ln   作:kiarina

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11-11.5

― 11・5 ―

 

 

 簪がほろ酔い状態から素面に戻り、精気の抜けた顔でピット端に座り込んでいる。彼女は体育座りをして顔を下に向け意気消沈、心の中で猛反省の真っ最中にあった。

 やはり、安易に他の力を頼ってはいけなかったのだ。大好きな姉である楯無に渡された『魔法のお菓子』のせいで、自身が大失態を犯してしまったと感じてしまう。激しい代表挨拶の後で周囲の視線が変化したことに遅れて気づき、普段から険しい顔の教頭には激しくお叱りを受けてしまった。

 自身の行った行為とはいえ、明日からどうやって過ごしていけば良いのか。先行きの見えない不安な未来に、一人で泣きそうになる。

 簪のネガティブ全開な様子をみかねて、チームメイトが中腰で励ましの声をかけた。

「簪さん、そんなに落ち込むことないよ。代表挨拶でのことは、皆気にしてないと思うし」

「――本当に…………?」

「そうだよ、だから元気出してこ? 大切なのは、試合で全力を出し切ること。でしょ?」

「うん……わかった。ありがとう」

「よし、頑張ってこうっ!」

 チームメイトが簪の肩を叩き、彼女は少しだけ気持ちが楽になる。座っていた地面から立ち上がると、アリーナの中央を挟んで反対側に見える相手チームの様子を確認していく。視線の先ではISスーツを着ている赤い頭髪の一際目立つ容姿をした男子生徒が、同じようにしてこちらを見返すようにしていた。

 彼女の横に立って並んでいたチームメイトが嫌な顔をしだす。

「初戦の相手は市隈のチームね。出来れば決勝で当たりたかったチームだけど、こっちも機体の整備は万全だから。簪さん、武装の改変に違和感を感じたりしない?」

 簪が数歩ほど横にずれてから自身のISを展開しだす。

「おいで、打鉄弐式」

 機体のアーム部分を動かしての動作確認を行い、簡単な正常稼動の状態を確かめていく。追加配備した武装パーツも視界内に正しく表示され、最終チェックが全て完了した。

(――クソッくらえ)

 落ち込むのはもう止めだ、チームの仲間に自身の都合で迷惑をかけるわけにもいかない。彼女はいつもの願掛けをすると、にこりと笑って返答する。

「今のところ……問題ない。大丈夫」

「私は整備科でバックアップ担当だけど。情報科と力を合わせて整えた武装よ、良い試合になると思うわ」

『おーい、時間だよ?」

 他のチームメイトがスムーズな動きで、打鉄を纏った状態のまま二人の下へとやってきた。

 一年間学習すればお手の物とばかり、ターンもしっかりとこなして綺麗に急停止する。入学当初はISの操縦に初歩の初歩で戸惑っていた殆ど生徒たちが、今は新入生にとっての良いお手本だ。

 簪が打鉄弐式を宙へと浮かせる。ピットにいる仲間に軽く手を振ると、五機の機体が真っ直ぐにアリーナの中央を目指す。間もなく試合が始まる。

 対戦相手の喜久には、いつも助けてもらうことが多い。一言多いのが余計だが、自身のことを思って言ってくれていることも理解できた。

 今日は少しだけでもマシになった自身を見て欲しい。胸を張って言いたい、これが今の私だと。そして何より、観客席にいるであろう一夏に印象付けたいのだ。私は貴方の横にいれるだけの対等な力を持っている、頼り頼られる本当の意味での『パートナー』として認めてもらうのだと。

 チームメンバーから一言ずつの声がかけられる。

『頼りにしてるわよ、簪さん』

「頑張る」

『援護よろしくっ!』

「任せて」

『一回戦よ、こんなところで負けてられないでしょ?』

「うん」

『ここでの相手に勝てば、この後は優勝したも同然ね。表彰台に上ったら、祝杯のお酒も飲めるかしら?』

「未成年飲酒は……禁止」

 『簪さん、かたいなぁ』などと、気の抜けた言葉が聞こえた。

 メンバーの冗談に少し笑いそうになる。緊張を解したところで前方を見据えていく。ただ一機、鴉のように真っ黒な機体が異彩を放つ。フルフェイスのマスクをしているせいで喜久の表情は見えないが、確実に雰囲気は伝わってきた。

 肌で感じる一種の寒気に戸惑う。一つの感情が胸中に渦巻く中で、試合開始のカウントダウンが始まる。

 ――――5

 対戦相手の機体確認、ブラックペタル以外がラファール=リヴァイヴのみで固められている。全機が既に展開している武装は、狙撃用ライフルだ。 

 ――4

 胸が高鳴り緊張しそうになる。リーダーは自身だ、しっかりとしなければ。 

 ――3――

 自然と喉が一度だけ鳴る。

 2――

 ……楽しんでいる? まさか、私が? 今の状況を?

