[ NumberingTitle_外レタ思惑_(冬季ノ買出シ+新タナ橙色) ]
― 4 ―
山田 真耶は職員室の自室の席に着くと、神妙な顔をして書類に目を通していた。
(うぅ……、なんで私はいつも市隈くんに弄られるのでしょう……)
喜久の攻撃をまともに受けてしまう自身が恨めしい。男性経験を指摘され、自分に彼氏の一人もいないのかと言われてしまった。女のプライドを破壊された気がして、正直に泣きそうになってしまう。真耶にとっての織斑 一夏と市隈 喜久、二人は性格が真逆のように感じられた。例えれば、素直な天使と天邪鬼な悪魔なのかもしれない。
タッグマッチ終了後には喜久に本気で殴られそうになり、暴力を振るわれたという事実に心中で激震が走った。まともに立っていられず、トイレの中で誰にも見られないようにして泣いてしまう。教育者として彼と向き合えるのか、不安だらけな問題児に胃がキリキリとしだす。
(ストレスが溜まってるのでしょうか……)
真耶から見て、大好きな先輩である千冬も溜息が増えているのは喜久がらみが多い。いっそ彼がいなければ、半分以上の過労が軽減できるのではと思えてならない時もある。二人の男子生徒が二年生に進級しきるまで半年、責任をもって臨みきらなければと自身に喝をいれる。
(いけませんね、弱気はよくありません!)
気を持ち直し、再び書類に目を通していく。フランスから届いた一〇〇ページ程度の報告書類には、ラファール=リヴァイヴの後継機となる機体詳細が記載されていた。
「ラファール=リヴァイヴⅢですかー、良いですね~。私も操縦してみたいですっ♪」
真耶が普段から搭乗しているISは、訓練用のラファール=リヴァイヴ。自身がいつもお世話になっている機体だった。
今回は新たに刷新され、新型機がフランス代表候補生であるシャルロットの元へと送られてくる。開発元であるデュノア社での通称は八枚羽。他の第三世代に比べて旋回性能重視、近中遠と攻撃可能な万能型の機体となっていた。
食い入るように中身のスペックを確認していると、千冬が一息入れるようにしてやってくる。
「山田先生、仕事を押し付けてしまってすまないな」
「いえいえ、楽しく拝見させて頂いてますよ。私も試乗させて欲しいですけど、デュノアさんに気軽に貸して下さいと言える代物でもありませんから。それでなくとも、機体データを拝見させて頂けるだけでも嬉しいですし」
子供のように喜んでいる真耶をみて千冬が苦笑してしまう。両手に持っていたコーヒーの入ったカップを真耶に片方だけ手渡すと、彼女が「ありがとうございます」と言って受け取った。
「遊びではないのだから、きちんと学園許可の配備書類手続きの方を頼むぞ? それにしても、国際IS委員会は問題が山積しているようだ。織斑、市隈、篠ノ乃の所属が未だに揉めているらしい」
「ええ、そのようですね。市隈くん、織斑くんは専用ISよりも男性という性別のせいで、全ての国から一番に所属要求が来ているみたいです。篠ノ乃さんのほうも国家未登録の第四世代機ですから、同格の扱いになっていますし」
軍事において一機で破格の価値を持つ、個人のための専用ISという戦闘兵器。加え、世の中でたった二人のみの男性IS適応者と第四世代機を駆る女性。世界中の国は、彼らのことを喉から手が出るほど欲しているのが今の現状だった。実はその中で、最近になって特にアメリカからは、専用IS抜きで市隈 喜久のみを要求する声が強い。そして、その理由を千冬は知っている。
人間の禁忌に触れて出来上がった人間。激しいほど人の欲に塗れた人生の上を歩かされてきた本人は、最近までは世の中へ対しては憤りを。自身に罪を背負わせたISという存在には、黒く暗い底無しのような憎しみを抱いていた。
「まあ、どこかから所属して欲しいと言われたら、織斑と篠ノ乃は素直にしたがうだろう。だが、市隈は首を縦に振ることはないだろうな」
「市隈くんは我侭ですからね。自分の我を押し通すと思います」
千冬が問題児の扱いに溜息をつき、真耶は苦笑しながら応じる。
