ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_冬ノ予定_重鎮ノ呼ビ出シ_飛ビ交ウ思惑 ]

 

 ― 1 ―

 

 三回のノック音が広い室内に響く。男は豪華で気品溢れる椅子に座り、両手を組んでいた。軽く背筋を伸ばして姿勢を整え、短く一言だけ「入れ」と入室許可を促す。

「失礼致します」

 部屋の中にいる男は経営者的立場で、入室してきたのは秘書を務めている人間である。秘書は一礼し、片手に収めていたファイルへと目配せしていく。中身を開き、口頭で現状報告を開始した。

「最終工程の方、滞りなく終了いたしました。当社のIS第三世代試作機、ラファール=リヴァイヴⅢ。いつでも日本へ輸送可能と、技術班から通達が届いております」

「そうか」

 デュノア社のトップであるヴァレール=デュノアは一つ頷いて、机の備え付けスイッチを入れる。数秒後すると、空中投影ディスプレイが起動しだす。

 サーバーから検索をかけ、必要なファイル書類を開く。最後に出荷欄の項目へと、社長許可でデジタル署名のサインを記入した。

 ヴァレールは眉間の皺を揉み、緊張を解すようにする。

「まったく、あれには本当に手間をかけさせられるものだ。自分から正体を曝け出すなどとは、全く話しにもならん。何のために教育まで施したと思っている」

「心中、お察しいたします」

「これであの馬鹿娘の能力が高くなければ、直ぐにでも呼び戻していたところだ。会議でも幹部連中からは、越権乱用と騒ぎ立てる者もいるしな」

 ヴァレールは自身の愛人との間に出来た娘であるシャルロットを上手く利用することを考えていた。だが、実際は一年も経たず、偽らせていた性別が割れている。さらに本人から暴露したというのだから、最初に報告を聞いたときはヴァレール本人が自身の耳を疑った。

 命令として課していた男性のIS適応者データも、彼女が沈黙を行い続けているがために未だ送られてこない。愛人が亡くなり、しょうがなく引き取ったシャルロットの使い道はないかと利用したが、目論見は一〇日と保たずに瓦解している。フランス政府からもヴァレール宛てに査問委員会の通達が来そうだったが、そこはIS開発における国への軍事貢献度から、何とか不問の状態に持っていったのだった。

 今現在ヴァレールは小娘一人に手を焼かれている自身にも、従順ではない娘にも、同時に内心で嫌気が差している。

「青臭い歳の子供に社運を託すというのだから、世の中は皮肉なものだ。そうは思わないかね?」

「先を切り開くの世代というのは、いつでも若者ということなのかもしれません」

「理想だけでは会社の利益にはならんな、結果が全てだ。他の社や国に遅れをとれば、デュノア社は倒産だよ。それだけは何としても避けなければならん、トライアル試験も期限が迫っていることだしな」

 今次のトライアル試験を通過すること。これが成功しなければ、デュノア社は他の社の参加に収まることが決まっていた。仕事人間であるヴァレールは、それこそ我が子の如く育てた会社が無くなることに胸を痛めている。首の皮一枚で繋がっている現状に、嘆いても嘆ききれない。

「報告は以上かね?」

「はい、そうなります。二時間後に社内会議ですので、中央会議室の方へお越しください」

「ああ、了解した。悪いが下がってくれないか?」

「承知いたしました」

 秘書が一礼して部屋から出て行く。ヴァレールはそれを見届けると、起動し続けている空中投影ディスプレイに再び触れ始める。メッセージボックスを開き、そのまま一通のメールを呼び出す。

 差出人の名前は男性名で、中身の内容はある会合への誘いが書かれている。ヴァレールはメールを読み上げると鼻で笑う。

「ふん、亡国機業か。随分と曲者の多そうな場所だな」

 重要項目欄にチェックを入れると、空中投影ディスプレイを閉じた。

 

     ◇

 

 襲撃によってぶち壊しになったタッグトーナメントも終わり、学園は相変わらずな日々が過ぎていた。午前中の授業が終わって食堂に着くと、いつものメンバーで食事をしている。