 1――――

 この感覚は、なんだろうか。

 ビィーッ!!

 そうか、これは一言で表現するなら――武者震いだ。

 噴水のように、とめどなく溢れ続ける感情。生まれて始めて芽生えた自身の心に戸惑っていた簪の口元が、ほんの僅かだけ笑った。

『きゃあっ!』

 そして試合が始まった瞬間、自陣営の左端にいた味方の叫び声が聞こえだす。即座に顔を向ければ、ペタルによって包囲された即席の檻に機体をぶつけている。

「全攻撃を喜久にっ!」

 簪の指示に従い、仲間の打鉄三機がブラックペタルへと向かって行く。彼女が素早くマルチロックオンシステムを展開しだす。標的を対戦相手のラファール=リヴァイヴ全てに固定、計四十八発のミサイルが一斉に発射された。

 同時、相手チームリーダーからの声と、平坦な喜久の声が聞こえてくる。

『先ずは一機よ。市隈、機能停止にしてきて頂戴っ!』

『あいよ、了解だ』

 四角形状になっているペタルの檻の一箇所がぽっかりと穴を空けた瞬間、ラファール=リヴァイヴ四機から同時発射された射撃が打鉄に全弾ヒットした。

 直後に簪の放っていたミサイルが各十二発ずつ、四機のラファール=リヴァイヴへと突き刺さって爆発する。爆発する筈が、喜久が再展開したペタルに阻まれて上手に防御されてしまった。

 そして、どこからとも無く相手チームの暴言が聞こえてくる。

『なにが防衛は任せろよ、爆発の威力を読み間違えてんじゃないっ! 二発分だけ防御を突破してきたわよ、この嘘つき!?』

『ふざけんなっ! 怠けて完全停止なんかしないで、少しは回避する努力もしろっ!?』

『うっさい、しっかりサポートしなさいよねっ! このチビっ!』

『そうよ、専用機持ちなんだからしっかりしなさいっ!』

『みっともないわよ、あんたたちっ! 今は試合に集中なさいっ!!』

 相手チームは上手く防御に成功したようだが、些細なことで仲間割れが発生しだした。

 最後は香の怒声で締められる。『なんだろう……、あのチームの連帯感の無さは』と、簪チームの全員が内心で呆れてしまう。三機の打鉄が、喜久の駆るブラックペタルへと食らいつこうとする。

『一対三なら、いくら市隈でも――!?』

『早いっ!?』

『なによ、あの性能はっ!?』

 三連続の斬撃が虚しく空を切る。再度ペタルの張り直し、漆黒の機体が背中に十二枚の羽を持って瞬時加速《イグニッションブースト》をかけていた。

 一瞬にして音速以上の速度を叩き出し、瞬間移動したかのように次の場所へと移動しだす。十二枚の面が罠、防御、移動手段と鮮やかな手並みによって切換えられていく。超加速をかけたような動きでは直ぐにアリーナの壁へと激突してしまうが、喜久は自身の前に出現させた何枚ものペタルを順番に蹴り飛ばして勢いを殺していった。

(いつものことだけど……本っ当に、非常識過ぎるっ!?)

 簪が背部に固定武装としている春雷を稼動させ、先読みするようにして二門の連射型荷電粒子砲からエネルギー弾を放つ。連続で放たれる光弾が、多重に出現したペタルの防御に阻まれた。

 視界内に納まる四散した数枚のペタルの先、打鉄にブラックペタルが襲い掛かろうとする。

『くぅう、こんのぉおおおおっ!!』

『どんまいだな。まあ、また次で頑張れってくれや?』

 回転するドリルのペタルと銀に輝く刀の刃が克ち合う。

「後ろよ、避けてっ!?」

『え、がぐっ!?』

 拮抗した鍔迫り合いのようにも見える光景が、一瞬であっけなく終了する。打鉄の背中にグリコシドを搭載した二機のビットが突き刺さり、さらにブラックペタルの両腕から追加で二発分の打撃によるグリコシドが加えられた。

『わりぃな、確実に仕留めたいから一応の止めだ』

 ガンッ!!

