― 12・5 ―
晴天に映える蒼の機体。ヨーロッパ圏で初となる第三世代機の第二形態移行《セカンドシフト》を遂げたブルーティアーズが、アリーナの中央で宙に停滞している。搭乗者であるセシリアがうっすらと笑みを浮かべ、余裕を持って前方を見据えた。
自機を守るために前衛として味方の四機が守りを固めている先で、対戦相手となる五機が視界内に収まっていく。訓練機に乗っている中で要注意すべきは、国家代表候補生に近い実力を持つ香だ。そして、今大会で群を抜く実力を持った喜久が彼女に牙を向けてくる。
入学して間もない頃、彼に対して一笑に嘲り一蹴された過去を思い出す。相手の本質を見ずに軽率な行動を取った負け戦だった。
以来、猛省した記憶がいつも初心に帰る助けとなっている。あの当時の無様さは自身の姿ではなく、慢心しきった心そのものにあると。
今も実践訓練では負けが続いているが、今日は負けられない。この正式な学年行事で優勝すれば、自身が本国へのアピールをできる絶好の機会だ。イギリスの国家代表枠を確保できれば、よりいっそう家督が安泰する。今日の試合は、そのための大切な一歩だった。
それにと、セシリアが嬉しそうに全く別の思考をしながらアリーナ中を見回していく。
(喜久さんとの公式な試合での手合わせは、これで二度目ですわね。やっと……、やっと、大衆を前にしてこの台詞が言えますわっ!)
ウ、ゥンッと、喉の調子を確かめるようにする。大丈夫だ、全ての準備は終了していると、思考制御で開放回線《オープン・チャンネル》を指定した。
「喜久さん?」
『あん、どうしたよ試合直前に?』
喜久が不振そうな声を返す。ああ、またなにか変なことを考えているのだろうなと、彼はセシリアの思考パターンを予測した。
「私がこの対戦で勝利しましたら、正式に付き合って頂きたく思っております。そのことを今この場をもって、宣言させて頂きますわっ!」
当たりだった。
セシリアが公の場で高らかと声を上げる。会場中がどよめきだし、一気に収集のつけにくい状態となりだす。観客席に座っていたシャルロットが、内心で『セシリア!?』と叫び声を上げた。
『ねぇ、大事な試合なんだけど。個人的な恋愛ごとは他所《よそ》でやってくれない?』
『俺に言わないでくれよ……』
香が何かに疲れた表情で喜久に呼びかける。フルフェイスマスクの中で、彼も彼女と同じような顔をしていた。
『セシリア、一言だけ言っとくぞ?』
「はい、どうなされましたか?」
『それって、俺が勝った場合はどうなるんだ?』
セシリアが自身の胸辺りを手で押さえると頬を赤らめだす。
「ええ、構いませんわ。どうぞ、私をお好きなようになさって下さいなっ♪」
セシリアは、どこまで行ってもセシリアだった。
『どっちに転んでも、内容が全く変わんねぇじゃねえか……。そうさな、じゃあセシリアが負けたら、そっちのメンバーが飯を一回こっちのチーム全員に奢ってくれや』
それならばと、喜久は適当に思いついたことを提案してみる。学生食堂の料理は豪華だし、これならば自身のチームメンバーも満足するだろうと。
「解りましたわ。私が勝負に失した場合、一流シェフによるフルコースの最高級スペシャルディナーへと皆様をご招待致しますっ!」
流石は代表候補生でイギリス貴族、当たり前のように何倍もの食事内容を返答してくる。堪ったものではないと、反論しだしたのはセシリアのチームメンバーだ。
『ちょっと、セシリア!?』
『なんで貴方の問題に、私たちまで巻き込まれなきゃいけないのよ!?』
『フルコースなんて、私だって食べたこと無いわよ!?』
ピットの方では整備科と情報科の人間も文句を言って騒いでいる。しかし、セシリアの暴走は止まらない。
「いえ、これはチーム全体の問題です。一人が皆の為に、皆は一人の為に全力を尽くすこと。これこそが、チーム本来のあり方ですわ」
『個人の欲望で満たされた問題に、私たちが付き合う義理はない!?』
『そーだそーだ、セシリアだけで責任持ちなさいよっ!』
『タカビーの、ひぃ!?』
六機の射撃ビットが一機のラファール=リヴァイヴを取り囲む。各々のビットが蒼い光を溜め込んでいる状態に、チームメンバーが軽い悲鳴を上げだす。
「お黙りなさい、誰がタカビーですか? それにしても、これでは試合開始直後から誤射をしてしまいそうですわ。あらあら当ててしまいましたら、ごめんあそばせ」
