ln   作:kiarina

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[NumberingTitle_生死ノ謳歌_到着ノ合図]

 

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 学園の医療室で専用機の面々が寝かされている。皆が暗い顔をし、各々が敗北の辛酸を舐めたことに対して思考していた。

 ライフラインの一つである学園の発電施設が全て破壊されていたために、現在は電力を外部から引いて平常時の状態をなんとか保っている。

 

「あぁあ、ムカつくっ!」

 

寝かされていた鈴が上半身を起こし、拳を自身の寝ていたベッドに叩き付けた。

彼女は苛立ちを隠さない。その光景を見ていた箒が溜息を吐く。

 

「鈴、落ち着け」

「うっさいわね、しょうがないでしょ!?」

 

 物に当たってもしょうがない、そうは理解していても鈴は我慢しきれずに周りへ感情を吐き出す。

 

「気持ちはわかる。私も同じようにしたいという感情だってある。だが、ここは安静にするべき場所だ。周りのことも考えるべきだと思うが?」

「……そうね、あたしが悪かったわ。箒、ありがとね」

 

 二人が会話を交わして、他の人間へと視線を移していく。現在、部屋では同じようにして寝かされている人間が他に二人ほど存在していた。

 簪が無言のまま寝込み天井をぼーっと眺めている。闇に乗じて襲撃を行ってきた敵対者、見せ付けられた圧倒的な力量の差に対して思わず呻きそうになる。彼女が横を見れば、自身の姉である楯無が静かに寝息を立てて寝ていた。

 医療室で寝かされている最中に驚いたのは、喜久と楯無が気絶した状態で学園に運ばれてきたことだ。二人が襲撃してきた敵に負けたという事実、それが彼女には信じられない。

 国家代表である楯無はロシアという大国の顔でもある。喜久も学年トップの実力者だ。底知れない力を持つ襲撃者に対して簪が再度呻きそうになる。

 そして、簪はなによりも他の部屋で寝かされている一夏を思う。彼の容態はどうなのかと。

 

「簪、どこか痛むの?」

「……大丈夫……打鉄弐式が……守ってくれたから」

「そうか。今は回復に専念すべきだ、それから次のことを考えればいい」

「……ありがとう」

 

 鈴と箒が簪の考え込む様子を見て気遣う。そして、会話に参加していなかった残りの人間が寝かされていたベッドで上半身を起こした。

 

「う~ん、よく寝かせてもらったわ。おはよう、みんなっ♪」

「お姉ちゃん!」

 

簪が自身のベッドから這い出て、笑顔を絶やさない楯無に抱きついた。

瞬間、楯無の体に衝撃が走って背中の傷口から痛みが膨れ上がる。

 

「ぎぅ!?」

「あ……ごめんなさい」

「良いのよ簪ちゃん。出来るなら、ううん、少しでいいの。ちょっとだけ力の加減をお願いね……?」

「……うん」

 

 簪が楯無から離れて自分のベッドへと戻った。

 その光景を見ていた箒と鈴が思わず少し含み笑いをしてしまう。楯無は締まりの無い状況に、心の中で少しだけ苦笑いする。

 

「もう少し寝られてた方が良いのでは?」

「そうね、今回一番の大怪我を負っているんだから安静にすべきだと思うわ」

「嬉しい言葉をありがとうね~。でも、そうも言ってられないのよ。やることは山積みだし、学園の機能を維持させることが長たる私の役目でもあるわ」

 

 楯無が立ち上がって腕を動かしながら体の状態チェックを行なう。完治まで大よそ一ヶ月程度と目測をつけ、ナイフによって突かれた場所が後遺症を残さない場所で助かったと安堵する。

 

(ギリギリで体を捻って回避に専念したことが僥倖だったわね。今回は流石に危なかったわ)

 

 クラーラがナイフで狙った部分は背中の脊柱《せきちゅう》だったが、楯無は持ち前の運動能力で刺される場所を瞬間的にずらしていた。

 彼女はゆっくりと制服を着込むと、そのまま部屋を出ようとする。簪が姉はもっと休むべきだと判断して呼び掛けを行なう。

 

「……お姉ちゃん……今は……休んで」

「そうね、現場の収集がついたらベッドでゆっくりと寝させてもらうわ。それよりまずは、顔を見たい人間がいるから。そっちの方が大丈夫かどうか確認しに行かせてもらうわっ★」

「……確認……したい顔?」

「ええ、そうよ簪ちゃん。なんでも最後まで私と一緒にいてくれるんですって、大胆な口説き文句だと思わない? よっちゃんたら、やっぱり男の子よねっ♪」

 

楯無がルンルン気分で扉を横にスライドさせて出て行った。

 

「は……?」

「え、なに、どういうこと……?」

「喜久、一体なにをした……」

 

部屋に取り残された三人が唖然とした表情をする。一時間後、事実をしっかりと把握しきった彼女たちは思考が更に混乱状態へと陥っていった。

 

 

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 シャルロットとラウラの部屋にセシリアがいる。室内にいた三人は、互いが冴えない表情で適当な場所に腰掛けていた。

 

