[ NumberingTitle_ザクザクナ少女(前編) ]
いつかみんなでピクニックに行こう。発起人は楽しそうに語り、周りの人々は嬉々として話に混ざる。だが輪の中で一人だけは、ピクニックの意味を履き違えて覚えていた。
そうだ、あとで有能な副官に相談してみよう。彼女は物知りだ、きっといい案を出してくれる。当人は心中で嬉しそうに頷く。
少女を見ていた一夏は微笑みながら語る。きっと楽しいからと。
◇
――起きろ一夏。お前のクソ旦那が、思考回路をショートさせやがったぞ」
一夏が目を覚ますと、目の前にはしかめっ面で半袖半ズボンのいでたちをした喜久がいた。夏も終わりに近づく最中、朝日はまだ昇りかけだ。異質な雰囲気を感じ取った瞬間、爆音にも似た軍事ヘリのローター音が鳴り響く。
「なんだ、一体!?」
意識が一気に覚醒し、辺りをまんべんなく見回す。専用機もちの面々もパジャマ姿のままだ。皆も今たたき起こされたらしく、セシリアはネグリジェ姿で枕を抱えたまま座り込む。簪は青い顔をして一夏の顔をみていた。顔に助けて欲しいと書いてある。
俺も助けて欲しいとは、喉まででかかったが言わない。
ホバリングの音と風が地肌に衝撃を与え続けていく。上空で停滞している戦闘ヘリの腹部付近から、ラウラが兎のようにひょっこりと顔を覗かせだす。ああ、あれが今回の状態を作った張本人かと、一夏たちは悟った。間髪いれず、寝起きだった鳥の巣頭の鈴が盛大に啖呵をきる。
「ちょっとアンタァ! なんの権利があって――
『既に教官からは了承を得ている。今回は弛んだ貴様らを鍛えるため、楽しいピクニックの一環として今からこの山を下山してもらう』
軍隊モード時のラウラに容赦の二文字はない。備え付け拡声スピーカーつきの大音量が、途中までの言葉を塗りつぶす。森林の中にいるとわかれば確かに山中だと、いまさらながらに言われて気づく。けたたましいスピーカー越しに、ポンコツターミネーターは強硬な姿勢を崩さない。聞いてないぞと一斉に激しいブーイングを飛ばすが、どこ吹く風と指を鳴らして対応する。
戦闘ヘリの腹部分からさらに新しい人物が現れだす。そう、このほど特殊任務以外は、観光旅行として来日した黒兎部隊の面々だ。彼らは司令塔の命令に絶対忠実な部下である。
『そして鈴、口答えは許さん。撃て』
『ヤー、オーバースト』
ヒュボッと、IS戦闘以外では聞きたくない音が鳴る。問答無用で地面にロケット弾が撃ち込まれいく。鈴が直撃を避けるために、今いる場所から勢いよく飛び退《すさ》る。着弾した場所を中心にして、緑色の液体が四方八方へと飛び散った。あたり一面に悪臭が解き放たれ、一部が鈴の体へと付着してしまう。鼻を摘みながら、目を血走らせて怒髪天に達す。
「くっさぁい! なによ、これ!?」
『わが軍が訓練開発用に作成中の動物よせだ。森に住む獣の食欲を無尽蔵に刺激する。猪などは驚くほどの勢いで突進してくるはずだ』
「なにが、はずよ! だいたい、あたしのISを返しなさいよね!」
ISも勝手に取り外されているらしい。一夏が確認すると、いつも自身の手首に巻かれていた筈のものがない。
『各人のISはピクニック帰還後、速やかに返却する予定だ』
あれ、ピクニックって、軍事用語だったっけ。簪は明後日の方向を向きながら現実逃避に走っている。箒はそこらに投げつけられるものがないか、必死に辺りを見回していた。慌てふためく皆を見下ろし、ラウラは自身の右腕を紹介していく。
『副官のクラリッサだ。ピクニックについての腹案を求めたところ、彼女は懇切丁寧に説明をしてくれた。そう、ピクニックは私の知る軍隊訓練の一環であるが、世間一般でおこなうのは極限サバイバルゲームだと』
