ln   作:kiarina

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[NumberingTitle_カッ飛ブ必殺技_マイナススタート]

 

_8/_

 

 

 軍服を来た女性は幾つも歳が離れた妹の頭を撫でる。少女は姉の手を取って嬉しそうにした。

 

「お姉ちゃん、次はいつ会えるの?」

「ごめんね、今度のお仕事は長くなりそうなの。アラルティアが、良い子にしていたら早く帰ってこれると思うわ」

 

 アラルティアが頬を膨らます。ナイザの右手を両手で掴み、駄々を捏ねるような仕草をした。

 

「え~、私はいつも良い子にしてるよ? この前だって、学校で見学に行った研究所の試験テスト体験でIS適性がA判定だったんだからっ! クラスのみんな、ビックリしてたんだよ!?」

「そう。凄いじゃない、良かったわね」

 

 「どう、すごいでしょう?」とアラルティアの自慢する態度に対して、ナイザの顔が曇る。大切な妹をISから遠ざけたい。そんな感情が彼女の中で渦巻いた。

 妹と同い年ほどの男の子がISを戦闘兵器として使用している。彼は軍の任務を共に従事し、人を殺し続けていた。

 男の子と妹であるアラルティアの像が重なっていく。ISに触れて喜ぶアラルティアの健全的な理想的思考と、ナイザの否定的な現実的思考とが乖離していた。

 彼女は国を守るためと思い行動していたが、軍の実態に対しては否定的な人間だ。それは、ひとへにナイザ自身の性格が優しすぎることに起因する。

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「なんでもないわよ、ちょっと考え事をしてたの。時間がまずくなるからもう行くわね?」

「お姉ちゃん!?」

 

 ナイザが自身の身に付けている腕時計を確認して、アラルティアに背を向けた。

 

「ちゃんと、帰ってきてね!?」

「ええ、もちろんよ。戻ったら、アラルティアの行きたい場所へ連れて行ってあげるわ」

 

 最後にもう一度、アラルティアが確認の弁をとって安心していく。妙な胸騒ぎを感じたが、気のせいだと思考を切り換える。ナイザが手を振りながら去っていく姿が彼女の目に焼きついた。

 それは、最後に大好きな姉と言葉を交わした光景として。二週間後に届いたのは、アメリカ軍からの殉職通知だった。

 

 

_\|/_

 

 

「う~ん…………」

 

 第二整備室、一人の女子生徒が空中投影ディスプレイと睨めっこをしている。学園にあるコンビニサイズよりも大きい購買で買ってきたパンに齧りつきながら、彼女は知恵熱を上げ続けていた。

 なにか閃いたらしく、あっと嬉しそうにする。そして、また次の壁にぶつかったらしい。表情を暗くしながら、新しい問題に取り組んで悩み始めていく。

 同じチームメイトで、情報科に所属している中田も一緒の課題に頭を抱えている。

 

「それじゃ、テストランさせるから」

「走って、お願いっ!」

「これで百一回目の正直……。はい、ぽちっとねっと」

 

 ディスプレイの画面にプログラムの羅列が走りつづけていく。佐々木の必死の願いも虚しく、文字コードの羅列は急ブレーキを掛けて停止した。

 吐き出されたエラーコードの山に、二人はぐったりとしだす。

 

「ささっち~、なかなー、お疲れー。おわ、ふたりとも~大丈夫ー?」

「差し入れだぞ。それにしても、随分散らかってるな」

 

 本音と一夏がお菓子や飲み物を持って、出入り口の扉から入ってくる。情報科タッグの曇った表情に、差し入れの二人組みが苦笑いしてしまう。部屋は他のチームスペースを無視するかのように、IS関連の資料書籍が散乱し続けていた。

 佐々木が休憩とばかり、靴下まで脱いで素足になる。開放感を味わいながらその場で背伸びをして、クラゲのように頭部を机の上に乗せだす。一夏と本音も適当な場所に腰を掛けた。

 佐々木の口からは魂でも抜けそうな様子だったが、脱力したままゆっくりと喋りだす。

 

「バス・スロットの改良が上手く行かない……。蓮葉って子が匙を投げた理由も良くわかるわ」

「まあ、白式の専属主任が無理だって言ってたからな。束さんでもない限り、しょうがないんじゃないか?」

「ああ、篠ノ之博士の知恵が欲しい。ドリルで本人の頭に覗き穴を開けれたら良いのに……」

「ささっちー、重傷だねー」

 

 本音がお菓子の袋を全開にして食べながら話し掛ける。これは二、三日休ませるべきかなと、一夏が二人を見て考えながら首を捻った。

 

「やっぱり難しいよな。零落白夜のシステムが邪魔してるのか?」

「それもあるんだけれど、どうもそれよりIS自体が拒んでるイメージなのよね。これでどうだっ! って、プログラムを組んでも、コピーした白式のシステムプログラム自体が弾いちゃう感じ」

「もう、これはワンオフ・アビリティー以前の問題だわ。エネルギー効率の問題はなんとか32パーセント増しまで引き伸ばせたけれど」

「おお、すごいなっ! そんなに効率の数値が上がったのか!?」

 