 だが、今日は少し違った状況が生れていた。

「ちょっと一夏、あんたどういうことよ!?」

「そうだぞ一夏、説明しろ!?」

「タッグトーナメントは、もう終わっただろう。何故、あの女の妹がお前の横にいる?」

 目の前で凰と篠ノ之が一夏に噛み付き、ボーデヴィッヒが刺し殺さんばかりの勢いで睨みつけていた。一夏の横に座っている簪は、三人に睨まれて小動物のように怯えだす。

 すごいな、サファリパークのど真ん中で放り出された観光客みたいだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? これにはちゃんと訳があるんだ!」

 一夏も顔を青くしだしている。簪が一夏に惚れたと知ったシャルロットとセシリアが、安心した顔をして食事を続けていた。

「ああ、そうだな。一夏は簪のことしか考えてないから、今日の昼食に誘ったんだよ」

「喜久ぁ!?」

 適当に言葉の横槍を入れると野太い悲鳴が聞こえ出す。

 俺達二人に『継続して、簪ちゃんの面倒を見て欲しいの』と、更識が頼んできたのが本当のところだけどな。

「フフフ、よし殺そう!」

「そこに直れ、成敗してやる!」

「喉が裂かれる覚悟は、出来ているのだろうな?」

 怒り狂う三人の目から光が失われる。その場で新たに鈍い光を放ちだしたのは、ボーデヴィッヒが素早く取り出した軍用ナイフの刃が反射したものだった。ナイフを見た簪が、一瞬だけ気を失いそうになりだす。

「喜久、嘘はよくないな。先輩に簪さんのことを頼まれたからって、素直に言ってあげれば良いのに。いい加減にしないと、末期患者のうわ言のように思われるよ?」

「喜久さん、いい加減に虚言癖を直したらいかがです? 嘘つきの行く先は、孤独死だけしか待ってませんわよ?」

「セシリア、お前は間違いなくシャルロットの影響を受け始めてるぞ……」

 最近、シャルロットからの影響なのか、明らかにセシリアの言葉が毒を孕み始めていた。どうも自分の周りでは、毒舌大好き人間が量産されている気がしてならない。

【もう手遅れよ、だって馬と鹿だものね】

「ティアーニ、お前も黙れ」

 極めつけはこの超が付くほどの毒舌AIだ。

「なによそれ、どういうことよ!?」

「む、そうなのか……。それならしかたない」

「またあの女か。くそ……、あの女はいつも私の邪魔をする」

 シャルロットの口から更識の名前が出ると、凰以外が噛み付くのを辞めていく。篠ノ乃が渋々納得し、ボーデヴィッヒが何かの呪縛に嵌ったような感じになっていた。

「簪、中々刺激的で個性溢れる面子だろ? まあ頑張れや」

「私には……激しすぎる……」

 簪が一夏というトロフィーを奪取する難しさに苦悩しだす。涙目になっているのを見ると、苦笑して応援のエールを送った。そして俺が言った言葉に対し、その場にいた専用機持ち全員がこっちを向いた。

