[ NumberingTitle_種ノ概念 ]
― 7 ―
インド軍基地で非常時態勢の警報が発令し続けている。
「上層部の連中とは、まだ繋がらんのか?」
「依然として応答がありません! 電波妨害も多数確認、状況が未だ掴めず!」
「――首が飛ぼうが牢屋行きだろうが構わん、国に無くなられては裁きを受けることも出来んしな。人命が最優先だ、責任は私が持つ。IS部隊を出せ、もうこれ以上は待てん」
市街地で応戦している現存部隊が壊滅状態の中で、基地内にいた最高指揮官が最終判断を下した。巨大な格納倉庫の一角内で世界条約を無視し、開けてはいけない分厚い扉が左右に開放されていく。人型程度の戦闘兵器に乗り込んでいた搭乗員が、緊張を和らげるために細く呼吸をし続ける。
IS至上初となる純粋な戦闘行為、競技目的以外での使用がこれから幕を切って落とされだす。
『管制室より、IS部隊は順次発進せよ。敵は市街地で戦闘を継続している模様。いつまでも暴れさせるな、舐めた態度を取ってる奴らの鼻を削ぎ落としてやれ』
「了解。IS全機へ通達。上空で待機の後、デリー市街へと向かう」
システムチェックを完了した一〇機の軍用ISが、順次格納庫から離脱し飛翔していく。互いがサインを出し合って、連携するように距離を保つ。
――途端、ハイパーセンサーが自軍以外のIS反応を補足した。数にして全部で八つ、何もない前方の空間で佇むようにしている。やがて、それは何の前触れもなく姿を現す。
ステスル機能を解いたゴーレムⅣが四機、各個が一様にして構えの姿勢をとっていた。誰が言ったのか『冗談でしょ?』と、隊の一人が本音を口走る。
『伝達、敵への攻撃を許可するっ! 直ぐに殲滅を開始しろっ!!』
冷静に対処していた指揮官の怒り狂った声が、スピーカー越しに聞こえてきた。今まで自身の真上で敵が待機していたいう事実に、苛立ちが限界を超えたらしい。
ISの指揮官機に乗り込んでいた女性が内心で軽く溜息をつく。短気な野郎はこれだからと、命令を下してくる上官に呆れてしまう。
味方のIS全機が攻撃態勢のために、ゴーレムⅣへと砲門を開き銃口を向ける。
「さっさと予行演習を終わらせて、すぐにでも本番に向かうわよ。全機に告ぐ、目の前の敵を蹴散らせ!」
号令の一言と共に、都市部以外での戦闘が始まった。
◇
騒ぎは依然としてやまず、轟音が鳴り響く中での目覚めだった。
「篠ノ乃さん、聞こえていますか! 篠ノ乃さん、聞こえていたら返事をして下さい! お願いですから――
必死に声を掛けられ、
「なぜだ……、姉さん……」
気絶からの起き抜けに出た第一声が、苦悶と歪んだ表情から搾り出したような本心の言葉だった。ソファーで寝かされていたことに気づき、叫び続けていた麻耶が箒の両肩を掴む。
「体が震えています、寒いんですか!?」
言われてから気づく。拒絶反応のようにストレスによる感情の波が、体へと伝播しきっている。
ただ無我夢中で、姉の暴挙を止めようと動いていたのだ。だが、願いも虚しく叶わなかった。自身を喪失したようにして、幽鬼のようにゆっくりと立ち上がっていく。
「篠ノ乃さん、どうしたんです!?」
麻耶の声は箒の心に届かない。
避難先施設の窓から外が見えた。もうもうと立ち込める煙、炎に包まれている街が瞳に映りこむ。聞こえてくる、耳元を塞いでしまいたい程の悲鳴、怒号、銃声、爆音、地鳴り。
今の惨憺《さんたん》たる状況を把握し、これを全て自身の肉親がしたのだと悟り、
「あ……、ああ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
窓に両手を付け、絶叫しながら滂沱の涙を流す。膝を突き、その場で崩れ下を向く。過去で憎んだ姉だった。時が経ち、仲を戻せないかと模索し始めた。そんな淡い期待は、私だけの独りよがりな考えだったのか。
ISが破壊の限りを尽くしていく。
ISがあるから私は不幸になっていく。
姉がいるから、私は幸せを掴めない。
だから私は、大好きな一夏とも離れ離れになってしまったのだ。
姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、姉が、
――――だったら、姉がイナクナレバイイ
憎悪の炎を瞳に宿して立ち上がり、無言のまま手を伸ばして窓を全開にしていく。麻耶が制止する間もなく、箒は体に走る痛みを無視して三階部分から跳躍した。既にダメージを負っている紅椿を再展開し、標的を一点に絞り込む。
息継ぎする時間さえ惜しいと、全速力で上空を駆け抜けていく。
◇
揺らめく熱波を切り裂いて、一夏が風雪を振るいながら飛び出していく。
(ここで止めきるっ! 俺はもう、迷わないっ!!)