誰かが叫ぶ。あの諸悪の根源たる副官の口を塞いでしまえ。
ラウラは拳を握って熱く語りだす。
『山中に備えられた〇×形式の選択トラップ、一時的なペア同士で行われるチーム戦、知力を振り絞って戦う早押しクイズ! 幾多の障害を乗り越え辿り着いた先にある、ゴールの赤いボタンを押したものにのみ与えられる褒賞。説明を聞いていれば、なんだ、全てにおいて手に汗握るドラマがあるではないか!』
その場にいた日本人達がうわっとなる。それはサバイバルですらない、ただのバラエティ番組だと。変なスイッチの入ったラウラが情熱的な瞳でルール説明を開始していく。この段階で喜久は木陰に腰を下ろして意識を手放す。バカバカしい、俺は寝ると最初の脱落者が確定した。
『ここから下山ルートまでは二通りしかない。普段から人気度の低いスポットであるため、ほかの登山者は皆無だ。いったん遭難すれば、一週間は山中を徘徊することになるだろう。まあ、迷ってもツキノワ熊が生息しているため、飢えは凌げるはずだ』
「みんながラウラのように狩る方法を知ってるわけじゃないし、飢えを満たすのは明らかに向こうだよ!」
『ぬるいなシャルロット。私が倒せるのだ、なにも問題はない。制限はない、罠も武器も作り放題だぞ。シャルロットならば心配はない、私は信じている』
ラウラは満足げにして頷き、シャルロットの必死な訴えは一蹴された。箒は説得に回る、この非常識な危機を脱するために。横顔は鬼気迫っている、このアホ企画に付き合っていられるかと。両手を前に出して、大きく口を開けた。
「ラウラ、落ち着くんだ。ピクニックはサバイバルゲームではない」
ラウラの表情が緩む。通じたか、箒は心の通ったことを確信した。
『その通りだ箒、貴様はよく理解している。私がアレンジした命がけにゲーム要素は最低限でいい。朝がた山中に放った百匹のコブラも本気で待ち構えている』
箒の顔が、さっと青ざめていく。やっと正気を取り戻したセシリアが、肌蹴た胸を隠しながら指をさして叫ぶ。
「ラウラさん、幾ら織斑先生の許可を取っていたとしても、限度というものがありますわ。私は断固として抗議し、オルコット家の威信にかけて即時中止を申し立てます!」
ラウラは一つ頷くと、わかっているといった表情で一枚の紙を取り出す。蛙が跳ねるように激しく揺れるが、右下にサインのようなものが視認できた。
「セシリアつきのメイドであるチェルシーから、既に許諾はとっている。伝言も伝えておくぞ、以前に私の悩みを口外したのですから、贖罪の機会とお捉え下さいとのことだ」
身内に売られていたことを知り、セシリアはがっくりと膝を折る。空を見上げると、舌を少しだけ出してお辞儀するお茶目なチェルシーが薄っすらと浮かんでいる。
『人数分の衣類だけは、既に投下済みだ。では、無事のミッション達成を願っている』
戦闘ヘリは旋回運動をしながら、上空へと舞い上がっていく。
『一位の入賞者へは景品が用意されている。わがドイツへの軍事訓練体験だ。特殊部隊と同じカリキュラムをこなす豪華さには、喉が唸るほどの期待を保証しよう!!』
いらねぇよ、それに生態破壊するコブラを回収しろ。
喜久は半眼のまま、飛び去っていく飛行物体に悪態をつく。元凶が一足早く下山してしまったことにより、残された者はしょうがなく投下された着替えを眺めた。メイド、サンバ、チャイナ、着ぐるみ、冬用登山着、レースクイン、和服と仮装行列のような組み合わせだ。おまけにどこから取り寄せたのか、鉄製の西洋甲冑まである。炎天下で森の中を歩くのに、鉄製の防御は最高の鉄板と化す。丸焼きになりたいものなど存在しなければ、まともな着替えもない。一同が互いの顔を見合わせながら、しばしの沈黙が続く。
じゃんけん!