『くぅ……、覚えてなさいよセシリア!?』
「おほほほほ、前衛を宜しくお願い致しますわっ♪」
自身のチームに所属している男性操縦者も癖が強いがこれは酷い。香が何だあのチームの専用機持ちはと思わず呆れてしまう。
『あんた、あの候補生によく付き合ってられるわね?』
『確かに見境が無い時があるよな。あれでも最初に出会った時よりは、かなり丸くなったと思うけど?』
『当初はどんな状態だったのよ?』
『一週間ほど本人の奴隷にされたな』
『ああ、そう……』
彼女は考えることを止め、気を持ち直すために試合へ集中することにした。
間もなくの試合開始、笑みを作っていたセシリアが気を引き締め目付きを鋭くしだす。イギリスの代表候補生、国家という看板を背負い家長を勤める主人の姿を前面に出し始めていく。合図の秒読みがスタートした。
――――5
喜久と初対戦した一年前はラファール・リヴァイヴ、今は専用機を使用している。
――4
ISのカテゴライズとしては異質すぎる、特殊な武装と自己進化するAIの内臓が特徴的な機体。迂闊に動けば前の対戦相手のように直ぐにペタルの檻に囲まれる可能性がある。
――3――
しかし、集団戦に於いて新たな進化を遂げたブルーティアーズに勝る機体は存在しない。今は恋愛の私情を捨て、この試合で勝つのは自身だと心に定めた。
2――
動きを予測する。相手にとって試合を有利に進められる部分はどこかと。
1――――
来る。間違いなく、一直線に自身の下へと向ってくるだろう。
ビィーッ!!
「皆さん、前衛をお任せしましてよっ!! 喜久さんを抑えて下さい!?」
対戦相手のラファール・リヴァイヴ四機が漆黒の機体をサポートするように動き出す。同じようにしてセシリアが叫びながら六機の射撃ビットを自身の機体から切り離した。
まずは一つを確実に、各々のビットから偏向射撃のビーム光が発射される。そのまま香の駆るラファール・リヴァイヴへと、光弾が獣のように喰らいつこうとしていく。
(出番でしてよ、スターブライトネスmkⅠ。貴方の気品に満ちた行動で、フィールド全てを掌握しきるのですっ!)
セシリアの両手に携えている新たな狙撃武装が、強烈な勢いで光を溜め込みだした。
香へと届きそうになっていた攻撃が、発生したペタルの壁によってによって相殺されだす。
「取らせて頂きますっ!」
『なっ!?』
六発のうち二発分だけが標的を切り換えだし、他の対戦相手であるラファール・リヴァイヴに直撃した。
「さあ、天馬の如く駆け抜けなさいっ!」
『不味い!?』
焦り出した喜久が慌てるようにして視線を動かす。セシリアの掛け声に呼応したスターブライトネスmkⅠが、充填しきった光を解き放つ。
ドンッ!!
『きゃあああっ!』
会場中の誰もが視認できない。ビットによるダメージを受けていたラファール・リヴァイヴが、一瞬にしてその場から弾き飛ばされ地面へと激突する。直撃した右碗部の装甲が破壊され、武装の出し入れが不可能になった。
香が彼女の狙撃武装による威力が危険すぎると状況判断を下して叫ぶ。
『市隈、ブルーティアーズを抑えなさいっ! あれに暴れられたら、こっちは一溜まりも無いわよ!?』
『そんなん、百も承知だってんだよっ!』
チームはセシリアを中心にして防御型の陣形を取っている。それはさながら固定砲台を守っているような構図の様相を呈していた。
「喜久さんとて、私の間合いには入れさせなくてよっ!」
スターブライトネスmkⅠが再充填を開始しだし、六機のビットがビームを射ち放つ。偏向射撃は縦横無尽、どこまでも線の軌跡を描きながら標的を狙い撃ちしてく。喜久は狙撃場所を予測するのに精一杯になってしまうために、行動が制限されてしまった。
『今度は俺が的か!?』
一旦だけ拡散された光が、収束するようにして喜久に向かっていく。
「後ろを取りましてよ?」
纏まって動いていたビーム光がペタルの檻に囲まれだす。ビーム全てが壁に当たって爆発した。
『上手くやりたきゃ、もう少し頭を捻って動くんだな』
「そうですわね、ご参考にさせて頂きます」
ドンッ!!
『くそが、ギリギリかよ!?』
目の前に張ったペタル全て、その六枚までが即座に四散する。火力ともに申し分のない狙撃武器が新たな獲物を補足し、再び銃口へと光の充填を開始しだす。
(いけますわね。こちらに近付かれない限りは、余裕を持って相手取れますし――!?)
