[ NumberingTitle_怒レル少女 ]
激しい音楽が、耳へと打ちつけるように響く。けたたましいドラムの連打音とエレキギターの高音が脳を刺激し続けている。暗闇の中で一〇歳程度の外見をした少年が嬉しそうに、緩やかな鼻歌を歌っていた。
金属の壁を隔てた向こう側からは、烈風の吹き荒ぶ音が連続している。若い男性の陽気な声が、備え付けのスピーカーから聞こえだす。
『もしもーし、聞こえてますか? さて、これからお仕事です。準備は終わってますよね?』
「――聞こえてるよ、大丈夫。それにしてもさ、この部屋は暗いよね?」
『一五秒後には満天の快晴を拝めます。ハッチが開くまでの我慢さ。今回は依頼人《クライアント》へのデモンストレーション、円滑に契約を取るための大事な部分です。なので、手始めに良い標的を用意しました。目標はアメリカのニミッツ級航空母艦、ジョージ・H・W・ブッシュ。試作武装を試し射ちするのにも適した素材です。戦闘機も撃墜して下さい。どんなものでも取り逃せば、ISは兵器としての商品価値的質を下げる可能性があります。全ての殺戮《オール・ジェノサイド》が依頼人からの注文ですから、しっかりとお願いしますね?』
輸送機のハッチが電動モーターの駆動音を響かせながらゆっくりと開き始め、一瞬にしてマイナス温度の冷気が貨物部分に流れ込む。高度約一万メートルの世界は、極寒に包まれている。剥き出しのコンテナにいるISスーツを着ていた少年は、急激に冷え込む世界で白い息を吐きながら小さく笑う。
「心地よく冷えてく」
金属が人体を覆いだし、展開しきると白と黒の二色で統一された機体が現れる。ハッチからの落下により、一機のISが上から下へと長い白の尾を靡かせて落下していく。
クリアな視界。激突する雲の層を無理やり抉じ開け続けた。
――雲を抜けきると地上の蒼い寒色が目に入ってくる。真下を確認すれば、全長三三三メートル、全幅四一メートルの巨大な灰色の塊が現れだす。アメリカという国を体現する力の象徴が、海の王として君臨していた。
すかさず威圧するような声が耳に入ってくる。渋みのある壮年のもの、これから死亡する者の最後となってしまう言葉だった。
『所属国とISの識別呼称及び登録番号を述べよ。本艦はそちらの領海侵犯に対し、国際法に基づく正当防衛の権利を有している。即時武装解除を要求する、直ちに行動を停止しISの展開を解除せよ』
一方的で正当性のある命令が述べられ、少年は薄幸そうに笑う。そして、平坦な声のまま交信による返答をしていく。
「ごめん」
『――っ?』
「悪いけれど貴方たちの敵なんだ。運がなかったね?」
何気ない言葉のように相手へと返され、今度は戸惑った声がきこえてきた。一瞬にしてサイレンの音がけたたましく鳴り響く。IS 対 航空母艦、戦闘の幕が切って落とされる。高度八百メートルで急停止、無反動のまま新たに両手へと一丁ずつライフルを展開した。
同じようにして、ジョージ・H・W・ブッシュからの迎撃によるミサイル発射行動が始まる。少年の視界端にライフルの充填時間が表示されだす。
「一〇、九、八、七――
口笛を口ずさむようにして、死のカウントダウンを開始した。
ライフルを重ね合わせて銃口に赤黒い光が溜まりだす。少年は暫くのあいだ攻撃を回避しつづけ、避けにくいものは背中に搭載されていた武装を射撃して防御していく。合計で三機、戦闘機が空母から急発進して離陸してきた。
――三、二、一、お休み」
大きさにして一〇センチ程度の丸い塊が、強大な負の光を共なって発射される。新たな時代を告げる兵器が、大西洋の一角で産声を上げた。
◇
夏も真っ只中な日。IS学園は夏季休校へと至っている。職員室に呼び出された一夏と簪が目的の場所まで歩いてくると、整列するようにして並ぶ。彼らの前で席に座っている千冬が、書類の山に埋もれていた。少し離れた席では真耶が泡を噴いたようにして、机の上に上半身を乗せていた。半眼半口で今にも霊山へと旅立ちそうだ。一夏と簪は無言で生ける屍から目を逸らす。
海外研修の残務整理は、幾らやっても追いつかないらしい。千冬の埋もれた机には、珍しく空の栄養ドリンクが転がっている。冷房の効いた涼しい部屋でも、徹夜詰めでは体力を持っていかれてしまうのだろう。余り睡眠をとっていない状況に対し、一夏が心配そうにして声をかけた。
「織斑先生、大丈夫ですか?」
端整な顔の造りに、濃いくまを作った千冬が頭を軽く抱える。
「気にするな、お前達が悩む問題ではない。それよりどうだ織斑、腕は順調に回復しているのか?」
「ええ、まあ。なんとかですけど……」
未だ回復しきれていない腕を指摘され、一夏が半々といった苦笑顔をした。絶対防御を突破されて受けた傷は生易くはない、癒しきるにも時間がかかっていた。専門医からは多少の傷跡が残るだろうと指摘されている。
高度な最先端治療を施せば、ほぼ完全に跡を消せるだろうと助言を受けていた。だが、今の生活に支障がなければ問題はないと、一夏は丁寧に断りを入れた。横に付き添っていた千冬は頑固者めと溜息をつくしかない。完治までもう暫くの間かかるが、秋までには支障がなく通常生活もできるだろうと見通しがついていた。
一本気な弟には骨が折れると肩を回し、千冬が一応の忠告をする。
「無理はしないことだ。馬鹿につける薬はないが、お前は直ぐに周りが見えなくなる。せめて今だけは、休むことに専念しろ」
一夏は耳が痛いなと思いながら、素直に意見を受け入れた。教師としてか姉としての言葉なのかは判らないが、ありがたく思いながら胸の内にしまいこむ。
「更識、体調はどうだ?」
「はい。……もう、大丈夫です…………」
「そうか、余り無理はするな。二人と他の人間も含めてだが、今は過度にストレスを溜め込んでいる。学園の特別配慮で、セラピストも常駐させてある。なにかあれば、私でも構わんから相談しに来い」
トントンと音が立ちだし、千冬によって書類の束が纏められていく。雑多に放置されている他の書類を掻き分けて取り出されたのは、電子端末のタブレットだった。メールボックスの中から、一通の開封済みメールを開く。タイトルには『改修作業につき二名の出向を要請致します』とある。差出人は倉持技研だ。
「織斑と更識を呼んだのは、倉持に出向してもらうためだ。急遽の対応で悪いが、よろしく頼む」
