ln   作:kiarina

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7-4-5

[ NumberingTitle_超エタイ壁ノ先_2回ノ訪問客 ]

 

 ― 4 ―

 

「やっほー、織斑くん、篠ノ之さん、よっちゃん!」

「なんで俺だけ、あだ名なんだ……」

 休み時間で寛いでいる最中、よく一夏に話し掛けている上級生がやってきた。たしか、黛とかいう苗字だった気がする。

「あれ、どうしたんですか?」

「いやー、ちょっと三人に頼みがあるの」

「頼み? 私と一夏と喜久にですか?」

 俺と話していた一夏と篠ノ之が声をかける。

「うん、そう。あのね、私の姉って出版社で働いてるんだけど、専用機持ちとして三人に独占インタビューさせてくれないかな? あ、ちなみにこれが雑誌ね」

 そういって取り出させた雑誌が机の上に置かれる。見れば、それはメカメカしいIS系関連の書籍ではなく、どう見ても若者向けのモデル雑誌だった。

「パス」

 片手をぶらつかせながら答える。すると、断られることがないと思っていたであろう本人が、余りの無碍な回答にうろたえだす。

「ええ!? いきなりそんなこと言わなくても……」

「だるい、めんどい、やる理由もないですから。二人いれば充分でしょ?」

 そういって一夏と篠ノ之の方を見ると、二人は案の定だが驚いたようにしている。

「俺はそんなのやったことないぞ」

「わ、わ、私だってない!」

「お願い! せめて二人だけでも考えておいて、ね? ね?」

 俺が断ったせいで黛が一夏と篠ノ之に念をおした。すると、いつものように凰がやってくる。

「なによ、一夏。モデルやったことないわけ? 仕方ないわね、あたしの写真見せてあげるわよ」

「いや、いい」

「俺もいいや。どうせまっ平らな体だから、見栄えもないしな」

「喜久ぁ!! アンタふざけんじゃないわよ!?」

 ガアッと、正直に思って口から出した発言に凰がキレた。

 いや、お前の体系は殆ど小学生だろ。

「だったら篠ノ之の方がまだボディラインが、ぐぇ!」

「ア、ン、タ、ねぇええええええええええええええええっ!!」

 首が凰の両手によって締め上げられる。篠ノ之はその場で真っ赤になり、一夏が慌てて止めに入った。

「落ち着け、鈴!?」

「ぐは! はぁ、なんだよ痛ってえな。お前の成長度合いは、俺のせいじゃないだろ!?」

「こんのぉ! デリカシー無しがぁ!!」

 ガツ!!

「痛ぇ!!」

 極めつけとばかり、凰に思い切りすねを蹴り飛ばされた。

「そんなに言うんだったら、見せてやるわよっ!! 直ぐ見なさいよっ!! 今見なさいよっ!!」

「お……、へえ、良いじゃん」

 凰が怒りながら、俺と一夏に携帯電話のディスプレイ画面を見せてくる。一夏は素直に褒めて、篠ノ之が恋敵を敵視しだす。

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。あ、こっちのは去年の夏の――

「なんだよ、やっぱり俺の指摘した通りじゃねぇか」

「喜久ぁああああああああああああああああああっ!!」

「やめろよ二人とも!?」

 再びキレた凰が俺に飛びかかろうとして、一夏に止められた。笑って見学していた黛が、一夏に一声かける。

「一夏くん、今日は剣道部に貸し出しよね? 放課後にまた来るから。それじゃ!」

 何事もなかったように退散していく。そして、凰は己をアピールする為にここぞとばかりに自分の写真データを一夏に見せまくる。

「でねでね一夏、こっちが――

 ぬっと凰の後ろに織斑姉が現れた。そのまま審判の槌《つち》に代わる拳が、容赦なく凰の頭に振り下ろされる。

 ごすっ!

「あいたぁ!? 誰よ、ひぃ!!」

「とっとと二組に帰れ」

「は、はい……」

 軍曹の強烈な一撃と鬼のような睨みに恐れおののき、自分の巣である隣のクラスへと戻って行った。

「ふぅ、まったく。市隈、半縄の方から出向の要請が来たぞ。なんでも追加武装の取り付けがあるらしいのでな、出来るだけ早く来て欲しいそうだ」

「え? ああ、はい。わかりました」

 追加の武装? あの笹崎が、平和的建設より兵器にベクトルを変換したのか?

