[ NumberingTitle_負ノ猛威 ]
― 8 ―
通常、人と人とが戦闘する際、背中を見せることは弱点を曝け出すことに等しい。敵が視界から外れれば、他の感覚器官に頼らざるを得なくなる。人と機械であった場合、そのセオリーが例に漏れ、崩壊しだす。
無人機であるゴーレムⅣが、背中を向けながら放つ一斉射に容赦はない。セシリアに迫る五つのレーザー光。全てを回避するには数が多過ぎた。瞬時加速を行っても避けれる限度が存在する。
ならば、どうすれば最善の方法を取れるのか。今ある状況は持久戦である。エネルギーが枯渇することは、避けなければならない。
(仕方ありませんわね! 火力は二の次、今は体力勝負です!)
地力では二対一のこちら側に分がある。取捨選択で自機の残存エネルギーを選ぶ。回避に徹しながら、自身の前に射撃ビットを固めていく。
直撃。被弾二機、遠隔操作できる武装が爆発する。
『 !? 』
二連射目、ゴーレムⅣが間を置かずして連続砲火を射ち放ってきていた。今度はセシリアにだけへの一極集中射撃が迫る。予想外の出来事に動揺してしまい、思考に一拍の空白が生じてしまう。
「はぁ、あああああああああああああ!」
『鈴さん!?」
鈴が甲龍を駆って三連続瞬時加速《トリプル・イグニッションブースト》。セシリアの前を遮るようにして盾となる。防御の姿勢をとるも、両肩の上に浮いている龍咆の一つが爆散した。
「ボケッとつったてんじゃないわよ、さっさと反撃して!」
「ええ、今度こそ逃がしませんわ!」
ドンッ!!
スターブライトネスmkⅠの銃口が光を噴く。ゴーレムⅣが防御しようと腕を引くが、光弾が僅かな間を縫うように着弾しきった。破損していた装甲の内側へと必殺の一撃が炸裂する。爆発が、強烈な轟音が共にあたり一面を蹂躙していく。次には煙が景色を灰色一色の世界に染め上げた。
やっと半分だろうか。まだ終わらない、鈴は双天牙月を構えなおす。
「これで敵のコアは残り一つ。セシリア、さっきみたいに弛んだら承知しないからね?」
「鈴さんこそ、正念場はここからでしてよ。油断は排して下さいましね?」
「言うじゃない、もう助けてやんな――
心中で言葉が途切れるほどの衝撃が走った。人間の生存本能が最大級の警報をがなり散らす。
――――ISコア反応が二つ。潰したはずのコアが復活していた。
晴れ渡る空、胴をごっそりともっていかれ破損しているゴーレムⅣがいる。万全の状態ではないが、さりとて限界でもない。
二人の思考が混乱しかけ、ある一点で視線が釘付けになってしまう。セシリアの放った攻撃でISコアが破損していた。この状態で二つの反応ということがおかしい出来事だ。揺れる考えを整理していく。
推理、仮定、予想、的中、――確信。
今現在戦っているゴーレムⅣのなかに、『予備』のISコアを積んでいるものが存在する。他の可能性を考慮するよりも、この答えの確率が高いといえた。
ISコアは束のみが作成できるのだから、そもそも出し惜しむ必要性などないのだ。鈴の背中に冷や汗が噴出していく。あと幾つのコアを潰せば、目の前の巨人は倒れるのか。セシリアにも同様の緊張が走っていた。
「反則すぎよね。他の敵よりあたし達のとこだけが、強敵に設定されてるんじゃない?」
「光栄ですわね、相手に侮られるなど性分に反しますわ。これでこそイギリス代表候補たる私に相応しい相手です。しかし、勝負は早めに付けなければなりませんわね」