「すまない、追っていた襲撃者を取り逃がした」

「ラウラ、大丈夫だよ。僕たちも敵に倒されかけたし、それにしても今回の襲撃は随分と用意周到にされていたみたいだね」

「ですが、ISを使用しない方法でISを奪取されるとは思いませんでしたわ。完全に盲点を突かれましたわね」

 

 学園は配備されている訓練用ISを二機ほど奪取されていた。

 ラウラが追っていた三人の襲撃者は発見できず、逃走を許したのだ。屋外へ出て上空に登り追跡を続けていたが、ついに捕獲することが出来なかった。

 ISが一瞬であれ生身の人間に翻弄されたという事実。それでなくとも油断を排さなかったラウラが自身の心を戒める。同じ過ちは二度と繰り返さない、このような醜態を晒した己の傲慢を焼き切ると。

 

(覆面をしていなかったのは致命的だったな。待っていろ、必ずお前たち三人の素性を割ってやる)

 

 今回は辛酸を舐めさせられた。

 彼女は母国ドイツの軍事機能を使い相手の経歴を炙り出そうと思考する。奪取されたISも必ず取り戻す。ラウラが鋭い目を更に細めて前方を見据えていく。

 仮想的に三人の襲撃者を思い浮かべる。次の瞬間、三人の胸に銃弾による風穴が空いた。

 彼女は思考を切り換えてセシリアとシャルロットに質問する。

 

「二人が戦った敵は、喜久と同じ能力を持っていたそうだな?」

「ええ、まったく攻撃が当たらない上に所持している武装も強力でした」

「近接武装は無くて、僕に向けてきたのはだたのナイフだけ。でも、後一歩で体のどこかを刺されてたかもしれない」

 

 ラウラが思わず舌打ちする。ただの金属ナイフでISの搭乗者が殺される。まるで、ISが世界最強の兵器だという前提が覆るような話だった。

 

「ふむ、こちらは二人ほどが負傷している。ばらけて戦闘したとはいえ、実質は四対一での敗北か。……強敵だな」

 

 IS学園で実践訓練による戦闘を行なっている。彼女は喜久と何度も対戦したことがあるが、彼に勝った勝率は低い。

 ブラックペタルの武装、ペタルの柔軟性もあるが一番厄介なのは新たに搭載されたグリコシドだ。あれの攻撃を受けると一気にISの制御が利きにくくなる。

 それでなくとも喜久自身の能力値が高い。連続で繰り出される瞬時加速《イグニッション・ブースト》の変則高機動制御には彼女も翻弄されることがある。そして、自身には向けられたことが無いISTSという絶対防御を突破できる蹂躙的攻撃。しかし、このまさに反則をとってつけたような人間に勝つ人間がいた。

 その事実がラウラの頭の中に重くのしかかる。

 なにより恐ろしいのは、喜久と一国の国家代表である楯無が組んでも勝てなかったこと。そんな凶悪な力を振るう敵がいることに、これからの対策をどう練って行くべきかを考える。

 

「ラウラ、一夏たちもキャノンボール・ファストの襲撃者に負けたって聞いたけど……」

「ああ、こちらも四対一で負けた。私が加わっていればと思うが、それも虚しい論議だな。良いように敵に翻弄されたらしい」

「そう、ですか……。一年の専用機持ちで無事だったのは、ここにいる三人だけということですのね」

 

 傷を負わずに済んだ彼女たちが三者三様にして、その場で思考の渦に飲まれる。亡国機業の織斑 円夏、クラーラ=ペローフとの今後における因縁のようなものを感じながら。

 

「ごめんなさいね、入るわよ~。うっ……」

 

 楯無が三人のいる部屋にノックをして入ってこようとした。

 が、設置されていた犬の置物を見て腰が引けてしまう。楯無の表情を見たラウラがとても嬉しそうにする。守り神のような犬の置物が部屋を守護してくれているという事実に楯無暴風雨が近づけない。

 楯無は部屋のドアを付近で、笑顔のままセシリアとシャルロットに落雷のような衝撃を与える。

 

「よっちゃんが、私と一緒に最後まで付き合ってくれるらしいの。セシリアちゃんにシャルロットちゃん、ごめんなさいねっ♪」

 

 手をひらひらとさせながら楯無がドアを閉めた。

 次の瞬間、猛烈な勢いで二人の人間が再びドアが開け放つ。

 しかし、楯無の姿は既にない。

 

「なんで先輩が!?」

「そんなことは私にも解りません! シャルロットさん、ことの経緯を更識会長か喜久さんに、きっちりと問い質しましょう!?」

 

二人が部屋から走り去っていく。それを見ていたラウラが一言つぶやいた。

 

「喜久は違う意味で死ぬのかもしれんな」

 

ストレスの溜まり過ぎによる過労死、そんな言葉が彼女の頭の中で浮かんだ。

 

 

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「クラーラァアアアッ!!」

 

 ……どこだ?

