ln   作:kiarina

30 / 84
8-6-7

[NumberingTitle_親探シノ少女_再来スル侵食暴走]

 

_6/_

 

 

更識 楯無は生徒会室の自分の席で、喜久から暴露された一件に対して溜息を吐いていた。要は落ち込んでいた。

子供の頃にした悪戯が祟ってしまい、犬五頭に死ぬほど追い掛け回された記憶が彼女の脳裏に蘇る。楯無が子供の時に実家近くの場所に野犬が溜まっている場所があり、そこへ高い塀を隔てた反対越しからよく小石を投げ込んでいた。

犬に当たるか当たらないかのわくわく感が病みつきになってしまい、もし当たっても姿が見られなければ何とか逃げ切れると思っていた。

軽い遊びのつもりだったが、ある日に偶然にも石が犬に当たってしまったために大変な目に遭ってしまう。塀は確かに高いが、古い穴が開いていたのだ。そこから犬が飛び出して楯無を追い始めた。

本人は死ぬ思いで必死に自宅に飛び込んだのだが、そのまま誰にも見られたくないために離れに建てられている蔵の中で隠れて一人で泣いた。

必死な理由が余りにも情けなかったために、そのことは誰にも告げていない。現在でも、それが楯無にとってのトラウマとなっている。それからというもの、彼女の持ち前の器用さを活かして何とかそのことを隠し通して生きてきたのだった。

 

「はぁ、まさかあんなところで私が失態を犯すなんて…」

「お嬢様、お茶が入りました。なにやらお顔が優れない様子ですが? 例の一件ですか、市隈 喜久はいらないところまで知恵が回るようですね」

 

同じ生徒会の役員である布仏 虚から湯気の立ったお茶を渡される。楯無は「ありがとう」と言って受け取った。

 

「まあね。虚ちゃんにも話したことがなかったのに、まったく私らしくないミスをしたわ。昨日、一夏くんとよっちゃんの部屋に顔を出したら大きい犬の置物が置かれてたの。一夏くんじゃ思いつかないでしょうから、完全によっちゃんの仕業でしょうね…。もちろん破壊して粉々に粉砕したわ」

「彼は人の嫌がるところをつくのが上手なようですね。そういう部分はお嬢様と多少は似ているのかも知れません」

 

虚が口元に手を当てて上品に笑うと、楯無は自身の頬を膨らませる。

 

「こら、人をからかうものじゃないわよ。はぁ、どうしてやろうかしら。虚ちゃん、あの子にはもう少し過激にいっても大丈夫だと思わない?」

「それでは、単なるいたちごっこだと思いますが?」

「あら、それはやりようでしょ? 私は更識家の当主よ、負け戦は家名の恥になるわ」

 

楯無が気を持ち直すように自身を鼓舞して虚が軽く溜息を吐く。負け戦も何も、虚としては楯無にもう少し落ち着いて欲しいのが彼女の想いだった。

 

「それは建前ですね、本音としては?」

 

パンッと、小気味良い音と共に楯無の持っていた扇子が開かれる。そこには『制圧』と書かれていた。

 

「やられっぱなしは、私らしくないっ♪」

 

楯無がニヤリと笑い、子供が何かを楽しんでいるような満面の笑顔になる。そこに喜久がいれば悲鳴を上げたくなるような、それはそれはとても素敵な笑顔だった。

虚は内心で、これは楯無が持っている一種の病気なのかもしれないと感じた。

 

 

_\|/_

 

 

授業が終わった放課後、俺と一夏は行きたくもない演劇の練習に向かっている。

更識の野朗、俺が部屋にいない間に犬の置物を砕きやがって…。

俺が対更識用に用意した番犬一号の置物は、昨日見事に更識の手で破壊された。

一夏に聞いた話だと、俺たちの部屋に来て即座にISで切り裂いたらしい。せっかく俺の小遣いで買ったのに弁償しろと言いたくなった。

ついでに俺が一緒に頼んでおいた番犬二号は現在、ボーデヴィッヒ、シャルロットの部屋に置かれている。ボーデヴィッヒは、それがあると落ち着いて部屋で過ごせるらしくとても嬉しそうにしていた。

 

「後で必ず文句を言ってやる」

「でもさ喜久、人の嫌がることをしたんだからしょうがないと俺は思うぞ? 楯無さん、お前が設置した犬の置物を見るなり思い切り睨みつけてたからな。本気で怖かったんじゃないか?」

「何言ってんだよ一夏、俺たちは更識の奴に今ま散々好き放題にやられてたんだぞ? 当然の権利だろが?」

 

俺が肩を竦めると一夏もその場で唸って考え出す。

 

うん?