戦闘時間が短いほどに救われる。燃え盛る町並みは業火の波に呑まれ、被災者は直ぐにでも救助の手を必要としていた。IS一機があればどれほどの人を助け出せるか。だが、この状況下で向かうには難しい。目の前の敵を最優先で倒しきらねば、被害は拡大していくだけだ。
(エネルギー残量は一八〇と少し……、ジリ貧も良いとこじゃない。第三世代機の中じゃ、甲龍は燃費が良いほうなのに)
鈴は歯軋りをしてしまう。焦る思いを抑え込み、相方との連携を重視する。頼れる味方だ、互いの呼吸も決して悪いわけではない。
真横でスターブライトネスmkⅠを構えていたセシリアが気丈に微笑む。
「鈴さん、賭け事はお好きでして?」
「なによいきなり? 嫌いじゃないけど、率先してやるのはただの勝負だけよ」
「ISコアはあと二つ、更なる予備はなし。私はこれに賭けます」
鈴が言い切られた言葉に対して不適に笑い返す。
「随分とポジティブ思考じゃない?」
「あら、弱気ですか?」
「冗談、あんたがいるんですもの。弱っちぃ一夏と組んでるんじゃあるまいし、これで勝てない方がおかしいわ」
この場に一夏がいたら落ち込みそうな発言をし、暗に信頼をしているという照れ隠しのような言葉にセシリアが驚く。今まで我見の強かったタイプが、始めて口にする他への寄り添う態度。鈴は強く成長している。
相手は胸襟を開いた。なれば、あとはどう応えるか。
セシリアはオルコット家の誇りにかけて誓う。全幅として心を預ける、一切の恥もかかせない、デゥオで相手にとって最高の場を作り上げる。
「鈴さん、援護は任せて下さい。敵の攻撃は全て弾いて見せます。貴方が見つめるのは、ただ一点のみですわ」
「随分と大見得きるじゃない、期待してるわよ。じゃあ、これで最終ラウンドよ!?」
「ええ、当然ですわ!!」
セシリアが射撃ビットから偏向射撃を行う。鈴が前へ、自身の持てる最大の集中力を持って敵を捕捉していく。身構えていたゴーレムⅣからの攻撃、巨躯のままに突撃を開始し始めた。
向かってくる。自身の何倍もの塊が、騎馬兵のような体勢で狂気の一撃を繰り出さんとブレードを前に突き出す。
「セシリア!」
『一つ目ですわ!』
鈴の掛け声にセシリアが叫び返す。ブルー・ティアーズの射撃ビットによる六連射、全弾がゴーレムⅣのブレードを伸ばしている腕へとヒットする。
怯まない。敵のエネルギーは削れても、全体の動きを止める一押しとしては決定打に欠けてしまう。だからこその二射目、
ドンッ!!
『二つ目です!!』
スターブライトネスmkⅠの攻撃が、ゴーレムⅣの片腕を弾き飛ばす。突き出されていたブレードが真横へとそれる。
「これで三つ目ぇええええええぇ!」
抉じ開けた突破口、鈴が一気に切り込んでいく。敵が残りの腕を振り回し、巨大な盾で攻めてくる。強襲を許すほど愚かではない、瞬時加速を使用した甲龍が相手の背面まで移動していく。
開きだす砲門の音、ゴーレムⅣが再び背面からの攻撃をしかけてくる。さらに正面へと回り込むために連続瞬時加速、巨大な胴体を中心軸にしてぐるりと回りこむ。
「図体《ずうたい》、でか過ぎなのよっ!!」
回避しながらゴーレムⅣの胴体部分に巻きつけた高電圧縛鎖《ボルテックチェーン》が、全て消炭にするが如く最大火力で爆発した。今ので第一段階、ある程度の外装を吹き飛ばしたはずだ。粉塵の舞う視界の中で再び瞬時加速を使用していく。
巨躯の豪腕から放たれてきていた強烈な殴打が、鈴の髪数本だけを持っていった。
「まだまだぁあああああああっ!!」
ザァンッ!!