「はい」
簪がぺこりと頭を下げて一礼し、一夏が少し考えた表情になってしまう。腕の完治していない状況で、敵に襲われた時のことを思慮した。どこまでやれるか解らない、捕獲されてしまうかもしれない。そんな悪い予想が頭の中で払拭できない。千冬がお見通しだと、一夏の頭を軽く小突く。
「痛っ」
「余計な心配はするな、護衛を一人つける。凰のISは既に改修作業を終えているからな、お前達二人につけておく」
「鈴ですか?」
「なんだ、凰では不服か? ほう、お前も女を選ぶようになったか」
一夏が慌てだし、顔を赤くして否定していく。
「いや、そんなんじゃなくて、別に簪がいれば護衛は足りてるっていうかって、ぐあ!?」
「あによ、あたしだと都合が悪いっていうの?」
視界が瞬間的に上下へと動き出す。今度は誰かに後頭部を軽くはたかれていた。慌てて向きを変えてみれば、膨れっ面の人間が苛立って見上げてきている。
鈴が組んでいた腕をほどき、人差し指で一夏の胸を突付く。
「うお!?」
「落ち着きなさいよ、うっとおしいわね」
オーバーリアクションで両腕を上げる一夏を騒々しげに見ると、制服の内側にあるシャツの裾から包帯が見え隠れしだす。怪我の残痕《ざんこん》から研修先で起こった惨事を思い出し、どうしても気持ちが引きずられてしまう。鈴が言葉に詰まって間が空くと、一夏が眉を顰《しか》めて頬を掻く。申し訳そうな顔をすると、苦笑しながら返答していく。
「いや、そういう意味でいったんじゃないんだ。鈴だって体が全快したわけじゃないだろ、だったら休んでた方がいいと思ってさ」
「お生憎様、もうとっくに治ってるわよ。一夏とは体の鍛え方が違うんだから、あんまり甘く見ないでよね」
「いや、でも女の子だろ。なにか傷でも残ったら、あとで大変じゃないか」
「え……?」
一夏が自身を一人の女性として見てくれている。女の子という言葉が耳に入り、頭の中がピンク一色の世界で包まれだす。辿り着く桃源郷を遮るかのように、千冬から眼を覚ませとチョップが降り注いだ。愛の鞭が飛び交うスパルタ教育は厳しく、鈴は頭を抱えて蹲る。
「話が進まん。織斑、今から行けば昼頃には到着できるはずだ」
「わかりました」
言われた当人が承知しながら首を捻る。はて、何か忘れていたような気がすると、軽く考え込んでしまう。
「ああっ!! ああ、やっちまった……」
一夏が驚いたようにして思い出し、しまったというような表情をする。大声を間近で聞いた簪が耳を塞いで痛がりだす。TPOを考えろと、千冬のチョップが一夏の頭にも突き刺さった。また何かやらかしたのかと、担任教師が呆れた視線を送る。
「織斑、やってしまったでは理解できん。きちんと説明しろ」
「……いえ。今回あった研修前に、白式の改修を頼むつもりだったんです。蓮葉、倉持の主任研究員なんですけど。多分、あっちも作業するために、俺のこと待ってたんじゃないかなって」
「それのどこに問題がある?」
「実は、行くのに二ヶ月以上あけちゃって……」
「この大馬鹿者め、今すぐ機体の改修作業も含めて謝罪してこい」
この不貞の弟はと、最後は千冬が軽く頭を抱えた。
◇
倉持技研にある一室の扉は固く閉ざされていた。
一夏と簪に護衛としてついてきた鈴が、電動式ドアの前で立ち往生している。上に掲げてあるネームプレートには第三主任研究室と書かれていた。一夏が顔を青くしながら、もう一度だけ呼び出しボタンを押してコールしてみる。
『はい』
聞こえてくる少女の声は穏やかさを通り越し、とても冷ややかなものだ。
「蓮葉、俺が悪かった。だからこの通り、本当にすまん!」
両手で合掌、腰を九〇度まで曲げて深々と頭を下げていく。だが、ドアフォン越しのマイクから出る回答は淡々と拒否を告げてくる。
『あら、ごめんなさい。この通話機能には、カメラ機能が含まれておりませんの。この通りと言われても、こちらからはねえ。ハンッてんでなにしてるのか、わかりませんですのことよ。どうぞお引取りを。もう一つ言わせてもらえるなら、二・度・と・来・る・な』
「頼む、後生を!」
『ゴショウヲ? ごめんなさい、その意味は解りかねます。蒙昧で無知な私めに、どうかドイツ語で解るように言ってくれるかしら? 懇切丁寧な説明をお願いさせて貰うわ』
「うぅ……」
もはや取り繕う暇もない。白式の研究主任である蓮葉=オッペルは一夏にすっぽかしをくらい、完全にへそを曲げていた。横で足を打ち鳴らして苛立ちを抑えていた鈴が、両手で当然のように一夏をどけだす。
「うお、おい鈴!?」
「うっさい、いい加減に焦れったいのよ。ちょっとあんた! 駄々《いじけ》てないで、さっさとこのドアを開けなさいよね!?」
いきなり下手が上手に逆転する。鈴が言い放つ余りに酷い対応のせいで、一夏は口から心臓が飛び出したかと思った。返ってくるのは喧嘩腰の発言だ。
『あんた誰よ? 私が呼んだのは大マヌケの男と、弐式のIS操縦者だけよ。部外者なら帰って頂戴』
「私が弐式の操縦者よ!」
えっと、簪が今日一番の驚いた表情をしだす。一夏も同じようにして鈴の嘘に閉口してしまう。
『馬鹿ね、私は一度だけ弐式の操縦者に会ってんのよ。声が違うじゃない、帰れヘチャムクレ』
「なっ!? ぬぁん、ですってーっ!!」
カマをかけることに失敗した上で罵倒された。簪が横で宥めるための説得になっていないと、どうしようもない状態に死んだ目をしてしまう。馬鹿にヘチャムクレと言われ、鈴が見えない相手に噴火した。
展開されるのは部分展開による甲龍の腕部装甲と双天牙月の一刀だ。一夏が慌てて怒れる人間を羽交い絞めにしだす。
「よせ! ここはアリーナじゃなくて、研究施設内だぞっ!?」
「放しなさいよ! こんな薄っぺらい紙切れ同然のドアなんか、今すぐ真っ二つにしてやる!」
「鈴、お願いだから、やめて!」
簪も加わり鈴がじたばたと足掻く。廊下の騒ぎを聞きつけた男性職員が、呆れ半分で歩いてきた。三人に会釈で挨拶すると、そのまま蓮葉に向かって喋りだす。
「主任、いい加減にして下さい。これ以上のことがあったら、私のほうから直接上に報告させてもらいます」
『ぐっ……、わかったわよ』
「こんなことをなされているから、いつまでもご自分の部下に子供扱いされるんです。もっと大人になって下さいね?」