覚悟は決めた。後は実行するだけだ。
大きく振り上げて上段の構えを取ると、バイザーで顔を覆っている円夏が不適に笑う。射撃ビットから偏光射撃を放ち、続けざまにスターブレイカーから光弾を射る。
『一夏、そのまま突っ込め!』
『ちぃ、ゲテモノが』
喜久が叫び、その全弾をペタルで取り囲んだ。
「うおおおおおおおおおおお!!」
風雪を円夏に目掛けて振り下ろす寸前、
「や~ねぇ、必死な顔なんてぇしてー。気持ち悪いわぁ」
側面から聞こえてくる陽気な声に対し、高速切替《ラピッド・スイッチ》で雪片弐型に展開しなおす。振るう横薙ぎの一閃が虚しく空を裂く。攻撃が避けきられ、白い目をしたクラーラがウコンバサラを駆り、一夏の咽元へとナイフを突き立てた。
『怯むな!』
「おお!」
ペタルが凶悪な一撃を阻み、喜久が鼓舞してくる。クラーラが身を翻して後ろに下がると、六本のビーム光が猛獣のように後追いをしていく。
一〇ある白色のビーム光が、追ってくる全ての線を掻き消し相殺しきる。
『織斑 一夏は私の獲物だ、死にたくなければ引っ込んでいろ。警告は一度きりだ、次はない』
円夏が苛立ちながら言葉を吐き捨て、クラーラが首を捻って笑う。
『警告ぅ? 笑わせないで頂戴ぃ、寸止だなんてマヌケのすることよぉ?』
『貴様……!?』
三六本の光が円夏に向かって放たれだす。仲間割れではなく、どちらがどちらをも見下している。この少女二人には、もともと仲間意識が存在すらしない。味方同士で攻撃しあう光景に一夏が驚いてしまう。
大量のビーム光に対し、円夏が流れるような軌道で回避に徹っしていく。
「円夏!?」
一夏が思わず叫んでしまう。
『うおおお、らっ!!』
喜久が円夏に目掛けグリコシドを振りぬく。仲間割れなら好都合だとばかり、一気に畳み掛ける。クラーラからの攻撃を避けきった少女が、自身の中で最良の判断を下す。
『そうか。ならば、貴様も含めて皆殺しだ』
鋭利な眼で冷徹な声を発した。ブラックペダルが右ストレートから左フック、三撃目となるハイキックを決めようする。サイレント・ゼフィルスから展開されるはピンク色の光刃ナイフ、先の二発を避けきり三発目で防御に徹しっていく。
喜久が連続瞬時加速をかけ始め、再度として三六の光線が対戦中の二人に降り注ぐ。クラーラの味方まで巻き込む容赦のない攻撃に、一夏が戦慄して状況を確認する。
(駄目だ! もう一機を野放しにすれば、三人揃って全滅する!)
