ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_ゴリゴリナ少女  前編 ]

 

 おさらい、去年の喜久宅訪問!

 喜久の家に無理やりついていったセシリア、新幹線の車内で電話越しにシャルロットを盛大に挑発!

 それに怒ったシャルロット、喜久宅に突撃してしまう!

 二人の少女が火花を散らす!

 散らしすぎて部屋も散らかる!

 私物も大量に庭で焼かれる!

 当時の喜久は途方に暮れた!

 だから二人とも、彼から今回の帰郷日を教えてもらえない!

 

 澄み渡る青空はうだるほどの熱さが際立っている。アスファルトからは、殺人的に溜まった熱が大気を歪ます。

 あ、車が曲がって見えるねなんて、もう頭が疲れ始めているのか。そんな錯覚させるほどに、汗が地肌から噴きだしていた。夏本番の真っ盛り、IS学園から出発するタクシーを待つ二人組みがいた。背丈が同程度の彼らは、銀髪に赤髪とやたらに目立つ。さらに少女がもつ片方の目は、トレードマークとなる眼帯をつけている。

 目を細めてスッキリとした顔のラウラ=ボーデヴィッヒは、紫色をしたオフショルダーのワンピースを着こなす。これは一夏に気に入ってもらうため、同室のシャルロットと相談しながら買ったものだ。

「あちぃ……、今何度だよ」

 やたら気だるそうに太陽を見上げる市隈 喜久は、白のTシャツにダメージの入った青いショートパンツ姿をしている。被っている中折れハットから覗く視線は、太陽を実に憎々しげとして見上げていた。両手に大き目の鞄を提げたラウラが、汗一つかかない涼しい顔をしながらたずねる。

「今回は一日ていどの帰郷と聞いているが?」

「ああ、俺の用事に付き合ってもらって悪ぃね。まあ、いつもの掃除と報告が一つだから、明日には学園に戻れんだろ」

 この軍人と天邪鬼の珍しい組み合わせには理由がある。喜久が一時的な実家に帰りますの申請を出すと、千冬がボディガードとして頼れる鉄壁を付けたのだ。インドで中破したブラックペタルは未だに修理が続いていた。

 それもやっと昨日になって、本人の手元に戻ってきている。

「それより大丈夫なの。ボーデヴィッヒの方は、同僚が集団で遊びに来てんだろ?」

「遊びというのは語弊《ごへい》がある、今回は任務での訪日だ。まあ、休日は一日用意されているがな」

「うへぇ、どのみち休みもなしに重労働かよ。最低のブラック企業じゃん」

「そうでもないな。私にとっては喜久のガード自体が、教官から指示された重要な任務だ」

「給料でないよね?」

「信用は得れる」

「頑張ってください、俺は嫌だわ……」

 舌を出しながら眉を寄せてしまう。そんな彼の腕に、新しいものがいくつも目に入る。ラウラがククッと笑い、面白がったような笑みを浮かべた。

「最近やたらと生傷が絶えないな。どうした?」

「瀬名川《おとこおんな》に連行されて、自衛隊の駐屯地でしごかれてんだよ。昨日は組み手をやって、マッチョなおっさんに叩きのめされた。腕が細えし生っ白い、女かお前はって言われたわ」

「ちょうど良い薬だな、しばらくしごかれるといい。だが、思ったより苦ではなさそうな顔だが?」

「ああ、休憩中にストレスなく会話できるのがね。実際、男同士のほうが砕けて話せることが多いんだよ。馬鹿話も合うし、今度釣りに行こうって誘われた。生憎と時間がないんで、謝って断ったけど」

 アザのできた片方のひじを擦りながら、今度は顔が少し干し柿みたいに変わりだす。

「逆にISの訓練じゃ女ばかりの場所でさ、大人が三〇人に学生の男は一人だろ。だから、散々からかわれるし、たまったもんじゃねぇよ。強気な奴のせいで、最初についたあだ名が童貞くんだ。流石にキレて、IS訓練の時に実力行使にでたけどな」

「どうだ、この国の軍IS操縦者は?」

「やっぱ男女ほどじゃないな、正直一対一ならほとんどこっちが勝ち。あそこにいた中じゃ三人くらいが別格なんだろ。男女は俺より上で、山田先生みたいな気弱そうな人がほぼ互角より上。真面目でお堅いのが俺より少し下、IS抜きの訓練だと全員が俺より断然上だった」

