[ NumberingTitle_撒キ散ラサレル悪臭 ]
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渡航に慣れない環境のせいで疲れも抜けにくい。しかも時差ぼけがつけば、余計に体もだるく感じてしまう。寝ぼけそうな頭で朝食を済ませた二人の女性が、ホテルの借り部屋に入れず困惑していた。
「いったい、どこで部屋の鍵を落としたんでしょうか……。駄目です、全く心当たりが思いつきません」
「真耶ったら、相変わらずドジね。どっちもカードキーを失くしたんじゃ、部屋に入れないじゃない?」
「裕香も失くしてるじゃないですかっ!? なんで貴方はそうやって、いつもいつも調子が良いんですか!」
「私だから、はい終了。にしても、流石に不味いわね。バス乗車の時間まで、もう時間が無いわよ?」
「……しょうがありません、ホテルの方に事情を話して部屋のロックを解除してもらいましょう」
なんとも情けない理由、いい大人にもなってなにをしているのかと泣きそうになる。ついてないと思いながら、真耶は持っていた携帯電話で千冬に連絡を入れる。
『どうした、山田先生?』
「織斑先生、大変申し訳ありません。ミスをしてしまい、部屋の鍵を失くしてしまいました」
『瀬名川先生に開けてもらえないのか?』
「いえ……、誠に申し上げにくいんですが。どうやら、瀬名川先生も失くしてしまったようで」
おろおろしながら話していると、電話の向こう側で最大級の溜息が聞こえてきだす。怒り心頭の千冬を想像し、背筋が凍りそうになってしまう。
『昨日のことといい、初日から問題ばかりが発生している。山田先生は、この状況がどうにも災難続きだとは思わんか?』
「はい……」
いえる言葉はこれだけ。
『しょうがない、一つ貸しだぞ。三組のほうは私がどうにかする、真耶と裕香は遅れて合流するように』
「いえ、しかしそれでは――
『私は貸しだといったんだ、後できちんと返してもらうから安心しろ。焦っても、いい結果は生まれん。事故だけは起さんようにな』
通話が切れ、横で一緒に聞いていた裕香が肩を竦めた。
「しょうがないわね、千冬先輩の言った通りにしましょ?」
「はぁ……、確かにハンドバックの中に、カードキーを入れておいた筈なんですが」
ロビーまで歩いて向かい、インド人のホテルマンにお願いする。スペアキーを取りに行ってもらっている間、他のほうへと顔を向ければガラス張りの壁から外が見えた。
既に全てのクラスが乗車を完了している様子がわかる。
(引率すべき教師のほうが、問題を起してしまうなんて。皆さんには、合わせる顔がありませんね……)
真耶は生徒に申し訳ないと、その場で深々と一礼した。予定のズレを教員二人のせいで発生させるわけにもいかず、バスは通常通りの運行時間で発車していく。
ホテルマンがスペアキー持って来ると部屋へと戻り、やっと部屋のドアが開いた。
「あれ、これは?」
「ん、どうしたの?」
入ってすぐの床下に、失くしたはずのドアキーが転がっている。同じようにして紙のメモも一枚落ちていた。走り書きのように『アホ』と書かれているのを見て、
「……あ・の・子・は~っ!!」
「し~く~ま~く~んっ!!」
裕香はメモを思い切り握り潰す。相方のトバッチリを受けた真耶も、その場で唸り声をあげた。彼女達の思いつく中で、こんなことを仕出かすのは一人しかいない。バスの中で寛ぎながら笑っているであろう男子生徒に、後で必ず鉄拳制裁を下すことにした。
◇
「瀬名川先生と山田先生は事情があり、遅れて合流することになる。三組はクラス代表がしっかりとクラスを纏めるように」
朝から目的地への発進前のこと。三号車のバスに乗り込んでいた千冬が、頭を片手で抱えながら指示を出していく。次に、鋭い眼光で意気消沈している二人組みを睨みつけだす。
「特に、そこの馬鹿者共を注意してみておけ。ISを無断展開の挙句、ホテルの器物破損をするなど言語道断も良いところだ。これが学園内での出来事であれば、即刻の懲罰は免れん」