焦りが行動を鈍らせる。いつだって最後の判断を下すのは自身なのだ。最良で最善を選択できるのか、思考の迷路を彷徨う。
『避けろ一夏!!』
喜久の余裕がない声で我に返った。油断があった訳ではない、互いの争っている時間の尺が一秒をきる程に細かいからだ。だから戸惑うことさえ許されない。
「あらぁ、獲物が止まっちゃ面白くないじゃない」
狂喜を孕んだ愉快な笑いが真後ろに出現し、
サクッ
「ぐあ!?」
次には激痛が全身を襲う。絶対防御が突破されていく。背後から右肩にナイフを突き立てられた。クラーラが嬉しそうに笑い、傷を負った箇所から血液が噴出す。余りの痛みに生身の右腕が殆ど使用不能に陥ってしまう。
「エムゥ、お兄ちゃんは任せたわよ? 私は白いほうと遊ばせてもらうわぁ」
『ふざけるな――!?』
『堕ちろや、クソが!』
喜久が自身のビットを放ち、円夏が防御型ビットを展開した。互いの武装が克ち合い、サイレント・ゼフィルス側のビット二機が稼動停止しだす。
『一夏、お前は離脱しろ! 戦闘不能になっちまったら、気絶だけじゃ済まな――
言葉が続かない、暴雨のようにビーム光が襲ってくる。クラーラが機械の指を喜久と円夏の方へ向け、自機ビットへと指示を飛ばしていた。黒と青の機体が回避に徹し、再度として尚の攻防をし合いながら離れていく。
展開されていた三六機のビットが一箇所に回収されだす。クラーラが嬉しそうに見据えてくる。
――――強制分離の末にできあがった一対一、一夏にとっての死闘が幕を開けた。
溢れる失血のショック症状から眼が眩んでしまう。聞こえてくる愉悦に浸った声が一つ。
『あらぁ、もうへばったのぉ? 今回の玩具はぁ、どこまで耐えられるかしらぁ。さあてぇ、捌かれるならどこからがいーぃ? 胸、下腹部、腕、腿ぉ。それともぉ、脳天かしらぁ」
「せあ!」
視界にクラーラが迫りきっていた。零落白夜を発動させ、右腕の怪我を無視し一閃のもとに切り返す。布が翻るようにして、二撃目として放つ雪羅からの砲撃も避けられてしまう。右腕の裂けるような感覚が止まらない。
「ぐっ!?」
「あははははは! 死ぬにはぁ、まぁだ早いわよぉ?」
小動物を痛ぶって遊ぶ子供のように、さらに右腕が集中的に切りつけられる。まだまだだ、まだまだ面白くしてみせろと、目の前で白い両眼が楽しそうに語っていた。
ISTSの脅威をまざまざと実感し、最後のセーフティとして機能している絶対防御が無視されてしまう。こちらの攻撃は効かず、あまつさえ避けられてしまう有様だ。零落白夜を使用しても、当たらなければ意味も成さない。
「それじゃあ、デスレースのスタートよぉ。いったい何発目で果てるかぁ、ベットは逃げ惑うゴミの命ぃ♪」
「くそ!」
譬えて刃の群れを振るわれる、三六のビットが展開されて一夏に降り注ぐ。三六〇度、全方角から光線が向かってきだす。集中砲火を避けきれない、回避不可能な攻撃に瞬時加速を使用し、被弾する数を減らす手段をとる。
三連続瞬時加速、四回目を使用すれば体が自壊しだす。持てる最善を尽くし、残りは雪羅からバリアシールドで防御を試みていく。
計七発分のダメージを受け、
ドンッ!!
「うぐがぁ!?」
突破しきた衝撃に視界が吹き飛ぶ。見えた一瞬、クラーラが両手持ちの巨大な砲の先を此方に向けきっていたのだけが理解できた。速すぎる展開技術、敵が高速切替を使用できることを一夏は知らない。上空で佇む悪魔が愉快に笑う。
『あはははははははははっ! 紙屑みたいな壁ねぇ、握り潰すにしても楽すぎるわぁ。さあさぁ、鼠のように這いずり回りなさぁい?』
放たれる蹂躙の嵐がやってくる。三六の攻撃に対し、覚悟を決めて目を凝らす。
(これを回避しきらなきゃ、今の攻撃をもう一回受けることになる! なんとか一太刀だけでも浴びせられるタイミングを!)
