ln   作:kiarina

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[NumberingTitle_魔王楯無]

 

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 嗤う。嘲笑う口元の笑みが見える。両の白い手が自分の頬へと伸びてきた。

 そして、酷く感情を逆撫でする一言を発してくる。

 

「織斑 一夏、貴様は無能の極みだな」

「円夏あぁあああっ!!」

 

 暗い部屋の天井が視界内に納まる。額に手を当てれば、ジワリと浮かび上がっていた滑《ぬめ》る液体の感触を感じた。

 大量の汗をかいていたことに気づき、内心で溜息を吐く。

 

(夢か……)

 

 一夏は上半身を起こしてデジタル時計を手にとる。深夜の三時を指し、起きるにしては幾分まだ早い時間だ。

 彼は最近、悩まされるようにして見る夢がある。それは、円夏の笑う顔が彼を嘲てくるというものだった。

 自身が倒されたこと、悔しいと思う気持ちや誰も守れなかった事実。怒り狂った末に簪を切りつけてしまった結果。そして、何よりも円夏という存在自体が彼を徹底的に悩ませている原因だった。

 なぜ、彼女は自分を敵視するのか。どうして姉に対して復讐をしたいのか。その理由が全く見えない。

 一夏は千冬に円夏のことを聞きたくてしょうがなかった。

 今まで、大切な姉に家族の話をしてはいけないのだと思っていたのだ。彼女の曇る顔を見たくない、自分さえ黙っていればと考えていた。

 だが、今は違う。しっかりと、円夏のことを聞かなくてはいけない。黙っていても前には進めないのだ。小さな一歩で構わない、確実に歩みを止めないことの方が重要なことなのと感じ始めている。

 

(向き合わなきゃな。誤解なら解かなきゃいけない、円夏だって俺の肉親なんだ。だったら、……俺は、あいつを救えるだけの力を手に入れなきゃいけないんだっ!!)

 

 片方の手を開いて握った拳を打ち付ける。短く乾いた音が室内に鳴り響いた。

 

 

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 IS学園では新一年生の歓迎会が行なわれていた。

 そんな生徒の中で、五反田 蘭が周りを見渡すようにしてキョロキョロとしている。目的の人物を見つけると、心の中がとても華やいでいく。彼女は夢見心地のような表情で、忙しなく動き回っている一夏の様子を観察した。

 

(一夏さんの側まで来れた。これからは何の気兼ねも無く、話し掛けることも出来るわっ! お兄め、私じゃ絶対に受からないとか言ってさ。見事に合格してやったわよ、べーっだっ!)

 

 蘭が自身の兄である五反田 弾に対し、心の中で盛大に舌を出す。受験勉強の際、しつこい程に過保護で応援してくれなかった兄には、もうなにも言わせない。私はやってやったわよと、得もいえぬ自信が沸いてくる。必死の徹夜による徹夜、徹夜のエンドレスを繰り返しての猛勉強には、正直に根を上げそうになった。

 薬漬けになるのではないかと思えるほど、栄養剤も飲んだ。そして、蘭は世界超難関といわれるIS学園入学試験をパスしきった。

 彼女が幸せを満喫する。一夏と一緒の空間をゲットしたのだと。

 もはや、余りの幸福感に包まれすぎた心が、現実乖離を起こし始める。蘭の横に座り、彼女の様子に気づいた少女が心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫、化粧室を探してるの?」

「え!? ああ、ごめんなさいっ! ちょっと、緊張してるだけなんだ。え、えへへへへ……」

 

 蘭が恥ずかしそうに誤魔化して笑い、少女もクスリと小さく笑いながら答えていく。あどけない顔をしていたが、気品を兼ね備えた静かな物腰から大人のような表情を覗かせる。長く整った栗色の髪に緑色の瞳をした外見は、どこか育ちの良さを感じさせた。

 

「緊張か、確かにそうよね。私はイェレナ=アスティーニよ。貴方の名前は?」

「ええと、この場合は蘭 五反田になるのかな。宜しくね、イェレナ」

 

 二人が笑顔でいると、前方から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。

 前方でショートカットの教師が目付きを鋭くして、気だるそうにしている男子生徒へと指示を出している。

 

