ln   作:kiarina

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11-13.5

― 13・5 ―

 

『チームメイト諸君、私たちは後二つの戦闘で勝利を掴む。どうだ、嬉しいか?』

『感激ですっ!!』

『光栄ですっ!!』

『最高ですっ!!』

 チームは纏まっていた。アリーナ中が困惑していた。

 リーダーであるラウラが掛け声をかけ、返すようにして大声を張り上げるチームメイトたちがいる。

『相手は第四世代機を所有している。お前達は、あの相手にどう立ち向かう?』

『粉砕ですっ!!』

『蹂躙ですっ!!』

『殲滅ですっ!!』

 目の据わった彼女たちが、間髪いれずに再び叫ぶ。フムと、ラウラが納得したようにして鋭利な視線になりだす。

『目の前にいる全てが我々の獲物だ。お前たちが一人前だと抜かしたいのであれば、確実に狩ってこい。作戦の否定と仲間の死は同義だ、返事は肯定だけが許される』

『堕とせっ!!』

『容赦なくっ!!』

『狩り尽すっ!!』

 ラウラを筆頭として、五人の視線に殺気が宿りだす。余りの気迫に箒のチームメンバーが引いてしまう。

「なんだ、あのチームは…………」

 思わず漏れてしまう箒の感想が、今の異質な状態を物語っている。そして管制室でもう一人、かつてラウラを鍛え上げた千冬が頭を抱え、割と本気で深い溜息を吐いていた。

『篠ノ之さん?」

 箒の元へ一機の打鉄が近付く。

「どうしたのだ、リーダー?」

「作戦の予定を変更よ。向こうのチームリーダーの対処は、貴方に一任するわ。はっきりいって、あのチームは異常よ……。私の想像を遥に超えて、リーダーは頭のネジが元から無いといか思えない」

 言われてラウラの方を見る。視線が合えば、刺し貫くような目と口の端が吊り上がり、そのまま笑って返された。

 あんな獰猛な肉食獣を相手など、私がご免被りたいと思ってしまう。まるで『魔王の私にかかって来い。攻略などと、そんなことが一生できると思うなよ?』と言わんばかりだ。

『箒』

「なんだ、ラウラ?」

 両腕を組んでいるラウラが胸を張り、腕を解いて手招きしだす。

『今日の貴様は挑戦者だ。生き残りたければ、死ぬ気でかかって来るがいい』

 自身が思っていたようなことをそのまま言い放ってきた。

 しかも、何故か勝敗が生死に置き換えられいる。

 ――そうか、あれはもはや暴走しているだ。向こうのチームメイト共々、一刀をもって頭を引っ叩き正気に戻す必要がある。箒は兜の緒を締めなおすように、気持ちを切換え空裂と雨月の二刀を構えた。

 瞼を閉じれば、感覚を一面無の世界が覆いだす。長く息を吐くことで、より冷静に集中力が高まる。耳に響き続けていたアリーナ中の雑音が、だんだんと消失しだした。

 入れ代わるようにして、自身の呼吸音と心臓の鼓動が聞こえだす。

 ――――――――5・4・3・2・ビーッ!!

 爆発するような初速をもって紅椿が突進を開始した。

「決めさせてもらうっ!!」

『フン、面白い。箒、貴様に群の動きというものを教えてやる。ハーレフッ!」

 ラウラが悠然と首を傾げて楽しげにし、迎え撃つ体制も取らずに叫ぶ。副リーダーとして機能しているハーレフと呼ばれた女子が、一言で全機に指示をとばす。

『シュピースッ!!』

 箒の元へ、猛然と一機の打鉄が向かって来だした。

(ドイツ語で、槍……?)

 打鉄が完全に防御の構えを取る。壁としては役不足だ、彼女が二刀を持っての切り上げを行う。刃が克ち合った直後、反動の衝撃が滑るような違和感に囚われてしまう。

「受けが軽い!?」

 わざと弾かれる行為を行った打鉄の後ろから、ラファール=リヴァイヴがスイッチしたように入れ代わる。打鉄が盾ではなく目くらましとして機能していたのだと気づいた時には、相手が既にショットガンで近距離射撃を行ってきていた。

 だが、ダメージ性の低い攻撃に怯む必要はない。展開装甲による盾機能での防御、そのままの姿勢で相手に向かって突撃を行う。

「はあああああああああっ!」

 再び入れ代わるようにしてラファール=リヴァイヴがスイッチしだす。相手は死角を利用してくる。ならばと、ハイパーセンサーで相手の位置取りを把握していく。

「なっ!?」

「きゃあっ!」

 次の瞬間、味方の機体が自機に激突してきた。

 互いが慌てて目を開く。今さら自身か味方が誘導されていたのだと、迫りきった打鉄の一閃を受けながら理解した。

 態勢の整っていない状態で受け流すにも難しい、わざと最小限の軽傷で済むように攻撃をくらう。これは相手側の四機が二組に別れて攻撃を仕掛けてきている。では、こちらの味方はと、顔を左右に動かして確認していく。試合開始の場所で佇むラウラがいる。そのまま他の方へと目を向けた。

(一機で二機を相手取っているだと!?)