顔を青くして滝の汗を流す鈴と箒がいた。彼女達は座席で完全に萎縮しきり、胃もキリキリとなりだしている。
昨日、二人して暴れているところをホテルマンが慌てて静止しだのだが。怒り狂った鬼二人が言うことを聞くはずもなく、箒が『英語で叫ばれてもわからん!』と反抗した。振り回した腕が大理石の柱に激突しクリーンヒット。あわや盛大な罅割《ひびわ》れが発生してしまう。
そのことを聞いて真耶が卒倒し、裕香が苦笑して千冬が激怒した。学園で弁償の責任を持つことになるのだが、横幅三メートル、縦幅一〇メートルほどの立派な柱は被害額も破壊的なほどに高かったらしく。結果、後日に余計な出費を確認した楯無の頬が引きつった。
現在、鈴と箒の完全にノックダウンした状況に、喜久が満足して欠伸をかいている。横で座っている女子生徒たちは、不思議な顔をして話し合う。
「瀬名川先生はしょうがないとしても、やまちゃんまで遅れなんて」
「市隈、なんか知らない?」
「さーっあ、なんでだろな。まあ、大人は用意も大変だからな。いろいろと時間をとられるんだろうさ」
しれっと答え、他人事のようにいう。そして、今頃二人の人間は頭が沸騰中だろうと内心で腹を抱えて笑っていた。
◇
二組のバス内では、ルピンデルが一番後ろの席に座っていた。バスに乗車した際、彼女はクラス中の女子達から質問攻めにあいだす。
「ねえ、昨日は織斑君となにがあったのっ!?」
「いえ、別に何もありませんでしたよ。彼は非常に紳士的でした」
「お互いが裸だったんでしょ、じゃあ織斑君もそうだったのっ!?」
「実はですが、肌を出していたのは私のほうだけですね。一夏様は服を着ていましたわ。昨日は少し調子に乗ってしまい、気分を良くして誇張してしまいました。申し訳ありません」
バスが発車しだしても、騒ぎが止む気配は皆無だった。
「お願い、今日の夜だけ部屋を交換してっ!!」
「今日の予定が終わったら、ルピンデル王女の部屋に遊びに行かせて!?」
「一生のお願いっ! 織斑君と二人だけの時間を作って!?」
学生服の彼女達に対して、ルピンデルが口元をひくつかせる。
(まずったわ……、まさかこんなに恋愛感情を持ってる人間が多かっただなんて。あいつって、こんなにもてるタイプだったのね……)
あのジゴロめと、予想外の逆襲に疲れを感じてしまう。
一夏ハーレムのような光景を目にし、この国の藩王も真っ青だなと感じた。昨日は冗談交じりにからかっていたが、あの男子は本当にプレイボーイなのかもしれない。
鉄壁の外面笑顔でやり過ごすが、こんなにも押し込まれては堪らない。
「ルピンデル?」
「はい、師匠《せんせい》」
追い討ちの横から聞こえてくる声。ひんやりとしたカーンティの視線に、ルピンデルがビクリと体を震わせた。
「貴方の好奇心が貴方自身を殺します。因と果を観《み》、己の行動を弁えなさい」
「……はい、申し訳ありません」
自身の師からも叱咤され、余計にストレスが溜まった。
「私たちは人なのです。一時の欲望に興じ、畜生になる必要性がどこにありますか?」
「おっしゃる通りです」
「矛先を向けるのであれば、自身の成長の糧となるものを選びなさい。いつもいっているでしょう、貴方は先のことを見据えずに行動を起すきらいがあると。王女としての立場が貴方自身の人格形成訓練の場となるのです。人は一足飛びに格を得るのではなく、日々の積み重ねによって――
バスが施設に到着するまでの間、カーンティの説教は続く。
◇
近代的な高層ビルとタージマハルのような白を基調とした半円型ドーム状の建物がある。ISエネルギー開発機構研究所の入り口には、IS学園の生徒達が乗るバスが横並びで停車していた。
施設の中で見学をしている一夏が、神秘的にも似た状況に目を見張る。
(すごい……、これが戦い以外の力か。一体どれだけのエネルギーを作り出せるんだ?)
