[NumberingTitle_春休み(上)_春休み(中)]
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警察署の館内で一人の刑事が荒れていた。
その場にあった机の上を叩き、上司へと抗議の声をあげる。
「どういうことですか!?」
「上からの命令だ。捜査は打ち切り、メディアは封鎖して情報は伏せろとな」
「納得いくわけないでしょうっ! 事件の原因にISが絡んだって時点で、世界中に情報が出回ってもおかしくない問題ですよ!?」
「解らん、私に噛み付かれても困る。篠田が腑に落ちん部分は、私も同じ気持ちだよ。しかしな、こればっかりはどうにもならん。諦めろ」
「……失礼します」
突然の通告命令。それによって現場の捜査終了が決定した。
事件の捜査現場は海の近くにある飲食店で、ISを使用した人間が火災の上に建造物破壊を引き起こしたというものだった。
軽度の怪我人が出るだけで済んだ、奇跡のような出来事。しかし、それ自体が問題ではない。一般市民の集う場所で、軍事利用されている兵器が暴れだした。
そのことからもたらされる事実。法を犯すという行為、それ自体が日本という法治国家においては罪になる。それが、上層部からの下らない鶴の一声で、罪人の首を上げられなくなった。
彼は、法が理やり捻じ曲げられたような蛮行に激怒する。
(上に圧力をかけた馬鹿がいるだと、ふざけやがって。IS学園、それがどうした!?)
自身の机まで戻ってくると、その側面を怒り任せに蹴飛ばす。しかし、荒れる同僚の行為を止めようとする者はいない。彼の周りにいる人間全てが、捜査の打ち切りに対して納得出来ていなかった。
だから彼の気持ちを汲む者の方が多くいる。それでなくとも、今回の事件は不可解な事柄が多分に存在していた。
事件に絡んだISの映像が見つからない。警察やマスコミが、どれだけ探そうとも一人の撮影者も発見できなかった。
事件に巻き込まれた者は撮影できなくとも、騒ぎが大きければ大衆の目がある分だけ携帯電話などに備えられたカメラの所持数が増していく。マスコミなどへの情報制限の前に、全く違うところで制限がかけられている。どうやって、どのくらいのなにが、なんのために行なったのか。
結局、警察が得られたのは被害者や目撃者からの証言だけ。事件当日、飲食店でIS学園の生徒が同世代くらいの少女と話していた。
三人のうち、学園生ではなさそうな少女がISを使用して暴れだす。残りの学園生もISを使って二対一の戦闘をしている。特徴となる機体色は深い藍色、青緑、黒の三色。どれもが其々において違う形をしていた。
彼は事件を起したIS学園の生徒を締め上げてやりたい。しかし、学園は日本の法律と分離した場所として成り立っている。篠田は奥歯を獣のように鳴らす。
「篠田さん、ちょっと良いですか?」
「ああ、どうした?」
「あくまで噂ですけどね。上に圧力をかけてきたのは、どうもかなりの大物が絡んでるらしいですよ」
篠田は皮肉ったような笑顔になると、舌打ちを一つする。同僚も苦笑いしか出来ない様子だった。
「内も外も敵だらけってか? 例の催し、あの時もISが市街地戦をやらかしてくれたしな。まったく、その時も情報封鎖と捜査の打ち切りがあったらしいじゃない?」
「下々の判断は、当てにならないって感じですかね」
去年、IS学園主催の行事としてキャノンボール・ファストの競技が行なわれた。
その際にIS同士が市街地戦闘を行なっている。関わった警察の捜査は開始直後に打ち切り、管轄が政府と国防単位の対応へとスライドした。
結果、緊急の対策がとられ警察が蚊帳の外に置かれている。
「それだけじゃない、もう一つある。IS同士がタイマン行為をしてたってやつだ。あれも捜査の打ち切りと情報封鎖がついてきた。たく、この国はいつから独裁国家みたいになったんだ?」
去年のIS学園祭で起こった出来事。二機のISが住宅街で戦闘行為を行なっていたという事件だった。
戦闘を行なったのは黒の機体と青の機体。それは表沙汰にはでていない、喜久と円夏が初戦をした時の内容だ。これも警察から、直ぐに他へと管轄が移っている。
「これじゃ、例えるなら紛争地域とかわらない状態ですかね。未だに死人が出ていないことが、不思議でしょうがないってところですか?」
「まあ、それにしてもな。これじゃIS学園てのは、この国にとって疫病神でしかない。学生の学び舎なんて言うが、羊の皮を被った単なる国際公認の兵器開発工場とかの間違いなんじゃないのか?」
「ごもっともで」
二人の表情が曇る。近いうちに日本という国が、本当にISによって滅ぼされる日が来るのではないかなどと。そう、軽く冗談交じりに思考しながら。
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「なぜ、こんなことになったのだ……?」
「そんなの、あたしに聞かないでよ……」
学園における春休みの休日、一夏宅の玄関前で箒と鈴が二人してぐったりとしていた。
緩やかな陽射しと過ごし易い適度な風が、爽やかに感じられる気候を演出している。が、当の二人は沈んだ気持ちのまま幽鬼のように視線を彷徨わせ続けていく。少しでも屋内に侵入できそうな場所があれば、彼女たちは不法侵入も辞さなそうな顔つきをしていた。
(一夏め、今日は自宅にいると言っていたではないかっ!)