「喜久、お前にそっくりその言葉を返させて貰うぞ」

「喜久さん、貴方の方が個性的ですわよ。特にその低い背丈が、よく似合っておられますわね?」

「アンタが一番非常識の塊じゃない」

「僕は、嘘つきピエロの喜久だけには言われたくないな」

「喜久、普段が盗人猛々しい貴様は、今すぐ頭でも丸めて来い」

「体が詐欺根性と違反行為だけで構築されている貴様に、何一つとして言われる筋合いはない」

 お前ら……、何で悪口を言ってないのに、そんな返事を全員で返してくるんだ。ボーデヴィッヒ、お前の発言はいつも俺の心を綺麗に抉るよな。

 無言のまま撃沈していると、なぜか簪が憐れんでいた。

「……喜久、何でそんなに………言われて生きてられるの?」

「お前の言葉が一番酷いぞ、簪」

 散々な言われように何かを感じたらしく、悪意の無い純粋な疑問をぶつけてくる。その発言自体が、一番俺の心を抉った。

 今度こそ完全に撃沈し、顔をテーブルの上に乗せていく。

「ああ、そうだ喜久。冬休みってお前のとこ泊まって平気か?」

「んあ、まあ一夏ぐらいだったら。俺の部屋で寝れば良いし、問題ないんでないの?」

「じゃあ決まりだな! だったら、そこから雪山に滑りに行こうぜ!」

 ……無邪気に喜ぶ一夏の顔が、悪魔に見えてしまう。一夏が泊まりに来るのは問題ないし、雪山に一日くらい滑りにいく行為も気にならない。

 だが、雪崩の如く連鎖する連中のことを考えてから発言して欲しかった。

「なによ一夏、あんた喜久の家に泊まるの!? しょーがいないわね、だったら私も泊まってやろうじゃない!」

「何を勝手なことを言っている! だ、だ、だったら私も一夏に付いていくぞ!」

「私も……行きたい……」

「喜久。お前の家には、寝袋で寝れるだけのスペースが存在するのか?」

「おいボーデヴィッヒ、俺の家は犬小屋じゃねぇぞ。だいたいふざけんじゃねぇ、そんな泊まれるわけがあるか! うちは精々二人が限界だ!!」

 怒鳴った瞬間、女子連中の目がなぜか獲物に餓えた肉食獣のようになる。思わず言ってしまった発言に、しまったと思ったときは時既に遅しの状態だった。

 奴らの頭には俺、姉さん、一夏、あと『誰か』となってしまったのだろう。まるで椅子取りゲームの様相になりだしていく。

「ウ、ウン! おほん。生憎ですが皆さん、残りの一席は喜久さんのお姉様に唯一! 認められました、このセシリア=オルコットが納まりましてよ。オホホホホ、皆さま御免あそばせ!」

 セシリアが立ち上がり、まるで一人勝ちだと言わんばかりに高らかとその場で宣言する。

「セシリア、なにを勝手なこと言ってるの。それじゃみんなが可哀想だよね、僕は公平な方法が良いと思うな?」

 正論? のような言い方で、シャルロットがセシリアを牽制しだす。それならと、一夏が新たな提案を皆の前で提示しだした。

「だったら皆で泊りがけで行くか、人数は多い方が楽しいからな。喜久もそれで良いよな?」

「一夏、お前人の話し聞いてたのかよ。悪いけど人数過多だ、泊まるなら駅前のホテルに泊まれ。一夏以外は代表候補生なんだから、お金に余裕があるだろ?」

 こっちの提案に、専用機持ち連中が対抗できる意見を頭の中で探している様子だ。そんな中、なぜか一人だけは嬉しそうに、こっちの提案へとくいついてきた。

「そうだな、確かにそうすべきだ。私は代表候補生ではないからな、悪いが喜久の家に泊めさせてもらうぞ?」

「ああ、そっか。篠ノ乃は第四世代機が前面に出てて忘れがちだけど、代表候補生じゃないもんな」

 篠ノ乃の言葉に納得し、他の専用機持ち連中を見渡す。

「でしたら箒さん、ホテルの代金は私が立て替えて差し上げますわ。ですから、どうぞご遠慮なくホテルで寛いで下さいな?」

「何言ってんのよ!? だったら、それくらいあたしが立て替えてやるわよ! 箒、あたしと代わりなさい!」

 駄目だこりゃ……。

「なにを騒いでいる?」

 いつものように織斑姉が現れる。一緒にいる山田先生が、にこにこしながら連れ立っていた。

「織斑先生、椅子取りゲームは好きですか?」

「市隈、それはどういう意味だ?」

「冬休みに一夏が泊りがけで、俺の家に遊びに来てスキーでもなんて話してんですけど。俺の家は泊まれるのが二人までなんですよ。織斑先生は、最後の椅子に納まる気がありませんか?」

 どうせ、このまま言い争いが終わらないのだったら、全員にとっての虎を放り込んでやる。

 『え、本気で?』といった顔で、専用機持ちの連中がそわそわしだす。織斑姉は少し俯いて考えている。結論が出たらしく再びこっちを見てきた。

「他には行くメンバーがいるのかと聞くのは、野暮なようだな。市隈、その提案に乗ってやる。山田先生はどうだ、たまには羽を伸ばすことも大切だぞ?」

「ええ、私もですか!? いえ、しかしですね……、う~ん……」

 あら、本当に提案を受け入れちゃったよ。

 虎を放り込まれた女子連中が、こっちを軽く睨んできだす。俺も吃驚ですと顔に出し、山田先生が織斑姉の提案に悩んでいた。

 さっさと選べよと、内心面倒臭かったので山田先生を撃沈することにする。

「山田先生は冬休みは彼氏と過ごすんすよね?」

「なにを言っているんですか市隈くん! 教師をからかうものではありませんよ!?」

「なんだ、浮いた話の一つもないんすか。つまんね」

 ガツンッと、山田先生の頭に何か大きい衝撃が走ったような音がした気がした。

 ガッ!