それは、IS学園の生徒たちにとっても同じことだった。
『ナンバー814521、試験始動開始。同調率及び稼働率平常……、自動制御へ移行、一パーセント、四パーセント、五――
シールドバリアーで特殊加工された透明な壁の向こう側で、ISコアが強烈な光を放つ。エネルギー変換しきれない莫大な余波が、別の力として物理的に表面化し続けている。
学園の生徒達は喉を鳴らすようにして、目の前の光景に釘付けになっていた。施設の説明を行っている女性研究員が口を開く。
「現在行っております試験稼働は、IS操縦者が行う制御からから自動制御への切替実験となっています。ISコアは、操縦者なしでは起動及び制御を行うことができません。この実験の目的は、ISコアの遠隔操作と自動制御を行なえることに主眼をおいています」
コアは操縦者無しでは動かない。目下、エネルギー開発の第一歩として、IS無人機化が最優先の課題となっていた。プロジェクトが始まって数年、各セクションがさまざまな問題に取り組んでいる。
その内容はISコア起動後の安定した常時エネルギー供給、電力発生を行うために必要な特殊タービンの開発、コアを覆う容器の耐久年数確保等が挙げあられていた。課題とすれば枚挙にいとまがないほどあげられる。
だが、それも施設に勤めている研究員が、最大の熱意を傾けて一つ一つ丁寧に解決の糸口を探ていた。
そんな中で、最近になって究極の朗報が彼らに舞い込んだ。篠ノ乃 束が創り上げた第四世代機、箒の扱う紅椿。第三世代機にはなく、この新世代機にだけ存在するもの。箒だけが扱うことのできる唯一使用の特殊才能《ワンオフ・アビィリティ》、『絢爛舞踏』は新たなる可能性を秘めた一筋の光明だった。
外部から一切の補助なく産み出される自己エネルギー供給。コアの寿命を入れて半永久機間、その部分を除けば最高級の『永久機関』となる。ISが世に出てからの十年、特殊な事例を除けばコアの機関完全停止は未知数だ。
最高のエネルギー開発といえる職場に、研究者たちのテンションは最高潮を維持していた。成功すれば世界に広がる飢餓、エネルギー不足、貧困も一挙に解決できるかもしれない。そんな憧れにも似た情景に彼等の胸も踊り続けている。
学園の生徒達が真剣な眼差しを向けているなか、中断するようにして案内役の研究者が再びのアナウンスを開始しだす。
「ご見学お疲れ様です。午前中の予定は以上となります。これから午後までの時間、ご自由に昼食を取られて下さい。集合場所は今おりますホールとなります。また、関係者以外立ち入り禁止場所もございますので、ご注意下さい」
研究者の横にいた千冬が声をあげる。
「これから一時間半の休憩をとる。各自クラス代表が、自身のクラスを纏め上げるように。間違っても施設の関係者に迷惑をかけるな。解ったら、返事をしろ」
『はいっ!!』
「では、解散」
生徒達がグループを作って思い思いの時間を過ごし始める。何時ものように専用機持ちのグループが一箇所で纏まっていると、ルピンデルが一夏たちのもとへとやってきた。
「一夏様に市隈様、師匠《せんせい》が話をしたいと言っておられます。申し出を受けいれて頂けませんでしょうか?」
カーンティがホールの端で、こちらに向かってにこやかにお辞儀してくる。
「あ、そうだった。悪いなみんな、少しく席を外させてくれ」
「俺はパスで」
喜久が気だるそうにして手をぶらつかせる。ルピンデルの笑顔が苛立ちの表情へと、一気に変化しだす。
「いいから来いって言ってるのよ、面倒臭い男ね。時間がないんだから、問答無用で引きずってくわよ?」
ドスの効いた声色で言われ、ラウラ以外が驚いてしまう。しかし、そんなものに怯む彼でもなく、
「行く意味がないし、断る権利くらいあるでしょ? まあ、そういうことで」
当たり前のように背中を向け出す。
「一夏は変態、目の前の男は捻くれ者。なんでIS男性操縦者は、こんなにもアクが強いのかしら……」
「市隈、いい機会だから話しておけ。これは研修の必須課題としておく」
ルピンデルがため息をついたところで神の一声。千冬が腕組みをしながら喋ると、喜久がピクリと眉間を動かした。
「内容を突発的に増やす必要性が、どこにあるんすか?」
「では、言葉を変えるとしよう。カーンティとの対話は、市隈にとって必ずプラスになる。だからいって来い」
「は、それは先生よりもってことで?」
「そうだ」
千冬が間髪いれずに答えてくる。思わず呆気にとられ、喜久の顔が吃驚したようになってしまう。周りの人間も千冬が彼女自身のよりもと認める言動に衝撃を受けていた。
(千冬さんがあっさりと。えっと、なんなのそれ……。インド代表って、そんなにすごい人間なわけ?)