第二段階、更に胴体の装甲剥ぎ取らんばかりに斬撃を繰り出す。獲物の肉を食い荒らすようにして、双点牙月がゴーレムⅣを破砕し続ける。
「ぐうっ!?」
両腕をクロスした瞬間、ダンプに吹き飛ばされるような衝撃が襲ってきた。最後の最後で損な役回りだと、鈴は内心で少し不貞腐れる。
(あーあ、本当はあたしが倒しきって、このままスカッとしたかったんだけど。まあ、今回はしょうがないないか)
にこやかに笑い、勝利を確信して機械の手を握りこむ。
『この戦いにピリオドです、終劇でしてよ』
淑やかに通る声が宣言する。上空でタイミングを待っていたセシリアが、スターブライトネスmkⅠから光弾を撃ちはなった。直撃、装甲の隙間から顔を覗かせていたISコアの一つが粉々に砕け散っていく。七色の粒子が撒き散らされる。
ボロボロに砕けているゴーレムⅣの胴体へと、射撃ビットからの攻撃が猛追をかける。残るコア目掛け、六連続の偏向射撃がきまる。
『っ!?』
「なぁ!?」
攻撃が紙一重で回避されていた。ゴーレムⅣの装甲がコアを取り巻き、猿型へと変形しきっている。防御され、セシリアの止めが決まらない。見えていたゴール地点が閉ざされてしまう。
次の瞬間、彼方からの雷撃が降り注いでくる。一二の青く光る稲妻が腕のように伸びてゴーレムⅣを包み込むように拘束した。
『これで数秒は動けないわ!』
黄色いIS機体に搭乗しているルピンデルが大声を上げる。鈴が呼応したように動き、双点牙月を思い切り振り上げた。
「いい加っ減、往生際が悪いのよ!? こっおんのおおおおおおっ!!」
一度上げれば、あとは振り下ろすだけだ。独楽のように勢いよく縦回転し、未だ動けない敵を真っ二つに一刀両断しきった。
◇
燃え盛る都市部上空で、黒と青の機体が交差し合う。互いの得物を振りかざし、切り結ぶ甲高い音が鳴り響く。連鎖する交差の応酬。克ち合う場所から火花が散る。グリコシドの搭載されているビットが、既に二機、射ち落されていた。
【右下七時、左上三時、真上方向、来るわよ】
「死角ばっか狙いやがって!?」
ティアーニから発せられた言葉によって、喜久がペタルを張り直す。即座に四散、円夏が苛立たしげに犬歯を剥き出しにした。互いの状況が八方塞。サイレントゼフィルスから放たれる集中的な射撃を全て防ぐ。連続して飛来し続けてくる偏向射撃からのビーム光にペタルを張り続けていく。よって、攻撃手段が削られている。
目の前の敵を囲みきることもできず、背中に貼り付けて速さを上げることもできず、相手に勝れるあと一歩がどうしても足りない。
だから残される選択岐の近距離戦、喜久が必死に張り付いて連撃を続けていた。しかし、跳ね除けられるか、避けられるか、簡単に防御さてしまう。
(一発もまともに入らねぇ。相変わらず化物じみてやがる!?)
超人的な反射神経と動体視力、野生のもつような鋭すぎる勘が円夏の能力値を底上げしている。相手は喜久の及ばない領域の力を保持していた。
更にかつての彼にあって、今は存在しない価値観を備えている。
「貴様の防御を剥ぐ良い方法がある」
自身以外を見下し、人以下として握り潰せる負の力。
――――それは即ち、心の基底部が常に地獄であること。
突然に円夏が嘲笑いながら、攻撃の矛先を変えていく。全ての射撃がランダムな方向へと撃ちだされた。行き先は地上。ビルや商街区域へと向けて無慈悲な光が向かいだす。
「クソッタレがっ!?」
拡散していくビーム光に対し、喜久が身を投げ打つ。叫びながらペタルを出現させていく。意識を全て傾けて、一般市民への被害を防いでいく。
「自身よりも他人を選ぶ、弱者を庇う偽善者。これが貴様の弱さだ、ゲテモノ」
「ふざっけんじゃねえ、履き違え野郎がっ!!」
円夏が急激な速度でゼロ距離まで詰めきっていた。
「がっ!?」
繰り出されてくるハイキックが喜久の顔側面に直撃してしまう。首から上が吹き飛ばされた錯覚に陥りかけていく。
「つ、らあああああああああ!」
「なんだ、少しは頑丈なようだな?」
視界がぐらぐらと揺れる中で、無理やり反撃のグリコシドを繰り出す。円夏が当然のように三連撃を避けきる。
【全力で回避なさい】
返されるようにして、六連続の偏向射撃が喜久へと向かってきた。ティアーニの警告を受けて自身の全面にペタルを出現させていく。途端に光の行く先が変わり、市街地へと降り注ぐ。ペタルを再度張りなおした瞬間、スターブレイカーからの一撃を右腕で防御した。
ドンッ!!