『きゃぁあああっ!!』

 最後に上下一回転、ドリルペタル付き踵落しが容赦無く搭乗者の頭上に降り注ぐ。強烈な打撃で打鉄が地面へと激突する。機体が煙を噴きながら、強制的に待機姿勢をとりだした。

 エネルギー残量ゼロ、試合で一人目の脱落者が出だす。

(開始たったの数分で、もう一機を……強い。――だけど、私たちは、まだ戦えるっ!)

 簪が交戦中の味方を自身より後ろに下げるために叫び声をあげる。

「下がってっ! 『旋風』を起動させるから防備をっ!」

『解ったわっ!?』

 波を引くようにして打鉄が一斉に後ろへと下がりだし、簪を守るようにして陣形を固めていこうとする。打鉄弐式が新たに正六角形状の物体を左右へと展開した。

 機体一機分と同程度の大きさがある無骨な二つの塊に香が危機感を持つ。

『市隈、専用機が何かやるわよ!?』

 簪が視界内で高速に相手チームの機体を全て捕捉していく。

 サーチ、ロックオン

 サーチ、ロックオン

『新しい出し物は御免だからな、ここらで簪には落ちてもらうわ』

「さっせないわよっ!』

「刀の錆にしてやるっ!!』

「今度こそ逃がさないわよ、この変態っ!』

 喜久に対して三機が再び相手取る。顔の見えないマスクの中で、簪の耳元へと彼の舌打ちする声が聞こえてきた気がした。

 サーチ、ロックオン

 サーチ、ロックオン

 サーチ、ロックオン――――全てを薙ぎ払うための準備が完了した。

 すぅっと、一息で大きく酸素吸い込む。打鉄弐式の砲門全て、六角状の塊が全面にして砲門を開く。新たなミサイルポッドは、どの面にもぎっしりと独立稼動型誘導ミサイルが積み込まれていた。

「全門開放、『旋風』発射っ!!」

 山嵐のマルチロックオンシステムと連動した追加補助武装、旋風が強烈な一撃を放つ。計二百発のミサイルがアリーナを飲み込む勢いで発射されていく。

『クソが、なんて無茶苦茶な設計武装だよっ! 開発考案者は頭が絶対におかしいぞ!?』

 喜久が叫びながらペタルを全て使用し、味方を守るために最大限の幅まで広げきって防御しようとする。

「喜久、それじゃ……甘いよ?」

『なにっ!?』

 簪が笑顔で素早く眼球を動かし、視線認識の命令を即座に受け取ったミサイルの群れが直線の軌道を変えだす。全弾が急上昇し、棒高跳びのようにペタルの壁を乗り越えていく。

『蔡、全員に回避運動を取らせてミサイルの迎撃体勢を取らせろっ!!』

『そんなもの、言われなくたって解ってるわよ!? 全員散開、各個迎撃っ!』

 ペタルが何度も張りなおされる。打ち落とされるミサイルもあるが、暴力的なまでの数が余裕をもって香たちのラファール・リヴァイヴに突撃していく。盛大な爆発が連続で起こり、巨大なオレンジの閃光がアリーナを埋め尽くした。

 立ち込める黒煙が会場にいる全員の視界を遮る。簪が目を細めて周りを注視していると、チームメイトが彼女の元に集まりだしていく。

『は~、一度の撃ち切り攻撃とはいえ、これは恐ろしいわね」

『簪さんのチームで良かった……」

『ハイパーセンサーからの情報からだと、二機が確実に落ちて反応が停滞中。残りは向こうの専用機を合わせて三機だし、いけるわね初戦突破っ!」

「気を抜かないで……、喜久は……そんなに甘い相手じゃない」

 四人で背中合わせにすると、全方位から対応できるように陣形を整える。

『さっすが、代表候補生だ。やってくれるじゃねぇか、うちのチームは俺以外が全員被弾したよ』

 彼女達の頭上から嬉しそうな声が聞こえてきた。

 簪以外の三人が驚愕したような顔をしだす。

『嘘、まさかあのミサイルの雨を避け切ったっていうの!?』

『どんだけ異常なのよ!?』

 喜久が軽く首を回す。表情は見えないが、簪はきっと彼の顔が笑っていると確信できた。

 フルフェイスマスクに搭載されている青白く光る四つのカメラアイが、打鉄の一機を無機質に補足する。

『異常ねぇ、別にあんたらとなんも変わんないんだけど? しっかし、初戦でここまで苦戦するとは思ってなかったんだけどな。さてと、こっからは反撃させてもらうとすっかねっ!』