(教官が一目置く相手か。私もついて行くべきか迷うところだな)
鈴とラウラがカーンティの方を見る。もう一度会釈で返され、思わずオウム返しで同じ行動をとってしまう。その隣では喜久が考え込む。
(織斑姉がここまで言うなんてな、何とも珍しいこともあるもんだ。――しゃーない、今回は大人しく従ってやるか)
喜久がカーンティを見る。車椅子に座っているのを確認すると、下半身不随かなんらかの障害を持っているのかと思う。
(ISを展開すれば足の部分なんて、幾らでもカバーできるわな。脳波系からの脚部へ指令制御、または自動制御ってところか。もしくは、制御なしもありうる。あんだけのハンデをおって、なを国の頭《トップ》とはね。一体どれだけの実力を兼ね備えてる化物なのやら……。正直、実戦だったら避けたい部類の相手だな)
一夏が喜久の肩を軽く叩く。
「織斑先生も言ってるし、今回は素直に従っとこうぜ」
「わーったよ。飯食わないで昼寝するつもりだったけど、面白いネタにはなんだろうさ」
「市隈様。師匠《せんせい》の前では、そのような下品な口調を控えてくださると大変助かります。なにとぞ丁寧な応対をお願い致します」
「はいはい」
ルピンデルが澄ましながら注意を促すと、喜久は適当に答える。横にいた一夏がどうしたものかと困った顔をした。三人がその場から離れだすと、残った女子メンバーに千冬が声をかける。
「すまないな。悪いが、織斑と市隈の両名を抜きにして食事をしてくれ」
「織斑先生、それは――
セシリアが喋りだした口を閉じてしまう。千冬の余りにも真剣な横顔に、思わず気圧されてしまったのだ。
専用機持ちの少女達は、互いが目配せをしていく。なにか考えがあるのだろうと思い、黙ったままその場を後にする。
箒が一つ溜息をつき、メンバー達の一番最後に歩き出す。
(一夏と食事を取れると思っていたが、今朝のこともある。ここは静かにしていた方が無難か)
昨日の大理石破壊の失態を反省し、午後に一夏と合流してからのことを考えていく。二人きりになる時間はないものだろうかと思考に耽る。
――ふと、あるところで視線が停止した。
年頃にして一二歳程度だろうか。三つ編みの少女がじっと、こちらを見ている。赤の他人の筈だが、妙な既視感を持ってしまう。
少女の口が緩やかに開く。遠巻きに告げてくる言葉、その声が聞こえてくることはない。ただし、なにを告げているのかは理解できた。
発された口元の動きで三文字分だけの意味を。
『た・ば・ね』と。箒が慌てるようにして少女の下まで近づいていく。
「姉さんが近くにいるのか……!?」
声が大きくなってしまうのを押さえ込みながら、必死の思いで少女のもとまで辿り着いた。
「いいえ、外でお待ちになられています。ご案内いたしますので、どうぞ付いてきて下さい」
少女は淡々と述べると、丁寧にお辞儀を一つ。
「箒様、私の名前は久遠と申します。以後、どうぞお見知りおきを」
◇
昼食を終えて、まだ集合時間には幾分かの余裕があった。中央ロビーで六人席用の円形テーブルに座っている簪が口を開く。
「箒……、どこに行ったのかな…………?」
気づいた時には、メンバーの中から箒の姿が消えていた。
「子供じゃあるまいし、別に問題もないでしょ。それだったら、一言も置いていかない方が悪いのよ」
横に座っていた鈴が特に気にした風もなく、飲み物のストローを口に加えながら肩を竦める。退屈そうにしながら、午後の予定を確認していく。
「後は少しの見学だけで、次にモンドグロッソの会場へ移動。確かにこっちも大事だとは思うけど、あたしとしては競技場の方が興味あるのよね」