「しかし、入学当初は私も、正直あいつの発言には驚かされた。平気で敵を作ることに、全く躊躇がないのだからな。しかし、大分丸くなったな。何故かはわからんが、あいつから先生と呼ばれたときは、再度驚かされたものだ」
「あの時の織斑先生の驚きようは、ものすごかったですね」
千冬が肩を竦めて真耶が微笑む。学年別トーナメントの際に、喜久はラウラの願いを聞き入れた。拙いながらも千冬に礼儀をとり始めた時、そのことを知らなかった本人は不意打ちのようなイメージしか残らなかった。喜久に『織斑先生』と呼ばれて何かあるのかと勘繰ってしまった記憶もある。
結局のところ、何を言われてるのか理解が追いつかない。ポカンとして、一瞬判断に迷ってしまったのが本心だった。
「ところで山田先生」
「はい、どうされましたか?」
「本当に彼氏はいないのか?」
ブッと、真耶の口からコーヒーが吐き出された。
◇
どうしてこうなった……。
放課後、なぜか俺は一夏と一緒に部活動奉仕をする羽目になっていた。
「俺の所属は料理部だぞ。なんで演劇部の手伝いなんぞ、しなけりゃいけないんだよ?」
「しょうがないだろ。楯無さんに、喜久も連れて行くように言われたんだから」
更識め。なんで汗水垂らして、こっちはお前のために動かなきゃいけないんだよ。
シャルロットは俺が引っ張られていくことに対し、頬を膨らませていた。だが、更識の名前が出たために、不満たらたらのまま料理部へ向かっていった。かくいう自分も不満たらたらで、一夏と共に目的地のホールへと向かっている。
「あらよっちゃん、ちゃんと来てくれたのね。おねーさんは嬉しいわっ♪」
こっちは全く嬉しくねぇよ。
どこからともなく更識がわいてきた。一夏も驚いたようにして身を引きだす。
「おい更識、なんであんたがここにいる?」
「だって、私は演劇部の部長だもの。あらん、もしかして私が一緒だと胸が疼いちゃうのかしら?」
「それはないな。あんたがいない方が、安堵感を得られるし」
「あらん、嬉しいわね。私がいると興奮するなんて、女冥利につきるわっ♪」
駄目だ、会話がなりたたねぇ……。
肩を落としながら、疲れる会話を投げ出したくなる。更識と三人で話しながら歩いてホールに向かう。
「で、俺と一夏に何をやらせるつもりだよ?」
「そうですね。俺は先輩が演劇部の所属なんて、聞いてませんし知りませんでしたよ。それでなくとも楯無さん、俺の貸し出しはともかくとして。喜久まで引っ張って、これって部活動とかの規約には違反したりしないんですか?」
確かにそうか。正当性の欠く理由であれば、臨時の貸し出しなんて許可されるはずもないわな。
一夏も困惑気味の様子で質問しだす。
「ああ、それなら平気よ。料理部の部長に来年度予算の上乗せを申請したら、あっさりとよっちゃんの貸し出しを許可してくれたわ」
あの部長、俺を売りやがったなっ!!
のほほんとしてくだらないギャグばっか飛ばしてる割に、しっかりと銭勘定しやがって。
心の中で思い浮かぶ陽気な顔に、どうしてやろうかと仕返しを画策していく。
「それでね、劇をやるんだけれど男性役が必要なのよ。一夏くんが正義の味方で、よっちゃんが敵の親玉ね」
「おい、俺は役者をやらされるなんて聞いてないぞ。一夏、後は任せたからな」
演劇なんて生まれてこの方、一度もやったことがない。さらに言えば、そういったことが好きでもない。軽く片手をぶらつかせ、ぐるりと一八〇度に体を反転させた。いつものように、一夏が俺の行動を止めようとする。
「ちょっと待てよ、喜久。せめて内容だけでも聞こうぜ?」
「一夏だけ振り回されろ、知ったことかよ」
「よっちゃーんっ♪ これ、なーんだ?」
「んだよ、だから俺はやらねーって――
再び更識のほうを向く。そして目の前の人間は、まさしく悪魔だった。奴の手に携帯電話が握られている。問題となる画面には、俺が煙草を吹かしている姿がきっちりと撮られていた。
「お前……、いつ撮りやがった?」
「さあ、いつでしょう。寮の屋上は織斑先生が封鎖したから、その前までに撮られたものじゃないかしら? 良かったわねよっちゃん、二択を選べるなんて幸せよ?」
ふざけんな! どうみたって、一択しか選ばせる気がねえじゃねぇかっ!?