(なにが悲しくて箒と二人きりなのよっ! なんで、バカ一夏は家にいないわけ!?)
二人の苛立ちが募る。そして、怒りのボルテージが溜まった分だけ一夏に返還されていく構図が完成されていく。もちろん、彼にとっての理不尽な出来事として。
箒と鈴が一夏宅に来ていることを本人は知らない。結局は、彼女たちが彼にアポを取らず訪問してきたことが問題だった。
押しかけ女房のような状態を演出したかった二人の予想が見事に外れる。鈴の中で、なにかが頂点に達した。
彼女は堪らずに叫びだす。
「あぁああああ、むしゃくしゃするっ! 箒、買い物に行くわよっ!?」
「いや、私は寮に帰るぞ。もう、そんな気力は無い……」
箒は既に精神的ノックアウトをしていたため、自室のベッドで休むことしか考えられない。せっかくの休みだったが、一夏はなぜか不在だった。
疲れたと、そんな言葉だけが彼女の心中で渦巻き続けている。携帯電話で彼に連絡を取ろうとも思う。が、なんとなくバツが悪く感じてしまうし、今さら感が否めない状態でもあった。
鈴も箒と同じような感情を抱くが、せめて憂さ晴らしを決行してやろうと意気込む。ようは、気を紛らわせたかった。
「良いから、こんな時はショッピングしてヤケ食いすんのよっ! そんでもってグチを吐いて、ストレス発散すんの!?」
「買い物依存症に過食症、最後には他人への陰口か。生産性が皆無な内容だな……」
箒が鈴の言動に呆れながら、もときた道を引き返しだす。彼女の後姿を眺めていた鈴がニヤニヤしながら、箒にとっての餌を撒き始めた。
「一夏が中学時代、どう過ごしてたか知りたくないの?」
「よし、最初はショッピングからだったな」
即座に箒という名の一匹の魚が、鈴の撒いた餌へと喰らいついた。
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鈴と箒の前に観客がいた。
「さあ、只今より女性限定の大食い大会を始めたいと思いますっ! お集まりの皆様、参加した勇気ある女性たちに盛大な拍手をお願いします」
見物客たちから拍手が起こる。場所はショッピングモールの広場だった。
二人で適当に様々な店を物色していると、突然に館内アナウンスが流れ始めていく。女性限定の飛び込み参加型で大食い大会があると聞いて、なんのことかと特に気にしていなかった。しかし、賞品を聞いた瞬間に彼女たちは目の色を変えた。
優勝商品は映画のペア鑑賞チケットと賞金三万円、箒と鈴が欲しいアイテムは映画の鑑賞チケット。一夏をデートに誘う理由としては充分成り立つ景品だった。
二人は互いがなにも決めていないのに、一言も発さず阿吽の呼吸で頷き合う。そのまま、一目散に大会会場を目指してエントリーした。
アナウンスをしている係りの人間がルール内容を説明していく。
「制限時間は三十分、その間にこちらで用意したケーキをなん皿完食できるかを競い合ってもらいます。水分補給はなしですので、喉が詰らないように気をつけて下さい」
箒と鈴がモール側の用意した席に座って、他の選手同様にスタートの合図を待つ。参加者は十五名、誰よりも多くケーキを平らげれば良いだけの簡単なルールだ。
(絶対に一夏を誘ってやるわ。これは試練、なんとしてでも一位になってやるんだからっ!)
