[ NumberingTitle_新タナ展望 ]
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「天井までどれだけの高さがあるのかしら? なんかお伽の国に迷い込んだ気分……、ちょっとしたお姫様気分になれそうねっ♪」
「それにしても。こんなところに泊まるなんて、学園は滞在費だけでどんだけ注ぎ込んでんだよ?」
「私たちの待遇は要人《VIP》扱いだ。空港からの送迎にもガードがついた、問題があった場合には国際問題に発展する可能性がある。当然、そうなると宿泊する場所も自ずと決まってくる」
豪華絢爛といえるホテルの内装に貝田が感動し、浮き足で目をキラキラと輝かせている。空中に吊るされている巨大なシャンデリアが光を乱反射させ、全面白色の大理石が高級感を演出していた。横で並ぶようにして歩いていた喜久は、辟易といった表情で猫背になりながら文句を言う。
「随分と物騒な話だな。拉致られる可能性の回避も含まれてるってか?」
説明役にまわっていたラウラが、少しだけ視線を鋭くしだす。
「嫁やお前の場合は、どこの国もが欲している人材でもある。もちろんだが、この国も例外ではない。用心にこしたことはないだろう、十分注意するのだな?」
「味方が裏返って敵化するのかよ……、勘弁してくれ。まあ、ないとも言い切れない辺りが怖いな」
三人が並んで歩いてるのは、今日の夕食を取りに行くためだ。食事をする場所は地下に存在し、階段を降りてペルシャ絨毯の上を歩く。賑わう声が大きくなると、大広間のような場所で色とりどりの原色が目に入ってくる。
「なんともまぁ、粋なはからいっての? まさか、サービスで民族衣装が配られるなんてな」
喜久の普段着ている学生服姿とは違い、ラウラと貝田の格好が変わっていた。彼女たちはインドの民族衣装であるサリーを着込んでサンダルを履いている。ラウラは紫を貝田は赤の原色に近い色を纏っていた。
目の前でバイキングを楽しんでいる他の学園生たちも、皆一様にしてサリーを着こなす。
「えへへ~。どうかな、似合う?」
貝田が軽くポーズをとり、照れたようにして喜久に聞く。
「一〇点」
「ほんとっ!? やたっ!」
「百点中な」
「ひどっ……」
「冗談だよ、よく似合ってんじゃないの?」
不貞腐れる彼女に、笑って肩を竦ませた。
「あ、織斑君だっ!」
強引に気を取り直した貝田が叫ぶ。前方ではターバンを巻いて、白い民族衣装を着込んでいる一夏がいる。例えればシンドバッドの仮装か何かに近いかんじだろうか。それにラウラが気づき、一歩ほど後退しだした。
「あれ、ボーデヴィッヒさんどうしたの?」
貝田が覗き込むようにして、確認してみる。そわそわしていると思ったら、次の瞬間に顔を赤くして下を向きだしてしまう。こっちもこっちでしょうがないなと、喜久が気づいて大声を上げだす。
「一夏っ!」
気づいた一夏が歩いて向かってくると、不思議そうな顔をしだした。
「あれ、喜久はなんで着替えてないんだ? 衣装が部屋に置かれてなかったのか?」
「篠ノ乃と凰の阿呆二人に、部屋を追い出されたんだよ。だから他で間借りしてる。それじゃなくても、お前みたいに堂々と着る気もないけどな」
「これは同室の人間に着替えさせられたんだ……、派手すぎて俺も着る気になれなかったよ」
一夏は落ち着かない表情で答え、喜久が無言でいるラウラの肩を叩く。
「水着といい、晴れ着の時といい。ボーデヴィッヒ、お前はなんで服装のところで恥ずかしがる癖があるんだ……、一夏はこいつの格好をどう思う?」
「うあああっ!? 貴様、押すんじゃな……い…………」