「痛ぇ!」

 こっちには頭に織斑姉の拳骨が飛来した。

「教師で遊ぶんじゃない、この馬鹿者が。強制ではないしプライベート的なものだ、山田先生の好きに選んでくれて構わない」

「くぅ、行きます! そして良い男を見つけます!!」

 あらら、山田先生がやけくそ気味になってキレたよ。

 この後、結局生徒が八人で教師が二人、大所帯な冬休みスキー旅行が確定した。

「あ、簪」

「……なに?」

「更識には絶対に言うなよ」

「……解った」

 更識になんぞ知られたら、きっと冷やかしに付いて来るに決ってるからな。

 最後に気づき、簪へと釘をさすことにした。

 

 ― 2 ―

 

(視点:一夏)

 

 今日も一日が終わって喜久と部屋に戻る途中、奴がげんなりしながら俺の方を見る。

「なあ、一夏。お前はどうしてそんなに間が悪い会話しか出来ないんだ?」

「はぁ、何でそうなるんだよ? 別に俺はなにも悪いことなんか言ってないぞ」

「この朴念仁が、はぁ……」

 おいおい、そんなに溜息ばかりつくと幸せが逃げてっちゃうぞー。

 喜久なんて名前なのに、こいつの顔はまったく喜びがないな。それにしても、昼休みの食事中のことをまだ気にしてるのか。

「とりあえず千冬姉が引率みたいになっちまたっな。それにしても喜久はなんであんな提案したんだ?」

 千冬姉は喜久にとって見たら猫と鼠みたいな関係だ。多分どっかの昔アニメで見た追いかけあう関係だろうか。しかし、窮鼠猫を噛むみなたいなことは無いな。

 俺は喜久がそれをやると、逆に一撃で昇天させられる羽目になるだろうことが予想できた。

「場を収めたいから、適当に言ったんだよ。全部お前が発端だけどな、一夏」

「確かに俺が言ったけど、最後は皆納得してたじゃないか?」

 シッシッと、何か犬を追い払うような動作をされた。

 えーと、喜久さん。なんでそんなに、さっきより二倍増しで嫌そうな顔をしてるんですかね?

「そこまで持ってたのは俺だ、断じてお前じゃないぞ。なんでいつも、お前は俺の胃に穴を開けようとするんだ……」

「そんなこと無いぞ喜久。だいたい、お前だっていつも俺のこと嵌めるじゃないか」

「そんなの、お前の頭が足りないだけだ」

 今のは絶対に俺のことを馬鹿にした発言だろ……。

 しかし、この天邪鬼は何回お灸を据えられたら気が済むんだろう、きっと生まれ変わっても繰り返すのかもしれないな。

 俺は部屋の前まで来ると鍵をドアノブに差し込んだ。

 なんかこの部屋のドアは、いつも破壊され続けてるな。箒に切られ、楯無さんに切られ、ラウラに抉じ開けられてるし。――あれ、何か俺の自由な空間が一つも存在しない気がする。気がするが、今更なので考えるのを辞めよう。

