけ、それを誕生日プレゼントに決めて会計を済ます。
小物売り場から辺りを見回せば、目立つブロンド髪の頭が見えた。シャルロットの方へ行くと既に買い物を終えていたらしく、嬉しそうにしてプレゼントを抱えている。
「お疲れさん。シャルロット、なにを買ったんだ?」
「ああ、時計だよ。一夏に似合うと思うんだ」
「そっか、――ところで値段は?」
嫌な予感がして、とりあえず尋ねてみる。
「一五万くらいかな」
「今すぐに選び直せ」
そんな高いものをプレゼントしたら、一夏が困惑して受け取れねぇよ……。
フランスの代表候補生は、明らかに金銭感覚がおかしかった。
「え、これが良いと思ったんだけど……」
「高すぎるんだよ。俺も手伝ってやるから」
そう言って、高校生が手に入れられる値段まで落とした時計を買い直す。
「お支払いは、どうなされますか?」
「これでお願いします」
うわ、現金払いじゃないのかよ。
本人が当たり前のようにクレジットカードを取り出て、店員に手渡した。二人分の買い物が無事に終わり、他の階にいたボーデヴィッヒ組に合流する。見れば、物がかさばり買ったものが一つでないらしく、三つもの四つも大きな袋を抱えているみたいだ。
呆れながら、シャルロットと同じ事を聞いてみる。
「なあ、聞きたくないんだけど。値段は幾らだったんだ?」
「嫁に送る、最大限のものを用意した。ざっと四〇万くらいだ」
思わず額を片手で覆う。
「良い店が無いというのは、些か問題でしたが。それにしても、意外と安く済みましたわ」
セシリア……、お前の言う良い店って、どんなのだよ?
さっきより二倍以上高い値段を聞いたせいで、頭がオーバーヒートしそうになる。
「安くないし基準がおかしい、お前らも選びなおせ。そして金銭感覚を養え……」
代表候補生は、一体いくらのお金をもらってるんだろうか。俺は必死に頭の中で考えた。
「しかし、せっかく選んだものだ。変更する必要はないだろう?」
「ボーデヴィッヒ、一夏に嫌われても良いのか?」
「なに、それは困る!?」
ボーデヴィッヒが顔面蒼白になりだし、おろおろし始めた。
「気持ちはわかるけど、やりすぎ。お前の方も手伝ってやるから、今すぐ選びなおすぞ?」
「頼むっ!!」
必死の形相が怖い。俺は効きすぎた言葉に後悔し、内心で少し引いた。
◇
なんとか無事に買い物を終わらせて、昼食の時間になる。食事をしようと辺りを見回せば、お好み焼き屋が目に止まった。顎で指して提案してみることにした。
「あれなんかどうだ?」
「おこのみやき?」
「なんだそれは?」
「喜久さん、どんな食べ物ですか?」
みんな食べたことがないらしく、三人が疑問系で返答してきた。
「入ってみてのお楽しみだ」
先導して店に入っていく。席に案内されると、目の前の大きい鉄板に三人が困惑しだす。出てくる食べ物を予想しきれないらしい。
「――お肉を焼くのでしょうか?」
セシリアの反応に俺が返答する。
「それもあるよ」
必死に考えている光景に、思わず笑ってしまいそうになる。店のメニュー表を見せると、どうも不思議な食べ物に見えたらしく。三人とも道への探求とばかり、興味心身だった。
サイドメニューをチェックしていたボーデヴィッヒが、小首を傾げながら聞いてくる。
「喜久、この『たこ焼き』とはなんだ?」
「それは食べ物の中に、タコが入ってるんだよ。英語だとデビルフィッシュ、だから『たこ焼き』」
「なに!? この国ではタコを食すのかっ!」
衝撃を受けていた。
「そうだよ。どうしたんだよ、おいしいぞ?」
「私は遠慮しておきます」
「僕もいいかな」
雪崩のごとく二人ほどが連鎖する。ヨーロッパ系の人種が苦手ってのは、本当みたいだ。
「好き嫌いは、良くないんでない?」
適当に言って、横にあった灰皿を持ち上げ自分の前に持ってくる。煙草を取り出して火をつけた刹那、頬に激痛が走り出す。
