[ NumberingTitle_手記ノ語リ_道連レノ2連鎖_消滅ドア ]
七巻分
― 1 ―
7/11
プロジェクトが始まる。私は与えられた機会を神に感謝した。
人という種の可能性が広がることに、未だ興奮を禁じえない。これから時間の掛かるサンプル製作があるが、成功を確信している私には障害ですらない。私が作ってみせる、可能性の開花する人の先を。
8/2
人為的変化を促した卵子のサンプル六二体分が出来上がる。そこから促進を使い、さらに成長させて五歳児の状態にまでした。
培養機に入れた常態で中を覗く。中にいる子供たちが、みな同じように私のことを観察している。我が子のように思える子供たちに、私は幸せを感じた。
8/13
培養機から子供達が出される。立てない子供だらけで、一際弱っている子供もいた。
ナンバーは三四番だ。サーティ・フォーと呼ばれる数字を省略し、私はこの子をサーフォと呼ぶことに決めた。
これからISへの適性稼動実験が始まる。全員の体を丹念に拭き、頭をゆっくり撫でて席に座らせた。
『記録がありません』
9/24
私は軍という名の悪魔と契約したのだ。禁断の実を齧った。
そしてそれは、天罰という名の業を私に与えた。
ISを起動できた子はサーフォのみだった。
他の子供は誰一人として起動することが出来ない。その事に業を煮やした一部の人間が、私の知らない間におぞましい実験を強行した。
B―0211という特殊な試験薬を投与し、サンプル体が持っているISTSの能力を無理やり行使させたのだ。その日、サーフォ以外の子供が発狂の末に死亡した。
『記録がありません』
1/15
サーフォを育て始めて、私はこの子に癒されつづけている。もう、私にはこの子を育てることだけが生きがいとなっていた。
軍からこの子を逃がして一緒に暮らしたいが、それにはこの子がある程度成長しなければ難しいだろう。あと何年かは、この地獄のような場所で過ごすしかない。苦しいが、この子さえいれば私は耐えれる。
『記録がありません』『記録がありません』『記録がありません』
4/21
サーフォが壊れていく。シュミレーターを通して、デジタルになっている人間を破壊し続けてた。
実践での成果は、著しく多大な功績を上げ始めている。私の手元から離れている間に、我が子は殺人を犯しつづけていた。
今日は何人の敵を倒して頑張ったよと言われ、気が狂いそうになる。この時に、私は悟った。
『神など、ただの言葉と文字でしかない』のだと。他人や他がどうではない、己自身が変わらなければ何も解決しないのだ。神などという存在に頼らない、なんとしてでもサーフォを自身の手で救ってみせる。懺悔の許しを請うように、立ち止まることを許してはならない。私にあるのは、唯一残された贖罪を全うすることだけでいい。
六一人を殺した罪は私が背負う。
『記録がありません』『記録がありません』『記録がありません』
『記録がありません』
3/12
アジアの宗教では三を真実、四を死と捉えることを最近学んだ。真実の死が三と四の繋がり、即ちサーフォの名前と同じことに驚きを感じた。
今さら神など信じない私は、それでも思わず内心で笑ってしまう。真実の死などと贅沢は言わないが、私はサーフォに幸せの内に一生を終えて欲しい。それだけが、今の私の願いだ。
『記録がありません』
『記録がありません』『記録がありません』
『記録がありません』『記録がありません』『記録がありません』
日付なし
サーフォが暴走した。
私の計画も破綻した。サーフォはもう直ぐ処分される。私は決断しなくてはならない。
私は生きれなくても構わない。だが、あの子だけは何としてでも生かしきる。ラボを燃やして私も自殺しようと思う。あと五日、計画は周到に行わなければならない。
さようなら、私が世界で一番愛した可愛いサーフォ。
『記録がありません』『記録がありません』『記録がありません』
『記録がありません――
「ここまでか。随分と苦悩してたみたいだな、ティアーニ博士?」