「私が喜久の相手をっ! 他は残りの相手をっ!」

 簪が薙刀の夢現を構え、他のチームメンバーへと叫んで指示を飛ばしていく。

『オーケイ、任せたわよっ!』

『私達が戻ってくるまで、落ちないでよね!?』

『な、壁!? いいっ加減、しつこいわよ!?』

『阿呆が、一人残らず逃がすわけねぇに決ってんだろうが?』

 ペタルによって即座に四角形の檻が出現する。数にして三つ、簪以外が青紫の壁に四方八方を囲まれだす。喜久が香へと呼びかけを行う。

『蔡っ! お前と残りで簪を抑えろ、打鉄の三機は俺が潰すっ!』

『指示を飛ばすのは、司令塔である私の役目でしょうがっ!? しょうがないわね、従ってやるわよっ!』

 怒鳴りあうようにして連携を取ると、二機のラファール・リヴァイヴが瞬時加速をかけながら一直線に簪の元へと向ってくる。

(二機ともイグニッション・ブーストッ!?)

 彼女が心中で驚きの声を上げる。本来、瞬時加速は今の二年生が一年間程度ISの操縦技術を学んで使用できる技術ではない。初年度では、どうしても莫大な基礎知識や最低限の操縦技術を習得することに時間が取られてしまう。次の年、やっと通常操縦に支障なく先の応用へと学習を進める。その過程として瞬時加速等の応用技術における習得は、一部を除いて早い学生でも二年の十月時期まではかかってしまうのだ。それを五月の時点で、半年近くも前倒しにして習得しきっている喜久のチームメイトが二人も存在していた。

 彼が普段、最も得意としている技術があることに簪が気づく。それと同時、対戦チームにとって優秀なコーチがいるということを理解した。

『専用機持ちでも、二機で相手すればっ!』

『一気に畳み込ませてもらうわよっ!!」

 一機がマシンガンによる乱れ撃ちによる撹乱、残りの一機がブレードを振るってくる。簪が夢現に横薙ぎで一機のラファール=リヴァイヴと切り結ぶ。彼女は体を真横にして被弾する面を狭めながら夢現の刃を引き、ブレードを振るっていた香を自身の側面へと引き込んだ。

「ここっ!」

「くっ!?』

 薙刀の柄で香の腹部にダメージを与えながら、銃器を扱っているもう一人の方へ瞬時加速をかける。背部に搭載している春雷を稼動させ、勢いのままに相手のマシンガンを切り飛ばす。

「ごめんね」

「きゃああっ!!』

 ゼロ距離からの春雷による砲撃、続いて間髪入れず夢現を投擲して相手の機体に追い討ちをかける。一機のラファール=リヴァイヴが行動不能に陥り、煙を噴きながら地上へと降下していく。

『わざわざ近接武装を投げ捨てるなんて、余裕のつもりかしら!?」

 振り返れば、香が両手にブレードを武装して目の前まで迫って来ている。簪はそれを冷静に見つめながら――

「 !? 」

「私は、素手でも戦える」

 一撃目、下からの切り上げに対して体を逸らしながらの回避。

 二撃目、体を捻った状態からの連動した回し蹴りで横薙ぎの一閃してきた腕を弾き飛ばす。相手の動きを見極めるようにして二度の攻撃を捌き切り、予想外の避け方をされた香が驚愕の表情を浮かべた。

「私が前に戦った相手は、もっと強かった」

「ぐぅっ!』

 三撃目、背中からの春雷による連続的な砲撃によって、ラファール=リヴァイヴが被弾をし続ける。やがて、二機目も稼動限界を迎えて地上へとゆっくり降下しだした。

『あーあ、香の奴、先に落ちやがったよ。たく、こっちは三機を相手してたっつうのに。まあ、簪の撃ったミサイルで大分ダメージを受けてたし。しょうがないっちゃ、しょうがないわな』

