[ NumberingTitle_姉妹ノ会話 ]
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褐色の肌を持つ人々が行き交う大通り、その中を東洋人と西洋人の少女が歩いている。見慣れない風景が続き、未だ高温の外気に順応しない身体が重い。途中何本か道を曲がり、まるで迷路にでも迷い込んでいく錯覚に陥りそうになってしまう。
箒が腕の内側を自身のほうに向けて腕時計を確認した。
(もう二〇分ほど歩いている……、戻る時間も考えなければ。それにしても……)
無言で先を歩く久遠は、相変わらずトレードマークの大きい三つ編みを揺らし続けている。なにか話しかけなければ、聞きたいことの埒もあかない。
「あの、ちょっといいだろうか?」
「はい」
「なぜ姉さんがここに? 私に会ってなにを話す?」
――違う。本当は自身が姉に会って話したいのだ。
「残念ながら、私にも解りません。だから、お答えできないのです」
「そうか……」
だが、実際は姉との唐突な再開に戸惑ってしまっている。
それでも謝りたかったのだ。始められるのであれば、もう一度でも姉妹の仲を取り戻せるなら。そうすれば過ぎ去った時間である互いの溝も、ゆっくりと埋めなおしていけるかもしれないと。
久遠が再び口を開いた。
「ですので、あそこに座られてお聞きになられて下さい」
手を前方に向けられ、箒が言われるがままに顔を向けていく。
「やっほーい、おっちゃんお代わりっ♪」
「いやー、もう材料がなくて品切れだっ! それにしても嬢ちゃん、あんた本当によく食べるね。そんな細い体して、どういうお腹してんだい?」
屋台近くにあるテーブルの上が、大量の空き皿に占拠されていた。もとい満載に積まれていた。店主が呆れ顔に、束が笑いながら愛想を振りまく。丸々と膨れた腹を擦り、「げぷぃっ」などと声を出して満足そうにしている。
箒は死ぬほど嫌そうな顔をすると、その場で全力一八〇度の反転を試みだす。
「あ、箒ちゃんだ~っ! 待ってたよん、束さんは首を亀のように長くして待ってましたー、だから褒めて~!?」
「誰が褒めるかっ!」
突っ込んでしまうのは元来の性なのか、顔だけを戻して思い切り叫んだ。横にいた久遠がつかつかと歩いてテーブルに近づいていく。
「束様、箒様をお連れしました」
「うんうん、ありがとーね。くーちゃんも座って座って、ここの料理はとっても美味しいよ!? 箒ちゃんも早く来ないと、束さんが全部たいらげちゃうぞっ★」
てへっと、舌を横に出しながら、首をかしげてウィンクをしてくる。可愛く見せようとする仕草に、思わず苛立ちで拳を握りこんでしまう。いい歳こいて、いい加減にしろといいたい言葉をぐっと飲み込んだ。
しょうがなく、箒は溜息を吐きながらテーブル席に腰掛けていく。
「姉さん、先に聞いておきたいのですが。いったい、この子はどうして姉さんと一緒にいるのですか?」
えーなんでと、逆に束が不思議そうな顔をする。質問を質問で返されてしまった。
「なにって、くーちゃんは私の子供だよ? マイドーターで世界一超可愛い、激ラブリーな娘です。そうです、束さんは絶賛子育て奮闘中なのだ! ぶいぶいっ♪」
「な…………、はぁ!?」
箒の頭が破裂したわけではないが、一瞬にして理解不能に陥った。究極の自己中心的思考の持ち主が、この目の前にいる姉が子持ち。しかも子育てを一人で行っているという。
いつ結婚した? いつ子供を生んでいた? そもそも相手の男は誰だ? 暫くの間、知恵熱に犯されていてから気づく。