コーヒーを飲みながら、ニコルは見入っていたパソコンから目を離した。
フィールにもらったチップを解析すると、ティアーニ博士の日記データを見つけて開く。そこには、本人の苦悩の日々が読み取れる内容になっていた。
いつも愛飲している味の苦味が増していような錯覚に陥る。とても息子に形見だといって渡せる内容ではなかったことに、思わず内心で憂いを感じてしまう。
ドアの叩く音で、意識が削がれる。
「ニコル、ちょっと良いか?」
「ああ、待ってくれ」
同僚の声が聞こえ、ニコルはパソコンのモニターを消した。
ドアを開けると、同僚が顎を横に動かしてジェスチャーをしてくる。
「中将殿がお呼びだ。例の実験に関する洗い出し、それの経過報告を聞きたいのだとさ」
「わかった、直ぐに行く」
同僚を帰してパソコンのスイッチを切る。その足で、経過報告をするために部屋を後にした。
― 2 ―
『襲われたぁ!?』
二人揃ってなんとも元気な声だ、おかげで耳が痛てぇ……。
襲撃を受けた次の日、一夏の説明に篠ノ之と凰が驚きの声を上げた。内心に溜まっている苛立ちを隠しながら食事をしている中で、一夏と二人だけでした会話を思い出す。
あの後のことだ。一夏から頼み込まれて、あのクソ女のことは誰にも伝えていない。昨日の出来事の際、本人が困惑の極地にいて取り乱しかけていた。だが、俺が怒りに任せて叫んだために、正気に戻り落ち着いて対応していた。
――お前と同じ顔の人間がこの世にもう一人存在するぞ。
奴の言葉を思い出す。全く知らないところで『何か』が動いている。歩いてきた過去の道を振り返ると、それは母さんが残した負の遺産だらけだった。肩代わりの贖罪にもならないだろうが、確実に原因を突き止めてもう一人の俺に会わなければならない。
最悪、そいつと対峙することも考えると、山積みの課題に思わず気持ちが滅入ってしまう。
「喜久、一夏の言ってる話は本当なの?」
「なんで、昨日の時点で仰って下さらなかったのです!?」
「そら、一夏に口止めされてたしな。それじゃなくても、祝いの席に水を差すもんじゃないだろ?」
自分なりにも気を使ったつもりだったが、二人が当たり前のように呆れた顔をしだした。
「前に、僕とセシリアが散々に言ったことをまるで理解してないね」
「喜久さん、貴方はどうしてそんなに身勝手なのですか?」
まずいな、二人して説教モードになり始めてる。毎回こんなんじゃ、こっちがストレスで死んじまうよ。
なんとかこの状態を回避できないかと、話の材料を求めて視線を彷徨わせていく。
「それよりセシリアさ、普段と食べる食事が間違ってないか?」
当たり前だが、セシリアはいつも洋食を好んで食べている。しかし、今は何故か和食料理が彼女の前に置かれていた。
指摘するとセシリアの神妙な顔が、途端に嬉しそうな笑顔へと変わりだす。
「喜久さん、食べさせてくださいなっ♪」
「喜久、聞く必要ないからね。セシリアはわざと箸を使う料理を選んでるんだから」
シャルロットがムスッとして不機嫌そうに答え、セシリアは流し目で不遜に返答する。
「あらシャルロットさん、病人を労わるのは人として当然のことではなくて?」
「セシリアは左腕を怪我してないでしょ? 今からで良いなら、僕がスプーンとフォークを取ってきてあげるけど?」
なんで喧嘩してんだよ、食事くらい普通に食べさせてくれ……。
話の路線変更を間違えたことに後悔した。
「セシリア、食べさせるから喧嘩はストップしてくれ。シャルロットもこれぐらいで目くじらを立てるのは良くないと思うぞ?」
「もうっ! 喜久は怪我人に甘すぎるよ。喜久、セシリアに何かするなら僕にも後で何かしてくれるよね?」
うわ、面倒臭ぇ……。
かといって何もしないと、後で何かされそうな気もするし。それにしても、俺を叱り飛ばそうとしたくせに、こういうところでは二人とも子供だよな。
「はぁ。まあ、後でならな」
【シャルロット、確約をとるのなら念を押しておくことが大事よ。喜久は嘘吐き魔でしょう?】
おいティアーニ、余計なこと言うんじゃねぇ!!
