ln   作:kiarina

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 見たことがある、一面に広がる蒼い世界。確かに一度見た。最後には赤黒く焼け落ちていくさまも。この光景が視界に入るのは、二度目だ。――また来たのだ、ここに。

 この澄み切った真っ青な空間には、紅椿を変えたすべての元凶が住んでいる。

 夢なのか。おぼろげな意識のまま、頭をもたげて上半身を起こす。最後に見た、壊れていく世界は、今は静かに沈黙しているらしい。

 左手首に感じた感触で、自分の右手がそこに触れていることに気づいた。――ない。

 ISの待機状態を示すアクセサリー、ブレスレットは、現実でも夢でも、箒の手首には巻かれていなかった。

 ――薄々、予想はしている。この世界は、ISが創り出したものだと。

 だが、今は本体が手元から離れているはずなのに、私は**核《ここ》**に繋がっている。

 どこにいても、どれだけ距離があっても、紅椿は自分のもとを離れない。

 なぜこの空間にいるのかは、わからない。だが、現実は、状況がすべてを物語っていた。

「なぜだろう、落ち着く……」

 小さな独り言が、青の世界へと吸い込まれていく。

 水面と空だけで成り立つこの調和は、どうしようもなく心を静める。

 これは夢で、未練なのだろうか。

「おはよう」

 声がした方へと振り向く。視線を下ろせば、そこには平安貴族のような装束の少女がひとり。

 両手を後ろ手に組んで、無邪気にこちらへ声をかけてくる。髪を揺らしながら覗き込むようなその姿は、実に微笑ましい。

「ああ、そうだな。おはよう」

 箒は、ここがISの世界なのだと確信した。そして、問うべきことを口にする。

 揺れる感情は、もはや懇願に近かった。

「私のせいで、紅椿は歪んでしまった。もう……元には戻らないのか?」

 少女は不思議そうに小首をかしげたかと思うと、ふっと一つ笑い、答える。

「だめ」

「できない、ではなく、“ダメ”であるなら……紅椿は元に戻せるのか?」

「これは、あなたが望んだこと。まずは受け入れることが先だから」

「“先”とはなんなんだ! あれでは、周りのすべてを傷つけてしまうだけだ!」

 感情があふれそうになるのを押さえ込むように、両手で震える肩を掴む。

 動く足に誘われて、水面も揺らぐ。だが、少女の瞳は終始、穏やかなままだ。

「そうだよ。ぜんぶぜんぶ壊したいって、いったから。わたしは、あなたの鏡だから」

「ちが、いや、そうじゃない……そうじゃないんだ、私はただ……!」

「そうだよ。あなたの心が燃えれば、ここも炎上するの。呪えば、穴は一つじゃない。一緒に地獄に落ちる。残念だけど、蜘蛛の糸は誰も垂らさない」

 前を向けない。自然と視線が下がっていた。どうすればいいのかわからない。動けない。

 立ち尽くすその姿は、目の前の少女よりも幼く見えてしまう。

 ――そのとき、手に温かな感触が走った。

 少女が、箒の両手を包み込むように握っていた。

 枯れ木のように感じていた体が、じわりと温かみに包まれていく。光を失った目が、ようやく少女を捉える。

「いいんだよ。受け入れたら、わたしも扇を裏返すから」

「……私は、どうすればいい?」

「わたしは紅椿。覚えていてね、わたしは決してあなたを裏切らない」

 ザブンッ、と音が響いたとき、箒は水の中にいた。

 底が抜けたように、身体がゆっくりと沈んでいく。紅椿は、水面に足をつけたまま、箒だけがどんどん離れていく。

 もがくことも許されず、視界が黒に染まっていく。

 ――これが夢だと気づいたとき、頬を伝う涙に気づいた。

 時計を見れば、まだ夜明け前だった。

 

 ◇

 

  ヨーロッパ北欧にある国際貿易センタービルの一室。中央会議室となる広い空間の中で、国際IS委員会の面々には苛立ちが募っていた。

 愛煙家の役員たちは、今にも部屋を出て一服したくてたまらない様子だ。冗談のひとつすら口にできないほど、空気は張りつめていた。室内に満ちる不穏な空気が重苦しく、開閉される扉の音ですら鈍く響く。