「そういえば、鈴さん。最近の中国代表は、随分と調子が良い様だとお聞きしていますが?」
セシリアが個人的に知りえていた情報を何気なく聞く。鈴は苦笑いし、話題の振り方を間違えたことに失態を感じてしまう。
「あー、あの人ね。まあ、調子は良いんじゃないの。あたしも滅多に会わないし、詳しいことは知らないけど」
「語調がなんとも白々しいな。なんだ、お前は国家代表と仲が悪いのか?」
ラウラから直球のような言葉を受けて、鈴が気まずそうに視線を逸らしだす。
「いや、別に……、確かに良い人なのよ。それは認めるけど、嗜好がやばいというか、趣味がおかしいというか……、ただ頭が飛んでるとしか……」
「鈴、顔が蒼いけど大丈夫?」
様子を見かねたシャルロットが声をかける。
「ええ、なんとかね。はあ……、ようはレズなのよ」
ラウラ以外がその場で固まり、鈴の嫌がっている理由に納得がいった。
「あたしも襲われかけたことあるし。なんか、胸は小さいほうが良いだとか、すごくムカつくことをのたまってたわ。ラウラ、あんたなんか見た目が西洋人形みたいだから、たぶん一発で好かれると思うわよ?」
「なんとも変わった人種だな。しかしだ、我が代表の怠け者よりはマシだろう。私は既に嫁がいるからな。もし襲ってこようものなら、返り討ちにしてやる」
「できんならやってみれば? 言っとくけど、あれで更に強いからタチが悪いのよ。なんか今言ったラウラのとこも含めてみると、ほんと国家代表って禄なのがいないわね」
黙って聞いていたセシリアが頷き、自国の国家代表を思い出す。何回か会う機会があったが、超がつくほどの高飛車思考で、人を見下すことに容赦がない人間だった。
自身の国も似たようなものだなと納得し、一人でフッと明後日の方を向いてしまう。
「ハァ~イ♪ 座らせてもらうわよぉ?」
ラウラほどの体格で、ショートの赤髪と茶の目をしていた。新たに顔を出してきた少女が当たり前のように、笑顔で残りの席へと腰掛ける。その顔を見た瞬間、シャルロットとセシリアの表情が凍りついた。
他のメンバーが違う意味で驚く。
「え……、喜久……?」
他者の考えを代弁するように、簪がぽつりと呟いた。ラウラが視線を鋭くしだす。これが、楯無と喜久を戦闘不能にした亡国機業のIS操縦者なのかと。
「そうよぉ。ねぇ、お兄ちゃんは元気してるかしら?」
クラーラがテーブルに肘をつく。嬉しそうに口を開けば、ニッと三日月のような笑みに悪寒が走りそうになる。セシリアが睨み付け、即座にISを展開できる臨戦態勢を整えておく。
「クラーラ=ペローフ。貴方のような人間が、なぜこのような場所に?」
「さっーあぁ、なぜかしらねぇ?」
小バカにしたような態度、シャルロットが真剣な表情で言葉を発した。
「みんな、気を付けて。去年の学園襲撃で先輩に怪我を負わせたのは、この人だから」
「あん、そんなに警戒しないで頂戴ぃ♪ やあねぇ、切り裂きたくなっちゃうじゃない?」
殺害を仄めかす発言に、周囲の緊張が一気に高まっていく。鈴が苛立ってテーブルを叩きだす。
「あんた何様よ、随分と挑発してくれるじゃない。なに、この状況の中で一戦交えようっての?」
クラーラは余裕の表情を崩すことはない。むしろ、今の状況を楽しんでいた。さて、最初に感情を爆発させた人間から狩ってやろうかと、誰が一番乗りするのかを待っているかのように。
対するようにラウラが見据え、冷静に会話をするように努める。