 喜久の話しから推測すれば、ラウラ自身よりも強い人間が国家代表を除いて二人はいるということになる。

「ほう、質が高いな」

 ラウラがあごに手を当てた。機会があれば一度見学を希望してみるかと、今後の予定を組み立てていく。雑多な会話をしていると、目の前に一台のタクシーが到着した。

 トランクが開き、二人は荷物をのせてから車内の後部座席に並んで乗り込む。地獄に仏とはこのことか、外部とは違う密閉されて冷え切った空間に喜久がシャツの胸元をばたつかせた。ラウラも言わないだけで、実は暑さに少し参っていたらしい。麦わら帽子を取ると、左右に髪を揺らしつつ目をつむる。

 音を上げて走り去る車から距離を離して追走するように、黒光りするリムジンがコバンザメみたいに尾行を開始していく。左ハンドルの運転席にいるチェルシーが言葉を投げかける。後部座席で優雅に座っているセシリアは上品に口端をあげた。

「目的の人物が出発しました」

「では、ぬかりなくお願いします」

「お嬢様のご指示のままに」

 後部座席にいるセシリアとシャルロットの目が光る。

 

     ◇

 

 タクシーは人工島であるIS学園から、横浜市街を抜けて東京駅のターミナルに停止する。運転手に一言のお礼を告げて、喜久とラウラは新幹線のホームへと向かいだした。IS学園にはない人の行きかう騒がしさが、ただ慌ただしく二人の前を通過し続けていく。お盆時期の名物、超混雑の帰省ラッシュだ。

 尾行していた金髪の少女たちは、こそこそと柱の影から目を凝らしてのぞいている。通常の人間が見失うほどの雑多な色情報が飛び交う中で、国家代表候補生は一味ちがう。彼らはその能力を全開放で存分に浪費し、ものいわせぬ集中力とタカのような眼力で確実に喜久を補足し続けていた。

 先を行く二人は共に歩いていたが、途中で予想外な行動をとりだす。ラウラが新幹線乗り場のホームへと直進し、喜久が欠伸をかきながら駅構内に残った。

「どういうことでしょうか?」

「え……、これじゃラウラが護衛してる意味がないと思うんだけど?」

 なぜか理由がわからず、セシリアが首を傾げてしまう。まさか僕たちがいることを察知されたのかもと、シャルロットが警戒の色で観察する。とりあえず問題はどちらを追うか。戸惑いながらも両方を見失わないよう、会話のやりとりを器用にこなす。

「マークすべきは、どちらでしょう?」

「ラウラは見失っても問題はないから、喜久を優先でいこう」

 恋愛には駄目なほど盲目であっても、普段は仲の良い二人だ。

 意見が衝突することもなく協力体制をとる。目的の人物は構内のコンビニに入ると、当たり前のように雑誌コーナーへ直行する。そのまま本を手に取り出す。

 すると下着姿の女性が写っている表紙のものを満足げに小脇へ抱えた。

「これは、一体どういうことですか!?」

「なんで僕じゃダメなの!?」

 人目もはばからず語気が荒くなる。レジへ未成年購買禁止のものを堂々と持ってくあたり、普段も余裕で行っているのかもしれない。二人の憤りを見せつつ顔に書いてある表情から読み取れるそれは『欲情するのなら、普段からアプローチしている私にしてよ!』といわんばかりだ。

 プライドを無意味に傷つけられたと、セシリアとシャルロットが嫉妬全開で心の声を上げた。

 今すぐ尾行を中止して、一斉に飛びかかりたい。しかし、ここは未だ出発してすらいないスタート地点に等しい場所だ。今出て行けば、間違いなく学園に追い返されてしまう。もしくはまかれてしまう可能性もある。

 結果、血涙を流さん勢いで耐えた。

「ぐぐ、ウググ、我慢です、我慢ですわ。ここで手をだせば、全てが水泡に帰してしまいます」

「大丈夫、向こうに着いたら叱れるもの。喜久にはいつもの倍以上、正座させなきゃ。ウフ、ウフフフフフ」

 強烈な歯ぎしりの連続に、もう一人は目から光を失っていく。そんな状態を無視するかの如く、喜久が嬉しそうに三冊目を抱えだす。

「喜久さんっ!!」

「抑えてセシリア!?」

 シャルロットが、暴れ凧と化したセシリアを必死に抑えつける。コンビニから出てくる喜久は、今度こそ真っ直ぐに新幹線乗り場のホームへと歩いていった。意気揚々とする彼の横顔に二人の怨嗟が積もる。