 流石は情報科と、一夏が手放しで中田に賞賛を送る。褒められた彼女は、すごく呆れた顔をしながら一夏に問い掛けた。

 

「そうそう織斑君」

「うん、どうした?」

「機体の整備は整備科がやるけど、システム面での持ち場は私たちだとして。それでも織斑君の専用機なんだから、もう少しは自分で面倒見なさいよね。ご主人様がこれじゃ、白式《この子》が可哀想よ? ちなみに、ISシステム構築の成績順位は?」

 

 中田に質問された一夏の顔が青くなって汗を掻き始める。彼は観念したようにして重い口を開いた。

 

「……下から数えた方が早いです」

「はぁ……、しょうがないわね。佐々木さん、エネルギー効率の他だけど、本当に良いの?」

「当然、面白いからやってみましょうよ。わざわざセーブ掛けてるなんて、もったいないし」

「なんの話しだ?」

 

 佐々木と中田だけが理解している会話に、一夏と本音が置いて行かれる。佐々木が嬉しそうにして、宝物を発見しかのような表情になりだす。

 

「ふっふっふん、実は倉持でさえ見つけてなかったであろう制御プログラムコードの場所を発見しちゃったのよー。なんと、白式のバーニア稼働率がセーブされてたであろう所を解除するとっ!」

「初耳だな、解除するとどうなるんだ?」

 

 佐々木が周りを見渡してから一拍溜めた。

 そして、鼻を膨らませながら自身満々に結論を述べる。

 

「最大速度が今の1.48倍まで跳ね上がりますっ!」

「すごいな、そんなに上がるのか!?」

「おお~、ささっちー大金星~」

 

 一夏と本音が手を叩いて拍手した。

 

「そして今の織斑君だと、間違いなくスピード制御しきれず直ぐに壁へと激突します」

「だめじゃん……」

「もう一つ付け加えるなら、エネルギー効率の燃費も現状より酷くなります」

「なんでセーブが掛かってるのか、解った気がするな」

 

 世紀の大発見だといわんばかりの内容は、最後に尻すぼみして暗い話題へと様変わりしていく。白式のセーブ解除は、メリットよりもデメリットの方が高かった。

 ちなみに担当主任である蓮葉も勿論発見していたが、流石は篠ノ之 束だと乾いた笑みを浮かべてシステム解除を放置している。

 

「だから一度は解除を辞めておきましょう、諦めましょうになりました。でも、やっぱり面白そうなので、解除する方向で話を纏めなおしたの」

「え、それ操縦するの俺なんだけど……?」

「頑張って織斑君っ! もともとの燃費効率は向上させたから、問題は出だしのイーブンまで持っていけたわ!?」

「いや、俺の体の方を考えてくれよ!?」

 

 一夏が佐々木に面白いだけで判断するのは止めて欲しいと、お願いする。抗議の声を上げている隙に、本音が彼の白いガンレットをひょいと外した。

 

「あっ!? のほほんさん、なにしてんだよっ!」

「なかな~、ぱっしーっ♪」

「よくやったわ、任せてっ!」

 

 三人の暴走が止まらない。本音から中田にガンレットが投げ渡される。彼女はすぐさま佐々木と二人で作成したプログラムを流し込もうと、コネクターをガンレットに差し込んだ。

 嬉しそうにサムズアップして、佐々木にゴーサインの合図を送る。

 

「楽しい実験です、それじゃあ元気よく行ってみようっ!」

「全く良くないぞ、やめてくれっ!!」

 

 本音は単純に楽しんでいた。佐々木と中田の二人は連日のプログラム作成によって、ダウン寸前まで疲れきっていた。

 だから本音の行動にストレス発散とばかり、彼女たちは悪乗りしながら愉快に飛びついだのだ。

 一夏の必死の悲鳴をよそに、プログラムの書き換えがガンガンと進行していく。一度作業がが走り始だしたら、もう止めようがない。彼が諦めて疲れきった表情と共に肩を落とす。

 対照的に、三人の女子がワクワクしながら流し込まれるプログラムを覗き込んでいた。

 

「あれ?」

「おかしいわね、バス・スロットのエラーが出ないじゃない。佐々木さん、話してる間にプログラムのどこかを弄った?」

「いえ、弄ってないんだけど。なんでかしら?」

 

 どうせ大量のエラーコードを吐き出して終了だ。そう思っていた佐々木、中田、本音の思惑が見事に外れてしまう。

 情報科タッグが不思議そうに首を傾げてガンレッドの方を見る。空中投影ディスプレイが正常完了の文字を画面に表示させた。

 『嘘、上手く行ったの!?』と、佐々木と中田が嬉しそうにして白式のシステムプログラムを開く。

 

「すごい、ちゃんとエラーを吐き出さずに通過したわっ! これ……で、あ…………」

「う~ん、非情にまずいわね……」

「え、なに、一体どうしたんだ?」

 