 平気で戦闘をこなしているラウラ側の一機がいる。そして、実際に自身と近くにいる味方に向かってきているのが、三体のみだったことを理解した。

「篠ノ之さん、陣形を整えるわっ! 指揮機をお願い!?」

「了解した!」

 味方側のリーダーが声を上げ、箒が叫びながら二刀を構え直す。

『プファイルッ!!』

 一対二の攻防を行っているハーレフが二つめの号令を発した。

(今度は矢か!? くそ、これでは相手の攻撃方法が読めないっ!)

 暗号めいた掛け声のせいで、相手側の出方が見えにくい。困惑する余裕もなく、眉間にも大量の皺が寄ってしまう。まさに一斉、四機が鮫のようにして群がるように攻撃を仕掛けてきた。

「くっ!?」

 一人で裁ききれる量に限度がある、今の技量で四機は相手取れない。箒は自身が持てる最良の判断を下して紅椿を駆る。二刀をクロスさせると、一気に急上昇を行った。

 地では詰められるが空は限度が存在しない、消去法で逃げ道を見出す。

『ふむ、悪くない判断だ。しかし、私の想像を超えた発想が欲しいところだな?』

「ラウラ!?」

 さも当たり前のように、シュヴァルツェア・レーゲンが上空で待機していた。

 ここまでも誘導されていたことに気づくが、もはや手遅れだ。

『不意打ちも甘い』

 AICを発動させ、死角から狙いを付けていた展開装甲のビットが止められる。続けざまに射出したワイヤーブレイドで、もう一機のビットが弾き飛ばされた。

「だが、それはお前も同じだことだ!」

 二刀による回転斬り。両腕を後ろに引いた状態から、前進する動きに合わせて振り抜く。

 筋力とISの最大速度から放つ渾身の一撃が――

『間抜けめ、私が自己鍛錬を怠っているとでも思ったか?」

「ぐうぅ!?」

 ――二つめのAICによって阻まれた。

 この試合、初めて箒が心の底から驚く。ラウラが残りの片腕を翳し続け、こちらは四肢の自由を奪われてしまう。本来として、AICシステムは思考分割での制御を非常に苦手としている。二重以上の能力性能化、それをラウラは今回のチームタッグマッチに合わせて習得しきっていた。

「現段階のIS能力値は頭打ちだが、私自身はまだ成長の余地があるのでな。まあ、そういうことだ」

 ドンッ!!

 鼓膜が破れかねない砲撃音が鳴り響き、レールカノン砲からの一撃が紅椿の胴部分へと炸裂する。口から血を吐き出してしまう、そんな実際にはありえない錯覚を起こした。

 地面に激突し、大穴を空けて土にめり込んで行く。咽るように咳き込み、すぐさま頭を振り上げて上空を睨む。

(く……、ISを纏っていなければ、今ので腹から千切れ飛んでいたか。――想像以上だ、普段の実践訓練でも、ここまでの差を感じたことがない)

 喉を鳴らし、冷や汗が背中から噴出す。赤い片目がこちらを見下ろしていた。

『遅い、いつまでかかっている?』

『申し訳ありませんっ!』

 ラウラが顔の向きを変えずに言葉を発せば、副リーダーとして機能しているハーレフが彼女の横へとやって来た。

 瞬間、頭の中が警鐘だらけになってしまう。一対二の状況になる――ということは、既に自分のチームメイトが倒されてしまっているのではと。

 思い描く最悪の結末を予想しながら、ぐるりと辺りを見回した。

 三対五、試合が始まって二〇分もしないうちに自軍側の二機が待機姿勢を取っている。

『きゃあああああ!?』

 叫び声と共に味方の一機が、ラウラ側の三機から集中砲火を浴び続けていた。

 エネルギー表示がゼロになると、同じようにして待機姿勢をとりだす。箒がチームの態勢を立て直すため、一直線に最短距離で最後の味方を助けに行こうとした。

「やはり、簡単に行かせてはくれないか」

『そんなに急ぐことはないでしょう、少し私に付き合いなさい?』

 だが、当たり前のようにハーレフが壁を作る。ラファール=リヴァイヴがブレードを抜き放ちながら構えた。

 彼女が褐色の肌から白い歯を覗かせる。刹那、鋭い双眸のままに斬り込んできだす。相手の放つ攻撃は突き――と見せかけた、もう片方の腕から繰り出される横薙ぎの一閃だ。箒が相手の二連撃を躱しきり、冷静に判断を下して距離を離す。

 即座に穿千を起動させて狙いを定めていく。ハーレフの横へと移動していたラウラが嬉しそうにした。

『ほう、今度はまあまあだ。挟撃を読んだか、ならばこれも読めているのだろうな?』

 ギジィ!