「有罪確定です、もはや極刑ですわね」

「あ、それ僕も参加したいな。あとあの本は確実に燃やさなきゃ」

 ぼそりと呟く一言に同志が結託する。喜久の腕に巻き付いている、なんちゃってアナログ時計は今後における教育のために沈黙を選択した。

 

     ◇

 

 喜久が新幹線のホームへと到着すれば、ラウラが目を細めて聞いてくる。

「遅い、なにをしていた」

「楽しいお買い物です」

「私はトイレだと聞いていたが?」

「少し買い足すものがあってさ。まあ、今のところは問題ないでしょ?」

 ラウラのため息を一つ吐く姿が、少し背丈を伸ばせば千冬の影と重なって見える。家族は似る。喜久がそう結論ずければ、目的の列車がホームへと到着した。ぬけたような開閉音でドアが開くと、指定席にそのまま向かう。

 座席に転がり込むと、喜久がペットボトルのフタを捻る。

 中身を口の中に流し込む。冷えた感覚と一緒に眠気が引いて、お茶の渋みも舌に心地いい。そんなリラックス気分全開の人間に、ラウラは呆れてものも言えない。荷物棚に大きめのバックを置きながら、素太い考えなしに注意を飛ばす。

「貴様は自身の立場に危機感がないのか」

「ISに対抗して、勝てる生き物はいないしな。それに、奴らは今飲んでる容器に毒を仕込むくらい、わけないだろ?」

「理解したうえで安易に行う貴様は、頭がおかしい」

「そらどうも。休みは木陰でのんびり寝転がりたいの、だから俺は寝る」

 喜久がアイマスクを取り出したあたりで、ラウラが不快に待ったをかける。緊張感の欠片もない返答に、己が課された試練だと悟った。外出が一日とはいえど、なにかあってからでは千冬に面目が立たない。

 なんとかこの怠け虫を制御して、無事に学園帰宅までのミッションをこなさなければと奮起する。

「喜久、私は教官に一任して頂いたからには、ベストを尽くす」

「現役軍人のガードなら、城壁並みだな」

「しかしだ、肝心の本丸が腑抜けでは隙をつかれかねん。よって、就寝時間までは起きていてもらう」

 仁王立ちするプチ教官への返答は、腕をブラつかせたアナログ時計に帰結していく。

「ティアーニ、後は任せたわ。危険な状況を独自判断して、ISを全面展開してくれ」

『承知したわ。でも怠け癖で、これ以上脳を腐らせないことね』

「無理だな、もう体も溶けてんだから。ほら、最強の盾が守ってっから、死にゃしないだろ。後は任せたから、ボーデヴィッヒも休んで寝れば?」

「ティアーニ、喜久を甘やかすのはよせ」

 最強の盾と豪語する辺りは、本当のことなので何も言い返せない。問題児はここに極まれり、ラウラが自身だけでもと心に誓いを立てなおす。

「ん?」

 そこでチラリと視界に何かが映り込む。

 一瞬だけしか確認できなかったが、見覚えのある顔が二つほどうろうろしている。ISを簡易的に起動してみると、確かに反応があった。

 どうやら問題児は他にもいたようだ。これでは教官の胃に負担がかかるはずだと、ラウラは千冬に同情の念を向ける。少しお灸を据えるため、首を一回鳴らして不敵に笑う。

「喜久、悪いが少し席を外させてもらう」

「なに、ボティガードしてくれるんじゃなかったん?」

「ティアーニがいるのだ、問題ないのだろう。なあに、楽しい買い物というやつだ」

「もうすぐ発射だから。時間には気を付けてな」

 寝入った喜久に見送られて、二両先まで歩いてからドアから出る。ホームに出ると大回りで早歩きしていく。軍で鍛え上げられた身のこなしで、一気に人混みの隙間に流れ込んだ。セシリアとシャルロットの数歩後ろで立ち止まり、再びの仁王立ちで両手を自身の腰に据える。

 忍び足で気配を殺すのは本人のお家芸ともいえる。現に腰を屈めて尻を突き出している二人組は全く気付いていない。この場で容赦なく蹴りかますのも一つの手だが、吊るしあげは学園に帰ってからでも問題ないだろう。