『……』
何も言い返せないのは、本人に自覚のある証拠。無言のままにドアのロックが解除され、扉が横にスライドする。じゃあと言って、男性職員はもと来た道へと引き返していく。扱い慣れているのか、これが大人の余裕なのか。自身もああいった態度ができるようになりたいと、一夏たちは男性職員に羨望の眼差しを向けた。
「うおっ!?」
「なによこれ!」
「掃き……溜め……?」
電動ドアが開いたとたん、その場にいた全員が一斉に悲鳴を上げだす。
室内からの澱んだ空気が溢れ、もわりと漂う。酸性の抉るような匂いが、三人の鼻腔に直撃した。例えるなら腐った樹海のような部屋だった。一歩足を踏み入れれば、そこかしこから○キ○リが大量に湧いてきそうな、下水路のような有様だ。こんなゴミ屋敷みたいな場所に、本当に生きた住人はいるのかと問い質しそうになってしまう。
荒れ放題な光景に、鈴は顔を青くして一八〇度の回頭をしだす。眼は薄っすらと光を失っている。
「ウーン、私ハ護衛ダカラ、外デ待機シテルワ。二人トモ頑張ッテ、ファイト」
棒読みな返事を察知した、一夏と簪がガシリと鈴の両肩を片方ずつ掴む。
「鈴、さっきまで入る気満々だったじゃないか? もう後戻りは出来ないぞっ♪」
「こういう時に、爽やか笑顔全開で言わないでよ! 冗談じゃないわ!」
「逃げないで……、鈴。私達は……一心同体」
「真剣な顔して、なにが一心同体よ! こんな鉄筋の柱まで腐ってそうな部屋に、誰が入るもんですかっ!?」
道連れにされてなるものかと、全力で二人の腕を振り払おうとする。次の瞬間、倉持グループは息のあった呼吸をしだした。一夏が鈴の両手首を掴みきると、簪が両の足首を掴みだす。
一糸乱れぬ阿吽の呼吸に、宙吊り状態の鈴が必死の形相でのたうつ。
「ちょっと!! このまま部屋に向かって、投げ込むつもりじゃないでしょうね!?」
悲鳴をあげながら抗議すると、一夏の顔がはっとなる。
「あ、それは思いつかなかった」
「お姉ちゃんと喜久は……本当にやりそう……」
三人の視線の先で野暮ったい毛布を被った物体が、モゾモゾとして蠢いている。やがて膨らむようにして起きだすと、少女の顔が毛布から覗かれる。寝起きの蓮葉が頗《すこぶ》る不機嫌そうな顔で告げてきた。
「私の天敵は家事全般よ。それ以上も以下もないわ」
「偉そうにして、語ってんじゃないわよ!!」
憮然と告げられ、鈴が切れ気味に吼えた。一夏と簪が溜息をつき、鈴を持ち上げた上体で入室していく。
「ちょっと、降ろしなさいよ!」
「蓮葉、提案があるんだ。俺達に部屋の掃除を手伝わせてくれないか?」
「これは……、人が住める場所じゃない……」
「ねぇってば、聞いてるの!?」
逆さ吊りの状態で鈴が喚き、スカートの裾が落ちないかどうかを必死なって防ぐ。一夏と簪は無視を続け、逃げられない様にすることだけを考えていた。蓮葉は相変わらず不機嫌そうな顔をしていたが、二本の指を立てながら訪ねてきだす。
「片してくれるのは良いけれど。時間かかるわよ? あと、やってくれるならバイト代を弐式の操縦者と嘘つき女に支給するわ。一夏は約束をすっぽかした分でチャラにしとく」
「そうしてもらえると助かる。サンキュな蓮葉」
花嫁修業をしなければ壊滅的な少女は、軽く欠伸をしながら置きぬけのように眼を擦る。一夏は鈴を降ろして制服の裾を捲ると、将来は千冬姉になるぞと蓮葉に小言をのべていく。簪と鈴は部屋のどこから片すべきかを考えながら顔を見合わせ、互いに苦笑と溜息を吐いた。
数時間後、荒れ放題な部屋はIS学園の生徒達によって綺麗に整理整頓されきった。部屋の端には幾つかのゴミ袋がまるっとなって放置されている。中身は殆どがレトルト食品とコンビニ弁当の空となり、あとは廃棄書類の山が束に纏められて括られていた。いったい何週間分の量を溜め込んでいたのかと、一夏が呆れながら蓮葉のほうを見る。対して部屋の住人は椅子に座り、いたく感心しっぱなしで周りを見渡す。
「IS学園てすごいのね。家事も完璧にこなせるスキルが身につくなんて。なに、あの場所は万能人間の育成機関なの?」
「至って普通よ! あんたが余りにも、掃除に対して怠惰過ぎんの」
掃除機を唸らせながら床の埃を吸い込む作業をしていた鈴が、片腕を振り上げて正論を述べる。簪が空になったゴミ箱をどこに置こうか迷っていたところ、あるものが眼に留まって作業中の手を休めた。空中投影ディスプレイに見慣れない機械の図面が表示されていた。乗り物で外郭が人を覆うようにできている分部からISが連想されるが、明らかに形が不恰好でできている。
「エクステンデッド・オペレーション・シーカー、通称EOS《イオス》よ。徹夜でデータの解析作業中なの」
近くで見ていた蓮葉が面倒臭そうにしながら説明をしだすが、そんなことは誰も頼んでいない。私のストレスに付き合えとばかり、三人に薀蓄を垂れだした。
「最近の話よ。ISシェアで世界一位の大元締め、ホープ・ラスコ社がEOSの開発会社をM&Aで傘下にしたの。表向き国難災害規模での救助派遣を全面に打ち出してるけど、本音の目的は明らかにISの極少な数に対する軍事の穴埋めでしょうね。で、解析のお鉢が倉持にも回ってきたわけなのよ。駆動機構改善及び材質改良に強度テストまでもろもろ。うちだけじゃない、各国の主要な研究機関へ通達がいってるはずよ。遅いし重いし動かない、この鈍い亀を使い物にしろってね」
今のままだと戦車の試し撃ちになる良い的よと、辛辣なまでの個人的感想で場をしめた。でかいだけの企業が強権を振るってと、膨れっ面に腹で据えかねた様子で語る。
ISと競争するのではなく、ISの手が届かない部分を補填するためのもの。軍事に使われるといわれ、一夏たちは三者三様で考え込む顔をしだす。つい先日に国際級のテロを肌身で経験し、街が焼かれる光景を眼にしたばかりだ。終わってみれば一日間での出来事だったが、他の場所では二度と起きてほしくないとただひたすらに望んでしまう。
蓮葉が投影されたキーボードを叩きながら、徹夜続きの作業を中断した。
「そういえば、学園にも試験稼動の依頼がきてるって聞いてるけど?」
「ああ、インド研修へ行く前に乗ったぞ。専用機持ちだけで模擬戦闘もやらされたし」
「へー、結果はどうだったのかしら。もしかして一夏の一人勝ち?」