二四歳でしかない姉が、一二歳程度の子供を産んでいるはずがない。逆算してみれば、それでは一二歳のときに子供がいたことになってしまう。
箒は両肘をテーブルについて、頭を抱ええながら盛大に溜息を吐いた。どうしてこの姉は、本当に支離滅裂で破天荒なのだろうと。
「姉さん、一体どこで攫ってきたんです……?」
「んー、えーっと、あー、ごめんね箒ちゃん。どうでも良かったから覚えてないやー。まあまあ、これでも食べて落ち着きなよ?」
「一番大切な問題でしょう!! しかも攫ってきた部分は肯定ですか!?」
言い訳の一切ない束の豪快な割り切り方に、口から火を吐かん勢いで怒り出す。しかも、本人が攫ってきたという部分を全く否定しない。
「差し出がましいとは思いますが。カルシウムが足りないように見受けられます。なにか骨分の含まれるものを食べたほうが宜しいかと」
「結構だ!」
久遠に助言され、はあはあと荒い息を吐いて肩を揺らす。
「――でさぁ、箒ちゃん。紅椿の調子はどうかな?」
急に束の口調が少し変わる。なにが変わったわけでもない、普段の緩い口調だ。しかし、妙な違和感を受けてしまう。
ギチッと、なにかが歪んだように思えた。
「特には……、問題も起きていません」
「そっかー、それはなによりだよー。もうそろそろ手放すには良い頃合かなーって、考えてたんだよねー。だからぁ、今日は箒ちゃんに良いことを教えにきてあげたのさ~っ♪」
嫌な雰囲気だ。目の前にいる束が愉快に笑っているのに、だんだんと喉が干上がっていく。
自身の勘が告げている。これ以上の会話が危険だと。
一拍だけ置かれての言葉は、
「二回の無人機襲撃、福音、新型ラファールリヴァイヴの暴走。どう、面白かったでしょう?」
恐ろしい答えだった。
人を襲い殺傷しかけた無人機。大好きな一夏に瀕死の重傷を負わせた銀の福音。シャルロットを植物人間にしていたかもしれない、最新鋭機の暴走事故。
それが、聞きたくなかった姉の口からもたらされる。
「まさか……」
「あれあれ~、もしかしなくても気づかなかったのかにゃ~?」
これはなんだ? 自身の姉なのか? 視界にいるのは、怪物の間違いではないのか?
束がにんまりと笑う姿に、己の全身へと鳥肌が立つ。
「姉さん……、貴方は、なにがしたいんだ……?」
過去に投げかけた時と同じ疑問だ。姉と決別したはずの際に、鬼のような形相で怒鳴りつけたもの。
束が本当の答えを告げる。
「私はね箒ちゃん、ISの指向性がどんな器に収まったとしても構わない。欲しいのはISと人がワンセットの進化なの。それが新たな発展性のある宇宙開発ではなく、破壊を繰り返す兵器開発に主軸がおかれたとしても。私の目指す先はどちらであっても成就するんだ。人がキチガイのように中毒依存して、ISを使用し続ける限りね」
見て取れた一瞬の表情だった。束の瞳の色が変わっていた。
――憐憫だ。
だが、それもすぐに失せて、もとの笑ったいつもの表情に戻る。
「だ・か・ら、ねっ♪ あそこに立ってる不細工な建物は、私の目指す方向性とは違う場所にあると思わないかな~?」
「……っ!?」
束が指差す方向に顔を向けて戦慄してしまう。あるのは半円形のドームが特徴的な先進開発の技術研究所。先ほどまで箒がいた場所であり、今もIS学園の生徒達がいる場所だ。
「姉さん、なぜこのようなことをするのです!?」