「おい二人とも、一体ここで何をしている」

「ひゃう!?」

「ラウラ!?」

二人の背中が跳ね上がり、目を丸くして振り返ってくる。顔中に汗がびっしりとこびり付いているあたり、猛暑であることも忘れているらしい。

「今は不要な外出を控え、基本は学園で待機のはずだが?」

 セシリアが焦ったようにして、両手を振りながら言い訳を開始しだす。目もあからさまに泳ぎ回っていた。

「違うのですラウラさん、これには正当な理由が」

「ほう、そうか。今すぐに教官へ確認の連絡を取る、お前はここから動くな。非がなければ、慌てる必要はなかろう?」

 いきなりの剛速球な返しは容赦がない。ラウラは最強のカードを問答無用できってくる。シャルロットは千冬が連行する、茶室での一幕を思い出して血の気が引く。あの正座地獄はもうごめんだと、わりと本気で思考の迷路をさまよう。そして見苦しい言い訳を始めた。

「ほら、去年僕とセシリアが喜久の家にお邪魔した時、セシリアが新幹線の中で駅弁《エキベン》を食べたでしょ。僕も食べてみたくて、セシリアに連れて来てもらったんだ。ついでに二人のお見送りもできると思ってさ、ホームまで足を運んでみたんだよね」

「シャルロット、私はお前がそこまで食いしん坊だとは知らなかった。クラリッサ曰く、この国で食いしん坊の人間には、万歳という栄誉ある後付けの称号名を付けるのだそうだ。そうだな、今度から シャルロット《くいしんぼう》万歳 と呼ぶことにしよう」

 ラウラの副官は悪魔だし、変な称号は心底嫌だ。シャルロットは今後でしばらく使われるこのあだ名に、もの凄い後悔の念を抱いたという。言われた本人が沈み込む姿を見て、セシリアが口元に指を添える。

「実は一夏さんも一緒なのですが」

「なに、嫁が来ているだと!?」

 ラウラが一夏という単語に反応して、思考がそれだしていく。セシリアが目配せをし、シャルロットが上手いと心のなかで拍手をした。

 シャルロットの中にある善悪が、いつもの漫才を開始しだす。良い発案だと、悪のシャルロットが心の中で頷く。そこに善のシャルロットが、いつもの二割減した翼をはためかせて登場する。輪っかも少し縮んでおり、日頃の行いから影響を受けているようだ。すっかり心が汚れている状態に、シャルロットは後ろめたさから目をそむけた。

 善のシャルロットは説得する。

「いますぐ学園へ引き返すべきだよ。これ以上、罪を重ねる必要はないじゃないか。みんなが待ってるんだから、帰ろう」

 そうだ、確かに悪いことは良くないと、シャルロットは頷く。

「はん、千載一遇のチャンスだよ、この機をセシリアが見逃すと思うのかい。素直に応じて帰宅する? そんなこと地球がひっくり返ってもあり得ないね」

 悪魔の囁きに、力強く頷き返す。ここに聞き分けの良い人間など、誰一人としていない。

「駄目だよ、僕の話を聞いて! これ以上悪に耳を貸しちゃったら、僕の輪が無くなっちゃう。ほら、翼だってもうこんなに小さいんだ。これで悪に身を寄せたら飛ぶこともできない!」

「お涙ちょうだいは無能のすることさ。見てごらんよ、セシリアに競り負けて、こんな惨めな姿をさらすのかい?」

 善の両手を組んで祈る姿を悪は溜息まじりで指さす。

「僕だって意地があるんだ!」

 善が実力行使にはしり、改良した弓矢を取り出した。軍用ボーガン並みの威力を叩き出す武器は、前回やられた悪魔に対しての対抗策として生まれたものだ。矢じりの輝く切っ先はなにもかも貫く威光を放つ。マシンガンを出しても押し切ってやるんだ。そんな意気込みを目力が語っていた。悪は笑う。

「はん、善が悪に勝てる道理はないね!」

 決め台詞のように叫ぶと、悪の体へ装甲が展開されていく。シャルロットの顔をした善が驚愕してその場から動けなくなった。無骨な金属の塊が人型をおおうさまは、明らかにオーバーキルをたたき出すに違いない。