(ヤケ食いなどとはごめんだが、これに勝てば一夏とデートだ。恋愛映画のムードに乗じてしまえば……)
やる気の鈴と妄想の世界に入りかけた夢見る箒が、互いの欲望のままに己が道をひた走る。係りの人間が手を頭上に翳していく。
「それでは始めさせていただきます。よーい、スタートッ!!」
競技が開始された瞬間、猛烈な勢いで大食い競争の幕が開けた。
十五人全ての人間が目を血走らせながら、一言も喋らずにケーキを食い漁っていく。
通常サイズのケーキを一口で食べきろうとする者、小分けに切って口の中に放り込む者。女性をいうなにかを捨てて、お笑い芸人のように一気食いする者がいた。
競技が進行する中、一番乗りで六皿目のケーキに突入した体のふくよかな女性が突然、口から火を吐いたような行動をとり始める。まるで、詐欺に騙された被害者のように苦渋の表情でなにかを訴えだしていた。
必死に食べ続けている鈴と箒を除いて、彼女ののた打ち回る姿を目にした他の参加者が思わず動かしていた手を止めてしまう。
「辛ぁあああいっ! ちょっと、なによこれ!?」
「ケーキには時折ですが、奇抜な商品をご用意させて頂きました。中には隠し味に、からし等を練りこんであります。実験商品ですので、大会終了後にアンケート記入をよろしくお願いいたします」
「そんなの聞いてないわよ、どういうことよ!?」
「ケーキはケーキですので、カテゴライズからは外れていません。リタイアの扱いになりますが、お水を飲まれますか?」
「当たり前でしょ!?」
喉の痛みに耐えられなかった女性が、騒ぎながら水をがぶ飲みする。その光景を見ていた他の参加者である五名ほどが、その場でリタイアとばかりに棄権しだした。
(狙うは一位だけよ、他のことなんてどうでもいいわっ!)
(辛さなど関係ない、なんとしてでもチケットを手に入れてやるっ!)
恋する二人の少女が暴走特急のように、ケーキという薪を燃料にして優勝賞品目掛けひた走っていく。そして、レールの先にある壁へと、同時に二人揃って激突した。
「う、うぐぐぐぅ!?」
「が、くぅううっ!?」
鈴と箒の口内で強烈な苦味が発生する。あまりの苦さに、食べきったものを思わず口から吐き出しかけた。
しかし、持ち前の負けず嫌いな性格と根性の二文字で大食いという名の試練を乗り越えていく。あまりの必死な二人の形相に、観客の数人が思わず引いてしまう。そこで係りの人間が鬼のような発言をした。
「おお、これはすごいっ!? くさやと納豆等の食品が練りこんまれたケーキを耐え切って飲み込んだようです。皆さん、アグレッシブな二人の少女にどうぞ惜しみない拍手をお願いしますっ!」
最早大食い大会とかけ離れ始めているのではと、観客の思いもある。が、これはこれで面白い催しだと盛大な拍手を鈴と箒に送っていく。
彼女たちは時にテーブルを全力で叩き、時に青い顔をしながら、なんとかゲテモノケーキを食べきった。
(こんなのの、どこがケーキよ!? 拷問以外のなにものでもないじゃないっ!!)
(チケットのためだ、チケットのためだ、チケットのためだ)
内心で怒り狂う鈴と、お経のように優勝商品だけを脳内でリピート再生し続ける箒がいる。
おかしな種類のケーキもあるが、純粋に食べ続けている分だけ胃も膨れ上がっていく。途中で何人かが脱落し、最後は鈴と箒と他の参加者一名が残っていた。
三名の人間がラストスパートをかけていく。
「く……もう、無理……うぷっ」
十五皿目のケーキを完食した鈴が青い顔をしながら机の上に顔を乗せる。そして、箒も限界に達し始めていた。
(後一人で一夏とデートッ! 後一人で一夏とデートッ! 後一人で一夏とデートッ! 後一人で一夏とデー……)
しかし、箒は目標のために死力を尽くしていく。行なっている行為はくだらなくとも、彼女にとっての希望を得るために。
そして――対戦者の残り一人だった女性がリタイアを告げた。
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二人程の人間がコーヒーショップの椅子に座っている。箒がうな垂れて、鈴がテーブルに突っ伏す。余りの気持ち悪さで二人揃ってリバース寸前だった。
喋れない。注文したコーヒーを口の中に流し込み、気持ち悪さを濯ぐような勢いで飲み干していく。屍のような状態だったが、だんだんと調子が回復し始める。やっとの思いで二人して落ち着くと、その場で脱力した。
「今日はもう、なにも入らない……」
「あんたがこれ以上食べれたら、ダイソンってあだ名をつけてやるわ……。箒、モップ……モッピーでもいいわね」
「やめろ……」
鈴の言葉に箒が心底嫌そうな顔をした。
変なあだ名をつけられそうになり、彼女の頭が噴火しそうになる。しかし、食べ過ぎのせいで気力が直ぐに削がれていく。