「ぐっ――!?」
「理解したか? 死ぬ前に良い教訓ができたな?」
破損した右腕を振りながら、全力で叫ぶ。
「うだうだクソみたいな言葉を垂れやがって、うざってぇんだよ!!」
連続瞬時加速。ブラックペタルが黒い尾を引きながら、急加速と急停止の反復行動を繰り返す。
「ちぃ!?」
多量のエネルギー消費を引き換えにして、不意打ちの一撃を入れきった。円夏の右脇腹にある装甲が弾け飛ぶ。
(確実にいれたはずなのに、寸前で避けきりやがった!? 回避能力がずば抜けてやがる!)
捨て身であろうと差が縮まらない。反撃、サイレント・ゼフィルスが振りぬく蛍光ピンク色のナイフがペタルの壁に阻まれだす。
瞬間、喜久と円夏を囲みきるようにしてペタルが出現していた。正一二面体の檻に入れられたような状態で、二人の人間が猛獣のように暴れまわる。ペタルを全て使用したために攻撃手段が限られしまう。使用できるのは機械の手に施されているグリコシドのみだ。
しかし、相手の動きを止めることを最優先にしなければ、攻撃も満足に当てることができない。
【相手と違って、まともな武装がないわよ】
「知ったことか! こうでもしない――!?」
ゼロ距離射撃、スターブレイカーから放たれた光弾が、喜久の顔面に向かって炸裂した。
「これが貴様の限界だ」
見下した侮蔑の声が響く。対して破損した黒いマスクの奥、殺意の籠った双眸が円夏を見据えていた。
「……返すぜ、これがてめぇの驕った末路だ。受け取れよ?」
喜久がペタルを張りなおす。角度は自身たちにとって鋭角に固定され、さながら剣山の様相だ。そのまま瞬時加速をかけ、全力で円夏を巻き込んでどこまでも真っ直ぐに突き進む。二機が揃ってペタルの端々に当たり、ダメージを受け続けていく。
ズガズガズガガガガガガガガガガガッ!!
「ぐは!? 貴――
「こちとら、道連れ上等なんだよ! くたばれクソ女がああああああっ!!」
互いの機体から火花が飛び散り続け、連続でペタルに切り刻まれた。
「おまけだ!」
「ぐあっ!?」
グリコシドが発動し、円夏の顔面に叩きつける。サイレント・ゼフィルスが稼働状態に支障をきたしだす。
「このゲテモノが! 貴様だけが死ねえええ!」
射撃ビットから放たれる光の全てが、喜久に直撃していく。彼が爆発に塗れながら、笑いながら放つ一撃。悪役のような笑みで円夏の腹部に蹴りを見舞う。鋭角に丸められたペタルが回転を伴って、青の装甲を削り続ける。
「がっ!?」
「操縦が野郎なんだ。こちとら女と違って、しぶとさもウリなんだよ」
二発目、踵からの刺さるような回し蹴り、衝撃がシールドバリアーを突破していく。円夏の生身である右上腕の骨にヒビが発生した。三発目のアッパー、これが決まることなく回避されてしまう。射撃ビットからのビーム光が、喜久に全弾命中した。
(畜生が……、あと一撃がはいらねぇ…………)
ブラックペタルが半壊に近い状態で落下していく。円夏が負傷した腕をだらりと下げながら、小さく呟く。
『屑が』
盛大に舌打ちすると、止めを刺すために機械の指を向けだす。しかし、それを遮る視線が上空から見下ろしていた。
(情報にあったインドの国家代表か……、今の状態では分が悪いな)
黄色を基調としたISを纏うカーンティが、目を細めて構えている。ボディガードをしている雇い主は、流石に退避しきっているだろう。そう当たりを付けて、もう一度舌打ちした。未だ荒れる状態の戦場に背を向け、軋む腕の痛みを無視して円夏がその場から離脱した。
◇
「大丈夫?」
おぼろげな視界の中で、目の前に少女のあどけない顔が確認できた。意識が混濁とし、状況が全く掴めない。
「はい。立って」
差し出された手を掴む。膝を上げればピチャリと音を鳴らし、言われるがままに立ち上がる。自身の顔を手で触り、感触を確かめていく。澄み渡る空を見上げ、床代わりの水面に立って、先の終わりがない世界に目を見開てしまう。果てしなく続く地平線が両の瞳に映りこむ。目覚めの思考は驚愕の色で染まりあがった。
「私はっ!?」