ズイズイッと、シャルロットが顔をこっちに近づけてくる。笑顔の威圧感は、怒り顔より迫力があった。
「喜久、約束って大事だと思わない?」
「……そうですね」
「目が横に泳いでるよ? どうしてかな?」
「……気のせいだろ」
「じゃあ、次の食事の時は喜久が僕に食べさせてくれるよね?」
「シャルロットさん、喜久さんが困っていましてよ?」
セシリアが横から口を挟んでシャルロットと牽制する。
「セシリア、独り占めは良くないと思うな」
「あら、シャルロットさんは健康ではありませんか。だったら食べさせてもらう必要もありませんわね」
「何だこの不毛な会話は……」
思わず心の叫びが口から漏れ出てしまう。途端、それを聞いた二人が口喧嘩を止めて、俺のほうを向きだした。
「喜久さんが、優柔不断なのがいけないのですわよ?」
「いい加減に喜久が決めてくれれば、僕は楽になると思うんだけど?」
女性の嫉妬感全開の攻撃に、思わず内心でたじろぐ自分がいた。
そして、一番この手の話に疎い人間が俺の非を指摘する。
「喜久、優柔不断なのは良くないと思うぞ。いい加減男らしくしたらどうだ?」
「一夏ぁ!! てめぇにだけは、死んでも言われたくねえ!!」
「なんでだよ!?」
この朴念仁が! お前の方が俺より酷いくせに、なに言ってんだよ!!
俺は、一回だけで良いから目の前の男を海の底に沈めてみたくなった。この場にいる篠ノ之と凰、ボーデヴィッヒが追い討ちをかける。
「今のは喜久の方が正しいぞ、一夏」
「あんたが恋愛で説教なんて、ありえないわね」
「一夏、お前の方が問題だ」
「俺は優柔不断じゃないし、いつだってちゃんとしてるぞ!?」
『嘘つけ!!』
俺と一夏のことが好きな女子たちの怒声が木霊す。奴がその場で撃沈して、思い切りへこんだ。
「あらあら、楽しそうですね~♪」
陽気のシンボルみたいな山田先生が、いつの間にか俺たちのテーブル近くにいた。彼女の後ろには軍曹織斑姉が控えている。
「あんまり騒ぐなよ、馬鹿者が」
「全部一夏が原因です」
「喜久!?」
すかさず答えると一夏が情けない悲鳴をあげる。
「市隈、織斑に全部の責任を擦り付けるな。それに、本来なら昨日の市街地戦について謹慎処分があるところを特別に免除してやったんだぞ、勘違いするなよ?」
「はいはい」
ゴッ
「痛ぇ!」
適当に返事した瞬間、拳骨の雷が頭に落雷する。思わずその場で頭を抱え込む。
「返事は一回だけにしろ、馬鹿者が。織斑、オルコット、凰、お前らも同じだぞ。忘れるなよ?」
『はい……』
くっそ、軍曹の野郎め。人の頭をなんだと思ってやがる。
織斑姉に恨みがましい視線を送った。
「ところで、お前たちはいつもこのメンツで食事をしているのか?」
「あ、はい。大体はいつもこんな感じです」
「そうか」
織斑姉の質問に一夏が答える。すると、横にいる山田先生が、人を食ったようにして嬉しそうに喋りだした。
「あら? 織斑先生、もしかして気になるんですか~?」
「山田先生、後で食後の運動に近接格闘戦をやろうか」
「じょ、冗談ですよぉ! あ、あは、あはは……」
この構図はあれだな。一種、弱肉強食の世界ってやつか。
小動物の山田先生が、ライオンの織斑姉をいじって逆襲されている。辞めればいいものをと、本人の懲りない悪癖に苦笑する。
「織斑先生」
「ん、なんだ市隈?」
「臨海学校の時でしたけど。山田先生が楽しそうに、アダルトチャンネルを点けて見てましたよ」
面白そうなので、悪ノリで山田先生を少し弄ってみることにした。横で話を聞いている一夏たちは『あの真面目な山田先生が!?』と衝撃を受けている。
「えぇ!?」
「なに……? どういことだ、山田先生?」
「私は何も知りません! 市隈君、嘘はいけませんよ!?」
山田先生が明らかにうろたえている。横にいる織斑姉が小動物を威嚇しだす。
「あれ? おかしいな、確かテレビを点けたのは山田先生じゃないですか? 俺も興味はあるんで、そのまま後学のために勉強がてら鑑賞させてもらいましたけど。覚えてませんか?」
「――あ……、えと、いや、でも、そんな……はう…………っ」
きっと何かを思い出したのだろう。山田先生が大量の冷や汗をかいたようにして、顔を蒼ざめさせた。俺は他人事のように、笑いながら声を掛ける。