「 っ!? 」

 思わず目を見開く、現実を理解するのに数秒もかかった。

 ラウラから一〇〇メートル近くの距離を取っていたが、再びのAICによって四肢が動かなってしまう。

(近接戦、それ以外でのAIC発動だと!? レンジが伸びている……、やられたっ!!)

 箒が歪む七色の膜から逃れようと、紅椿のジェネーレーターに負荷をかける。しかし、AICは強固な檻のようにびくともしない。急激に唸る駆動音が空しく響く。この大会、一番の成長を遂げた人間が不敵に笑う。

『舌を舐めずって待つようなことはせん、終わりだ』

『突撃っ!』

 ハーレフが終焉の勝鬨をあげる。AICによる枷を嵌められた一機が、四機の機体によって一方的に攻撃を受け続けた。

 

     ◇

 

「一夏……無茶しすぎ…………」

「後先考えずに、ほんとなにやってんのよ……、このバカ一夏」

「馬鹿はないだろ……? 俺としては、あれしかないと思ったんだよ」

「だからバカなんじゃない、バーカ」

「ぐ……、言いすぎだぞ。でも言い返せないのが悔しい」

 保健室で手当てを受けていた一夏に、心配顔の簪と呆れ気味の鈴が言葉を投げかける。当人は痛そうにして体を擦りつづけていく。両瞼が腫れ上がり、通常の視界を確保するだけでも疲れてしまう。そんな様子に、にべもなく保健医の声が一つ。

「はい、全治一週間。当たり前だけれど、絶対安静ね」

「え……?」

「え? っじゃないでしょう、全身打撲の状態よ。ヒビもなし、骨折を免れただけでも喜びなさい」

 軽く肩を叩かれた瞬間、全身に痺れのような痛みが走りだす。

「がっ!?」

「体は正直ね? いつも目の検査に来ている子、市隈くんは織斑君のようにはならないようだけど。あれはあれで、どんな体の構造をしてるのやら」

 相手のスパルタな対応に辟易してしまう。恐る恐る、気まずいながらに先のことを聞く。

「すいません。えーっと……、もしかしなくても次の試合は?」

「駄目に決まっているでしょう。だいたいISを操縦しているだけで、ここまで体を酷使した状態がありえないわ」

 試合棄権、チームで一名の欠落者が発生しだす。ISに乗っている限り、あるのは精々が打ち身の軽い打撲まで。それが、一夏の場合は異例のような体力消耗に陥っていた。

 肩を落として落ち込む彼に、シャルロットとセシリアが苦笑いする。

「でも、一夏は喜久のチームに勝ったじゃない。僕は、充分すぎる成果だと思うよ?」

「そうですわ、チームでの勝利が大切なことです。ですから、一夏さんは堂々と胸を張れば良いのです」

 一騎打ちをした鈴には耳の痛い会話だ。彼女は耳に蓋をして聞き流すことにした。一夏は試合の結果に納得がいかずに悩む。

「うーん、そういわれても……、俺自体が勝ったわけじゃないんだよな。まだまだ実力不足だ、チームで勝てたのもギリギリだし」

 歯切れの悪い言葉しか出せない。試合の結果、一夏のチームは喜久側に対して僅差で競り勝っていた。

 次の決勝は一夏を抜きにして四人がラウラのチームへと挑むことになる。

(とりあえず、俺のやれるとこまでは、やったことになるのかな。――あとはチームの皆に任せて、もう一つのことに専念するか)

 脳裏に過る、聞かなくてはいけないこと。自然と緊張してしまい、嫌な汗が手に溜まっていく。浮かぶ二人の顔、円夏と千冬が重なっていった。

 

     ◇

 

 生徒会室で空中投影ディスプレイが起動していた。

 楯無がにこにことしながら、停止していた映像を再生し始めていく。内容は今日おこなった試合結果、けっして巻き戻すことの出来ない事実。白式の突貫による突きが避けきられ、ブラックペタルがグリコシドを放っている。呻きの表情をした一夏の腹部に喜久の攻撃が炸裂していた。