 怒り任せに叫び声を上げて俺は辺りを見回す。観察してみれば、ここが戦闘を行なっている場所でないことを認識した。

 赤々と燃え上がる店、真っ黒な海面、背中を刺された更識――

 

 ――そして、狂気のような笑顔を浮かべた俺の分身。

 

 状況が掴めずに自分の体を触ってみれば、医療用の患者服を着せられていることに気づく。寝かされている部屋は、いつも過ごしている寮の部屋だ。

 

「喜久、大丈夫か?」

「……一夏、お前の方こそ大丈夫なのかよ?」

 

 誰にやられただなんて聞く必要はなかった。

 一夏を攻撃したのは、間違いなく織斑 マドカだ。様子を見れば、痣のようなものが幾つも確認できる。奴が寝たままの状態で笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「ああ、シールドバリアーは破られなかったからな……痛っつ。白式が大分やられた。シャルとセシリアに聞いたぞ、まさか喜久と楯無さんがやられるなんてな。正直、俺には信じられなかった」

「そうか。二人から話を聞いたってことは、本人たちは無事だったんだな」

 

 シャルロットとセシリアが助かっていることに安堵する。だが、どうやってクラーラの攻撃から生き延びたのかが、俺には理解できなかった。

 ISTSを使われれば一瞬で殺される。普段、信じる崇拝も拝む行為もマヌケな儀式にしか見えない。しかし、今だけは二人の無事をなにかに祈って感謝してもいいと感じた。

 

「一夏、シャルロットとセシリアはどうやって助かった。知ってたら教えてくれないか?」

「敵が疲れたって言って飛び去っていったらしい。シャルもセシリアも相手の気まぐれがなかったら、確実に負けてたって言ってたぞ」

「疲れた、ね。ありがとさんな、教えてくれて」

 

 疲れたってのは、ISTSのキャパが限界になり始めていたからなのかもしれない。それ以外に説明がつかないし、多分だがクラーラの奴は相手ISに対して侵食を多用したからだろうことが予想できる。

 侵食行為は行使すれば普段の何倍もの力を使う。使用されたのはシャルロット、原因はミラーシールドシステムに対抗してだろうと当たりをつける。

 

「セシリアとシャルロットはどうしてる?」

「二人はラウラと一緒にいるよ。千冬姉は学園の対応に追われてる」

「ボーデヴィッヒ……。一夏、他の連中はどうした?」

 

 俺は顔が見えない人間が心配になり、一夏へ質問した。

 

「ラウラは他の敵を追ってた。円夏と戦ったのは俺、箒、鈴、簪だ。全員が円夏に倒された。……簪は――俺が斬って負傷した」

 

一夏が顔を下に向けて最後の言葉を搾り出す。

 

「そうか。わかった」

 

 本人が苦悩に歪む表情を浮かべている状態を見て、俺は静かに頷きの言葉を返した。

 織斑姉が一夏たちの戦闘に参戦していないのを見ると、マドカの他にもISを使用して強襲をかけたのがいたのだろう。

 統率の取れていない戦闘状態が頭の中に浮かんだ。ボーデヴィッヒがいれば、きっと一夏が言った報告のようになってなかっただろう。一夏やその場で一緒に戦っていた連中にとって、今現在で足りないものが浮き彫りとなる。

 しかし、たとえ統率が取れていたとしても勝てたかどうかは難しい。マドカの場合は俺が以前の戦闘で、ISTSの使用状態から放った一撃をギリギリで回避しきっている。天性としか良いようがない異常な反射神経の対応制御速度。その部分に関しては、俺では奴にどう足掻いても勝ち目がない。

 そして、それと同等か頭一個分飛びぬけた力を持っているクラーラがいる。絶対防御の強制突破能力がある分だけ考えると、奴がマドカを超えているのが理解できた。

 俺はクラーラが今後に行なうであろう殺戮行為をなんとしてでも阻止しなければならない。篠ノ之 束とアメリカの件が片付いたあとでなら、刺し違えて命を失ってもいい。

 

 ――だから、結論としてISを使用するために学園に留らなければならない必要性が出来た。

 奴を止めるためにISがいる。俺の頭の中では、それ以外の方法が思いつかない。

 

「ティアーニ」

【なにかしら】

「悪いけどな、もう少し付き合ってもらうぞ? 喧嘩に負けたからリベンジだ、襲撃なんてのは今後も続くだろうからな。次に会った時には、あのクソったれ女を潰してやる」

【まったく。知能指数が少ない下品な言葉は、いつまで経っても直らないわね。早く猿から原始人にでも進化して火でも発明して欲しいわ】

「こればっかりは無理だな。俺は自分の発言と感情の乖離なんてごめんだ、火も車輪もなんて発明は他の奴に譲って終了させてもらうわ」

【いらない流し方だけは成長してるわね】

「あんだけ毎日、お前の毒舌を浴びてりゃあな。いい加減、こっちだって慣れるんだよ」

 

一夏が呆れた様子で俺とティアーニの受け答えを見ている。俺は顔を奴の方へと向けた。

 

「一夏、お前は強くなりたいか?」

「……ああ。これ以上、誰かが傷つく姿を見るのは耐えられないからな。俺は皆を守りたい、そのための力が欲しい」

「そうか。今回は俺も、ずたぼろに引き摺り回されちまった。これからは、さぼるのも止めだ。ISの操縦訓練を真面目にやるしかないと思ってる」

 

 俺はISの操縦に関して、これまで培ってきた技術だけで充分だと過信していた。

 ISは授業中にしか乗らず、訓練なんぞはしたこともない。その結果がベッドで寝込んでる状態、つまりはただの勘違い野朗だったわけだ。

 だから、今回のことでその考えかたを改める必要がある。ベッドから上半身を起こすと一夏の方を向く。奴が俺の真剣な表情を見て驚いた顔をした。

 