エネルギー切れとなったビットを回収しようとしたが、セシリア自身がペタルの檻に囲まれていた。
『きゃあ!?』
喜久がビットに搭載しているグリコシドをセシリアチームのラファール=リヴァイヴに直撃させる。
『踏み台にさせてもらうぞ?』
そのまま相手の肩を踏みつけて蹴り飛ばす。捻じ込むようにして強制的に陣形の穴を作り出したブラックペタルが、一直線にセシリアの方へと向かってきた。
『セシリア、回避して!?』
「わかっていますわっ!」
仲間の声に応えるようにして意識を集中する。回収中のビット一機がその場で停止し、新たに残りのビットを起動させていく。すぐさま射撃を行うと、ペタルの一枚が四散した。
慌てるようにして空いた部分から離脱を開始しだす。ハイパーセンサーが頭上の敵を捕えた。
「ちぃ!』
新たに射出しきったビットが、上空から急接近していた喜久の動きを牽制していく。
「去年のクラス代表戦でのお返しです、頂きましてよっ♪」
ドンッ!!
『ぐあっ!?』
ペタルを自身の仲間とセシリアチーム側の牽制のみに使用しきっていた喜久が、叫び声を上げてその場から吹き飛ぶ。スターブライトネスmkⅠの狙撃を回避しきれなかった彼の右脚部が破損する。
蒼の機体が集団戦の流れを掌握しだす。一〇機ものISが存在する中で、ただの一機が中心となるようにして場をコントロールしていた。
勝てる。個の対戦では単に一つの兵器とカテゴライズされてしまうが、ブルーティアーズは群となった際にその本領を発揮する。好転する良い流れをこのまま独壇場に持ち込めればと、勝機を掴むために思考していく。
(落とすのであれば喜久さん以外の訓練機を。後は五対一でチェックメイトです――
「俺を沈めたきゃ、きっちりと稼動停止まで追い込むんだな?」
ぞっとすような声が真下から聞こえてくる。セシリアが焦りと共に回収しきっていた六機のビットを再度として射出しだす。次の瞬間、蒼い二機の射撃ビットにグリコシドの搭載されたビットが突き刺さった。
(制御を強制的に離されましたわね。ですが、こちらが使用できるビットはあと六機っ!)
瞬時にセシリアが自身の右腕へと、ブレードであるインターセプターを展開して抜き放つ。
「くそ、技量が上がってやがるっ!」
「いつまでも近距離戦が苦手だなんて、思わないで下さいな!?」
喜久がペタルの回転する腕が突き出し、互いの得物が克ち合って火花が舞う。次の瞬間、彼の周りを六機の射撃ビットが囲い込んだ。
「うざってぇんだ、よっ!」
「くっ!?」
漆黒の機体がブレるようにして残像だけを見せる。連続瞬時加速の使用によって、撃ち放った思考制御による偏向射撃のビーム光が追いつけない。
『セシリアッ!?』
「前衛を任せましてよ!?」
『はああああああああぁ!』
味方の一機がセシリアの方へ加勢しようとするが、両腕にレーザーブレードを装備した香が瞬時加速を使用して突撃してくる。喜久が迷わずセシリアの援護をしようとしていた機体に蹴りを見舞う。
『きゃあああ!?』
『香、そのまま訓練機を仕留めろっ!』
『無茶言ってんじゃないわよっ! その前にブルーティアーズを――
ドンッ!!
スターブライトネスmkⅠの狙撃が、香の腹部へと直撃した。
撃ち抜かれた機体がアリーナの地面へと激突する。
「私を視界から外せば、地上と口づけをすることになりましてよ?」
『ちぃ!』
喜久へと続けざまに六発分のビーム光が向かいだす。守りとしてペタルの壁が出現したのを見れば、即座に標的を切り替える。そのまま全ての攻撃が、地上で体勢を戻そうとしていた香に直撃した。
稼動停止、一機のラファール=リヴァイヴが煙を上げて待機状態の姿勢になりだす。他の場所を見れば、喜久側の味方が全て稼動停止に追い込まれていた。
セシリア側は三機が稼動し、自身のチームが優勢へと傾きだたことを認識する。彼女が内心で勝利を確信していく。