一回から二回、自らの限界を超えた回数へ。三連続から、四連続目への瞬時加速をかける。風雪に高速切替、零落白夜の再発動を行う。目的の場所まで駆け抜ける。
身を切りながらクラーラの前まで躍り出ると、
「ぐぅうううううううああああああああぁ!?」
「たんっさーいぼーう、自分から檻に入りたいなんてぇ」
巨大な壁へと激突したようにして、白式が急停止した。急な圧迫感と吐き気が全身を襲いだす。意思が削がれ思考力も強制的に散霧し、ISがくまなく侵食されていく。風雪が光を失い、零落白夜も停止してしまう。
少女の口元が三日月のように、両目が満月のように開かれていた。ISTSによる侵食行為を初めて受けた一夏が、苦悶の表情で叫び続ける。ウコンバサラの右腕にナイフが展開され、死神の鎌が自分の咽元を突つく。いや、執行人は現実にいる。
そう、目の前の存在が自身にとっての死期だ。
「まあまあもいかないけどぉ、楽しめたことにはしとくわぁ。それじゃあさようなら」
強すぎる、戦闘レベルが違う。薄れかけていく意識の中で実感していく。
「――強運ねぇ。世界で唯一の男性操縦者だけのことはぁ、あるのかしらぁ?』
クラーラが一夏から距離を取り出す。束縛から開放されたと気づき、次いで視界に入ってくるエメラルドグリーンに塗装された八つの機体。
「頑張ったわね。後は下がりなさい、バトンタッチよ?」
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。女性の優しく掛けてくる声に、意識が引き戻される。
「裕香、さん……?」
離れるクラーラに対し、八人の裕香が飛びこんでいく。
『見分けが付かないわねぇ、かといって八姉妹でもなさそう』
指示を出された三六機のビットが分散しだす。天照一機の割り当てに対して四機が狙いを定める。裕香が不適に笑う。
『あら、数が多いだけでいきがっちゃって。随分と可愛いじゃない?』
天照が全機、瞬時加速を行いだした。三六のビーム光が一射として当たらない。
『はぁん、たいした余裕ねぇ。状況がわかってないのかしらぁ、今から死体になるっていうのにぃ』
しかし、いくら攻撃が避けられようと、絶対的優位が崩れることはない。間合い全てにおいて死角なし。クラーラが嬉しそうにして、新たな玩具が現れたことに歓喜する。
裕香が攻撃を避けきって一旦停止しだす。分身を含めてまで優雅に手招きして誘う、強者が強者をコケにしていく。
『吼えて良いわよ、なんたって子供だものねー。言ってスッキリしたら、ちゃっちゃとかかってらっしゃい? せっかくだから、遊んであげるわ』
性格に癖がある、挑発行為にしても似た者同士だった。クラーラが舐められていることに薄ら笑いを浮かべ、
『いいわぁ、貴方ぁ。――今言ったことを後悔させてあげる。顔をぐちゃぐちゃにしたまま、空中で肉塊にしてあげるわ』
言ったと同時に突貫を開始した。
◇
例えれば、見えない怪鳥が襲ってくる。
「ぐぅっ!?」
ラウラの腹部を中心にして爆発の衝撃が走りだす。避けきれない、回避不可能な攻撃に翻弄され続けていた。見えない敵、予測不能、原則理解すら程遠い攻撃方法に思考が混乱しかけてしまう。
(まずい、このままでは――!?)