「一夏、これからはISの訓練をして技術を磨いていく。お前に足りない分も俺が一緒に伸ばしてやる。やる気はあるか?」

「当たり前だ。言われるまでもないだろ、今まで以上に力をつけてやる。円夏を止めるためにも、俺は全力で目の前にある壁をぶち破る」

 

 良い顔だ、上出来だよ。

 お前の一本気で素直なところは本当に羨ましいね。

 一夏が真っ直ぐ射抜くような瞳で俺を見ている。

 

【二人して盛り上がってるところで悪いのだけれど、忠告をさせて貰うわよ】

「どうした?」

 

 ティアーニが声をかけてくる。俺はアナログ時計のほうに視線を移した。

 

【私は今まで貴方の生体反応から、人体の状態等を含めて観察しデータを採取していたわ。よく聞きなさい、後一度でもの能力《ISTS》を使えば体中の血管が破裂し続けて貴方の死亡が確定する】

「……そっか」

 

 なんとなくの適当な返事を返す。別段驚きもしなければ、特にこれといった感慨も沸かなかった。

 もともとは忌み嫌ってた力だ。今さら本当に使用を制限されても残念な感覚にはならない。これからはISTSが金輪際において使用不可になった。

 ただ、それだけのことだ。

 

「ついでだティアーニ、煙草も酒も辞めてやる。真面目に生きるなんてのは、正直いって俺には無理だ。だけどな、丁度いい機会だ。だから、これ位はこの際スッパリと切っちまおうや」

【それからもう一つ】

「ん?」

【貴方が生きれる寿命は、あと四年よ】

 

 明確な死亡予定の宣告。

 本当に心臓が止まったかのような感覚になった。

 ゆっくりと顔だけを動かしてみれば、横で一緒になって話を聞いていた一夏が動揺した顔をしだしていた。

 

 

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 ヨーロッパで会議が開催されている。会場の一室はガラス張りの壁になっており、アルプスの峰や豊かな自然が一望できる美しい風景が広がっていた。

 しかし、現在召集されている人々には、その景色を観賞する余裕がない。国際IS委員会のメンバーは急務の課題に追われていた。

 

「ISが二機も奪取されたぞ。ミスター轡木には、今回の件で責任を取ってもらうのが妥当だと思うが?」

「馬鹿を言うな、彼の他に適材はいないだろう。人事変更の後釜などあり得ん、今は責任問題よりも亡国機業とドクター篠ノ之をどう対処するかのほうが優先だ」

「ミズ織斑への対処はどうする。彼女一人に監督を任せて学園を切り盛りさせるのは限界だと思うが?」

 

 学園は何度となく襲撃を受けている。今までは学園長である轡木が尽力し、ことの収拾に努めてきた。

 しかし、ISが二機ほど奪取されたことで委員会の現状維持という処置は限界を迎えた。

 議長席に座っていた男性が閉じていた口を開く。

 

「不毛だな。轡木君はよくやっている、織斑君に関しても年齢の問題こそあれど十二分に職責を果たしている。問題なのは、全体を取り仕切っている私たち側の動き方にこそあると思うが?」

「……そうですな。反省いたします」

 

 メンバーの一人が謝罪の言葉を述べる。議題を再度確認するために進行役の人間が全員を前にして喋りだす。

 

「議題の内容は襲撃対象への対応、学園の警備強化、男性操縦者の二名と第四世代機を所持している篠ノ之博士のご親族への対処となります」

「それにしても篠ノ之博士と亡国機業か。博士の方は未だに足取りが掴めん、これはどうしようもない。亡国機業は最近になって動きが活発化してきているようだが?」

 

 ダークグレーのスーツを着た男性が心情を吐露し、議題に対して苦虫を噛み潰したような表情になる。彼の横に座っていた壮年の男性が口を開いた。

 

「亡国機業に関しては先進国はもとより、現在ISを所持している殆どの国が諜報員を使って独自の調査を行なっている。特に面子を潰されたアメリカ、イタリア、イギリス、オーストラリアは血眼になって組織の全貌を調査しているような状態だな」

「オーストラリアは被害が特に酷いと聞いている。軍事基地が丸々一つ壊滅されている上に、生存者も二名だけだ。しかもだ、生存者のうち一名は国家代表だが、重傷を負っての生還というのが宜しくないな。パドルティージ議長は、その点をどう思われますか?」

 

 議長席に座っているパドルティージが額に手を当てながら難しい顔をつくる。

 

「相手の戦力が未だに読めていない。亡国機業がどういった組織かも不明だという最大の問題点がある。この組織は、それ自体が個体集団なのか。それとも一国の裏の顔なのか、ある種の独自形勢による集団組織として機能しているのか。どちらにしても、今の状態に甘んじていて下手を打てば、第三次世界大戦の引き金になりかねん」

 

 第三次世界大戦、ISが新たな戦争の火種となる。極論のようでいて、現実味も帯びているような単語が彼の口から飛び出した。

 彼ら国際IS委員会が亡国機業に対して一番の懸念をしている部分、それは戦争の口火を切られること。奪取の目的が戦争利用なのだとしたら、世界にある五つの大陸が全て火の海になりかねない。

