ln   作:kiarina

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[NumberingTitle_新クラス]

 

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 新学期を迎え、二年生の教室は春の陽気に包まれている。学生は浮き足立ち、とても嬉しそうにしながら新しいクラスメイトとの出会いに一喜一憂していく。

 学園の教室は女性の園のような光景が広がっている。

 しかし、一人の男子生徒が入室したことによって、即座に華やいでいた空間が消滅した。

 

「げ、市隈」

「やだ~、あいつって三組だったの?」

「ちょっと、聞かれるわよ」

 

 幾人もの女子生徒が嫌そうな顔をしながら喜久と距離を取る。彼はそんな様子を気にすることもなく、眠気眼の目を擦りながら配布されていたプリントを片手に持って自分の席を探し始めた。

 目的に席に着いて鞄を下ろす。そのまま机の上に突っ伏すと、やる気のないままに体を寝そべらせていく。

 

(たぁく、かったりぃな。それじゃなくても、一夏と離れると一気に孤独になった気分だ……)

 

 喜久と一夏の所属するクラスは別々となっている。彼は頭の中で入学当初を振り返り、一からやり直しのような状態を心の中で嘆いていた。

 軽く頭を叩かれる。顔だけ上げてみれば、呆れた表情の箒と鈴が彼の前に立っていた。

 

「爽やかな朝が台無しになる。男なら、そんな腑抜けた表情なんぞするな」

「朝から周りのテンション落とすようなことをしてんじゃないわよ。少しは、しゃんとしなさいよね?」

「ここのクラスの奴らも含めてだけど、一夏じゃなくて残念だったな。逆に聞くけどさ、お二人はいつもハイテンションだよね。なんで、そんなに疲れないん?」

 

 喜久にとって、同じクラスメイトの知り合いは箒と鈴の二人だけ。他のメンバーは違うクラスに所属している。彼から言われた返答に対して、箒と鈴が更に呆れた表情をした。

 二人揃って頭を抱えるような仕草になる。

 

「なに言ってんのよ、あんたのやる気が無さすぎなだけでしょうが。そんな態度を取ってると、新入生から笑われるわよ?」

「別に構わねぇよ。やることはやって、きっちりメリハリ付けときゃ問題ないだろ?」

 

 鈴の言葉に喜久からは、まるでやる気の無い返答が帰ってくる。この天邪鬼はと箒が溜息を付いた。

 

「はあ、まったく……。ティアーニ、この腑抜けはどうやったら正常になるのだ?」

【やっと、猿人から脱したところよ。氷河期を乗り越えるまでは、まだ時間がかかるわね】

「そうそう、氷河期で冬眠中だからな。飢えない程度には頑張らせてもらいますよ」

 

 箒がティアーニに聞けば、喜久への悪態が放たれる。しかし、彼はAIの発する毒舌に慣れはじめていた。

 よって、適当に受け流して気にすることも無い。三人で喋っていると時間が足早に過ぎていく。授業開始のチャイムが鳴り響き、副担任から担任に割り当てられた真耶が教室に入ってくる。

 喜久は、担任が千冬ではなくて良かったと内心で安堵しだす。

 

「みなさ~ん、これから朝のホームルームを開始しますよー。おはようございます、このクラスを受け持つ担任の山田 真耶です。一年間宜しくお願いしますね~」

 

 真耶が笑顔で挨拶を交わす。間延びした陽気な声が教室内に響き渡り、女子生徒たちは嬉しそうにしだした。

 それは、彼女たちにとって真耶が優しそうと言うよりは、好き勝手できそうだといった感覚だ。今年は楽ができるとばかりに、クラス中の生徒が彼女に対して舐めてかかるような視線を向ける。

 しかし、その雰囲気も直ぐに疑問の様子へと様変わりした。

 真耶がデジタル製のペンで電子ボードへと彼女自身の名前を記入していく。そこまでは普通だったが、担任の横に副担任という文字が追記された。

 不信に感じた一人の女子生徒が手を上げて質問する。

 

「やまちゃーん、やまちゃんが担任なのは解るんだけど。やまちゃんの名前の横に、副担て書いてあるのは、なんでですか?」

「それはですね、こちらにも色々と事情があるんです。早速ですが、入ってきてもらいましょう。瀬名川先生、もう入室してきて構いませんよ?」

 

(なに!?)