「そ~れは、すんっごく簡単、超単純明快にして理路整然っ! また、あの時の強い箒ちゃんが見たいからっ! いっくんとちーちゃんを活躍させるためにも、必要なことだしね!?」
束がテーブルから立ち上がり、ゆっくりと背を向けて歩き出す。
「そう、この世界自体が私にとっての箱庭。おいで箒ちゃん、私のところまで。箒ちゃんが嫌だったら、私を止めに来ても良いよ?」
「姉さん!?」
「箒ちゃん、いっくんとちーちゃんに宜しくねっ! 私が整えた舞台、箒ちゃんといっくん、ちーちゃんの活躍する世界をいざ、オープンッ!」
パンッと拍手の音を一つにして、空模様が変化していく。空間が歪むように見えた直後、巨大なそれが姿を形作る。街中に不釣合いな巨体は、周りの景色を全てを飲み込む程に大きかった。
街が陰る。強烈に降り注いでいた陽射しを真っ黒な影が全てを覆っていく。
「これは……!?」
「歯車は止まらない、私の用意した玩具もノンストップなのさっ! 箒ちゃん、楽しい時間の始まりだよっ♪」
全長にしてほぼ二十メートルの巨大な無人機ISが三体、束の後ろに出現した。
一機が片腕をゆっくりと振り上げていく。手首の関節が外れるようにして折れ曲がると、砲身のような噴出口が顔を覗かせる。
「姉さん、やめて下さい!?」
「目標、ほそっーくっ! それじゃあ、さくっと行ってみようー★」
「姉さんっ!!」
愉快な声は止まらない。
◇
半円ドームの上階から下を見渡せば、ロビーと実験施設の様子がわかる。吹き抜けになっている空間の脇に、社員の休憩場所が設置されていた。一つのテーブル席に四人が囲んで座っており、喉を潤していたカーンティがティーカップから口を放してこやかに笑う。
「お二人には、お時間を割いて頂き申し訳ありません」
「いえ、約束していたことですから」
一夏がかしこまってお辞儀をする。自然と視線がある一点で停止した。サリーから覗く足は、筋肉がそぎ落とされたように細く痩せ細っている。
「一夏様、どこを見ておられるのです? 女性の足を無作法に盗み見するなど、失礼ではありませんか?」
「え、いや……、す、すいません!」
「この変態」
「ぐっ……」
昨日からのルピンデルによる変態という連呼に、トラウマを覚えそうになる。確かに駄目な行動をとってしまい、なにも言えない。気まずいままにチラリと横を見れば、そこには気抜けした喜久の顔があった。
(なんでこいつは、いつもあんなに罵倒され続けて平気なんだ? 俺だったら、あっという間に自室で引きこもりになりそうだ……)
思わず尊敬しそうになったが、本人の行っている行動自体がいつも常識はずれだと思い返す。自身の中で行った賞賛を即座に撤回した。
「私の足は、当の昔に壊れています。生活には不便ですが、生きるうえでは不自由ではありません」
カーンティは絶えない笑顔で、手を口元に当てて小さく笑う。喜久は首を鳴らして適当に話を流す。
「悪いんですけど、社交辞令も世間話も省きましょうよ? 俺と一夏になんか用事があるんでしょ?」
「おい、喜久」
一夏が失礼だという声をあげ、ルピンデルが無礼者だと睨みつけだす。カーンティは彼女の前に腕を出して制止していく。
「構いません。少ない時間ですし、できるだけ有意義に使うことの方が大切です」
両手を組み、一夏のほうをじっと見据える。
「では、織斑さんにご質問させて頂きます。千冬さんからお伺いしているのですが、貴方は家族のことで悩まれていますね?」
いきなりの確信をつく言葉だった。一夏の顔が瞬間的に強張りだす。
(千冬姉が……、喋った? 俺たち家族のことを……!?)