「ん?」

「どうした一夏?」

 不審そうな顔をして、喜久が俺のほうを見た。鍵を開けようとしたら既に開いていてカチャリとした開錠音がしない。とりあえずドアを開けてみる。

「あらよっちゃんに一夏くん、お帰りなさいっ♪」

 楯無先輩、IN 俺の部屋だった……。

 いつもの如く常駐している状態に、横にいた喜久が爆発しそうになる。

 あー、なんかもう見慣れた光景だな。

「一夏、このアホを外に摘み出すぞ」

「はぁ……、今日は何のようですか?」

「おい一夏、お前は更識の奴隷かよ!? 更識、人にことを頼んでおいて、何回不法侵入すりゃ気が済むんだ?」

 喜久がイライラしながら、鞄をベッドに投げつけた。

 おい、大事な備品なんだから乱暴に扱うべからずだぞ。しかしカルシウム不足が深刻だな、今度なんか魚料理でも作ってやるか。

「あん、よっちゃんたら過激ねっ♪ 夜遅くになるにはまだ早いわよ?」

 楯無先輩が嬉しそうに扇子を開き、そこには『激情』と書かれていた。

 用意とタイミングが良いんだが、一体いつ達筆な文字を書いてるのだろうか。楯無先輩の七不思議みたいなところである。

「何が激情だよ、ふざけんじゃねぇ。そんなの書く暇があったら、生徒会室で仕事でもしてろや。どうせあったとしても、布仏の姉に仕事を押し付けて来たんだろうがな」

「先輩、仕事はしましょうよ……」

「やーねー、適材適所よん。役割分担が生徒会の基本なの」

 今初めて聞きましたよ。あんた、勝手にルールを作ってないですか?

 楯無先輩のウインクに、俺と喜久が二人してげんなりした。

 なんだろう、されると嬉しい仕草の筈なのに。先輩がすると、脱力感しか感じない……。

「一夏、簪の面倒はお前に任せたからな。馬鹿馬鹿しい、やってられっかよ」

 でたよ。ついに喜久の放棄宣言だ。奴はそのまま自分のベッドにダイブした。

 いや、靴は脱ごうぜ。行儀が悪いし、お姉さんに見られたら怒られるぞ?

「あー、それは困ったわねー。どうしようかしらー、今日はよっちゃんに言伝を預かってるから伝えに来たの。伝えない方が良いのかもしれないわね」

 楯無先輩、全然困った顔してませんね。この人は喜久を手の上でもて遊ぶのが本当に上手だよな。今度コツを伝授してもらおうかな。

「おい一夏、お前なんか俺のことを考えてないか?」

「……そんなこと無いぞ」

「嘘つけこの野朗、顔にありあり出てんだよ。たく、どうせ下らないことだろうけどな」

 楯無先輩ヘルプッ! 早急に喜久制御方法を教えて下さい!?

 喜久に何かやられそうな気がして、思わず楯無先輩の方を向く。

「更識、言伝があるならそれを言ってさっさと出て行け。一夏、トイレに行く際は紙類の有無をよく確認するこったな?」

 先生、ここに陰湿ないじめっ子がいますよー。

「簪ちゃんのこと引き続き宜しくね、よっちゃん」

「ち、しょうがねえな。わーったよ、だから用件をさっさと教えろよ。毎度毎度前振りが長いんだよ」

「九嶋のおじーちゃんが会いたいそうよ。顔を出して欲しいらしいの」

「爺さんが?」

 九嶋って誰だ?

 二人の会話に混じれず、ただ一人だけ置いてきぼりをくらいだす。喜久は姿勢を変えて、話を慎重に聴きだした。奴の真剣な顔に、思わず唾を飲み込む。

 たまにある、何か隔絶された感覚に俺は陥ってしまう。

「おねーさんも、詳しいことは聞いていないわ。なんでも、早急に会って話したいことがあるそうよ」

「わかった。時間とかの確認やらは、こっちから直接連絡を取らせてもらうわ。しっかし、なんだって更識さんを通して伝えてくるかね。あの爺さんは」

「ああ、この前将棋を一局した際に直接言われたのよ」

「なんだよそれ!? ……適当すぎだろ。あの爺さんは、なに考えてやがる。それにあんた本当に学生かよ? なんで九嶋の爺さんとパイプがあるんだ……、と」

 喜久がそこで一旦話を止めた。

 なんだろう、俺としてはもっと聞いてたかったんだけどな。

「一夏の前じゃここまでだな、確かに受け取りましたよ」

「それじゃ、おねーさんはこれで失礼させてもらいましょう。ああ、そうだ一夏くん」

「なんでしょうか楯無先輩?」

 上目遣いで俺のほうを見てくる楯無先輩。レベルアップ、職業人垂らしの楯無先輩は、新しい攻撃方法を覚えた。

 く、つい見とれてしまう、落ち着け、落ち着け俺。

「冬休みはどう過ごすつもりかしら? 生徒会でやらなきゃいけないことがあるから出来るだけ学校に残って欲しいのよね」

「まあ、空いてる日なら大丈夫ですけど。だけど四日間くらいは、ちょっと難しいですね。俺はスキー旅行に行くつもりですんで」

「一夏ぁ! ふざけんなよお前!?」

 あ、しまった。なんで喜久が怒鳴ったのか俺は理解した。

「へー、良いなー。それには是非、おねーさんも誘って欲しいわね~♪」

 そして、既に手遅れなことも理解した。

 