 昨日のキャノンボール・ファストの際に本人はかなり頭にきたらしく、会場で荒れまくっていたらしいと人づてにだが聞いている。あれだけの騒ぎを目の当たりにしたのだ、さもありなんといったところだろう。

 俺はあの人なりに、考えるところがあったのかもしれないと思った。授業が始まり、欠伸を一つして意識を切り替えた。

 

     ◇

 

 数日が過ぎて、午前中の授業が終わる。一夏と共に四組の妹さんのクラスへ向かう。

「喜久、一夏、食堂行こうよ?」

 シャルロットが声をかけてくる。後ろにはセシリアとボーデヴィッヒ、篠ノ之がいた。ちなみに俺が説教の道連れにした件があったのだが。あれは二人にも非があるので、食事を一回奢りと言うことで落しどころとなっている。

「悪い、俺と一夏は用事があるんだよ。また今度な」

「シャル、悪い。また次の機会にな」

「……喜久、用事ってなに?」

 シャルロットとセシリアが訝しげに俺の方を見ている。

「一夏の用事のほうは知らないけどな。俺は更識さんに頼まれてな、しょうがなく請け負ったんだよ。シャルロット、もしよかったら代わってくれないか?」

「うっ……、それは遠慮させてもらいたいかな」

 更識という単語にシャルロットがたじろいだ。

「喜久さんが、更識会長から頼まれごととは珍しいですわね。どう言った内容なのです?」

「まあ、雑用だな。二つあるものを一つにして修復まで出来りゃ、完璧なんだろうけどさ」

「はぁ。私にはよくわかりませんが、頑張ってくださいね」

 内容をぼかして言った姉妹仲の修復に、セシリアがとりあえず返事をしてくる。

「一夏、お前の用事とは何だ?」

 篠ノ之のストレートな質問のせいで、一夏が返答に困りだす。

「でゅっちーたちも、私たちと食べに行こうよ~」

「でゅ、でゅっちー?」

 そう思っていたら、布仏が助け舟を出してきた。シャルロットが、いつの間にか付けられていたあだ名に困っている様子だ。

「まあ、そういうことで。行くか一夏?」

「ああ、それじゃな」

「またな、でゅっちー」

「喜久!?」

 適当に言うとシャルロットが少し怒りだす。二人して教室を出ると、今度は当たり前のように凰が現れた。きっと、今朝に発表されたタッグマッチのことを言いに来たんだろう。ちなみに俺が単独だと知ったシャルロットとセシリアは、肩を落として劣化フィルムのようになっていた。

「待ってたわよ、一夏! アンタ、あたしと組みなさいよ!」

「すまん、鈴。先約があるんだ」

「だとさ、諦めろ凰」

「喜久は関係ないでしょうが!!」

 まあ、あたりまえだわな。

 凰が吼えた。身体のことを指摘して以来、本人は未だにそのことを根に持っている。夫婦喧嘩は犬も食わない、関わると碌なことがないので言われた通りに従う。

「ああ、それもそうか。また後でな一夏」

「おい!?」

 一夏を置き去りにして、そのまま廊下を歩いて目的の場所を目指す。四組に着くと同時、一夏が必死の思いで走ってきて追いつく。

「よう、遅かったな?」

「お、おま、え、はぁ。お前、人を見捨てて先に行くことないだろ……」

「ああ、一組の織斑くんだ!」

 これじゃ、すぐに他の女子たちが一夏に寄って来るな。

 一夏に気づいた四組の女子が叫び、俺は軽く内心で溜息をついてしまう。

「なあ、更識さんの妹さんてのはどこにいるんだ?」

「え……」

 騒ぎが大きくなりそうになる前に、先手を打って女子に話し掛ける。すると、少し戸惑いなが対応してきた。どうも俺にではなく、俺の話した内容に戸惑っているらしい。

「……更識さんなら、あっちにいるわよ」

 そういって女子が手を使って方向を示した先には、確かに更識とよく似た妹がいた。なんともまあ、落ち武者のように陰気臭い顔をしている。

「あんがとさん、行こうぜ一夏」

「ああ」

「悪いね、ちょっとお邪魔させてもらうよ?」

「え、ええ……」

 女子に一言いって、二人でクラスの中に入っていく。更識妹は食事をそっちのけで、なにかの作業に没頭している。空中投影ディスプレイにプログラムをひたすら打ち込んでいるさまは、何かにかられて焦っているように俺には見えた。