横を向けば、一夏が手を合わせ合掌していた。
「……わかったよ、やりますよ。やりゃあ良いんだろ!」
「あん、期待してるわよ。よっちゃんっ♪ 」
その場でやけくそに答え、一気に脱力してしまう。更識が嬉しそうに体をくねらせ、お願いねとウィンクをしてくる。俺は、一瞬だけキレそうになった。
◇
シャルロットは束ねたブロンドの髪を揺らして肩を落とし、廊下をとぼとぼと歩いていく。楯無に喜久を持っていかれ、絶賛不機嫌の真っ只中にいた。不満と不平と不幸だと心中で嘆き、どんよりとした表情で浮かない顔しかできない。
(先輩、ちょっとひど過ぎますよ……)
彼女にとって料理部という場所は、セシリアから喜久を独占できる場所だ。それがどういうわけか、今日だけは楯無に持っていかれた。毎週三回の部活動があり、その時間が幸せな時間となっている。それを潰された彼女の心は軽くやさぐれていたのだった。
「ん?」
携帯電話のバイブレーションが、スカートについているポケットの中で振動しだす。手にとって確かめてみれば、画面にはデュノア社スタッフの名前が表示されていた。しょうがなく気分が乗らないままに、営業スマイルで電話に出る。
『シャルロットさん、お時間を少し頂いても宜しいでしょうか?』
「ええ、はい。大丈夫です」
『先日お伝えしておいた、第三世代機が日本に到着しました』
「ありがとうございます」
輸送運搬を担当している男性からの電話で、内容は新型機の搬送についてのようだ。シャルロットは今現在使用しているラファールカスタムにも愛着があるために、ちょっと残念な感覚に浸ってしまう。そうはいっても代替わりを止める権限はない。これから新たなISが届き、慣らしの作業等が待っている。調整の方も課題が多く、機体の完成度は自身の腕にかかっていた。
候補生として自覚を持たなければと、気持ちを切り換える。
「それで、いつ頃学園の方に届きますか?」
『届くのは週末の予定になります』
「え……、もう一度言ってもらっても良いですか?」
悪夢のようなバッティングに、思考がフリーズしかける。
『ですから、届くのは週末の予定になります』
がっくりと膝を落とした。無言のまま口元を引き攣らせて目を泳がす。
「予定、ずらせられないですか?」
『なにを言っているのですか、無理に決っているでしょう』
「ですよね……」
男性が呆れたような声を出した。
きっと、ラウラと結託して喜久を独り占めしようとした、罰なのかもしれない。あの時に断っておけばよかったと思いながら、シャルロットは心の中で悪のシャルロットを檻に放り込む。悪のシャルロットがギャーギャー喚くが、そのまま怒り任せのモザイク付きファックサインを決めた。最初に檻へ放り込まれていた正しいシャルロットが、ジト目でその光景を眺めていた。
― 5 ―
更識に嵌められて演劇の台本を渡されたが、俺は自室に戻ると真っ先にそれを適当な場所へ放った。生徒会長なんて役職をやっているくせに、あれだけ動き回れる行動力とタフさに目を見張ってしまう。まるでドッペルゲンガーがいて、奴の体が二つあるように感じてしまった。真面目な一夏は劇へと意欲的に取り組んでいるが、こっちは途中で放棄して先に戻っている。
……さてと、やることはやらないとな。
制服のポケットから携帯電話を取り出すと、ある場所へ電話をかけた。数コールのあと、電話に出た相手がえらく丁寧な口調で対応してくる。
『はい、都竹です。ご無沙汰しております、市隈様』
「すいません、九嶋さんに連絡を取るように言われたので、こちらから連絡をしました。九嶋さんはいますか?」
『ええ、連絡お待ちしておりました。お繋ぎ致しますので少々お待ち下さい』
爺さんの専属で付き人をしている都竹が応答する。しばらく待っていると、爺さんが電話口に出てきた。相変わらず年季の入ったしゃがれ声、まるで威嚇するゴリラのように低くドスの効いた音が耳に入ってくる。
『よう坊主、元気にしてるか?』
「まあ、ぼちぼちですね。そっちは老体を労わってますか?」
『はん、まあな。しかし連絡してくるのが遅いぞ、嬢ちゃんには早く伝えるようお願いしておいたんだがな』
嬢ちゃんてのは更識のことか。まあ、九〇越えてたら一〇代は曾孫《ひまご》辺りってとこだろ。そら、子ども扱いもいいとこだな。