 二人が気まずそうにして、一夏が疑問を投げかける。佐々木が引き攣った笑みを浮かべながら、その場の人間に状況説明を開始していく。

 

 

「エネルギー消費効率32パーセント向上、スピード制御機構のリミッター解除、一番の悩みだったバス・スロットの不足解消。全て問題をクリアしたわ」

「え、それなら良いことだらけじゃないか?」

 

 一夏が嬉しそうにしながら、佐々木の今までの努力を労う。

 

「織斑君、零落白夜のシステムデータが消えちゃった……」

 

 一夏が石化した。

 彼は顔面蒼白のままに確認事項を述べていく。

 

「バックアップのデータは?」

「ごめん、作業に集中しすぎてて取ってないの。そのかわり、二刀とも粒子化して収納できるようにしたわ」

「大丈夫だと思うか?」

「えへへ、うん。無理だと思う……、どうしようっ!?」

 

 佐々木が泣きそうな顔で、ムンクのような形相になる。焦りながら自身の顔を一夏の顔に近づける。

 白式は元々が倉持にあったISを篠ノ之 束が引き取り、彼女の手製によって構築し直されたISだ。最終段階で彼女の手によって70パーセント程度出来上がった状態から倉持に渡っている。彼女が組み上げたシステムプログラムを、一介の学生が再構築など到底不可能だった。

 一夏はしょうがないとばかり、佐々木に助け舟を出すことにする。

 

「どうしようって、どうしたらいいんだろうな……? 倉持にならバックアップデータが残ってると思うから、蓮葉に聞いてみるか?」

「今すぐお願いっ!!」

「はぁ……頼むから、今後は今みたいなことしないでくれよ?」

「しないしないっ! だから早く解決法を聞いて!?」

 

 佐々木が顔を何回も縦に振る。一夏が溜息を吐きながら、自身のポケットから携帯電話を取り出す。蓮葉に教えて貰った携帯番号を呼び出してプッシュすると、数秒後に彼女が応答した。

 

『どうしたの、食事の時間に掛けてくるなんて?』

「いや、ちょっと白式に問題が発生したんだ」

『ふーん、私は便利屋じゃないわ。時間外手当は誰がくれるのかしら? 最近美味しいケーキのお店を知ったのよ。期待してるわね?』

「……わかりました、奢らせて頂きます。でだ蓮葉、零落白夜のシステムデータを間違えて消しちまったんだけど――

『なにふざけたことしてんのよっ!! どこのどいつよ、そんなことをしてくれたのは!?』

 

 電話の向こうから蓮葉の怒鳴り声が聞こえ、一夏が鼓膜のダメージを減らそうとして耳を受話器部分から離しだす。お叱りくらっていることが解り、佐々木が蒼い顔をした。

 一夏が慌てながら弁明する。

 

「ちょっと待ってくれ、わざとじゃないんだ!? バス・スロットの改善を図ろうとしたら、いきなりデータが飛んだんだよ」

『……で、そっちにバックアップデータは?』

「取り忘れました」

『私の許可なく無断で弄り倒した挙句、そのままデータを消し飛ばしたと。あーあ、どうするの、こっちにバックアップデータなんて存在しないわよ?』

「なぁ!?」

 

 一夏が素っ頓狂な叫び声を上げる。

 

『嘘よ、残ってるに決まってるじゃない』

 

 電話の向こうで蓮葉が嬉しそうに舌を出した。

 

『ちなみに、零落白夜は白式のコアな部分のデータだから、そう簡単に抜けるはずないけどね』

 

 彼が心底安心し、蓮葉も納得いかなそうな声を上げる。

 

「そうなのか? データを抜き取るだけなら、そんなに難しい作業とは思えないけどな」

『篠ノ之 束の作ったプロテクトコードに阻まれて、そんな簡単には行かないわ。私もそれだけで、かなりの時間が掛かったし。そっちでコピーして吸い出した白式のシステムデータだって、薄っぺらい表面部分程度じゃないの?』

「表面て?」

『要は白式の中にあるシステムプログラムに対してロックが掛かってない層ね。機体の全プログラムを抜こうとしても、肝心要の部分は例えれば要塞のような強度を持つ状態なの。だから、いくらワンオフの部分を弄っても空のエラーばかり吐き出すのはずよ。ダミープログラムに近い物って言えば解るかしら?』

 

 一夏の耳元に蓮葉の唸り声が聞こえてきた。

 まったくあの人間は余計な手間ばかり増やしてと、彼女の呆れ声が増える。

 

『それで、バス・スロットには余裕が出て、雪片弐型と風雪は両方とも収納できるようになったの?』

「ああ、それは上手く行ったみたいだ。しっかりと切り換えて使用できる」

『勝手に弄った罰よ。一夏が今取り組んでる試合が終わってから、私のところに来なさい。それまでは倉持の敷居を跨がないこと、良い?』

「ええ!? すぐに直してくれるんじゃないのか?」

『反省しなさい、舐めたことを言わない、自己の責任を全うしなさい。以上、ブッ ツー ツー』

 