「なあ、ちょっと話があんだけどさ?」

「………」

「えっと、椅子借りていいか?」

「………」

 俺と一夏が見事に無視される。これは難儀しそうだと、軽く頭を抱えそうになった。

「えーと、始めまして。織斑 一夏です。隣は市隈 喜久って言います」

「……知ってる」

 更識妹がそう言って、作業を中断し立ち上がった。そしてどうも何かを殴ろうとしてから、その動作を止めて座り込んでしまう。作業が再開されて、ディスプレイの中が再び動き出す。

「えっと……」

「……私には、あなたを……殴る権利がある……。けど、疲れるから……やらない」

 暗《く》っれええええええええええええっ!! 

 なんだ、この全開ネガティブ思考は……。

 一夏が更識妹の言葉に少したじろいだ。

「用件は?」

「おお、そうだった。今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」

「イヤ」

 即答だよ。

 一夏がさらにたじろぐが、何とか踏ん張っていた。心の中で応援のエールを送り続ける。頼むから俺にお鉢が回ってくる前に、なんとか説得を終わらせて欲しいと思ってしまう。

「そんなこと言わずに、頼むよ」

「イヤよ。それにあなた、組む相手には……困ってない……」

「あー、いや……。えーと、みんなもう実は決まってて――

「見つけたわよ、一夏! あんた四組で何してんのよ! 来るんなら二組に来なさいよね!」

 凰が一夏を発見し、教室内にズカズカと踏み込んでくる。そのまま勢いに任せて一夏の襟首を掴み上げた。

「ぐえっ!?」

「いいから来なさい!」

「じゃ、じゃあ、更識さん。また」

 うわ……。凰の奴め、本当に引っ張っていきやがった。

 言って一夏は凰に連行されていき、教室には俺だけが残る。

「俺は一夏と違ってな、あんたの姉から頼まれてここに来た」

「 !? 」

 途端、吃驚したように更識妹が顔を俺の方へと向けてきだす。だが、今度は沈み込むようにして下に俯く。

 姉妹揃ってアンバランスかよ。合体して中和されりゃ、丁度いい性格になんじゃねぇか?

 しかし、どうしたもんかね。こりゃ重症だな……。

「俺は機体の調整は必要無いし、かったるいタッグマッチは単独出場だしな。あんたを手伝えと言われたんだよ」

「……必要ない」

 まどろっこしいし、うざっててぇな。しょうがない……、さっさとケリつけちまうか。

「何だよ、大樹の姉のせいで日陰った妹の木は育たなかったってオチかよ。だっせーな、おい?」

 ガッ!

 瞬間、殴打の音が響く。更識妹に殴られて、一歩あとずさった。

 鉄の味が口の中に広がる。制服の袖で口元を拭うと、赤い液体が付着して自分の血だとわかった。

 ち、思ったより効いたな。やっぱ、わざとくらわないで避けときゃよかったよ。

 でも、これで何が本人とって一番の障害なのかはハッキリしたな。

「なんだよ、疲れるから殴らないんじゃなかったのか?」

「ウルサイッ!!」

 更識妹が叫び声をあげて俺を睨む。教室中が余りの出来事に、何事かとこっちの様子を窺っていた。

「は、死人みてーな顔以外も出来んじゃねぇか。そっちの方がよっぽど人間味がある顔だよな?」

「くっ!」

 一発はきちんとくらったからな、後はもう良いだろ。

 怒り任せの二発目のパンチングを片手で受け止める。そのまま掴んでいると、更識妹が強引に掴んでいた手を振り払った。

「私はあなたが大嫌い。もう帰って……」

「俺も頼まれて来ただけだし。別に本人がいらないっていうなら、それでも良いしな。でもまあ、一言分ぐらいは俺の話を聞けよ?」

「帰って」

 更識妹の怒り顔が隠れ、いつもの暗い表情に戻る。

「お前さ、自分の力で姉を超えてみたいと思わないか?」

「……え?」

 怒りとも暗さとも違う顔で、更識妹は俺の方を向いた。まるで狐か狸に化かされたような顔をして呆けている。

「タッグを組むのは俺とじゃないけどな。一夏の白式と俺の補助があれば、お前は邪魔な姉の大樹を切り裂いて、光を手に入れることが出来るぞ。姉がコンプレックスなら、超えられるだけの力を俺と一夏がくれてやるよ」