 簪が声のしたほうに顔を向いてみれば、彼女と同じようにして三機の打鉄を倒した喜久が呆れた声を出している。

「この短時間で三機……すごい」

『敵に感心してどうすんだよ……、今は試合中だろが?』

 試合が最終局面を迎えていた。

 一対一、互いの補助人員は無い。戦えるのは己のみで、自身の力を信じることが大事となる。

『タイマンになっちまったか。まあ、この試合も俺たちの殴り合いで終わりだ』

 喜久が背中から二機のグリコシドを切り離して空中に停滞させる。両足に回転する鋭角に丸められたペタルが二つ、残りの十枚が背中で翼のように広げられていく。

『本気で行ってやる。簪、先攻を譲ってやるよ』

「いらない」

『そうか、随分と強気だな?』

「そうだね」

 だってそうだ、私にはいつでも用意が出来ている。

 簪は胸中で晴れやかに思い、喜久に微笑みかけていく。視界内では既に彼を捉えるための山嵐が起動し、いつでも発射態勢を取れる状態でロックオン済みだった。

「勝負っ!!」

 声を上げて視線を鋭利にした瞬間、打鉄弐式の全砲門が一斉に開く。マルチロックオンシステムが作動し、目の前の視界を発光する青紫の物体が遮る。発射の思考制御は入力済みで撃ち放った最初の五発、それが壁に当たった先頭から誘爆して自身に攻撃が返ってきだす。ダメージを回避しようと、慌てるようして後退を開始する。

 そして、後ろにあった即席の壁に機体が激突した。

「くぅ!?」

 三六〇度を囲まれた檻の中にいる状態で、自身の放った攻撃を必死に防御する。

「悪ぃな、試合終了だ」

「がぁ!!」

 煙を押しのけて伸びてくる黒い機械の両腕。打鉄弐式に四発分のグリコシドが突き刺さった。

 簪が四箇所からの同時攻撃を一発も避けきれず、なす統べなもくダメージを受ける。機体の制御が利かず、ただ上空に停滞しようとするだけで精一杯の状態になってしまう。

 一つだけ溜息を吐くと、少しだけ悔しそうにして小さく言葉を呟く。

「……降参」

 これ以上どう足掻いても、よくてサンドバックにされてしまうだけだ。負けは負け、彼女は素直に認めるしかないと白旗を振った。

 試合終了のブザー音がアリーナ中に鳴り響く。喜久が労うようにして、彼女の肩に機械の手を置いた。

「おつかれさん」

「攻撃手段が……卑怯、ずるい、天邪鬼」

「そっちの武装の方が酷いだろ。なんだよ、あの理不尽なミサイルの数は?」

 簪がジト目で喜久を見ると、彼も苦笑して応える。マスクのせいで顔が見えないが、声色から呆れている表情が予想できた。

「あれは、私たちのチームの頑張った……結果」

「すげぇ結果だな、俺も瞬時加速を使いすぎたし避けるのに苦労したよ。因みに惜しかったな、それのせいでエネルギー残量は残り250を切ってた」

「次は、負けない」

 彼女が意気込み、今後こそ喜久が本気で呆れだす。

「……なんかさ、前より好戦的になってない? いつもの大人しい簪は、誰かの影響でも受けたわけ?」

「頼るのは嫌……と、いうより……頼るだけには飽きた。誰かの影響……なんてない。これは、私が決めたこと」

「ティアーニ、マスクを外させてもらうからな?」

 ブラックペタルの右腕とフルフェイスのマスクが粒子化される。彼が笑いながら簪の頭の上に手を置いた。

「頑張ってんな、その調子で行こうや?」

「うん」

「そんじゃ、互いのピットに戻るとしようか」

 簪が喜久と別れて自身のピットへと向かいだす。試合には負けたが、確かに全力を出し切ったと感じる。最後はやはり納得の行かない終了の仕方だったが、それも込みで満足感の方が心を満たしていた。

 そのまま顔を動かしてある場所を部分拡大していく。観客席に座っている一夏が簪自身の方を真っ直ぐに見ている。彼は笑顔のままに手を振ってきた。

 彼女の心が幸せで一杯になった。

 

 

     ◇

 

 

 午前中、最後の試合開始前に一夏はいつものメンバーから一人離れ、ミアと二人でアリーナの中央を観察している。

「私たちが明日の二回戦で当たる相手よ。よく見ておいて頂戴、そして一試合目のポカを二度とやらないこと」

「うぅ、申し訳ないです……」

「うな垂れる暇は無いわよ、試合をちゃんと見てて頂戴な?」

「はい……」

 一夏が気を持ち直そうと、気を引き締めだす。まだ一回戦が終わったばかりで、明日には次の試合が控えている。今日はチームの仲間が僅差で勝ちを拾ってくれたが、次が上手く行くかどうかの保証もない。