 

 今まで眠気眼でいた喜久が慌てて教室の出入り口へと顔を向ける。すると、彼がもの凄く嫌な顔をしながら目を泳がせた。

 日本代表であるはずの人間。この学園とは違う場所に所属しているはずの女性が堂々と教室に入ってくる。

 

「おはようございます。あら、ちゃんと全員揃ってるじゃない? 最近の子は真面目ね、これじゃあ叩き甲斐が無いわ」

「裕香っ! いきなりなにを言い出すんです!?」

「冗談よ、じょーだん。さて、みんなに会うのは三月の行事以来ね。もちろん、私のことをババア呼ばわりしてくれた君もね?」

「本当のことだろうがよ。事実を言って、なにが悪いってんだ?」

 

 瀬名川 裕香の登場によって、教室内にいた生徒全員が驚いていた。

 そのなかで、前回の出会いによって言い合いをした喜久だけは対応が違う。彼が当たり前のように裕香を睨みながら言い返していく。

 いきなりの学級崩壊は御免だとばかりに、真耶が慌てるようにして仲裁に入りだす。

 

「止めて下さいっ! 市隈君も、まともに取り合わないでください!?」

「なによ、その言いかた。まるで私が子供みたいじゃない?」

「子供です、少しは自覚してくださいっ! またっくもう……。裕香、貴方は後ろにいって口を閉じていて下さい。後は私がやります」

 

 既に疲れきった状態の真耶が裕香へと指示を出していく。裕香は軽く手を上げて了解の合図を返した。

 

「わかったわ、私は後ろから見学させてもらうから。それじゃあ山田先生、後をよろしくお願いするわね?」

 

 まさにゴーイングマイウェイ。自由奔放な子供のように、裕香が生徒たちの席を縫うようにして歩いていき後ろに立つ。クラス中の生徒たちが彼女のことを心の中で皆一様に癖の強い人間だと感じた。

 溜息を一つ、真耶が気を持ち直して苦笑した表情で喋りだす。

 

「えーっとですね。瀬名川先生がIS学園に来られた経緯ですが、国際IS委員会からの要望があったためとなります。学園が不安定な状況下にあるため、特別の処置として今回の派遣となりました。瀬名川先生、本当に一言だけでいいですからね。挨拶をいただけますか?」

 

 指名された裕香が、嬉しそうに笑いながら軽くお辞儀をする。

 そして、彼女が教室内の生徒たちを見渡す視線は、活きの良い魚がいるかどうかを探しているかのようだった。

 一通り生徒たちの顔を確認し終えると、にんまりと笑って喋りだす。

 

「臨時の派遣で籍を置かせて頂くことになりました、瀬名川 裕香です。国からの通達による人事異動に関しまして、みなさんと一緒に過ごせる時間をとても楽しみしていました。みなさんの勉学とプライベートの充実ができるよう、私も全力でサポートさせて頂きたく思っておりますので、どうか宜しくお願いします」

 

 喋り方がまともだ。数人の生徒が、そう感じた。

 真耶も裕香が普通の挨拶をしたことに安堵する。しかし、彼女はここからが本番だとばかりに発言をしだす。

 

「さて、儀礼はここまでにさせて貰うわね。私は山田先生のように甘くはないわ、スパルタ式でいかせてもらう予定です。ああ、ちなみに反抗も違反も私は大歓迎よ? それ相応の対応をさせてもらうつもりだから。覚悟が出来た子から、私の前にいらっしゃい」

「裕香!?」

 

 裕香の竹を割ったような性格から来る発言に、クラス担任の眼鏡が光りだす。

 

「軽い自己紹介よ。私は猫被りなんて好きじゃないからね」

「い、い、いい加減にしなさいっ!!」

 

 真耶の怒りが頂点に達し、大声を上げた。

 喜久以外の問題児が増えたと彼女が胸中で泣きそうになる。

 そして、クラス中の生徒たちが溜息をつく。瀬名川 裕香は、まともじゃないと。

 箒と鈴は似たような誰かを思い出して顔の向きを変える。二人揃って喜久を見れば、彼が珍しく彼女たちと同じような顔つきをしていた。

 

(これは、織斑姉の方がマシだったな……)

 

 真耶と裕香のやり取りを見ていた喜久が、その場で盛大に溜息をついた。

 

 

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(なんで山田先生の声が!?)