「ほらほら、ちゃんと運びなさいっ! きびきびと行動するっ!」

「わーってんだよ、一々怒鳴んなっ! 耳が潰れちまうだろうが!?」

「君が私に模擬戦で再挑戦する半年後までは、なんでも言うことを利く約束でしょ?」

「ぐっ……」

「はいはい、口よりも足を動かすっ!」

「半年後に、絶対やり返してやる」

 

 教師と男子生徒は互いに荷物を抱えながら、出口の方へと向かっていった。

 イェレナが不思議そうな顔をする。

 

「あれが、例の織斑 一夏になるのかしら。思ったよりも反抗的なタイプなのね」

「違うよ、イェレナ。あれは市隈先輩よ」

 

 去年、蘭と喜久は一夏の誕生日パーティで顔を合わせている。彼と喋った感想としては、どこにでもいそうな、ごく普通の男子といった感じだった。

 

「ええ!?」

 

 優等生の猫を被っていたイェレナの顔が剥がれ落ち、思わず一瞬だけ席を立ち上がりそううになる。素っ頓狂な声を上げるが、それは悲痛な叫び声のようにもとれた。

 彼女が明らかに幻滅した表情になり、落胆して意気消沈し始める。

 

「あんなのが……、二年生のトップなの?」

「二年生のトップって?」

 

 学園の内部事情をあまり把握していない蘭が首をかしげる。イェレナが溜息を吐きながら、彼女に説明していく。

 

「喜久 市隈。二年生でISを動かせる男性操縦者にして、IS学園で五本指に位置していると聞いているわ。各国が所属を求めている、仮の国家代表候補生よ。簡潔にいえば、現時点でこの学園では三年生を置き去りにして、最も国家代表に近い人間になるの。はぁ……駄目ね、格好良いって聞いてたんだけど。噂は所詮、噂でしかないのね」

 

 イェレナの中で構築されていく喜久の第一印象。それは、背が低く派手な赤髪をしている。そして目付きが剣呑で、どこにでも居そうなチンピラのようだと。

 結果、彼女は心の中で喜久に対して落第点を与えた。

 蘭が彼女の様子を見て苦笑いしながら、ある程度の弁護をする。

 

「市隈さんて、そんなに凄いんだ。あの人は、普通に話している分には問題ないよ。一夏さんや他の人とも、仲良いしね」

「あら、随分と詳しいのね。蘭って、この学園の関係者なの?」

「うーうん、私がここに来るのは今日で二回目かな。一夏さんが兄の友人なのよ。そこの繋がりから、ちょこちょこっとって感じだね」

「顔が広いのね。じゃあ、二年の他の専用機持ちの人たちとも交流があるのかしら?」

「う~ん、そうなるのかなあ。でも、ほんのちょびっとだけだよ。ちなみに一夏さんは、あっちのほうね」

 

 蘭が手で指した方では、一夏が歓迎会の最終チェックを行なっていた。

 イェレナは見た目的に彼の方がタイプだと感じ、これで性格が良ければ合格ラインかなどと考える。彼女は話題を切り換えて、蘭に違うことを訊き始めた。

 

「ところでさ、蘭。つい最近、学園で起こった出来事って知ってる?」

「え、ごめん。私は知らないかな」

「そう、ありがとうね。そういえば――

 

 蘭とイェレナが意気投合し、雑談をする。二人は歓迎会が始まるまでの間、ずっと楽しそうに弾んだ会話をしていた。

 新入生歓迎会が始まると、学園の代表者が次々と演壇でスピーチを行い、歓迎の祝辞を述べていく。アナウンスによって、新入生代表挨拶の代表者が名指しされる。

 

『新入生代表挨拶。イタリア国家代表候補生、イェレナ=アスティーニ』

「はい」

 

 イェレナが立ち上がり、横で座っていた蘭が吃驚した顔をしだす。

 

(イェレナって、国家代表候補生だったの!?)

