[NumberingTitle_春休ミ(下)]
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春休みも残り少ない日のこと。一夏が寮のとある一室の前で、一人の女子生徒へと頭を下げ続けていた。
部屋の住人は今年最上級生となるフォルテ=サファイアだ。彼女はドアの入り口近くの壁に寄りかかりながら、一夏の対応に辟易している。
「お願いしますよ。楯無しさんに、フォルテ先輩をどうしても連れてきて欲しいって頼まれたんです」
「で、幽霊部員の私が演劇部の活動に参加しろと? かったるいッスね、他を当たって頂戴よ」
「楯無さんが怪我をして、まだ完治してないんです。だから代役をお願いしますっ!!」
一夏が必死に拝み倒す。約三十分ほど、現在のやり取りが続いていた。
「そうはいわれてもッスね、私は別に演劇の活動をしたくて、今の部活に入った訳じゃないんッスよ……」
フォルテが苦笑いしながら目を泳がしていく。彼女のなにか振れて欲しくないような顔つきに、一夏が不信を感じて質問した。
「どういうことですか?」
「演劇好きの某先輩に強制入部させられたんッスよ。そして、私並みの面倒臭がりは卒業して帰国した。イコール、私の縛りは消滅。お解りッスか?」
縛りもなにも、元々フォルテは幽霊部員だろうと一夏が突っ込みそうになる。
そして、彼女が、なかなか首を縦に振ってくれないことに疲れを感じ始めた。
一筋縄では行かない相手だと、思わず溜息をつきそうになる。
「理由は解りましたけど。それとこれとは別ということには、やっぱりなりませんか?」
「ならないッスね」
フォルテが一夏に対して、頑なに部活動参加への拒否を示す。
だるいんです、面倒臭いんです、やりたくないんですと。そんな彼女の顔が、言葉を如実に体現して表情へと出ている。
所為、彼でも解り易い程に不真面目の如是相《にょぜそう》が、ありありと浮かんでいた。
一夏が盛大に溜息をつく。フォルテが彼の様子から、やっと諦めてくれたかと内心で肩の荷を降ろした気分になった。
「しょうがないですね、本当は使いたくなかったんですけど……」
「ん? なんすかそれ?」
一夏が制服の内ポケットから一枚の折りたたまれた紙を取り出す。
紙を開くとフォルテの前で、戦時中の憲兵のように声高らかに記載されている文章を読み上げ始めた。
「去年の十一月十日、フォルテ先輩は学園の授業をサボって外に遊びに行ってます。遡ること四日、寮を抜け出して深夜のクラブへ出向き夜遊びを敢行。さらにそこから十五日前、ここ――
「なんで、そんなこと知ってるんッスか!?」
「いや……。フォルテ先輩が部活参加を断った場合、楯無さんが本人の目の前でこれを読み上げてくれって言ったんですよ」
一体どこから、いつの間に見られていたのか。フォルテが理解不能とばかり、楯無の調査能力に対して思わず悲鳴を上げそうになった。
彼女が、げっそりとしていく。楯無に見えない枷を施されたことに泣きそうになり、逃げられないと悟って観念した。
しかし、その原因は全てがフォルテ自身の振舞いのせいだった。
一夏は哀愁の漂う上級生を見て思う。
あの人は
いつもどこでも
やりすぎだ
と。
「他にも載ってますけど……。見てみますか?」
一夏が同情のような視線をフォルテに向ける。持っていた紙を彼女に渡した。
数秒後に彼女が羞恥心から、わなわなと震えだした。そのまま一夏を睨みだす。
「私のスリーサイズまで書いてあるんッスけど?」
「勘弁してください、俺も知るつもりはありませんでしたよ……」
一夏も楯無から紙を渡されていただけで、中身の内容を把握してはいなかった。
紙に書かれていたもの。事細かに記された個人情報の塊に、彼女は頭の中が真っ白になりそうになった。
「二年生君?」
「うぅ……。はい、なんでしょうか?」
「紙に書いてある内容を他の人間に言いふらしたら、後はどうなるか……わかってるッスね?」
射殺さんばかりの強烈な視線が一夏の心を圧迫する。冷や汗と共に顔が真っ青になっていく。彼は慌てて両手を上げながら弁明した。