今までとは違う強烈な打撃音が響き渡り、背中に痛烈な衝撃が襲ってきた。スピードを制御しきれず停止もかなわない。目の前に壁が迫り、それがビルの一角だとも気づけずに突っ込んでいく。できた穴に対して発生した瓦礫が通りへと落下していった。
転がるようにして、幾つものコンクリート製でできている壁をぶち破り続ける。意識が揺さぶられて車酔いのような状態になり、やっと体の動きが停止した。ビジネスオフィス内にある机に持ち上げた機械の手を置く。隠れる手段はない、相手はハイパーセンサーでこちらの位置を正確に把握しているのだから。
『戦いに休憩などありませんよ? これは、どちらかかが力尽きるまで続くのですから』
「なっ!?」
ビルの外から猛禽類のように、金色の両目が見据えてくる。久遠がステルス機能を解いた瞬間、翼のように広がっている部分から一〇の砲門が開ききっていく。部屋中が破壊の光で満たされた。
ダブルAICを発動させ、前方に両手を翳す。
『無駄です』
不意に側頭部を鈍器で殴られるような感覚だった。顔の真横で爆発が起こり正気を保てない、正面に張っていたAICの効果も消えてしまう。
「あぁああああああああああああああ!」
ビーム光が連続してラウラへと直撃した。再度として壁を突き抜けて、ビルの反対側に到達して宙へと投げ出される。
過去で戦闘を行った、どの機体とも違う。ある意味で言えばISが行き着いた先の一種、理想系の形として成り立っているともいえた。機体ポテンシャルが違いすぎる。自分達が現時点で行っている第三世代機の開発競争が、陳腐で無意味と思えるほどに。
だが、否定してしまうのだ。今の進化が久遠が語っていた、人体のサイボーグ化した上での適用化なのだとしたら。
――これでは、人の範疇では無くなってしまうのではないのか。なにが人たり得るのか、これは人として認められるべきではないのではないかと。
落下しながら考えて、即座にAICを展開していく。
『勘が宜しいですね?』
「っ……、いつまでも好きにさせておく気はない。反撃をさせてもらうぞ!」
爆発がラウラの目の前で阻まれる。叫び眼帯を剥ぎ取ると、ヴォータン・オージェを開放させた。動体反射、視覚信号への伝達能力が飛躍的に上がりだす。レールカノン砲を構えると、間をおかず久遠がステルス化しきる前に射ち放つ。相手が両腕を動かして翼で防御しきる。
ガンッと、直撃した音に手応えを掴む。防がれたが当りはする。けっして無敵などではないと解り、反転攻勢をかけていく。ワイヤーブレードを射出、四本の線が異型のISを囲い込んだ。
「デコイです」
淡々とした声がラウラの真横から聞こえ、ワイヤーブレードが前方にいるはずだった久遠の体を貫いた。攻撃を加えた場所ではゴルフボール程度の大きさがある球体が壊れ、少女の体がISごと姿を消す。
「ちぃ!」
横を向いて視認することもなく、プラズマ手刀を両腕に展開して振りぬく。
『焦りは禁物ですね。戦場では常に、冷静さを欠く者が負けるのでは?』
二つ目のダミーとなっていた小型のボールを切り裂いた。
ズンッ!!
「づあっ!?」
シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が弾け飛び、衝撃から一瞬だけ白目を剥きそうになってしまう。気力を振り絞り、犬歯を剥きだしにしてなにもない前方を睨む。
(指揮をとる立場の私が、ここで落ちる訳にはいかない! なんとしてでも、敵の攻撃方法の構造を解析しきらなければっ!!)
突如としてハイパーセンサーが新たな反応を補足しだす。レーダの数値が壊れているのかと錯覚する程に速すぎる動きだった。新たな味方が参戦し、ラウラの背後を猛烈な勢いで通り抜けていく。
「箒っ!?」
紅椿がなにもない空間に対し、クロスさせていた両腕を振りぬく。空裂と雨月からレーザーとエネルギー刃が放射される。広範囲の攻撃によって、透明化していたISが回避しきれずに被弾しだす。
『くっ!?』
『そこかっ!』
突貫。
ガンッ!!