 最悪の場合、ISに対抗するために核保有国が最後の手段として、対戦国に核ミサイルを発射する可能性も無いとは言い切れない状態が発生する。人という種だからこそ政治や外交交渉を努力しようとも、一度の不安定化が進めば何処かに穴が発生し始めていく。

 必然、最後は後戻りできなくなり、文明も荒廃と退行を余儀なくされる。様子を見守っていた他の女性メンバーが口を開く。

 

「議長、やはりここは再度IS所持国へISの保持数を開示させるべきではないでしょうか? 学園の襲撃も見えない相手のこともありますが、各国が協力して足並みを揃えないことには問題のスタートラインに立つことすら怪しい状態かと存じます」

 

 亡国機業に奪取されたISの数が把握しきれていない。情報が足りないと女性が必要事項を述べる。それに対して、他のメンバーが苦笑しながら穏やかな口調で返していく。

 

「君、そうは言うがね。それこそ簡単にはいかんよ、軍事が絡むと基本的に情報は秘匿される。誰が好き好んで自国の軍事力を公開すると思う? 秘密裏の情報開示をさせるとしても見返りを要求される可能性が充分ある。ISの情報はそれだけで価値が高い、他の方法を考えるべきだよ」

 

 一国との交換条件によるギブアンドテイク。情報開示に代わりに要求されるのは、新たなISコアの提供や他国が推し進めている研究技術の開示、国際IS委員会へ国が介入する参政権等が予想できた。

 国際IS委員会は世界中のISを管理するために作られた世界独立機関だ。そこに一国が単独で割り込む行為は、他の国にしてみると面白い話題ではない。

 

「亡国機業が今現在保持している数は、今までの報告から軽く見積もってアメリカから二機、イタリア、オーストラリア、イギリス、チェコ、カナダから一機ずつか。全部で七機というのは異常な数だな」

「一国の軍事力と同等ですな、それ以上の可能性があるところも厄介この上ないですがね。どうするね、議長?」

「……ISの保持数に関しては保留、亡国機業に関しての情報開示を求めるのであれば各国の諜報機関に当たるべきだと私は思う。現状の呼びかけは、それが限度といったところだろう」

 

 各軍へのIS保持数による開示要求ではなく、各国の諜報機関が調べ上げている亡国機業の情報詳細開示の方が交渉の余地はある。パドルティージは頭の中で思考し、そう結論づけた。

 

「では、次に学園の警備強化ですが。これは本当に先ほど話されていた内容で宜しいでしょうか?」

 

 会議が始まる前、パドルティージが話した内容に何人かの人間が賛同していた。

 既に、概ね彼の意見が了承されている。

 

「ああ、かまわん。議長の案に私は賛成だ」

「私もそれで宜しいかと。日本には迷惑をかけると思いますが、必要処置として理解してもらうほかありません」

「防備増強としては充分だろう。未来を創る学生を守る上でも、今後の育成という部分に関しても新たな可能性を見出せる。織斑君の負担も少しは減るだろうさ」

 

 意見を述べない他の者は特に反対意見も出さない。パドルティージが席についている人間の顔を一瞥して決断する。

 

「では、この議題に関しては承認とさせてもらう。さて、最後にもう一つ残っている問題をかたしてしまおうか?」

「はい、男性操縦者の二名と篠ノ之博士のご親族をどう振り分けていくかという議題になります」

 

 最後に残った議題。それは織斑 一夏、市隈 喜久、篠ノ之 箒をどの国に所属させるかという問題だった。

 世界で二人だけの男性操縦者と第四世代機の価値は、割り当てられた国に計り知れないだけの恩恵をもたらす。それだけに、ISを所持している各国からは引く手数多の状態が続いていた。

 

「それにしても、日本といのは本当に人材宝庫の国だな。三人の割り当てには苦労させられる」

「ふうむ、織斑 一夏に至ってはミズ織斑の弟に当たる存在だ。能力値に関しては疑う必要もあるまいて。しかし、アメリカの要望には恐れ入る。私は強行的なところが受け入れられん。圧力も程々にして欲しいものだ」

「例の彼か。アメリカが要求し続けて、どうしても欲しがっている人材だな。

……解せんね。納得の行く理由をこちらに寄越さない限りは、彼らの行動は暴走行為に等しい態度でしかない」

 

 世界最高の軍事力を誇るアメリカ。この国は委員会に強い要求を行い続けている。是が非でも寄越せという強権的主張は、委員会のメンバーにとって頭痛の種となっていた。

 要求内容を聞けば詳細なことは伏せてしまう。それでは誰もが納得をするはずもなく、両者の意見は未だ平行線を辿っていた。

 パドルティージは一種のきな臭さを感じており、首を縦に振るつもりがない。

 

「前に織斑 一夏ではどうかと聞いたが一蹴されたな。ともかくだ、虎の檻に子供を放り込む必要はない。アメリカの要求は却下だ」

「そうだな、三人の所属先を候補に上げるとすればフランスが濃厚か。あそこは第三世代機が出来たばかりだ。国を底上げしてバランスをとる分には適しているだろう」

「残りの二名は他に所属させるとすればどこが相応しいだろうか?」

「インドかアジア圏、ヨーロッパのどこかが妥当かと思われます。貴重な人材は出来るだけの有効活用と世界バランスのために均等配分となる国が好ましいかと」

 