前に押し出されたラウラが怒りだすが、一夏の前だと意識してしまい言葉が尻すぼみしてしまう。同じようにして一夏が顔を赤くしながら、チラリと彼女の全身を眺めだす。
「え、いや、凄くよく似合ってる。俺は可愛いと思うぞ」
素直な感想を漏らせば、ボンッとラウラの顔が一瞬にして茹蛸のようになる。そして、ブツブツと独り言を発し始めていく。
「嫁に褒められた……今日はいい日だ……嫁に褒められた……今日はいい日だ……嫁に褒められた……今日はいい日だ……今日はいい日だ……今日はいい日だ……最高だ――
「だめだこりゃ……、旅立ちやがった」
「大丈夫かラウラっ!?」
喜久が呆れ、一夏がラウラの肩を掴んで揺さぶる。そんなやり取りをしていると、シャルロットとセシリア、簪が四人の元に近づいてくる。それぞれが花びらのように、艶やかな色合いを纏ったサリーを着ていた。
「はい、喜久」
シャルロットが飲み物を喜久に手渡す。
「あんがとさん」
「ウ、ウンッ……他に言うことはありませんの? もう一言、言葉が足りないのではなくて?」
セシリアに聞かれ、少し苦笑してしまう。服装だけ変わって、中身が変わらずかと。
衣装は着ていないが演技だけ。喜久は一礼して手を前に持ってくる。
「よくお似合いですよ、お嬢様方」
「しょうがありませんわね、及第点を差し上げます」
「光栄です」
一夏が簪の方を向くと、彼女は両手を合わせて指をもじもじとさせていた。
「簪、よく似合ってる。どっかの国のお姫様かと思った」
「ありがとう…………」
顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに頷く。そして次の瞬間に喜久の側頭部へと、速度にのったサンダルが激突した。
「がっ!?」
「喜久あああぁぁアアアアアアアアアっ!!」
「喜久、貴様ああああああああっ! よくもおめおめと、この場に出てこられたものだなっ!」
怒り狂った鈴と箒が、腕を振り回しながらやってくる。吃驚した一夏が慌てて止めに入りだす。二人が般若の形相でくってかかった。
「二人とも落ち着けよ! いったい、なにがあったんだよ!?」
「一夏、あんたには関係ないわっ!」
「二度と盗みを働けないよう、腕を切り落としてやるっ!!」
痛みに耐えて蹲っていた喜久が、思わずしてやったりと笑う。保険をかけていて正解だったと、ポケットから二枚のコピー用紙を取り出した。
「単純馬鹿野郎共が、俺がカードキーを掏っただけで終わると思うか?」
「えっ!?」
「なにっ!?」
それぞれの顔写真が入ったパスポートの写しコピーが宙を舞う。地面に落ちる様子を眺めていた、鈴と箒の顔が苦渋に歪む。人質を取られていたことを理解し、歯を食いしばって思い切り喜久を睨みだす。
「は、あめーんだよ。俺の気分ひとつで、お前らが地獄に落ちることを忘れるな? あー痛てぇ、たっく、たんこぶができちまった」
にやにやと笑う姿は、もはや人を強請る子悪人でしかない。後は本人がしっぺ返しをくらうだけ。
「喜久、貴様の手腕は褒めてやる。やり方も見事だ。しかしだな、これはやり過ぎだ」
ラウラが持っていたパスポートを鈴と箒に手渡す。
「ボーデヴィッヒ!? クソが、裏切りやがったなっ!」
仲間と思っていた人間のまさかの行動に、一人が絶叫しながらその場で離脱し逃亡を開始する。狂喜しながら後を追いかけだしていく鬼二人。彼女たちは、着ている服装がサリーに変わっていた。だが、本人たちが品格を失くし、華やかさがまるで台無しになっている。
一夏が頭を抱え、逃亡する喜久の後姿を眺めながら呆れかえってしまう。
フッと、広間のライトが落ちる。前方で中年男性のアナウンスが入りだす。