踵落しをきめきると、久遠が耐え切れずに実体化して防御した。
『はああああああああああああああああああっ!!』
紅椿の画面に『開天』と表示され、雨月と空裂の刀身部分が急激な赤光を帯びだす。さきほど行われた行事で鈴に打ち放ったもの。
あの時と全く同じ現象のもと、
『姉さんのところに案内してもらうぞ? お前も姉さんの側だというのなら、この場で一度は切り伏せるっ!!』
一閃を放てば異形ISの翼を斬り飛ばし、二閃を斬らば残りの片翼も二つに別れさせる。鬼神が如き形相で吼え、対して久遠の表情が激しいほどに険しさを増す。
「これはっ!? まずい、離れろ!」
『っ!?』
ラウラが危険を察知して言うが遅し、箒は間に合わずに防御体勢を無理やり起こしていく。久遠がISにある下半身部分から、一〇〇本近い細く透明なチューブ状に伸びたものを射出した。一瞬にして紅椿を包囲すると、その場所を中心にして灼熱の爆音が轟く。
ラウラがAICで目の前に迫る全てを防ぐ。焼き尽くす赤橙が上下左右を駆け抜けた。
(今までの可視化されなかった突然の爆発は、全てこの攻撃からのものか!?)
一つの謎が解けると同時、久遠の視線が射抜くようにラウラを見据えてくる。爆炎に塗れた紅椿が、黒煙を撒き散らしながら地上へと落下していく。
「箒!」
返事は返ってこない、呼びかけた相手は既に気絶していた。久遠が羽ばたくようにして距離をとる。
『仕切り直しです』
独り言のように呟き、怪鳥のようなISが発光しだす。見たくもない現象が、そこには存在した。金属が液体のように伸びる。箒が切り飛ばした筈の羽が、形状記憶のように再生されていく。三秒と経たずに全回復しきると、傷一つない装甲が現れる。
精密機械の塊が一寸の狂いもなく、機能を失わずに元通りになってしまう。
『さあ、続けましょうか?』
淡々と聞こえてくる声だけで、体が薄ら寒い。悪夢の時間が再開した。
◇
マルチオン・ロックシステムが役に立たない。簪が視線を定めきれず、敵を捕捉しきれない状態が続いている。急激に泳がせている目が疲れを増す。
(的が絞れない……!? 行動パターンもランダム化され過ぎてっ…………くぅ……!)
歯軋りし、焦燥感だけが積み重なってしまう。手が長く猿のような出で立ちをしたゴーレムⅣが、なにもない空間を蹴るようにして移動していく。急旋回もなく角度の付いた身のこなしに、シャルロットが必死でくらいついていた。
旋回速度だけとはいえ、互角の状態に持ち込んでいるゴーレムⅣの動きが驚異的すぎた。現行の第三世代機IS性能では、ラファール・リヴァイヴⅢが世界最高の水準を冠している。去年ロールアウトされたばかりの最新鋭機体が、少しずつだが敵無人機に翻弄され始めていく。
人は動けば疲れを感じ、集中力も体力にも限界が存在する。だが、機械にはその概念が通用しない。長引く戦闘下で、シャルロットが態勢を立て直すために声をあげだす。
「簪!」
「うん!」
即座に武装変更。打鉄弐式の背中に装備されていた春雷が牽制の砲を放つ。二門の連射型荷電粒子砲からエネルギー弾を連続で射るが、ゴーレムⅣに一撃として掠りもしない。距離を離すことに成功したシャルロットが、再び重武装型ビームガトリングガンを構えていく。
「なっ!?」
自身の目を疑ってしまう。一瞬にして同種の敵が二匹に増加していた。三次元的に質量を持つ物質が同等の分裂など、現実的には到底不可能だ。
「シャルロットッ!!」
簪からの声も間に合わずに攻撃を受けた。猿型のゴーレムⅣが放つ、手からの一撫でによって全視界が真っ赤に染まりだす。幾つもの仮想パネルが開きだし、
『これは、喜久のISと同タイプの武装……!?』
大量のシステムエラーから自機の操作性を失っていく。類似点を探り、ピンと思いつくものは、グリコシドからのコンピューター汚染によるもの。合点がいく。ゴーレムⅣとの出会い頭に攻撃を受けていたことに気づいた。攻撃はミラー・シールドシステムに干渉してきていた。敵が増えたのでない、二体だと錯覚させられていたのだ。