 ミアの立てた不意打ち的な作戦も、次の試合からは対策が立てられているだろう。もっとも、次の試合で当たる相手は、一夏自身よりも確実に技量が高いことが予想できた。

 手すりに両手を乗せて体重を預け、横にいるミアは真剣な表情で前方を見続けている。

「なぁ、ミア。これから試合をするアメリカの代表候補生って、ミアよりも強いのか?」

「ええ、私なんかじゃ手も足も出ないわ。単独でやりあっても、直ぐに落とされるんじゃないかしら」

「すごいな。ミアだって他の専用機持ちに引けを取らないと思ったけど」

「褒め言葉として受け取っておくわ。まあ、よく見ておくことね。はっきり言って、次の試合に勝つのは至難の業よ?」

 ミアの人体能力値は世界のアスリート選手を凌駕するほどに高い。そんな人間が当たり前に勝てないと言い切れるほどの技量を持つ人間を相手に、思わず蒼ざめそうになってしまう。

 シャルロットを相手にした最初の試合、一夏が単独では先ず勝てなかった相手に二人で挑んだ。彼はその試合でミアの技量が決して他に比べて低くないことを理解している。

(勝ち残っていけば行くほど、険しい針の筵だな。俺って、今の状態で大丈夫なのか……?)

 結局は当たって砕けろ、作戦はミア任せかと一人ごちる。少しだけ考え込んだ後、気になっていたことを彼女に質問する。

「なあ、それよりも本当に体は大丈夫なのか?」

「心配性ね。風雪からの直撃を受けた訳でもなし、一夏くんが気にする必要性はないわね。実際に体への影響は出てないから安心なさいな」

「いや、それでも一応怪我がないか見てもらった方がいいと思うぞ?」

「いらない心配はしないで頂戴、うっとおしい男は嫌われるわよ? それよりも試合をよく見ておきなさいな」

 彼女が少し苛立ち始めて彼を嗜める。一夏は暫く考え込むと、ミアの手を掴んで引っ張り出した。

「ちょっと、なんのつもりかしら?」

「やっぱり行っといた方が良いぞ、後で後遺症なんてのが残ってても問題だしな。自分の体なんだから、大事にすべきだ」

「強引ねぇ、この体のことは知ってるでしょうに。私はあんな一撃程度で壊れるほど、やわに出来ていないわよ?」

「女の子だろ、だったらそんなこといっちゃ駄目だ。だいたい俺は試合でミアが相手の動きを止めることにだって、元々は反対だったんだからな」

「ち、うざったいわね。いい加減にして頂戴な?」

 ミアが一瞬にして一夏の腕を締め上げた。

「ぐあ!?」

 自身の腕に走った痛みに驚き、その場で苦悶の表情になりだす。

「そっちの基準で物事を判断しないでくれるかしら? もう一度ふざけたこと抜かしたら、今度は貴方の綺麗な歯並びが欠けることになるわよ」

 そう言って、ミアが一夏の腕を開放する。

「この体は化け物なの。解る、私の言ってること? 頭を回転させなくても、そのくらいのことは理解できるでしょう?」

「そんなん、わかんねぇよ」

 少しムッとした彼が、彼女の言葉に怯むことなく苛立ったようにして次の行動へと移る。いきなりお姫様抱っこをされたミアが、目を見開いて珍しく心の底から驚いてしまう。

「今すぐ降ろしなさい!?」

「ぐ、意外と重い……あ」

「――殺すわよ?」

 額に青筋を立てたまま、底冷えするような声が一夏を威嚇する。彼は彼女を抱えたままゆっくりと保健室に向かって歩き出す。

「すまん、今のは無しでお願いします。でだな、ミア。今後だけど、絶対に自分のことを化け物とか言うな」

「他人に指図をされる覚えはないわね。私はそんなに綺麗な人間じゃあないのよ、お解りかしら?」

「俺から見たら、ただの女の子だ。同じ人間だし、ミアだって笑いもするし泣きもするんだろ? だったら俺と何も変わらないし、少なくとも俺はそう思うぞ」

「呆れるわね、攻撃してきた相手を介護するなんて。貴方は大馬鹿者なのかしら?」

「馬鹿なのは理解してるし、今の行動が間違ってるとも思ってない」

 一夏の真面目な顔で言い切った態度に対して、ミアが呆気に取られた。

 なんだ、この人間はと。彼女は自身をここまで人間視しようとする相手を今まで見たことがない。だから、驚いた表情のままで顔が固まってしまう。そして、一夏のとても頑固なまでの一本気な性格に対して精神的に疲れきった。