そう思っていると、クイッと何かに制服の袖を引っ張られた。

俺が袖の引っ張られた方を向くと、そこには小学生くらいの少女が立っている。特徴的な銀髪に腰まで届きそうな長く大きい三つ編みに、華奢な体付きが少女をか弱そうに感じさせる。

 

「申し訳ありません、学園見学に来ていてお父さんと逸《はぐ》れてしまいました。お時間がありましたら、どうか一緒に探していただけないでしょうか?」

「一夏、俺ちょっと行って来るわ」

「喜久…。お前、単に演劇の練習から逃げる口実が出来て喜んでるだろ?」

「もちろんそれもあるな」

 

俺の一切悪びれない答えに一夏がげんなりする。奴は溜息を一つ付くと、苦笑いして台本の持っている手を軽くあげた。

 

「人が困ってるのを助けるのは大切だものな、喜久が来れないことは俺から楯無さんの方へ伝えておくよ」

「ああ、よろしく頼むわ。それじゃ行くか、因みに君の名前はなんていうのかな?」

 

俺は少女の方を向いて腰を落とす。少女の視線に自分の視線を合わせると、とりあえず名前を聞くことにした。

 

「私の名前は久遠《くおん》と言います。お父さんはISの技術者をしていますので、ISが置いてある部屋の方などにも顔を出しているかもしれません」

「俺は市隈 喜久っていうんだ、宜しくな久遠。そっか、お父さんはIS技術者か。じゃあ、そっちの方とかもさがしてみますかね」

「よろしくお願いします、喜久さん」

 

俺は久遠の前にゆっくりと手を差し出す。彼女はそれを不思議そうに見つめた。

 

「また迷子になったら困るだろ? 手を繋いでおけば俺と逸れる心配も無いからな」

「ありがとう御座います」

 

歳相応らしい笑顔を浮かべて久遠が俺の手を握る。

 

「それにしても言葉が丁寧だな。ご両親は躾に厳しいのか?」

「いえ、そのようなことはありません。私のことをとても大切にしてくれています」

「そっか、まあ親が子煩悩なのは大事だよな」

 

俺は一夏と別れると、久遠と一緒にその場から親探しのために歩き出した。

 

 

_\|/_

 

 

演劇部が練習しているホールの出入り口には一人の女性徒が立っている。更識 簪はホールの中へ入ろうか入るまいか、その場で下を向いて悩みに悩んでいた。

一夏が部活動の貸し出しで演劇部に出つづけている。そんな噂が簪の耳に入った。

そして、そこの部長は楯無が務めていることを彼女は知っている。姉のいる部活動なら自分が入って頑張ってみても良いかもしれない。そして、大好きな人と一緒に過ごせるかもしれないと簪は考えた。

 

(…で、でも……私は…人の前に立つことなんて出来ない…)

 

大勢の前で演目の役を演じる、そう考えたら簪は一瞬で気絶するかもしれないと考えた。

それでも良いから一夏と一緒にいたい…。

一途な思いが勇気と前に進む意思を彼女に与える。

 

「よっ!」

「ひゃあっ!?」

 

いきなり掛け声と共に背中を叩かれた簪が盛大な悲鳴をあげた。

 

「うお!? どうした簪、何か変なもんでも食べたのか?」

「…一夏……酷いよ」

「ごめんな、そんなに驚くこと思ってなかった。本当にすまん!」

 

簪を驚かした一夏はその場で手を合わせて簪に謝罪する。余りの出来事に簪が涙目になり、彼女の心臓の鼓動が自身の耳に大きく聞こえた気がした。

 

「…もう、いい。……一夏、今から演劇の…練習するの?」

「そうなんだよな、なぜか配役されちまった。あれ、簪って演劇部だっけ?」

「……ううん、違う」

「なら入部希望か!?良かった、部員が少ないって更識さんが嘆いてたんだよ!」

 