「鈴、約束だ。一夏のことを話してもらうぞ?」
「ええ、そうね。なにが良いかしら。中学時代、一夏が周りの女子から好意の視線を浴びてたってのはどう? そして、あのバカはいっさいその事に気づけなかったわけ」
「……唐変木め」
箒が遠い目をする。鈴が自身の記憶を探り、一夏との思い出を語りだす。
「バレンタインチョコを山のように貰ってたけど、一夏は全部義理チョコだと思ってたとか」
「一夏に告白した女子はいなかったのか?」
「それは、あたしと蘭が睨んでたから。そんなことさせる訳ないじゃない」
「やりすぎだ……」
鈴は明後日の方を向きながら溜息をつく。あの頃も恋愛の敵が多かったが、今もさほど変わっていない状況だと内心で嘆いた。
今度のアトラクション遊園施設では告白をするのだと、彼女は心の中で誓いを立てていく。
「そうそう、一夏は林間学校のときに腰を抜かしたことがあったわね」
「どういうことだ?」
「レクの肝試しで、お化け役の係りが一夏をびっくりさせたのよ。あいつって、お化けとか駄目でしょ? だから女子みたいな悲鳴をあげて腰が引けてたわけ」
初耳な情報だと、箒が心の中でメモをする。が、余り有用性のなさそうな内容だった。
同時に、格好悪い姿を知りたくなかったと思う。しかし反面、彼の情けない姿を想像して少し可笑しくなってしまう。
「そういえば、前に面白そうだから弾と二人で一夏を無理やりホラー映画に連れて行ったことがあったのよね」
「どうなったのだ?」
「泡は噴いてなかったけど、失神しかけてたわね。最後は泣きそうになってたわ」
「鬼だな……」
鈴は一頻り休んだとばかりに立ち上がる。箒もゆっくりと後に続く。
「あーあ、今日は散々だったわ。一夏の奴、帰ったら張った押してやるっ!」
「ふふ、そうだな」
「あん、あによ?」
「なんでもない」
箒が一夏に会おうと出かけた休日、一緒に行動して騒いだのは鈴だった。
彼女は、たまにであれば、こういったことも悪くはないのではと感じる。鈴と箒の休日は、お互いの体重増加と共に終了した。
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一夏と喜久は食堂ラウンジで朝食を取っていた。
いつものように雑談を交わし、互いの予定を確認しあう。
「ふーん。じゃあ、一夏は今日一日かけて家の整理すんのか」
「ああ、家の中って空気を入れ替えたりしないと、建物自体の寿命が縮むらしいからな。喜久は実家に帰ったりしないのか?」
「俺のところは距離があるし、それは姉さんに任せてるよ。夏ごろに、また帰る予定があるけどな」
「一夏、喜久……おはよう……」
彼らが話し込んでいると、横から膳を持った簪が声をかけてきた。
一夏が笑顔で接し、喜久は適当に手をぶらつかせながら彼女に対応する。
「ああ、おはよう。簪、これから食事なのか?」
「うん」
簪がコクリと頷いて一夏の横に座りだす。
「朝はしっかり食べた方が良いもんな。簪は喜久と違って偉いぞ」
「食事なんて、食べたい時に食べればいいんだよ」
一夏の言葉に喜久が嫌そうな顔をする。食欲よりも睡眠欲、惰眠を貪る方が好ましく思っているのが市隈 喜久という人間だった。
一夏は、そんな彼を矯正すべく朝食に連れ出す。二人のやり取りをじっと見ていた簪が、少し心配そうな顔をする。
「喜久、朝……食べないの……?」
「そうなんだよ。喜久は俺が言わなきゃ殆ど朝を食べないんだ」
「頭が働かない。……新陳代謝も……悪くなる。喜久……食べるべき……」
「だりぃ……。なんで、朝から注意を受けなきゃいけないんだよ」
喜久が目を横に泳がせていく。彼は、やってられないとばかりに溜息を吐きだす。一夏が「それはこっちの台詞だ」と困った顔をした。
「喜久に原因があるからだろ? 衣食住は生活の基本なんだから、ちゃんとしなきゃ駄目だ」
「へいへい、解りましたよ。努力すりゃいいんだろ?」
「喜久……私があげた……プレゼント。見てくれた?」
「え? ああ、わりぃ。まだ見てなかったわ」
簪が喜久に渡した誕生日プレゼント、それはアニメのキャラクターが画面をところ狭しと動きまわる作品。所謂、アクションヒーロが悪の組織を倒すという内容だった。
彼女は是非とも彼に同じ感覚を共有して欲しいという願いから、今回のプレゼントの中身を決めている。しかし、その期待は見事に裏切られていた。
彼女のプレゼントは喜久の自室、机の奥底へと沈められていく。彼は、アニメに興味がなかった。
喜久は自身の誕生日で貰った品々を大切に閉まう。要は、半分以上を封印していた。
結論として、彼は簪の推奨映像作品を観賞していない。
簪が女性の勘を働かせ始める。喜久が私のプレゼントを見てくれていないと。彼女が顔を横に背けて、みるみると萎んでいく。
(なんでだ……。そんなに俺が悪いことをしたのかよ?)