あれだけ頑なに家族のことを話さなかった姉が、他人に大切な親族の問題を話していたことを知る。何を言っていいかわからず、余りのことに感情が整理できない。
横で見ていた喜久とルピンデルが、二人の様子を静かに見続ける。
「では、聞かせてください。今、貴方が望むことはなんですか?」
――円夏を救いたい。咄嗟に浮かぶことはそれだけだった。
「俺は……、でもっ……」
呻く声、一夏の心中で猛烈な葛藤が始まっている。自身の力では未だに円夏の実力へと届いていない。だから止めることが出来ない。それ以前に姉である千冬から突っぱねられてしまい、どうしていいのかも解らなかった。
これは『私の問題』だと言われてしまったから。
「うっ……くっ…………」
下を向き、両手の拳を力任せに握りこむ。迷いだらけの感情が、喉の咽りとなって声に現れる。
気持ち悪い、吐き気が込み上げだす。だからといって、逃げ出していい事柄ではない。向き合わなければ。しかし、姉の言ったことも無視できずにいる。
この先に目指す自身の行動が正しいのか悪いのか、そのままジレンマに駆られてしまう。
「人には生きるうえで、必ず自身が全うすべき使命があります。しかし、これの困難さは他人に決めてもらうものではなく、自身が見つけて行かなければならないことに問題があるのです」
「えっ……?」
顔を上げると、そこにはカーンティの慈愛に満ちた表情がある。使命という言葉が、体の内に響いて充満していく。彼女の手が伸びてきたかと思うと、いつのまにか自身の手が優しく握られていた。
「苦悩があるからこそ、乗り越えた先に成長があるのです。極楽浄土で百年の修行を積もうと、決して現実で生きる一日に勝ることはできません。貴方の人生はまだまだ長いのです、日々を堅実に積み上げていって下さい」
スッと、一夏の中で憑き物が落ちたような感覚になった。今まで悩んでいることに、拒否感ばかりが付き纏っていた。これではいけない、なんとかしなければと、焦燥感しか存在し続けていなかったのだ。
そんな自身の状態をはじめて肯定された気がした。
「私にできることは、ありのままの貴方でいいと言ってあげられることです。ですから、後は貴方が自身の殻を破れるようになり、勝ち越えて前進してください」
気が抜けたように楽なる。ずっと鉛のように重く感じていた感情が、だんだんと払拭されていく。一夏は緩めていた表情を引き締めると、姿勢を正してカーンティに深々と一礼した。
「まだまだ自分の中で、しこりみたいなものが残ってます。けど、なんかふっきれた気もします。ありがとうございました」
「私も貴方とお話ができて良かったです。ありがとう」
カーンティが一夏に会釈を返し、今度は喜久の方を向く。
「市隈さん。貴方はISを使用すべきではありません」
「あん? それは、どういう意味です?」
飲み干していた中身のない紙コップが握り潰される。喜久がカーンティの一方的な物言いに苛立つ。
「織斑さんとは違い、市隈さんの素性は何も聞いておりません。ですが、IS男性操縦者の境遇をある程度は予想することが出来ます。織斑さんと違い、貴方には辛い過去がおありなのではないですか?」
一夏のときと同じく、カーンティは一直線に喜久へと疑問を投げかける。彼という人間の一つ一つを紐解くように。対して、喜久が押し黙った。
「ISが貴方にとって、よりよいものとなる。しかし貴方の心を蝕む因子でしかないのであれば、ISは貴方を不幸にしていく。貴方はISが殺人を犯しても、決しておかしくないと考えているのでないですか?」
暫くの間、黙って言葉を選んでいたようだったが、やがてゆっくりと口を開いていく。
「――ストレートな発言は嫌いじゃないですけど、言葉の威力が強すぎるのには納得がいきませんね。正直、俺が辛いとか、不幸かどうかは知らないですよ。少し嫌な話をすれば、やっちまった過去もあるし、償えない罪に塗れまくってる人生ですけど。俺を殺したい奴だっているだろうし」
まるで他人事のように淡々と語り、
「じゃあ、俺も同じように返させてもらいますよ。ISを人殺しに使ってなにが悪い? あんたの考えは知らないし、こちとら知る必要もない。一夏に一生をかけてもの使命があるのなら、俺にもある。悪いが、こっちはもう見つけてる」