「え、私は違う!?」と簪が叫ぶ前に一夏は簪の手を掴むと、そのままホールの中央に簪を引きずっていく。簪は一夏に手を掴まれたために、顔を赤くしてしまい思考が纏まらなくなってしまった。

 

「楯無さーん!!簪が演劇部に入りたいってー!!」

「えぇ!?」

 

一夏の大声にホールにいた人間が注目する。そして、ステージの上で配役の打ち合わせをしていた楯無の素っ頓狂な大声がホール中に木霊す。楯無の周りに集まっていた部員も色々な意味で衝撃を受けていた。

そのまま楯無がステージを降りてきて、一目散に一夏と簪の元へやってくる。そして簪の手を力強く両手で握った。

 

「簪ちゃん、それ本当なの!?お姉ちゃんはとっても嬉しいわ!!」

 

引っ込み思案な妹が勇気を出して人前に立つ行為をする。どんな心境の変化か楯無には理解不能だったが、妹の前を向く姿勢と成長していく姿に感動した。

嬉しくてしょうがなく、興奮しすぎて思わずその場で一回だけジャンプしてしまう。一夏と喜久に簪のことを頼んで本当に正解だったと、楯無は二人に心の底から感謝した。

しかし、実際の簪は『ただ一夏のことが好きだから、一緒にやってみたかっただけ』とはいえない状況に思わず内心で泣きそうになっている。こんな筈じゃと思っても、今さらどうにもならなそうな感じだった。

 

「…わかった。……入る」

 

結局、簪にはこれだけの台詞が自身の中で精一杯の回答だった。

 

「ありがとう簪ちゃん!!一緒に頑張りましょうね!?そうと決まれば配役を決めましょう。一夏くん、ステージへのライトアップチェックしたいからステージ裏に行って来てくれないかしら?」

「わかりました。一緒に頑張ろうな、簪!」

「…うん」

 

一夏の言葉に簪が頷き、照れて下を向く。一夏はそのままステージ裏へと走っていった。

人前は恥ずかしいし、きっと自分はあがってしまうと簪は考える。しかし、一夏と一緒ならと思えた。

楯無は嬉しそうに簪の手を引いてステージへ向かっていく。簪は成り行きとは言え、とりあえず頑張って見ようと思いいつもの願掛けをした。

 

「…クソッくらえ」

「……え?」

 

手を引いて歩いていた楯無の動きがいきなり止まる。

 

「簪ちゃん、そんな言葉をどこで覚えたのかしら?」

 

楯無の質問に簪が嬉しそうに答えた。

 

「……喜久が…教えてくれた。……お姉ちゃん、私はこの言葉を言うと元気に…なれるの」

「…簪ちゃん、その言葉を人前で使っちゃ駄目よ」

 

簪は成長している。が、決して良い方向だけではないのかもしれないと楯無は考えた。

喜久なりに簪のサポートを頑張ってくれたのかもしれないが、これはいただけない。楯無は今後の簪における育成計画を考え直すことにした。

 

「ぎゃあぁああぁぁあああっ!!」

「あ…」

 

ステージ裏から一夏の盛大な悲鳴が聞こえ、楯無がしまったと片手を口元に当てる。彼女は簪のことで感動のあまり他への配慮が遅れた。

 

「楯無さん!酷いですよ!!俺が何したっていうんです!?」

 

一夏がステージの袖口から飛び出してきた。

そして、大量のネズミ捕りを体中に取り付けながらのオマケ付で。本当は喜久が引っかかる筈だったのだが、今は変わりに一夏がそれをくらっていた。

部屋を暗闇にして床に大量のネズミ捕りを仕掛けておいたのだが、一夏が引っ掛かってしまったらしい。そして、どうしてこの場に喜久は居ないのかと楯無は考えた。

 

「ごめんねー、一夏くん!それ、よっちゃん用なの~!!」

 

楯無の謝りかたに一夏が落ち込む。しょうがなく、皮膚を挟まれている部分だけ外して体中にネズミ捕りを付けっぱなしで彼は楯無の方へ向かう。

 

「ねえ、一夏くん。よっちゃんは?」

「喜久ならちょっと迷子の親探しの手伝いに行きました。終わったら来ると思いますけど?」

 

(こんな時期に訪問客なんて、どういうことかしら…?)