「まあ、言伝はしっかりもらってるんで。しっかりと連絡は行き届いてますよ。それで、俺に用ってのはなんですか?」
『ああ、それだがな。用件の前に、坊主に言っておかにゃならんことがある』
爺さんの壮年特有の渋みのある声が、さらに苦味を増す。
『坊主、お前は何を考えてる。隠れ蓑の中ではしゃいでるんじゃ、意味がないだろう? まったく、わしでも出来ることには限度があるんだぞ。心を砕いて動いてくれている姉に申し訳ないと思わないのか?』
言われていることは理解できる。CIAの手の及ばない場所へ逃げ込んだのに、ここまでで余りにも目立つ行動が多過ぎた。だが、自身の取った行動で、後悔だけはしたくない。
結果での改善点は、今後に活かしていくしかなかった。
「そこは反省させてもらいます。でも、しょうがなく成り行きで、動かなきゃならない部分があったんです。学園は余りにも、他からの干渉がありすぎた。原因は他にあっても、俺は俺の周りの誰かが傷つくのを見るのはごめんなんです」
『ふん、青臭い正義感は買ってやるが、やり方が下手糞だな。他人を切り捨てるだけの力がないお前は、政治をするには向いていないようだ。わしからのアドバイスだ、やるならもっとうまくやれ。頭を使え、そして相手を上手く出し抜くことだ。今のままでは、坊主は一人でさえ救うことができんぞ。他人を救いたいのであれば、自分が変われ』
言いたい放題言いやがって……。
爺さんの意見はもっともだが、出来ることも限界がある。悩むのはどこにいようが、誰もが一生抱えていく問題なのかもしれない。だとすれば、後はそれをどうやって自分が切り開いていけるかが課題になる。
「わかりました。もっと工夫しながら、慎重に動くようにしますよ。それで、俺はいつ爺さんに会いに行けば良い?」
『ああ、そうだな。坊主に引き合わせたい人物がいる。向こうはお前の都合に合わせるらしいから、お前の方で日取りを決めろ。ただし、今年中だ』
会わせたい人間……、誰だ?
疑問が沸き、要領を得れない会話に首を捻ってしまう。
「なら、もう直ぐ冬休みになります。なので、その時にお願いしますよ」
『そうか、後のことは秘書に任せておく。段取りはこっちで用意してやるから、坊主は普通に顔を出してくれれば良い』
ち、引き合わせたい相手の素性を隠す必要が、どこにあるってんだよ。
歯噛みしながら苛立ちを抑える。
「了解しましたよ」
『それとな坊主』
「まだ何か?」
爺さんが軽く笑いながら質問してきた。
『若い盛り時なんだ、女が出来たなら紹介しろよ。それとももう、子供でも出来たか?』
「エロ爺が、そんなわけがあるかぁ!」
一回だけ怒鳴って携帯電話の通話終了ボタンを押した。あの爺は絶対にまだまだ長生きする、俺はそんな気がした。
◇
一夏は部活動(演劇部)の貸し出しを終えて、自室へ向かい歩いている。朝から膨大なカリキュラムに頭脳を使い、放課後は貸し出し、楯無との訓練、さらに生徒会の雑務があった。
最早、屍寸前の毎日に疲労困憊の状態が続いている。精神も体も疲れ果て、直行するのは寮の自室にある備え付けのバスルームだ。
「一夏、話がある!」
「うん、どうした箒?」
箒が勢いよく歩いてくる。対し、ていていに覇気のない顔で答えた。彼女はもじもじさせながら、躊躇うような態度で話し始める。
「しゅ、週末の予定は、どうなっているっ!?」
「ああ、それなら喜久たちと、買い物に出かける予定だけど。箒も一緒に行くか?」
爽やかな一夏の笑顔に落胆した。箒は内心で怒りが燃え上がり、キッと、何もない空間を睨みつけだす。続けざま、拳を振りかぶらん勢いで嘆く。
(喜久、こういう時は気を使ってくれっ!!)
喜久が箒から理不尽な攻撃をくらう。しかし、付いていかないよりは付いていった方か良い。すぐさま気持ちを切り替えると、思い描いていた計画を変更していく。
「よし、私も一緒に行くぞ」
「そうか、皆で行った方が楽しいもんな。そういえば箒、この前酔ってたけど、何て寝言を言ってたのかを覚えてるか?」
酔っていた。この単語で思いつくのは、値段の張るレストランで間違えて飲んでしまったワインが当てはまる。
(え……。なんだ、私はなんと言ったのだっ!? マズイ、全く覚えていないっ!!)