「私は……」

 更識妹は頭の中を整理しきれないらしく、言葉に詰まっているようだ。

「今回のタッグマッチ戦は、その姉を超えれる良い機会だ。俺の気が変わらないうちに決めろよ。まあ、お前が一生うじうじと教室の端っこで座っていたいのなら、それでも別に構わないけどな?」

「く……、少し考えさせて…………」

「駄目だ、今決めろ」

 こういう場合は、下手に相手へ時間を与えるべきじゃない。冷静に考えて重い腰が上がらずに、話がおじゃんになる可能性のほうが高いからな。迷う暇は与えないにかぎる。

 更識妹が自身の中で葛藤している様子がわかる。やがて、それでも本人の中でなんとか決断をしたらしく、そのまま俺の方を向く。

 顔の表情から読み取れるそれには、何かしらの決意が現れていた。

「わかった。でも……その前に、あなたは私に謝るべき……」

「ああ、確かに俺が挑発したからな。悪かったよ、すいませんでした」

 素直に頭をその場で下げる。

「え……?」

 すると更識妹が驚いた声を出し、は内心で軽く笑ってしまう。

「そんなに驚くなよ、俺が悪いことしたんだからな。頭を下げるのは当然だろ?」

「……あなた。………ぷ、不器用な人」

 ここまでの一連の内容を頭の中で整理したのだろう、更識妹が小さく笑い出す。多分、俺の説得の仕方が下手すぎるのだろうと思ったのかもしれない。

「ひでぇ言い草だな。なあ、右手出してくれよ?」

「……なんで?」

「良いから」

「 !? 」

 更識妹が、右手をおそるおそるゆっくりと差し出す。強引に自分の右手で掴んで握手する。手を離すと、本人が慌てて自分の手を引っ込めた。

「握手は挨拶の基本だろ? それじゃあ、また後で一夏と一緒に来るからな」

 そう言って更識妹のいる四組の教室を後にした。

 それにしても、さすがは候補生だけあって、見た目と違い良いパンチをもらってしまったと感じる。少し間は固いものは噛めなそうな気がして、軽く泣きそうになった。

 

     ◇

 

 教室に戻るところで、凰から逃げおおせたらしい一夏とばったり出くわした。

「喜久、お前はなんで顔を怪我してるんだ?」

「ああ、妹さんに殴られたんだよ」

「え!? 喜久、犯罪はよくないぞ……」

 おい、一夏てめぇ。お前はなんで、俺を凶悪犯のカテゴリーにはめこむんだよ。

「はぁ、なんでそうなるんだよ……。喜べよ、殴られた代償にお前が妹さんと組む契約をしてきてやったぞ」

「なに! すごいな、どうやってやったんだ!?」

 スマートな手じゃなかったが、結果は同じだから問題は無いだろ。

 一夏が喜んで興奮し、二人で教室へと歩きながら説明を始めた。

「妹さんは自分より出来ると思ってる更識さんに対して、一種のコンプレックスを持ってる。だから、俺は偉大な姉を超えてみたくないかって、協力を持ちかけたんだ。そしたら案の定、むこうは食いついて来たけどな」

「そっか。簪さんにとっては、楯無さんと比較されるのが辛いのか」

 兄弟姉妹が比較される。比較される本人たちにとってみれば、それは苦痛でしかない。

 今回は『超える』いう単語で更識妹を納得させたが、大事なことはその先だ。

「だろうな。でもな、それだけじゃ意味が無いんだよ」

「どういうことだ?」

「桜梅桃李だよ、そんなちんけで狭い価値観の比較なんて気にしないでさ。自分らしくあることが大切だってことに、妹さんを気づかせてやらなきゃいけないだろ?」

「そうだな。姉妹なのに仲が悪いのは良くないものな」

 自分も家族が大切だし、一夏もそれは同じだと思う。仲の悪い身内関係ほど辛いことはないしな。

「まあ、そういうことだ。妹さんにとって更識さんが比較としての物差しじゃなくなりゃ、また違う感覚で付き合うことができるだろうからな。というわけだ、お膳立てはきちんとやったんだから後は頼んだぞ、一夏」