そして、彼女が落ち込む理由を察した喜久が内心でうな垂れた。
察知能力に疎い一夏が二人の様子に置いてきぼりをくらい、さらに一人だけ戸惑いだしてしまう。
こうなればと、簪は仲間を増やすために勇気を振り絞った。
「喜久、今日は……暇なの?」
「……暇です。ついでに一夏くんも暇です」
「おい!?」
喜久がどうせならと、一夏を巻き添えにし始める。一夏は大声を上げて怒り出すが、そんな怒声に喜久が怯むことはない。
「一夏くんは今日の予定をキャンセルして、簪の予定に合わせるそうです」
「!?」
簪の恋心にスイッチが入る。一夏も喜久と一緒にアニメ観賞をしてくれるのかと。彼女の純粋な眼差しがキラキラと輝きだす。
一夏が彼女の光に当てられて、頭の中を唸らせ始めた。
(ぐ、いや、いかん。今日は家の整理が!? やらないと千冬姉が余計に怠惰になるだけだし。……くそ、喜久め)
人に対して紳士であれ、彼の中にある強迫観念のような性格。もとい、誰に対しても優しい一夏の心が折れた。
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「なあ、一夏。なんで、こんなことになったんだ……?」
「それはですね、喜久くん。お前が簪のプレゼントをちゃんと観賞してなかったせいだと思うぞ?」
IS学園にある寮の一室。普段、昼間であれば陽射しが差し込み室内が明るく照らされている。しかし、今はわざと部屋が閉め切られていた。
鈴と箒以外、専用機持ちのメンバーが即席で用意されたプロジェクターのスクーリーンに目を向けている。そして、簪が嬉しそうにしながら上映会の準備をしていた。
若干興奮気味の彼女は、普段の消極性を置いてきぼりにするかのような動きで目を輝かす。『このフィールドは私のテリトリー』だと言わんばかりに、有無を言わせないような顔付きをしていた。
簪の様子を眺めていた楯無が、喜久へと声をかける。
「よっちゃん、なぜ私まで呼んでくれたのかしら?」
「それは、俺が生徒会室に犬を放つって脅したからだな。妹思いの姉は、簪の趣味を理解しとくべきだとも思うしね」
「……ちなみに今から流れ出す映像は、終了するまでに何時間かかるのかしら? おねーさんは、是非とも知っておきたいわ」
「喜べよ、八時間だそうだ」
楯無の魂が昇天しかけた。
姉として大切な妹を理解したいと思う。だが、彼女自身が簪の趣味についていけなかった。
依然、楯無は仲直りした簪から、アニメ作品を数本借されて観賞している。結論、それが子供向け作品と見切りをつけて、彼女の肌に合わなかったのだった。
それが八時間。笑顔で観賞して耐え切る自信がない。楯無は、なにか理由を作って部屋から退散しようと画策し始める。
観賞会の設置準備を進めていた簪が、楯無へと声をかけた。
「お姉ちゃん……楽しんでいって」
「もちろんよ簪ちゃん、お姉ちゃんは楽しく見させてもらうわっ♪」
楯無の八時間耐久観賞会が確定した。
他の場所では、セシリアとラウラ、シャルロットが会話をしている。
「私は、こういった映像作品の観賞は初めてなのですが。一体、どういった内容なのでしょうか?」
「ふむ、簡単に言えば善が悪を倒すといった内容らしいぞ。我が国にいる副官の話しでは、こういったアニメ作品なるものは日本人であれば、誰しもが家宝のように崇めているらしいとのことだ。きっと、物語のベースは神話のような設定がなされているに違いない」
「ラウラ、それはきっと違うと思うよ……」
またなにか、ラウラが変な知識を体得している。ぽけっとして聞いているセシリアが半信半疑で信じ込み、シャルロットが苦笑いしながら否定の言葉を述べた。
準備を終えた簪が部屋のライトを全て落とし、完全な暗室にする。
「上映します。この作品は、単館映画作品では異例のヒット作となってます。アニメ作品としては珍しく、一回の休憩を挟んでの連続八時間上映でした。しかし、長時間というハンデを乗り越えて、多くのファンを獲得した大作アクションアニメ映画なのです。特に、最後の一時間連続アクションシーンは、とても見ごたえがあります。きっと楽しいと思うので、寛いで観賞してください」
簪がある種の興奮を覚えながら、彼女自身の趣味仲間を増やすために頑張って前振りを行なう。様子を見ていた喜久が内心で苦笑した。
(おいおい、なんでそんなに饒舌に話してんだ。誰かと中身が入れ代わったとかないよな?)