 

 真耶の怒声が聞こえてきたことに、一夏が吃驚して廊下側の方を向く。同じクラスになったセシリアとラウラも何事かと感じながら担任のほうを向いていた。

 千冬は始まったかといった様子で、特に気にすることも無く自身の手を二度ほど叩く。

 

「織斑、余所見をしていいと言った覚えは無いが?」

「あ、すいません」

「私が一組を預かる担任の織斑 千冬だ。他のクラスのことは気にするな、今後いつもの光景になるだろうから慣れるようにしておけ。皆に対して私が一年間は教鞭をとらせてもらう。わかったら返事をしろ?」

『はいっ!!』

 

 クラスの生徒が綺麗に声を揃えて返答した。

 千冬が名簿を開くと、最初に決めるための議題を電子ボードへと書き出していく。クラス代表と書き出された文字に、一夏が思い出し笑いをしそうになった。

 去年のクラス代表を選ぶ時だ。別に荒れる必要も無いのに、随分と面倒臭い決め方をしてしまったと。

 千冬が教壇に手を置いて話を進めていく。

 

「始めにクラス代表に関して決めておかねばならないのでな。推薦、自己推薦でもかまわん、誰か立候補する者はいるか?」

「はい、私は織斑君がいいと思いますっ!」

「私も織斑君を推薦しますっ!」

「織斑君以外、ありえないと思いますっ!」

 

 何人もの生徒が一夏を推薦しだす。なんとなく予想していた彼が内心で溜息をついた。

 

(俺以外ありえないとか、どんな基準だよ……。まずいぞ、このままだとクラス代表にされてしまう。ここは、誰でもいいから推薦しないと)

 

 

 千冬が一夏の名前を書き出して、もう一度確認を取る。

 

「他に推薦者はいないのか? 織斑、このままいけば、お前がクラス代表と言うことになるが。お前が推薦する者はいるか?」

「はい、ラウラを推薦します」

「ほう、適任理由をいってみろ?」

 

 一夏が立ち上がってラウラのほうを向いた後、千冬の方へと向きなおした。

 

「ええと、その、ラウラなら大丈夫なんじゃないかなって思って。というか、ラウラが一番むいてると思っただけで」

「適任理由を答えろといったはずだぞ、馬鹿者が。なんとなくのような曖昧な判断基準で決めてどうする?」

「うぅ、すいません」

 

 彼の背中に冷や汗が溜まり出す。本当は「ラウラがプチ千冬姉としてクラスを纏め上げそうだから」という簡単な適任理由があった。

 しかし、そんな発言をすれば、間違いなく二発分の暴力が飛んでくることを悟っていた。

 

「私もラウラさんを推薦いたしますわ」

「そうか、適任理由を言え」

 

 セシリアが手を上げて座席から立ち上がる。千冬は、まともな回答が得れそうだと腕を組みながら彼女の意見を許可した。

 

「ラウラさんは現役軍人です。物事を纏め上げることに関しても十二分に実力を発揮なされるはずですわ。なにより、迅速に行動するために甘えを許さない態度を取れるのは彼女において他にはおりません。経験の豊富さ、先人の智慧としてクラスの人間全てが彼女をモデルに学ぶことの方が多いはずです」

「ふむ、オルコットの意見は解った。では、ラウラと織斑のどちらかをクラス代表にする。決定の仕方は、専用機同士の模擬戦で行なう」

 

 ことの経緯を静かに窺っていたラウラが立ち上がって手を胸に当てだす。周りから見て取れる其れは、スポーツマン宣誓のようにも見える。

 

「ラウラ、お前もそれで異論は無いな?」

「はい教官、了解しました。嫁を押すことが大事だと認識しておりますが、推薦を受けた以上は全力でやらせて頂きます」

 

 意気込んで答えるラウラを見て、一夏の顔が蒼ざめていく。

 

(なんで、また模擬戦なんだ……。もっと、こうなにか穏便かつ温厚に決める方法がないのか?)