なにもない。久遠の姿も、ラウラの姿も、なにもかもが存在しない。ここは深層意識の奥の奥。なにかを求めて訪れる者にとっての望むべき世界。ISコアと溶け合った、虚空の会座と呼ばれる場所となる。
箒はあたりを見回し、現実と仮想の狭間を実感として受け入れられずにいる。パニックに近い状態を観て、少女がにこやかに呼びかける。
「落ち着いて。ここには私と貴方だけ」
「だがっ!? …………すまない、取り乱してしまった」
なんとか落ち着きを払い、未だ慣れぬ状況下で咳払いを一つ。自身より年下の子供に諭されて恥ずかしくなり、大人としての対応を取るべきだと考え直す。出で立ちは平安時代の貴族が着るような、鮮やかな色彩の和服を着ていた。蹴鞠を突付けば絵になるような、あどけない顔立ちの少女が嬉しそうにして笑う。
「なにが欲しいの?」
「え……?」
「欲しいから。叶えたいから。だから、ここに来たんでしょ?」
なにか欲しいものがあるのか。問われて自身の心を反芻してみる。特に思いつかず、言われている意味が理解できなかった。
少女が首を傾げ、少し不満そうになる。
「壊したいんでしょ?」
また無邪気に微笑む。ころころと表情を変えては箒に問いかけ、答えだけを要求してきた。もう一度、自身の心に問いかけてみる。
――――壊したい。なにを。誰かを。どうやって。力でねじ伏せて。
はっと、気づく。そうだ、思い出した。
天空が、
地上が、
箒の心が、
この世の何よりも無の一色に覆われていく。少女は片面が金、もう片面は銀の扇子を取り出した。柄の先から赤い紐が垂れ下がり、翡翠で出来た玉が揺れる。
「破滅は銀を、興隆には金を」
「私は……」
「ことの根が深いほどに、欲しいはず。だから、今は銀を」
「私は……、姉さんを――
銀の面が上に向けられ金の面が下に、蒼く淡い光を放ち、蒼い炎の玉が現れた。手を伸ばし、ゆっくりと掴み取る。海馬から蘇る記憶の断片群が走馬灯のように激しく渦巻き、その全てに皹が入り、やがて砕け散っていく。
――壊したい」
姉との決裂の言葉を発し、対し少女は答えだす。
「わたしはあなた。あなたのための全て。あなたの望む全てを叶える力」
言葉を最後に、虚空の会座が消失した。
◇
地上は業火に塗れていた。飛び交う三六の白い光が網目のように線を描く。その間を縫うようにして、八つに輝くエメラルドグリーンの点が回避運動を行っていた。裕香の駆る天照のサイドスカートにあるスラスターが最大出力で噴射されだす。
「せぃあっ!」
唯一の主武装である天叢雲剣を横一線から振りぬく。同じようにして、七人の裕香がそれぞれ剣戟を加える。対してクラーラが笑い、疑似的な八連撃を綺麗に避けきった。全てが紙一重で危うく逃れているようにみえるが、その実は余裕しかない。白い目が嘲笑うようにして、全ての攻撃を見透かしていた。視覚から連動する異常な運動性能が、回避不可能を可能へと塗り潰す。
(イッてる顔からして普通じゃないわね。千冬先輩じゃあるまいし、運動神経も尋常じゃないときてる)
チッと、短く舌打ちしてしまう。これで二回目の空振り、斬り合いで試した初手の疑似八連撃も同じ結果だった。
「あはははは! どぉーれがぁ、当たりかしらぁ!?」
クワッと、クラーラが目を見開く。ナイフを的確に振り抜き、裕香の首へと刺し貫いた。ずぶりと腕ごとめり込む、八咫の鏡で出来ていた虚像からの手応えはない。
「あらぁ、これもハズレじゃないぃ。じゃーぁ、これは?」
「くっ!?」
ナイフを逆手に持ち直して真後ろに一閃、虚像ではない本物の裕香が防御に徹する。当たりを引いた。逃すまいと二打目の突き刺しが容赦なく振るわれていく。またも腕がめり込む。攻撃を外したクラーラに対し、裕香が真横からの突きを放つ。不意打ち的な一撃を白い目が精密に捉えていた。猫のようなしなやかさで、腰を捻りきり避けられてしまう。
「やあねぇー、埒があっかなぁいーっ♪」
「こっちの台詞よ!」