 

楯無の頭の中で疑問が浮かぶ。しかし、迷子の親を一緒に探しているのは喜久だから問題ないかもしれない。楯無は喜久の用心深さを知っているために今の疑問を胸の内にしまうことにした。

 

「そう、ならいいわ。それにしても一夏くん、良かったわね~。よっちゃんがいないから、演劇部の女の子たちを独占できるわよ~? 今ならおねーさんも付けてあげるわっ♪」

「……はいはい」

 

一夏はさらにげんなりしながら楯無に答える。喜久にもここにいて欲しいと、彼は本気で思った。

 

 

_7/_

 

 

放課後の食堂ラウンジでは、普段は一緒に行動をしない二人がテーブル席で向かい合って座っていた。

一人は凰 音鈴で、もう一人は篠ノ之 箒だ。彼女らはなにやら話し込んでいる。

 

「鈴、それは本当なのか?」

「そうよ、ラウラはシャルロットと結託しようとしてたの。あたしたちを一夏から弾くつもりだったらしいわ。まあ、協力して作戦を立てる辺りが軍人のラウラらしいけどね」

「く、許せん! なんて卑怯な!!」

 

ダンッと箒がテーブルを手の平にして叩く。

 

「まあまぁ、落ち着きなさいよ箒」

 

普段ならどちらも怒る側の人間だが、今日は鈴の方がなぜか落ち着きを払っている。そして、その様子に箒が不思議に感じた。

 

「鈴、何故お前は落ち着いていられる!?」

「良いから良いからさ、それより深刻な問題があたしたちにはあるんだから」

「深刻な問題?」

「そう、どうせラウラがそんなことしたってタカが知れてるわよ。最後はいつものようにラウラが一夏を殴って終了でしょ?」

 

確かにと、箒は呆れながらも思わず頷いてしまう。同じように鈴も溜息を吐いた。

 

「お互いに好きな相手は一緒なのに、あのバカ一夏はそれ以前の問題なのよね。だからラウラのやり方は意味が無いのよ」

「それもそうだな、一夏の朴念仁には喜久のような器用さが無い…。しかし、喜久の場合は理解している分だけタチが悪いな」

「そうね、何であいつはセシリアかシャルロットのどっちかを選ばないのかしら?女が駄目って訳でもなさそうだし。まぁ、あたしにはどうでもいいわね」

 

そこでとばかりに、鈴は自分の思い描く絵図らの話を箒に持ちかける。

 

「それより箒、一夏を改造する気は無い?」

「改造とは、どういうことだ?」

 

フフンと、鈴は鼻息を荒くして箒の方を自身満々に見る。

 

「あたしと箒は恋愛でライバル同士だけど、その前に一夏があたしたちの思いに気づく必要があると思うのよ? だから冬のスキー旅行でその部分を矯正してやるの、ラウラはあたしたちを除者にしようとしたから省くけどね。一夏がまともにならなきゃ、あたしたちはスタートラインに立ってすらないわけ」

「う~む、確かにそうだが…。しかし…」

 

一夏が自分の気持ちに気づいてくれたら、そう思うと箒は鈴の話に乗ってしまいそうになる。が、もし上手く行ったとしても選ばれるのが自分でなかったらと思うとそれも恐い…。

鈴は考え込む箒を見て、これは上手く行けば自身が一人勝ちできるかもしれないと内心でほくそえんだ。

 

「なあに? 箒ったら、まさか自分に自信が無いのかしら?」

「む!? そんなことは無い! 良いだろう、やってやる!!」

 

箒は鈴に舐められまいと自身のプライドを守る為に食って掛かる。

 

「決まりね。さあてと、それじゃあどうやって一夏を矯正できるか考えていきましょ?」

「ああ、望むところだ」

 

鈴と箒は一夏矯正計画を発動させた。

 

 

_\|/_

 

 

俺と久遠は親探しのためにある程度のところを見回ると、子供には危なくてしょうがないがISが実際に保管されている区域を目指している。

 

