ln   作:kiarina

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穏やかな、緩やかな風が六畳間のリビングに流れこむ。季節をいろどる風鈴が、指ではじいた様に小さく揺れる。あ、いい音色で鳴ってるななどと。

 しかし今は三人のかしましい声によって、全てなぎ倒され続けていた。喜久が現実逃避していた軒先から視線をずらす。目の前にある幅が広くもないソファーでは、三人が座っている。

 セシリアとシャルロット、姉である加代。対面のソファーに楯無と善久、我関せずと茶をすするラウラだ。先ほどからセシリアとシャルロットが楯無へと質問攻めをおこなうが、全くすきのない返答でかわされ続けている。

 時々、楯無の横に座っている喜久へと、二つの不満顔がのぞいてくる。このやり取りも学園で見飽きたなとばかり、内心でため息がこぼれてしまう。

 あれだ、実に無駄な時間だ。用事も済んだんだし、さっさと帰っか……。

 姉への大事な報告が残っていたが、帰宅後に電話で話せば問題ない。できれば直接伝えたかったが、最早そんな気も失せていた。

 しらけた目で見ていると、シャルロットが口をアヒルのようにしだす。

「先輩、だいたいどうやって喜久の帰郷を知ったんですか?」

「そうです。わたくしだって、ようやく一夏さんから喜久さんの予定を聞き出したんですのよ!」

 一夏、あのやろう。

 喜久はあさっての方を向きながら毒づく。まるでお約束のような流れに、口を割った犯人への仕返しをどうしてやろうかと。

【良い親友を持ったわね】

「そらどうも」

 ティアーニのからかいには、疲れた同意しかできない。楯無が広げている扇子で、対面の二人にそう熱くならないでと楽しそうに扇《あお》いでやる。扇面に先手必勝と書かれた文字のせいで、生温く緩い風も煽《あお》り合いの応酬に一役かっていた。

 パンと音を立てて、楯無が扇子を閉じる。ついで取り出した電子端末から、小型の空中投影ディスプレイが浮かぶ。そこにはIS学園の全二年生が提出した、夏季外出届が電子データで一覧表示されていた。

「んふふ、みてごらんなさい。ここによっちゃんのデータも全て確保されているわ。もちろん、セシリアちゃんとシャルロットちゃんにも教えてあげる」

「ウッウン、わかりました。今回は身を引きましょう」

「先輩、三人で仲良くしましょう」

 まんべんなく詰まった情報の山に、権力を握った者の乱用がひどい。喜久はあきれ交じりにため息をつく。

「お前ら、更識に踊らされてんじゃねえ。渡された情報がダミーだったら、意味ないだろ」

 二人がはっとして気づき、むくれっ面で楯無を非難し始める。楯無は小さく舌を出し、無邪気に笑う。慕ってくれるのは嬉しいが、恋とは盲目なのだという恐ろしさも垣間みえた。