「い、言いませんよ、絶対に!?」
「はぁ……」
フォルテが一夏に彼女自身のやるべきことを聞き始める。
「それで、新入生の歓迎会でやる劇の内容は?」
「オズの魔法使いです」
なんだ普通の内容じゃないかと安心していく。
あの傍若無人な生徒会長のことだ、またおかしな企画を立てているのではと警戒したが、問題点は無さそうだった。
問題なのは、一夏の喋りが終了しなかったことだ。
「それと、不思議の国のアリスを混ぜたような感じですね」
まともだと信じたかった。が、全然そんなわけがなかった。
彼女も子供の頃に呼んだことがある御伽噺だが、一夏の発言でげんなりしてしまう。
なぜ、話を混合《ハイブリッド》する必要性があるのかと。想像しても、物語の顛末が全く予想できない。たフォルテの気だるさが絶頂を迎え、その場でぐったりし出す。
「はぁ、ちなみに私の役ってのは?」
「主人公を導く兎の役だそうです」
「そこはアリスッスか。二年生君は、なんの役で?」
「オズに出て来るライオンですね。楯無さんが裏方に回るんで、いくつか変更点があるみたいですよ」
なんか不安でしょうがないと、フォルテが溜息をついた。
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一夏がフォルテの説得に行っている頃、喜久は自室で休んでいた。
今日は午前中にゆっくりした後で、午後になればISの操縦訓練をしようと一日の計画を立てている。
そして、突然に携帯電話が鳴り始めた。
なに気なく画面の表示を眺めてみれば、掛けてきた相手の名前がリアムと表示されている。彼はベッドで横になっている体を起して電話に応じた。
『やあ、サーフォ君』
リアムの低い声とは違う、明らかに高音質の発声が耳に入ってくる。
「……ニコルか」
喜久の感情が苛立ち始める。同時、彼は自身の中で最後の犀が投げられたことを理解した。
アメリカ行きへの決行、その最終段階に入ったのだと。ニコルが飄々とした喋りで会話を続けていく。
『サーフォ君にとって嬉しい知らせになるね。カーニバルの日取りが決まったよ、ヨーロッパなら秋の収穫祭といったところだ。九月半ば、我らが大統領の眼前にサーフォ君の姿を晒す。そこでジャスパーが落ちる』
アメリカ合衆国大統領。喜久にとっては雲の上に位置して存在するような人間だ。CIAがジャスパーを失脚させる計画。その方法が余りにも大胆すぎると、彼は内心で驚いてしまう。
「秘密裏の非合法実験を表沙汰に認知させるってことか?」
『実験の内容が表に出ることは無い。表の一歩手前で止まるといったところだよ。要はこういうことだ、大統領自らが腐った果実を切り取って廃棄する』
CIAの描くシナリオに、喜久が内心で舌打ちする。そのままカーペットの床に、唾を吐き捨てたくなるような衝動に駆られた。
結局は、都合の悪い人間の尻尾切りを行なうだけの作業。CIAの目的はアメリカ合衆国を守ること。本来はそのためだけの情報機関となる。それが、アメリカという国にとって、不利益なことを行なうなどありえない。
喜久は非合理な実験を行なった人間に対して、決定的証拠を突きつけるための切り札であり、ジョーカーであり、大切な駒として機能している。
「そうかよ。で、俺は、お前らCIAの本部にでも出向きゃいいのか?」
『いや、直接ホワイトハウスに来てもらう。アメリカまでに一人護衛をつける。アメリカからは、僕が護衛につく』
「IS持ちに護衛なんぞ必要ないだろうが? そんなもんは邪魔だし、はっきりいって願い下げなんだよ」
『ことがデリケートに動いてる。こちらは既に一人が死亡していて、情報も漏れ出してるんだ。フィールを覚えているかい? サーフォ君は彼を慕っていただろう?』
喜久がニコルの口から発せられた、フィールという人物名に反応する。かつて、彼の生みの親であるティアーニと一番仲の良かった人物だ。
喜久がサーフォと呼ばれていた頃、フィールは彼にとって優しい友人のような存在だった。