「なあ久遠、なんでお前のお父さんは学園に来たんだ?」

「私も詳しくは聞いていません。お父さんの仕事は難しいので、よく解らないのです」

「そらそっか、悪いな変なこと聞いちまって」

「いえ、大丈夫です」

 

久遠のような子供にこの学園はどう見えているのだろうか。二人で歩きがてら、俺は試しに聞いてみることにした。

 

「ISってどうだ? やっぱり格好良いか?」

「どうでしょうか、私にはよく解りません。ですが、どうと聞かれれば好きと答えるのが妥当な回答でしょうか」

「ふーん、さいですか。なんか微妙な回答だな?」

「そうですね、私もそう思います」

 

他愛無い言い合いをしながら、整備室などが入っている建物の中へ二人して入っていく。そこも、ざっと見るようにして俺たちは一階から順に確認していった。

しかし、それでも見つからずに俺は少し疲れ始める。手を引いて一緒に歩いている久遠も、どこかどこかとキョロキョロしていた。

 

「しょうがありません、奥への扉への見分けが付きませんので奥の手を使います」

「はぁ、奥の扉ってなんだよ? お父さんを探す良い方法があるのか?」

「ええ、直ぐに見つかる良い方法です」

 

久遠は肩から下げていた鞄へ手を突っ込んだ。取り出されたのは、カラフルな蛍光ピンク色のフレームで覆われたサングラス。本人はそれを適当に自分の顔へ引っ掛ける。

 

「こっちです」

「え、おい!?」

 

俺の手を離した久遠がスタスタと歩いていくとあるところで立ち止まる。そこはセキュリティが掛かった扉があるだけだった。

周りを見渡せば、同じ種類の扉がいくつもある。

 

「久遠、ここはロックされてて開かないぞ。他を探そうぜ?」

「いえ、確かにここですね」

 

話が噛みあわなず、久遠が再び手を鞄の中へ突っ込む。そして、一枚のカードを取り出すと開錠用のカードリーダーにいきなりスッと通した。

 

「おいおい、何やってんだよ。エラーが出るだけだし、これは子供の遊び道具じゃないんだ。ほら、他の場――

 

チキ、カタカタカタカタ、ピー

 

ロックだった筈の赤く光るランプが突然、認証肯定用の緑色に変わって点灯した。

キィッと音を立てて一人でに扉が開いてしまう。そして、俺はその先の部屋の状態に思わず自身の目を疑った。

階段だった。

場所が三階のはずなのに、扉の先には下へと続いて行く階段がある。手の込んだ入り口に、俺は久遠の方を訝しげに見てしまう。

 

「どうやら、この奥のようです」

「…お前、ただの子供じゃないな?」

「私は使いを頼まれただけですので。ああ、因みにもともとお父さんなるものは、私にはおりません。私は二つのお願いをされました。一つ目は織斑 千冬様がご使用になられますISで『暮桜』の確認、二つめは喜久さんを一緒に連れて行くこと。この二点だけです」

 

相手の手札が全く見えないことに俺は久遠を警戒する。

暮桜だって? どうして、そんなものがこの施設の中にある?

 

「お前を動かしている奴は誰だ?」

「地下区画に着きましたら、お教えします」

「久遠が教える保証がどこにある?」

「信じないかどうかは貴方の勝手ですので」

 

久遠は俺に構わず階段を勝手に降りていく。

 

「くそ、おい待てコラ!」

 

俺も焦ってそのまま階段を下っていった。

何回か折り返して下っていくと、やがてさらに下るためのエレベーターが現れた。

 

「これでさらに下へ降下するようですね。乗っていきましょう」

「おい、お前はなにを知ってるんだ?」

 

久遠が備え付けのボタンを押してエレベーターを開き中に入る。

 

「焦る必要はありません、地下に着いたらお話いたします。それまでは私から十メートルの範囲内にジャミングをかけさせて頂きますね」

 

久遠が何もしていない筈なのに、ピッと一回だけ単調な音がした。

エレベーターが閉まると、俺と久遠がさらに地下へと下っていく。俺はエレベーターの壁に背を預けながら、この少女をどうするべきか頭の中で悩んだ。

 

「…お前どこの国の所属だ? 学園への違反行為の重さを知らないわけじゃないだろうが?」

「どこの国にも私は所属しておりませんね。しいて言えば、個人には所属していると言ったところでしょうか」

「要領を得ないんだよ、きちんと話せや」

「そうですね。良いです、お話しましょう」

 

エレベーターが止まり扉が開く。その先には巨大な地下工場のような場所が広がっていた。

…こんなものが、なんでIS学園の地下に?