彼は簪から元気さを感じ、いつものたどたどしい言葉がなくなっていることに気づく。一夏も彼女の変化を察知する。
(簪って、本当にアニメが好きなんだな。それにしても、映画を見るのなんて本当に久しぶりだ。楽しみになってきたぞ)
二人して感想を抱いていると、アニメ上映が開始される。そして、八時間ノンスットプ観賞会の幕が開けた。
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上映会が終了する。簪の部屋からは、既に二名ほどの人間が退室していた。
残っているのは、簪、一夏、喜久、楯無、シャルロットの五名だ。ラウラとセシリアは、開始一時間で体調を崩したと言って退席していた。
もとい、簪の趣味について行けずに脱落した。
シャルロットは人当たりのいい性格が彼女の本心を阻み、最後まで観賞会に頑張って付き合う。しかし、心の中では満腹状態だった。
終わったと、彼女はぐったりしながら体の力を完全に抜いてクラゲのようになる。部屋が明るくなり、観賞していた人間が目を顰めだす。
簪がシャルロットに感想を求める。
「……どうだった?」
「う、うん。お、面白かったよ。また今度見せてね」
「本当!? 二巻もあるのっ!」
「え……?」
「四巻まであるから!?」
「……ありがとう」
シャルロットが瀕死のような声で答えた。
楯無もぐったりとしており、横を見れば彼女を脅迫紛いで上映会部屋に引きずり込んだ喜久が、居眠りをしていることに気づく。
そんな彼の様子に彼女は呆れて苦笑いする。上映中の最中、激しい音が鳴り響く中で、よくも熟睡できるものだと。
そして、さらに凄いと思ってしまう人間が楯無の近くにいた。
「いやー、面白かったよ!? 本当に久しぶりだけど、こういうのも偶には良いもんだなっ! ありがとうな、簪」
「一夏なら、解ってくれると思ってたっ!」
一夏は簪と嬉しそうに握手を交わしあい、アニメ作品を絶賛している。楯無はもう一度喜久の方を見て、一夏と彼を交互に見比べた。
(私は、よっちゃん側の感性に近いのね……)
納得して良いのか悪いのか。彼女の中で、どうしようもない感情が渦巻く。
「先輩……」
疲れ気味のシャルロットが楯無へと声をかけてきた。
彼女達は互いの顔を見合わせる。お疲れ様と、二人の顔に書かれていた。
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IS学園はISを動かすために世界中の優秀な十代後半の少女を集めた育成機関である。IS操縦のため、特に重視されているのは個々の運動能力。よって、必然的に秀でたアスリート集団のような場所ができあがっていた。
学園の部活動参加者は全国の大会で常に優勝か準優勝を勝ち取ってくる。その中には世界クラスで通用するような生徒も在籍していた。
春休み前に襲撃を受けた発電施設等も順調に改修工事が終了し、今は部活動の練習も再開している。学園に設置されている屋内プールでは、水泳部の生徒が夏の全国大会に向けて猛トレーニングを行なっていた。
そんなプール端を二人の男子生徒が歩いている。一人は普通に、もう一人は嫌々そうな顔をしながら目的の場所へと向かっていく。
「簪の映画で俺の時間を潰したからな。喜久、今日はちゃんと働いてくれよ?」
「あい、わかったよ。ちゃんとやらせてもらいます」
「水泳部の部長に記録の係りを頼まれたんだ。俺と喜久は、それをこなせば良いだけだから簡単だろ?」
「はぁ、了解だ」
一夏が生徒会から水泳部へと貸し出され、喜久はついでとばかり彼に引っ張り出されていた。
簪の映画上映会では喜久が一夏を道連れにしたため、今度はその逆の構図が成り立っている。喜久は平等という概念を重んじているため、渋々と一夏の要望を承諾していた。
二人で水泳部部長の元へとむかう。その途中で一夏の姿を確認した女子生徒の幾人かが嬉しそうな声を上げる。