 

 彼女は蘭に対して気取らず、気さくに優しく話し掛けてきた。

 そんな彼女が代表候補生だと理解し、まさかと思い目を丸くしてしまう。新一年生で、専用機持ちの一人であるイェレナ=アスティーニ。イタリアの国家代表候補生である彼女は、毅然とした態度で演壇へと歩いていく。

 そして、今後の学園生活における決意を丁寧に述べた。

 

 

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 行事の式次第も順調に進み、ナレーション役である楯無がマイク越しに喋りだす。

 

『只今より、一年生を歓迎するための劇を催します』

 

 観客席部分に割り当てられているライトの明かりが落ち始め、ステージの幕が上がっていく。始まりの場所は森らしく、頭まで全て覆っている着ぐるみの兎が、文字通りぐったりと木に寄りかかっていた。

 うな垂れるように顔を下に向け、屍のようになっている。

 

(――暑い。なんで、私がこんな目に。顔を見せる必要がないなら、別に他の人でも良いじゃないッスか……)

 

 着ぐるみの中で、フォルテは不貞腐れた状態になっていた。

 見ている観客側の人々は、兎の中身が彼女だとは知らない。左の舞台端からは、ドレスの衣装を纏ったアリス役の簪が現れる。油の注されていないブリキ人形のようにガチガチになりながら、兎もといフォルテの前までやって来た。

 ナレーションを担当していた楯無が、スピーカー越しに解説を始める。

 

『昔々、あるところにアリスと言う少女がいました。彼女は姉のドロシー、犬のトトと三人で散歩をしていましたが、トトが首輪を外して脱走してしまいました。姉のドロシーが「今日はお仕置きが必要ね!?」と言って、トトが逃げ込んだ森へと一目散に入っていきます』

 

 アリスは不思議の国のアリス、ドロシーとトトの名からオズの魔法使いが連想出来る。そして、犬へのお仕置きという言葉には、かなりの力が篭った声量を感じた。

 観客席側の生徒たちは、ナレーション役の人が犬になにか恨みでもあるのだろうかと戸惑ってしまう。

 

『一時間ほどが経ち、アリスは戻ってこない姉を探すために森へと入りました。しかし、今度は方向音痴の彼女が迷子になってしまいました』

 

 ナレーションに合わせるようにして簪が兎を見つけ、ぎこちなく話し掛けていく。

 

「ぐったり……した『気だるい……兎』さん、お願いがあります。……道に迷ったの、出口を……一緒に探してくれないかしら?」

 

 ぐったりや気だるいと、ネガティブな発言がとびだす。そして、言葉もかなりたどたどしい。一体なの劇なのかと、一年生には良くわからなかった。

 

「うん? はい、これ」

 

 気だるい兎は徐《おもむろ》にポケットから取り出したコンパスをアリスに渡した。

 

「頑張って」

 

 ただ一言だけ。その言葉だけを喋ると、カクンと首を曲げて顔が下に向きなおる。『あら、兎はアリスを導く役なのでは?』と、観客側の生徒たちは首を傾げてしまう。劇中のアリスも戸惑ったようになり、再び兎へと話し掛けた。

 

「兎さん、アリスの……お話だと貴方は……導き手よ?」

 

 アリス役の簪が、観客側のような言い方でぶっちゃけトークを開始する。再び兎が顔を上げ、アリスの方を向く。

 

「普通の兎は死にました。私は、気だるい兎。改造された兎ッス……兎です」

 

 フォルテが慣れた地の言い方を無理やり修正した。

 『改造された兎って……。一体誰に?』と、一年生たちの数人が疑問を感じる。兎は言葉を続けていく。

 

「ここは一方通行の森だね。もとの場所に戻れる出口は一箇所で、ハートの女王が住んでいた城の中に放置されてるよ」

「ハートの……女王はどうした……の?」

 

 ハートの女王は住んでいるのではなく、住んでいた。

 アリスが兎の過去形である言葉に引っ掛かりを覚えて質問する。気だるい兎は手振りを交えながら、説明を続ける。

 

「ハートの女王は老衰で寿命を全うしたよ」

 

 ファンタジーの世界のはずなのに、ハートの女王は既に天寿を全うしていた。

 

「今は悪の化身、喜久が住んでいるッス……住んでるんだ」

 

 オズの魔法使いにも、不思議の国のアリスにも悪の化身等は登場しない。物語が完全に逸れ始める。

 