『IS学園の皆様。今日は、はるばる我が国へお越しくださりまして、誠にありがとうございます。御歓談中とは存じますが、しばしのお時間を頂ければ幸いです』
前方に空中投影ディスプレイが点灯し始め、画面内に明日見学予定の施設に関する解説映像が流れだす。
『皆様に明日ご見学頂くISエネルギー開発機構研究所は、我が国ひいては世界が威信をかけて取り組んでおります機関となっております。ご学園の卒業生様の中にも、こちらで日夜研究に取り組んで下さっておられる方もいます。そして、今いらっしゃる在校生様方の中から、将来こちらへ就職される方がおられるかもしれません。その際には、どうぞよろしくお願いいたします。この画期的な事業は、現存するISコアの軍事利用という概念を覆す創造分野となります。このプロジェクトが成功のあかつきには、世界のエネルギー事情が大転換を起こすことになるでしょう。それほどの実用性と可能性、希望が、ISには備わっております。その部分を踏まえて頂きまして、皆様の明日のご見学が有意義になるものと期待しております』
言葉を切れば、盛大な拍手が起こりだす。
生産性が高く莫大な利益確保を期待できるものは、軍事兵器の年間需要に匹敵する可能性をもっている。これからの戦争がない世界の実現に、国同士の睨み合いが減少する傾向に、その場にいる人間が期待の眼差しを向けた。
(ISが兵器以外に使われていく未来か……、それも世界規模でなんて。俺にはスケールがでかすぎて、実感がわかないな)
話を聞いていた一夏が首を傾げながら、持っていた飲み物に口を付ける。
『小難しい話はここまでに致しまして、我が国のIS代表候補生から一言頂きたく思います。ルピンデル王女、よろしくお願いいたします』
ブッと、口の中で含んでいた液体が逆流して鼻に入りだす。
(王女!? 王女って言ったよな、今!?)
咽返りながら、自分の耳を疑って二度も脳内確認を行ってしまった。昼間に一悶着して一撃を入れてきた少女と、今呼ばれた王女という単語がどうしても繋がらない。
『IS学園の皆様がた、今日は遠いところより、ようこそお出で下さいました』
気品に満ちたしとやかな声、王族の伝統衣装ドレスに大量の貴金属を纏ったルピンデルが深々と一礼しているのが確認できる。一夏の口があんぐりと開いて、塞がらなってしまう。
『先程から、お疲れのご様子の方もおいでと思います。どうぞ、今日はゆっくりと休まれて下さい。また、明日の見学には私と師である国家代表も同行させて頂きます。その際には、気軽に仲良くして下さりますと助かります。どうぞ、よろしくお願いいたします』
にこやかにして手を振る。ルピンデルの視線の先には、未だに驚いている一夏がいた。そして、おちゃめな一言も忘れない。
『今回誠にありがたく、私が滞在しているこのホテルでよき出来事がありました。世界初のIS男性操縦者と、部屋が一緒になれたことに感激しております。大変貴重な経験を積ませて頂き感謝の言葉もありません。既に肌を見せ合った仲ではありますが、宜しくお願いいたします。一夏 織斑様っ♪』
浮かれているような言葉だが、一夏にとってみれば爆弾発言以外の何物でもない。言っている内容は事実だが、人によってとらえ方も過度に変わってくる。
「ひぃいっ!」
針のむしろ、引き下がれない絶壁の崖に立たされたような心境に陥って、思わず顔を青くしてしまう。会場中の全員が一夏の方を見ていた。
喜久なら何か叫んで怒り出すかもしれないが、そんな度胸があるわけもなく。
「一夏、今の話は本当か? 部屋が教官と一緒ではないとは、どういうことだ?」
「私……、全く聞いてない…………。肌を見せ合ったって……、いったい……どういうこと……!?」
「おお、織斑君! これは一体、どういうことですかっ!?」