「痛ってぇ! ……あ、」
口から飛び出した煙草をシャルロットが綺麗にキャッチする。そのまま一息も吸えずに火が消されていく。
つい、癖で吸い出してから気づいた。ここには禁煙を促す悪魔が、二人もいたのだということを。
引っ叩いてきたセシリアの額に、青筋が浮かんでいる。
シャルロットが、目元の笑っていない微笑を向けてくる。
「喜久さん、どこで煙草を手に入れたのです?」
「僕はたまに思うんだ。喜久って、本当はマゾなんじゃないかって」
トイレと言って立ち上がろうとした瞬間、俺は強制的に取り押さえられる。
「喜久さん!!」
「喜久!!」
店の中で、洒落にならない怒声が木霊した。
◇
煙草を全て没収され、気分もへこみながらに歩く。ついでに説教までくらい、散々な一日と化した。
「あら、あのお店はなんですの?」
「イギリスには。ゲーセンてないのか?」
学園に戻ろうとしていると、セシリアが気になったらしい。近くにあるゲームセンターを指差して尋ねてくる。
「私も知らんな」
「僕も入ったことは、ないかな。喜久はあるの?」
「俺は中学の時に、友達と溜まってよく遊んでたな」
ついでに学校をサボってたら、警官に歩道された記憶もある。何気なく三人を見ると、わりと興味を示したらしい。じっと、その場から中を覗くようにしている。
「入ってみるか? 用事は済んでるし時間もまだ大丈夫だろ」
「あら、宜しいのですか? でしたら喜久さん、エスコートして下さいな」
「たまには良いかもね。ラウラも入ってみようよ?」
「フム。一夏もこういったところには、行くことがあるのかもしれないな。見学しておくのも悪くない」
みんなが納得したので中に入ると、適当に中を見て回る。シャルロットが、ピタリとあるところで停止した。
「喜久、これはなに?」
「ああ、モグラ叩きだよ。備え付けのハンマーで出てくるモグラを叩いて、得点を競うんだ」
興味があるのなら、素直に挑戦してみれば良い。本人の了解を得ずに、勝手にお金を投入していく。
「え、ちょっと!?」
シャルロットが慌てて声を上げだす。が、そんなことをしても、ゲームは愉快な音を立てて動き出す。シャルロットに備え付けのハンマーを渡した。
「ほら、始まるぞ?」
「もうっ!」
抗議の声をあげながらもモグラが出始めた瞬間、ダンと音が鳴る。即座に穴に沈んだ。
さすが候補生だけあって動きが速い。三人で眺めていると、ボクサーのような軽快なフットワークでモグラをどんどん叩いていく。最後の方でモグラの出入りが早くなるも、それを一つも見逃すことなく叩き続ける。ざわつきに気づいて周りを見渡してみれば、いつの間にか観客が出来上がっていた。
「えい、この、ていっ! そこ、ああ、ここっ!」
彼女自体は集中しているらしく、一向としてギャラリーに気づく様子も無い。最終的に一ゲームが終わってみれば、電子版のところで現段階の一位に大差をつけて得点を稼いでいる。まるでバグって出た点数のような数字が弾き出されていた。
これはすごい才能だなと、少し呆れてしまう。
「は、は、はあ。喜久、終わったよ。てぇ、ええ!?」
「おつかれさん」
労いの言葉を送るが、シャルロットは今更ギャラリーがいたことに気づいてパニクッている。拍手を受けるが、それどころではないらしく、赤面しながらすごすごとその場から移動しだした。俺たちも後に続いて行く。
すると、今度はセシリアが違うゲーム機の前で足を止めた。
「変わった形の機械ですわね。喜久さん、これはどうやって遊ぶのでしょうか?」
「パンチングマシーンだよ。ストレス発散には良いだろうから、やってみれば?」
再びお金を投入すると、ゲームが稼動し始める。セシリアが説明を受けてグローブを着けると軽く肩を回しだす。
すげぇ、何かプロみたいにさまになってんな。
セシリアが宣言とともに的へ打ち込む準備をする。
「いきますわ、――フュッ」
ズガァンッ!!