 十四歳の発言とは思えないほど厳しいお言葉を貰い、一夏が盛大にがっくりと意気消沈した。

 しかし、修復の約束は出来たので、なんとか一安心する。佐々木が毎度の提案とばかりに手を上げた。

 一夏が少し怨んだ表情で彼女を見る。

 

「なんでしょう、零落白夜のデータを消し飛ばした佐々木さん?」

「せっかくだし、ここはポジティブ思考で織斑君のスキルアップをしてみては?」

「なにをどうするんだ?」

「シャルロットさんの得意な高速切換《ラピッドスイッチ》」

 

 佐々木が笑顔で罰が悪いのを誤魔化し、彼に雪片弐型と風雪を即座に切換える技巧はどうかと提案する。一夏が今日一番の溜息をついた。

 

「あれは、そんなパッパと身につくものじゃありません」

「ドンマイっ♪」

「あのなぁ!?」

 

 彼女の言葉に一夏が顔を真っ赤にして怒った。

 

 

_9/_

 

 

 生徒会室で二人の人間が立場の違った場所へと静かに座っていた。

 窓がカーテンで閉め切られており、室内の光源も殆どない。暗室に近い状態で楯無が生徒会長用の椅子に座り、喜久は彼女に促されたファーへと腰掛けている。

 

「よっちゃんからは、前回の電話でおおよその内容を聞かせてもらったけど。平然と学園のカリキュラム無視をやりながら、単独でアメリカに行きたいのよね?」

「そういうことになるな」

「う~ん、駄目っ♪」

「俺としては更識さんを丸め込めば、無理も利きそうだと目測を立ててる。だから半縄、この場合は主任研究員だけどな。そこからの条件にあんたを選んだ」

 

 彼が真剣な面持ちで楯無のほうを見る。彼女は笑顔で扇子を開いてから、再度閉じてを繰り返す。そして悪戯な表情のまま、嬉しそうに問いかけを行う。

 

「そうねぇー。じゃあ、おねーさんの彼氏になるのが条件といったら?」

「ああ、解ったよ。そんな安い代償で済むなら、こっちには充分お釣りが来る」

 

 楯無の冗談めかした言葉に喜久が即答した。

 今の発言を聞いたら烈火の如く怒りだすであろう二人の人間がいる。しかし、今後の生死を伴う必須的な優先課題に比べれば、彼にとって彼女の発言はとても軽いものだ。それは本人にとって今後においてやるべきことの三つの内、一つの天秤にさえ掛ける内容ですらなかった。

 楯無が一つだけ溜息を吐いてから、ゆっくりと喋りだす。久しぶりに見せる真顔の表情、それは彼女がいつもの繕っている部分を抜きにした、本音の素顔を覗かせることに相違ない。

 

「一番嫌がりそうなところを突付いたつもりだったんだけれど。私としては、市隈君を一人で行かせることは出来ないわ。一夏くんと同じ数多の国が欲している世界でも稀少な男性操縦者、私の監督運営的立場、学園の生徒管理の問題等々、これらの山のような責任を私個人の一存で許可できると思っているのかしら?」

「許可なんて必要ないだろ、更識さんは今回の話を知らなかった。俺がいなくなっても、知らぬ存ぜぬで周りに通せば良い。これなら一人の規則無視で、他の誰にも被害が及ばない。俺の見立てじゃ、あんたは自分も騙せるだけの精神力を持ってるタイプだ。だったら周りに嘘をつくのも平気だろ?」

 

 喜久の回答に楯無が顔をゆっくりと左右に振って拒否する。室内に扇子の閉じる音が響き渡り、それきり二人の声以外にノイズが雑じることがなくなった。

 

「馬鹿ね、私はそこら辺にいる一人の女でしかないわ。特に好きな人間に対しては、なおさら感情の方が優先されるに決まっているでしょう? 市隈君が私を変えたのよ、私も君が前に言った『情熱的な恋愛』をしてみたいと思うようになったの。だから、君のお願いを聞く気にはなれない」

「これはお願いじゃない、俺のアメリカ行きを黙殺しろってだけの話しだ。沈黙は金だ、あんたが静かにしてるだけで後はなにも害がない。対価の要求も拒まない、更識さんの男になれっていうならさ。これから済ませる過去の清算が一つだけついた時に、俺はあんたが納得行くまで付き合ってやる」

「私はね、自身のことを心の底から好きになってくれる相手としか付き合いたくないの。本物の愛情でなければ仮初の愛なんて、単なる偶像崇拝のようなものでしょう?」

 

 『君も良く理解していることでしょう?』と、嬉しそうに語る彼女の表情に彼が破顔して苦笑しだす。

 一方的なだけの愛は成就しにくい、互いがある程度だけでも向き合っていなければ通じ合うのも難しい。どちらかが無理をして合わせるだけでは、その行為自体が片側へと苦痛のみだけ与え続けていく。この場にいる二人は、それを理解しているタイプの人間だった。

 