 ― 3 ―

 

「なによなによ! いったい、どういうことなのよ!?」

 鈴は荒れていた。

 発端は全て一夏に起因し、内容は新たなライバルの出現だ。タッグトーナメントまでだろうとタカを括っていた。だが、彼と組んだ相手は、見事に恋に落ちていた。相手はもちろん一夏で、それが全くもって面白くない。

 怒り狂う様子を遠巻きに観ていた同室のティナは、またいつもの発作かと思いながら備え付けの冷蔵庫を開く。開いたが、食べようと思って買い溜めしていた食料が、全て綺麗さっぱり消えていた。

 手付かずだった楽しみが、楽しむこともできずに散り一つ残っていない。

「ねえ、鈴。私が買っておいた食べ物が無いんだけど?」

「ああ、ごめんティナ。冷蔵庫の中のヤツだったら、ヤケ食いして食べちゃったわ」

 ティナの中の何かが切れた。

「……フフフ、貴方はやってはいけないことをしてしまったわね」

 鈴に背を向けたままティナが肩を震わせている。

(げ、ティナがキレた!?)

 まさかの琴線に触れたことへと気づき、逃げ道を探そうと必死に考だす。ちらりと視線を泳がすが、部屋の出入り口はティナの後ろに存在した。

「ねえ鈴、世の中にはしてはいけないことがあるの。食べ物を盗むことと、盗むことと、盗むことよ。いいかしら、食べ物の恨みはとっても恐ろしいの」

 『同じことを三弁も言ってるじゃない!?』と、怖くて突っ込むことができない。

「ごめん、弁償するから許してくれない? ……ダメ?」

「覚悟はいいかしら?」

 ティナが真顔の表情で鈴の方へと向く。誤魔化すように片目を瞑って舌を軽く出し、手をグーにして頭の上に置いた。ポーズを取った後、一言苦し紛れに言い訳してみる。

「てへ、ごめんっ♪」

 激しいキャットファイトが始まった。

 

     ◇

 

「よし、週末は必ず一夏を買い物に誘うぞ!」

 朝の陽射しが差し込む自室で箒は決意を固め、両の拳を握りこむ。この前あった夜のディナーでは、付き合ってくれと言う筈だった。だったのに、彼女自身が誤って酒を飲んで酔いつぶれてしまう。挙句の果てに、その後の記憶がない。

 せっかく恋のライバルとの差をつけられる筈だったのに。がっくりと肩を落としてしまったのも、今は虚しい思い出と化している。

(もう失敗などするものか。今度こそ、絶対に告白するぞ!)

 一夏が提案しだしたスキー旅行、本当は二人で行ければ最高なのだったのだがと思ってしまう。だが、現実はけっして甘くない。いつものメンバーはしょうがないとしても、まさか千冬までが参加するとは思っていなかった。

(喜久め、あいつはどこまで根性が捻くれているのだ……)

 一夏と一緒の場所で過ごせる筈だったのに。教師を旅行に巻き込んだ喜久に怒りの矛先を向ける。しかし彼がいなければ成り立たなかった今回の旅行。それだけに面と向かって怒ることも出来なかった。

 なればこそ、先ずは週末に旅行の必要な物を揃えるという口実をダシにして、一夏と再度つながっていく計画を組み立てていく。

 鏡に映りこんでいる自身の顔を確認し、

(一夏と夜のゲレンデで、私は、私は……うふ、うふうふふふふふふふふふ)

 欲望の笑顔が止まらなくなった。そして、ゆくゆくはと夢見ごこちになり、――しばらくボーっとしていたため朝のホームルームへと遅刻した。もちろん、千冬の出席簿アタックもついてきた。