――突然、なにか圧迫感のようなものを感じ始めた。
『三機か……、正直きわどいな。まあ、全部落とせば俺の勝ちだ』
諦めの感じられない、未だ余力を持って臨んでいるような声が聞こえてくる。対戦相手は残りが一機になろうとも、それで丁度五分だと判断しているような言葉だった。
自身の勘に従い、セシリアが慌てるようにして声を上げながら対応しだす。
「前衛の防御をっ!」
『速いっ!?』
『きゃあああああああっ!!』
喜久がペタルを全て背中に出現させた直後、音速を超えた状態のままに一機を蹴り抜く。セシリアが偏光射撃を放ちながら、味方機が同じようにして射撃を行う。
『しまいだっ!』
後追いのようにして二機のグリコシドがダメージを受けていたラファール・リヴァイヴへと突き刺さった。
一機が稼動停止になり、残りは二対一。
「いくら足掻こうとも、私の勝ちですっ!」
偏光射撃が喜久を囲みこむ。しかし、彼自身が全方位にペタルの防御を張って対応する。次の瞬間、壁となっている一つがセシリアの狙撃によって突破された。
『ぐあっ!?』
喜久の左腕が吹き飛ばされたように弾けだす。ブラックペタルに二か所目の破損個所が発生しだし、彼が盛大に舌打ちする。
『セシリア、援護を頼んだわよっ!』
「お待ちなさい、深追いは危険ですわっ! 一旦引くべきです!?」
相手は弱っている。勝機を逃す手はないと、セシリアの制止を振り切ったチームメイトが打鉄を駆って突貫して行く。
切り込む。跳ね除けられる。無防備の状態に陥った。
『う、おおおおおおおおおああっ!!』
打鉄の一撃がブラックペタルの右腕に纏ったドリル状のペタルに弾かれると、喜久が咆哮するようにして反撃を開始する。更に同じようにして、ドリル状のペタルを纏った左足で蹴り飛ばす。
ガッ
吹き飛ぶ筈だった機体が背後に出現したペタルの壁に激突する。次の一撃を食らうまいと防御の構えを取った。
「なにをしているのです、回避に徹しなさいっ!」
打鉄の装備であるブレードの一本とブラックペタルの武装では純粋に手数の量が違う。焦ったセシリアが射撃ビットを射出しながら大声を上げだす。
『甘いんだよっ!』
『きゃあぁああっ!?』
打鉄に対し、強行突破するようにして瞬時加速による体当たりを敢行した。
強烈な衝撃を受けた一機がアリーナ端まで吹き飛ばされる。
『痛ってぇ……、たぁく、男女《せながわ》の攻撃方法はやっぱ碌なもんじゃねぇ』
「終わりでしてよっ!」
スターブライトネスmkⅠから放たれた光弾が空をきった。
『いい加減、射撃のタイミングは予測済みだってんだっ!』
喜久ペタルを背に一〇枚出現させながら、アリーナ端へと突き進む。そのまま打鉄と克ち合うと、ビットのグリコシドが機体へと突き刺さる。
『あがっ!?』
『沈めやっ!』
踵落しが相手の脳天に突き刺さるようにして直撃した。
エネルギー切れに陥った打鉄が、地面へと激突してバウンドしていく。
「くぅ、まだですっ!」
偏向射撃、六つの光が放射状に拡散しながら一機を狙い撃つ。しかし、追い討ちとして機能している狙撃武器の充填完了まであと三秒かかってしまう。一二枚の翼を羽ばたかせたようにした黒い物体が、気づけば眼前に迫りきっていた。
咄嗟に庇った腕が弾き飛ばされる。何かの衝突による金属音だけが認識できたのだ。出来ただけで状況が掴めない。
ハイパーセンサーが真後ろにいる相手を補足する。喜久が自身の目の前に出現させたペタルを足場にして、一気に急停止をかけていた。
セシリアが撃ち放っていたビーム光を思考制御によって操舵する。
「なあっ!?」
旋回して相手を補足しきるために行動を開始した瞬間、喜久に顔を側面から掴まれた。
「これで終わりだぁ!!」
引きずられるようにして二機が移動を開始する。呆気に取られて思考制御を失った六発のビーム光がセシリア自身に直撃しつづけていく。
ガンッ!!