机に手を叩きつけ、頑として言い放つ。隣で座っている一夏に聞かれていい話ではなかったが、感情のままに本心を吐露した。
同じ顔の殺人鬼を自身より先に地獄へと葬る。篠ノ乃 束の暴走行為を止めるため、最後の手段として息の根を止めるのだ。残りの短い人生の中で、最低あと二人を殺める必要があった。
一夏が喜久の殺人を肯定する言葉に驚き、ルピンデルが一言も発さずに傍聴している。
瞼を伏せ、話を静かにして聴いていたカーンティが目を開いた。
「私の言いたいことを理解していただき、ありがとうございます。確かにISは兵器です。ですが、貴方がこれからやろうとしていることは、とても喜ぶべき行いではありません」
「人を第一印象だけで判別するのは失礼なんじゃ? まあ、当たってますから否定はしないけど」
カーンティは一つ頷いて無言の肯定をする。ちっと、舌打ちしてしまう。自身の思考が読まれてしまっていることに納得がいかない。
彼女が笑顔で語る。
「篠ノ乃博士がISの使用目的として最初に打ち出したものは、なんだったかをご存知ですか?」
「えーっと……、宇宙開発だったと思います」
「そうです。それは人類の新たな未来開拓に直結している事柄です」
一夏が頭の中で思い出したように答え、にこりと笑って返された。対して喜久が、当たり前のようにアンチテーゼを掲げだす。
「人が人に向けて殺す、銃となにが違うってんだ? ご大層な理想を語ろうが、ISなんて代物は人殺しのための大量殺戮兵器として出来あがっただけだったろ。ロケットに積むのが人じゃなくて弾頭になってんのと同じだ。碌でもねぇ、負の塊なんだよ」
カーンティが澄んだ声で、言葉が投げかけられていく。
「私の考えは違います。彼女が最初に目指したものは、決して人に向けて放つ威嚇ではない。ISは、人がよりよく世界規模での幸福として発展を遂げるために必要な、道標としての機能を備えていたと思っています」
「詭弁だ、結果が伴ってねぇ。大体、あのクソ快楽者は一年で足らずで計画も頓挫してんだ。そもそも性格自体が破綻してやがる。馬鹿が周りにどう理解してもらえる?」
「貴方の考えを否定はしません。ただ、一つ言えることもあります。博士は強欲という朱に染まらなかった。赤くはならなかったが故に、絶望だけに留まったのでしょう。それは、人が持つ純粋さが、周囲からの圧力に屈しなかった証拠です」
一つの例を挙げてみれば、ある三人の人間にはISに携わる上での誤差があった。
篠ノ乃 束はISを開発し欲の塊のような人々に触れ、それを通して世の中に絶望した。そして、生産から破壊への転嫁を良しとした。遺伝子を組み替えによってISに新たな可能性を見出そうとしたティアーニ=イリノイカは、ISを主軸に据えていたために多量の人命を犠牲にしてしまう。さらにその反対を突き進む笹崎は、人を主軸に据えてISにアプローチをかけている。
ISの元来ある目的概念への触れ方が三者三様で違う。しかし、人の進化という一点においては一致している部分がある。
「少し話が逸れましたが、もう一度言わせてもらいます。貴方はISに乗るべきではありません。これ以上罪を重ねてはならない。私は貴方のせいで、ISが血に染まることを嫌がっているのではありません。ISを使用した貴方自身が穢れ狂い、人から堕ちていくことを危惧しているのです」
「はん、面白れぇ。罪を重ねるねぇ?」
ここまで来て風船が割れた時のように、喜久の心が破裂した。いや、揺さぶられ続けていたものが崩壊した。
決して聞かれてはいけない人間が横にいたとしても、堰を切った感情が止まらない。
「――今更手遅れだ、そんなことっ! 俺がこれまでに殺した正確な人数を教えてやる。三〇五四人だ、それも悪人も善人も関係なくだ。老人も女も子供も、赤ん坊だろうが平気で殺したんだよっ!! こんな人間のどこに救いがある? どんなまともな人生が待ってる? どうあがいたって、行き先は決まってるっ!! ――はなから、もう俺には一つも戻れる道なんて残ってない。当然だが、今までに報いもあった。守らなきゃいけなかったものも、三年前に失ってる」
言って心に浮かぶのは、燃え盛る炎に包まれた母親であるティアーニの顔。もう二度と会うことが出来ない、自身の命よりも大切な育ての親。