思い描く期待通りの反応はなく、一夏たちの表情が変わりだした。いったい何を思い出したのか。真剣な面持ちをしていた筈が、もの凄く不満そうにしている。鈴に至っては、あの馬鹿のせいで、あの馬鹿のせいでと苛立ちを隠さない。どうも三人ともが納得のいかない結果に終わったらしいことだけは理解できた。
なにかいらぬ尾でも踏んだかしらと、蓮葉は苦笑するしかない。
「誰かが故障でも引き起こして、連帯責任かなにかを負わされたの?」
「全部が、あのバカ喜久のせいよ。模擬戦が始まった途端に、あいつがなにしたと思う?」
「なにかすごい動きでもしだしたとか?」
「半分は当たりね。あのバカは一夏に共闘を呼びかけておいて、実際は自分の盾にしたのよ」
試合が始まる数分前、一夏は喜久に共闘を呼びかけられた。話に乗った一夏だったが、試合開始直後に背後から攻撃を受けてしまう。ペイント弾によるフレンドリーファイアは、機械の背面にことごとく痕を残した。あっけなく一番乗りでの退場組が発生しだす。
喜久は誤射したと言いつつ一夏の後ろを取り切ると、今度はそのまま後ろから持ち上げていく。被害者は暴れてもがくが、いかんせん設計によって胴体に対し手足が短すぎた。死して尚も役に立つ、即席の盾を作って喜久がゆっくりと後退しだす。
皆が機械の操縦に悪戦苦闘する中で唯一人、ラウラが抜きん出た動きで喜久に迫っていく。
『今なら一夏を弄りたい放題だ。本人を持ち上げた状態で説得(拷問)すれば、何でも言うことを聞かせられるぞ』
悪魔のような囁きに誘惑され、ラウラは踵《きびす》を返して即座に標的を変更しだす。先に邪魔者を排除してやると、真っ向から残りのメンバーに襲い掛かった。堪ったものではないと、他のメンバーが一致団結して応戦していく。だが、乗りたての新人と、実は既に似たような機体を使い慣れていた熟練者の差は圧倒的だった。シャルロットが卑怯者と叫ぼうが、鈴が負けじと喚こうが結果は歴然としていた。
各人の顔にペイント弾を当てて討ち取ると、最後は悠々と一夏と喜久のいる場へと歩行していく。御褒美の時間だと喜んでいたが、喜久が目の前で一夏を投げ飛ばした。それもラウラとのゼロ距離になったところでだ。二体が折り重なった状態を確認し、全く行動しないでサボっていた人間がほくそ笑む。
『もういやだ、早くこれから降ろさせてくれ……』
『く、しまった! 私としたことが!』
『よし、こんなもんだろ』
『馬鹿者が』
試合終了の合図は千冬の拳骨で幕を落ろした。今回の試運転は、まともなデータも一切取れていない。話を聞いていた蓮葉の頬がひきつる。
「もう一人の男性操縦者って、そんなに酷いの……?」
「最低よ」
鈴が最悪の人間だと評価し、一夏があれは悪魔だという。簪はノーコメントを貫く。蓮葉は椅子から立ち上がると、白衣を着こんで三人に呼びかけていく。
「ここには改修に必要な設備が置かれてないから、部屋を移動しましょ」
四人は部屋から出ると、その足で設備室へと向かった。
◇
最新鋭の設備が整った区画へと案内されれば、研究職や整備関連のスタッフが他のISを整備している。外観の形状から元が打鉄だと解る機体を調整しているようだが、大幅に改良を加えているようだった。普段の角ばった鎧兜のような装甲が西洋甲冑のように丸みを帯びている。簪が自身の乗っている打鉄弐式と比べてみても、更に丸みを帯びたイメージを髣髴とさせていた。
一夏と鈴も野次馬のように、興味心身とばかりで覗き込んでいく。「こらこらそこ、さっさと離れる」と、蓮葉が作業スタッフの邪魔だと二人をどかした。一息で喉を整えると、新型に乗る操縦者に向き直る。
「更識候補生に来てもらったのは、この新型第三世代機である『出羽鋼《いずははがね》』に乗り換えてもらうためよ。ISコアを弐式から移して起動してもらうわ。今日のところは、これが操縦者に対しての初お披露目になるわね」
「え……!?」
簪が吃驚して声を上げてしまう。倉持純産の第三世代機が完成しつつあるということにも驚いたが、自身が乗り換えろといわれていることに戸惑いを隠せない。
長く使っているものには愛着がわく。ここに来るまでの間、打鉄弐式は共に危機を乗り越えてきた最高の相方だ。嬉しさよりも寂しさの感情の方が心を占める。
蓮葉は特に気にせず説明を続けた。
「今はまだ開発段階だけど、いずれ近いうちに乗り換えてもらうわ。今の打鉄は第二世代で出羽鋼は第三世代なんだけど、日本代表のは既に第二世代がセカンドシフトしてて完全専用機化してるし。というか、あの人はもはや私物のように扱ってるけれど。だから順当に行けば、次の割り当てが国家代表候補生となるの」
二人のやり取りを見ていた一夏が、なにかを思い出したようにして不思議そうな顔になる。
「あれ? でも裕香さんて、前に半縄とかいう研究所の機体に試乗したことあるっていってたぞ」
「それって、半縄独自AI搭載型の制御不能ISでしょ? 誰も乗りこなせない置物寸前で、国家代表に話が舞い込んだのよ。国からなんとか動かしてくれって、お願いされたのが本当のところね」
蓮葉の話では、半縄でメインプロジェクトとして扱われていた思考力先行特化型ISというのが、多分に問題を孕んでいた。なにせ男性を受け付けないだけでなく、さらにAIが認めた女性しか専用ISの搭乗を許さないという、余りにも狭き門を設定したことが最大の難点だった。
プロジェクト自体は画期的なものだったが、内容が尖り過ぎている。搭乗員の質も緩和しにくいと手詰まりで、苦肉の策として国家代表である裕香が呼ばれることとなった。だが、結果は惨憺たるもので、AIは頑なに搭乗を拒む。最後は裕香が試運転中に怒鳴りだし、お互いが口喧嘩を始めだしてしまった。
上層部は埒が明かないとAIの改良を要求したが、主任研究員が断固としてそれを拒否。このため世界中から搭乗者候補を絞り続け、呼び出しては試運転の繰り返して今に至ることとなる。諦めないということが大切だという証明なのだろう。その甲斐あって、ようやく最近になりAIに受け入れられた搭乗者が見つかった。
蓮葉がここまで一連の流れを説明してから、頗る気分の悪そうな顔で舌打ちしだす。
「チッ。なによ、奴がまだ来てないじゃない」
「奴って誰よ?」