「じゃあ、どうすれば渡米を黙認してくれるんで?」

「そうね、実力を示してもらいましょう。最低でもチームタッグマッチで優勝すること。この程度のことが出来なければ、今の市隈君では渡米しようとしても確実に死亡する。向こうは軍事用ISを控えさせているのよ、小手先だけのやり方では限界があるわ」

 

 喜久が楯無の出した条件に顔を顰め、内心で舌打ちしだす。それはつい最近、彼が大会に向けて練習するチームメイトと喧嘩をしたばかりだったからだ。

 チームメンバーの揃っている場所へ顔を出してみれば、馴染まない女子たちと口論になる。彼の行なってきた道を振り返ってみれば、なるべくしてなった一つの結果だった。

 最後は苛立ちを抑えきれなかった喜久が怒りを剥き出しにし、力の優劣による提案をチームメンバーへと持ちかける。どちらが上かをハッキリすればチームを纏め易い、一度はチームメンバーの鼻っ柱もとい気丈なプライドを破壊すれば、腹を割って話すこともできるだろうと。

 一対一の模擬戦をして勝利したが、彼は選択の仕方を誤った。

 『そんなにやりたければ一人でやれ、お山の大将を気取りたいなら勝手に気取れ』とばかり、チームメンバー全員のやる気がゼロになってしまう。女性は男性のように単純ではない。繊細な思考を持つ彼女たちは、喜久のように反抗的反骨心によって這い上がろうとはしなかった。

 チームは実質的に空中分解の体を成している。今から修復をするにしても、新たな友好関係を築くだけで時間が掛かりそうな状況だ。どうにも試合当日には間に合いそうも無いなと、彼はチームを纏めることに対して半分以上諦めが入っていた。

 

「他の条件じゃ無理か?」

「あら、市隈君が弱気だなんて珍しいわね。優勝に対しての自信がないのかしら?」

「単独じゃ難しいな。この前さ、やるだけやってみたけどチームの纏め上げが上手く行かなかった。俺だけがやったところで、専用機の連中と当たれば一人でできる限界も見える。機体だけなら白式と紅椿はブラック・ペタルにとっての鬼門だし、チーム単位で見れば統制の取れてそうなボーデヴィッヒが厄介だ。見立をして一対五の場合は、一夏にはギリギリ競り勝って篠ノ之とは相打ち、ボーデヴィッヒは俺が奴チーム側の三機を落としきったところで、AICに止められて――そのまま終わる」

 

 彼が親指で自身の首を横に撫でる。上下が分離し切られるといった動作をしながら苦笑した。

 楯無は背伸びの無い喜久の客観的思考性を内心で評価し称賛を送る。彼女は笑顔で話しだす。 

 

「確かに対戦相手にとって、市隈君が一番手ごわい相手になるのは道理ね」

「どういう意味っすか?」

「操縦技術とか以前の心構えよ。いつも君は勝つことよりも、どうしたら相手に負けないかを考えているでしょう?」

「どうだろうな、自己分析なんてしたことないし。ただ、俺は基本的に勝ちたいよりも楽をしたいって思う人間だ。どこぞの暑苦しい熱血漢が一人いれば、後は任せて後ろで寝てる方が好きだしな」

 

 喜久が頭の後ろに両手を組んで、右足を残りの足に乗せる。軽く欠伸をする姿からは、緊張感が弛緩しているように見えた。

 楯無も同じようにして姿勢を崩す。室内に姿勢を注意する人間が在籍しておらず、彼女は両肘を机の上に乗せていく。

 

「さて、話を戻しましょう。単独だろうと連携が取れようと、結果を出せれば問題ないわ。君は今回のチームタッグマッチで優勝できるかしら?」

 

 喜久は思考し今後の方針を固める。彼女から出される試合で優勝という以外の条件は、彼にとって現状のものより厄介になる可能性があるかもしれない。それならば、ここで腹を括ってしまった方が無難だと思えた。

 

「……わーった、やりますよ。ただし、更識さんの条件を満たしたら、あんたには確実に口を噤んでもらうからな。きっちりと、これだけは必ず守ってもらう」

「ええ、頑張ってちょうだい」

 

 彼は一つ溜息を吐く。チームはミーティングさえまともにしておらず、他の対戦相手たちと比べれば寧ろマイナスからのスタートになっている。しかし、これさえ乗り越えれば望んでいるものが手に入るのだ。

 最初の一で止まれば、流水が三叉路によって拡散されていくような渡米の情報も押さえ込む事ができる。

 

「それにしてもさ」

「なにかしら?」

「更識さんとの話し合いでだけど、差しで真面目な顔を見たのは久しぶりだ。去年、どたばたしてた学園祭以来か?」

「あら、女の素顔を独り占めできるなんて、とても贅沢なことよ?」

「はいはい」

 

 一々に冗談が多い、相変わらず食えない上級生だと喜久が呆れた表情になった。

 

 

_\|/_

 

 

 学年別チームタッグマッチの開催日が残り二週間を切った日の休み時間、二年二組の専用機持ちが二人で会話をしている。簪が正式決定したチームタッグマッチのトーナメント表を見て考え込む。対面に座っているシャルロットが苦笑したようにして、彼女と同じようにしていた。