 

     ◇

 

 専用機持ちの女子は全員が怖い。それが簪の得た答えだった。

 ラウラの取り出したナイフの鈍い光が、未だ頭から離れない。昨日は恐怖感で寝れなかったために、今日は朝から寝不足気味になっている。週末には一夏と喜久の三人で、出かける約束をしていた。旅行で必要なものを揃えるために買い物へ行くのだが、他の女子メンバーと接触した時にどうして良いかが解らない。

(うぅ……どうしよう……まさか、あんなに積極的だった……なんて……)

 女子メンバーがみせる一夏に対しての激しい積極性に、自身のゴールが遠いと落ち込んでしまう。いつも自身をからかっている喜久が、ものすごい集中砲火を受けていたのを思い出す。

(喜久……なんであんなに……皆に攻撃されて平気なんだろう……?)

 彼自身はものすごい勢いでへこんでいたが、簪にはそれを真っ向から耐えているように見えていた。もとい、完全に美化されていた。

 鏡で顔を確認する。優秀な姉と同じつくりの筈なのに、しょげている自分の顔が格好悪くてしょうがない。彼女は、いつもの願掛けをすることにした。

「……クソッくらえ」

 言って、ニコリと少し笑えた気がする。気持ちを切り替えるために喜久から教えてもらった言葉。これは一歩を踏み出すのが苦手な自身にとって、魔法のような言葉だった。

 最近では落ち込んだ時や、嫌なことがある時に鏡の前で呟くことにしている。今日も一日の準備だと気持ちを完全に切り替えると、みだしなみを整える為の行動を開始した。

 目指すは週末に行う一夏とのデートだ。内心で気恥ずかしさと、わくわくとした感情が入り混じる。もう登校時間まで余裕がないなと、せわしなく動き続けていく。

 

     ◇

 

 爽やかな寝覚めの良い朝、ラウラが同室のルームメイトに目を擦りながら尋ねだす。

「シャルロット、ダブルデートというのをした事があるか?」

 洗面台で歯を磨いていたシャルロットが、ぐっと歯ブラシを口の奥に突っ込んでしまった。

「うぅ~~~~!!」

 痛みに堪えながら口を直ぐに濯《ゆす》ぎ、今日一番のびっくり発言に返答していく。

「ラウラ、一体急にどうしたの?」

「この国では、そういったことが常識だと聞いた。そうすると、ラブホテルという場所にも気軽に行けるのだそうだ」

「ラ、ラ、ラブホテル!?」

 ボンッと、シャルロットの顔が一瞬で茹蛸のようになってしまう。今日一番が二つに増えた。いつの間にか、同室の友人は大人への階段をチーターのように駆け上がっていっている。

「週末だが、一夏を買い物に誘おうと思っている。私は冬用のものは持っていないからな。シャルロットは喜久を誘って、一緒に行く気は無いか?」

「え、う~ん。確かにその提案は、とても魅力的に感じるんだけど。ラウラ、ラブボテルの意味は知ってるの?」

「問題ない、私は学習能力に関して優秀だと自負している。ドイツにいる副官に聞いたところ、お互いの愛を確かめ合う儀式を行うための場所らしい。それから推測するに、きっと教会のようなところだろう」

 どうだ、私の推察力はとラウラが慎ましい胸を張りだす。階段を勢いよく駆け上がっていたチータが、クラリッサ(副官)という油で滑って落下した。

 もう何も言うまい、シャルロットはラウラの間違った意識改善を放棄する。軽く溜息をつくと、幸せが足早に去っていくような気がした。

 突っ込みは一夏と喜久に任せよう、丸投げしよう。私は傍観に徹しますと、彼女は作り笑いだけの仮面を顔に貼り付ける。

「でもラウラ、きっと他のみんなも喜久と一夏を誘うんじゃないかな?」

「うむ、それは確かに予想できる課題だ。シャルロット、互いに協力して他の人間を退けるというのはどうだ?」

 ラウラの目がギラリと光る。まるで戦闘態勢に入ったような目つきだった。

「所詮は一人一人が束になった状態だ。私とシャルロットの二人で掛かれば切り崩すことも可能だと思うが?」

「うぅ……」

 シャルロットの頭の中で善悪が戦いを始める。マスコットの三頭身サイズをした天使と悪魔が言い争う。

(二人で頑張れば、セシリアに余裕で勝てるよ。うなずいた方が賢明だと思うけど?)