 しょうがなく体を預けることにする。全くもって恥ずかしいタイプの人間だと思う。

「なあ、一つ聞いていいか?」

「はぁ……、なにかしら?」

「持ち上げてみて気づいたけど、見た目と違って体がかなり締まってるんだな。筋肉がすごいけど、普段どうやって鍛えたらこんな風になるんだ?」

 全くもって、どうしようもなく失礼な人間に思えた。

 

 

     ◇

 

 

 午前中最後の試合が始まる。静かに目を閉じている人間が、ゆっくりと瞼を開いていく。

 荒れ狂った情に呑まれていた心は、今は只々なりを潜め奥底でゆっくりと時を待っている。目的の場所はそう遠くないが、その前にチームタッグマッチという寄り道をしなければならない。

(敵は五機、全滅させれば一回戦は終わり)

 強制的な道草に嘆きそうになるが、その怒りは全て一時のためだけに凝縮すればと感情を忍ばせていく。

 ――――――――5・4・3・2――

「狩るよ、ウェビネス=クェイク?」

 ビーッ!!

 試合開始の合図が放たれた瞬間、アラルティアの目が急激に鋭くなる。両肩部分に浮いていた防御装甲が、一瞬にして変形し展開していく。音響装置を連想させるような部分が剥き出しになると、次の瞬間には盛大な衝撃が発生した。

それは可視化出来ない急激な波紋のうねりとなって、アリーナの蹂躙を開始しだす。

『ぐぅ!?』

『なによ、この攻撃方法っ!』

『これがアメリカの第三世代機!?』

 彼女の対戦チームである相手機体全てが、一気にアリーナの端まで吹き飛ばされる。

 アメリカの試作第三世代機、ファング・クェイクと異なるアプローチにより開発されたIS機体。一番の特徴となる兵器は、振動波によって空間全体へ衝撃を与える武装となっていた。

 中国の第三世代機である甲龍の龍咆が点や線の攻撃であるならば、この機体の衝撃波は面の蹂躙だ。

 アラルティアが殆どの間を置かずにして、二発目の『蹂躙の波《ウェイブ・デヴァステーション》』を撃ち放つ。吹き飛ばされていた五つの機体が、更にアリーナ端の壁へと叩きつけられた。

 三発目、面で相手のエネルギーを削っていた攻撃の幅が調整機能によって狭まり、点のような攻撃設定へと変化しだす。

『きゃぁああっ!!』

 強烈な一撃が、一機のラファールリヴァイヴに突き刺ささった。

 面でまばらになっていた威力が凝縮され、見えない槍が相手の胴体へと喰らいついたかのように見える光景が広がっていく。餓えた鳥獣のように、瞬時加速を使用した紫の機体が弱った獲物を捕らえていく。

『 !? 」 

「一機目っ!」

 ガッガガガガガァンッ!!

「がぁ、あぐっ!?」

 両腕から三本ずつ、十字に展開されたレーザーブレートが相手のラファール=リヴァイヴへと斬撃を与えていく。横回転から繰り出される六連撃が、一機の機体を完全に稼動停止状態へと追い込んだ。行動不能になった機体が蒸気を噴きながら、ゆっくりと地面に降下していく。

 アラルティアが、鷲のような猛禽類を連想させる鋭い眼孔で次の得物を狙いだす。二発の振動波によって、既に残りの対戦相手である四機もダメージを負っている。

 再び振動波を撃ち放つ。避けようのない攻撃に、相手側は防御だけを強いられていまう。間髪入れずに殆どのタイムラグも与えない連続した攻撃が放射され続けていく。合計十発の攻撃が相手チームの機体にダメージを与え続けた。

「今よっ!」

 叫び声がアリーナに響く。ダメージを蓄積してしまった相手チームに対して、余裕を持った一機の打鉄と三機のラファール=リヴァイヴが残滅戦を開始した。

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