叫んだ瞬間、一斉に拳を固めだす。せめてまともな格好で下山したいと。
熾烈な相子合戦の末に、着替えを終えた者たちは下山の準備を開始する。メイド服を着た鈴は、噴火したようにして拳を握り込む。馬力のかかる本人は、野生の猪のように荒ぶっていく。
「帰ったら、たたじゃおかないわよ! ラウラの奴、絶対に思い知らせてやるんだから!」
「駄目だ、一番まともだと思った登山着が、蒸し風呂みたいに暑い」
登山服は冬用であって今は夏だ。もはや西洋甲冑と似たようなものである。
「あ、じゃあ俺が甲冑もらっとくわ」
「まさか喜久さん、甲冑で下山するおつもりですか?」
セシリアが驚きの声を上げる。
「え、なんで下山しなきゃいけないの? これを解体して、サバイバル道具代わりにするんだよ」
喜久が当たり前のように意見を翻す。
「だってダリィじゃん。俺はしばらく寝てから、また適当に食いもんでも探して過ごすわ。付き合ってらんないから、誰か下山したらISで迎えに来てよ」
喜久は少し移動してから冬眠するかのように、匂いのしない場所でぐっすりと寝始めた。まだ一歩も歩いていないのに、早くもリタイアする者が出だす。どうせ他は張り切って降りてくんだろと言い残すあたり、酷いほどの他力本願さだ。
――第一関門は、なぜか山道の途中に設置されていた巨大な〇×パネルだった。
真っ白なボードに赤と青のコーンが並び、中央にはお約束の「〇」か「×」か選ぶパネル。どう見てもバラエティ番組のあれだ。
「第一問! "鰻"の旬は冬である――〇か×か!」
『解答時間は十秒、間違えた者には罰ゲームがある。いくぞ、十、九、八――』
突然スピーカーからラウラのカウントが始まる。混乱の中で、一夏と簪は〇、シャルロットとセシリアは×へと分かれる。
「え、鰻って夏じゃないの!? 土用の丑の日って……!」
「旬と売れる時期は違うんだよ、セシリア!」
そんな説明をしてる間に、カウントはゼロになった。
ボンッ!
〇の位置が突然抜け落ち、簪と一夏が一斉にズボッと落下した。落ちた先はというと――
「ぐわっぷ! な、なにこの匂い……っ!」
水面を覆うのは納豆、ドリアン、くさや、そして不明な粘性物体の混合物。つまり、地獄の臭気プールだった。簪は嗚咽を繰り返しながら、一夏の腕にしがみつく。
「……ごめん、わたし……もう無理かも……」
「俺だって無理だ!」
上からは涼しい顔のシャルロットが、少しだけ涙目で手を差し伸べていた。
「なんとか這い上がってきて、一夏……! あと、くさくないし、大丈夫だから……ゔぅ、ごめんなさい、やっぱり厳しい」
『不正解者には香気強化の特製スーツを支給する。獣が好む匂いがさらに増すぞ』
「おいラウラ、だれがそんなもん着るんだよ!!」
『大丈夫だ、強制装着だから問題ない』
次の瞬間、山中の木陰からロボアームを搭載した黒兎隊のメンバーが現れ、強引にスーツを着せられる一夏と簪。
「ちょ、やめっ、やめろってばーッ!」
「ひゃあああああっ!?」
スーツはピタッと肌に吸い付く素材で、しかもなぜかピンクのブタ柄だった。完全にギャグ。
そして、次の関門――
『第二関門! チーム対抗綱引き! ただし、ロープの先は足場崩壊式』
地面に杭で打たれた綱が一本。そして足元には踏み外せば谷底へ一直線のゾーン。もちろん本物の谷ではなく、下には巨大なエアバッグが設置されているが、恐怖感はリアルだった。
「私が出ますわ! 英国オルコット家の誇りに懸けて――!」
突然セシリアが前に出た。が、何を間違えたか――
「セシリアだめだ、その綱、逆側!」
「えっ?」
ズルッと滑ってそのまま一直線に谷へダイブ。落ちる直前に聞こえた叫びが悲痛すぎて、もはや笑うしかない。
『グッドファイト。セシリア、君には"頑張ったで賞"として、次の関門では特別参加を許可する』
「ラウラさん、もうやめません? 私、泣きそうです……」
シャルロットの声は虚空に消え、次なる罠の音が高らかに鳴り響くのだった。
第三関門――その名も「脳細胞決戦! 早押しクイズ大爆破スペシャル!」
と書かれた横断幕の下には、なぜか並べられたスクールデスクと椅子。そして全員分の赤い早押しボタン。空気だけは妙に厳粛だが、机の真横には不穏すぎる巨大なスライム風船が配置されている。
『クイズは各自の学力に応じた内容となっている。間違えた者には、"匂いつき風船パニック"をプレゼントする。なお、風船の中身は山で採れた天然由来だ』
「天然って何よ……」
鈴がジト目で呟くが、ラウラの司会進行は止まらない。
『では、第一問。織斑一夏に関する問題だ。――織斑一夏の好きな食べ物は?』
――ピンポン!