鈴が何気なく聞くと、返されるのは嫌々そうな顔から吐き出される苦々しい口調だ。
「倉持の第三世代機を全て監修している所長よ。ここの総責任者にして、最強の変態ね。人の心を掻き回すことが大好きな、筋金入りの変態なの」
おい、いま二度も変態って言ったぞと、そう突っ込みそうになってしまう。三人はどうしてこうまで強調的になるか、全く理解不能だった。
不意に電動ドアの開閉音が聞こえ出す。皆の注目を集めた視線の先から、一人の女性研究員らしき不審人物が入室してきている。水着代わりとばかりにISスーツを身にまとい、上から白衣を羽織るようにしていた。サンダルをペタペタ鳴らしながら歩いてくると、濡れている髪をタオルでわしゃわしゃと拭く。持っている銛の先では捕らえられた魚がビチビチと跳ねている。不審者は蓮葉の方を向くと、陽気にして手を振った。
「あれ~、もしかしなくても待ったー?」
「遅い、貴方は倉持《ここ》第二研究所の所長でしょうが! 真昼間からサボって釣りに勤しんでどうすんの!!」
「なんだよー、ちょっとすぐそこで休憩してただけじゃん。ケチケチすんなよ、短気は早死にするよん?」
「年中変わらずに、冬でもISスーツだけを着て素潜りしてる方が凍死するわよ。寧ろ、生まれ変わってくれるとありがたいわね」
蓮葉が胡乱気《うろんげ》な視線で辛辣に答えると、喧嘩腰のやり取りに困った一夏は流石に待ったをかけだす。
「蓮葉、幾らなんでも言いすぎだ。年上なんだから、ちゃんと敬うべきだぞ」
「そうなんだよ、いいこというね君。だから人肌で暖めてくれたまえ」
「うお!」
間近でよく見ればグラマーだった所長といわれている女性が一夏に抱きつき、そのまま尻を鷲掴みしていく。頭頂部から足の爪先まで一気に悪寒が駆け抜ける。弄られっぱなしの当人が情けない悲鳴をあげた。
「ひぃ!?」
「おお、筋肉質の良い締り具合だね。磨きぬかれた肉体美、これは私の大好物だよ」
嬉しそうに舌を横に出して、ぺちぺちと頬を叩かれた。会って一〇分と経たず、一夏は何故に変態扱いを受けているのか思い知る。
「ちょっと、一夏から離れなさいよ!」
「一夏、大丈夫……!?」
鈴と簪が凶悪な害敵を駆除するためにと、ISを瞬間的に部分展開しだす。女性は目を細めると、とても興味深そうに鈴を観察していく。まるで爬虫類が獲物の小動物を見つけたかのように。
「はーん、これが中国の第三世型、甲龍かい。良いね良いね、初めてついでにもっと見せておくれ。なんなら完全に展開した状態が好ましいね」
言いながら監視兼用のカメラの一つを指差す。天井にある半円状の黒い球体が部屋の四隅と中央に埋まっていた。中に埋まっている特殊カメラの無機質なレンズが鈴を覗き込む。
「伊達に研究所を謳ってるわけじゃあ、ないのです。録画した映像から粒子展開速度、マッチングデータ、バーニアの最大稼動域までつぶさに画像解析できる。ただでの提供情報なんて、中国さんは気前がいい。私は贅肉の含まれた肉と太っ腹も大好きだよ?」
「くっ……、」
これ以上、丸裸にされては堪らない、鈴が渋々とISを解除した。蓮葉が簪にも同じようにしなさいと指示を出し、疲れたサラリーマンのように溜息をつく。
「自己紹介ぐらいしたらどうなの、露出魔所長?」
「ははは、ペルちゃんはいつも手厳しいねっ♪ 私は篝火《かがりび》 ヒカルノだよ、忘れないうちに名前をよく覚えておいてくれたまえ」
一度会えば、忘れられないほどに強烈な個性の持ち主だ。それでなくとも端から見ていて少女に怒られている大人の構図はかなり痛いものがある。ヒカルノはにひひと笑い、鈴の頭に手を置く。
「うちのIS操縦者達をガードしてくれている大切なお客さんだから、これは親切心からの忠告。こんな場所で、めったにISの展開をするものじゃないよ。証拠の映像があがっちゃえば、上のお偉方が猿みたいにはしゃいで喜ぶ。中国がいちゃもん付けられるのは、君にとって喜ばしくないでしょうや?」
今のと館内の似通った映像は、完全に消去しておくようにと所員へ指示をとばす。鈴はばつの悪そうな顔をして首を亀のように縮めた。次にヒカルノは簪と一夏のほうを見る。
「ペルちゃんから聞いてると思うし、学園への通達は済ませてあるはずにゃのだよ。ほらほらお二人さん、IS待機アクセサリーを貸して頂戴よ。ぱっぱと修復と最適化、蓄積データの採取作業までやっちゃおうぜ~」
一夏のガンレットと簪の指輪を受け取ると、すぐに専用の機械へと設置してISを全て強制展開させていく。首を軽く鳴らし、タブレット端末を開くと蓮葉を手招きした。
「なにかしら?」
「ここは私に任せて、ペルちゃんは休憩しておいで。後はやっておくから安心していいよん」
「なにいってるの、私がやらないで誰がやるのよ」
当然のようにヒカルノが自身を指差す。ニヤニヤと笑いながら、蓮葉の両肩を揉みだした。まるで悪巧みをしたくてしょうがない、駄目な大人の笑顔だ。
「も~お、わっからないかなぁ? 普段は仕事三昧のハードワークに追われてるペルちゃんへ、せめて数時間は同世代と遊ばせてあげようという、お姉さんの老婆心による真心が。せっかく歳の近い男の子もいるんだから、その平らな胸をアピールしないと」
「そんな心が紫色に化学反応してそうな、怪しさ満点の思惑はいらないわよ!?」
ガアッと唸る少女を尻目に、現状で最大権限を持つ所長は絶対服従の上司命令を飛ばす。
「蓮葉主任研究員、可愛いペルちゃんに所長として三時間の休息を命ずる。はいはい、いってら~」
「なっ!? ……覚えてなさいよ、変態所長」
「おぼえてたらねー」
ヒカルノは恨み節を言われても、手をひらひらとさせて特に気にする様子はない。蓮葉はむっとしながら一夏の腕を両腕で抱え込む。驚く一夏を無視し、どすどすと不機嫌に歩き出して退出しだす。慌てたようにして鈴と簪もあとに続いた。
◇
再び綺麗になった主任研究室に戻ると、蓮葉がやさぐれた表情のままでEOSの改良データを打ち込み続けている。残りの三人は用意された席でゆっくりと座って待っていたが、だんだんと暇を持て余す様になってしまった。
考え込む時間があると、一夏は改修作業中の白式についてあれこれと思考してみる。頭の中にふと浮かぶのは、簡素なISの鎧を纏ったような女性と、麦藁帽子に白いワンピースを着た少女だった。現実的ではない世界、まるで夢の中で出会ったような場所に二人はいたのだ。一度目は直に会い、二度目は声だけの会話をした。