 

「一回戦の相手が……喜久……」

「僕の方は一夏だね。初戦で当たるんだったら、高速切換《ラピッドスイッチ》のコツなんて教えない方が良かったかも」

「シャル……一夏はなんで……高速切換を?」

 

 簪が一夏と同じ呼び方でシャルロットに疑問を投げかける。これはシャルロットが簪に気を使って『親しい人は、僕のことをシャルって呼ぶの。だから簪さんも、そう呼んでくれると嬉しいな?』と、提案を持ちかけたからだった。

 それ以来、彼女達の関係は初対面の時よりも随分と良くなっている。

 

「一夏と同じチームメンバーが零落白夜の機能をセーブさせて、バス・スロットの問題を解消したんだって。武装も今より一つ多く搭載出来たって言ってたよ。だから一夏が僕のところに高速切換のやり方を教えてくれって頼みに来たんだよね」

 

 本当は零落白夜のデータがパァになったのだが、そのことを一夏はミアから他へと伝わらないように口外禁止されていた。

 相手に行く情報は少ない方が、試合の運びがやりやすいと。

 そういった経緯で一夏からシャルロットに伝わっている情報には幾つかの齟齬《そご》が生まれている。

 簪が頭の中で一夏の試験運用武装である風雪を思い出す。

 

「新武装を……試合で使用するの?」

「そうみたいだね。本人は大変だって嘆いてたけど、大会当日までには仕上がってくるんじゃないかな。ほら、一夏って物事の呑み込みがすごく早いでしょ?」

「え……?」

 

 簪が去年の専用機タッグマッチ戦を思い出す。一夏と一緒に互いの機体調整を行ったが、彼女は彼の雑な機体管理に呆れていた記憶がある。そして、シャルロットが指摘する呑み込みの早さとを照らし合わせていく。彼女が思考する中で傍と気づき、確かにと思い当たる節があったとその場で小さく頷いた。

 一夏は白式を調整する際、最初はマニュアルを片手にして作業をしている。一週間後、その光景に足りないものが出だす。彼は暗記しきったマニュアルを適当な場所に片して作業をしていた。

 IS学園にはISシステム構築というカリキュラムが組まれている。ISのオペレーティング・システム等の設計基礎及び応用、機体調整プログラムの改修開発等を学ぶものだが、一夏の成績は余り芳しいほうではない。

 そんな彼が自身の苦手とする分野で他の者から助言をもらいながらとはいえ、一週間足らずでページにしてかなりの厚さがある文章の山を切り崩しきっている。当時の簪は何気なく見ていたが、今思えば確かに物覚えがいいのではと感じた。

 いや、寧ろ常人よりも覚えが圧倒的に早い。彼の実際に出された授業成績と現場でのちぐはぐになっている部分を比べていく。

 

(一夏の……あの呑み込みの早さは……本来の集中力を発揮した時、始めて表にでるもの……?)

 

 簪が思考に耽る中で、シャルロットが軽く溜息をつく。

 

「僕のほうは普通の試合運びになると思うんだけど。簪のほうは、実質で五対一になるだろうね」

「どうして……?」

「はぁ、いつものことなんだけど……。喜久が自分のチームメイト全員と喧嘩したの。本人は『今さらだ、当日は一人で好きにやらせてもらうわ』なんて言ってる始末だし。全く協調性が無いんだから、本当にしょうがないよね」

 

 シャルロットが喜久の口調を真似ながら、呆れ顔を通り越して心配するような声を出す。一人で行動させると危なっかしくてしょうがないといった彼を気遣う様子に、簪が小さく笑ってしまう。

 まるで心配性の母親が、子供の駄々に手を焼いているような表情をしていると。

 

「いつも通り……の光景、心配ないと……思う」

「――確かにそうかもね、喜久だし。また、いつも通りに上から目線で人を皮肉ったり挑発したりして、散々叩かれながら上手くやってくのかもしれない」

 

 二人が揃って苦笑した。

 あの性格では、捻くれていて普段にこなす人間関係が二倍増しで疲労するだろうと。簪が笑顔で去年のことを語る。

 

「私も……初対面で喜久に……挑発された」

「挑発ならまだマシだよ……。僕はお尻を叩かれたし、抱きつかれたし、目の前で下品な言葉を連発されたから。第一印象は最悪だったのを覚えてる。その後のことがなかったら、今頃僕の中では変態で女の敵って認識しかなかったかな」

 

 確かにそれだけされれば、普通は精神的に悲鳴を上げかねない。簪が喜久の過激な行動を頭に思う浮かべると、自然に口元が引き攣った。

 そしてシャルロットからの言動で感じることがある。これだけ悪口を平気で言えるのは、それだけ相手のことを信頼していることへの裏返しなのだと。

 喜久とシャルロットの関係は表裏のないものに近いのではと思うと、彼女は二人のことを羨ましく感じてしまう。

 

「今は……好き?」

「僕に返せるものがあるなら。喜久が苦しんでるなら、僕は近くで彼を支えたい」

 

 シャルロットが嬉しそうに笑った。

 

 

_\|/_

 

 

(苦しいほどに努力しても、私は国家代表候補生にはに選ばれなかった。自分の力のなさが悔しい……。だけど――いつも何もしてない、努力無しの狂犬みたいな単なるバカに負けるのは、もっと悔しいっ!)