「今の言葉を理由にして。――これから先で、貴方は更に人を殺めてもいいと? ここまでの意見を聞いてですが、貴方はこれから殺人を犯すつもりなのではありませんか?」
「さあね。だけどな、周りがぐちゃぐちゃ騒ごうが、知ったこっちゃない。俺は俺の意思で動く。ここには誰の意思も介入させない、させるつもりもない」
「では、貴方は自身の行った行為によって、誰もが救われると思っていますか?」
「知らないね。でも、それでも負の連鎖は止めることが出来る。これから挑む奴らは、もともと言葉で通じる相手じゃない。なんたって人を殺すことに躊躇がないからな。俺は堕ちるところまで落下済みだ、だからこそ簡単に同じこともできる」
「私はそんなことなど聞いていないません。聞きたいことは一つです、それは貴方も救われるのかと聞いているのです?」
「決まってる、救われるわけないだろ。救われように救ってくれ、救って欲しいなんて、俺は望んじゃいない。都合のいい、言い訳をしてどうする? 腐った果実だ、最後は一緒に切り落とすに限る。現に俺がいなくなって、実害が出る奴もいない」
偽らざる本心。一人での善がった感情だということも解っている。これまでスタンスを変えずに取捨選別をしてきた。相手が望んできても突き放してきた。例え一緒にいて欲しくとも、相手の幸せを望み避け続ける。
そう、自身が死ぬまで永遠と同じように繰り返す。
「本当にそうでしょうか? 私から見える貴方は、既に自身を全て捨て去って諦めきっている。自身を許すことが出来ず、現実に向き合うことを拒否している。貴方は未来という希望に恐怖している」
「――恐怖? 俺が? なにに怯えてるって? 未来に希望ね……、知ってんだよそんなことっ!!」
どんなにやっても言い返せない、目の前の女性を黙らせられない。気に入らない、苛立ってしょうがない。だから喜久の感情が持たない。
「だから、それで、どうしろってんだ!! あんたには、俺の両手にこびりついて離れない、血の滑る感触が伝わってるのかよ!? ずっと目に焼きついて離れない、子供の胴体が千切れ飛ぶ瞬間が見えてるのか!? 耳から消えない、助けてこの子だけはって、命乞いした母親の頭が蒸発する音が聞こえてるのか!? 俺はいつだって思い出す、忘れようとしても夢で出てくることもあるっ! どうして、これでまともでいられるってんだ!?」
過去の出来事に苛まれ、心を蝕まれ続ける。発狂したくてしょうがない。それらを抑え付けるのことも、いつだって限界だった。
今いるのは感情が爆発し、心の中で蹲って泣きじゃくる子供だけ。カーンティはゆっくりと喋る。
「だからこそです。それだけ多くの痛みを知っているからこそ、貴方は自らの手でこれ以上の死を解き放ってはいけない。人は己の持つ業に抗わなければならない。かつて私が足を失い、世の中を呪いながら足掻き続けたように。心のあり方一つ次第で、人は大きく聳え立つ山河をも越えられるのです」
「綺麗事なんて聞きたくないんだよ!? あんたが俺の罪を消せるわけじゃない! 俺があんたの足を治せるわけがないのと一緒だ! クソッタレがっ!!」
喜久は遂に耐え切れなくなり、叫びながら立ち上がる。最後はその場から大股で去っていった。一夏が呆然としながら立ち去る姿を見る。カーンティとのやり取りを横から見ていて、ここまで本音を曝け出した喜久を初めて目にした。
新たに知った事実に絶句してしまっていた。解らない、三千人以上を殺すという行為の重さが。罪を肯定して耐える重圧のような苦悩に、一生を費やさなければならない事実が。喜久があと四年しか生きられない事実を知っている。
しかし、それは四年も自身が犯した罪を向き合わなければならないということだ。遠ざかる彼の背中に、三千人の死者が寄りかかっているように見えてしまう。想像するだけで寒気のするような光景だった。
◇
喜久が怒り狂ったようにして、行く当てもなく施設内を歩いていた。感情が制御しきれず、憤怒の形相で階段を下りていく。IS学園に入る以前の時のように、猫背で両のポケットへ手を突っ込んだまま周りを睨みつける。
同じ学園の生徒達も遠巻きに見ているだけで、誰も声を掛けることさえ出来ない。拳の横を使い、力任せに壁へと向けて打ち付けだす。
(思い切り抉りやがって、ふざけんじゃねえっ!!)