「おい喜久。そこまでやっといて、後は俺に全部丸投げかよ……?」

「格好良いぞ、一夏」

「感動的な話が台無しだな」

 教室の前まで来ると、ボーデヴィッヒがすごんで待ち構えていた。

「待っていたぞ、一夏。タッグマッチは当然私と組むのだろうな?」

「えーと、いや、その……」

「ボーデヴィッヒ、一夏には先約が決まってるんだ。諦めろ」

 ヘタレの一夏が既に引き腰になっているので、代わりに答える。

「何……? 誰だそれは、言ってみろ」

「お楽しみは、当日までとっとくべきだろ?」

「ほう、喜久の口を割れば一夏の相手がわかるのか。面白い、ならば実力行使に出るとしよう」

 どんだけ知りたいんだよ、頭に血が上りすぎだろ。

 ボーデヴィッヒは、何としてでも更識妹のことを聞き出したいらしい。なにを血迷ったのか、遂にはISの部分展開でプラズマ手刀を出現させだす。篠ノ乃と凰からの影響なのか、どうみても見境のない部分が増している。

「あ、織斑先生」

「馬鹿が、騙されるか!!」

「やめろ、馬鹿者。肉の焦げる匂いは、焼き肉屋だけで充分だ」

「なっ!?」

 阿呆だな、さっきからお前の後ろで怒り顔だったぞ。さっさと気づけよ……。

 いつも俺の使う手で、さらに騙されたボーデヴィッヒが驚愕の顔をしたまま、織斑姉に軽く投げ飛ばされた。そのままの勢いでも綺麗に空中を舞って、体操選手のように床へと着地する。

 思わず心の中で、一〇点満点だなと判定した。

「教官、これは夫婦の問題です!」

 ボーデヴィッヒのカテゴリーだと、一夏は嫁だからどちらが夫になるのか。下らない疑問が俺の中で浮かんだ。

「何が夫婦だ馬鹿者。私はお前のような不躾な義妹はいらん」

「 !? !? !? 」

 ボーデヴィッヒが最終審判によって、何もかも失った人のようにその場で倒れだした。俺に『家族のようなもの』と言った相手に拒否をされ、目が虚ろになり始めている。織斑姉の愛の鞭は、余りにも強烈な一撃を秘めていたことがわかった。

 一夏が慌ててボーデヴィッヒに寄り添う。近くまで行くと、なにかブツブツと聞こえてきだす。

「教官に嫌われた……教官に嫌われた……教官に嫌われた……私はもう終わりだ……………………」

 駄目だな、再起不能者みたいになってやがる。

「おい織斑、ボーデヴィッヒを席に運べ。もう授業を始めるぞ」

「は、はいっ。おい、ラウラ、起きろ」

 この後しょうがなく一夏が運んで、授業がスタートした。

 

 ― 5 ―

 

 痛む口のせいで碌に夕食も食えず、俺と一夏が自室の部屋に戻る。すると篠ノ之と凰、セシリアとシャルロットが部屋にやってきた。

 口元の怪我をシャルロットとセシリアに聞かれたが、女子に殴られたといったら『喜久だからね』と呆れられ、少し本気で泣きそうになった。ちなみにボーデヴィッヒは織斑姉の愛の鞭に耐えれなかったらしい。今日はずっと沈み込んでいて、行動不能のため自室にこもっている。

 前に一夏に嫌われるぞと言って、かなりおろおろしていたが。織斑姉の名前を出せば、それ以上の効果があるのかもしれないな。

「すまん! ふたりとも、本当に悪い!」

 一夏の声が室内に木霊す。拝み倒すように本気で頭を下げるさまは、借金の取り立てにあっている人間のようだ。

「一夏、納得の行く説明を要求する!!」

「アンタ! なんで私と組むのに、拒む必要があるわけ!?」

 うぜぇ……。

 明日、更識妹とサインするまでは黙ってるとか一夏が言っていた。だが、こっちが既に限界を迎えつつある。食後はゆっくりしたいのに、やってきた篠ノ之と凰の声がけたたましい。