「なあ蓮葉、白式と会話ってできるもんなのか?」
「プログラム上での会話なら、毎日ある生活時間の殆どを注ぎ込んでるわよ」
「いや、そういう意味じゃなくて。白式と普通に喋って話すってことなんだけどさ」
蓮葉の打ち込み作業で動いていた指が急停止をかける。すると今度はデスクにある備え付けのスイッチを入れていく。突然、部屋の中央に空中投影ディスプレイが表示された。
連続してデータを開くと、最後にある一枚の画像を皆に見えるようにする。ひどく不鮮明でノイズが酷く、七割近くが砂嵐のように破損していた。データクラッシュしてサルベージされたといわれても、納得がいくような代物だ。
わかるのは青空と反射するガラス張りのような地面だった。鈴がなにを示したいのか理解できず、腕を組んで欠伸をする。
「で、この出来損ないの写真みたいなデータが、一体どうしたっていうのよ?」
「私がみて欲しいのはここからよ」
極小の一部を枠で囲って一気に拡大していく。L判でいえば、三ミリかけの三ミリサイズ程度となる。だが、拡大した分だけ画像が荒くなることはなく、鮮明なまま遠くに見えていた一人の少女をくっきりと映し出す。あっと、簪が少し驚いた声を上げた。
麦藁帽子を深く被っているために、顎のラインとはにかんで笑う口元だけは確認できる。ワンピースは薄く揺らぎ、こちらに気づいて手を小さく振っていた。
「白式が、まだ一夏の手元に届く前のことよ。起動作業中に一度だけ、原因不明の動作エラーを吐き出したことがあったの。で、その時に白式からアウトプットされた画像がこれよ」
蓮葉がかけていたOA用メガネのフレームと額の間から、一夏に真剣な目を向ける。
「一夏はこれが、なんだか知ってるの?」
一夏は唸った表情をして黙り込む。一頻り黙り込んだ後、口を開く。
「全くわからん」
「でしょうね、だと思ったわよ。そっちの二人はなにか知らない?」
「初めてみたわ、こんなオカルトチックみたいなの。幽霊の女の子なんて、私の甲龍には存在しないわね」
「私も……知らない……」
問われた鈴と簪は突飛過ぎた内容の話題についていけない。一夏はまじまじと画像の中の少女を注視した。蓮葉の方を向き直ると、頭を掻きながら自身の体験を語る。
「この女の子の正体は知らないけど、会ったことならあるぞ」
「どこで!?」
「夢の中で」
机に両手を突いて立ち上がっていた主任研究員が脱力した。再び座ると一気に投げやりになり、一夏のほうを半眼で睨む。
「私をからかってるんじゃないでしょうね?」
「至って真面目に答えてます。こっちも信じてくれとしかいえないけど。前に戦闘したときに、敵に倒されて昏睡したんだ。眠っている間に、夢の中で澄み渡った空の下に二人がいたんだよ」
「二人?」
「もう一人いたんだ、鎧を纏った女性が」
三人の女子が再度、食い入るようにディスプレイを覗き込む。眉間に幾ら皺を寄せて険しい目つきをしても、新たな人影は見つかりそうもない。蓮葉は興味深く、今の内容を咀嚼するように考え込む。結論がでたらしく、「よし」といって空中投影ディスプレイを閉じてしまう。その場で手を打ち鳴らし、今の問題を放棄した。
「やめね。私は技術者であって、エクソシストは専門外よ。これは生みの親に会えた時にでも、聞くことにしましょ」
匙を投げて椅子の背を短く鳴らし、データ整理の打ち込み作業を再開していく。話題を打ち切られた三人は、あれこれとISについて語り合う。暫くすると、蓮葉は作業の片手間に一夏へと質問をした。
「ところで、一夏は風雪をものにできたのかしら?」
「う~ん、実際のところはまだまだだな。武装の特性を理解しても、俺自体の技術が追いついてないんだよ。風雪を扱えるようになるには、なにかと時間がかかりそうだ」
「あら、そうなの。学園から毎度の如くデータは貰ってるけど、白式の燃費さえ無視すれば、一夏は間違いなくこの三人の中で能力値が一番上よ?」
即座にピクリと鈴の片眉が反応する。簪も興味を示し、流し読みしていたISのプラグラム資料から視線をあげだす。
「ちょっと聞き捨てならないわね。あたしより一夏の方が強いですって?」
「そうよ、傷ついたなら謝っとくわ。悪いけれど、一夏は戦術思考能力がもう少しだけあれば、国家代表枠も夢じゃないの」
遠まわしに頭が悪いといわれ、一夏が顔を渋くしてしまう。
「男性は女性に比べて平均筋力差で五パーセント程度のアドバンテージがある。この差は速筋線維でタイプⅡと呼ばれてる部分に由来してるのよね。持久力は女性、瞬間性は男性に分があるのよ。ISは女性しか扱えないという事実があって、男性が勝てない圧倒的な力が存在していた。しかしこれが男性も扱えるとなると、今まで聳《そび》え立っていた優位性はリセットされる」
男女ではもとからある身体能力に違いが大きいと、蓮葉が鈴と簪に指摘していく。二人とも納得がいかず、不満な顔をしかできない。今までのIS訓練に労してきた努力と時間が無駄だといわれているようなものだ。面と向かって貴方達は弱いといわれれば、当然のように反発心だけが顕になる。
ビッと、鈴が指を一夏に向けて言い放つ。
「射撃はへっぽこ、操縦技術は中途半端、知識もまだまだぺーぺーの状態じゃない。それでも私より劣るっていうの!?」
顔を渋くしていた一夏が、ぐっとなにかに耐えるような表情になる。以前ならば、ここまで言われる筋合いはないと反論していた。だが、急速に得た苛烈な経験によって、軽い煽られにも耐性ができ始めていた。織斑 一夏は周りの喧騒さから学び、八風に犯されぬ成長を遂げている。
「だいたい、馬鹿一夏が私に何連敗してると思ってるの! 手の指に足の指を足したって、到底足りてないわよ!」
「ぐっ」
ダンプに踏み潰されたような声を出してしまう。まだ黙っていられると、頭の中で素数を数えだす。
「それじゃなくても常に足でまといで、援軍に来たって蚊ほどの戦力にもなってないじゃない!」
「鈴っ!!」
放たれ続ける口撃によって、腕を組んで我慢していた一夏が限界を迎えた。簪も一夏の方に歩いていくと、鈴に両手を広げて対峙する。
「言い過ぎは……、よくない」
「く、なによ! じゃあ、簪は一夏より弱いって言われて文句ないわけ!?」