マシン、壊れてないよな……。
華奢そうに見えるのは外見だけですと言わんばかり、豪快で強烈な打撃音がその場で木霊す。本人は格闘技の構えを取ると、持ち前の筋力とフォームを組み合わせ、運動力学に則った無駄のない動きをしていた。点数もさっきのシャルロットと同じような感じで、一位を綺麗に塗り替えている。
IS学園はオリンピックかなんかの養成所なのかもしれない。これは二人を本気で怒らせたらすごく怖いかもと、全身に寒気が走りだす。
一コインで二回、再び的が立ち上がっていく。
「フー……、いいっ加減に、禁煙なさいっ!!」
さっきの二倍増しのような破裂音が辺りに満遍なく響いた。一回目より怨みの篭った叫び声に、気づけば自分が一歩下がっていることに気づく。
セシリアが微笑みながらグローブを外す。
「思いのほか気持ち良いものですね。加減を気にせず、殴打できるところが気に入りましたわっ♪」
うわ、発言が怖い……。
「喜久、あれはなんだ?」
「ん、あれか? あれはガンアクションのゲームだよ。ボーデヴィッヒには向いてるんじゃないか?」
ボーデヴィッヒが銃の形をしたものに興味を示す。それはガンアクションのゲームだった。四人で移動し、お金を投入してゲームがスタートする。
「撃ち尽くしたら画面外でリロードだよ。始まるぞ?」
「ふむ、わかった」
瞬殺かよ。
出てくるゾンビに玩具の銃の先が向けられる。そして画面内にいた三匹が一瞬で頭を失った。
「なんだ、歯ごたえがないな。この程度の相手では、面白さに欠ける」
敵が画面内で近付いてくる前に、全部ヘッドショットで沈んだ。一撃もくらわずに先へ進むと、あっという間に一面のボスへと辿り付く。
「ほう、少しは良いガタイのが出てきたな」
相変わらず笑った表情が怖い。ボーデヴィッヒって、本当に同い年なのか?
嬉しそうに奴の口端が少し吊り上がるが、鋭利な視線と笑う口に思わず引いてしまう。
ボス戦が始まると相手が勢いよく近付いてくるが、ボーデヴィッヒにことごとく精密射撃で退けられる。これにも呆れた感覚で観戦していると、空いている片手でなにかを要求してきだす。
「喜久、一つでは射撃できる弾の数に限界がある。もう一つの銃もよこせ」
「ああ、二挺でやりたいのね」
二人用のために余っていた、残りの銃の玩具をボーデヴィッヒに手渡す。もう一人分のお金を投入すると、二つの銃が別々の生き物のように敵を狙い始めだした。一般人と違って、頭の処理能力が桁違いに高い。
「これくらいが丁度良いな。喜久、これでは温いのだが、もっと難易度は上げられないのか?」
「店側しか設定はいじれないから、悪いけどそれで我慢してくれ。先の面に進めば、もっと難易度が上がると思うよ?」
そう言って見ていたが、結局ボーデヴィッヒはどうしようもない不意打ち的な一撃以外は、全部の攻撃をくらわずにオールクリアをやり遂げてしまった。もちろんギャラリーがここでも出来たが、本人は動じる様子もなく平然としている。
「思ったよりは楽しめたぞ。もう一回遊ぶのであれば、次はもっと難しいものが良い」
「いや、今日はもうおしまいにしよう。なんか、ギャラリーだらけになっちまう」
ボーデヴィッヒが満足できているうちに、ゲームセンターの外へ出た。そしたらさっきまでは気にもかけていなかった、入り口のところにあるUFOキャッチャーへと三人が注目する。
「喜久、あのゲーム機はこの国でよく見かけるけど。いったい、どんなゲームなの?」
「UFOキャッチャーだよ。最後にあれもやってみる?」
「そうだね、面白そうだし」
「随分と可愛い、ぬいぐるみが入っていますのね」
「どうやるのだ?」
台に近づき、お金を投入する。すると、挑戦した女子たちはみんな物が取れず悔しそうにしだす。負けず嫌いの変なスイッチが入らないかと冷や冷やする。
「くぅ、思ったより難しいですわね」
「アーム部分が、わざと弱くなってるみたいだね」
「うーむ、さっきのゲームより全然難しいぞ。喜久は出来るのか?」
いや、明らかに今までやった、ゲーム機の点数を出す方が難しいし。どんなあべこべの世界だよ。
「俺も得意じゃないよ。ま、ものは試しだ。やってみますかね」
しょうがなく、とりあえずお金を投入する。アームが動くと、人形に付いている紐の輪っかに偶然引っかかった。
「あら、取れたよ」
自分が驚いてしまい、素直に感想を漏らす。出口までアームによって引きづられた人形が落下した。
「はい、セシリア」
セシリアに渡すと、本人が驚いた顔をしだす。よくできたなと思いながらも、笑って答えてやる。
「今日は、良い気分転換になったか?」
「えと、はい。良い、気分転換になりましたわっ♪」
最後にラッキーでも起こったかなと、彼女の満足げな顔を見て和やかな気分になる。しかし、いらない落ちもあるらしい。シャルロットが横から俺の方をじと目で見た。
「喜久、僕の分は?」
「え、マグレで取れただけだから。次は無理だろ?」
「もう一回くらい挑戦しようか」
「……本気で?」
「そうだよ」
結局、次の人形が取れるまで。俺は一〇回ほどUFOキャッチャーに再トライする羽目になった。
後日、一夏から聞いた話題。俺達の遊んだゲーセンは、ものすごい記録を作り出した伝説の女子たちがいるとのことで、有名になっているらしい。
― 5 ―
「喜久、いい加減に観念して出てきたら!? 往生際が悪すぎるよ!!」
シャルロットの怒声が聞こえてきた。授業が終わって放課後になると、すぐさま教室の中で隠れられる場所を探し始める。なんとかなると思い、そのまま教壇机の中に潜り込む。幸い見つからずに済んだが、シャルロットが諦めるはずもなく教室内を見回していた。
「ティアーニ、喜久はどこかな?」
【こっちよ】
ティアーニ!?