「おいっ! なんで、俺だけが実名を使われてんだよ!? ふざけん――うお!?」

 

 舞台裏から怒声と戸惑いの声が聞こえてくる。誰かのご立腹な声に、十人程度の一年生が動揺した。

 何事もなかったかのように、物語は進んでいく。兎はうな垂れながらアリスに必要事項を述べ始める。

 

「あとは、出口の門を開けるために用意するものがあるんだ」

「用意……するもの?」

「適度なサイズのライオン、ロボット、カカシを門の窪み嵌め込むんだ。そうすれば、門が開かれていくよ」

「嵌った三人は……どうなるの?」

「門に挟まったまま、死ぬまで動けなくなる。犠牲はいつも貴いんッス……貴いんだ」

 

 アリスが両手を胸元に当て、悲惨そうな顔をしだす。

 

「そんな!?」

「君が、もとの世界に帰るためには必要なんだよ。……ねぇ、だるいんだけど。そろそろ説明終わっていいかな? これ以上は、出すもの出してもらえたら先を話すよ」

 

 気だるい兎が手の平を上にして、親指と人差し指で輪っかを作り出す。金を寄こせというジェスチャーに、なんてあこぎな兎なのだろうと観客席にいた蘭が呆れてしまう。夢も希望も無いなと、破綻した話にイェレナが乾いた笑みを浮かべた。

 そして思う。誰が、こんな子供が泣きそうな脚本を考えたのだろうと。

 

「わかったわ。気だるい兎さん、ありがとう。お金は持ち合わせが無いの。ライオンさん、ロボットさん、カカシさんには、どこに行けば会えるのか教えてもらえないかしら?」

「情報は常に価値を持つんだ。まあ、今回はしょうがないからまけとくよ」

 

 そういって、兎はおもむろに舞台端の方へと手をあげて指し示す。

 

「向こうに行ってみなよ。五日前にストックして、捕獲したのが鉄格子の牢に閉じ込めてあるから。共食いしてなければ、生きてるはずだよ」

「……ありがとう」

 

 気だるいくせに、なぜ捕獲して牢に入れているのか。アリスは、兎の設定基準に思わず突っ込みを入れそうになる。適当にお礼を言って答えると、そのまま先を目指した。

 幕が降りて舞台が入れ替わり、場面が変わる。アリスが檻の前まで来ると、腹を空かしてガリガリに痩せたライオン、たくさんの歯型がついたレトロなロボット、寝床の材料に使われて既に朽ち果てたカカシがいた。

 どれにしても、状態が酷い。カカシにいたっては、芯となる木の棒だけしか原型を留めていなかった。

 もとい、もうキャラクターとして機能さえしていない。

 そして、ライオン役の一夏とロボットの着ぐるみをしている箒の顔部分だけが、刳《く》り貫《ぬ》かれるようにして露出していた。

 ライオン役の一夏がポツリと呟く。

 

「出してくれ……」

 

 無理やり今回の劇に借り出されたロボット役の箒も、申し訳なさそうにしながら頼んできた。

 

「ここから出たい」

 

 哀愁の漂っている悲惨そうな顔にアリスが牢の鍵を解錠する。次の瞬間、ライオンとロボットが飛び出して舞台袖に走り出す。一旦消えたと思ったら、十数秒後に彼らは満足げな顔をしてアリスの下へと戻ってきた。

 

「いやあ、あの兎に掴まった時は、もう駄目かと思ったよ。君はまさに命の恩人だっ!」

「助かった。もう少しで、ライオンに燃料タンクを食い破られるところだった」

 

 燃料タンク、食い破る、火花、引火、爆発。アリスが物騒な思考をする。そして、気になったことをライオンに質問しだす。

 

「あの……気だるい兎さんは?」

「ああ、ここだよ」

 

 ライオンがお腹を指差す。どうやら、兎は彼のお腹の中に納まったらしい。アリスが気だるい兎は、酷い兎の方が正しかったのだと認識した。

 

「ライオンさん、ロボットさん、……お願いがあるの。私が……お家に帰るために、一緒にハートの……女王のお城へ行ってくれないかしら?」

「わかった、助けてもらったお礼に付き合うよ」

「恩義を返すことは大事だ。付き合おう」

 