 

 

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「え、えと、あの、その。……がんばります」

 

 簪が、おろおろしながらクラス代表挨拶を行なう。二組のクラス代表は一組とは違い、すんなりと決定していた。

 クラスの生徒たちが拍手を行なう。その中にはシャルロットの姿もあった。

 

「簪さん、頑張って。僕もできる限り手伝うから、一緒に頑張ろうね?」

「……うん」

 

 簪の後ろの席に座っていたシャルロットが、彼女の両手を握って安心させる。簪は引っ込み思案な性格のせいでカチンコチンになっていく。

 なぜ、こうなったのだろう。彼女は泣きそうになりながら十分程前を思い出す。

 決まったクラス割で一夏と一緒ではなかったことに、簪は軽いショックを受けていた。

 ショックを受けていたが、それ以上に朝のホームルーで新しい担任が言い放った言葉に衝撃を受けた。

 

「このクラスには、専用機持ちが二名在籍してるわね。クラス代表は、デュノアさんか更識さんにやってもらいましょう」

 

 この一言でクラス代表のお鉢がいきなり簪に回ってきたのだ。

 そして、シャルロットがさらに追い討ちをかける一言を言い放つ。

 

「それでしたら、僕は簪さんをクラス代表に推薦します。僕は途中からの編入で学園に来ましたので、彼女の方が学園のことを理解していますし」

 

 他の生徒も納得して特に異論は出ない。教師はにこやかに笑いながらシャルロットの意見を肯定した。

 結局、簪は周囲の雰囲気に押されてクラス代表を受け入れいれてしまう。

 

(うぅ……。失敗を……したら、どうしよう……)

 

 一年間クラスを切り盛りしていくだけの自信が無い。彼女は内心で盛大に溜息をつく。そして、精神的に一杯一杯な彼女に、さらに落雷が襲い掛かってくる。

 

「二年生では学年全体の纏め役もあるわ。要は学年代表となるわね。今年は二組が担当になったので、更識さんに兼任してもらいましょう」

「 !? 」

 

 クラス代表どころか、学年代表のお鉢まで簪に割り当てられた。

 冷静さを失って、心の中で発狂寸前のような雄叫びをあげる。

 

(なにそれ……そんなの私は聞いてないっ!! 無理無理無理、絶対に無理です~~~~~~!!)

 

 いつもの気弱な彼女は、我を失ったように人格崩壊した。

 しかし、クラス中の人間が彼女を温かい視線で見守っていた。

 

 

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 学園で一日のカリキュラムが終了し、一夏と喜久は二人揃って第三アリーナにいた。

 前回の学園襲撃を受けてから、二人はいつものメンバーとこの場所へ足げく通い続けている。目的は彼ら自身の技量を底上げするためだ。

 ISスーツを着た一夏が、同じようにISスーツを着ている喜久へと話しかける。

 

「喜久、お前って簡単に瞬時加速《イグニッション・ブスート》を連続でかけてるけど。あれって、どうやってるんだ?」

 

 準備運動をしていた喜久が首を軽く捻りながら一夏へと返答した。

 

「慣れ?」

「適当すぎだぞ」

「まあ、慣性の法則やら色々あるんだろうけどな。機体制御が一番、人体コントロールが二番、三番目に目標位置で正確に止まれるか、四番目に――

「やめてくれ、俺の頭がパンクしそうだ……」

 

 一夏が頭を抱えていく。自分が想像して考えていたよりも、かなり習得が難しいことを理解した。

 しょうがないといえば、しょうがないのかもしれない。簡単にはいかないが、体得できるようにと意気込む。不意に、一夏の中で思い浮かんだことを喜久に問いかける。

 

「喜久。ちなみに、お前の場合は、最高で何回連続の瞬時加速をかけることができるんだ?」

「エネルギー無視なら、十回ってところだな」

「聞いた俺が馬鹿だったよ……」

 

 まったく参考にならない。一夏は自分なりに一から頑張っていくしかないと悟った。

 そんな中で、彼は申し訳なさそうな顔をしながら喜久に確認をする。

 

「喜久、答えなくなかったら言わなくて良いからな。お前って、本当は何年間ISを操縦してたんだ?」

 

 喜久の過去には、余り触れてはいけない。聞いてはいけない部分だったが、彼は今の自身の位置を確認しておきたかった。

 自身が喜久と、どれほどの差があるのかを知るために。喜久が苦笑いしながら一夏に答えた。

 

「……一夏は、俺の残り時間を知ってるから。まあ、教えても問題ないだろうな。七歳から九歳までは、訓練にあけくれた。九歳から十二歳までは実践だったよ。合計は五年てところだ。次いで、ここに来て六年になるな」

 