思わぬ援軍に鈴がたじろぐ。収集がつかないわねと、発端となった少女はある提案を持ちかけることにした。
「確たる証拠が欲しいのよね、一夏より自分のほうが強いって。だったら、試してみれば?」
「はぁ、どうやってよ?」
「あれで」
蓮葉が指差した方向には、近未来的なデザインのベッドが四つほど並べられていた。見たことがない代物に、一夏たちは首を傾げて疑問符を頭の上に浮かべる。
「ISの仮想シュミレーターよ。試作段階の実験品だけど、ほぼ完成済みなの。使用するのは脳だけの電脳ダイブ型で、肉体的疲労は皆無ね」
「電脳ダイブって、アラスカ条約で規制されてるやつじゃない……。なんで違法行為な物を作ってるのよ?」
「実験機だから表に出さないし、ここは研究開発をメインとした軍事施設よ。ましてやISコアがなければ起動すらしない、単なる玩具でしかないわ。だいたい、今はISコアが設置されてないから問題はないの」
鈴がありえないと呆れ返るが、蓮葉は特に気にせず肩を竦めて会話を流す。物珍しそうに観察していた一夏が、仮想シュミレーターから視線を戻した。
「じゃあ、どうやってこの機械を動かすんだ?」
「あるじゃない、そこに暇を持て余してぶら下がってるのが」
じっと向けた視線の先には鈴の右手首があった。
◇
仮想シュミレーターは支障なく稼動している。静音声が高く、殆ど無音の世界が室内に静寂をもたらしている。甲龍のISコアはガラス張りのような箱に収められ、抜け殻となった機体が部屋の隅っこで申し訳なさそうに鎮座していた。
「本っ当に、今回だけだからね!」
「解ってるわよ。いいからさっさと、意識を手放してちょうだい」
既に一夏と簪が意識を手放して横に寝そべっていた。鈴は納得がいかず、未だにベッドで上半身を起こして抗議している。蓮葉はのらりくらりと受け流し、半眼で不遜な笑みを称えた。
「別に稼動停止で終了してもいいわよ。ただし、一夏の方が上だという理論を覆せなくなるけれどね」
「ええい、わかったわよ! やってやるわよ、見てなさい!!」
体を横にして目を閉じた数十秒後、鈴の視界がサイバーパンクのような世界に切り替わった。ゲームのコントローラーを動かすように、勝手に決定されて画面がどんどん切り替わっていく。すると、機体一覧が横並びにリスト化されて画面に現れた。
世界各国の第二世代機や第三世代機まで、果ては未登録の紅椿までもが登録されている。
「なにこれ、ほかの国の実験段階機体まであるじゃない」
『聞こえてるかしら?』
「うわっ!」
いきなり蓮葉の声が頭の中に響く。慌ててしまったが、今が電脳ダイブ中なのだと思い出す。
『互いが同じ機体じゃないと腕の差が解らないから、選ぶのはフランスのリヴァイヴを指定して』
「ちょっと、一つ聞きたいんだけど?」
『なにかしら?』
「なんで、ほかの国の機体データがあるのよ?」
『映像やら公開資料から目処をつけて、仮想実体化してるのよ。実地データや機密情報まで、本当は喉から手が出るほどに欲しいけれど、高望みはできない。機体能力値の判別不能なところは、倉持と私の匙加減てところね』
こんなのどこの国でもやってるわよと、蓮葉が先を促す。鈴はほうと、少し感心してから妙に上機嫌へとなりだした。ある場所へカーソルを合わせると、とても嬉しそうにして選出機体を確定させる。体などないが、両手の指同士を組んで、間接を軽く鳴らしたくなってしまう。
『きちんとリヴァイヴを選んだでしょうね。一夏と更識候補生が待ってるわよ?』
「大丈夫よ、きっちりと選んだから。ちゃっちゃと始めちゃいましょうっ♪」
視界が青白い光に包まれだす。一瞬で切り替わると、首を回して辺りを見回した。IS学園のアリーナに似ているが、細部の造りが異なっている。リヴァイヴに搭乗していた一夏はアリーナ端に現れた鈴に気づき、簪とともに移動を開始する。本人の目の前まで到着すると、既に今回の趣旨から逸脱していることに嘆く。
「鈴、お前それセシリアの機体じゃないか。なんでリヴァイヴじゃないんだよ?」
「馬鹿ね。普段乗れない機体の方が、面白そうだからに決まってるじゃない」
鈴はどうよといって、フフンッと鼻を鳴らす。横に移動していた簪が少し不安げな顔で尋ねた。
「鈴……、BT兵器は扱えるの?」
「あ……」
ブルーティアーズには無線式ビット兵器が搭載されている。セシリアはイギリス国内で一番うまく扱える適性から代表候補生に選ばれているのだが、鈴に素養があるかは未知数だ。明らかに選択機体を間違えた本人が、仮想の冷や汗をかきながら選びなおしを要求する。
「タンマタンマ、機体を選びなおさせてちょうだいっ!?」
『馬鹿ね、人の言うことを聞かないのが悪いのよ。自業自得ね、そのまま盛大に負けてきなさい』
蓮葉は鈴が今しがた言い放った言葉をお返しする。
『とはいいたいところだけれど、これではまともに対戦できないでしょうから。そうね、じゃあこんなのはどう?』
突如としてアリーナに現れた機体が、三人を観察するように佇みだす。対して簪が驚きの声を上げた。
「白騎士!?」
『ご明察、よくわかったわね。IS発祥となった機体だけれど、当時の事件を想定してデータを作り上げたの。あくまで目測だから、到底本物には及ばないでしょうけれど。どう、三人で相手をしてみない?』
一〇年以上前に現れた第一世代型のISにして、最上級機体の一つと言われている存在がいる。仮想とはいえ、現在で合間見えるなど不可能な相手が目の前にいた。三人の胸が高鳴り、一夏が迷わず答えていく。
「やる。やらせてくれ、蓮葉!」
『一夏ならいうと思ったわ。じゃあ、機体も使い慣れているものに変更してあげましょう』
リヴァイブの二体が白式と打鉄弐式へ、ブルーティアーズが甲龍へと変わる。しっくりとした感触に、一夏が雪片弐型を構えていく。始めるわよと、合図の声が聞こえた瞬間だった。
白騎士が雪片壱型という剣状の武装を構え、尋常ではない速度で突進を開始した。
抜刀。
「きゃあ!」
甲龍の右肩に剣戟が突き刺さった。鈴が双天牙月を構えきっていた筈なのに、白騎士はその一刀をもって苛烈な攻撃を加えていた。最初に下段からの振り上げで体勢を崩しきると、連続で突きに切り換えての一撃だ。
(くそ、一瞬で懐に潜り込まれた!)