余りにも恥ずかしい記憶が脳裏を通過し、箒の頭が見事にパニックに陥った。顔が急激に火照ったようになり、両手で左右の頬を覆う。
一夏が首を傾げ、考え込むように告げる。
「手記がどうとか言ってたけどな。何か授業中にメモでもし忘れたのか?」
ズムッ!
きっと『好き』と言ったに違いない、箒にはそう思えた。
踏み込まれる一歩、体に勢いを乗せて瞬発力を上げきる。察っせれない人間の腹に、怒りの拳がめり込んだ。少し涙目になると、周囲の目を気にすることなく叫びきった。
「お前なんぞ、犬食われて死んでしまえ!」
「な、なんでだ……?」
一夏はなぜ殴られたのかが解らず、頭の中で混乱してしまう。
「ふん!」
怒れる鬼が立ち去り、その場でグニャグニャになりながら倒れた。タイミングが入れ替わるようにして、今度は違う人間が一夏の元にやってくる。ツーテールの髪に黄色いリボンを揺らす鈴が、中腰で不思議そうにして訪ねてきた。
「一夏、あんた何で倒れこんでんのよ?」
「ああ、聞いてくれよ鈴。何か解らんが、いきなり箒に殴られたんだ」
この朴念仁は、いつになったら治るのだろうと鈴は考える。大方、どうしようもない発言をして怒らせたのだ。きっとそうに決まってると、決まりきった解答を思い浮かべた。あいつも哀れねと、内心で溜息をつく。
「それより、週末はあんた空いてるわよね?」
「箒にもさっき聞かれたけど、週末は出かける予定があるよ。良かったら鈴も行かないか?」
「えー、だったら一夏がその予定をキャンセルして、あたしの方を優先しなさいよ?」
「そんなの無理に決ってるだろ。先に決まった方が優先だ、それじゃ喜久たちに悪いしな」
一夏が立ち上がりながら付いた埃を払い、軽く嗜《たしな》めるような表情をする。鈴が心の中で地団太を踏み鳴らす。
(喜久~!? こういう時は、気を回すのが常識でしょうにっ!!)
喜久は二度目の理不尽な攻撃を受けだす。ちなみにこの場合、鈴の言っていることは常識ではない。そして、買い物に行くメンバーの代表格に、一夏が喜久の名前を置いているのが最大の原因だった。
鈴は残念そうに肩を落としながら、しょうがなくと言った顔をする。
「しょーがないわね、良いわよ。あたしもそれに付いて行くから」
「悪いな鈴、今度はちゃんと合わせるからさ。その時はどっか遊びに行こうな?」
鈴の心がときめく。
「ええ、それ本当でしょうねっ!?」
「ああ、俺は嘘はつかないぞ。任せとけ、弾もしっかり誘っとくからな!」
『私』の恋愛劇場が、一瞬で終了した。残る心は修羅と化し、低姿勢の構えをとりだす。標的が嫌になるくらい、爽やかな笑顔を浮かべている。鈴が覇気のある声をあげ、八重歯をギラリと輝かせた。
ガッ!