「焼き魚!」
最初にボタンを押したのは簪。
『……正解』
「やった……!」
「まじか、なんで知ってんの?」
『第二問。鈴の部屋にあるぬいぐるみの数は?』
――ピンポン!
「えっ、十五体……だったはず……」
指を震わせながら答えたのはシャルロット。
『残念、不正解。現在は二十七体に増えている』
「うそっ!?」
ズバァァァン!
目の前のスライム風船が破裂し、ネバネバの粘液が容赦なくシャルロットに襲いかかる。
「きゃあああああああっ!?」
あたり一面がラベンダー臭のする謎の液体で満たされ、もはや清涼感すらある悲鳴が木霊する。
「ラベンダー、嫌いになりそう……」
シャルロットはスライムの中から無言で親指を立てた。
『第三問。セシリアの得意料理は――』
「答えたら負けな気がするから、私は黙秘権を使いますわ!」
本人による自爆拒否。潔い。
『ふむ、仕方ない。では、次のチャレンジへ進め!』
第四関門――「グルグルターザンロープ渡り」
なぜか山中に設置されたロープウェイ。途中には回転トラップ、偽ロープ、バナナの皮まで用意されていた。嫌な予感しかしない。
「オレが行くよ……ここで役立たずって言われたくないし」
一夏が男を見せて飛び出す。ターザンのようにロープにぶら下がり、見事に第一の支柱をクリア――したかに見えたが、そこに滑り込んできたのは、
「いっちか~~~~!!」
鈴がロープにぶら下がって合流してきた。
「おい、なんでお前まで飛びついてきてんだよ!」
「うるさい! あたしをなめるなっての!!」
二人が同時にロープにぶら下がった瞬間、木製の支柱がギシギシと悲鳴を上げる。嫌な予感は的中し、次の瞬間――
ボキィッ!
支柱が折れて、二人ごとターザンロープが落下。
「うわあああああああっ!?」
落ちた先はというと、山中の湧き水を利用した簡易泥スパ温泉。
「ちょっ、ぬるっ……! って、泥!? ていうか温泉!?」
「……あれ、意外と気持ちい……」
落ちた瞬間は悲鳴だったが、温度もちょうどよく、肌すべすべになる仕様だったため、しばらく二人はそのまま動けなかった。
「次のトラップ行くの、めんどくさ……」
――第五関門、「山の幸を活かせ! 即席料理バトル!」
野外にぽつんと置かれた調理台。その周囲に並ぶ食材は、見た目こそ山菜とキノコ、そして謎の鳥の羽がついた肉の塊。しかしそれぞれに名前など一切のラベルはない。誰がどう見ても、"何かを捕まえてそのまま"感がすごい。
『制限時間は十五分。判定は――この私、ボーデヴィッヒだ!』
「公平性は!?」
「というか、調味料も何もないの!?」
鈴が叫ぶが、ラウラは真顔で答える。
『それを工夫するのが戦術だ。サバイバルとは、知恵と応用の場でもある』
「……ねえ、ちょっと待って。……これ、生きてない……? 動いてるん……だけど!?」
簪が持ち上げた山菜の中から、ムカデのようなものがニョロッと顔を出す。即座にスローイング。地味に一番の絶叫ポイントだった。
調理が始まると、全員がなぜか方向性の違う料理を作り始める。
「俺は焼き鳥……たぶん鳥……」
一夏が焼き始めたのは羽付きの肉。煙と一緒に、かすかに甘辛い匂いが漂ってくる。
「私は中華風でいきますのよ!」
セシリアは持ち前の謎のハーブスパイスを自前で取り出し、ぐつぐつと何かを煮込んでいる。
「ちょっとセシリア、なんか準備良すぎない!?」
シャルロットが突っ込むが、その手は手際よく野草を刻み、さすがフランス育ちの料理技術を披露していた。