一夏が唸る。白騎士を挟むような陣形にいた一夏と簪が仲間討ちを恐れて攻撃に躊躇してしまう。いきなり始まった仮想戦闘のために、合図も統制も取れていない。
その隙を敵がお粗末に見逃す道理もない。
「ぐあッ!?」
「うぅ!?」
一夏の腹部に白騎士の脚部がめり込み、同時に簪の顎へと掌底が打ち込まれていた。二機が乱戦の場から弾き飛ばされる。回復しきった鈴が睨み付けるようにして、龍咆を〇距離で放つ。
「このおおおおお!」
続けざまに迷わず双天牙月を縦に振り下ろす。白騎士が短連続の瞬時加速をしきり、まるで思考を読みきったようにして綺麗な回避運動を行う。
「嘘っ!?」
鈴の顔が驚愕に染まる。慌てた一夏が無理やり体勢を戻し、雪片弐型で全力の突貫をしていく。白騎士は顔の向きを移さずに、その場で下半身を持ち上げだす。備え付けられていた腕部バーニアが火を噴いた。綺麗な倒立体制をとりきると、体一個分のみ宙を舞う。
一夏の攻撃がいともあっさりと空振りする。簪が加速をかけながら薙刀である夢現を振り抜く。
「はあああああああああああ!」
放つ攻撃すべてが擬似的な白騎士のAIに予測されてしまう。白騎士が一夏の首後ろを掴みきり、そのまま横回転して簪へと投げ込んできた。
「な、きゃあっ!?」
「がっ!」
白騎士が三人の出方を伺うようにして構えの姿勢をとる。同じようにして警戒している鈴が、余りの強さに文句を言い出した。
「ちょっと、なによこの反則なくらい化物じみた強さは! もはや人間の動きじゃないわ、どんな反射神経してんのよ!?」
『当時の事件でミサイル迎撃をできる能力となると、最低でもこれぐらいの速度がいるのよ。本来なら計測上で、この二・五倍以上が妥当なところね。でもそんなの人間業じゃないし私だって信じられないから、現状の速度に留めてあるわ』
鬼神のように揺るがず、白騎士は隙のない構えを取っている。一夏は初手からの手合いで、ある確信に到達していた。考え込むのを終了し、手を何度も握りこむ。
これは一夏が楽しんでいるときにでる、一つの癖だ。
「なあ蓮葉。もしかしてこの白騎士って、千冬姉の動きを真似てるのか?」
『姉弟だからかしら、鋭いわね。そうよ、このデータはブリュンヒルデの動きを参考にプログラムを組んである。IS乗りの世代が変わろうとも、未だに誰もが彼女を最強だというわ』
「白騎士につけてる速度のリミッターって、蓮葉のほうで解除できるのか?」
鈴と簪が困惑しだす。
「はあ!?」
「一夏……、無茶だよ……」
三対一で挑んでも、まるで子供のようにあしらわれてしまっている。ただでさえ力の差が歴然としているのに、そこへ難度をもっと上げろというのだ。これにはさすがに蓮葉も渋ってしまう。
『まるで歯が立ってないのに、これ以上やったら数分ともたずに三人揃って稼動停止に追い込まれるわよ?』
「それでも構わない。知りたいんだ、白騎士の本当の実力を。今の俺がどこまで千冬姉に届くのかをな。俺の我侭に付き合う必要はないから、鈴も簪も先に上がっててくれよ」
鈴と簪がお互いの顔を見合わせて溜息をつく。しょうがないわね、しょうがないねと苦笑して白式の横に二機が並ぶ。
「ダミーとはいえ、千冬さんに挑めるチャンスなんて滅多にないしね。やってやろうじゃない」
「ISの初代機……、個人的に、興味がある……」
画面上で観察していた蓮葉があきれ返る。IS乗りは本当に無謀で負けず嫌いが多いと。きっと、この三人は仮想ではなく現実であったとしても同じことをするのだろう。私は知らないからねと、白騎士のデータ設定を変更して上書きしていく。
『お望み通り、白騎士の強さを跳ね上げたわよ。あとで文句はきかないからね?』
「蓮葉、サンキュな」
一夏が礼を述べて雪片弐型を構えなおす。鈴が双天牙月を簪が夢現を構えて山嵐を起動していく。白騎士のアイラインとなる部位が急激に光りだした。
威圧感が膨張し、心臓の鼓動が聴こえてくるほどの緊張を強いられる。
「一夏、上!」
「づあっ!?」
白騎士が白式を追い込むまで一秒とかからなかった。気づいた時には既に衝撃がはしっていたのだ。簪が叫びきったときには一連の行動が終了している。正常な目視など役立たずに等しい。
究極の読み合い合戦が始まった。何手先までこちらの動きを構築し、相手の動きを何手先まで予測しきれるか。鈴が予め溜めきっていた息を盛大に吐き出す。
「せああああああああ!」
口を大きく開け、鼻を膨らませながら最速の一撃を放つ。
双天牙月の切っ先が、白騎士の黒髪を数本切り落とした。鈴のこめかみに雪片壱型の柄が抉るように入る。簪が夢現で白騎士の腹部めがけて突く。武装を持っていない左側に位置し、がら空きの急所を取りきった。
動きが速いということは、認知速度も桁が違っている。いとも簡単に白騎士の手に夢現の柄が握りこまれ、引き払おうにも微動だにしない。背中に配備している春雷を稼動させる余裕はなかった。
ほんの微細な隙が命取りになってしまう戦況の中で、すぐに復帰してきた一夏が風雪の横薙ぎによる一閃を放つ。白騎士が再び短連続の瞬時加速をかけだす。鈴が頭を抑えながら一夏に追従して龍咆を連続射撃していた。白騎士の顔が鈴の方へと向く。
「避けろ鈴!」
白の閃光が鈴の胴体を真っ二つにし、仮想データごと丸々消滅させた。異常な敵は零落白夜に瞬時加速を上乗せして、勢いに任せ遥か上空彼方まで駆け上がる。距離をとれば一つ取ったと言わんばかり、一夏と簪に背を向けて雪片壱型を軽く下に向ける。
ゆっくりと振り向き再び構えを取ると、二人の出方を伺うようにしていた。絶対防御ごと斬り飛ばされるという事態に、簪の思考が軽く混乱をきたす。
「ありえない……」
仮想空間に数値だけで成り立つデータ設計の筈だ。なぜ今の一撃でISの操縦者が死亡するのか理解できない。一夏が困惑した状態の簪に気づき、雪片弐型を引っさげて庇うように前へと出る。
白騎士が再び動き出す。雪片壱型を後ろでして振り抜き速度を上げる様子だった。
(――落ち着け、相手の出方を読むんだ)
目を一秒ほど閉じてから、再度として開ける。歯を食い縛り己へと喝を入れた。一夏が背中に雪片弐型を立てた瞬間、甲高い金属音が木霊す。高速切替《ラピッドスイッチ》をすることなく風雪をさらに呼び出し、白騎士との間に挟みこむ。一〇メートルサイズまである大剣であれば、横幅もある程度のサイズになる。
目隠しで不意をつければ儲けものだ、一夏が風雪を縫うようにして斜め回転の斬撃を行う。さらに甲高い金属音、防がれたと内心で舌打ち。
攻撃で一秒の世界を凌駕したが、足りない。〇・一を凌駕してもまだ足りない。白騎士は〇・〇一以内の世界にいる。
無理だと諦めるのはいつでもできる。
「うおおおおおおおおおおおおおあっ!!」
ならば、今の限界を超えてしまえばいいのだ。
一夏が渾身の一撃を放ち、白騎士の頭上へと最大速度の刃を振り下ろす。
チッと、白騎士のヘッドギアに掠った音が聞こえた。
◇
勝負はあっけなく終了した。シュミレーターの電源が落とされて、鈴と簪は上半身を起こしたままの状態でぼんやりといている。
「完敗ね、あそこまでだとは思わなかった」
「次元が違う……」
自信が揺らいだのだろう、意識が元の状態に戻るまで暫くはかかりそうだ。いわんこっちゃないと、蓮葉は肩を竦めて常備していたポテトチップスの袋を開ける。小腹を満たしながら、一夏のほうを向いてみた。
まだベッドに寝そべったままの状態を確認すると、少女は近づいて顔を覗き込んでみる。どきりとするような、真剣な表情がそこにはあった。一夏は腕を持ち上げて拳を握りこむ。
「蓮葉、ありがとう」
彼は少女に笑って微笑み、ベッドから起き上がる。
一夏が一撃を放ったあと、仮想戦闘の結果は圧倒的に白騎士の勝利で終わった。だが、一夏は自身の中で嬉しさが込み上げている。ぐうの音もでないほどの負けだったが、届かないわけではない。このままISの訓練をしていけば、最後は必ずあの強さに到達できるかもしれないと確信した。
不意に室内へと呼び出し音が鳴り出す。ヒカルノが蓮葉に改修作業の終了を告げた。