 

 学園の教室にある一角で、一人の女子生徒が唸るように座っていた。

 昼休みの休憩時間だったが、彼女は思考に耽っているために食事を取る気にならない。

 ふっと、記憶に新しい模擬戦を思い出して身震いする。殆どなにも出来ず射撃戦に撃ち負けて地面に叩き落とされ、ブレードの緑白色に輝く閃光を目の前に押し付けられ続けた。

 焼きついて離れない悪寒は、地虫が体中に這い付くような感覚を与えてくる。唯一言で表現するのであれば、それは今まで味わったことのない『恐い』という感覚を植え付けられたということ。

 

――香《シャン》、ちょっと」

「……え、ああ、ごめん。なにかしら?」

「何回も呼んだんだけどね。嫌な奴が待ってるわよ、断ってきてあげようか?」

 

 クラスの友人に声を掛けられた蔡《ツァイ》 香桃《シャンタオ》が、必要ないと顔を左右に振る。教室の出入り口には彼女の心情に新たな感情を生み出した人間が、とても暢気に欠伸を掻いていた。

 なんてやる気のない人間だろうと、香は落ち込みそうになる。なぜ、私はあんな奴に負けたのだろうかと心の中で泣きそうになった。

 きっと今日は最悪な日だ、そう思いながら席を立って目尻を釣り上げる。弱気なところは死んでも見せたくない。特に自分をここまで追い込んでくれた人間に対しては、一瞬たりともごめんだ。

 香が喜久の下まで辿り着くと、彼女は苛立たしげに彼を睨む。

 

「なんの用よ、こっちは忙しいんだけど?」

「忙しいなら俺に構う時間もないだろうに。なんだ、嘘が下手糞だな?」

「喧嘩を売りに来たのなら、買ってやるわよ?」

 

 喜久の笑顔と減らず口に、香が口元を引く攣かせる。そして、彼はそれをさらに増徴させるような言葉を投げかける。

 

「代表候補生になれなかった二位だっけ?」

「……誰に聞いたの?」

「俺と同じクラスの凰だ、お前ら仲悪いんだってな?」

「うっさいわねっ! あんたに関係ないでしょっ!!」

 

 怒り任せの叫び声は、はしたない行為だと理解している。しかし、気にしていることをづけづけと言ってくる人間に苛立ってしょうがない。もう一言でも余計なことを言ってくれたら、今の力一杯に握りこんでいる拳で殴ってやると決めた。

 香が睨み、喜久はそんな彼女の肩を軽く叩く。

 

「ちょっと付き合えよ、話しがある」

「私があんたと、なにを話す必要があるってのよ?」

「この前の対戦じゃ俺が勝って、お前が負けた。きっちりとした勝負だったんだから、付き合う理由としては成り立つだろ? それともそういったものさえ無かった事にして、自分の価値や最後のちっぽけなプライドも失いたいっていうなら、俺は別に構わないけどな?」

「く……、わかったわよ。それで、どこに行こうっての?」

 

 彼の挑発に彼女が乗る。プライドを無くすという言葉に、どうしても反応してしまう。これで喜久に合わせなければ、香は自身の存在価値自体に傷がつくと感じた。

 これ以上何かを失えば自身を惨めに感じ過ぎてしまい、蔡 香桃という存在さえ認めたくなくなってしまうと。

 

「屋上で話でもしようや。昼飯代わりだ、食べなきゃゴミ箱に捨ててくれよ」

「え、ちょっと!?」

 

 喜久からサンドイッチが入ったビニール袋を放られ、香が慌てたようにして受け取った。

 彼は缶コーヒーを飲み歩きながら、一人先へと進んでいく。

 

「そこ、飲み歩きしないっ!」

「げ、はぁ……、わーったよ。たく、本当にうるせぇ」

 

 そして廊下を歩いていた裕香に素行注意され、渋々いうことをきいていた。

 喜久が猫背のままに階段を上がっていき、香が後をついて行く。屋上へ出ると、直射日光の眩しい陽射しに二人の視界が一瞬だけ霞む。

 他の生徒が昼食を取っている中で、適当なベンチに香が腰掛ける。喜久が暑いのはごめんだとばかり、上着を脱いで自身の腕に掛けた。

 

「それで、話しってなによ?」

「チームタッグマッチだよ。チームワークとかもあるけれど、俺としては確実に優勝を狙いたいんだ。要は、その部分のお話しだな」

「そんなもの、あんたがこの前に自分の手で破壊したばかりじゃない?」

 

 喜久が香と対戦した日、二人の所属するチームの輪が完全に崩壊した。

 彼は苦笑しながら溜息を一つ吐き、真面目な顔で話し出す。 

 