俺は隠されていた学園の施設を知り、初めてみる光景に思わず息を呑む。

久遠が今日三度目になる行為、鞄に手を突っ込まれて出て来るレシーバーのようなもの。俺は意味が解らずにその様子を見つめた。

 

「束様、地下区画へ到着致しました」

『やっほーい! 元気してるかなー、くーちゃん!?』

 

束だと!?

 

「用意が整いました、いつでも実行可能です」

『じゃあ、準備は良いかな? それじゃあくーちゃん、パーティータイムの始まりだよっ♪』

 

篠ノ之 束の楽しんでいる声が聞こえた。

 

 

_\|/_

 

 

放課後のアリーナでシャルロットとセシリア、ラウラの三人はISの訓練をしていた。

内容の主にはシャルロットのIS調整の手伝いがメインで、今はラファール=リヴァイブⅢが宙に浮いて機動制御動作確認の最中だった。

シャルロットが機体を動かしテストを繰り返す中で、セシリアとラウラはその光景を遠巻きに見学している。

 

『それにしても、旋回動作のスピード性能がやはり際立っていますわね。流石は世界三位のシェアを誇るデュノア社ですわ。それに、あれだけの銃火器武装で、さらに光出力系統の装備が揃うと厄介この上ないということでしょうか?』

『攻も派手で見栄えがあるが、やはり防の方が侮れん。ラファール=リヴァイブⅢに搭載されているミラーシールドシステムだったか? あれを出されると、我々の攻撃が一時的に無意味になるからな』

『喜久さんのISも防御一辺倒のタイプですが、あれは応用範囲の可能性が優れていますので。やはりラファール=リヴァイブⅢの方が防御型ということに?』

『ふむ、しかし攻撃距離を気にしなくて良い万能機でもある。一つに絞って決め付けるのは早計だな』

 

二人でラファール=リヴァイブⅢの評価をあれこれと出しているが、その途中でシャルロットが突然動きを止めた。

スラスター制御が突然効きにくくなったのが原因だったのだが、それ以外にもどこか違和感を感じる。

 

『どうされました、シャルロットさん?』

『シャルロット、やはりまだISが上手く馴染んでいないのか?』

「いや、なんか調子がいきなり悪くなったみたい…」

 

シャルロットが不思議そうにラファール=リヴァイブⅢのシステムチェックを行っていく。しかし、特に様子がおかしいような個所が見当たらなかった。

 

「ごめん、僕の勘違いだったみたい。それじゃセシリアにラウラ、訓練の続きをし――

 

ブツリと、スピーカの電源を落としたようにシャルロットの言葉が途切れた。

その場で動かなくなると宙に浮いた感覚のまま意識だけが飛び、彼女は無意識下で停滞をしている。

 

『シャルロットさん!?』

『シャルロット!?』

 

セシリアとラウラが叫ぶが、シャルロットには聞こえない。彼女の目は光を失い、そして精神が蝕まれ始めていた。

 

 

 

楽しかった記憶。シャルロットにとって、それは自分の母親と過ごしていた時間だった。

小学生程度の姿をした幼いシャルロットが母親の料理する姿を楽しそうに眺めている。鍋から湯気が噴き、母親がコンロの火を止めた。

 

「お母さん、今日の夕食はなあに?」

 

シャルロットが嬉しそうにする。母親はにこやかに微笑えみ、出来上がった料理を鍋ごとテーブルに移動させようとして―――

 

ガンッ!