掴まれていた頭部に衝撃が走り、背中に二回の衝撃が走る。グリコシドの三発分がブルーティアーズに突き刺さった。
四肢へと枷が嵌ったようになりだし、機体制御を急激に失いだす。未だとして残量エネルギーに余裕があるはずの状態で、セシリアが反則的な武装に歯噛みした。
「はぁあぁぁああああっ!!」
強引に駆動させた腕でインターセプターを振り抜く。当たれば殆ど稼動停止状態まで持ち込めるはずだと、気力を振り絞って叫ぶ。
眼には力を、口には覇気を、心には不退転の意思をもって。
「悪いな」
ブラックペタルのビットが本体を庇うようにして切り裂かれる。次の瞬間、二発のグリコシドを再び打ち込まれた。
「……駄目ですわね、殆ど制御が利きません。負けましたわ」
「俺も疲れたよ……、今日この後は気楽に休ましてもらうわ」
ブザー音が鳴り響く。試合が終わり、喜久側のチームが勝利した。
「はぁ……、試合に勝利しお付き合いできるのは次回に持越しですわね」
「継続性ありなのかよ……。それよりも、チームが負けたことのほうを悔やまんの?」
個人的な意見を優先するようにして彼女が溜息をつく。呆れ口調のままに喜久が思わず突っ込みを入れてしまう。セシリアが笑顔で彼に話し掛ける。
「喜久さん、この後のお時間は空いていまして?」
「次の試合のための打ち合わせだけど、疲れたから他のメンバーに丸投げしといてベッドにダイブします」
「でしたら、その前に少々ティータイムに付き合って頂けませんか?」
「本当に少々で長くないのなら、紅茶もたまには良いかもな。その話のった」
セシリアが手を上げると、喜久が応えるようにして自身の手の平を軽く打ちつけた。
そして、一部始終を観戦していた楯無が、彼らの邪魔をするために行動を開始した。
◇
一夏が空中で試合開始の合図を待つ。前方では紫の機体、アラルティア=アトウッドの駆るウェビネス=クェイクが宙に停滞し身構えていた。
アリーナが今日一番の盛り上がりをみせる。食券を彼に賭けた一部の人間は特に熱狂し、賭けカードを思い切り握り潰す。
片や、世界初のIS男性操縦者にして世界最強の姉を持つ弟。対し、対戦チームには短期留学で学園を訪れた、軍事大国アメリカの代表候補生がいる。この話題に食いつかない者などはいない、既に会場は満席の状態だった。
一夏が録画映像に残されていた、アメリカIS第三世代機の武装情報を思い出す。可視化できない全体攻撃に素早い連撃、昨日は必死になりながらチーム内で試合対策の糸口を話し合った。
横にいるミアが声をかけてくる。
「一夏くん、試合が始まったら全てが貴方次第よ。期待してるわね?」
「ああ、やれるだけはやってみるよ。ミアのほうこそ、出来るだけ早く来てくれよな?」
「そうさせてもらうわ。作戦は立てた、結果は試合前で決している。後は、予想通りに試合運びが行くかどうかだけね」
「ミアには迷惑かけっぱなしだな、本当に助かる」
一夏が笑顔で答え、ミアもつられて笑みになりだす。彼女の苦笑いのようにも見えるものは、困った弟の対処に追われている姉のような仕草だった。
「貴方はチームの要、私は裏方で頭を回転させるのが役目でしょう。精々、派手にやりなさいな。この試合の主人公は貴方よ。悪役はいないけれど、好敵手以上の相手がお待ちかねでしょうし」
「俺が、候補生に勝てる確率は?」
「大目に見てあげても、一〇〇分の一でしょうね」
「一パーセントか、きっぱり言うなあ……。でも、その方がやり甲斐はあるよな」
相方の辛口に嘆きながら風雪を展開する。下段に構え、刃を後ろへと傾けてく。真っ直ぐ睨めば、前方にいる相手の視線が自身と克ち合っていないことに気づいた。
誰を見ているのだろう、一夏は視線だけを彼女の向けている方に移動していく。しかし思考する猶予はなく、強制的に試合の開始合図が始まる。
――――――――5・4・3・2・ビーッ!!
「くっ!?」
ブザー音が鳴り響いた途端、相手側の四機が一斉に一夏の方へと向かって来る。牽制するようにして、味方の射撃による攻撃が相手の機体に掠った。
前方では、ウェビネス=クェイクが振動兵器を展開し終えて放射寸前の状態を維持している。一夏が余りの展開速度に驚く。
(武装の展開までが早すぎる!? 頼む、間に合ってくれっ!)
三連続瞬時加速、白式が超高速で障害となる相手機体の間を縫って移動しだす。強烈に圧し掛かってくる慣性の重みに対し、体の軋みを無視するために歯を食いしばった。
アラルティアが最低限の動きで一夏を冷徹に見据えてくる。
「それだけの武装を持ちながら、距離の詰め方が甘いなんて宝の持ち腐れね」
風雪を振り抜くタイミングを見抜かれ、彼女が同じようにして間合いを詰めきってきた。
溜息にも似た台詞の後、十字のブレードによる強烈な打撃を展開した雪羅のバリヤーシールドでガードする。一夏が高速切替《ラピッド・スイッチ》で展開し直した雪片弐型を振り抜く。
ドンッ!!
「ぐあっ!?」
収束した蹂躙の波《ウェイブ・デヴァステーション》による点の一撃が、一夏の右足へと直撃した。
「相手にする必要もないわね。これだったら、このまえ部屋を尋ねた時に警戒する必要もなかったわ」
アラルティアが両腕を振り上げ、計六本の光線が生まれだす。対抗するようにして、雪片弐型による切り上げを行う。
(成功しろっ!)