 さらに、単独出場に納得の行かないセシリアとシャルロットが、諦めきれないのか俺にくいつく。

「喜久! 今からでも遅くないよ、タッグで組めるように織斑先生に頼んでみようよ!?」

「更識会長に頼んで、変更を要請いたしましょう! 今ならまだ間に合うはずですわ!!」

 やめようよ、何でそんなに必死なんだよ……。

「俺はこのままで良いよ、変更の手順を踏むのも面倒臭いし。それによくよく考えてみてだけど。一人で出場すれば相手に迷惑かけず、勝手に棄権できるから楽だしな」

「……喜久って、本当にやる気ないよね」

 そんなもんは、三六五日いつもない。シャルロットが俺の返答に呆れている。

「では、一つお尋ねしておきたいのですが。喜久さんはタッグであった場合、誰とお組になられたのですか?」

 え……。

 セシリアの質問に、思わずその場で考え込む。全く回答が浮かばず、かといって二人のどちらかと組むと言ったら、残る一人から批難される気がした。

「俺は……、まあその時は一夏と組んでるだろうな」

「ちょっと喜久!? なに勝手なこと言ってんのよ!!」

「そうだぞ、一夏は私と組むのが理想的だ!!」

 一夏にワーワー言っていた凰と篠ノ之が、俺の意見に大反論する。当り障りのない答えが思いついて言っただけなのに、さらに余計な人間がこっち側へと食いついてしまった。

「ちょっと待てよ……、俺はもしものありえない話をしてんだぞ?」

「ふーん、でも喜久はタッグの場合はそうしてたんだね?」

「どちらにしても、私やシャルロットさんとお組にならないのは、確定済みということでしたのね?」

 なんでいっつも、こうなるんだよ……。

 二人にどうあっても口で言い負ける状態にうんざりしてしまう。

「ちなみに言っとくけどな。一夏は四組の更識 簪って子と既に契約済みで、契約サインも済みだ。篠ノ之、凰、一夏は諦めて部屋に戻れ」

「喜久ぁああああああああああ!?」

 誰と組むか言っていなかった一夏が、ムンクの叫びみたいな悲鳴をあげだす。

 せめて一組分はこの場から退散させて、現在人数を減らしてやる。サインもどうせ明日にはするんだから、少し早く言ったって別に嘘にはならないだろ。

「なに!? 一夏、私という者がありながら!」

「一夏ぁ!! ふざけんじゃないわよアンタ!!」

「わぁあ! 待て、待ってくれ!?」

 逆効果だった。

 一夏への食いつきが余計にすごくなり、意図がわかったらしいシャルロットとセシリアがジト目で見てくる。哀れな一夏が顔を青くして泣きそうになっていた。

「問答無用だ、そこに直れ!」

「いっぺん、しばいてやるわ!」

 おい、なにやってんだお前ら!?

 怒り心頭の二人が、いきなり目の前でISの部分展開をしだす。

「ふざけんじゃねぇ! 直るのもしばかれるのもお前らだ、この常識無しの阿呆どもが!!」

 あまりの馬鹿げた行動にキレて怒鳴る。

『あぁん!?』

「あぁんじゃねぇんだよ、クソッタレが!!」

 怒れる篠ノ之と凰が『お前にだけは、言われたくない』と言わんばかりにこっちを向く。

 バンッ!!