 一夏が胸中で衝撃を受ける。喜久は計六年もの間、ISを操縦していた。

 十五歳でIS学園に入学するまで、三年ほどのブランクが有ったとしても、今の一夏の操縦年数では彼の足元にも及ばない。

 差の開きが大きすぎると初めて実感していく。同時に、彼は喜久にISの操縦を教われば、一気に自身の能力を引き伸ばせるのではと感じた。

 そう思っていると、楯無が二人の元へとやってくる。

 

「今日も元気にやってるわね~。一夏くんによっちゃん、解らないことがあったらおねーさんに何でも相談してね? おねーさんは、朝から夜のサポートまで、全てにおいて万全よっ♪」

「更識、あんたは手伝いに来たのか、冷やかしに来たのかハッキリしろ」

「楯無さん、今は訓練中です……」

 

 喜久が目を閉じて苛立ち、一夏が項垂れる。楯無が嬉しそうにしながら扇子を開き、そこには『万端』と書かれていた。

 喜久が呆れてしまい、一夏はやんわりと断りを入れだす。

 

「なーにが、万端だよ。怪我が完治してねぇじゃねえか、嘘つくな」

「楯無さん、怪我が治ったらで良いですから。今は休んで下さい」

 

 二人は楯無のことを思い、彼ららしい声のかけ方をした。

 

「むー、酷いわー。私は痛みを堪えて一生懸命、尽くしてるのにっ! あんまりだわっ!?」

 

 楯無が打ちひしがれた声を出して顔を地面に向けて、両手で覆いだす。一夏が彼女の白々しい嘘に溜息を吐いた。

 

「そう思うんなら、フォルテ先輩を解放してあげて下さいよ……。この前尋ねたときに、かなり落ち込んでましたよ?」

 

 楯無が指の間からチラリと一夏のほうを見て、覆っていた手を顔から放していく。そして、当たり前のように笑いながら彼へと返答した。

 

「それはそれ、これはこれよん。私の代役は彼女にしか務まらないわ」

「理由は?」

「彼女の醸し出しているやる気の無さよ。あれを真似できる人間は中々いないの。私が台本に沿って作られた兎の役は『気だるい兎』になるわ。そこには、まさにフォルテが適役なのよ」

 

 酷い理由だ。一夏が、ここにはいないフォルテへと同情の念を向けた。

 横にいる喜久が、「最悪だな、あんた」と憤る。そんな中で、違う人間が三人の元へとやってきた。

 

「あら、揃ってるわね?」

「あん、なんか用かよ?」

「そうよ。学生の育成が私の役目だからね?」

 

 ISスーツを着た裕香が不適に笑いながら喜久の方を見る。彼は罵倒によって苛立ちを顕にした。

 

「阿呆か、そんなん願い下げだクソ女」

「おい、喜久!?」

「よっちゃん、やめなさい」

 

 一夏と楯無が喜久を止めに入る。裕香は、特に気にすることも無く、楯無へと話しかけた。

 

「たっちゃん、久しぶりね。元気してたかしら?」

「ええ、元気してますよ。学園に派遣されたと聞きましたけど、本当だったんですね」

「市隈君を借りるわよ?」

「ええ、解りました。頑張ってね、ダーリン?」

「ダーリンじゃねぇ!? 止めろ更識っ!!」

 

 変な噂になっては堪らないと、喜久が楯無に対して怒り始める。横で様子を窺っていた一夏が彼女に話しかけた。

 

「楯無さん、裕香さんとお知り合いですか?」

「ええ、手ほどきを受けたこともあるわ。たまに顔も合わせるからね」

 

 暗部の関係でねと、楯無は心の中で付け加える。裕香が喜久の方へと顔を向けだす。

 

「市隈君、賭けをしないかしら?」

「はぁ? そんなん、やるわけねぇだろ」

「ISの模擬戦をして貴方が勝ったら、私は一つだけ貴方のいうことを聞いてあげるわ」

 

 彼女から余裕の表情を向けられた喜久が、少しばかり考えてから不適に笑い返す。

 

「上等だ。こちとら、あんたの顔を見るのもごめんだからな。俺が勝った場合は学園から出てけ」

「良いわよ。それで、私が勝った場合はどうなるのかしら?」

「あんたにとっちゃ、男なんてもんは奴隷程度にしか映ってないだろうからな。下僕だろうが小間使いだろうが好きに使えよ。あんたに要求した分だけは、俺も同じ分だけのリスクを負ってやる」