明らかに状況を愉しんでいる声に、眉間に皺を寄せた裕香が苛立つ。未だ互いが一撃として、攻撃をまともに入れられていない。予測しているわけでもなければ、さりとて勘が働いているわけでもなく、技術でカバーしているわけでもなかった。クラーラは完全に後出しで回避をこなしてくる。そのうえで絶対防御の突破、人体能力の向上を促すISTSという牙を振るう。
「あはははははははっ! じゃあ、これは避けれるかしらぁ?」
円を描くようにしてナイフを滑らす。ホログラフィーの虚像と化していた四人の裕香、それぞれ急所となる部分を切り裂さいていく。五人目のとなる裕香が慌てて天叢雲剣を垂直に立てきる。
「みーつけたぁ」
寸ででナイフの刃を受けきるが、続けざまに一八機の射撃ビットから覗く発射口が狙いを定めきっていた。連携的に一斉射が放たれる。虚像を貫くが、クラーラの攻撃はまだ止まない。
「あは、だぁ・かぁ・らぁ、無駄なのよぉ?」
残りの一八機がクラーラを中心にして四方八方へと撃ち出される。光が場を蹂躙した。
『そうね――
大量の線が虚像だけを貫く。
――堂々巡りもここまでよ』
膠着状態が動きだす。突然、距離を離していた虚像の一体が二つに増殖したように見えた。八機が九機に増えたのか、クラーラが警戒するように視線を凝らす。違う、虚像の一つと完全に重なり合っていただけだ。
「はぁん、子供騙しの浅はかさねぇ?」
張り付くような笑みで、余裕のある回避行動に移ろうとする。
『だからここまでだって、つったでしょうがっ!!』
更に分裂するかのようにして裕香が二人分へと分裂しだす。連続して何回も同じ行為を繰り返しながらクラーラへと迫る。常人なら目を廻してしまう状況で、一つ消えては一つ増えていく。対して迎え撃つ三六のビットが、一寸の狂いもなく標的を定めなおし続けた。
「一つが二つに増えようが、ぜんぜん意味ないわよぉ?」
『誰が二つだなんて言ったかしら!?」
互いの距離が僅か一メートルを切り、今まで二つだったものが八つへと分裂した。クラーラがその全てに対してビットからビームを射ち放つ。
ヂィ!
焼き尽くす光線が天照の肩部分に直撃してしまう。次にはナイフが裕香の二の腕へと突き刺さる。
「あはぁ、当たりぃ。ゴミ屑如きがぁ、私にぃ勝てるわけないでしょう?」
このまま他の箇所を串刺しにしようと、クラーラが腕を引く。だが、その動作が途中で停止する。
怯まない。恐怖も痛みも感じていないような、底意地の悪い笑顔があった。裕香がクラーラの腕を放さずに掴み続ける。華もなければ慎ましさも捨ててしまえ、泥臭い方が好みだといわんばかりに反撃を開始する。
「つーっかまえたわよっ♪ ふんっ!!」
「くっ!」
密着状態から頭突きをかまし、予想外の攻撃にクラーラが顔を振って避けきる。相手の腕に阻まれて、本人の視界から真下が見えない。
「らぁ!!」
「ガフッ!?」
頭部は左右に動かせても、胴は稼動範囲に限界がある。二撃目に放った膝が、クラーラの腹部へとめり込んでいく。ISで生身に近い肉弾戦など聞いたこともない。クラーラの思考が一瞬だけパニック状態に陥りだす。
例えISTSを使っていても視認できなければ。動く範囲が制限を受ければ、正常な機能を果たさない。繰り返すようにして再び頭突きを放ち、クラーラの顎を打ち抜く。
「もう一発――!?」
裕香の周りを取り囲むようにして、ウコンバサラの射撃ビットがビーム光を一斉射しだす。天照のスカート部分に内蔵されているスラスターによる急噴射。イグニッションブーストを使用し、緊急回避に徹する。距離を置いて、再び八咫の鏡を使用しながら姿を八つへと増やしていく。
激痛に耐える分だけ、体表面に脂汗が浮かぶ。負傷した片腕をだらりと下げ、両手で万全に構えることが出来ない。天叢雲剣を片手だけで持ち上げる。打ち込める回数を試算し、とりあえず苦笑する余力だけは残っていた。
(あっちのIS以外の能力。絶対防御を突破してくる攻撃が、思った以上に厄介だわ。片腕は血だらけだし、目の前の敵は回避能力も一級品。もう、今のような不意打ちも効かないだろうし――あらら。不味いわね、本当にこっちの手詰まりかしら?)