 

地面に落下させた。

中身の夕食だったシチューらしき物が床にぶちまけられる。

 

「え? どうしたのお母さん?」

 

大好きな母親の顔が真顔になり、そしてゆっくりとシャルロットの元から他の何かに引っ張られるようにして離れだした。

 

「お母さん、待って…待ってよ。どこにも行かないで!?」

 

母親が遠ざかっていき、シャルロットがその後を必死に追いかけ続ける。そしてあるところで再び遠ざかるのを辞め、彼女がそれに追いついた。

 

「お母さん!!」

 

必死に叫びながら母親に抱きついてシャルロットは安心した。

母親の温もりを感じる、ただそれだけで良い。それだけあればシャルロットは幸せでいられる。

 

「お母さん、嫌だよ。どこにも行かないで…」

 

縋りつくシャルロットが母親の顔を下から見上げた。

そして、母親の顔が砂のように崩れていく。

 

「あ、ああぁ…」

 

シャルロットが声にならない声を吐き出す。サラサラと風に舞うようになって、やがて母親の体全てが無くなった。

 

 

 

現実では、セシリアとラウラがシャルロットに対して必死の呼びかけを行っている。しかし、シャルロットは全く応答する気配が無かった。

 

「シャルロットさん!! どうされたのです!? 正気に戻って下さい!!」

「シャルロット、何でも良いから反応しろ!? 一体なんだというのだ!!」

 

二人で呼びかけても幾ら揺さぶっても、シャルロットは目覚める気配が無い。ただただ、廃人のようにその場で佇んでいる。

 

「…いぅ」

「やっと喋って下さいましたわね、シャルロットさん。一体どうされたのです?」

「シャルロット、あまり驚かせるな。今日はもうテストは中止して休んだ方が良い」

 

シャルロットが声を発したことで、セシリアとラウラがほっとした。

が、それはただの予備動作に過ぎない。

 

「い、いや、いや、やだ、いやだよ……い、いやぁぁあああああぁああああぁあ!!!!!」

 

シャルロットが自身の小さな口から、あらん限りの叫び声を上げる。彼女が絶叫する様は周囲から見守る二人にとって、それはまるで一人の人間が崩壊していくかのような光景に見えた。

ラファール=リヴァイブⅢのISコアが彼女の中枢神経と脳を汚染していく。そして、それは体の全てを蹂躙するように犯していった。

 

 

_\|/_

 

 

俺の目の前で久遠と篠ノ之 束が会話をしている。それに対して俺は即座に久遠から離れて身構えた。

 

『やあやあくーちゃん、ご苦労さんだね。ちなみに、そこには会話できるように頼んでおいたコックローチくんもいるのかな?』

「市隈 喜久なら私の目の前におります」

 

コックローチだと?そういうてめえは負の権化じゃねぇか!!

久遠が篠ノ之 束に答えて俺の方へマイクのような物を向ける。

 

『聞こえてるかなー? ご挨拶がまだだったねー、初めましてコックローチくん。私が篠ノ之 束だよん!』

「どういうつもりだクソ女? それに話すのは二回目だろうが、こっちはあんたに山ほど聞きたいことがあんだよ。蛆虫みたいに隠れてないで、とっととじめじめした穴倉から出てこいや」

『おやおやぁ、おっかしいねー、束さんがコックローチくんと話すのは初めてだよ?しっかしさー、口の利き方がなってないよねー、これだから知能指数の低い原始人には困るんだよね。これじゃあ会話が成り立たないじゃないか、1たす1が解るかなー?わっかるわけないかー、そうだよねー。どうしてミジンコIQ低い君に、わざわざこの束さんが話し掛けてるかなんて解らないだろうね?』

「ごちゃごちゃ意味不明な表現使ってんじゃねーよ、てめぇの神様気取りは反吐がでんだよ。俺が聞きたいのは一つだけだ愉快犯、何で2度も学園の襲撃をした?」

 

どうしても聞きたかったことだ、俺は強引に質問をぶつけた。

 

『そうそう、束さんが言いたいのもそれなんだよ』

 

篠ノ之 束が一旦言葉を切る。そして、緩やかだった口調が途端に硬質化して棘を孕む。

 

『はっきり言ってー、君はさー、邪魔《・・》。ようは目障り、君が余計なことしてくれたお陰で束さんの情報収集は散々なの』

 

情報収集だと?…たった、そんなものの為だけに二度の厄災をばら撒いたってのか?