睨み付けてくるラウラと簪、不純異性交遊に荒ぶる真耶がいた。一歩あとずさる。
「ご、誤解だ。俺は何も……、違うんだぁああああああ!」
後ろを向いて、喜久のように全力ダッシュで会場を逃げ出した。それを内心愉快に見ているルピンデルは、
(女の裸をタダ見なんて、許せるわけないでしょ? 天誅よ、ありがたく受け取っときなさい)
持っていたマイクを弄りながら、微笑みの外面を保っていた。
◇
「喜久ああああああああっ!! 今なら半殺しで済ましてやるから、いい加減出てきなさい!!」
「外道め、どこへ行った! 私が、この場で成敗してやる!」
喜久の姿を見失った箒と鈴が、いきり立ちながら叫ぶ。二人から死角の壁に張り付いている逃亡者が、荒い息を上げながら反抗的な視線を向ける。
(ISを無断で部分展開してる時点で、生かす気さえねぇじゃねえかよ……。バックれるなら、このタイミングだな)
その場から抜き足差し足で、気づかれないようにして離脱していく。階段まで辿り着くと、一気に駆け上がってエレベーターに飛び込む。
ガラス張りの壁から下を覗けば、未だに辺りを彷徨っている鈴と箒がいた。
【彼女たちには明日また会うのに、無意味に引き延ばしても意味ないわよ】
「多少なりとも時間はたってんだ。今よりは、マシになってんじゃねぇの?」
【今回の騒ぎの発端は半々でしょうが、結局は同じ穴のムジナね】
「住んでる川の流域が同じってか? ティアーニ、お前の言葉を聞いたら本人たちも喜んで、お前を壊しにかかるだろうよ」
ティアーニの言葉に喜久が鼻で笑う。最上階でエレベーターを降りれば、屋上へ続く階段が見える。やっと休める場所が見つかったと思い、安息を求めて硬質ガラスの扉を開けた。
先客がいる。喜久より疲れ切った表情の一夏が、ぐったりとして床にへたり込んでいるのだ。思わず呆れながら声をかける。
「ターバンがズリ落ちてんぞ、色男が台無しだな?」
「俺より先に全力疾走したくせに……。悪い、今は休ませてくれ。この後のことを何も考えたくないんだ」
「どんだけやつれてんだ……、お前も誰かに何かされたんかよ?」
「――ああ、あれは王女様じゃない。楯無さんの皮を被ったなにかだ」
一夏の横に喜久が座り込む。二人して汗を拭い、やってられないとばかりため息を吐く。少しして、片方がポケットに手を入れだした。だが、目的のものが見つからずにまた手を出す。
「ち……、煙草が吸いたくなる癖が未だに治りゃしねぇ。で、一夏。王女ってのは誰だ?」
「インドの代表候補生、ルピンデルだ。学園側のミスで、今回だけ部屋の相方になった」
「良かったな、篠ノ乃と凰に知られてなくて。わかってたら殺されてんじゃね?」
「お前が怒らせたからな、会場にいてくれなくて助かったよ」
一夏がさらに深いため息を吐いてしまう。幼馴染である二人の迫ってくる形相を思い浮かべて泣きそうになった。嘆いていると違う場所から音が聞こえてきだす。
「男二人で密会かしら。随分と仲がいいのね?」
素の状態になっているルピンデルが、嬉しそうにして近づいてくる。酒瓶を持ってやってくると、一夏の横に腰を下ろしていく。両手を伸ばしてながら肩を回すさまは、仕事に疲れたOLの取る仕草に似ている。
ISを無断で展開し、ワインのコルクを無理やりに引き抜く。
「あー、人目につかない場所だと気が楽でいいわ。貴方たちも飲む?」
「ルピンデルって本当に王女なのか……? それに、未成年の飲酒はよくないぞ」
「随分と庶民派な王女だな。それでも型破りすぎだろ、酔って顔が赤くなっても大丈夫なのかよ? バレたら、世話役みたいな人に怒られねぇの?」