箒はというと――
「……なぜ、米がある」
手には完璧に炊き上がった白飯、そしてなぜか握られた三角のおにぎり。
「武士の心は米にあり、心を込めればどこでも米は炊ける!」
ラウラも思わず「なるほど」と納得した顔になった。
「完成!」
最後に鈴が出したのは、正体不明の炙り肉と山菜のピクルスらしきもの。盛り付けは美しく、見た目だけなら高級レストラン。
「こ、これは……意外と……」
審査員(ラウラ)の口に料理が運ばれた瞬間――
『ぐおおおおおっ!?』
大声で叫んでその場に崩れ落ちた。なぜか頬が赤く染まっている。
「どうしたの!? ねぇ、なんの肉だったの!?」
『この辛味、まさか……赤鬼唐辛子と野生ワサビを掛け合わせたような刺激……これは戦い……! 舌で感じる戦争だ……!!』
崩れ落ちたまま、やたら感動してるラウラ。もはや美味いのかどうかもわからない。
『優勝は――鈴だ! その魂のこもった爆発的刺激により、戦意が一時的に喪失した』
「勝った……勝ったけど、なにか納得いかない!」
褒美として鈴は、次の罠に進まず済む"一回休み券"を得る。が、どうせまた後で巻き込まれるのは見えていた。
――第六関門。「ジェスチャー伝言ゲーム ~伝われ、身振り手振りの意思疎通!~」
『このゲームではペアを組み、一方が身振り手振りのみで"お題"を演じ、最後の回答者が正解を当てればクリアだ』
ラウラの冷静なナレーションが森に響く。
『ただし、演技中に声を出せば、頭上から"爆音クラッカー"が発動。無言、無表情でも伝えるスキルが求められる。成功率は10%未満、だがそれが面白い!』
もはや誰も「ピクニックだ」と思っていない。
「よし……じゃあ、俺たちから行くか」
ふと前に出たのは一夏。そして自然に横に立ったのは――セシリアだった。
「はぁ……あなたが演じて私が答える、ということで?」
「うん。でも、変なお題だったらごめんな」
「……別に、慣れてますから。あなたの突拍子のなさには」
くすっと笑う彼女に、一夏は少しだけ目をそらした。こういう空気が、なんともくすぐったい。
お題:「恋に落ちたハリネズミ」
「……」
一夏、両手を丸めて自分の頬に当てる。そしてくるくる回りながら、両手を背中にやって、チクチクする様子をアピール。
「……ええと……動物? ……小動物?」
一夏、うんうんと無言で大きく頷き、次は胸を押さえてドキドキポーズ、さらに手でハートを描く。
「恋……!? 恋してる……ハムスター? モルモット? いや……あっ、ハリネズミ?」
ピピーッ!
『正解!』
「おおっ!?」
「……まさか、当たるとは」
「すごいじゃん、セシリア。さすが冷静」
「まぁ……あなたの、変な踊りの割にわかりやすかっただけですわ。少し、可愛かったですし」
にっこりと笑うセシリアに、一夏の頬が一瞬だけ赤くなる。
他ペアの空気は、相変わらず別の意味で激しい。
「はいっ、次! シャルロットと鈴!」
「……演技するの、あたし?」
「もちろん。……鈴ちのジェスチャー、期待してるよ?」
「なんかそれ、ムカつくわね!」
お題:「宇宙でラーメンをすする修道女」
「………………なにそれっ!?」
顔芸からスタートする鈴、スカートの裾をつまんでシスター風ポーズ→両手ですする→エア浮遊→十字をして手を組み合掌。
シャルロットが真剣に悩みながら言う。
「え、シスター? 麺? ラーメン? 宇宙空間? 重力ない? 吸ってる? 修道女……!?」
ピピーッ!