「ふーん、そう。私は記憶力に自信があるのよね。今の言葉、忘れないわよ?」

 

 一夏が、始まったよいった顔をしだす。楯無は対照的にニコニコと笑っていた。

 裕香と喜久が互いの距離を放していく。

 

「お出でなさい、天照《あまてらす》」

 

 裕香がISを展開した瞬間、喜久が目を見張ったような表情をする。次に視線を鋭利にすると、彼女の方をじっと食い入るように観察した。

 

(ち、予想してたよりも展開が早い。体にISが馴染んでる証拠だな。大口叩いて、のたまった分の実力は、兼ね備えてるってところか)

 

 彼は少しでも相手ISの情報を得ようと頭の中をフル回転させていく。相手が所持している武装、スラスターの場所と数、装甲の厚みと想定される駆動系のレスポンス、相手機体の急所になりそうな場所があるのかと。

 喜久が一通りの目測を立てながら、裕香に続いて自身のISを瞬時展開する。彼の様子を窺っていた裕香が内心で困惑した。

 

(驚いたわ、この子って本当に学生なの? 候補生クラスを超えて国家代表並のIS展開速度だなんて、余程の才能か長時間の搭乗訓練が無ければ難しいはずなのに……)

 

 彼が学年一位の実力者だという肩書きは、あながち間違いではないらしい。これで素行態度に問題さえなければと、裕香は盛大に溜息をついた。

 二機のISが、ゆっくりと上空へ飛翔していく。ある程度の高度で停滞をすると、彼女が余裕の笑みで喜久へと話し掛ける。

 

『織斑君との模擬戦では、彼にとっての難度を段階的に上げさせてもらったわ。君にもハンデをあげても良いわよ?』

「そんなもん、いらねえよ。最初から全力でいこうや、俺があんたに黒星を進呈してやるよ」

『そう、だったら手加減は抜きよ。君に井の中の蛙という言葉を教えてあげるわ』

 

 宙に停滞していた裕香が自身の唯一使用の特殊能力《ワンオフ・アビリティー》、八咫鏡《やたのかがみ》を発動させる。虚像を造りだす武装、特殊なフォログラフィーの効果によって天照が分裂し続けていく。

 同じ姿をした八人の裕香が笑う。

 

『これが天照の全力よ、君には実体の私と虚像の私を見抜けるかしら?』

 

 喜久は思考する。相手の攻撃をどう対処すればいいのかと。彼は自身の方針を定めると、裕香に向かって笑いかけるような仕草をする。

 

(はん、実像と虚像ね。くっだらねぇ、だったら虚像の方を丸ごと潰してやるよ)

 

 喜久が自身の背中に四枚のペタルを出現させていく。残りのペタルを出現させるためにティアーニへと指示を出す。

 

「ティアーニ、残存枚数の八枚全部だ。馬鹿女の機体に一枚ずつ重ねるようにしてペタルを張れ。実像以外はペタル生成の演算処理に負荷が掛からずにいけるはずだからな」

『 !? 』

【実体は左端のようね】

 

 八人の裕香の内、瞬間的に七人までが喜久の出現させたペタルと重なりあった。

 突拍子の無いやり方に彼女が思わず驚いてしまう。裕香が喜久の駆るブラックペタルの特殊兵装を警戒していく。

 

「種が割れれば、どうってことないわな。ほんじゃまぁ、とっとと終わらせてやるよっ!」

『良い機体ね。私の専用機にならなかったことが、本当に残念だわ』

 

 喜久がペタルを背中に再度として八枚ほど出現させると、瞬時加速をかけながら一気に裕香との距離を縮めた。

 二人の距離がほぼゼロに達した瞬間、裕香が天叢雲剣《あめのむらくものつるぎ》による突きを放つ。それに合わせるようにして、喜久が自身の目の前に十二枚全てのペタルを出現させていく。

 裕香の攻撃によって四枚のペタルが四散した。

 

(く、思ったよりも硬いわね……)

 

 彼女が内心で舌打ちし、喜久が確信を得たような顔をする。彼にとっては、天照という機体が格好の鴨《かも》でしかない、と。

 相手機体との相性の良さに勝敗の天秤が喜久へと傾き始めていく。

 