 ライオンとロボットが嬉しそうにして、アリスに答える。そして、彼女は兎が言っていた門の内容を伏せておくことにした。

 そういえばと思い、アリスがロボットに質問する。

 

「ロボットさん。貴方は……お腹が空かないの……かしら?」

「私が稼動するためにはニトロが必要だ。ここらには無いから、他の場所で補給しようと思っている。なあに、あと半年は稼動が出来るから大丈夫だ」

 

 爆発しなくて良かった。

 アリスは心の底から安心していく。アリスは二人を連れて、ハートの女王がいる城を目指すために歩き出した。

 しばらく歩くシーンが続き、途中で新たなカカシが現れる。彼女は檻に入れられていた。

 着ぐるみの顔部分だけが刳り貫かれた状態のセシリアが、物凄く虚しそうな顔をしている。役作りとして、満点をあげたくなるような悲劇的な顔をしていた。

 

(更識会長、よくも騙してくれましたわね……)

 

 歓迎会の前日、楯無は箒とセシリアの二人を劇に巻き込んでいた。

 セシリアには、女優としてのセンスに満ち溢れていると言っておだてまくる。最重要な役どころの一つであるため、煌びやかな黄色のドレスで舞台の華を造りたいのだと。

 結果、今現在着ているのは、確かに黄色の衣装だ。しかしドレスではなく、黄色の藁を着ぐるみにぐるぐる巻きつけられたカカシの姿だった。

 箒の場合は、一夏と一緒に舞台で競演し、彼にキスをされたくないかと持ちかける。彼女は楯無の要求を即答で受け入れた。

 確かにキスはした状態だ。しかし、それはロボットの着ぐるみへと盛大に獣の牙が噛み付いた状態を指していた。

 二人とも、承諾をしてしまったので演技はする。内心で楯無に騙されたと憤りながら。

 普段から冷かされ続けている喜久ではないが、彼女達は心の中で楯無に復讐を誓った。

 

「大丈夫?」

 

 アリスが檻の鍵を開錠すると、カカシのセシリアがゆっくりと出てくる。

 

「助かりました。ありがとうございます。なにかお礼をさせてください」

「だったら……ハートの女王のお城まで、一緒に……行って……くれないかしら?」

「それでしたら、これを使ってください」

 

 カカシが自身の体である藁から金色の鍵を一本だけ取り出して、適当にアリスへと渡す。アリスが不思議そうにして金の鍵を眺めた。

 

「これは魔法の鍵です。空中で鍵を差し込むようにして、右に捻ればハートの女王のお城に行くことが出来ます」

 

 アリスは城のほうを眺める。舞台の背景に描かれている絵には、目的地のお城がちょこんと小さく描かれていた。

 観客席側の一年生が、物語を破壊する禁断アイテムを連想しだす。アリスが鍵を差し込む動作をした瞬間、幕が落ちてしまう。場面が切り替わり、一向はハートの女王の城まで辿り着いていた。

 設置されていた大道具の階段の上では蹲った物体が頭を抱えている。それはムクリと起き上がり、舞台袖へと暴言を吐き始めた。

 

「ざっけんな、更識っ! なんで剣道の防具を被らなきゃいけないんだよ!?」

 

 喜久は学生服の上に剣道の面をつけられている。本人は苛立ち、劇をそっちのけで抗議の声を上げ始めた。

 

『悪の化身喜久は、アリスが城に侵入してきたことによって怒り狂っていました」

「名前で呼ぶなっ!!」

『これからアリスたちは、皆が欲しているものを手に入れなければなりません。はりきって、答えていきましょうっ!』

 

 喜久の言葉が蚊帳の外に置かれていく。さらに物語ではなくなり、クイズ番組のようなノリが入り始めている。劇のお話が、グダグダになり始めた。

 

『ライオンさんは勇気を欲していました。さて、ライオンさんへの難関です。ライオンさんが、今年の一年生で好みのタイプは誰でしょうか?』

「楯無さん、そんなの俺の台本にも書いてませんでしたよ!?」

『私は難関を説くもの。さあ、答えなさい。答えなければ、今後において放課後の訓練メニューを四倍に増やします』

 

 一夏の顔が蒼ざめていく。慌てて周りを見渡せば、周囲の全てが彼に注目していた。

 ロボットの着ぐるみを被っている箒が暴れだそうする。カカシの着ぐるみを着ていたセシリアが、慌てて彼女のことを後ろから羽交い絞めにした。

 

(勇気とか、そういう問題じゃないっ! 明らかにおかしいでしょ!?)