次の瞬間、一夏の顔面に見事なハイキックが決まった。
「ふざっけんじゃないわよ、このバカ一夏!」
「何でお前まで。俺は何もしてないのに……」
「全部、アンタの責任よ!」
おまけとばかり、もう一撃が腹にめり込む。一夏はその場で屍のようになり、鈴は頬を盛大に膨らませながら立ち去っていった。
◇
晴々とした日曜日、秋の緩やかな陽射しが心地良い。他から発されてくる痛い視線がなければ、尚のこと過ごしやすいだろう。頭を掻いて、ことの張本人に話しかけてみる。
「なあ一夏、お前が攻撃されるのは納得がいく。何で俺まで篠ノ乃と凰に睨まれなきゃいけないんだよ?」
「なんでだろうな、俺にも解らないんだ」
朴念仁のことだ、どうせまた何かやらかしたに違いない。
約束した週末、俺はいつものメンバーと買い物に出かけていた。現在集合しているメンバーの中で、明らかに不機嫌な二名の人間がいる。
なんでこんな思いをしなければならないのか。不満ながらに横を向けば、対照的に嬉しくてしょうがなさそうなセシリアの顔があった。
「喜久さん。私、買いたいものがあるのですが。付き合って頂けませんか?」
「おい。俺はそれについて、前もって言っといた筈だぞ?」
「シャルロットさんがいませんもの。これは私の日頃の行いを神が祝福してくれているに違いありません!」
「セシリア限定で随分都合の良い神様だな……。駄目だ、行くなら一人で行って来い」
セシリアにとっては敵対者がいない。なので、ここぞとばかりに今の状況を利用してくる。かといって、こっちは自身の気が進むわけもなく。今日は団体行動優先だと、少し強めの口調でこの場を収めてみた。当人は俺に突き放されたと思ったのか、何かを考え込だす。
数秒して算段がついたらしく、明後日のほうを向く。視線が合った先には一夏がいた。
「一夏さん。私と喜久さんが、別行動をとっても問題ありませんわよね?」
「ああ、大丈夫だぞ。昼頃、また合流するか?」
「私も……それで良い……」
「私もそれで構わん。既に計画は瓦解したからな」
おいおい、ボーデヴィッヒ。計画って、なに考えてたんだ……。それにしてもセシリアめ、周りの人間を味方につけやがって。
こっちに言っても、埒があかないからと判断しての行動だろう。かといって従う道理もない、呆れ顔で拒否するために言葉を喋ろうと口を開く。
次の瞬間、一夏の一言で開きかけた口を即座に閉じる。
「あれ? 向こうで手を振ってるのって、楯無さんじゃないのか?」
あんた、いつからそこで待ってたんだよ? だいたい、どこで俺らの行動を監視してやがった?
こういうのを神出鬼没というのだろう。少し離れたところで手を振っている制服姿の更識がいた。ストーカー紛いが、嬉しそうにこちらへと歩いてくる。
「セシリア、俺たちは別行動するぞ」
「ええ、それは本当ですか!?」
「ああ。それじゃな、一夏」
了解を得れないであろうと踏んでいたらしく、言われたセシリアが満面の笑みを浮かべだす。寿命をガリガリと削ってくる面倒臭い人間と過ごすくらいなら、迷わず疲れるだけの人間を選ぶ。酷い選定基準しかなかったが、苦肉の末に決断しきる。
一夏の答えを聞かず、セシリアの手を掴んで全力ダッシュした。
「あん、強引ですわねっ♪ 焦らずとも時間はありましてよ?」
「そうだね、昼までの限定だけどな!」
勘弁してくれ。
気色ばった声に気持ちが萎えきる。どっちに転んでも面倒臭そうな今日の買い物に対し、盛大に溜息をついた。
◇
更識から逃げるために、昼間の集合時間をわざとすっ飛ばす。荷物持ちの刑に合いながらこっちの方がマシだと、午後の買い物もセシリアに付き合った。現在大量の荷物に埋もれ、腕はパンパンになっている。
宅急便で寮に送れと言ってみたが、『男性なのです。紳士らしく振舞いなさい』と突っぱねられた。
『俺はイギリス紳士じゃない、だから無理』『でしたら矯正して差し上げます。喜久さんには、立派な男性としての嗜みを覚えていただきますわ』『おい。それは単に、自分好みの男に改造したいだけじゃないのか?』『いいえ。オルコット家の次期当主が持つ器量として、当然のことですわ』『いや、おかしいから。なんでセシリアの未来設計に俺が盛り込まれ済みなの? 一気に飛躍しすぎだろ!?』『なにを言っておられるのです、まさに薔薇色の人生ではありませんか?』『どう見ても俺の肌に突き刺さる、棘だらけの人生だろ!』
一般世間で言う、上流階級の生活が俺の価値観に合うわけがない。ましてやセシリアとのここまでで生活してきて、毎度が耳の痛い小言の連続だ。この後も合理的ではないやり取りが続き、結局言い負かされてへとへとに疲れ果ててしまう。
すったもんだの末に、帰りの時間になってから一夏たちと合流する。へばって椅子にもたれかかっていると、一夏が文句を言ってきた。
「喜久、約束ちゃんと守れよ……」
「しょうがないだろ、セシリアがいろいろ見て回りたいって言うんだから」
セシリアをダシにして言い訳してみる。実際、長時間連れまわされた事実も存在していた。俺を引きずり回した張本人を見てみれば、数週間は幸せの絶頂にいそうな表情をしている。所為、ピンク色の雰囲気《ガス》を周囲に撒き散らしていた。他の女子連中が、なんともうざそうにしてみている。