「最初は俺も適当に参加してさ、自分が全力でやれるところまでやれれば良い。チームとしても纏まらないなら、それの部分に関しては諦めてやればいいやって思ってたんだけどな。あくまで個人としてだ、それがどうしても勝つ必要性が出てきた」

 

 喜久は溜息を吐きながらつい先日までの出来事を思い起す。彼は楯無とアメリカにいるジャスパーとの決着について話をしていた。

 そこで楯無から『チームタッグマッチで優勝しなさい。単身渡米がしたいのであれば、それが最低条件よ』と言われたのだ。この一言に、彼は重い腰を上げて動くことになる。

 彼女から課せられた条件としてはどうかといえば、随分と無理難題だと思えてしまった。

 一対一の専用機同士なら勝てる自信がある。学園の中で勝つのが難しいとすれば、それは在校生徒ではない。その上の指導する立場の人間だ。

 しかし、これが訓練機を混ぜた一対五だと立場が逆転する。彼自身が乱戦には慣れていても、純粋に数が違いすぎた。

 

「なあ、悪いんだけどチームリーダーやってくんない?」

「なんで私がやらなきゃいけないのかしら?」

「チームタッグマッチで圧倒的な勝ちを収めれば、中国代表候補生の変更の可能性が出だすってのはどうだ?」

「……」

 

 香が口元に手を当てながら考える。彼女は喜久の提案が、正直に悪くない話だと思えてしまった。

 個としての対戦では、どう足掻いても現中国国家代表候補生の鈴に勝ち目がないのだ。蔡 香桃は、もともと国にあるISの分野で将来を期待されていた人間だった。

 未来の国家代表と誰もがあたりまえのように考え、彼女もそうなるものだと確信していたのだ。それが、いきなり現れた一人の少女によって国家代表候補生の枠を奪われてしまった。

 基礎能力が違う、操縦技術で負ける、エリートの自分が敗北したと思った瞬間を味わう。苦痛だった上に無力だった。

 劣等感に精神が潰れそうになる。ISをものにするため、もの凄い勢いで駆けて行くように学習と訓練を重ね続ける鈴に全く追いつけない。IS学園に留学した理由も、鈴に問題が発生した場合の予備役としてだ。これによって自分の存在価値が一つ、獣に食いちぎられるようにして消え失せた。

 今回のチームタッグマッチで候補生の一位と二位を入れ替える劇的な交代があるとは思えない。しかし、本国の認識を多少は変えれるかもしれない。目の前の専用機持ちは馬鹿でどうしようもないゴロツキのような性格だが、戦力としては充分すぎるほどに申し分がないだろう。

 今は恥を捨ててでもチャンスがあれば貪欲に掴むべきだ。結論、彼女は喜久の意見を受け入れることにした。

 

「一つ聞いて良い?」

「あん?」

「最近どうして、急にそんなやる気になったの?」

 

 万年IS操縦訓練のサボりを決行しているのは学園中で喜久ただ一人だけだった。

 学園生であれば誰もが知っていることであり、当たり前の光景として認知されている。それが、最近になってから百八十度反転したかのように激しい訓練を行いだした。

 香が一度だけアリーナで彼の姿を見たときは、専用機を三機も相手にして互角に近い戦闘を行っているのを目撃したこともある。どういった心境の変化なのか、彼女はその部分が気になっていた。

 

「ブリュンヒルデ、まあ織斑先生だけどな。お前は、あれにどうやって勝つ?」

「……はあ?」

 

 目の前の馬鹿は世界一に勝つつもりでいる。喜久の強さは香自身も直に体感して知っていた。

 だがしかし、そんなことが出来る訳がないと笑いを通り越して呆れてしまう。

 

 「行動も頭も飛んでるとは思ってたけど、なに言ってん……のよ……」

 

 彼女は小馬鹿にしたような感情で発言していたが、彼の大真面目な表情に言葉を萎ませていく。本当に勝つつもりでいるのかと。

 

「俺は勝ちたいんだよ、要はそれくらいの強い奴にだけどな」

 

 喜久の中で勝ちたいとは、即ち殺したいを置き換えている言葉だった。

 煮え湯を飲ませてくれた負の権化であるクラーラ=ペローフに対して、いつまでも次回を預けるつもりはない。時間を空ければ、その分だけ理不尽な死が増えていくことが予想できた。

 今も死者は増え続けている。喜久はできるだけ早くケリをつけたいと心に棘を孕み続けていく。

 

「いいわ、あんたの幼稚な性格に付き合ってあげるわよ」

 

 香が彼を皮肉って笑う。彼は飲みきった缶を強く握って少しだけへこます。

 

「ああ、頼んだ。俺にはチームの纏めなんて逆立ちしたって無理だからな、蔡だけが頼みの綱だ。宜しくな、リーダさん」

「お世辞はいらないわよ、気持ち悪いわね」

「まったくだな。俺も口が曲がりそうだ」

 

 この日、喜久のチームが初めて少しだけ好転しだした。

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