奥歯を鳴らそうが、いくら耐えようと思っても堪えられない。
【彼女の言ったことは尤もだったわね。貴方は自身を見つめ直すいい機会よ】
「もう一言でも余計に口走ってみろ。……潰すぞ?」
下を向いたまま、ティアーニにぼそりと喋って忠告する。息が苦しく感じられ、目眩も起こっている気がした。服の胸辺りを掴んで荒い呼吸を整えようと必死になる。
(くそが……、戻らねぇ)
自制が全く効かなかった。このまま知り合いの誰かに会おうものなら、問答無用で突っかかっていきかねい。時間までなんとかやり過ごすことを決め、トイレを探して顔を上に向ける。
「たく、なんなのよアレはっ!? あたしの最悪な人生の中でも、五番以内に入るくらいムカついたわよっ!!」
曲がり角の奥から、鈴の怒声が聞こえてくる。余りの怒り具合に喜久が顔を顰めた。
「鈴、少し落ち着いて。怒っても疲れるだけだよ?」
宥めるシャルロットの声が鈴の次の言葉で掻き消された。
「なんでシャルロットは、あそこまでやられて平気なのよっ!? 喜久も最悪だけど、あの妹は越えちゃいけない一線も踏みつけにしてるじゃないっ!!」
『妹』と言う単語に、喜久の頭が沸騰し尽す。
いる。
ここに。
自身が殺さなければいけない相手が。
距離のない廊下を一気に走りぬけ、L字の曲がり角の先へ踊りでる。専用機持ちのメンバーが、彼の目が見開いた形相に何事かと驚いた。鈴のいったことが原因だと気づいた者もいるが、全く制止する余裕がない。
「え?」
「教えろ、あのクソ女がこの施設内にいるのか?」
「なっ!?」
鈴の襟を全力で掴みあげ、力任せに引っ張る。
「いいから教えろってんだよっ!!」
「喜久、駄目だよっ!」
「落ち着いて下さいっ!?」
シャルロットとセシリアが腕を掴み、鈴から無理やりに引き剥がす。
「ぐぅ……、いったいわね、なにすんのよ!?」
鈴が咽元を押さえながら、苛立ったように睨み返した。彼の正常ではない様子をラウラが察して詰問していく。
「教えたら、どうするとつもりだ?」
「あぁん? 決まってんだろ、ぶっ殺してやる」
聞いて駄目なら、自身で探し出したほうが早い。喜久が二人の手を振り払い、踵を返して走り出そうとする。シャルロットが大声を上げた。
「待って喜久っ!?」
「ついて来たら殴り飛ば――
次の瞬間、強烈な地響きと共に、紅椿が施設の外壁を突き破ってきた。
「ちぃ!?」
喜久がISを瞬時展開して、ペタルを全て出現させる。飛び散るガレキと破片から自身以外の人間を守り、
『箒っ!』
喜久の後を追ってきていた一夏が、白式を駆って紅椿を受け止めた。装甲が破損し、箒自身も疲弊しきっているのが確認できる。
『い、ちか……?』
『箒、大丈夫かっ!?』
『ねぇ、さんを……、姉さんを、止めて……くれ…………』
弱々しく吐かれる言葉に、一夏が困惑してしてしまう。ここまでの会話を遠巻きに見ていた喜久が、大穴の開いた壁の向こうを見据えていく。
(あのクソ快楽者が、妹まで巻き込んだか。奴もここに来てるとなればの話だが。――大漁だな、今日で一度に二人も殺せそうだ。クラーラは後回しだ、先に見つかりにくい方を仕留めきってやる)
青空を覆い尽くさんばかりの巨大なISが、ゆっくりと施設に向かって前進してくる。
【気を付けなさい。肉眼で見えるISは三体でも、センサーが六機分の反応を示しているわ】
「ティアーニ。お前が壊れてなきゃ、IS一体にコアが二つ分積まれてることになるよな。なら、出力は驚異的なIS二体分てとこか。まあ今更だから、驚く必要もないだろ」
『喜久!?」
箒の介抱を他の学生に頼んできた一夏が、喜久の隣に並ぶ。
「一夏。目の前に向かってきてるデカ物は、他の奴に任せるぞ?」
「他の奴に任せるって、俺達も戦うんじゃないのかっ!?」
「デカ物を弄ってるのは篠ノ乃 束だ。頭を叩き潰せば動きも止まる。俺と一夏でそれをやる。お前がやらなくても、俺だけで行く。作戦じゃない、だから自由に選べよ」
「おい、喜久っ!!』
一夏が叫び声を背にして、喜久が外壁の外へと飛び出した。