「ISは無敵だよ?」

 悪の駆るプチリヴァイブから全弾発射が放たれる。善は衝撃的な表情を崩さぬままに、体を吹き飛ばされた。シャルロットは悪と厚い握手を交わす。

「ラウラ、一夏ならあっちから歩いてきてるよ」

 シャルロットが手の平を使って、人ごみ行き交う階段の方角へと向ける。ラウラの顔が全自動で動く機械のように、寸分の狂いもなく真っ直ぐ角度を変えだす。

「く、人混みが多すぎて見えん!」

「ほら、箒と鈴もあそこにいるよ。あ、一夏が二人に迫られてる」

「なに、私の嫁に手をだすとは良い度胸だ」

 ラウラが眼帯をはぎ取り、片目が黄金色に輝きだす。ボータンオージェを起動させ、脳に取り込む情報を加速させていく。当人は気づいていないが、無意識で行うあたり見境が無くなっている。

「やはり知覚できん! シャルロット、嫁は一体どこにい――

 横に向き直ると、すでにあった人影は存在しなかった。

 出発を告げる合図の音楽も、車掌の声も耳に入ってこなかったのだ。だから、全てが遅すぎた。

 ラウラが呆然として、新幹線の閉まるドアを見る。外に一人、絶対の壁を隔てた向こう側には二人。見事に騙しきったセシリアとシャルロットが、同時に謝罪のポーズをしていた。

「貴様ら……」

 新幹線は無情にも発車した。

 喜久は座った姿勢のまま寝返りをうつ。目を瞑って脳裏をかすねるのは、課外研修の際にあった戦場のような光景だった。散々にやられて負け戦よろしく、気づけばベッドの上ときてる。その時に今でも忘れられない目がある。なにもかもを見通されるような、慈愛に満ちた眼差し。自身が最も苦手とするものだ。

 灼熱の過酷な環境国で出会った、インド国家代表であるカーンティはいった。

『貴方が貴方自身を救う方法があります。それはなにかしらの方法で、貴方が殺めただけの人を救うことです』

 彼女はいった、自身が殺した約三千人よりも多くを救えと。無茶すぎる要求だった。救う条件も曖昧で、それも寿命がたった四年しかないうちに完遂してみせろというのだ。

 無理にもほどがある。いくら思考にふけっても、一向に答えは出てこない。

「それにしても遅ぇ。ボーデヴィッヒのやつ、まさか迷子になんてなってねぇよな」

 姿勢を戻して窓の外を見れば、景色は素早く流れている。既に発車しているのに、旅の相方は先程からずっと姿を見せない。頭上にある荷台で、彼女の積み込んだ荷物が静かに揺れている。いい加減、気になって通路側へと向き直ろうとした。

「あら、シャルロットさん。喜久さんの隣で余っている座席が、一つしかありませんわね」

「セシリア、ここは公平に決めようか」

「おいあんたら、なにやってんの。学園の待機命令はどうしたよ」

 しれっと金髪二人組が、座席の前に立っていた。一泊二日はできそうな大きさのバックを抱えながらの状態に、呆れ声がでてしまう。セシリアが嬉しそうに胸を張って答えた。

「決まっています、お姉さまへのご挨拶ですわ」

「せっかく喜久が帰るんだもの。僕もお邪魔します」

「ボーデヴィッヒはどうした?」

「ラウラさんなら、私たちと交代で学園へ帰宅致しましたわ」

 暴走して置き去りにしたのだろう。満面の笑みを見て、思わず頭を抱えた。きっと今頃、新幹線乗り場のホームで唖然としているに違いない。

 すっと二つの手が差し出された。セシリアとシャルロットが含みのある笑みを浮かべている。あ、これヤヴァイ方のやつだと察っした。証拠に二人のこめかみが微かに浮かび上がっている。

 喜久は立ち上がって逃亡をはかりだす。

「俺、ちょっとトイレ」

「ティアーニ。喜久が買った、いかがわしい本はどこ?」

『喜久のバックの中よ』

「クソったれが!」

 最強の盾は誤魔化しも許さない。吐き捨てられた言葉を最後に、自費購入の本は没収された。

 

     ◇

 

 喜久の実家から最寄り駅の出入り口となるロータリーで、三人の人間が立っていた。宇宙人のグレイらしきものが二人に両脇を抱えられている。違いは服を着ていることと、人間の姿をしていること。さらに顔がげっそりしているオマケつきだ。