そして今はもう、この世を去っている。原因は射殺なのか、それとも刺殺なのか、爆死したのか、もしくは毒殺の可能性さえありえた。
なにかが原因で出た死亡という結果。フィールが喜久のために動いて殺された。
携帯電話がミシリと軋む音を上げていく。一瞬だけ、彼の感情が爆発しそうになった。
「……本当に死んだのか?」
『彼は君のために動いていたんだよ。そして、ミスを犯してジャスパーの部下に殺された』
「そうか」
得てして善人と呼ばれる人種は、悪人と呼ばれる人種よりも早死にしやすい。喜久の頭の中で、そんな言葉が思い浮かぶ。
ニコルも会話を途切れさせて、少しの間だけ部屋が静寂に包まれる。次に、彼が少し緊張した声で喜久に対し警告を発した。
『もう一つある。こちら側にとって非情に危険な情報だ。はっきりと言ってしまえば、サーフォ君がアメリカに到達する前に死亡するかもしれない事案になる』
「俺が死亡する事案?」
『ジャスパーが去年の初夏に暴走したISを凍結から再稼動させたらしい。渡米してくる君への対策としてね。今現在、CIAが呼称しているコードネームは『フライヤー』、本来の名前は『銀《シルバリオ》の福音《・ゴスペル》』だ』
「!?」
喜久がニコルの言葉に戦慄した。
去年の臨海学校で一戦した銀の翼が特徴的なIS。当時は彼がISTSを行使し、なんとか行動制限をさせることが出来た。
最後は気絶し、一夏に全てを託して倒した相手だ。七人の専用機持ちがやっとの思いで行動不能にした相手が、今度は彼だけに的を絞って戦闘待機してるという事実に呻き声を漏らしそうになる。
遭遇、戦闘した際に一対一で勝てるのかと。そんな、圧倒的なまでの機動性と広範囲の攻撃方法を兼ね備えた軍用ISを思い出す。もう、あの時のようにISTSは使用できない。
そして、なによりも一番気がかりなことがあった。
「搭乗員名は?」
『解っている情報は米軍関係者、前回暴走したパイロットとは別の人間が乗ってる』
喜久は銀の福音の搭乗者が、ナターシャで無かったことに安心する。彼が気を引き締めて獰猛な顔付きに変わっていく。獣が喉を鳴らすようにして、笑いながら喋りだす。
「面白ぇ、上等だ。クソ鳥はクソ鳥でしかないからな。不死鳥じゃないんだ、前回と同じように沈めてやるよ」
覚悟は決めていた。
決着をつける。障害は蹴散らす。立ちはだかる壁は全て薙ぎ倒し続けていく。
喜久の中に迷いは無い。
『こっちは最大限、ジャスパーを揺さぶる。次の連絡はアメリカに向かう前日、僕の部下が行なう。覚えておいてくれ、部下の名前はサンナだ』
「ああ、解った」
『僕は本国でサーフォ君を待たせてもらう。それじゃあ、無事に会えることを祈らせてもらうよ。ブッ ツー ツー』
喜久が携帯電話をベッドへと放り投げる。右の拳を力強く握ると、これからのことを頭の中で整理し始めていく。
CIAの補助がついた上での渡米。リセットが利かない一回限りの行為。敵は米軍の上層部。そして、向こうで待ち構えているであろう『銀の福音』。
九月は学園祭の時期となり、去年は亡国機業の人間と一戦交えたことを彼が思い出した。
学園の予定を無視する。そうなれば、休学届を机の上にでも置いて黙って出て行くしかない。渡米すると言えば、知り合いの誰かには確実に止められてしまう。
準備は慎重に行なうべきだと思いながら、喜久が他の懸念部分を感じ始める。
「ティアーニ」
【なにかしら】
「半縄のISを無断で国外に持ち出した場合、俺への処罰はどうなる?」
【アラスカ条約等に基づいての処置になる可能性があるわね。ISは即時回収、国際法による罰則から来るものは、最悪の場合は終身刑が妥当といったところでしょう】
「……笹崎には俺のことを話して説得するしかないか」
ISの管理は所持者に一任されている。が、其れにも規約が存在した。
所持者の管理が違法と判断された場合は、相応の厳罰が下る。
(アメリカの件が片付いても、まだ俺にはISが必要だ。納得させるにしても、なにか向こうが欲しがるものを提示しなきゃならないか……)