「 !? 」
振り抜きの状態から雪片弐方の握りを解く。意表を突かれたアラルティアが、焦ったようにして首をそらした。
彼女の顔面すれすれを金属の塊が通過していく。
「これでどうだっ!」
「知らないわよ、そんなの」
感情の篭らない言葉と素っ気無いような動作。雪羅から起動させたブレードモードをアラルティアがあっさりと防御しきった。
右腕の防御にして繰り出される左腕の突き刺し、光刃の切っ先が喉下へと迫って来る。高速切替で瞬間的に現れる巨躯の大剣、風雪を盾にすることによって一夏が彼女からの一撃を防ぐことに成功した。
(シャルと楯無さんに感謝だな。じゃなきゃ、今頃は大ダメージでエネルギー切れだ)
アラルティアの顔の一部、確かに一瞬だけ眉間に皺が寄ったことを確認できる。相手から伝わってくる苛立ちのようなものを感じ取れれば、やっとこの試合が本当にスタートしたのだと意識を引き締めていく。
「――良いわ、貴方も私にとっての邪魔な壁。直ぐに抑え込んであげる」
低く、地鳴りのような声がした。
「なっ!? ぐあっ!」
今しがたまで冷めていた彼女の目が、一瞬にして業火へと豹変しだす。回転する様は独楽のように、中心軸の全くぶれない六連撃が一夏の腕から胴体へと駆け抜ける。刹那、盤上から弾かれるようにして白式が吹き飛ばされた。
三連続瞬時加速、蓄積ダメージによって残量エネルギーが四分の三に減少していく。内心で舌打ちする余裕すらも与えてもらえない、再度として眼前に紫色の腕が迫りきっていた。
風雪よりも小回りの利く雪片弐型は、既に奇襲のあとで地面へと突き刺さっている。
「一〇秒後には意識が飛ぶわ、じゃあね」
アラルティアの動きが速すぎたのだ、今さら両肩を鷲掴みにされていることに気づく。
チッ チジジジジジィィィィィィジンンンンンッ!!
「あが、がぁぁぁああああああああああああああああっ!」
一夏の目の前で、振動波兵器からゼロ距離放射による蹂躙の波が放たれた。
潰れる、圧殺のような衝撃が体を突き抜けだす。軋み続ける連続音、白式の装甲がひしゃげて行く。
肺が圧迫され、過呼吸のような症状に陥りかける。正常な判断が断続的に途切れだす。
「負、け、る、かぁああああああああああああっ!!」
白式の右腕に急激な負荷がかかり、画面にアラート表示が出だす。一夏が全力を振り絞り、風雪を片手で振り抜いていく。
「たいした精神力ね、でも落ちてちょうだい」
「がっ!?」
アラルティアが機体をコントロールして空中で一回転、攻撃を避けたうえで一旦離した距離を詰め切る。流れるような動きのままに、一夏の鎖骨あたりへと蹴りを見舞う。彼の視界が青空だけの状態からアリーナの観客席に切り替わり、そのまま盛大に地面へと激突した。
空を制する勝者と地を這う敗者、圧倒的な力量の差が重圧となって一夏の精神を締め付けだす。発汗した汗が喉元を伝い、息も荒いまま一目散に顔を振り上げる。
不敵に笑わず、有利とみて喜んでいるようでもない。アラルティアはただ、路傍の石を見るかのような視線で一夏の方を見据えていた。
先程までの烈火のような瞳が冷め切っている。
(なんだ、さっきからのこの感情の起伏の激しさは……? それにしても、ラウラより鋭くて、シャルよりも武装の切替が早い。あの機体に対して勝てる部分があるとすれば、――利点であるスピードで勝負するしかないっ!)
一時の戸惑いを切って白式を駆り、その場から爆発的な推力で飛翔する。
『瞬時加速を二回、右腕の武装は見せかけ、本命は左腕のからの砲撃か破砕かしら?』
「 !? 」
アラルティアが一夏の思考パターンを読んだかのようにして喋りだす。そして、昨日の作戦を話し合っている際の言葉を思い出した。
――皆、よく聞いて頂戴。アメリカの代表候補生であるアラルティアだけど、彼女だけが持っているセンスのようなものがあるわ』
『センス?』
『何か特別な能力って……、まさか、念動力でも使えるとか!?』
佐々木の茶化しにミアの顔が怖くなりだす。
『ミコリーみたいに~、角が生えますみたいなー?』
本音の人外説に、もはや怒る気力も失せる。彼女は二人に席を外してもらおうかと本気で考えてしまった。
というか、一回でいいから尻でも蹴飛ばして調教でもすべきかとも思ってしまう。
『それじゃあ、人としてのカテゴライズからも外れるでしょうに……。専用機の武装は動画を観れば解るけれど、それ以外の強みが彼女にはあるのよ』
『ミアの言ってるそのセンスが、試合では強力な武器になるのか?』
『ええ、専用機の能力よりも厄介よ。センスと呼んでいるものは――
短時間の試合で相手の武装と性格から、攻撃方法と思考性による動作予測を割り出す。しかも理論的観測からの視点ではなく、ほぼ勘だけで先読みを完璧にこなしてくる。
(これがミアの言ってた〝天武の才〟か。すごいな……、ISの操縦技術が楯無さん並だ)
一夏が心中で素直に感想を漏らした。
「――だけどな、たとえ動きを読まれてようが、俺は俺のやり方を貫くだけだっ!!」
迷いのない瞳で叫びきり、風雪を前に突き出して直進していく。アラルティアが舌打ちうするような顔をした。
『受けるには重そうね、それに速い」
「う、おおおおおおおおおおおおっ!!」
火花が散る。一夏の放つ急激な速度を己の感性に従って読みきったアラルティアが、巨躯の塊を十字のブレードでいなすように受け流していく。完全に避けるか防御に徹すると読み間違えた、一夏の顔が驚きの表情で固まってしまう。
「だからと言って、貴方の力自体はイーリスさんやナターシャさん程じゃない」
「ぐあっ!?」
空いた片方の腕からブレードを振るわれ、白式の肩へと炸裂する。すかさず紫の両腕が先程と同じくして一夏の両肩を拘束しだす。駆動音と共に、一瞬にして振動兵器が展開していく。
(駄目だ、今度は耐えられるだけの体力が残ってないっ!?)