 東京よりも標高が増して北側に位置するためか、いくぶん空気が涼しく感じる。草木のかおる自然の匂いが鼻をくすぐっていく。シャルロットが持っていた荷物を持ち上げながら、緩やかな伸びをして体をほぐす。

「自然の空気が美味しいね。雪が降ってるときもいいけど、やっぱり青い夏も気持ちいいや」

「そうですね、乗馬をするには絶好の気候ですわ。いい機会ですから、喜久さんもご一緒にしてみませんか?」

 セシリアが笑顔で喜久を誘う。ラウラの荷物を引きずる羽目になった本人には、疲れと諦らめの顔しかない。東京駅で買った本は、先ほどダイレクトトラッシュされた。この危険な少女二人に一泊の自由を与えれば、さらなる家捜しをされてしまうだろう。去年のうちで既にあらかた荒野にされているが、未だ少しの出されたくないカスが残っている。

 だめだ、このまま家に居座られてはたまらない。

「予定は変更されました。軽く掃除して一休憩挟んだら、今日中に帰宅します」

「せっかくきたんだから、一日くらいゆっくりしようよ」

「お姉さまとの家族団らんは大切なことです。私も楽しみにしておりました」

「家が壊れんだよ。去年のを無なかったことに、できると思うなよ?」

 喜久がにっこりと笑うが、目が能面のようだ。セシリアとシャルロットが顔を背けた。特にシャルロットは発端の元凶として、喜久の部屋を荒らしつくしている。

「うぅ、それに関してはごめんなさい」

「返す言葉もありませんわ、申し訳ありません」

 ラウラの荷物を引きずりながら、余計についてきた二人で心にかかる重量は増しましだ。げんなりして一つ重い息を吐くと、あきらめてタクシー乗り場を目指す。

「今さら帰れなんて言わないけどな。片づけたら帰る、それだけだから」

「それではせめて、喜久さんの住まいを出るのは夜にしませんか。チェルシーには、それまでに直接こちらへ来させますから」

「距離あんのに、そりゃ酷すぎるだろ……。夕方には帰るから、それでよけりゃ家にどうぞ」

「「おじゃまします」」

 喜久が妥協案をいうと、シャルロットとセシリアが声をはもらせた。

 

    ◇

 

 玄関のドアを開けて中に入れば、二人分の声が聞こえてくる。

 おかしい、今日は姉だけしかいないはずだ。首をかしげながら、リビングに通じるドアを開けてみる。

 どさりと足元から音がすると、持っていた荷物が床で寝そべっている。目の前があまりの光景だったため、知らぬ間に落としたらしい。

 喜久の姉である加代が、テーブルを囲んで談笑していた。もう一人は涼し気な格好をした私服姿の楯無だった。

「それにしも最近の若い子は、みなしっかりしているわね。凄いわ、二〇を前にして父親からお家を引き継ぐだなんて」

「あは、嫌ですわお姉さまったら。私もまだまだ未熟ですから、いい旦那様をお迎えできればと思っております」

「IS国家代表までこなす器量よしですもの、すぐに見つけられるわよ」

 ありえない光景に喜久の口から、勝手に言葉がもれだす。

「楯無、なんでお前がここにいる……?」

「あらやだ、なにいってのるの。よっちゃんの行くところに私ありよ?」

 猫の毛が逆立つようにして、セシリアとシャルロットのボルテージが上がりきる。ここで邪魔をされてなるものかと。

「先輩、いつからここに?」

「朝からよ。おかげさまで、お姉さまと楽しい一時を過ごせてるわ」

「会長、なにをなさりにいらしたのですか?」

「決まってるじゃない、お掃除のお手伝いよ。もう全て片付いたから、まったりとティータイムの時間中なの。お茶菓子も買ってきてあるから、一緒に食べましょ♪」

 やられた。二人は楯無に出し抜かれたことを理解した。その上で喜久の姉である加代の点数まで、きっちりと稼がれている。まずい、自分たちもなにかしなくてはと、セシリアとシャルロットがあたふたし始めてしまう。

 コンコンと、リビングの窓を叩く音がした。

「ラウラ!」「ラウラさん!」

 本物の鬼が、ISを全面展開してにこやかに笑っている。

「やめろ、部屋を荒らすんじゃねェ!!」

 去年の惨事が脳裏を過り、喜久は本気で悲鳴を上げた。

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