「でしょう? いやあ、あの時はありがとうございました。しかし、山田先生も欲求不満が溜まってるんですね?」
「うう……、くぅ……!?」
本人が羞恥心と怒りで、頭から湯気を出し始めた。言い返せない分だけ、悔しそうにして俺のほうを見ているだけだ。この場にいた女子たちが、自分を最低な生物だといわんばかりに侮蔑の視線を向けてくる。
織斑姉の目が光り、俺の方を向く。
「山田先生、食事は中止だ。じっくりと話を聞かせてもらうぞ。市隈、お前も来い」
「え、何で俺もなんすか?」
まずい、このままじゃ俺も茶室という名の拷問部屋に連行される!?
どうも墓穴を掘ったらしく、何故か俺の名前が織斑姉の口から飛び出した。
「市隈、なぜそれがわかった時点で報告をしなかった? しかも、お前も見たと言ったな。ならばお前も同罪だ、一緒に来い」
「え、実行犯は山田先生だけじゃないですか?」
実際は全部が俺だけどな。
「市隈君、言い訳だなんて見苦しいですよっ!?」
いや、あんたは確定だけど俺は逃げたいし。行くなら一人で逝ってくれ。
山田先生が泣きそうになりながら、道連れだと言わんばかりに吼えた。
「喜久、茶室には美味しいお茶と茶菓子があるらしいよ。良かったね、たくさん絞られてきたら?」
「喜久さん、お説教という名の素敵な時間をごゆっくり堪能してきて下さいな?」
くそ! 何だよお前ら、AV見たくらいで目くじら立てやがって!?
面白ぇ上等だ! だったら、お前らも道連れにしてやる!!
「織斑先生、さらにもう一つ言うことがあります」
『 !? よしひ――
「その時に缶ビールを買いに行きました。隠れて飲もうとしたら、シャルロットとセシリアに飲まれてました」
二人のほうを見ながら、最高の笑顔で一気にまくし立てる。途端、織斑姉がものすごい疲れた顔をした。言動を止めようとしたシャルロットとセシリアが、声にならない悲鳴をあげている。
「はぁ……。どうしてうちのクラスには市隈を筆頭に、こんなにも問題児が多いんだ。デュノア、オルコット、お前らも一緒に来い。話がある」
『はい……』
こうして、四人揃って織斑姉に連行されると、茶室でみっちりと説教をくらう。そして、正座に慣れていないセシリアとシャルロットが、説教の途中から悲鳴をあげまくっていた。
― 3 ―
永遠に続くかのような織斑姉のお叱りを受ける。開放された時、四人の気力は底を尽きていた。途中、正座に耐え切れなくなったセシリアとシャルロットは、余計に怒られていたために俺への恨みを募らせていく。
「喜久さん、この恨み忘れませんわよ……」
「喜久、明日からの生活を楽しみにしててね……?」
幽鬼のようなありさまの二人は、痺れた足を引きずって各々の部屋へ戻って行った。自室に入ると一夏がなんともいえない表情で俺を出迎える。
「随分、長かったな……」
「いつものことだ、気にすることじゃないな。それよりも、セシリアとシャルロットからくる報復の方がやばそうだ」
あの二人の顔を思い出して身震いした。見れば、一夏も口元が引きつっている。
「はは……、まあ頑張るしかないな。さて、俺はシャワーでも浴びるとするよ」
「ああ」
会話をしていると、不意にドアのノック音がしてドアが勝手に開け放たれだす。
「じゃじゃーん、楯無おねーさん参上~っ♪」
「帰れ」
「お帰りください」
二人して同時に声を出し、一夏がドアを無理やり閉めた。そして俺が警告の発言をする。
「更識、強引にドアを破ってみろ? そしたら、お前の部屋のを替わりにもらうからな」
「―――うわあぁぁああっ!?」
ドアの真ん中あたりから水の刃が突き出し、一夏が驚いて悲鳴をあげてしまう。問答無用で真っ二つにされ、更識の部屋のドアは無くなることが確定した。
「もー。おねーさんを蔑ろにしちゃ駄目だゾ★」
「てめぇみてーのは、百害あって一利なしだ。ドアを弁償しろ、そしてさっさと帰れ」
イラつきながら答え、一夏は既に何かを諦めた表情になっている。もはや、一夏の生活は更識によって壊滅状態に陥っていた。
「ねぇ、部屋に入ってもいい~?」
つくった猫なで声がうざい。
「器物破損に不法侵入だ。訴えるぞこの野郎」
「どうぞ……」
「おい一夏!? お前屈しすぎだぞっ!」
お前は更識のロボットか!?