「どうやら、喜久に輪をかけて傲慢な性格のようだな。専用機持ちを五人も前にして勝てるとでも思っているのか? ましてや、ここはお前たち亡国機業の陣地でもあるまい?」
「あはは、馬鹿ねぇ。ここは私にとっても半分アウェイだけど、貴方達にとっては殆どが同じことでしょう?」
邪悪さを感じさせるような屈託のない笑い。クラーラは平気で機密情報を暴露しだす。
「良いことを教えてあげるわぁ、これは私からのサービスぅ。この研究施設の出資だけどぉ、亡国が半分を持っているの。まあ、もう少し正確に言えば、お父様の投資ねぇ。どうかしら、私がここにいる理由に納得がいったかしらぁ?」
ISを使用したエネルギー開発の最先端研究所にある最重要プロジェクトへと、亡国機業が提携を結んでいる。知った事実にクラーラ以外が愕然とした表情になってしまう。
底の知れないネットワークと莫大な資金力を兼ね備えている組織力に、メンバーが自身たちの耳を疑ってしまった。
そう、その顔が見たかったのと言わんばかり、少女が笑い出す。
「ぷ、あははははは。なぁにぃ、そんなにショックな内容だったかしら? 気楽に生き過ぎて、周りが全く見えてない連中ばかりねぇ。本当にマヌケだわぁ」
余りの口の悪さで、鈴の沸点が限界に達しかける。スケールを想像できず、横で座っていた簪の喉が干上がった。そろそろかしらと、クラーラが追い込みをかけていく。
「日本て住むには良い国よねぇ、良すぎて頭がボケちゃうのかしら? ――生ゴミだらけの連中がどこまで吼えようが、所詮は家畜の餌にすら程遠いわ。そうねぇ、貴方達が暴れたいなら、別に今からここで暴れてもいいわよぉ? その際は、ここに座ってる全員の人生を終わらせてあぁ・げぇ・るぅっ♪」
「ここが壊れて困るのは、アンタでしょうが!?」
「なんて狭い脳味噌してんのかしらぁ、話にならなぁ~い~。こんなチンケな施設が一つや二つが潰れたくらいで、組織の懐が痛むと思う? 本気で思ってるのなら、赤ちゃんからやりなおしてくればぁ?」
「上等よっ!!」
パンッ
ラウラが素手で合わせるようにして、鈴の蹴り上げた足を払う。
「なにすんのよ!?」
「鈴、落ち着け。相手のほうが上手《うわて》だ」
いつの間に携えていたのか、クラーラの手に鈍く光るナイフが握られていた。刃には赤黒い液体が、干からびるようにして付着している。既に彼女によって何人もの人間が犠牲になっている事実を理解し、メンバー全員が顔を険しくしてしまう。
場が仲裁されたことに、クラーラがとても残念そうな顔をしだす。
「おしいわぁ、もう少しで腱を切ってあげられたのにぃ」
「一瞬だが髪と目が白くなったな。どうやら貴様がISTSを保持しているのは、情報通りのようだ」
「はぁ~い、ご名答ぉ。だけどぉ、あんな出来損ないと、同列にはしないで頂戴ねぇ? ところでぇ、お兄ちゃんともう一人の男はどこかしらぁ。どうせなら纏めて処分したいのよねぇ~」
処分という単語に一触即発し、メンバーが怒りの顔を滲ませた。ただし、ラウラとシャルロットはそれでも冷静に思考する。
「喜久と一夏は、ここにいない。他のグループでモンドグロッソの会場見学に行ってるから、ここには来ないよ」
シャルロットが自然と嘘をつき、ラウラが眼帯に手をかけだす。
「そういうことだ。二人を相手したいのであれば、まずは私たちを倒していけ」
「あらぁ、残念ねぇ。ま~あ、でもぉ。だったらぁ、先に『死体』を用意して見せつけるのも、一興よねぇ?」
クラーラがナイフをくるくると回し、片手で弄びながら欠伸をかく。
「表へ出なさい、お望み通り半殺しにしてやるわ」