放射寸前、アラルティアが不満そうな顔で一夏への攻撃を解除した。
「ミアね、しょうがないか』
彼女がその場から離れた瞬間、レーザー光が目の前を通過しだす。ミアが一夏の横に並んで両腕にレーザーブレードを展開しなおした。
「予定通り、先に二機を落としてきたわ。よく耐えきったわね、表彰ものよ?」
「助かった。来るのがもう少し遅かったら、俺は終わってたよ」
試合を継続しているのは全部で八機、戦況が一夏のチームに好転している。五対三、ミアがチームメイトと協力して相手側の機体を二機ほど待機状態に追い込みきった。
『ミアでも容赦する気はないわ。遠慮なくいかせてもらうわよ?』
「ええ、大丈夫よ。かかってらっしゃいな?」
二対一になろうとも、アラルティアの表情に全く焦りがない。淡々と喋る声色からは、実力に裏打ちされた余裕がに滲みでていた。
ミアがなんとも頼もしいと、アラルティアの表情に満足する。今でこの状態であれば、このあとでの本番はきっと上手く行くだろうと。
「避けろミアっ!?」
「ちぃっ!?』
一夏が叫んだと同時、音響装置のような円形部分から振動のうねりが放射されだす。ミアが蹂躙の波を回避しきれずに吹き飛ばされる。
「はぁあああああああああぁ!!」
アラルティアに向かって風雪を振りかぶる。
「何度やっても同――!?」
「これで、どうだぁあああっ!」
風雪を投げる。まさか、残り一つしかない武装を投擲してくるとは思わない。予想外の攻撃に、彼女が回避姿勢を取り出す。
ザァンッ!!
一夏が雪片弐型を振るい、彼女の肩付近に浮いていた振動兵器の一つを切り裂いた。
「そんな、さっき私に向かって投げてきた武装のはずっ!?」
アラルティアがタッグトーナメント試合で初めて混乱したような声をだす。
理解できない――いや、理解できる。ミアが武装を拾って一夏に渡したのだ。
自身の武装使用許可を他の機体にインストールすれば、その機体は違う機体の武装が使用できる。とすれば、粒子化も可能なはずだ。
「やってくれたわね、ミア……」
アラルティアが手品のタネを理解し、地上から狙撃をしてくるミアを睨み付けた。
すぐさま二本の十字型ブレードを展開すると、一夏の斬撃を両腕でクロスし防御する。紫電と火花によって、互いの表情に蒼い影色が映えだす。
「お前の相手はこっちだぜ?」
「そうね、だからなに?』
淡々とした声が聞こえ、一夏がアラルティアに跳ね除けられる。突然、彼女の動きがぶれたように見えだした。
(なんて切換えの速さだ!?)
急激な緩急をつけるようにして、ウェビネス=クェイクが瞬時加速を使用しだす。一夏が慌てるようにして後を追いかけていく。
『一〇秒だけ持ちこたえるわっ! 一夏くん、風雪を拾いに行きなさいっ!?』
ミアから慌てるような声が聞こえる。助けるべきだと、一夏が彼女の作戦を無視しようとする。だが、寸でのところで意識を軌道修正した。
瞬時加速はエネルギーを消費するから極力使用できない。しかし、行使したいと感情が先走り続けていく。いくら白式の速度があろうと、更にすばやく行動できる行為を我慢することが余りもつらいのだ。時間にして数秒間、一夏が心中で葛藤し続けた。
雪片弐型を粒子化し、必死の思いで地面に突き刺さる風雪を握り込む。
(雪羅で攻撃をっ!)