俺は余りに下らない理由を言い放った篠ノ之 束の言葉に我を忘れかける。

 

『だからさー、一つ釘を打ち付けさせてもらうと思ってるんだよ。まあ、まさに釘付けになってくれれば束さん的には超ハッピーって感じだねっ★』

 

篠ノ之 束がケラケラと笑う。

 

決まりだな。

母さんには悪いが、俺の中で篠ノ之 束がたった今から敵として認識された。

 

「篠ノ之 束、首を洗って待ってろ。てめぇを穴倉から必ず引きずり出してやる。お前は天才なんて人間じゃない、ただ快楽を貪り続ける哀れな餓鬼だ。そんなてめぇの行き着く果てには、俺が破滅をくれてやる」

『束さんの恩恵を使っているくせに中々に生意気だね。良いよ、そんなコックローチくんに良いことを教えてあげよう! なんと、最近フランスで第三世代機がやっと出来たらしんだよね!? これは遊ばない手はないよ、だから束さんお手製のお風邪なヴィールスを注入しちゃったんだよね。この意味がコックローチくんには解るかな?』

「てめぇ…。一体、何の細工をしやがった?」

 

フランスの第三世代機は一つしか存在しない。俺はシャルロットのことを思い浮かべて思わず歯を食い縛る。

 

『うむん。福音の時はISだけを乗っ取たんだけど、それだけじゃあ芸がないよねぇ? 束さんは考えたのだよ、どうせなら、洗脳しよう、ホトトギスってね! ISから人体への侵食は実験段階だけど、まあ良くて軽度の記憶喪失、悪くて脳破壊による植物状態といったところかな。まあ、どうなるのか束さんにも開けてみての玉手箱状態なんだよねっ★』

 

この狂人が…。

 

「福音もお前の仕業か。助かったシャルロットに何か残ってたら、てめえも同じ状態にしてやる。精々今を楽しんどけ、俺に会ったときがてめぇの最後だ」

『それは私にとってはノープローなのだよ、コックローチくん。だって、君は今ここでご臨終なんだからさ。くーちゃん、後はよろしく頼んだよん! ちーちゃんが暮桜に乗り込む確認とゴキブリさんの駆除をよろしくねぇ』

「了解致しました束様」

 

俺はその場ですぐさまISを瞬時展開する。

 

【死ぬわよ、避けなさい】

 

ボオォオッ!!!!

 

ティアーニの警告と同時、俺を丸ごと飲み込みかねない巨大なレーザー光がどこからともなく放たれた。

 

「くそったれが!!」

 

俺は12枚全てのペタルを前面に張りつつ、上空へと瞬時加速をかける。

上空に上がると同時、ぺタルの8枚までが一瞬で四散した。

パチ、パチパチッと、蛍光灯のスイッチが入ったときのような音を立てながら、何も無い空間からそれは現れる。

 

「…どっからそんなに持ち込みやがった?」

「束様のご命令ですので、貴方には消えてもらいます』

 

これもあのクソ快楽者の発明品かよ。

カメレオンのように景色と同化していたらしき無人機ISが姿を現し、久遠が逆に景色と同化して溶け込んでいく。

敵ISの数は三体、一体ずつ連携を取れるような装備を整えている。デブの装甲重視とタッグマッチを襲ったようなブレードの腕が6本ある奴、そして超口径のレーザーを放てそうなガンナータイプのISだ。

 

【本気で貴方を潰したいようね、三対一じゃこちらが不利かしら?】

「なめんじゃねぇよ。この程度の鉄屑共で俺を止められる筈ないだろうが」

 

ち、戦力差が酷いな…。

俺は内心で舌打ちする。場所は地下区画で、ある程度のある広さの工場内だ。その中で敵の攻撃を四方囲まれている限られた範囲内でかわしながらの攻防は難しい。おまけに、あたりまえだがここでは壁にシールドバリアーが張られていないことが予想できた。

施設は破壊されるが、それ以上に地上へ被害が出るのがまずい。

 

『さようならです、喜久さん。短い間でしたが、優しい貴方を私は割と好きでした』

「勝手に殺してんじゃねぇよ!クソガキが!!」

 

お互いの言葉の掛け合いが殺し合い開始の合図となる。瞬間、再びガンナータイプの無人機ISが俺に向けて巨大な光の束を発射した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告