『正解ッ!』
「当たったー!?」
「マジで!? こんなんで伝わるの!?」
「すごい……なんかもう、シンクロしてるね私たち」
「シンクロしたくなかったわよ!」
簪と箒のペアも挑戦するが、「水をかぶった妖精がシャンプーする」という無理ゲーお題により即爆音。ラウラが大満足で拍手をしていた。
――最終関門。「赤いボタン争奪戦 ~押せば終わる、それだけだ!~」
『ここまで生き残った精鋭たちよ……ついに最後の試練がやってきた。ルールは単純明快!』
『崖の先端に設置された"赤いボタン"を最初に押した者が勝者となる。以上だ!』
……以上じゃねえよ! と全員の心がひとつになった瞬間だった。
目の前には断崖絶壁。そこにぽつんと設置された赤いボタン。
そこへ至る地面には――
丸太橋、滑りやすい苔、転がる大玉、意味不明なバネ床、そして謎の足ツボゾーン。
完全にバラエティ番組だった。というか、バラエティ番組ですらここまでやらない。
『なお、途中の地面は時間と共に崩落する。つまり、遅れた者は自動的にリタイアとなる』
「ねぇ? 地面崩れるってどういうこと!?」
シャルロットが顔を青くしながら叫ぶ。
「聞いた! でももう慣れた! 逆にスッキリしてる!!」
鈴、全力ダッシュ準備完了。
「セシリア、行けるか?」
「……行けますわ。あなたが、変なフラグさえ立てなければ」
「ちょっと待て、俺そんなことしてないだろ!?」
スタートの合図とともに、全員が走り出す。
最初に脱落したのは――簪。
「あ……足ツボゾーンで……うぐっ……動けない……!」
その場にうずくまり、悶絶。横で箒も苦戦。
「なんだこの拷問装置!? 歩くたびに土踏まずが――ッ!」
一方、地味に健脚のシャルロットと鈴が先行していたが、途中のバネ床でポーンと空中へ。
「え、飛ぶの!?」
「ちょ、やばい、軌道がズレたあああああ!」
豪快に飛びすぎてコースアウト、真下の安全ネットに回収されていく。
「ひっどい仕様ね!!」と、鈴の絶叫が響き渡る。
そして残ったのは――一夏とセシリア。
二人は絶妙なペースで丸太橋を超え、滑りやすいゾーンを手を取り合って渡りきる。
「行ける、あと少しだ……!」
「気を抜かないで! ……って、きゃっ!?」
セシリアの足元が滑り、体が傾く。瞬間、一夏が迷いなくその腕を引き寄せた。
バランスを崩しながらも、なんとか二人は並んで崖の端に到達。
「……よし、じゃあ」
「押していいですわよ。あなたが、主役でしょう?」
「いや、ここは――」
言い合いをしているその時だった。
ゴゴゴゴ……!!
崖の端が音を立てて崩れ始める。
「待って、やっぱり時間ないッ!」
慌てて二人同時にボタンへ手を伸ばす。
――ピコン♪
ボタンが押された音とともに、崖のギミックが止まり、背後で崩れかけていた地形が凍結する。
『おめでとう。勝者は――織斑一夏と、セシリア・オルコット! 同時押しにつき、共同優勝と認定する』
「……え、ええと」
「ま、まあ、仲良くゴールできたなら、それで良いんじゃなくて?」
ほっとしたように微笑むセシリア。その顔にはほんの少し、誇らしさと安堵の入り混じった色が浮かんでいた。
『なお、優勝者には特別賞として――我が隊直々の"ドイツ特殊部隊1週間体験チケット"が贈呈される!』
「やっぱり要らない!!」
「私、辞退しますわよ!? ええ、断固として!!」
『残念、辞退は不可だ。航空チケットはすでに予約済みだ。では出発準備を――』
「ちょっとラウラァァァァァァァァァァ!!」
怒声が森中に響き渡る。かくして、"ピクニック"は終わった。
後日、殆どの人間が筋肉痛と謎の精神的疲労で3日寝込んだのは、言うまでもない。
◇
あくる日の朝、一夏が山中にいるはずであろう喜久を探しに行く。そして、スタート地点で猪の肉を頬張る喜久を発見した。みれば、木には即席で出来たハンモックらしきものがつるされている。他にも道具やら何やらがそこら中に散乱していた。使うと言っていた甲冑は分解され、簡易ながら鍋や砥がれた包丁へと様変わりしている。使用するといっていたが、まさかサバイバル道具へと変貌を遂げているとは思わなかった。ケロッとしている本人に、一夏は開いた口が塞がらない。
「お疲れさん、無事終わったのね。食うか、意外といけるぞ?」
「喜久、お前なんでそんなに寛いでるんだ……」
「いや、どうせ迎えが来るのわかってたし、ボーデヴィッヒが撒きやがった薬剤に動物が寄ってくるしな。だから罠作って捕獲して食ってた」
嘘だろ、必死で下山してた俺たちはなんなんだと思わず膝をつく。喜久から焼きあがった肉を渡されて、取り合えず受け取りながら質問する。
「喜久、お前なんでそんなにサバイバル知識が豊富なんだ」
「住んでたとこは山が多いし、姉に仕込まれたんだよ。当時はなんでもやらされたからな」
加代さんすげぇ。もしかして喜久よりもポテンシャルが高いんじゃないか。一夏はハイスペックな喜久の姉に関心を寄せた。