心の中で叫び声をあげると、頭上の部分からトントンと何かで教壇机を叩く音がしだす。シャルロットの声も同じ位置から聞こえる。
「喜久、部活動に行こうか?」
「はぁ……、わかったよ」
【いい加減に子供から卒業なさい】
うるせぇ。
観念して、隠れていた教壇机の中からのそりと体を出した。すると、シャルロットのにっこりと笑う顔が確認できる。
「喜久、僕と活動するよりも、茶室で正座の方が良い?」
織斑姉が睨みを利かせている場所で、足の痺れに耐えながら正座する光景を思い浮かべる。俺の中で茶室の名称が、拷問部屋に変わった。
「……部活動に専念させてもらいます」
「じゃあ、調理室の方に行こうかっ♪」
落ち武者のように引きずられて一緒に教室を出る。前方を見れば、何秒か前の俺みたいにうな垂れている一夏が遠巻きに確認できた。
「一夏」
「おう……」
声をかけると、なんとも覇気のない返事。明らかに沈んでいるのがわかる。横を見れば、シャルロットが苦笑していた。二人で一夏のほうへ近付いていく。
「どうしたよ?」
「生徒会から部活への貸し出しが始まったんだよ。俺もお前みたいに、逃亡する勇気が欲しい……」
「だめだよ一夏。喜久に感化されても、碌な結果を生まないのは知ってるでしょ? 喜久と同じになったら、人生まっ逆さまだよ?」
シャルロット、お前はティアーニに感化されたのか毒舌に磨きがかかってるな。
呆れながら見ていると、シャルロットの言葉で一夏が納得したように頷く。
「諦めて、派遣先へ出向くとするよ。今日はテニス部らしいから外だな」
「テニス部っていえば、セシリアか。そういえば一夏、臨海学校の時にマッサージしたこと覚えてるか?」
「ああ。セシリアも喜んでくれてたし、良かったよ」
一夏の笑顔に心の中で苦笑してしまう。
「一夏のマッサージは最高に上手だって、セシリアが周りの女子連中に吹聴しまくってたぞ。まあ、頑張れや?」
「セシリア……」
セシリア本人はその場にいないが、一夏はそれに構わず呻き声をあげる。胃に穴が開きそうな表情に哀愁を誘う。シャルロットが一夏に労いの言葉を送った。
「一夏、がんばってね」
「……ああ、そうさせてもらうよ」
「一夏、それじゃまた自室でな」
言って別れると、俺とシャルロットは調理室の方へと足を向けた。
無駄に豪華な設備の整っている調理室がある。入り口にあたるドアをスライドさせて開けると、部長さんが俺とシャルロットに声をかけてきた。
「あ、デュノアちゃんとよっちゃんっ! デュノアちゃん、ちゃんとよっちゃんのこと、引っ張って来てくれたのね。毎回のことだけど、頼りになるわー」
「もちろんです。喜久も、大切な部員の一人ですから」
以前に更識が大勢の前で言った『よっちゃん』発言のせいで、学園中に俺のあだ名が浸透してしる。そのために全く話したこともない教員にまで、よっちゃん呼ばわりされている始末だ。
最初は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。だが、だんだんとそれに慣れてくると、良い感じで頭も麻痺していく。今では完全に慣れてしまい、不感症のように何も感じなくなった。
「よっちゃん、他の子が調理器具出してる最中なの。だから、鞄置いたら手伝ってくれなーい? 出来たらご褒美のお菓子をあげるからー」
「手伝いはしますけど、菓子に群がる気はありません」
扱いが蟻かガキかよ……。
料理部に入ってわかったこと。ここの部長は随分マイペースな人だった。一夏のように思いついた、座布団を引っぺがしたくなる駄洒落を言うのが特徴的だ。
鞄を適当に放り、そのまま手伝いへと向かう。すると、上級生と同学年の女子が歩いてくるのに気づいて嬉しそうにしだす。
「お、助け舟が来たわっ♪」
「よっちゃん、力仕事だから出番よ?」
「一夏君と違って、派遣型じゃないから助かるわね」
「あー、はいはい。で、どれを運べば良いんすか?」