振り被りながら雪羅の砲撃モードを起動する。標的に撃ち込むタイミングを無視し、牽制としての射撃を行う。そのまま全力で二人の元へと突っ込む。
ミアの方を見ていたアラルティアが、一夏の方へと眼球だけを動かしてくる。
『く、ちょこちょこと――うるっさい、のよっ!!」
「こっちは、それで充分だっ!」
彼女の激しい火の言動と冷静な水の動き。高速切替で風雪から雪片弐型へ、一夏が放つ横からの一閃を猫のような機敏さで躱す紫の機体。ミアが重ねるようにして間を空けさせないブレードの二連撃を放つ。
「ぐっ!?」
振動兵器の放射によって空間がうねり、一夏が弾き飛ばされる。後方に飛ばされながら前方を見れば、ミアが腕を掴まれ反撃されているのを視認できた。
『一機目、もらったわ』
くらう、一方的にラファール・リヴァイヴが攻撃を食らい続けていく。ミアの攻撃速度が決して遅いわけではない。しかし、アラルティアの方が圧倒的な技量で六連撃を決めきってしまう。最後に蹂躙の波を受けてしまい、ミアの機体が待機姿勢を取り出した。
二対一でも全く歯が立たない。一夏が目の前にそびえ立つ強大な壁を認識した。
高速切替で再び風雪を武装しなおす。
(どうする? 相手に勝つには……、他に手は? 相手に攻撃を当てるためには――!?)
「余所見をする余裕があるのね?」
一夏の顔面にアラルティアのブレードが突き刺さる。追撃、振動兵器から凝縮された蹂躙の波が放たれた。
「がぁああああっ!」
思いきり後方へ吹き飛ばされる。視界が眩み、余りの衝撃に意識を失いそうになってしまう。
無音。耳に入ってくる音の世界が消滅した。
勝てない、勝てる、どうやって、どうしたらと、思考も混乱し纏まらない。
――――を……欲し……ますか…………?】
聞こえる。薄れかけた意識が引き戻されていく。前に見た、どこまでも広がる澄んだ世界が脳裏を過ぎりだす。
【貴方は、力を欲しますか?】
聞こえた。
今度は間違いなく、はっきりと。女性の凛とした声が五感に響き渡っていく。一夏が眼を瞬かせるような気持ちで驚いてしまう。
問われれば、答えずにはいられない。欲しいに決まっている、未だ幾ら手を伸ばしてでも足りなすぎるのだから。
(俺は、――もっと、どうしようもないことで傷つく誰かを守りたい。間違ったことをしようとしてる誰かを止められるだけの、力のある人間になりたいんだ)
【じゃあ、もう少し頑張らなきゃね?】
女性ではない、少女の声が聞こえてきた。
すっきりとした表情で、笑顔のままに決意する。
(もちろんだ。こんなところで、へこたれてたまるかっ!)
【いこう?】
「ああっ!」
白式が発光していく。システムデータとして消去されていたはずの零落白夜が発動し、連動するようにして風雪の刃が光りだす。
一筋の光が伸びる、どこまでも真っ直ぐに。彼の前だけを見ようとする、ひたむきさを体現するようにして。
「行くぞ、白式っ!」
『なあっ!?』
一夏が風雪を振り上げていく。
「はあああああああああああああああっ!!」
膨大な金色《こんじき》の光が、天空を真っ二つにするようにして振り降ろされる。距離を離して優位性を保っていた、アラルティアの絶対的余裕が崩壊した。
彼女の顔が衝撃を受けたよう硬直する。避けきれるか、受けきれるのか、切り結ぶべきか。反射的に判断を下し、ブレードで受け流しの体勢を取りだす。
メキャッ!!
『がぁ!?』
重すぎる剣戟がアラルティアの腕に直撃した。
それは、剣ではなく大槌を打ち込まれたような衝撃だ。受け流しに失敗した一夏からの攻撃が、右肩へと下り続けて行く。零落白夜によって二〇メートルにも伸びた風雪がウェビネス=クェイクへと破壊的な一撃をもたらす。攻撃を捌ききれず、アラルティアが地面に叩きつけられた。
機体の残量エネルギーは充分にあったはずだ。それが、僅かたったの一〇〇以下まで減少した。
(なんなの、あのでたらめな機体性能はっ!?)
理解不能、アラルティアが悲鳴のような思考に陥る。
本来、機械でありプログラムである筈の物体。しかし、ISコアという核が加わることによって――――それは初めて無から有へと変化を遂げる。
機械という肌を纏い、人という骨格を獲得した新たな生命としての産声を上げていく。不可能を可能にし、不可思議を現実にすることこそがISの真骨頂。全てを物語っているのが、一夏の今の姿に他ならない。
「これで終わりだぁあああああああっ!」
ザァンッ!
『ぐぅうっ!!』
再び放つこの試合最後の一撃が、未だ混乱状態と化している人間の頭上に容赦なく降り注いだ。