(やっぱりな。雪片弐型と展開装甲、シャルロットの重攻撃型武装並みの威力がなけりゃ、全部のペタルは突破できねぇからな。これなら馬鹿女の武装は、ただの鈍《なまく》らでしかない)

 

 天照の武装である天叢雲剣さえ使用させなければいい。

 喜久がグリコシドを搭載した二機のビットを背中から射出。同時、両腕に搭載されているグリコシドも発動させる。

 ビットは囮か挟み撃ちとして機能すれば問題ない。

 

「くらえやっ!」

 

 彼が叫び声をあげながら機械の腕を振るった。

 

「残念だったわね――

 

 ブラックペタルから放たれた腕部の攻撃が、ズブリと天照の金属部分にめり込んで行く。

 

――こっちよ?」

【真上から来るわよ】

「クソが!?」

 

 喜久が天照の虚像を攻撃したのだと理解した瞬間、裕香が彼の頭上から再び天叢雲剣による突きを放ってくる。紙一重のところで、喜久が瞬時加速をかけて彼女の攻撃を回避した。

 

「面白れぇ、上等だっ!」

 

 喜久は笑いながら叫ぶ。絶対に目の前の馬鹿女に吠え面をかかせてやると。

 彼が避けた勢いを活かし、背中に四枚のペタルを出現させながら連続で瞬時加速を行う。背中のペタルを羽ばたかせるようにして裕香との距離を一気に詰め直していく。

 攻撃を見極めようとした彼女が、驚愕の表情と共に内心で舌を巻いた。

 

(こんなの、モントグロッソでも見たこと無いわよ!? 千冬先輩、一体この子は何なんですか!?)

 

 七連続の瞬時加速。それも彼自身が急停止ポイントと移動距離を自在に操りながら、超絶ともいえるような完全制御を行なっていく。

 出鱈目すぎる技能、普通に行使した者は複雑骨折を免れない行為でしかない。即ち、自爆行為に等しいはずの行動を喜久は平然と行う。

 模擬戦だからこそ遠慮が無く行使できるとばかりに、彼が機体エネルギー残量の問題を完全に無視して短期決戦へと的を絞った。

 裕香が八咫鏡《やたのかがみ》を使用し八人へと分裂する。が、それも喜久が放つペタルによって対応され、瞬間的に七つの虚像が割り出されていく。

 

 ――やられたわ、と。裕香が内心で正直な感想を抱く。

 彼女が軽く溜息をついて天叢雲剣を下段に構えなおした。

 

『良いわ、小細工は抜きよ。君の作戦に乗ってあげるわ」

「終わりだっ!!」

 

 裕香に襲い掛かってくる攻撃の軌跡は六つ。

 ブラックペタルの持つ両腕のグリコシド、両脚部の先端でドリルのように回転するペタル、そして彼女の背後から二機のビットが迫って来る。

 裕香は静かに呼吸を整えながら、瞬《まばた》きを一回だけ行なう。

 彼女が慎重にタイミングを読みながら、その場で体を一回転させた。

 後方回転《バックテン》の要領で繰り出した両足を使い、喜久の両腕に激突させて二つの攻撃を弾く。その場で回転による緊急回避を選択したため、彼が当てようとした脚部からの二連続攻撃が虚しく空を切る。

 

(な!? この馬鹿女、俺の攻撃を殆ど避けやがったっ!)

 

 計四つ、喜久の攻撃が完全に回避された。

 上下逆さまの世界にある中で、背後に迫ろうとしていたビットが裕香の反転した視界に収まっていく。彼女が天叢雲剣でグリコシドのビットである一機を斬り飛ばした。

 

ガンッ!

 

「くっ!」

 

 最後まで捌ききれなかったグリコシドのビットが天照に突き刺さる。途端、裕香の機体制御が利きにくくなりだす。

 ここぞとばかりに喜久が再度の攻撃を放つ。

 

「逃がさねぇぞっ!」

「そうね――

 

 ブラックペタルの腕が天照の金属部分にめり込んだ。

 

――同感だわ」

「またかよ!?」

 

 虚像。

 一体どれが本物なのかと彼の頭が理解不能に陥りそうになる。回避ではない回避方法のせいで戦略が立てにくいと。

 裕香の武装は一つだけ。それ以外は単なる補助の武装でしかない。喜久にとって、余裕があったはずの戦闘に翳りが見え始めた。

 彼が薄々とだったが、彼女との力量差を感じ始める。

 

「今度こそ、もらったわよ?」

 

ザァンッ!!