「それにしても楯無さん、なんで店に入らないで外で待ってたんだろうな?」
「ん? 一夏、それってどういうことだ?」
一夏の言動が気になり、詳しく聞いてみる。
「いや、皆でペットショップを覗こうとしたんだ。けど、楯無さんだけ外で待ってたんだよ」
「で、一夏から見てさ。更識は他に、なんかおかしいこととかしてなかったか?」
「うーん、そうだな。昼食のときに食べ物屋で、飯を食おうとしたときだけど。更識さんは違うものを食べたいって言って、店が変更になったくらいか」
はー、ペットショップね。
昼食の店なんて、別に普通はどこでも良いだろう。だけど避ける必要が出て来る理由は、食べ物が原因じゃない。考えてみれば、うっすらと解答が浮かんでくる。
「なあ一夏。最初に皆で食べようとした店に、なにか動物は居なかったか?」
「ああ、誰かの飼い犬の紐が、柱に括り付けてあったくらいだな」
ふーん、そうか。そういうことか。
更識の弱点を見つけたことに、心の中で思わず歓喜した。ここぞとばかり、もちろん追撃もしてやる。
「なあ、ペットと一緒に入れる喫茶店が近くにあったよな? そこで少し、話してから帰らないか?」
一夏と二人で話していた会話に、ピクリと反応した更識が割り込みだす。案の定、目元が引きつりだしている。
「よっちゃん、おねーさんは少し他の場所を見てくるわっ♪」
「あれ、流石に一日歩き回ったんだから。更識さんも一緒に行きましょうよ? とっても可愛い『犬』もいるみたいですよ?」
「だったら皆に余計に悪いわ、私は一人で大丈夫だから。ね?」
「ふーん、なあ皆、更識の大――
大嫌いなもの教えてやろうかというところで、更識に口を塞がれた。なんだなんんだと、他のメンバーがこっちに注目してくる。当人は意図に気づいたらしく、その目には本気で勘弁してくれと書かれていた。というか、そこはかとなく顔も蒼くなっている気がする。
「よっちゃん、今度おねーさんが何か奢ってあげるから、デートに行きましょう?」
「そうですね。なんか奢ってもらえます?」
「喜久さん! それならば私が、今度ご馳走の御持て成しをして差し上げますわ!!」
「あ、じゃあそれもお願いするわ」
セシリアがやったとばかりに嬉しそうにした。
「どうした喜久、それに楯無さんも?」
「なんでもないわよ、一夏くん。それじゃあ、私は他に見たいものがあるから失礼するわね」
一夏が疑問に思い、更識に話しかる。そそくさと去ろうとする人間に、心の中で爆笑しながら盛大な一発をおみまいした。
「ああ、更識が大の犬嫌いなことを皆にばらさないでくれってさ」
「酷いわよっちゃんっ!! 私になんの恨みがあるの!?」
ありまくりなんだよ、この冷やかし野朗がっ!!
こっちの暴露に、更識が特大の悲鳴を上げる。周りのメンバー全員が一瞬呆けた後に、とても嬉しそうな顔をしだす。
「楯無先輩、俺は今日ほど嬉しい日はありませんよ」
「ほう、そうか。でかしたぞ喜久、まさに大金星だ」
特に今まで散々やられた一夏とボーデヴィッヒの二人は、俺と同じようにものすごい歓喜していた。この後、学園中で更識犬嫌い疑惑の話題が広まる。誰が出したのか校内で生徒の精神成長の一環として、犬を一匹飼おうという議題が持ち上がった。よほど苦手なのか、更識が全力でそれを反対して阻止した。
◇
休日を迎えているIS学園の一角では、あくせくとせわしなく動く人間たちがいた。第六アリーナを使用して行われる新型機の試験運転。のべ三〇人ほどの技術スタッフが測定機材の最終チェックを終える。肩に刺繍されているデュノアのロゴと社名が彼らの誇りとしての表れだ。
皆が一様にある物体の様子を注意深く観察していく。アリーナ中でプゥアッ!! と、シグナルランプの変更音が鳴り響いた。
赤からゴーサインの緑ランプが点灯した瞬間、シャルロットが眼つきを鋭くしだす。
『行きます!』
通るソプラノボイスで叫び、上空から颯爽とアリーナを駆け抜ける。新たなオレンジの装甲は、ウィングスラスターを八枚全て独立稼動させていく。
急激な降下、普段の落下速度に上乗せして地面が目前と化す。極大の集中力をもってして、地面に転がる砂利の形まで正確に捉えていく。
『くぅ!?』
ISのシステムを幾ら使用しても追いつかない。どうしても出てしまう少しの反動に、意識せず声が漏れてしまう。
地表すれすれの数センチ、新型機がその性能を如何なく発揮しだした。独立稼動しているスラスターが一斉に逆噴射、側面噴射、斜め噴射と細かく連動してバーニアを噴かす。
ラファール=リヴァイヴⅢが、まるで重力に縛られることを無視した旋回運動を行う。一切において摩擦を感じさせないような、恐ろしいほどの綺麗な動きだった。機体が正反対に反転する常軌を逸した瞬間速度に、会場のスタッフ達から歓声が上がりだす。
(――すごい……!? 今までのリヴァイヴとは、全く別物の機体だ。これが僕の新しいIS、ラファール=リヴァイヴⅢ!)