二人の指摘を気にする様子もなく、ルピンデルは手をぶらつかせながらISを粒子化させた。
「ああ、それなら平気へーきっ♪ というよりも、こんな窮屈な生活の中じゃ、お酒でも飲んでないとやってられないの。宮廷行事も、代表スピーチも、一族繁栄の政略結婚も最低よ」
平気でラッパ飲みを豪快にして酒瓶を煽る。一夏の中で王族に対する誠実なイメージが急降下した。ついでに地面までぶち抜いて、地中深くまで埋まっていく。喜久が思わず吹き出して笑いだした。
「ぷっはははははははは、はーあっ腹痛ぇ……。一夏、お前の相方は最高じゃねぇか。ルピンデルだっけ? そら、生まれた場所がついてなかったな。そんなに嫌だったら、好きな誰かと国境でも越えて駆け落ちでもしちまえば?」
「おい、喜久! 初対面の人に、なに失礼なこといってんだ!?」
「良いわよ別に。今の無礼な発言は特別に許す。なんだ、変態の一夏よりも話せるのがいるじゃない?」
俺はまともな筈だと、一夏が変態のレッテルを貼られていることに凹んだ。ルピンデルが自身の纏っている貴金属のアクセサリーを掴みながら、少し遠い目をする。
「言ってくれるわね、そんな簡単にはいかないのよ。まあ、私は死ぬまで師匠《せんせい》から離れる気もないし。私の全ては師の全て、師の全ては私の全てよ」
「 ? 」
彼女の独り言のような最後の喋りに、一夏が意味を理解できずに首を傾げてしまう。詩の一説のようだと、ただそんな感想だけを心の中に抱いた。喜久がその場で寝転がりながら、満点の夜空を見上げだす。
そして、確認の一言を投げかける。
「あんたにとって師ってのは、どちらかが地獄まで落ちた時も一緒の存在なのか?」
「ええ、当然よ。なにをおかしなことをいってるの?」
「すげぇな、一蓮托生で道連れかよ? 俺から見れば、ルピンデルさん自身が聖人に見えるわ」
思わず素直に感心し、彼女の信念に少しだけの羨望を向けてしまう。この世の中で身をなげうってでも信じれるものがあることに、喜久は自分の足元の危うさを重ねていく。自身には信じれるものは殆どなく、醜い人間ばかりを見てきた過去に嘆いてしまうのだ。
「美談をありがとさん、俺は先に寝かせてもらうわ。一夏、この王女さんはなかなかの美人だ。射止めても損はしないと思うぞ?」
「おい!」
満足げに一人がその場を去っていく。一夏が頬をかきながら、やり取りに困って目を泳がせた。ルピンデルが口元に手を当てて笑う。
「ぷ、言われてなにを意識してんのよ? プレイボーイなら、もっと柔軟に対応してみせなさい」
「なんでそうなるんだよ!」
一夏が怒り、ルピンデルがキョトンとして疑問符を頭に浮かべる。
「え、違うの? さっきの私のスピーチで、貴方に詰め寄ってる人間がいたみたいだけど。なに、日本は一夫多妻制なんでしょ?」
「断じて違う、もっと日本について勉強してくれっ!?」
「因みに、私はそんな安くはないわよ? 貢物はどれだけ用意できるのかしら?」
「俺の国に、そんな文化はない! はあ……、もう寝たい。俺も部屋に戻るよ」
どっと疲れてしまい、這うようにして立ち上がる。背中を軽くたたかれた後、微笑む少女が艶のある表情で一夏に抱き着いた。
「明日の施設見学では、時間を作って頂戴ね。師匠《せんせい》がゆっくり話をしたいらしいから。聖なるよき夜を。お休みなさい、一夏」
ガチガチに固まった一夏を残し、ルピンデルが自身の部屋へと戻っていった。
◇
夜も就寝時間が過ぎている頃、部屋にノック音が響く。ルームサービスにしても訪ねてくるには遅く、一夏が少し不信感を抱きながらベッドを這い出る。隣のベッドに潜り込んでいたルピンデルが、にやつきながらその光景を眺めていた。
「あらなあに、もしかしなくても誰かからの夜這い?」