 各々意見を交わすが適度が落しどころが見当たらない。結局、最後の議題だけは次の会合まで持ち越しの状態になった。

 

 

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『おめでとう!!』

「あ、ああ。ありがとな」

 

 目の前でいつものメンバーが楽しそうに騒いでいる。亡国機業の学園襲撃から一週間が経った。

 今いる食堂ラウンジの外からは工事中の音が鳴り響いている。そんな学園がどうしようもない状態の中で、シャルロットとセシリアが俺の誕生日パーティを強行していた。

 陰気な雰囲気は好ましくないとばかりに、誰もが無理やり楽しんでいるように感じる。どうしてそう思ってしまうのか。

 それは、きっと俺の気が滅入っている心情が余計な拍車を掛けているせいだ。

 

 あと四年、か……。

 ティアーニから発せられた通達は、自分をちっぽけな存在に思わせる。あの場で一緒に聞いていた一夏には拝み倒して、寿命のことは誰にも言わないようにと頼んであった。

 本当の残り時間を知っているのは一人だけ。

 ――やれるところまでは、やってみる。自身を奮い立たせるには、そう考えて行動していくしかない。

 

「喜久、まだ体の調子が悪いの?」

「いんや、大丈夫だよ」

「笑ってくださいな、今日のメインは喜久さんなのですから」

「そうだね。ありがとなセシリア」

 

 シャルロットとセシリアが声を掛けてきたので、俺は笑いながら返答する。

 

「あらぁ、よっちゃんたら二人に詰め寄られて両手に花ねっ♪」

「あんたは自室で安静にしてろっ!?」

 

 くそ、更識め。意味不明なことを言って俺を困らせやがって、一体なに考えてんだよ……。

 目の前で更識が嬉しそうに笑っている。本人を見れば、片方の腕を包帯で吊っていた。

 クラーラとの戦闘で負けた日、更識はシャルロットとセシリアをからかったらしい。そのせいで、俺と一夏が休んでいる部屋へと二人が突撃してきた。

 興奮状態の人間が周りを見れるはずもなく、病人の俺は悉《ことごと》く質問攻めにあう。『最後まで一緒にいる』と言ったのかと聞かれ、俺は更識を安心させるために言ったと返答した。

 言った瞬間、二人から鬼のような顔つきで一発づつ頭を叩かれてしまい、本気で泣きそうになる。理不尽な攻撃をされた結果、セシリアとシャルロットのことを心配した行為が虚しく感じた。

 そして、元凶の更識に対しては逆に怒りすらわいている状態だ。

 

「今日はよっちゃんの誕生日でしょう。今ならサービスで、おねーさんもついてくるわよー?」

「いい加減にしろ、流言ばっか流しやがってっ!」

「あらん、よっちゃんが言ったんじゃない~。忘れただなんて言わせないわよ?」

「あれはだな、あんたを安し――

 

 シャルロットとセシリアが俺の前に出だす。知らぬ間に二人が妙な連帯感を作り出していた。

 

「先輩、駄目です」

「たとえ更識会長といえど、横から割り込んでくるなどという行為を私は許しませんわよ?」

「いやあねぇ、恋愛は誰にでも許される平等な権利よ? おねーさんは、正々堂々とやらせて貰うだけだからっ♪」

 

 更識、あんたの場合は嬉しそうに騙し討ち万歳の間違いだろ?

 奴が普段から行なっている振舞いのせいで、どれが本音で語っている部分なのか俺には見当もつかない。三人が言い争いをしている中、触らぬ神には祟り無しとばかりに移動を開始した。

 

「喜久、プレゼントだ」

「ん? ああ、ありがとさん」

 

 篠ノ之に声を掛けられて、いきなり長方形のような物体を手渡される。中身が検討もつかず、自分の頭上でクエスチョンマークが浮かぶ。

 しょうがないので、彼女にプレゼントの正体を聞くことにした。

 

「ちなみにこれって、中身なに?」

「心理学の本だ。お前の天邪鬼な部分を治療するためには必要だからな。しっかりと自己分析して性格を矯正しろ」

 

 うわ、まったくいらねぇ……。

 有難くもなんともないプレゼントを渡された。読書は好きだが、全く読む気にもならない。そう思っていたら一夏と凰がやってくる。俺は篠ノ之から受け取ったプレゼントを苦笑いしながら片手にぶらさげた。

 

「はい、あんたにプレゼントよ」

「今度はなんだ?」

 

 凰に小さめの箱を渡された。

 彼女が俺の耳元に顔を近づけて小声で囁いてくる。

 

「あんたは肺が真っ黒でしょ? だから禁煙パイポよ。早死にしないうちに、おしゃぶりから卒業しなさいよね。わかった?」

「……」

 

 そんなもんは、とっくに辞めてんだよっ!!