「よっちゃんが一夏くんの攻撃を避けきって、彼はそのままエネルギー切れ」

 一夏と喜久の勝負は決した。

 だが、それでは試合が終わらない。一夏側の残存機が一気に猛襲を開始しだす。

「よっちゃんのISの要である、ペタルが出せなくなったのは痛かったわね。これじゃあ、私でも危ういわ」

 「まあ、勝てないこともないけれど」と、言葉が付け加えられる。ペタルが出せない。それは一夏の放つ最後の一撃が、ブラックペタルの背部に搭載されているジェネレーターに致命的なダメージを与えていたからだ。よって、ペタルが一枚たりとも精製できなくなっていた。

 喜久とて決して万能ではない、体力にも限界がある。次に、楯無が感心したような声を出す。

「たいしたものよ、それでも一夏くんチームの機体を殆ど稼動停止に追い込んだんだもの。最後に一騎打ちしたミア=コリンズの機体も、稼動停止寸前まで持っていった。で、だけど最後は押し切られて、よっちゃんの機体が待機姿勢をとったと」

 室内に扇子の開く音が鳴る。

「――ち、そうだよ。確かに俺が負けた。解ってることを一々、嫌みったらしく聞いてくんな」

 喜久が不満そうな顔で答える。

「いやーん、だってしょうがないでしょ? おねーさんとしては、きちんとよっちゃんの口から負けを聞いておきたかったのよ。君が口から紡ぐ言葉は、余計に君を縛り付ける。このくらいのことをしておかないと、無鉄砲君は止まらないでしょ?」

 ギジっと、歯軋りのする音が聞こえた。

 揺れる。他を巻き込むまいとしている想いと、自己価値を構築している平等という概念のせいで、石責に苛まれる獄人のような心境になってしまう。苦しみたくないのであれば、楯無の条件を飲めば良いだけだ。しかし、それが本当の正解なのか。いや、そもそも善人を気取る必要性などあるのか。

(……俺は、なぜこんなに平等に固執する? 守らなければ、あのクソ大佐や人殺し共の軍隊と何も変わらないからか? あのクラーラと同じなのが嫌だからなのか、――――違う。それが俺の今まででに得てきた確信だからだ。俺は人殺しじゃなく、人でありたいんだ)

 苦悩した上で納得のいくエゴ。僅かながらに彼が見出した答えは、拙いながらも自身の中で大切なものだった。

「よっちゃん、おねーさんの条件を提示させてもらうわ」

 楯無が扇子を閉じながら聞く。

「ああ、わかった」

「アメリカへの出立には、おねーさんが同伴させてもらうわね。いいかしら?」

「国家代表が相方なら安心だな。助かるよ、よろしく頼むわ」

 真っ赤な嘘。彼は他人の命を取り、今までの矜持を捨てた。

 喜久が手をぶらつかせながら答える。楯無の顔が一瞬だけ翳るのに、喜久は気づけない。自身の想い人は、何故にここまで馬鹿なのか。だから、貴方は人の本当の痛みに気づけない愚か者なのだと。

 そんなことをおくびにも出さず、彼女は笑顔で答える。

「さてよっちゃん、食事は済ませたかしら?」

「いや、まだですね。だけど、ちょっと予定があるんで。セシリアとシャルロットに呼び出されてるんです」

 これも嘘だ。本当はアラルティアとの話し合いがある。喜久は最悪の場合、ISを展開しての戦闘行為もありうると思っていた。

 だから他の人間を巻き込まないために、必死に思考し続ける。

「そう、残念ね。また今度誘わせてもらうわね?」

「いんや、更識さんは疲れるからパスで」

「ぶー、なによそれ~。おねーさんは、除者かしら?」

「だったら、少しは性格改善に務めるこったな」

 楯無が無邪気に笑い、喜久が呆れ顔になる。互いがこういった時間を大切に感じた。

 喜久が部屋から出て行く。扉の閉まる音がすると、楯無が深い溜息を吐きだす。嘘が二つ、彼の言動に対して背伸びをしながら、考えて口を尖らせる。

「まだまだ、信用されるには程遠いわね。彼の氷のような感情は、どうすれば溶けるのかしら。まさか、アイデンティティまで捨てるなんて思わなかったわ」

 今日の内でアラルティアに関しては、既に手を一つ打ってある。もう一つ、今後のアメリカ行きに正確な状況提供が彼からもたらされる事はない。今後において何か手を打とうと、楯無は一人で考え込む。

 

 時間も夕げを過ぎ、今は闇夜を人工的な明かりと月が照らしている。寮の屋上では二人の人間が向き合って立っていた。

 アラルティアの枯れたように荒み切った目が、喜久の冷めた目を見据えだす。

「ありがとう、待ってたわ。もう待ちくたびれて、嫌になるくらいに貴方の顔を見たくてしょうがなかったの」

「この前は逆ギレで、今度は病的発言かよ。随分と飛んだ思考だな?」

 彼が欠伸をし、両手を制服のポケットに突っ込んでいる様が、二人の間に決定的な温度差を生み出している。春のぬかるんだ様な暖かさのある風が、場違いに頬を撫で付けていく。