多少だるく感じながらも適当に答え、女子に混じり作業を手伝い始める。現在、部活中の力仕事は意欲的に買って出ていた。その振る舞いが認められたのか、今では部活内で俺に対して批判的に接する人間が一人もいない。
入部当初は無言の空間が広がり、お互いが居辛かったのを思い出すと随分ましになったと思う。しかし何と言っても今の良好な状態になった最大の要因は、シャルロットが俺と部員連中の間に入って仲を取り持ってくれたことだ。
エプロンをつけて活動の準備を始めているシャルロットの方を見る。いつも周りに助けられていることを認識すると、それに感謝しながら作業に意識を戻した。
「あら、よったんたらシャルロットちゃんのほう見て、なに考えてたの?」
「よったんて呼ぶのは辞めて下さいよ。シャルロットって、出るとこがわりとしっかり出てるでしょ? だからちょっと目の保養に見てただけっすよ」
「やっぱ男子だわ……」
言動に吃驚して、上級生の瀬田先輩が思わず後ろに足を引く。
「からかうなら対抗しますから。嫌だったら、先に手を出すのを辞めることですね?」
からかいに対抗すると、相手の方が降参のポーズを取りだす。安心すると、瀬田先輩はシャルロットの方を向く。
「シャルロットちゃーん!」
「はい、なんでしょうか?」
「よったんが、シャルロットちゃんのこと食べたいって~!」
「……え?」
シャルロットがフリーズして、俺もフリーズしかけた。
そして直ぐに復帰して、思い切り睨みつける。
「おい、俺はそんなこと言ってねぇ!」
「ふっふーん。やるなら、これぐらいやらないとね?」
私のほうが一枚上手だとでも言いたそうに勝ち誇っている瀬田を無視して、俺は周囲を見渡す。部員の女子連中の殆どが、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
なんだ……、この『俺はあなた方の玩具です』みたいな状態は……。
改めて男女比率で、女子の方が圧倒的に多いという事実に泣きそうにってしまう。
「あらよっちゃん、駄目よそういうのはー。やるなら隠れてやらないと」
「煽るな部長、あんたはこの状態を止めるべきだろうが!?」
調理室にまともな人間がいない。苛立っていると、シャルロットが赤面したまま、ゆっくりと歩み寄って来た。
「喜久、僕はどうしたら良いかな……?」
しおらしくしながら、か細い声で聞いてくる。本人の思考が完全に飛んで、麻痺していることがわかった。
「お前は席に座って、水を飲んで正気に戻れ……」
シャルロットに指示を出し、瀬田の方をジト目で見る。
「あんたに男が出来たら、泣くまで弄り倒してやるからな?」
「あら、それは楽しみね?」
更識型の癖がありすぎる料理部の瀬田先輩に、本気で疲れを感じた。
何とか場の収拾がついて、調理の用意が出来る。必要な材料を包丁で捌き始めと、それを同学年の野田が覗き込むように見てきた。
「は~。毎回見てるけど、よっちゃんは本当に包丁の扱いだけは上手よね?」
「姉に泣くほど散々仕込まれたから、最低限はね」
「喜久、なんで僕が教えてる時は真面目にやってくれなかったのさ……?」
「いや、だってやる気なかったし。あれは、メインがセシリアだったしな」
シャルロットがどんよりと沈み込む。
「そうさな、今度三人でやるときは真面目にやるよ」
「本当? 喜久、約束を破ったら僕は許さないからね?」
「ああ、約束するよ」
そういうと、シャルロットが嬉しそうに笑った。
話しながら材料を切り終えると、他の用意を手伝う。今日は洋食類のメニューを作るらしく、残りの作業が無理だとバトンタッチして見学の側にまわる。てきぱきと残りの作業が進み、やがて良い臭いが調理室に漂い始めていく。
当たり前のように綺麗に作業をこなすシャルロットに対して、心中で関心と最大の賛美を送る。本当に楽しそうに料理をする姿を眺めているだけで、俺はシャルロットから少しだけ幸せを分けてもらっているように感じた。