一夏の応答で、更識が嬉しそうに入ってきだす。腕を組みながら自分のベッドに座り、従順すぎる一夏の甘さに苦悩する。奴が自前で持っている扇子を開き、そこには『惨状』と書かれていた。無意味に用意のいい、更識の頭を叩きたい衝動に駆られてしまう。
「用件を済ませて直ぐに帰れ」
「あらん、よっちゃん怒ると損よ?」
更識が俺に向けてするウィンクの動作に、軽く切れそうになった。
「それで、用事はなんですか? できれば俺、シャワー浴びたいんですけど」
「ん? それじゃあ、シャワーを浴びながらお話ししましょうか? 私、今日は水着持ってきてないんだけどな」
「だあぁああっ! なんでそうなるんですか! 普通に、今すぐ、話してくださいよ!!」
ここは新手の風俗かよ……。これは一夏が過労死したら、全部目の前にいる元凶のせいだな。
一夏が更識に文字通り翻弄されている。
【あの子、そのうちに倒れるかもしれないわね】
「自業自得だろ」
ティアーニの言葉に対し適当に答えた。そして余りの阿呆らしさに付き合ってられず、読みかけの小説を開くことにする。
「あはは、必死になっちゃって。もう、可愛いなぁ」
「はいはい……」
不毛な会話は俺の横でエンドレスし続けていた。本を読んでいる間に、一夏が出さなくてもいいお茶を丁寧に更識へ差し出していく。
「んー、おいしい玉露ね。でも、生徒会のお茶くみとしてはまだまだかしら」
「楯無さん」
「なあに?」
「追い出しますよ?」
「いやん、一夏くんたら酷いわねー。よっちゃん助けてー」
更識の口から出る、女子特有の高音ボイスに嫌気がさす。本を読みながら返答しておく。
「一夏、追い出すなら手伝ってやる」
「はぁ……。いや、いいよ喜久。で、今日はなんですか楯無さん?」
奴が扇子をぱちんと鳴らして閉じる。
「一夏くん、襲われたんですって? うちで警備の人間をつけましょうか?」
「いや……、遠慮しときます」
更識と、どっこいくらいの力があるだろうか。
織斑 マドカと名乗ったクソ女が頭に浮かぶ。あいつに襲われたら、普通の奴じゃひとたまりもないなと目測を立てた。
「一夏くんなら、そう言うと思ったわ」
「そうですか」
「それでね、用件はもう一つあるんだけど……」
「 ? 」
だりぃ、早く会話終わらせて帰ってくれないかな……。
静かにならない部屋の空間が、ストレスだけを与えつづけてくる。恨めしく更識のほうを向くと、奴が勢いよくパンッと手を合わせた。
「その……、お願い!」
「え、えぇ?」
「一夏、駄目だって言っとけ。どうせ、ろくでもないお願いだろうからな」
こっちの言葉を無視して、更識は一夏を拝み倒し続ける。
「妹をお願いします!」
「はい!?」
一夏が素っ頓狂な声を上げ、更識は尚も馬鹿みたく必死に頭を下げるだけ。これは後の話が随分と面倒臭いものだと理解できる。
「駄目だ、断れ一夏。絶対におかしくなるぞ」
「よっちゃんもお願い、一夏くんと二人で面倒を見て欲しいのっ!?」
「ドアまで破壊しといて、なめたこと言ってんじゃねぇ。ふざけんな、クソッタレが」
いよいよ本気で更識の頭を叩こうと本を横に片す。すると一夏に制止させられ、しょうがなくまたもとの位置へ戻った。
「喜久、とりあえず話だけでも聞こうぜ。断るのは、それからでも遅くはないだろ?」