 次の瞬間、ドアが勢い良く開け放たれ、軍曹織斑姉が現れた。規則違反の現行犯として篠ノ之と凰が目撃され、二人は一気に覇気を無くして青ざめる。そのまま石像のように動かなくなった。

「騒がしいぞ、この馬鹿者どもが。凰、篠ノ之、部分展開はISの無断使用と変わりないのはわかっているな? 罰として第一グラウンドをIS装着したまま一〇周! 当たり前だが、PIC、補助動力も一切いれるなよ?」

 今度はシャルロットとセシリアの方を向く。

「デュノア、オルコット。まさかとは思うが、お前たちはISの無断使用を行っていないだろうな?」

「は、はいっ!」

「も、もちろんです!」

 恐怖のせいで言葉が裏返っている。ライオンにでも睨まれたようにして、二人が慌しく返答した。

「そうか、ならいい。凰、篠ノ之! さっさと行け!」

『はっ、はい!』

 ついでだ、俺もお灸を据えてやる。普段から考えなしにバンバン展開なんぞしやがって。ISが兵器だってことを少しは自覚して行動しろ。

 凰と篠ノ之にむかついていたので、さらに追い討ちをかけることにした。

「織斑先生」

「なんだ市隈?」

「篠ノ之と凰は部屋でずっと騒いでいて、俺が二人に各部屋へ帰るように言ったら、さらに反論して騒ぎまくってました」

「アンタ!」

「喜久、貴様!」

 二人して叫ぶが、織斑姉のひと睨みで瞬間的に鎮火する。金髪二人組が、小声で俺のことを鬼と言っていた。

「ほう、そうか。凰、篠ノ之、プラス一〇周だ。今すぐ行ってこい!!」

『ひぃ、は、はい!』

 凰と篠ノ之が、ものすごく恨みの篭った目で部屋から出て行く。笑って見届けてやると、織斑姉が溜息をついた。

「おい織斑、市隈。特に市隈」

「は、はい?」

「なんすか?」

「お前らはいつも騒動の発端だな。いい加減相手は一人に決めろ。馬鹿者」

 やめろ、今ここでそんなこと言うんじゃない!