 

「がぁあっ!」

 

 ペタルを張る余裕が無い。喜久が裕香から背中を斬りつけられて、盛大な苦悶の声をあげた。

 彼の駆るブラックペタルのエネルギー残量が一気に削らていく。

 

【駄目ね。距離を取って、狙いを絞り直したほうが無難だわ】

「それは駆け引きをする場合だけだっ! ティアーニ、もっと頭を使え!?」

【だったら一人で頑張りなさい】

「なんだよそれ!?」

【……】

 

 喜久の言動に対してティアーニが沈黙する。

 

「反応しろっ!」

 

 気難しいAIが拗ねだした。

 

(この野郎、絶対に後で中身を弄ってやるからな!?)

 

 彼は裕香に対して短期決戦を挑んだが、結果が裏目に出る。視界端へと視線を動かせば、エネルギー残量が50を切っていたのが確認できた。

 七連続の瞬時加速を行使した代償が顔を覗かせる。余裕がなくなり、焦った喜久が無意識下で一瞬だけISTSを発動させそうになった。

 だが、直ぐに我へと返って自身を罵っていく。

 

(ふっざけんなっ! いい加減に決別しろ!?)

 

 精神的な未熟さと性分の短気さ、頭に血が昇ったことに対し憤った。

 ――弱い自分を超えてやる。ここからが本当のスタートなのだと、喜久が意気込みながら裕香を見据えた。

 裕香が意外なものを見たようにして笑顔になる。女性特有の柔らかさが持つ、穏やかで慈愛に満ちた表情だった。

 

『良い顔ね。そういった真っ直ぐな顔もできることが、よく解ったわ。来なさい、君の実力を見定めてあげる』

「それは、勝負に勝った人間の台詞だろうがよっ!」

 

 喜久が両腕、両脚、背中へとペタルを出現させながら裕香へと突撃していく。

 真っ向勝負。

 彼は下手な戦略を捨て去り、自身の技量だけを信じて攻撃を仕掛ける。

 

『そうそう、男の子なら女々しく策に走らない方が格好良いわよ?」

「堕ちろやっ!」

 

 喜久の攻撃手段は四つ。裕香の攻撃方法は一つのみ。

 一撃目、喜久からの左ストレートを裕香が体を反らして回避。

 二撃目、彼の右ストレートを彼女が天叢雲剣で弾き飛ばす。

 三撃目、裕香の回転斬りを喜久が左足で蹴り飛ばしていく。

 彼女が内心で笑う。

 

(よく覚えておきなさい。瞬時加速にはね、こういった使い方もあるのよっ!)

 

ガンッ!

 

(ぐあ!? クソが、なんて無茶しやがるっ!)

 

 四撃目の瞬間、彼女が瞬時加速を使用して、彼に体当たりを行なう。衝撃がダイレクトに入り、そのままの勢いで後方に吹き飛ばされる。

 再度、裕香が瞬時加速で喜久に突撃していく。彼は彼女を迎え撃つために、急いで姿勢の建て直しをはかった。

 

『終わりね」

「ざっけんな、返り討ちにしてやるっ!」

 

 喜久が放つ最後の一撃、それを裕香が全力で体を捻って回避しきる。天叢雲剣が彼の肩部分に突き刺さった。

 

 

_\|/_

 

 

 模擬戦は裕香が勝利した。

 二人は地上に降下すると、そのままISを粒子化していく。

 

「すごいわね。最後の攻撃は、君のお腹に入れたはずだと思ってたんだけど」

「くそ、あんた本当に女かよ……」

「ええ、そうよ。君の大嫌いな女性の地位向上を目指す人種ってやつね」

 

 瞬時加速の体当たりが強烈な印象を喜久に与えている。彼は裕香の褒め言葉よりも、無茶苦茶な攻撃方法に呆れていた。

 

「――ち、負けだ。煮るなり焼くなり、好きにしろよ」

「あら、思ったよりも素直じゃない。そうね、じゃあ一つ目よ。貴方の素行態度は問題だらけだから、そこから直していきましょうか?」

「……はあ?」

 

 喜久が「なんだよそれ」と、不思議な顔をする。しかし、それは彼にとって新たな毎日の始まりであり、もとい地獄のような性格矯正の開始合図となった。

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