 禁煙を決めた一週間前から煙草を吸ってない。必要性ゼロの物が手の中に、また一つ増えていく。凰から篠ノ之以上に、どうしようもないプレゼントを渡された。

 入れ替わるようにして、一夏がプレゼントらしき箱を手渡ししてくる。

 

「俺は喜久が欲しがる物なんて思いつかなかったからな。しょうがないから、千冬姉に手伝ってもらったよ」

「……篠ノ之の中身と一緒じゃないだろうな?」

「いや、違うぞ。俺のプレゼントはカメラだよ」

「カメラって。また、なんでカメラなんだよ?」

 

 俺がプレゼントを受け取りながら一夏に質問する。本人は嬉しそうな顔をしながら返答し始めた。

 

「喜久が一枚も、まともな写真を撮ったことがないって言ってただろ? それを千冬姉に教えたら呆れてたけどな。だったら、カメラがいいだろうってことになったんだよ」

「はぁ、よく解りましたよ。サンキュな一夏」

 

 俺は、やっと普通のプレゼントが来たことに安堵する。別になにかが欲しいとは思わないが、どうせ来るならまともな物が良いと感じた。

 

「喜久、私からもプレゼントだ。受け取れ」

「ああって、おい!?」

 

 ボーデヴィッヒからのプレゼントが、篠ノ之と凰から貰った品を凌駕する。彼女が少しだけ不愉快そうな顔をしながら喋りだす。

 

「大声を出すな。ただのグルカナイフだ、切れ味は私が保証するぞ?」

「俺がそれを受け取ったら、間違いなく警官に捕まるだろうが。

勘弁してくれ……」

 

 そんな凶器、どこで手に入れたんだよ?

 明らかに刃渡りの長い銃刀法違反物が俺の前に差し出されていた。

 

「私の好意が受け取れないというのか?」

「そういう問題じゃねぇ……」

 

 一夏のプレゼント選びの時に、一体なにを学習したんだ……。

 トンチンカンなボーデヴィッヒのプレゼントを全力で拒否する。そして、彼女の顔があからさまに沈んでいくのが解った。

 俺は溜息をつくと、しょうがなく別のプレゼントを要求することにする。

 

「ボーデヴィッヒ、気持ちだけありがたくもらっとくよ。そうさな、おめでとうの一言をさっき貰っただろ? あれが俺にとって最高のプレゼントだ、ありがとうな」

「……しょうがない、納得してやる。まったく、物欲のない奴め」

「いや、物欲は普通にあるよ」

「……喜久」

 

 簪が声を掛けてくる。俺が向き直ると、CDケース程の大きさがある箱を渡された。

 渡されるものが一夏のもの以外、最早不安でしょうがない。今度はどんなに驚かされるのかと俺は苦笑いしか出来ない状態だった。

 

「……開けてみて?」

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてと」

 

 ……なんだこれ?

 包装紙を解いて開いてみれば、アニメのヒーローみたいなのがポーズをとっているジャケットが目に入った。

 映像作品らしく、一体どうしろといった感情が浮かぶ。簪の方を見れば、ものすごく期待に満ちた顔で綺麗な瞳が輝きを放ち続けていた。

 まだ、AVの方が良かったですだなんて口が裂けてもいえない。

 彼女の純粋さが、俺になんともいえない罪悪感を覚えさせる。

 

「ありがとうな、暇な時にでも見させてもらうわ」

「……感想……期待してる」

 

 え……?

 見なきゃいけないのは確定なの?

 パッケージを裏返してみれば、収録時間が四時間と記載されていた。

 思わず自分の魂が抜けそうになるのがわかる。俺はアニメなんて興味ない、見るなら普通の実写映画の方が良い。

 

「……わかった、見たら感想をいうよ」

「うん!」

 

 結局、俺は本心に嘘をついて心が折れた。

 横で俺と簪のやり取りを見ていたボーデヴィッヒが、変な知識を覚えかける。

 

「ほう、そうか。喜久はこういったものを受け取るのか」

「簪さん限定です、ボーデヴィッヒは違うのにしてください」

 

 危うくのところで注意を促した。

 心理学の本、禁煙パイポ、カメラ、アニメ作品が俺の手元に入ってくる。どう処理をしようかと頭を悩ませながら、俺は自分の席へと移動した。

 ぐったりしていると、シャルロットが手に小さ目の箱を持っている。

 

「喜久、僕からはこれをあげるね」

「あい、ありがとうございます。……ちなみに中身は?」

「え、シルバーアクセサリーだけど。喜久は、そういうの嫌いだった?」

「まともなのをありがとう。大事にさせてもらうよ」

 

 俺が笑顔で返すと、シャルロットも嬉しそうに頷き返してくる。が、俺は前の出来事が頭に過ぎったために確認作業をすることにした。

 

「値段は?」

「え?」

「あんま聞いちゃいけないんだけどな。まさかだけど、十万を超えてるとかないよな?」

「……喜久、おめでとう!」

「やっぱりか……」

 

 シャルロットが思い切り誤魔化して笑顔を作っている。が、口元が微妙に引き攣っていた。

 俺は溜息をつくと、身に付けるには高価すぎだと判断して机の中に保存することに決める。

 

「ありがとうな、シャルロット。大切にさせてもらうよ」

「喜久からのお返し期待してるねっ!」

「お前は俺を破産させたいのか……」

 

 そんなことをしたら生活費が丸々消滅する。シャルロットの笑顔に俺がげんなりしながら答えた。

 そう思っていたら、後ろからセシリアに声を掛けられる。

 

「喜久さん、私からもプレゼントがありますの」

「ありがとうなセシリア。……手に、なにも持ってないみたいだけど?」

 