 このままじゃあんたが去った後で、またひと騒ぎ始まるじゃねぇかよ……。

 シャルロットとセシリアが、目を光らせながらすごい勢いでこっちの方を向く。織斑姉が『あ、しまった』とでも言いたげな顔をした。

「織斑先生、俺は先生を怨みますよ……」

「オルコット、デュノア」

『はい』

 恨みながら見ていると、織斑姉が二人に呼びかけた。

「もう寮内外出の時間が終了する。部屋に戻れ」

「え、まだ時間はあるはずですけど……」

「戻れ」

『……はい』

 二人がうな垂れるように部屋を去っていく。暴風雨のような出来事が終了し、やっと一息つけた気がした。

「オホン。市隈、さっき言ったことは肝に銘じて置くように」

 少し恥ずかしそうにしながら、織斑姉が部屋のドアを閉める。

「はあ、やっと楽になったか」

「俺は……、もう起き上がる気力がない」

 二人してぐったりした。休む暇もない、いきなりドアのノック音がしだす。今日はもう、誰とも会う気がしなかった。

「一夏、居留守使おうぜ?」

「ああ、今日だけは喜久の意見に大賛成だ……」

 今決めたばかりの意見を翻《ひるがえ》すかのように、無断でドアが開け放たれる。

「あら、ちゃんといるじゃないのっ♪」

「帰れ」

「今日は勘弁してください」

 既に弱っている俺たちは、空返事しかできない。更識はそんな俺と一夏の様子をニヤニヤしながら眺めだす。

「なんかお疲れのよーねー。シュークリームを買ってきたから、一緒に食べましょう? 甘いから癒されるわよー」

「一夏、今すぐ窓から投げ捨ててくれ」

「喜久、俺には無理だ……」

 どうせ、何か仕込んでいるに違いない。俺だったら間違いなくやるからな。

 更識の持ってきたものは、既に毒物化してるだろうことが予想できた。

「よっちゃんたら、疑り深いわね。変なものなんて、おねーさんは入れてないわよ?」

「だったら、アンタが全部食ってみろや」

「悲しいことに、私はあんまりお腹すいてないのよね」

「無理やり食うことはできるだろ?」

「ごめんなさいよっちゃん、ダイエット中なの」

「今さっき一緒に食べようとか言ってなかったか?」

「…………。えいっ♪」

 そう言って更識は部屋の窓を開け放ち、シュークリームの箱を外へ投げ捨てた。

「あらいけない、手が滑ったわ。私ったらドジね、何かに足が引っかかったみたい」

「やっぱりな、あんたはやると思ったよ」

「楯無さん、何してるんですか……」

 二人して呆れた視線を更識に向ける。だが、当の本人は何事もなかったように、そこらへと座りだす。盛大に溜息をついた。

 一夏が立ち上がって、三人分のお茶を用意し始める。

「アンタの妹さん、一夏とタッグを組むってさ。良かったな」

「え、ほんとっ!? ありがとうよっちゃん、おねーさんは嬉しいわ!!」

 更識の顔が綻び、心の底から喜んでいるようだ。普段の人を食った顔と違い、本当に素顔のままで喜んでいるのが窺えた。

「組むのは一夏だ。俺じゃねぇし、感謝すんなら一夏にしてくれよ。それとさ、もう一つあるんだけど」

「なにかしら?」

「昼休みに一夏と訪ねたら、あんたの妹さんが焦ったように作業をしてたんだ。本人はもしかして、機体の整備を一人でやりきる気か?」

 昼間の光景を思い出す。更識妹が作業中に頑固で意固地になっている表情から、何となくだがそんな気がした。

「そう、簪ちゃんが……。あの子、多分一人で機体を組み上げるつもりなのよ」

 更識が憂いの表情を浮かべ、一夏がうーんっと、一つ唸りだす。

「喜久、簪さんは一人で本当に組み上げられると思うか?」

「無理だろ。作業量が馬鹿みたいに多すぎるし、テストするにも人手がいるしな。大体さ、IS自体が本来バックにでかい企業のつくような代物だぞ。これを一人でやろうなんて、どこぞの天才くらいだろ」

「私がそうしてたから、多分意識しちゃってるのね。気にしなくて良いのに……」

 一夏が更識の言葉に思わず驚いた表情をした。流石だなと、俺も心の中で賛辞を送る。

「楯無さんって……、あの機体を自分で組んだんですか!?」

「え? うん。まあ、七割方できてたから出来たんだけど。でも、私は結構薫子ちゃんに意見もらってたからね。それに、虚ちゃんもいたし」

 更識が意見を聞く相手か。それなら実力が、更識と同じかそれ以上になるな。

「更識さん、その二人はそんなに腕が良いのか?」

「そうよ、三年主席と二年のエースなの。一夏くんによっちゃん、二人とも一回見てもらいなさい。白式に関して言えばだけど。明らかにスラスター出力と機体反応速度、合ってないわよ」

「そ、そうなんですか……」

【ご好意はありがたいけれど。私は笹崎と半縄以外の人間に、いじられる気はさらさらないわね】

 相変わらず気難しい奴だね、お前はさ。

 お断りを入れているティアーニに軽く呆れる。更識の口から出た二名の名前を頭の隅に置いておく。

「あら、残念だわ。ん? よっちゃん、よく見たら口元が怪我してるわね。どうしたのかしら?」

「更識さんの妹さんにグーで殴られたんだよ。候補生だけあって、意外と効いたな」

「え、それ本当なの? しかもグーって……」

「悪いけど。一夏と組ませるために、更識さんをダシに使わせてもらったからな。この怪我は、その代償だ」

 更識は少し考え込む動作をすると、何か納得がいったような顔をした。

「お尻でも触ったの?」

「おい」

「じゃあ、おっぱい」

「一夏、最後の力を振り絞ってこのセクハラ女を外に追い出すぞ」

「んもう、しょうがないなあ。言ってくれればおねーさんが触らせてあげるのに」

「契約のサインは明日だ。今ならまだ破棄に出来るぞ?」

「うふふ、冗談冗談っ♪しかし、あの簪ちゃんがねぇ。よっちゃん、脈有りなんじゃない?」

「一夏、契約は今すぐ破棄だ。明日は他の奴と組む約束をして来い」

 本当に破棄してやろうか……。

 イラつきながら答えると、横で聞いていた一夏が溜息をつく。

「はぁ。楯無さん、喜久が体を張ったんですから。少しは考えてください」

「ごめんなさい悪戯がすぎわたわね。感謝させてもらうわっ♪ ありがとう、よっちゃん」

「最初からそうしてくれよ、今日は本当に疲れた。もう寝たい……」

 沸き上がったお茶を一夏が入れ始める。窓の外を見れば、月と星が優しく夜空を彩っていた。

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