ぽたぽたとクラーラの口元から赤い液体が垂れていく。
『…………してやる……、してやる……してやる……してやる……してやる……してやる……』
顔を下に向けたまま、低く唸る声を出し続ける。髪が逆立ち打ち震えたようにして、最大級の敵意を剥き出しにしてきた。威圧感を受けた裕香の全身に鳥肌が立つ。
『殺してやる。なんであろうが、私とこの子を傷つけるなんて許されないのよ。そうよ、許されるわけがない。いちゃいけない、存在すること自体がバグなのよ』
「あら、ゴミからバグに格上げかしら? じゃあ、私も駄々っ子からわがまま娘に呼びなおしてあげるわ」
さあ、きなさい。そういわんばかり、裕香が顎をしゃくりあげて挑発した。
『裕香さん!」
負傷した一夏が雪片弐型を構えながら横に並ぶ。相変わらず出血し続けている腕が痛々しい。負傷した援軍だが、今はいてくれるだけで百人力だ。
「やっと来たわね、待ってたわ。私が囮を引き受けるから、トリを任せたわよ?」
「はい!」
迷いのない良い返事だと、裕香がにこやかに笑う。再度として前方を睨みつけ、短期決戦を想定していく。先に一夏が動き出す。
「さあ、潰すわよ」
自身に言い聞かせるように一言を呟き、全速力で上空を駆け抜ける。対し、クラーラも呼応するようにして突撃してきた。ウコンバサラから大量のビットが放たれる。青と赤のボディ色を纏った三六機が、手当たり次第に乱射を開始しだす。
ビットから放たれた光がフォログラフィーを貫通していく。八人の裕香のうち、苛烈な集中砲火を受けた三つの虚像までが直撃を受けた。本物の裕香が苦虫を噛むようにして、天叢雲剣を逆手に構えだす。
(ち、頭を使ってきたわね。途中で分裂すれば、こっちはさらに数を絞られるだけ)
八咫の鏡は本物の裕香を主体にして、虚像を作り出していく。三体の虚像が見抜かれれば、残りは五体となる。その中で一つが三つの虚像を増やせば、敵から残りの四体が虚像だとばれてしまう。
クラーラの出方で、思考力が冷静であることの裏づけが取れた。だが、たったそれだけのことだ。
『ゴミが、邪魔なのよっ!?』
クラーラが苛立った声で光の砲弾を回避する。上空で一夏が、雪羅から砲撃を放っていた。現状の一対二である状況に、裕香が笑みを浮かべる。微妙だが、勝敗天秤が揺れていることに気づいた。問答無用で残りの距離を一気に詰めていく。
「なんでもありなのは、お互い様でしょ? だったら、黙ってくらっときなさいっ!!」
切り下げ、中段、切り上げ、突き、背後からの横薙ぎを同時に放つ。本物は五分の一、クラーラがISTSを使用してその全てを見切る。
瞬間、六撃目となる切っ先が上空から降り注いできた。
「なんなのよ、これはっ!?」
予想外の攻撃にクラーラが吐き捨てて、なんとか飛来した雪片弐型を避けきる。見上げてみれば、迷いのない瞳がクラーラを射抜く。一夏が獅子の如く吼え、全速力で向かってきていた。
『うぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「丁度良いわ、刺し返してあげる」
クラーラが高速切替で、流れるようにしてナイフを展開しだす。
七撃目、風雪からの一撃を受け流そうと間合いを計り、
「がぁ!』
零落白夜によって伸びだした風雪の剣光に弾かれた。貫かれるさまを目の前で見ていた裕香が叫ぶ。
「浅い! 一夏くん、そのまま投擲なさい!」