動かない、幾ら動作に指令をかけてもISが反応してくれない。目の前ではゴーレムⅣが左腕からブレードを展開していた。知っている。これが去年アリーナを襲撃してきた他のタイプのゴーレムと同じ武装を持っているのであれば、――今から放たれる一撃は、絶対防御を突破して切り裂いてくる。
ゴーレムⅣが凶悪な一振りをし、
「はああああああああああああああああっ!!」
叫び間に入った簪が、加速の勢いに乗せた夢現を真横から一閃した。刃同士が克ち合い火花が散る。吹き飛ばしたゴーレムⅣに向け、間髪いれず山嵐を射ち放つ。四八の独立稼動型誘導ミサイルが群れを成して猛追しだす。
余裕のない応対時間を作り、焦りながらシャルロットへと声を掛ける。
「大丈夫……!?」
「まあ……なんとかかな。無人機が放ってきた攻撃でリヴァイヴがまともに動かなくなっちゃったけれど、固定の砲台としてなら役に立てると思う」
依然としてラファール・リヴァイヴⅢの視界画面が赤く染まり続けていた。戦闘がこれ以上に長引けば、二人揃って体力とIS自体のエネルギーが底をつく。なにより二対一というアドバンテージが崩壊しだしてしまう。勝機を定めるなら今が時だ。
シャルロットの険しい表情に、簪が真剣な面持ちで頷く。
「シャルロットが動けないのなら……私が前に出る…………」
「あの手からのグリコシドに似た攻撃、いや……それ以上の威力だと思う。ブレードは絶対防御を突破してくる。手強いよ?」
「大丈夫、私たちなら勝てる」
一変の迷いもなく言い切る。夢現を構えながら、にこりと微笑んだ。ほんの少し前の彼女であれば口に出さない発言だ。では、なぜ先程までと打って変わり落ち着いて音頭をとれるのか。
それは紛れもない成長の証。仲間が弱っている時こそ奮い立つ精神。簪が新たな仲間を得てから獲得した経験があるからこそ、彼女は勇気を身に宿す。
シャルロットが少し驚いた表情の後、同じように微笑み返す。
「そうだね。早く終わらして、みんなと合流しよう」
「うん。背中をお願い!」
打鉄弐式を駆り、春雷の砲撃をしながら突撃していく。ゴーレムⅣが同じようにして向かってくる。
(あの両腕に触れては駄目…………、特に左腕のブレードは……危険。それならっ……!!)
その場で急停止をかけ、夢現の柄を前にして振り被るように投擲しきった。当たり前のように避けられてしまう。だが、そんなことは予測の範囲内だ。
接近しきり、ゴーレムⅣが蛇腹のように無関節の腕を振り回してくる。集中力を限界まで保つと、動体視力が一秒内を引き延ばしだす。
世界がスローモーションのように動く。簪が全神経を研ぎ澄まし、一点だけを手繰り寄せていく。
(ここ!)
迫ってくる相手の左腕。手首に当たる部分を両手で捕えきった。
「ぐ!?」
背中に衝撃が走り、目の前が真っ赤に染まりだす。右腕の攻撃を逃した。欲張らない。これも想定内で収まっている。上空から地上を見据え、最後の気力を振り急降下をかけていく。
「ああああ!」
振り被るようにして一本背負いの要領。ゴーレムⅣを腰で持ち上げるようにして前へと跳ね飛ばす。
(あとはもう、これ以上は……動けない………………でも、充分)
打鉄弐式がコンピューター汚染によって、殆ど稼働しない状態に陥ってしまう。しかし、敵の腕を拘束できているだけで上出来。これ以上の成果は、背伸びをし過ぎだと自覚できる。
突撃先は、地面に突き刺さっている夢現。柄が突き刺さり、刃は天へと向いたままだ。強烈な加速をかけたまま、ゴーレムⅣの胴体が綺麗に突き刺さった。
簪が制御不能のまま地面へと激突して跳ね飛ぶ。同時、ラファール・リヴァイヴⅢから発射されていた地対空ミサイルが、手強い敵を飲み込むようにして爆発した。