 悪魔が優雅に手招きし、シャルロットの天秤がぐらつく。

(そんなの駄目だよ、二人でなんて卑怯だ!)

 天使が背中の小さい羽をぱたつかせて説法しだす。

(何言ってるのさ、セシリアには夏の件で既に一歩リードされてる状態じゃないか。このままじゃ負け戦だよ?)

 セシリアの勝ち誇った顔が思い浮かび、天秤が勢いよく傾きだす。天使がすかさず天秤を抑え付けながら必死に叫ぶ。

(ちゃんと正々堂々と、喜久を振り向かせるべきだよ! それが大切なことじゃない!?)

「シャルロット、旅行へ行く前までにケリをつけるぞ。そうすれば旅行中ずっと一緒に居られるからな」

 ガツンッと、正しい方のシャルロットが即席でできた檻の中に放り込まれた。天使が絶望と失望の視線を向けてくる。

(解ってるじゃない。恋愛は、先に相手の心を射止めたほうが勝利するんだよ。敗者は泣くだけだからね)

 悪い方のシャルロットが高笑いする。ラウラの一言で、シャルロットは悪の道に走った。二人は両手で握手をし、ほかの人間を蹴落とす計画を立てることにした。

「ラウラ、二人で協力して頑張ろうね!?」

「ああ、頼もしい仲間が出来て私も心強い」

 ヨーロッパ勢の間に強固な連帯感が生まれた。

 

     ◇

 

「一夏、お前が全部責任持てよ。旅行中に俺は一切干渉しないからな」

「悪かったって、本当にすまん」

 一夏の馬鹿が口を滑らし、更識にスキー旅行がばれた次の日。俺は教室へ向かいがてら奴に文句を言う。阿呆は両手を合わせて謝るが、許す気はさらさら無かった。

 わざわざ更識に一番近い簪に釘をさしておいたのに、全く想定外な場所で暴露されてしまったことに泣きそうになる。もう少しで良いから、一夏に頭の回転を早くして欲しいと思った。

 教室について席に着くと、いきなりセシリアがダッシュでやってくる。

「喜久さん! 週末、何かご予定はございまして!?」

「落ち着けよセシリア……。ああ、休みは一夏と簪の三人で、旅行のための買出しに出かけるけど?」

 おいおい、またシャルロットと競い合ってんのかよ……。

 セシリアがその場でガッツポーズしだした。男勝りですねセシリアさん、イギリス貴族はもっと慎みを持てよと突っ込みそうになってしまう。

「私もご一緒させて頂いて宜しいですか?」

「別に構わないけどさ。当日に行って、一夏達と別行動とか言い出すなよ?」

「ええ、もちろんですわっ♪ それでは、お約束を確かに致しましたからね」

「あい、わかったよ。ああ、そうだセシリア」

「なんです?」

「一夏の馬鹿が口を滑らせたせいでな、更識が追加になった」

「え……?」

 さすが更識だ、全員の苦手な人間になってるな。

 セシリアが固まり、次の瞬間一夏の方を睨み付け出す。これから犠牲者になる奴は、朝の準備をするために鞄から必要なものを取り出していた。

「まあ、しょうがないと思って諦めろ」

「ちょっと、一夏さんとお話をしてきますわね?」

 般若と化したセシリアが、一夏の方へ向かっていく。

「うお! なんだセシリアか。え、なんで目が血走ってんだよ!? ちょ、おい、待ってくれ!」

 そして、教室外へ奴を連行して行った。自業自得だ、少しは反省する良い機会だろう。

「喜久、ちょっと良いかな?」

「今度はシャルロットか。週末は一夏たちと買い物だ、皆で一緒に行くか?」

 声を掛けてきたシャルロットが嬉しそうにする。

「うん、僕も参加させてもらうねっ♪」

「さいですか。じゃあ皆で行こうかね」

 この後、朝のホームルーム開始寸前で不機嫌なセシリアと、ボロボロの一夏が教室に戻ってきた。

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