「俺が興味のある部分は、お前の俺に対する動機だけだ。――まあ、おおよその察しはついてるけどな」

「嬉しいわ、私の気持ちを理解してくれてるだなんて」

「そっちの阿呆な性格のせいで見えやすいんだよ。なあ、お前のバックにいるのが誰か当ててやろうか。あのクソ女、ミア=コリンズだろ?」

 喜久の中で考えた答え、それを呆れた表情で告げる。順序良く考えれば簡単なことだったのだ。自身を怨みを持っているのが誰かを考えれば、思い当たる人物はジャスパーか、ミアしかいない。大切な国家代表候補生を出してくる無茶を慎重なジャスパーが使う手だとは、どうしても思えなかった。

 そこで残るのが一人、性格から平気で手駒として使用してくる行為に納得がいく。アラルティアは興味のない顔で、腰の後ろに両手を回して組む。そっけない答えだけが、小さい声でぼそぼそと返される。

「ええ、そうよ。でも、そんなの関係ないわ」

 次は、はっきりとした声と共に、彼女の顔がどんどんと歪んでいく。

「ヨシヒサ、いいこと教えてあげる。私にもお姉ちゃんがいるの。正確には、いたんだけどね」

「……」

 憎悪を抱いている相が、一つの感情によって埋め尽くされていた。

 それは、明らかに地獄の底で叫び続けているかのような怒りだ。

「名前はね、ナイザっていうの。なんで、私から大切なお姉ちゃんを奪ったの? ねぇ、教えてよヨシヒサ」

「……」

 憤怒に駆られたアラルティアが、目尻から涙の一滴を頬に垂らしだす。

「あの人は優しい人だった。私は、いつも一緒にいたの」

「……」

 雫が二滴、三滴と数が増していく。やがて、洪水のように溢れ出した。

「そう……、ナイザ=アトウッドは、私が大好きなお姉ちゃん。ヨシヒサが欲しがってた答えを教えてあげる。私が日本に来た目的はただ一つだけ、それはお姉ちゃんの仇をとるためよ」

「……」

 無機質な音が連続し、彼女の体が金属の装甲に覆われていく。

「私はヨシヒサを許さない。だからここで、――死んでちょうだい?」

「……」

 有無を言わさず、一瞬にして彼の首を鷲掴みにする。そのまま宙吊りすると、絞め殺すために手の指で形作っている輪の大きさを縮めだす。機械の駆動音だけが静かな空間によく響く。

「――なんで…………抵抗しないの?」

「……」

「なんで……黙ったままなの?」

「……」

「なんで、なんでぇえええええっ!! ――そんな気の抜けた目で、私を見るのよぉおおおおぁああああああああああああああああああっ!!」

 アラルティアが泣き咽びながら絶叫する。喜久は、ただ彼女の腕から延長線上に伸びる金属の手に身を委ね続けていく。

 償う方法なんて知らないし、知った風に解る気もない。彼はアラルティアの気の済むようにしてもらえば良いと、首を覆うように走る冷えた感触へと、その身を投じる。一人の罪人による絞首刑にも似た状態で、執行人の感情が激しくのた打ち回っていた。

 死人は誰がなにをしても、決して現実には帰ってこない。姉であるナイザが蘇らないと解っていても、喜久はアラルティアの望む行いであれば、最後まで付き合っても良いと感じた。

「はぁ、はぁ、はぁあ………………、卑怯よ、ずるいのよっ!! いつもの減らず口はどうしたのよっ!? 抵抗してよ!? 足掻いてよ!? 逃げてよ!? あれだけやって、今さらなにもしないなんてっ!! 貴方の選択まで、私に全部押し付けてぇええええええええええええええええええええええええええっ!?」 

 屋上全面に響く女性の金切り声が、虚しく空の彼方まで突き抜けていく。声を枯らし、ヤスリで喉を削られたような痛みが走り、――そこで始めてアラルティアが叫ぶ行為を止めた。