 彼女の両手にはなにもない。そして、嫌な予感しかしなかった。

 また、きっとなにか俺にとって恐ろしいことを考えているに違いない。躊躇っていてもしょうがないので、とりあえず聞いてみる。

 

「セシリア、プレゼントってなに?」

「私ですわ」

「は?」

「……ですから、私です」

 

 セシリアが顔を赤らめながら嬉しそうにしていた。

 今日一番どうしようもないプレゼントを渡されて、俺の思考が限界に達する。

 

「お前なに考えてんだよ!?」

「セシリア、僕もそれは幾らなんでもやりすぎだと思うよ……」

 

 シャルロットも呆れた視線をセシリアに向けた。

 

「冗談ですっ♪ 本当はこっちですから」

 

 セシリアが、ポケットからチケットのようなものを取り出して俺に渡してくる。

 

「ディナーチケットです。今度お食事をする場所ですので、丁度いいかと思いまして」

「それなら普通に受け取れるな。ありがとさん、セシリア」

「はい、どう致しまして。お誕生日おめでとう御座います、喜久さん」

 

 安堵したのも束の間、更識がにこにこしながらやってくる。奴の手には、なにもなかった。

 

「危なかったわ~。まさかセシリアちゃんのプレゼントが、おねーさんと被ってるのかと思っちゃった」

「え……?」

「先輩、まさか……」

 

 セシリアが素っ頓狂な声を上げ、シャルロットが本気で呆れた顔をする。更識が嬉しそうな顔をした。

 

「よっちゃん。プレゼントは、わ・た・し、よっ♪」

「そのようなこと、私が絶対に許しませんっ!!」

「先輩、不潔ですっ!!」

 

 俺がなにか言う前に、セシリアとシャルロットが更識にもの凄い勢いで噛み付いていく。三人のやり取りは、この後しばらくの間ずっと続いていた。

 

 

_\|/_

 

 

 快晴の陽射しはアスファルトに熱を与える。春へと差し掛かる季節の割に気温は幾分高くなっている。日本にある国際空港のタクシー乗り場で、少女が腕に巻いている時計を確認しながら順番待ちをしていた。

 容姿は標準の日本人女性より背が高く、体も均整的だが胸囲が目立つ。金髪の長い髪をアップドヘアーにして束ねており、丸めの碧眼をしていた。

 彼女の番が来ると、慣れない渡航に疲れたままの状態で後部座席に乗り込んでいく。タクシードライバーの運転手が笑顔で目的地を聞いてきた。

 

「どちらまでですか?」

「えっと、IS学園までお願いします」

 

 タクシーのドアが閉まり、タイヤがゆっくりと回転し始める。標準速度で走り始めると景色が横に一定で流れ始めた。

 少女が窓の外を興味深く眺めていると、運転手から声がかかる。 

 

「IS学園ということは学生さんですか?」

「はい、短期留学です」

「飛行機の旅はお疲れでしょう、出来るだけ早く到着できるように道を選ぶようにしますから」

「ありがとうございます」

 

 初めて降り立った地で少女は左も右もわからない。運転手はそんな彼女の様子をなんとなく察して気を使うことにした。

 

「それにしても今の時期に短期留学とは、特待生さんかなにかですか?」

「代表候補生です。本国の方には無理をいってしまったんですけど、なんとか了解をもらいました」

「すごいですね、ISの代表候補生さんですか。ようこそ日本へ、学園の近くは海に面していますから魚介類の料理が美味しいですよ」

「え、本当ですか?」

 

 少女の耳がピクリと反応して少しだけ声が上ずる。運転手は軽く笑いながら話を進めて行く。

 

「もちろんです、是非一度食べてみてください。そういえば、どこから来られたんですか?」

「アメリカですね、フライトの時間が長かったから時差ぼけで頭がクラクラします」

「IS学園までは距離がありますから、車内ではゆっくり休んでください」

 

 運転手は少し声のトーンを落として静かに喋ろうと心がける。

 

「短期留学でしたら、いい思い出が出来ると良いですね。どこか観光でも行かれてみて下さい、やりたいことも出来ると思いますので」

「いえ、やりたいことはIS学園の方にありますから。……私は大切なものを返してもらうために来ました。相手に同じ分のものを必ず返してもらいます」

 

 少女の明るい声が急に沈みこむ。運転手は話題を変えようと頭の中で思考を回転させる。

 

「そうですか、目的の人に会えるといいですね。ところで、差し支えなければお名前を聞いても宜しいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。アラルティア、アラルティア=アトウッドです。でも、一体どうして私の名前を?」

「職場の同僚に自慢できますから。代表候補生の方となんて滅多に喋れるものではありませんからね」

 

 アラルティアが少しだけ笑う。彼女は運転手の気さくさに感謝した。

 

「あ……」

 

 そして、傍と自身が凡ミスを行なったことに気づく。

 

「どうされました?」

「空港に戻ってください」

 

 彼女は死ぬほど恥ずかしそうな顔になる。

 

「パスポートが入った化粧ポーチをトイレに忘れてきました……」

「直ぐに戻りましょう」

 

 運転手が苦笑いする。アラルティアが赤面し、後部座席で急激に体を縮こまらせた。

 

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