 窓の外は明るくとも、気づけば時間は夕刻を指している。加代がほおに手を当ながら、その場で立ち上がる。一人で結論が出たらしく、周りを一べつしだす。

「こんな時間だし、夕飯を食べていきなさい。夏休みだもの、学生のみんなはくつろいでて」

「いえいえ、お姉様こそ休んでいて下さい。ここは私にお任せあれっ♪」

 なんと用意のいいことだろう、いつの間にか楯無がエプロンを身につけている。まるで早着替えの一発芸だ。

 加代の両肩を揉みながら、流れるような動作で再びソファーに座らせる。

「はい、僕もやります!」

「わたくしも、やらせて頂きますわ!」

 シャルロットが手を挙げながら立候補していく。セシリアは息巻くように立ちあがった。加代は少し困った顔で、隣の部屋にある台所を指差す。

「三人の心意気は、歓迎したいのだけれど。うちの調理スペースは、入れてせいぜい二人半なのよね」

 ありがとう、お気持ちだけもらっとくわと、立ちがろうとする。楯無が先ほどと同じようにして、加代をソファーに座らせた。

「じゃあ、こうしましょう。一人待ち時間は三〇分、交代で調理を済ませましょう。一番評価の高かった者が、帰りの新幹線でよっちゃんの隣をゲットできるわ」

「おい、ふざけんな。隣は無害のボーデビィッヒに決まってんだろ」

 優勝商品にされた善久が反論するが、強烈な横槍はどこからともなく突き刺さる。ラウラが氷のような冷めた目で告げた。

「貴様は鉄壁のティアーニに守ってもらうのだろう? ならば、私はお役ご免だな」

「このひねくれAIが、そんな殊勝なことするわけねぇだろ。どうせ、人避けせずに全開放しかしねぇよ」

「面白そうだ。その時は私も率先して、お前をホールドしてやろう」

 ラウラは東京で置いてきぼりをくらったせいか、未だに機嫌が悪い。鋭い目つきも二割増しで喜久を睨む。

「駅に放置してったのは新幹線だろが。しかも原因を作ったのは、学園で待機の二人だろ」

 セシリアとシャルロットが、慌ててごめんなさいする。かなりご立腹らしく、ラウラの乾いた笑みが凄みを増す。

「安心しろ、今回のことは教官に告げ口はせん。言い訳は自身たちで考えておくのだな」

 千冬による茶室の刑が消滅したことに、思わず安堵する。

「そして喜べ。お前たち二人には、滅多にない経験を積ませてやろう。帰宅後に私みずから指導して生身の強化訓練を行う。ああそうだな、三日はアリーナ内から、一歩も外に出られないと保証してやる」

 ラウラの目が飢えた獣のように光った。二人の顔からサッと血の気が引く。コントを見ていた楯無が、口元に指を当てながらセシリアに聞いた。

「私とシャルロットちゃんは、料理に慣れてるけれど。セシリアちゃんは、一人で大丈夫かしら?」

 楯無の指摘に、セシリアが喉を鳴らす。かたや和洋中と、なんでもこなす万能人間。シャルロットにいたっては、セシリアの先生でもある。言われた通り、象とアリでは勝負にならない。うーんと、指摘された本人がうなりながら考え込む。

 加代は思いついたとばかりに一つ手を叩き、善久はろくでもない提案だろうと嫌な予感しかしない。

「じゃあ、セシリアちゃんには、よっちゃんとラウラちゃんをつけましょう。ハンディキャップの補填としては、丁度いいでしょう」

「本当ですか!? ありがとうございます、お姉さま!!」

 セシリアが両手を組み、周りにノースポールの白い花が咲き乱れていく。シャルロットが両腕を下に伸ばしながら、抗議の声を上げだす。

「ええ、セシリアずるいよ!」

「いやさ、なんで俺も参加なの?」

 善久もおまけのように追従する。加代の眼鏡がギラリと反射した。

「よっちゃん、困っている人がいたら?」

「……助けます」

「よろしい」

 姉に頭の上がらない喜久が撃沈した。当然のように、ラウラが否定的な意見を述べていく。

「待て、なぜ私までやらなければならない?」

「見て、ラウラちゃん。あの壁に穴が空いているでしょう?」

 加代の目線の先に、細い穴が空いていた。

「そうだな」

 なにが言いたいのか理解できず、小首をかしげてしまう。

「よっちゃんに聞いた話だけど。あれは酔ったラウラちゃんが、刃物を投げてできた跡らしいの。弁償代を請求してもいいかしら?」

 ドッと、ラウラの背中に滝のような汗が流れだす。思い出した、確かに自身が空けたものだと顔を青くしていく。

 出てくる言葉は、イエスマムだけだった。

「はーい、じゃあ早速始めましょう。トップバッターは誰がいくのかしら?」

「はい、僕がやります」

 立候補したシャルロットが台所に突貫していく。自信があるらしく、迷いのない返事が頼もしい。

 冷蔵庫や調理棚を確認していくと、どんどんと頭の中で料理の内容を組み立てていく。

「よし、じゃあ始めるね」

 固まってから数分で動きだすと、まるで自宅のように必要なものを調理台に並べだす。

「楯無もあれできるのか?」

「うふん、家は主婦にとって城よ。台所は天守閣と決まってるじゃない」

「すげぇな」

 まだ主婦じゃないよねと、善久が感心したようにして横を向く。セシリアが悔しそうな顔で眺めていた。シャルロットとの戦力差に焦っているようだった。

 変な画策をしないように、釘をさしておく。

「セシリアさん、勝てないからって変な調味料の混ぜ方はするなよ?」

 セシリアが驚いて目を開いたまま善久を確認しだす。

「俺はエスパーじゃないし、セシリアはわかりやすいからな。いいじゃん、今は楽しく作れれば」

「しかし、それでは善久さんの隣に座るという野望がーー

 善久があごをしゃくりあげて、シャルロットの方を観察してみろとうながす。台所では、料理人が楽しそうにフライパンをふるう。勝負ごとなど忘れているかのように、一作業毎に嬉しそうな仕草がみてとれる。

 善久が一つ苦笑して、セシリアの肩を軽く叩く。

「俺、あれでいいと思うんだけど?」

「そうですわね。わたくしもシャルロットさんのように、楽しみたいと思います」

 ふっきれた表情のセシリアが、一つ学びましたと微笑む。三〇分ぎりぎりまで時間を使いきり、魚のムニエルがテーブルへと並ぶ。ただよう匂いに色合いもよく、エプロン姿のシャルロットが演技を一つ。緩やかに一回転して、スカートのすそを掴みながら軽くお辞儀していく。