 ゆっくりと、喜久の首から金属の指が離れていく。彼の目の前で一人の人間が子供のように泣きじゃくりながら、その場で膝を突いた。

「……やっぱり、無理よ――私には……、人を殺すことなんて出来ない…………」

「俺には、どうすれば良いだなんて答えが解らない。罪は罪だ、懺悔なんてしても消えやしない。だから、全部お前に任せるよ」

「……そんなの、私にだって解らない…………」

 紫のISが粒子化する。二人の表情は暗く、互いが死人のような目をしていた。

 寮の屋上から離れた場所、ミアが他の建物の屋上で楽しげに笑う。

「ご苦労様、アラルティア」

 両手には金属質の鈍く黒光りする物が握られている。スコープを覗けば、喜久の側頭部を綺麗に捕捉することが出来た。

 彼女がアラルティア以外に張っていた、もう一つのカードがある。それは、前回の学園襲撃で相対した傭兵から手に入れていたものだ。

「バーイ、」

 ミアの短い言葉と共に、改造済のアサルトライフルから数十発の弾が発射される。発光現象と乾いた音が連続した。

 しかし、犠牲者はどこにも現れない。次には水の膜へと弾丸がめり込み続けている。思わず舌打ちを一つ、苛立ちを隠さずに前方の敵を睨みつけた。

『はいはーい、そこまで~♪ どこでそんな危ない玩具を手に入れたのか知らないけれど、二人の問題は当人同士で解決するべきだと思わない?』

 陽気な声と共に、アクアクリスタルが浮遊していることに気づく。前方にISが一機、上空で二機が佇み停滞していた。

 ミステリアス・レイディ、ラファール・リヴァイヴⅢ、ブルーティアーズが戦力過多で生身の人間一人を取り囲む。

「――邪魔よ、私は相手がISだろうと引く気はないわ」

 凛とした声で言い放つ。楯無が感心したようにして笑顔になる。

『あらあ、勇敢だことっ♪ 怯まないのね?」

『更識会長!?』

『先輩っ!?』

「セシリアちゃん、シャルロットちゃん、手出しは無用よ。ま~っあ、おねえさんに任せておきなさい?」

 セシリアとシャルロットが、銃器類を構えたまま驚いて叫ぶ。楯無がISを粒子化し、ミアが怪訝な顔をする。読めない相手の思考に悩み、出方を伺わざるをえない。

「何のつもりかしら?」

「一勝負しましょうか。素手で私に勝てたら、ほかの二人は貴方に手を出さない。どう、分の良い勝負だと思わないかしら?」

 ニッと、悪戯好きの天邪鬼が顔を覗かせた。

 ミアが嗜虐的に笑い、堪らず腹を抱えそうになってしまう。こいつは馬鹿で大間抜けだと。

 ――面白い。どうせだから減らず口を潰し、一撃で息の根を止めてやる。あとは、そのまま米軍基地まで逃げ切ればいい。二人の代表候補生もいるが、彼女たちは甘い人種だ。上手く立ち回れば喜久を殺す際の障害にすらならないだろう。 

 ISが二体も相手では無用の長物でしかないと、持っていたアサルトライフルを地面へと放る。自身の両手の指を動かせば、パキパキと音が鳴りだす。

「随分と余裕ねえ……だったら、お言葉に甘えさせて貰うわよっ!!」

 視力が追いつかない程の物体がブレて見える速度、ミアが一瞬にして楯無へと距離を詰めきった。

「ご、はっ!?」

 強い衝撃が背中に走る。続くようにして、同じように頭へと軽い痛みを感じてしまう。後頭部を打ちつけ、夜空を見て理解した。

 自身が楯無に投げられたのだと。

「柔よく剛を制すよん、力任せはよくないわっ♪」

「死になさいなっ!」

 左腕を伸ばして相手の顔面を鷲掴みした筈だった。

 見えたのは楯無の背中、伸ばされてきた両手が腕に巻かれてくる。先ほどと同じようにして、再度背中に衝撃が走った。

「ぐぁ!?」

「あら、もしかして格闘技術を殆ど習得してないのかしら。まあ、それだけの力技があれば、敵無しでしょうね。――私以外でだけど?」

 プツリッと、ミアの中で理性が途切れだす。獣のような咆哮をあげ、真直ぐに余裕を見せる楯無の喉元を狙う。瞬殺できる威力の手刀による突き、伸ばされてきた楯無の手を見て思わず腕を引く。

「お見事ね、じゃあこれは?」

「 !? 」

 条件反射的に横へと飛びのく。自身の頭上から地面に落ちた畳まれている扇子が小さく音を鳴らす。

「しま――!?」

 ミアが気をとられていたことに気づいた直後、カクンッと視界が下がる。

「はい、おーしまいっ♪」

 相手からの陽気な声だけしか解らない、後は自分の腰が抜けていることだけが認識できた。

 動けない、まさにこの一言に尽きる。いったいどんな方法でと、考える暇も与えられずにそのまま腕に関節技を極められてしまう。

「さて、無尽蔵の体力と筋力もなくなったわね。脳を揺さぶったの、暫くは意識が朦朧としてるはずよ?」

 顎を打ち抜かれたとのかと思い、残っている腕の手で顔の辺りを触ってみる。指先から伝わる感触、確かに跡らしいものがあった。

「質問ターイム、なんでミアちゃんはよっちゃんを狙うのかしら?」

「――待ってなさい、私が回復するまであと四〇秒ていどよ」

「一~つ、よっちゃんに強請《ゆす》られてるから~」

「……」

「二~つ、人質に取られてる、お母さんを助けたいから~」

「 !? 」

「三~つ、よっちゃんの脅迫は嘘でした~っ♪」

「……は?」

 最後の言葉に耳を疑う。この上級生は、今なんと言ったのだ。嘘とはどういう意味だと、ミアの頭の中が混乱しだす。楯無はしてやったりというような顔で、とても嬉しそうにする。