クラーラが避ける隙のない間を縫うようにして、さらに驚異的な動きで致命傷を防ぐ。一夏が狙ったのは胸部、直撃したのは肩部分にとどまってしまう。押し出されたようにして、ウコンバサラが落下していく。
追い討ちをかける。一夏が渾身の力を込めて風雪を投げ飛ばす。
『くそ、しぶとい!』
体勢を立て直すまでの時間が〇・二秒、残りの〇・四秒で回避を開始していく。クラーラが向かってくる風雪の側面を怒り任せに蹴り飛ばす。
『身分も弁えないゴミ、ゴミゴミゴミゴミがっ!!』
怒りが頂点に達し、クラーラが壊れたように叫んだ。余りの形相を見た裕香が、一夏に次の指示をだす。
「一夏くん深追いすぎよ、戻りなさい!」
『は――
一夏が応えた刹那、白式に向かって三六の光が降り注いで行く。裕香が身代わりになるようにして、一夏を突き飛した。
「ぐぅうう!?」
全弾直撃、エネルギー残量が一気に目減りしていく。身を強張らせる余裕もない、一目散にクラーラへと顔を向ける。見れば相対した敵が、駄々っ子のように叫んでいた。
『嫌です、なぜですお父様っ!? 戦闘放棄しろだなんて、冗談じゃないわ! 目の前にいるゴミどもは、私に傷をつけたのよ! 私のISにも傷を負わせたわ! 死罪の始末も出来ないなんて、こんなのは狂ってる!!』
狂ってるだなんてどの口がと、裕香が心の中で突っ込む。まだ戦闘が終わっているわけではないのに、クラーラは二人から完全に目を放していた。一夏も身構えながら、雪羅からブレードの光刃をのばす。
『嫌よ、私は殺したいの! 八つ裂きにしなきゃ気がすまない、頭を勝ち割らなきゃ気持ち悪いのよ!! く……、解りました、お父様』
話がついたようにして、冷めた口調で了解を告げた。光を失ったかのような視線が裕香と一夏の方に向けられる。
『運が良かったわね、ゴミども。ここで私が引くことなんてありえないけど、お父様が退避して私のガードもお役御免だそうよ?』
「私は、弱った相手をみすみす見逃すほど甘くないわよ?」
『腕一本でぶらつく虚勢が甚だしいのよ、ゴミ屑が。再開するなら一向に構わないわよぉ、私から願ったりかなったりだわぁ』
エネルギー残量は僅か、絶対防御でさえ貫通されて負傷した腕が一つ。裕香が横を向けば、一夏も同じような状態だ。二対一で苦戦を強いられてしまう相手の力量を計る。
(悔しいけれど、実力が私よりも上ね。千冬先輩と五分ってところかしら)
一呼吸して、一夏に声を掛けた。
「一夏くん、追撃は無し。今は引くわよ」
「わかりました」
状況が読めないからこその決断だった。敵はクラーラだけではない、他にも山ほどいる。あと、どれだけの戦力を温存させなければならないのか。未だ周囲での戦闘が続き、一つの物事に集中できる時間は少ない。
クラーラが鼻を鳴らして後ろを向く。
『二人とも顔はぁ、覚えさせてもらったわぁ。今度は私から遊びに行くからぁ、そこにいる全部の人間を屍に変えてやるわぁ』
不吉極まりない言葉を残し、ウコンバサラが飛び去っていく。裕香が胸を撫で下ろすが、それもたったの数秒間のみ。
「なに、あれは……?」
無意識に口から漏れてしまう。非現実的に異様な状況で、今までの激しい戦闘も忘れてしまうほどに。裕香と一夏の見える先で、巨大な光が景色を飲み込んでいく。それは赤黒く染まった一機のISが、負の猛威を体現しているかのようだった。