「違うっ! と……、俺も思いたい……」
叫ぶが、最後は自信なさげに言ってしまう。ある日の朝、一夏が起きるとラウラが裸まま横で寝ていた。そんな過去を振り返ると、どうしても全力で否定しきれない自身がいるのだ。
「私は部屋から出ていた方が、いいのかしら?」
「ルピンデルさん、本当に辞めて下さい。お願いだから、先に寝ててくれ」
からかわれることに疲れを感じながら、廊下へと続くドアを開ける。訪ねて来たのはシャルロットで、ジャージ姿の彼女は少し申し訳なさそうに聞いてくる。
「一夏、もう寝てたかな?」
「ああ、明日も早いからな。どうしたんだシャル、こんな時間に?」
「ちょっと話せないかなと思って。少しだけ駄目かな?」
「うーん……、わかった。ここだと寮の規則もないし、問題ないだろ」
ドアを閉めて、シャルロットと二人で歩きながら一階ロビーへと向かう。人気はまばらで、カウンターに二名の受付がいる。後は、チェックインを済ませ中のスーツを着ているビジネスマン客がいるだけだった。外ではサーベルを提げたガードマンが二名いる。
二人して互いに向かい合うようにして、ゆったりとした椅子に腰掛けていく。
「最近、なんか悩んでることない?」
「え……、どうしたんだ急に? 俺は大丈夫だ、なにも問題なんてないぞ」
「嘘つき」
「うっ……」
シャルロットが人差し指で一夏の頭を小突く。切り込まれるように言われ、困惑してしまい、急遽に誤魔化しの言葉を探す。だが、相手の優しい笑顔に無駄な抵抗を試みているように感じてしまい――出来て無言が精一杯だった。
ただ一言の『嘘つき』という言葉だけなのに。これだけで、実は自身が想像以上に心を抉られていることに気づく。
「一夏らしくないかな。ポーカーフェイスなんて似合わないし、下手なのも皆が解ってる。肩肘を張りすぎると、疲れて倒れちゃうよ?」
一瞬だけ、頭が真っ白になってしまう。
全てを曝け出したくなるほど、強烈に『甘い』言葉だ。大切な仲間だと思っているから、認めているからこそ、一夏はシャルロットに本音を漏らしたくなる。
ぐっと、本当の気持ちを奥底へ沈ませた。
だからこそ言えない。なにより男としての意地とプライドが、一夏自身の口を堅くばせる。
「――そうだな、確かに嘘をついた。ごめんなシャル。俺って、自分が知らない間にみんなに迷惑かけてるんだな」
「誰も迷惑だなんて思ってないよ、様子がおかしいから心配してるだけ。思って塞ぎ込んでる一夏は、どんな悩みを抱えてるの?」
「……悪い、俺自身が心の中でも整理が全くついてなくて。まだ、誰かに話す気にもなれないんだ。多分、吹っ切れたら話せるとは思ってるんだが」
「そうなんだ。でも、一夏がどうしようもなくて。誰かを頼らなきゃいけない時は、僕や皆がいるからね。だから、一夏は安心していい。必ず横で支えてくれる人たちがいるから、なにも怖いものなんてない」
すっと、少しだけ気分が楽になる。箒とシャルロットに励まされ、溜め込んでいたものが散霧していくように感じていく。
目を瞑ってみると、思い出した自身の父親と母親の顔、あどけない円夏の表情が鮮明に浮かび上がる。苦痛に感じてしまうことには変わりないが、前に比べて気持ちの沈みこむ量が減った気がした。
「一夏」
「ん?」
「自分に勝ってね?」
「うん? うーん、意味は良く解らないけれど頑張ってはみる。お休み、シャル」
「うん、お休み一夏」
二人とも笑顔で返事を交わす。
(僕は辛いときに一夏に助けてもらったから、だから今度は僕の番。みんなと一緒に、しっかりと支えてあげられれば良いんけど)
シャルロットが手を振って去っていく一夏に対し、どうにかしたいという思いを募らせた。