「よっちゃんに聞いてみなさい、あれはブラフだったのって。彼はきっと喜んで答えるの、『流石はハニー、隠し事は出来ないな』っていうと思うわ」

 うっとりとした言い方に、ISを展開していた二人ほどが呆れた表情をしだす。本当は『更識の野郎、やってくれたなっ!!』が、正解だ。

 狐に摘まれたような顔をしているミアが、意味も解らず問い返す。

「そんなことが……なにが、どうやって?」

「ティアーニちゃんを説得して聞き出したの。なんでも画面に移りこんでいた人は玩具のメスを持ってたみたい。嘘で良かったわね?」

「……いまさら、なにが、はは、ふっざけないで頂戴なっ!!」

 今まで溜め込んでいた感情が爆発した。

 もういい、そんなことなど知ったことかと。

 そして彼女の開いていた口へと、大気中の水分が一気に流れ込んでいく。体のバネを使い強引に飛び上がったあとで気付き、慌てるようにして自身の口元を抑えだす。しかし、水は指の隙間から、どんどん体の奥へと浸食行為を行い続けていく。こんな芸当を行えるのは一人しかいない。

『先輩、今までの全ての流れが酷過ぎです……』

『ISを展開なされない約束では?』

 セシリアとシャルロットがジト目で見た視線の先、ISを部分展開して澄まし顔の楯無が一言。

「あら、私は一勝負目にはISを使用してないわよ? これは二勝負目だから反則ではないの」

『悪魔がいますわ……』

『鬼だね……』

「ふ、ふがけ、でぅ、わっ!! ああ…………ぐっ――――

 ミステリアス・レイディの腕部装甲に一撃を入れたミアが、そのまま意識を失ってぐったりと倒れだす。それを楯無が支えるようにして抱きしめた。

 ISを粒子化した二人が地面へと着地しだす。

『このあとの対処は、一体どうなされるのですか?」

「任せて頂戴、おねーさんに良い考えがあるのっ♪」

 にんまりと笑って返される顔に、呼びかけたセシリアの顔が引きつる。シャルロットがセシリアの肩へと手を置いて、顔を左右に振った。

「僕たちの出番はここまで。あとは先輩と学園に処遇を対応してもらうしかないね」

「二人とも安心しなさい、私なりに一番安心できる方法を考えてあるから」

 楯無がウィンクをする。その仕草が一番不安なんですと、セシリアとシャルロットが溜息をついた。

 

    ◇

 

 夜も九時を回った時間、アリーナへと向かう廊下の足元が薄暗い。試合の後、体力を削られた状態のせいで、覚束ない足に踏ん張りを入れる。正直であれば杖でも欲しいと思えてしまう、しかしそんなものなど学園内には存在しない。目的の人物は残務整理に追われ、管制室で作業をしていた。

 部屋にある扉の前まで来ると、自動ドアが突然に開く。中から出てきた麻耶が、不思議そうな声を出して尋ねてきた。

「あれ、織斑君じゃないですか? どうしたんですか、なにか忘れ物でも?」

「ええ、まあ。山田先生、千冬ね……、織斑先生はいますか?」

 一夏が気まずそうにしながら聞くと、麻耶が可笑しそうにして笑う。両手を口元に当てると、人のいい顔をしだす。

「織斑先生なら、椅子に座って伸びをしています。今日の分の書類作成も終わったらから一息入れるところですね。私は席を外しますから、どうぞ家族水入らずで話してくださいっ♪」