「ボナペティッ♪(召し上がれ)」

 楯無が立ち上がると、シャルロットが脱いだエプロンをバトンのように手渡す。「はい先輩」「ありがとう」楯無が優しく後輩の頭を撫でて、台所に入っていく。

「さあ、次はおねーさんね。待っててちょうだい、皆を幸せにできるご馳走を提供するわ」

 欲しいものがどこにあるのか、完璧に理解している。シャルロットの時とは違い、思考する時間もなく調理へと入っていく。

「姉さんさ。更識に冷蔵庫の中身とか、皿の場所なんて教えたの?」

「いいえ、してないわよ。きっとシャルロットちゃんが調理しているうちに、見て覚えたんじゃないかしら」

 加代が感心したようにして返答をくれた。怖いほどに優れた観察眼だと、喜久が楯無の能力を再確認していく。

「あれで性格破綻者じゃなけりゃ、もっと尊敬できんのにな」

「あらぁ、私はすでに身も心も、よっちゃんのものよ」

「そういうとこだよ……」

 小さい呟きに、地獄耳の楯無が体をくねらせながら投げキッスをする。無駄だらけの動きをする間も、片手で卵を上手に割っていた。からかい方もここまでくると全員が慣れてしまい、見事にスルーを決め込む。

 時間いっぱいに使い切り、二品の和食を仕立ててくる。活け造りのように盛られた野菜の天ぷらと、湯気の立つ茶碗蒸しだ。料亭の板前が出してきそうなでき栄えに、シャルロットもレシピを知りたそうにしている。床に正座して三つ指をつき、お辞儀してから頭をあげた。

「どうぞ、召し上がってください」

 仕草から礼儀まで、完全にご令嬢の皮を被ったなにかだった。これが素ならいいのにと、喜久が独りごちて立ち上がる。同じようにしてセシリアとラウラが続く。

「私の番ですわね!」

 楯無からエプロンを受け取ると、意気込んで腕まくりをする。台所に突進すると、冷蔵庫から使えそうなものを取り出し続けていく。ラウラが、自身の愛用しているサバイバルナイフの刃を指でなぞる。

「それでセシリア、なにを作るのだ?」

「はい、我がイギリスの伝統料理であるコテージパイを!」

「いやいや凝りすぎだろ、もっと簡単にしといたら」

 馬力のかかったセシリアに、喜久が待ったをかけていく。ラウラが当たり前のように追従する。

「却下だ。私たちはあくまでサブ、メインであるお前ができるものにしろ」 

「では、プディングを!」

「俺の忠告はどうしたよ。もっとランクを下げろ、時間がない、食べものを作れ」

「……では、スコッチエッグを」

 やる気ゲージを削がれたセシリアが、項垂れながら卵を水の張った鍋にかけていく。もともとの性格が災いし、どうしても背伸びをした目標を立てがちになってしまうらしい。

 料理はつつがなく進み、ラウラの手伝いもあって料理が完成した。ここまで悪い癖は出ず、喜久も安心してできあがりをテーブルに並べていく。

「セシリア、上手にできたね!?」

 シャルロットが嬉しそうに両手で丸を描く。セシリアが返すようにしてはにかむと、食卓がにぎやかに彩られた。

「どれも美味しそう。さあ、みんなでたべましょう」

 加代が一声かけて、なごやかに食事会が始まった。

 

     ◇

 

 薄暗い台所の蛇口から、雫が空のシンクにたれ落ちていく。片された食器は、すでに棚へと収納されていた。リビングでは喜久と楯無、加代がソファーに座っている。二階では喜久の部屋にセシリアとシャルロット、ラウラが巻き込まれて泊まり込みを決行している最中だ。

 テーブルに並べられている熱めに出されたお茶が、今は温くなって冷め始めている。世間話もそこそこに喜久が一つ首を鳴らすと、横に座っている楯無へと流し目をする。

「でだ、これからの話が、今日の本題でいいんだよな?」

「そうね。大事な学園の生徒を預かる身としては、生徒会長としてご挨拶をしなければならないから」

 楯無が姿勢を正し、加代も空気を読むように一つ頷いでみせる。喜久が少し近くを散歩するような口調で喋りだす。

「秋口にさ。ちょっとアメリカに行って、ケリつけてくる」

「九嶋さんから、聞いているわ。無茶をするなとは言わない、悔いのないようにやりなさい」

 昔から解りきっていたように、加代の言葉もさっぱりしていた。楯無が一礼した後で、現状の説明を始める。

「市隈くんには、できる限り最大限でのサポートをさせていただきます。このことは私、九嶋、CIAのごく一部だけで推移《すいい》している情報となります。担任である山田先生以下、教員の方たちはなにも知りません」