 

 一夏が一生懸命に救いの手を求めて周りを見渡す。その途中で、一人の一年生と目が会った。

 彼は片手でごめんなと、ジェスチャーする。

 

「え、えっと……。じゃあ、五反田 蘭さんで」

『え、ええええぇぇえええっ!!』

 

 突然のサプライズに、観客側の一年生がどよめきだす。名前を言われた蘭の顔が茹蛸のようになった。

 彼女の横に座っていたイェレナが、織斑 一夏は対しての印象を確定させる。こいつは女の敵だと。ISが操縦できる男性は、二人揃って両方とも駄目人間だと感じた。

 そして、今回一番の駄目人間もとい、冷やかし人間が嬉しそうな声を上げる。

 

『おめでとうっ! ライオンさんは勇気を手にしました。これで明日からの生活が、更に楽しくなるでしょう!?』

「なりませんよ、いい加減にして下さいっ!!」

 

 楯無の言葉にライオンの一夏が悲痛な叫び声があがる。次の瞬間、ロボットの箒が彼の肩を力強く掴んだ。

 

「一夏、私も明日からが楽しみだ」

「箒、待ってくれ!?」

「覚悟しておけ」

 

 箒が全力で一夏を睨む。彼は泣きそうになりながら、こんな劇は二度とごめんだと心が沈みこむ。

 傍で見ていたアリス役の簪が考え込む。私も箒に加わるべきかと。

 

『ロボットさんは心を欲していました。ロボットさんへの難関です』

「む、私か」

 

 ナレーションの言葉の後、ロボットの頭上から竹刀が一本ほど降ってくる。着ぐるみの箒が、それをすかさずキャッチした。

 

『悪の化身を倒せば、心が手に入ります。さあ、お面の上から引っ叩いて浄化しましょう』

「更識ぃ! お前、俺に渡してた台本と、まるで内容が違うじゃねぇか!?」

 

 楯無の爽やかなナレーションを聞いていた喜久がキレだす。竹刀を持っていた箒が嬉しそうに肩を回していく。

 

「喜久、これは劇だ。そう、間違っても私怨ではない。しょうがないのだ、だから諦めろ」

 

 彼女は虚しそうな声を出して、彼を哀れむ。

 

「ふざけんじゃねぇ、篠ノ乃っ! お前、明らかに目元が笑ってるじゃねぇか!? やるなら更識にしろっ!」

 

 ということはまるで無く、むしろ日頃の恨みを晴らすために嬉しそうにしていた。

 

「行くぞっ!」

「行くぞじゃねぇ!?」

 

 二秒後、箒の鋭い攻撃を受けた喜久がその場で撃沈した。

 セシリアが喜久のことを慌てて揺さぶるが、彼は面の衝撃で気絶している。彼女が箒に対して抗議の声を上げようとした瞬間、最早本当の魔王と化しているナレーションがお話を進めていく。

 

『カカシさんへの難関です。カカシさんは、頭が良くなりたいと思っていました。頭が良くなるためには誰かの秘密を打ち明ける必要があります。今この場で、暴露してください』

「チェルシーは、最近体重が増えたことを嘆いておりましたわっ!」

 

 セシリアは自身の専属メイドを即座に売り飛ばした。

 彼女の横にいた一夏が吃驚し、ここにはいないチェルシーに心の中で謝罪を述べる。ごめんなさい、全ては魔王楯無が仕組んだんですと。

 今回の一件は、すぐに学園中に広まった。

 後日、セシリアがチェルシーにお叱りを受けたのは、いうまでもない。

 

『最後にアリスへの難関です。三人を門の窪みへ嵌め込みなさい。さすれば、門は開かれるでしょう』

 