「甘いぞ一夏。なんでもハイハイ聞いてると、俺らが馬鹿をみるだけだろうがよ?そんなことしてっから、足元を見られるんだ」
「落ち着けよ。俺は話を聞くから、喜久は自分で選んでくれていいからさ」
俺は一夏の対応に呆れて肩を竦めた。そのまま更識の方を向く。盛大に一つだけ舌打ちすると軽く首を回した。
「俺は話を聞くだけだ。あんたの話す内容で、俺は俺の方針を決めさせてもらうからな」
「ありがとうよっちゃん、やっぱり優しいわね。おねーさんは、そういうところが好きよ」
「これ以上ちゃかしたら俺は降りるぞ。真面目に話せ」
普通なら追い返して終わりだが、更識の言った『妹』と言う部分に思うところがあって、俺は話を聞くことにした。どうも俺は家族という単語に近い類の言葉を出されると、自分が考えている以上に弱いのかもしれない。一夏に散々ぱら甘いと言ったが、俺も人のことが言えないくらい充分甘かった。
◇
一夏と更識が話していた。俺はその横で、できるだけ聞くに徹している。
「はぁ。妹さん……ですか。一年生の?」
「そう。名前は更識 簪。あ、これ写真ね」
更識が自身の携帯電話を開いて見せて、妹らしき同学年の女子が写っているのがわかった。
「あのね……、私が言ったって、絶対に言わないで欲しいんだけど……」
更識の話し方からだと、姉妹の中があまり良いようには見えない。聞いていて明らかにだるそうな案件なのがわかった。それにしても写真写り以前に、写っている本人の顔が芳しくない。
「まるであんたが陽で、妹さんは陰みてーだな。人生つまんなそうな顔してる感じか?」
「おい、言い過ぎだぞ喜久!?」
「確かにそうね。あの子、暗いのよ」
俺の言葉に反論することなく、更識が素直に認める。一夏は、言っちゃったよこの人という顔をしていた。
「でもね、実力はあるのよ。だから専用機もちなんだけど――」
「けど?」
「専用機がないのよねぇ」
「は?」
専用機って持ってなくても専用機持ちになれんのかよ?
俺と一夏が同じような疑問を感じる。
「だから、日本の代表候補生なんだけど。専用機がまだ完成していなくてね、本人がまだ持ってないのよ」
「はぁ」
「おいおい、バックの会社は何してんだ? この国は、そんなに人材不足なのか?」
一夏が気の抜けた声を出して、俺の疑問に更識が軽く溜息をついた。
「よっちゃんの指摘だけど、専用機を作ってるのは白式と同じ場所よ。つまり、倉持技研の人員が全て一夏君の方に回ったの。ようは、完成してない原因は一夏くんにあるのよね」
「あ、なるほど」
一夏がぽんっと、納得したように手を叩く。
「だから! 一夏くんのせいなの!」
「す、すいません……」
いやいや、一夏のせいじゃないし、そらあんたの八つ当たりだろ。
欠伸を一つしながら、少しだけ興奮してる更識へ続きを促す。
「で、どうして俺と一夏が、更識さんの妹さんをサポートしなけりゃならないんだよ?」
「あのね。昨日のキャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図るために今度全学年の合同タッグマッチを行うのよ」
うわ、なんだよそれ……。学園め、また余計なもん増やしやがって。
一夏が、なんとなくわかっていない感じで曖昧に返答する。
「はあ、そうなんですか」
「お願い一夏くん! そこで簪ちゃんと組んであげてっ!!」
あれ? それなら俺はいらなくないか?