一夏のことを引き合いに出されて限界を越えた鈴が、射殺すような視線をクラーラに向ける。対するようにして返答されたのは、動きを止めたナイフの刃先が示す方向だった。
奥に新たな人影が二つ、鈴の瞳が急激に見開かれる。辛酸を舐めさせてくれた相手が、見下げるような視線を向けてきていた。
「おい、騒ぎを起こすな。サモド氏が待っている、早くしろ」
円夏が気だるそうな口調でクラーラへと呼びかけてくる。
「良いとことだったのにぃ。もう少しくらいぃ、楽しんだって良いでしょう?」
「馬鹿が、大概にしろ。雑魚に構うな、余計な手間が増える」
「なんで、すってぇええええええぇ!」
ISが即座に展開される。次の瞬間、円夏に向かおうとした鈴が、同時に部部展開していたラウラのAICによって急停止されだす。
「抑えろ鈴。ここで争って、私達に益は無い。施設を破壊すれば、他への被害が甚大になる可能性がある」
「……ぐっ!」
鈴がISの展開をとき、歯を食い縛って苛立ちを抑え込む。クラーラは席から立ち上がり、もう用はないとばかりに手を後ろでして歩き出す。
「銀髪が冷静すぎるわねぇ、面白くないわぁ。また、学園に方に遊びに行かせてもらうわねぇ。そしたらぁ、みんな殺してあげるから楽しみにしててぇ?」
クラーラと円夏の姿が見えなくなるまで注意をし続ける。やがて、敵が完全に居ないことが理解できると、メンバーがどっと肩の力を抜く。
「みんな、今あったことだけど。一夏と喜久には黙っておいて」
「どうして……?」
シャルロットが神妙な面持ちで重い口を開き、簪が思わず聞き返す。
「二人には、余りいい影響を与えないと思うんだ。特に喜久には」
「あいつがキレだすなんてのは、いつものことじゃない? いつだって短気で無節操なんだから。まあ、あんな頭のとんでる女が相手じゃ、誰だって怒ると思うけど!」
鈴が地面を思い切り蹴り飛ばした。
「いや……、違うんだよ」
シャルロットが前に戦闘した際のことを思い出す。その時は喜久と楯無が殺される寸前だった。喜久が気絶する瞬間まで、彼がしていた表情を忘れることが出来ない。
そこにあったのは憎悪ではなく、純粋な殺意の形相だった。今もあの時の身震いしてしまう程の視線が目に焼きついている。
もう一人、同じ光景を目にしていたセシリアが口を開く。
「ここにクラーラがいると知れば、喜久さんは彼女を迷わず殺しに行きます」
瞬間、場が凍った。
圧し掛かってくるような重たい空気に沈黙が続く。そこでラウラが淡々とした口調で質問する。
「何故、そうする必要性がある? 喜久とて学園の人間だ、そんなことをすれば相応の処罰が待っているぞ」
「それで留まってくれるのであれば、私も苦労はいたしませんわ」
「だね。一夏も頭に血が上ったら、きっと同じだろうし。ラウラだって解ってるでしょ?」
シャルロットに言われてラウラが苦笑する。男とは難儀な生き物だと、メンバー全員がその場で溜息をついた。
◇
大通りで鳴り響き続けるクラクションの山。事故渋滞に巻き込まれた裕香が負けじと怒鳴り声を上げる。
「混んでるからって反対車線を逆走とか、この国の運転マナーはどうなってるのよっ!!」
「うぅ……、合流まで、どのくらいかかるのでしょうか?」
二人は運悪く大渋滞に巻き込まれていた。車内は冷暖房の完備された環境下で涼しいが、ドアを開ければ灼熱の外気温が待っている。タクシー車を降りて目的地に行くのは簡単だが、着く頃には大量にかいた汗で化粧もボロボロになってしまうだろう。
そんな悲惨な状況なぞ、誰がなりたいものだろうか。しょうがないかと思い、女性二人は渋滞解消を待つことにした。