 彼女たちの目の前に円形の門が舞台袖からスライドするように現れる。それは門では無く、遊園地のアトラクションのような形をしていた。

 座席には、レーシング用の強固な四点式シートベルトが設置されている。アリスが、本当に頼みづらそうにして言葉を紡ぎだす。

 

「乗って……くれませんか?」

「……あれに乗らなきゃいけないのか?」

「門ではなく、絶叫マシンの間違いなのではないか?」

「流石にあれは……」

 

 一夏、箒、セシリアが三人揃って嫌そうな顔をした。

 

『アリスが元の世界に帰るためには、彼らの協力が不可欠でした。しかし、彼らは協力的ではありません。ライオンさんの情報公開です。ライオンさんは、お化けが苦手です』

「なんで知ってるんですか!?」

 

 彼が楯無の暴露に恐怖しだす。横で見ていた箒とセシリアがギョッとしてしまう。

 

『ロボットさんの情報です。彼女のスリーサイズは上から、な――

「やりますっ!」

『カカシさんのスリーサ――

「私もやらせて頂きますわ!?」

 

 一夏の二の舞はごめんだとばかりに二人が叫んだ。三人は自ら席に乗り込んでシートベルトを締める。そして、回転盤の後ろで軸を掴んでいたシャルロットが、ラファール=リヴァイヴⅢの力を借りて、高回転コーヒーカップのような状態にした。

 

(三人とも、ごめんね……)

 

 シャルロットも本当は劇に借り出されかけたのだが、楯無との交渉による譲歩によって裏方へと回っている。

 

「は、はやっ! 楯無さん、これ、ちょっと、速すぎですよ!?」

「ぐぅ! 一体なんの動力で回転しているのだ!?」

「なんの罰ゲームですか、これは!?」

 

 三人が盛大に悲鳴を上げ始めた。

 高速回転する回転盤自体が、ゆっくりと横にスライドしていく。出口が現れると、アリスが出口へと入って幕が降りた。

 

『アリスは、無事にもとの世界へと帰ることが出来ました。IS学園はとても楽しい場所です。生徒会長の席は、誰にでもなれるチャンスがある場所よ。在校生徒の有意義な生活を実現したい子は、是非とも生徒会の扉を叩いてください。演劇部の募集も随時しています』

 

 生徒会室も演劇部にも近付かない方がいい。今年の新入生は、危険地帯の場所を二箇所ほど発見した。

 

 

_\|/_

 

 

「……ねえ、ミア。あの倒れてるのが、姉さんの仇なの?」

「ええ、そうなるわ」

「あんまり、そんな感じに見えない」

「そうね、私も目を疑いそうよ」

 

 中継されている画面を見ながらアラルティアが呆れた表情をしている。ミアも何でこんな奴に脅されているのだろうと、内心で泣きそうになった。

 食堂ラウンジのテーブル席で二人はディスプレイを眺めている。ミアは喜久の外見をアラルティアにチェックさせるために、新入生歓迎会の様子を見学していた。

 市隈 喜久に対しては慎重にいかなければ足もとを救われる。切れ者の類だとアラルティアに認識させる必要があると。

 だが、画面の中で現れた喜久は箒に竹刀で面を入れられる。彼はそのまま気絶して動かなくなった。

 間抜けな行動しか見れなかったことに、思わず気持ちが萎えていく。ミアは咳払いを一つして、アラルティアに話し掛ける。

 

「アラルティア、お姉さんの仇を取りたいのなら良い方法があるわ」

「どんなやりかた?」

「簡単よ、枝垂れかかれば良いわ」

 

 今の言葉を言い換えれば、暗に体を使えという示唆。ミアの発言にアラルティアが嫌悪感を感じた。

 しかし、今は我侭を言っていることも出来ない。目的のために手段を選んでいる余裕が無かった。

 彼女は短期留学という限られた時間を最大限に活用していかなければならないのだ。

 

「相手の懐に潜り込めば、後は好きなタイミングでやりたいことが実行できる。貴方がアメリカの代表候補生という部分に、あいつは必ず過剰反応してくるはずよ。その時に、こちらのやり方次第で上手くことを運べるわ」

「……わかった、やってみる」

 

 ドミノが倒れるようにして、ミアの計画がスタートした。

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