疑問に感じている間も、更識は一夏を拝み倒している。
「ちょ、ちょっと楯無さん、そんなに頼み込まなくても大丈夫ですから」
「え、うん……。それじゃあ、いいの?」
「おい、こっちの必要性が感じられないぞ。俺は降ろさせてもらうからな」
一夏に頼み込んでいる更識が、ぐるりと首を動かして俺のほうを向く。
「よっちゃんお願い! 一夏君と簪ちゃんのサポートをお願いしたいの!!」
「なんで二人もいるんだよ?」
「だって、よっちゃんはタッグじゃないもの! だったら時間はあるでしょ!?」
「はぁ!?」
あんたは俺のビックリ箱かよっ!!
タッグ戦で、俺だけが個人のみという情報に驚いてしまう。何故にそんな状況なのか納得がいかず、更識の話を慎重に聞こうとする。
「よっちゃんは昨日のキャノンボール・ファストで、イギリスから強奪されたサイレント・ゼフィルスと唯一互角に戦っていたわ。だから個人の力量が学園に高く評価されているのよ。それで、試合は一対二の状態で、実力を細かく分析したいらしいわ」
「だれだ、そんなかったるい取り決めをした奴は……」
「学園の先生方たちよ」
ぐ……、敵が多すぎる。一人なら文句を言って変えさせようと思ったのに。
流石に学園の教師全員を説得するだけの労力は俺にない。脱力してベッドに寝転がると、だるすぎる未来に泣きそうになった。
うな垂れている横で一夏が話を戻す。
「えーっと、それじゃあ……その、簪さん? には俺から誘えば良いですか?」
「うん。極力私の名前を出さないでね」
「え? どうしてです?」
「あの子……、私に対して引け目があるって言うか……その……」
更識の歯切れの悪さから、妹さんとはかなりギクシャクしているのがわかる。そんな中で、本人にある確認をとることにした。
「なあ、更識さん」
「なにかしら?」
「あんたのお願いは、聞いてやらなくもないがな。俺は俺のやり方でやらせてもらうぞ。あんたの名前を平気で出すし、頼まれたことも言わせてもらう。じゃないと、何も知らない妹さんが困惑するだけだしな」
更識が考え込む姿勢をとるが、それに構わず話を進める。
「もう一つ言わせてもらうと、俺はフェアじゃないことが嫌いだ。こっちだけが事情を知っているのは、俺自身が納得がいかない。一夏は伏せたきゃ、伏せれば良いしな。どうする? 決めるのは更識さんだ」
少しの間、無言の空間が部屋を支配した。やがて更識が苦笑しながら答える。
「……わかったわ。よっちゃんの気が変わらないうちにお願いさせてもらうわね。よっちゃんが駄目でも一夏くんの方があるし、保険としては成り立つわ」
「俺は保険ですか……、はぁ。じゃあ、俺のほうはなるべく自然を装って接触します」
「うん、お願いね。その、あの子ちょっと気難しいところがあるから、言葉には気をつけてね」
話が纏まったようなので俺はベッドから起き上がって、部屋の外の方へ移動を開始する。
「話は纏まっただろ。更識さん行くぞ、あんたの部屋まで案内頼むわ」
「え、どうしたのよっちゃん?」
「あんたの部屋のドアをもらいにいくんだよ、いいから早くしてくれ」
更識の辛気臭い顔がいつもの人を食った顔に変わりだす。
「あらー、よっちゃんたらおねーさんに、恥ずかしいプレイをさせたいのかしら?」
「そうだよ、俺の警告を無視してドアを破壊したからな。埋め合わせはきちんとしてもらうぞ?」
「あはっ♪ おねーさんは、よっちゃんの笑えない冗談がちょっと怖いわね」
こころなしか更識の口が引きつっている気がした。多分、妹のことを頼んだ手前でいつもの無茶が出来ないのだろう。もちろん、俺はこの状況を最大限に利用させてもらうことにする。
「ほら、いいから行くぞ?」
「嘘よね……、よっちゃん?」
「あほか、本気に決まってんだろうが」
その日から三日間、更識の部屋のドアが一時的に消滅した。