「あ、織斑君だ!?」
「えっ! 今日って、うちらの部活でレンタルしてたんだっけ!?」
「やった、マッサージしてもらわなきゃ!」
しかし、途中で他の女子生徒から黄色い声とは逆の声も出始めていく。
「げ、市隈もいるわよ……」
「あいつって、いつから貸し出しになったのよ?」
「なんで、織斑君だけじゃないのよ?」
批難にも似た言葉が口々に発せられる。一夏は苦笑しながら、当の喜久はどこ吹く風と言った様子で、特に気にもせず目的の場所へと歩いていった。
一夏が計測準備をしている部長へと声をかける。
「お疲れ様です、生徒会からの派遣で来ました」
「待ってたわよ。あら、今日は二人もいるの? ふーん、君が瀬名川さんに噛み付いたって言う、よっちゃんね?」
喜久がうな垂れながら、軽く溜息をつく。
「できれば苗字でお願いします。あと、挑発してきたのは向こうが先なんで。俺は言い返しただけですから」
「そう、まあいいわ。それじゃ、もう一人うちの子を付けるから三人でタイム計測をお願いね?」
部長の女子生徒が小さく笑いながら、軽く手をあげた。
「ミアちゃんっ! ちょっと、こっちに来てくれないかしら!?」
「は?」
喜久が、思わず間抜けな声をだす。嘘だと、彼が思いたいような名前が部長の口から告げられる。そして、少し遠くの場所で作業をしていた人間が、動かしていた手を止めて一夏たちの元へとやって来た。
もちろん、引き攣った笑顔と共に。
「なんでしょうか、部長?」
「ほら、生徒会からの貸し出しが今日でしょ。計測があるから三人で仲良くね? それじゃ、後は任せたから」
部長が、にこにこと笑顔のままに移動していく。その場に残った喜久とミア=コリンズがとても嫌そうな顔をしだした。
腫れ物に触るような感覚、お互いが顔を見合わせるのもごめんだと拒否してしまう。競泳水着の上にティーシャツを着ているミアが苛立ちながら喜久に問い掛ける。
「なんで貴方が、ここにいるのかしら?」
「それはこっちの台詞だ、ウドの大木が。こんなとこに、てめぇがいるなんて聞いてねぇぞ」
「貴方が勝手に来たんじゃない。あんまりふざけたことを抜かすなら、今から溺死体にしてやるわよ?」
「やってみろや、うすのろ女が」
一夏には、喜久とミアが険悪な仲である理由を理解出来ない。とりあえず一触即発する前にと思いながら、彼は全力で仲裁に入りだす。
「なんで二人とも、いきなり喧嘩腰なんだよ!? 落ち着けよっ!」
喜久とミアの間に割って入ると、一夏よりも少しだけ身長の高いミアが睨みを利かす。彼女の威圧感に押された一夏が、内心で全力逃亡したいと泣きそうになった。
「私は充分、落ち着いてるわよ? 勝手に盛ってる猿がいるだけじゃない、間違えないで欲しいわね」
「一夏、悪いけど俺は帰らせてもらうからな。埋め合わせは他でやってやる」
「なんでそうなるんだよ、喜久!? ――あ、楯無さん」
「!?」
喜久が一夏の向いた方へと全力で顔を向けだす。そして、彼は一夏の嘘に死ぬほど嫌そうな顔をしだした。
「お前……」
「帰宅したら、本当に呼ぶからな?」
「このやろう、後で覚えとけよ」
何気なく観察していたミアが、一夏と喜久のやり取りから得られた情報に内心で小躍りしだす。
喜久を嫌がらせるには、タテナシという言葉を使えばいいのだと。彼女は1ミリでも良い、彼になにか仕返しをしてやりたいと思っていた。
これは願ってもない収穫だ。なにかある度に、この言葉を出してやる。ミアが笑顔の仮面を付けだした。
「真面目に楽しく過ごそうぜ、喜久?」
「それは一夏だけで良いだろ……」
一夏が、なんとか場を抑えて収拾がついたことに安堵する。そのまま再度、彼は笑顔でミアに話し掛けていく。
「さてと、名前はミアで良いんだよな?」
「そうよ。よろしくね、織斑 一夏君」
「あれ、俺のこと知ってるのか?」
「当たり前じゃない、貴方は有名人でしょう。私としては、是非ともお近づきになりたいわ」