そしてそれは、シャルロットにとっても同じことだった。試験運転はまだ終わりではない、驚きを隠せないままに次の目標へと向かう。ダミーとして立てられた攻撃用の標的物が視界に入ってきだす。
『撃ちます!』
自動ロックオンサイトが六つ出現して目標物を捕捉しきる。ラファール=リヴァイヴⅢの側面から、空対地ミサイルのみが展開されていく。普段あるISに対して一個半分ほどの大きさがあるミサイルが計六本だけ出現した。カタパルトなしで発射されると、ジェット噴射したようにして目標物へくらいつく。
ズズズンッ!!
広範囲による爆発に、衝撃音と閃光が発生した。余りある威力が、アリーナにある全てを一瞬飲み込んだかのような錯覚に陥らせる。
『そこ!』
訓練用の射撃マシンがシャルロットを狙う。だが、放たれてくる銃弾の速度をラファール=リヴァイヴⅢの機動性がさらに凌駕した。一速に避け切ると、流れるような動作で反撃を開始していく。
(当たって!?)
高速切替《ラピッドスイッチ》で展開されるそれは、一言で表現するなら全てを薙ぎ倒すような威圧感を誇っていた。両手で構えの姿勢を取ると、六連装計四門のビームガトリングガンが地響きのような咆哮をあげる。
ゥゥゥヴッ ヴヴヴウウンンンンンンンンンン!!
面による蹂躙が射撃マシンを一瞬にして粉々に吹き飛ばした。
『お疲れ様です。試験はクリアされました、終了しましょう』
管制室からのアナウンスが入ると、シャルロットは地上に降りてISを粒子化していく。今日のテストが終了し、一段落したことに安堵した。
他にもテストしなければならない武装が幾つか残っているが、それは今後のテストで実施してクリアしていくことになる。
デュノア社が社運と威信を賭けて送ってきた新たな機体は、有り余る破壊力を備えていた。この機体は攻撃面ではなく防御力も同じような能力を保持している。右腕に装備されて強化された物理的なシールドと、左腕には一夏が雪羅で使用するタイプに似たビームシールドが装備されていた。そして、目玉となる防御システムには、今回第三世代で初実装されるものがあった。
(――ミラーシールドシステム。弾くのでもなく受けるわけでもない盾か。僕にこのシステムは、使いこなせるのかな?)
完全なる反射はエネルギーの大量消費によって、三六〇度全面展開のシールドバリアーを張る。そこに来る物理的な攻撃は、全て相手に還ることになる鉄壁の盾だった。現状のところ、持続時間は五秒程度。だが、今後の改良でそれも改善されていくだろう。
シャルロットは自身の新しいISに心を躍らせる。しかし、年頃の彼女はやっぱり恋路の方が大事らしく。頭の中でセシリアの上品にしているようで、そうは見えない笑い声が木霊した。
(はぁ……。今はIS稼動テストよりも、喜久と一緒にいたいな」
「シャルロットさん、聞こえてますよ。恋愛をしたいのはわかりますが、今は我慢して下さい」
「ぇええ!?」
いつの間にか横に来ていたスタッフが苦笑いしている。吃驚して穴があったら入りたいほど、顔を真っ赤にした。