「いや、大丈夫です。そこまでしなくても……、」

 本当は大助かりだ、今は第三者のいない状態で話をしたい。でも気まずさも感じてしまうと、なんとも居た堪れない気分になる。

「いいから、いいから。たまには必要なことですよ? 特に私は、今はひとりの時間が欲しいです…………」

 明るい顔が急転、一気に渋面しだす。彼女は落胆し、首を九十度ほど折り曲げていく。ああ、これは原因に察しがつくなと、一夏が生暖かい視線を向けた。

 思い浮かぶのは、専用機を所持する問題児の面々だ。

「わかりました、ありがとうございます」

「いえいえ……、はぁ……」

 疲れきった表情の麻耶が、部屋をあとにして立ち去っていく。入れ替わるようにして、一夏が扉を開き中へと足を進める。

「どうした織斑、何か用か?」

 スーツ姿の千冬が書類に目を通しながら尋ねてきた。

「千冬姉、話があるんだ」

 書類から目を離し、一旦作業を中止する。

「織斑、学園では織斑先生と呼ぶようにと言っているだろう?」

「いや、今はこれでいいんだ。話したい内容は……、家族のことだから」

 千冬の眉間に皺が寄りだす。

「前に言っておいた筈だが? 私の家族はお前だけだ」

「円夏のことなんだ。なんで、あいつは千冬姉を狙ってるんだ?」

「家族は私たちの他に、誰もいないと言っている。何度、同じことを言わせるつもりだ? 私は忙しい、他に用がないなら寮にもどれ」

 一夏から視線を外し、再度書類へと目を向ける。

 今日は下がれない、なんとしても引き下がる訳にはいかない。迷わず全力で千冬の腕を掴む。聞こえてきたのは、一つの溜息。千冬から酷く苛立った声が発せられる。

「一夏、なにを考えている? お前が焦っている原因は理解できるが、時として知らないことが自身のためになることもある。私は口を開く気はない」

 なにかしらの存在を肯定する言葉だった。

 今まで語られなかった――いや、身を任せて背いていたのだ。一夏自身にとって、重要な鍵を掴みきったように思えた。

「頼む千冬姉、教えてくれっ! 円夏は、本当に俺たちの家族なのかっ!?」

 千冬が一夏の目を見て、真剣な表情で窘めだす。

「大声を上げるな、馬鹿者が。知ればお前が苦悩することになる、忘れろとは言わんが話はこれまでだ」

「途中で切らないでくれっ!? 大切な家族なら、これ以上だれかを傷つける前にどうにかしなきゃいけないっ! それが今の俺にとって、すべきことなんだっ!?」

「――俺の、だと?」

 ガッ

「ぐっ!?」

 女性とは思えない、信じられないほどの腕力だった。

 一夏が千冬に襟首を捕まれて、一気に部屋の壁へと体を押し付けられる。目力から、有無を言わせぬような威圧感が放たれだす。

「まだまだひよっこ同然で、少しばかり調子が良いだけの人間が知ったような口をきくな。思い上がるなよ織斑、これは決してお前の役目ではない」

「…………誰の……なんだ……?」

 ――トクンッ

「なにが言いたい?」

「……じゃあ、誰の役目なんだ? 円夏を止めるのは、千冬姉の役目なのか?」

 ――トクンッ トクンッ

「そうだ」

 あっさりとした言葉だった。

 千冬の答えに言葉が詰る。肯定すれば全て楽になる気がした。

 ここでなかった事にすれば、またいつもの日常が始まるだろうと。

「……そうじゃない、それじゃ違うんだ。駄目だ、この問題は絶対に放棄なんかしちゃ駄目なんだっ!!」

 ――トクンットクンットクンッ――――――ドッ!!

 一夏の中にある、堰き止められていた記憶の障壁が決壊した。

 かつての在りし日の光景が濁流のように押し寄せてくる。一夏の視線が明後日に向きだし、千冬は一歩遅れでその異変に気づく。

「待て一夏っ!? それ以上は、思い出すなっ!」

「……………………そうだ。俺の前には父さんと母さんがいて……それから、俺より年下の妹が……。あの日は確か外に出てて、それで俺は――

「駄目だ一夏っ!?」

 千冬が一夏の両肩を掴んで前後に揺さ振り続ける。必死の思いで意識を引き戻させようとしたが、全ての行動が出遅れとなってしまう。

「短く乾いた音が聞こえてきた…………、赤い水……、血飛沫? 父さん、母さん、それに――――――――円夏?」

 一夏の曖昧な記憶が鮮明に蘇ってくる。今まで本能的に拒否して深海の底に沈めていたような本当の過去が顔を覗かせていく。当時の幼い精神では受け入れることが出来ず、記憶喪失のように抜け落ちていた部分があった。

 分厚い扉が開かれるようにして、一夏が目まぐるしく当時のことを思い出す。映写機の薄汚れたフィルムから投影されるようにして、ぼやけた記憶が甦ってくる。断片的に浮かび上がる暑い日。長い一日。千冬のいない中で現れた数人の人間。一夏以外が傷を負った。

 連れ去られた。

 自分だけが取り残された。

 連れ去った人間は、だれだ? スーツを来た男だ。解らない、突然起こった出来事だったから。原因自体が理解出来ない、あれは……?

「一夏っ!」

 千冬が幾ら叫んでも一夏の虚ろな目が戻らない。

「捨てられたんじゃない……、俺は、守られてたんだ。隠れろって言われて、だから……膝を擦り剥きながら…………」

 一夏の眼球が白目を向く。卒倒すようにして、彼はその場に気絶した。

 

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