一夏が笑顔で対応してくるミアの態度に戸惑う。さっきまでと、接し方が豹変している状態に、まるで蜘蛛のようなイメージを彼女にもってしまう。
彼の横にいた喜久が警戒をし始めて、ミアを本気で睨みだす。
「おい、愛想を振り撒いてんじゃねぇよ。一夏や他の連中に手を出してみろ、お前の大事なものが無くなるぞ?」
「これくらいは問題ないでしょう? それに、チームタッグ戦の表を確認してみなさいな。私は織斑君と同じチームよ、別にお話すること自体がおかしいわけでもないしね」
ミアが余裕の態度で返す。彼女は喜久が言っていることは最後の切り札だと認識していた。
だから、余程のことが無い限りは喜久がミアの母親を手にかけることは無い。多少、煽るくらいであれば問題がないと彼女はタカを括っている。
喜久が舌打ちしながら一夏のほうへと顔を向けた。
「一夏、こいつの言ったことは本当か?」
「ああ、そういえばミアの名前が書いてあったな。ミアって、フルネームはミア=コリンズだろ?」
「ええ、そうよ。これからしばらくは、一夏くんと付き合いがあると思うから。楽しみにしてるわね?」
「ミア、俺はお前のことを後ろから見てる。変なマネを一つでもしてみろ? その時はただで済むと思うな」
「重々承知してるわよ、おチビちゃん。それじゃ、さっさと他の子のタイムを計測していまいましょう」
ミアが道具を取りにいこうとして歩き出す。喜久が苛立ちながら彼女を見据えた。
一夏が彼の様子に溜息をつきながら、傍と疑問をもつ。ミアを見てみれば、明らかにマネージャーのようには見えない。引き締まっている体つきからは、どうしても競泳選手のように思えてしまう。
「ミアは選手じゃないのか?」
「ああ、私は違うのよ。……そうね、面白いものを見せてあげるわ」
「面白いものって、なんだよそれ?」
ミアが壁際に転がっている水球用のボールを持ち上げた。
普段は体育の授業で使用するものだ。一夏の隣にいた喜久が喋りだす。それは、彼が普段からは決して出さない、最上級の警戒心から発せられた声だった。
「一夏、ミアには気をつけろ。あいつは、体も心も化け物だ」
「は?」
ズボォンッ!!
一夏が喜久の言葉を理解できないと思った瞬間、強烈な打撃音がプールに響き渡る。そして、一夏は彼の言った意味を理解した。
目の前に広がる光景、高く設置された天上に水飛沫が届いてしまうほどの水柱が吹き上がる。
ミアが投げ放ったボールが水面に突き刺さって出来た現象に、一夏が思わず驚いてしまう。彼は、彼女が人間以上の力を解き放って繰り出した一撃に戸惑いを隠せなかった。
「これで納得が出来たかしら、一夏君? 私はね、ドーピング検査の前で落とされるのよ。人体をいじった人間を見るのは始めてかしら?」
「あ、ああ、よく解ったよ。それにしても凄いな、他にはどんなことができるんだ?」
「え? そうね、素早く動くことくらいならできるけど……」
「オリンピックに出れば、全部の種目で一位も夢じゃないよな!? そしたらサインがもらえたのに。なあ、どうやったらミアでも参加できるんだ!?」
一夏の目が子供のように輝きだし、ミアのことを尊敬のような眼差しで見る。横で様子を見ていた喜久が呆れだした。
そうだと、織斑 一夏という人間の性格は天然で出来ていたのだと。
ミアが動揺し始める。
(え、なんなの、この織斑 一夏って? 普通は拒絶反応か、私を見て怯えるはずなのに……)
彼女が初めて接するタイプの人間に内心で引いてしまう。邪気や嫉妬っといった感情を一切持たずに接してくる純粋な一夏が、ミアにとってはやり難くてしょうがない。
二人の様子を見ていた喜久がげんなりした。
なんか、もうどうでもいいやと。
「おい、さっさと計測を済ませるぞ。ミア、ストップウォッチを貸せ」
「……解ったわよ。ちょっと待ってなさい」
三人での初めての顔合わせは、一夏が発揮した言動によってグダグダのままに終了した。