「織斑先生も、そうなのね?」

「はい。最終的には通達が行きますが、市隈くんが日本を発ったあとに知らせが行きます」

「楯無ちゃん。不肖の弟ではあるけれど、宜しくお願いします」

 加代が一礼して返し、一口ぶんだけお茶をすする。

「はやいわね。よっちゃんが家に来てから、もう四年になるのね。私なりにやれることは、やってきたつもりだったけれど。全く、ティアーニには頭が上がらないわ」

「いや、母さんは母さんでクセが強かったよ。物の管理がひどくて、失くしものが多かったから」

「あの子らしいわね」

 楯無が合わせるようにして、質問をしていく。

「ティアーニ博士とは、どこでお知り合いに?」

「大学時代の親友よ。専攻も趣味も違ってたけど、友人のパーティで同席してから仲がよくなったの。まあ、二人とも若かったわね」

 加代の過去を映す遠い目に、喜久が付け加えを行う。

「今だってじゅうぶん若いじゃん。更識さんさ。姉さんがどうやって、俺をIS学園にねじ込んだか聞いてるか?」

「いえ」

「爺さんを脅したんだよ。孫まで含めて、複数のスキャンダル情報を本人の前に叩きつけたんだ。表に出さないから、俺を学園へ編入させろってな。まあ、爺さんは姉さんの胆力を気に入ったみたいだけど。これさ、俺より肝が据わってるだろ?」

「すごいわね」

 楯無が目を丸くして、開いた口元を手で覆う。ことの過激さを理解すれば、おこなった当人がいかに高難度を成功させたのか予想できた。

 加代は恥ずかしそうに、一つせきをしてごまかす。

「まあ、親友の息子のためだったから。父が作っていたパイプは、フル動員させてもらったけれど」

「正攻法じゃないけど、俺はすごく助かったよ。ありがとうございます」 加代はソファーから立ち上がると、喜久の前で膝立ちになる。両手で喜久の頬を包み込むと、優しく笑って見せる。 

「忘れないで、貴方は私の大切な弟。そして一番の親友だったティアーニの愛息子よ」

「ありがとう、姉さん。少しでかけてくる」

 

     ◇

 

 二階にある喜久の部屋、シャルロットの横で、ラウラは小さく寝息を立てている。セシリアが嬉しそうに、まるでお宝を抱えたようにしていた。

 あくどい笑みはないが、隠し事を楽しむ背徳なものは含みっぱなしだ。

「去年、喜久さんの部屋を掃除していた時に、押し入れの奥から発見しましたの」

「ナイス、セシリア。でも、めくってる途中で見つからないかな?」

「ご安心なさって。その時はラウラさんの横に、隠してしまえばいいのです。いくら喜久さんといえど、寝てる婦女子をどかすことはないでしょう」

「そうだね」

 二人で寝ころびながら、A4サイズのアルバムを開く。それは喜久のものだった。

 プリントアウトで閉じられた写真の枚数は少なく、幼少期が無いのは思い出の少なさをものがったている。最初の写真には加代と幼い喜久が、並んで写っている。素直そうな目、とても純粋そうな表情をしている。

「あら、可愛いですね」

「まだ少し、頬がぽっちゃりしてる」

 次のページをめくると中学時代の写真だ。学年が上がるごとに、目つきがだんだんと鋭くなる。座って映る写真も、最近になるほど態度が大きくなっていく。

 歳を重ねるごとに、世間から擦れていくのがよくわかる。

「うん、今の喜久だね」

「どこで道を間違えたのでしょうか」

 最後のページには、楕円形にくりぬかれた女性の写真だった。小さいサイズなのにしわが寄り、飲み物がかかったような跡まである。

 背景はどこかの庭だろうか、木を背にしてはにかむ笑顔を向けていた。見た目が若く二〇代前半に、どこかあどけなさが若干のこっている。

「喜久のお母さんかな。ティアーニさんかもしれない」

「この方が、お母さまなのですね」

 シャルロットが写真のふちを指でなぞりながらのぞき込む。

「善久は元気です。僕とセシリアがいるから、安心してください」

「会長もおられますし、他にも善久さんを大切に思っているご学友がたくさんおられます。お母様、どうぞゆっくりなされてください」

 二人で笑い合うと、お互い静かに眠りについた。

 次の日、早朝から家で唯一のトイレに大渋滞が発生した。善久の家に宿泊した全員が腹痛を起こす。軽い食中毒だったらしい。

 のちにセシリアが使用した、調味料の消費期限切れが原因だと発覚した。

 

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