「シャルロットって、本当に料理が好きだよな?」
「そうだね。僕は料理を作っている時と、それを食べてくれた人に喜んでもらえることが、すごく好きかな」
「そっか。俺も、料理はとても有意義で良い趣味だと思うよ」
「ありがとう、喜久」
作業中のシャルロットに俺が声をかけても、本人は嫌な顔をせずに嬉しそうに答えてくれた。
多少煮込んだビーフシチューみたいなのが出来上り、ある程度調理器具を片付けて各々好きな席に座る。そして食事の時間になって俺もシャルロットと適当な席へと座った。
「毎回思うけど、食堂の料理はちょっと豪華すぎるな。俺にはこういった、素朴な方がやっぱ良いわ」
「まあ、IS学園だからね。僕は喜久が本格的に料理すれば、もっと上手くなると思うけどな。やる気はないの?」
「料理人は修行があるし、俺はへタレだしな。好きこそものの上手なれじゃないけど、自分には向かない職業だよ」
二人で話していると、横で一緒に食べていた野田が話し掛けてくる。
「ねえ、よっちゃんはお酒とか飲んだことある?」
「なんで?」
「興味はあるんだけど、家は両親が厳しくて。それに未成年だし。よっちゃんなら、飲んだことありそうだと思って」
「それなら、最近体験した人に聞いてみたら?」
いいながらシャルロットの方を向く。臨海学校の最終日の夜、シャルロットとセシリアは俺が楽しみにして買っておいた、缶ビールを勝手に飲み干していた。
当時、笑い上戸だったシャルロットが、静かに俯いて視線を横に泳がしだす。
「……喜久、僕はもうあのことは忘れたいんだ。傷口に塩を塗りこむのは辞めて」
「こんな具合になるらしいから、二十歳過ぎてからの方が良いんでない?」
野田がどうして良いかわからず困った表情になる。
「なにか聞いちゃいけない話に触れたみたい。ごめんねシャルロット」
「良いよ、僕の自業自得だから……」
シャルロットが貝殻のように心へ蓋をする。
「俺の場合は友達の家から帰る途中に、べろんべろんに酔ってたところを警察に引っ張られてったことがあるけど。それよりは、シャルロットの方がましだろ?」
「え……」
「喜久、ましもなにも、それはまずいんじゃ……」
話した内容で衝撃を受けたらしいシャルロットと野田が、心底呆れた視線を俺に向けた。
◇
食事が終わって片付けも終わると部活動も終了した。今日はもう、食堂に用はなさそうなくらいに腹も膨れている。シャルロットと一緒に自室に戻るため、今は寮へ向けて二人並んで歩いていた。
「喜久、この後は空いてる?」
「ん? ああ、大丈夫だけど。何なら俺の方の部屋に寄っていくか?」
「うん。是非、そうさせてもらうねっ♪」
自室の部屋の前まで来ると、ドアノブを捻ってシャルロットと部屋に入る。
「一夏、俺は今日は腹が一杯だから飯はいら―――
飯はいらないからと言おうとして言葉が止まった。
見れば、艶っぽく息を漏らしているセシリアの尻辺りに、手を置いている一夏の姿が。
ああ、これは部屋に入るタイミングを間違えたな。
「なんだ、お楽しみ中か。一夏、そういうことならちゃんと言えよ?」
「セシリア、一夏と二人でお幸せにね?」
暖かく見守りながら、部屋から出ようと体を後ろへ反転させていく。一夏とセシリアが、ものすごい勢いで俺とシャルロットに何かを訴えてくる。
「待て喜久!! 違うんだ!?」
「そうですわっ!! 私はただマッサージを受けていただけですっ!!」
シャルロットがすかさず突っ込む。
「一夏。だったらセシリアのお尻に、手を当てる必要はないよね?」
「大丈夫だ一夏、セシリア。あの三人には黙っておくから楽しんでくれ」
さらに二人の顔が必死さを増す。
「頼む、話を聞いてくれっ!!」
「誤解です、頼むからお話をさせて下さいっ!!」
なんか不倫現場を目撃された人たちみたいだ。このあと一夏とセシリアが、しばらく俺たち二人を説得し続けた。