喜久が半縄技術研究所の主任研究員である笹崎の欲しがるものを思考していく。
そして、一つだけ彼の中で納得の行く答えが見つかった。
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『香港空港発、フランス、パリ行きにご搭乗のお客様は、七十八番ゲートにて搭乗手続きを行ないます。間もなく搭乗手続き開始のお時間となりますので、お間違えの無きよう、宜しくお願い致します』
世界のハブ空港として機能している香港空港の一箇所で、三人の人間が座っていたベンチから立ち上がった。
ヨーロッパ系の出で立ちをした男女のグループは、大きな仕事を無事に終え帰国関係で途中経由の香港空港に立ち寄っている。そして、傭兵のジュサーヌが盛大に舌打ちをしだす。
「帰ったら、ティーダの分け前を減らさせてもらうわね?」
「そんなに目くじら立てんなよ。ちょっと前祝に飲んだだけだ、問題ないだろ?」
彼女の横を歩いているティーダが苦笑いしながら答える。サンティアスが呆れた顔をしだした。
「娼館のような場所で騒いで来るとわな。お前には、毎度のことだが本当に呆れさせられる。そのせいで、フライトの時間に間に合わなかったんだぞ?」
「はいはい、反省してますよ。しっかし、二人とも固いねぇ。一回きりの人生なんだ、楽しく行こうぜ?」
まったく反省の色を見せないティーダに対して、ジュサーヌの額に青筋が一本入りだす。
「ふざけんじゃないわよ」
「ぐっ!?」
ティーダの脇腹に衝撃が走る。
三人で学園を襲撃した次の日には、日本を発っている予定だった。
しかし、ティーダがそのまま六本木で夜遊びを敢行したためにフライトの日がずれてしまっていた。
香港空港でも上手く飛行機が予約できずに、帰国の予定はずるずると延びていく。おかげで当初の計画予定から大幅にズレが発生している。二人が溜息をついて、一人が痛そうにしながら手で脇を抑えた。
そして、サンティアスの携帯電話がバイブレーションによって小刻みに振動して揺れだす。彼は立ち止まって、ティーダとジュサーヌに歩くのを止める様に手でジェスチャーを行なった。
「俺だ、どうした?」
『……逃げろ。……戻ってくるな……殺されるぞ』
サンティアスが電話に出ると、今回の仕事を持ちかけてきた仲介屋からの切れぎれな声が聞こえてきた。
力の無いか細い声に彼は自身の耳を疑ってしまう。
『嵌められた……俺の、仲、間も……殺され、た』
「依頼主の裏切りか?」
『ああ、そ、うだ。……だから――サクッ』
男の話し声が完全に途切れて聞こえなくなる。最後は、なにかが突き刺さるような音が聞こえてきた。
『――あらぁ、これ繋がってるのね? コール名は、へぇ、いいタイミングじゃない。こんにちわぁ、サンティアス。私の持っているリストには貴方達の名前も入ってるのよねぇ。あはははは、今どこに――ブッ』
サンティアスが無言のまま携帯電話を切る。通話越しに聞こえてきた狂ったような少女の声に、思わず顔を顰めてしまう。彼はティーダの方を見て肩を竦めた。
「ティーダ、お手柄だ。仲介屋が殺《や》られた、予定を変更して帰国はせずに他の国へ飛ぶぞ」
「おいおい、ちょっと待てよ!?」
「どういうことかしら?」
「俺たちも標的になったということだ。とりあえずは、予備の方へ避難する」
サンティアスが手に持っていた航空チケットを破り捨てて、そのままゴミ箱に投げ捨てる。そして、自身が持っていた携帯電話も真っ二つに破壊して再度ゴミ箱へと放った。
ティーダとジュサーヌが心底嫌そうな顔をしだす。
「あーあ、やだやだ。ISに関わってから碌なことが無いな。化け物に化け物の機械、阿呆みたいに勘の良いガキども。極めつけは依頼主の裏切りかよ?」
「それよりも、ISはどうするのよ? お金にならないし、私たちには扱えないしね。これじゃ、本当に只の子供向けアクセサリーだわ」
二人はサンティアスと同じように、航空チケットを破り捨てた。