 議長であるパドルティージと秘書の女性が入室し、彼が厳《いかめ》しい表情のまま所定の席に腰を下ろす。

 会議が始まると、どこからともなく抑えた溜息がもれた。

「それでは、まずは現状報告から頼む」

「はい。昨今発生したインド被害および、復興状況についてご報告いたします」

 各席には端末が置かれ、中央の大型空中投影モニターには、グラフや写真が次々と映し出される。あまりの凄惨さに、役員の一人が思わず歯ぎしりをした。

 眼鏡をかけ直した男性が、表示されたデータに冷ややかな視線を送る。

「私の目が狂っているのでなければ……損害指数の桁が、二桁振り切れているな」

「おおよそ六〇〇億ドル超の被害か。国家再建に取り掛かるどころか、しばらくは隣国からのテロの格好の標的となるだろう」

 日本円換算で、約六兆円。今後予測される貿易収支や国内総生産への影響を考えれば、復興には最低でも十年以上を要する。

 だが、それ以上に重くのしかかる数字がある。

「インドに対する国家級テロによる被災者は推定で約四万人。倒壊した家屋および施設は一万五千戸となっています」

「死亡者数は?」

「現時点で一八〇〇人。最終的には三二〇〇人に達する可能性があります」

「……戦争ですらない。これはもはや、殺戮だ」

 越えてはならない一線を、明確に踏み越えた――それが数字となって物語られていた。

 数機のISが猛威を振るうこの世界は、まさに地獄の顕現だった。

「今回の介入は認められん。完全な独断行為だ。学園とはいえ、欧州各国の第三世代ISを含めての他国干渉は、異端行為に等しい」

 イギリス、フランス、ドイツ、中国、日本――先進国の名がずらりと並ぶ。彼らがこぞって、インドの内紛状態に加担した。当事者は現地市民の救済を主張しているが、外から見れば、それはただの軍事侵攻にしか映らない。

 IS学園がいくら“国際的法治外”を標榜していようとも、世界がそれを許すほど甘くはない。

 すでに複数の国からは非難が殺到し、恫喝とも取れる声明がいくつも寄せられている。

 過去を振り返っても、ISが緊急発進した例は一度だけだ。オーストラリアで亡国機業が軍事基地を襲撃し、ISが基地内において限定的に戦闘した。

 だが今回のインドでは、被害も規模も桁違いだった。

「インドで、先進国のほとんどが片足どころか、全身を突っ込んだ。この事実は消えない。そして、指揮を執った者の責任は重い。ミズ織斑には召集令状を発行し、この場で査問すべきだ」

「ミスター轡木も同様だ。彼の意見を聴いた上で判断するが、場合によっては現職の解任も避けられまい」

「IS学園は現在休暇期間中だ。時期的にも、呼び出すにはちょうど良い」

「あれは無理だな。首都機能が麻痺した今、市民すべてが暴動の観客ではなく、参加者となりかねん」

「モンドグロッソの開催会場も白紙に戻すべきだ。やるなら、過去に開催した国へ早急に打診を行うことになるな」

 空中投影モニターには、にこやかに笑う一人の女性の顔が映し出されていた。両手でピースサインをしている姿は、一見すればただの賑やかな人物にしか見えない――篠ノ之 束。その顔に、会議室の面々は渋い表情を向けていた。

 数秒の沈黙の後、議長パドルティージが当然の決断を下す。

「やむを得んな。これだけの人災を引き起こした以上、もはや我々だけの判断で済む問題ではない。これ以上の混乱は何としても避けなければならない。人あっての組織だ。最も尊重されるべきは、人権の保障なのだから」

 そう言って彼は、手元にあった一枚の文書を持ち上げる。

「国際IS委員会は、現時点をもって、篠ノ之 束博士を第一級国際指名手配犯罪者として認定する」

「異議なし」

「仕方ありませんな」

「そうだな。彼女はやりすぎた。もはや後戻りはできん」

「今回、暴走したIS搭乗者にしても……流石は篠ノ之博士の親族としか言えん。街の破壊を加速させたその様子は、もはや擁護の限度を超えている」

 

 ◇

 とある駐屯地。上空では、自衛隊IS部隊所属の二機が飛行訓練を行っていた。晴天のもと、地上では隊列を組んで走る女性隊員たちの一団がある。

 ピッ、と乾いたホイッスルの音がリズムを刻む。連続音が止んだその瞬間、集団の中に混じっていた喜久が四つん這いになる。体が言うことを聞かず、地面にへばりつくようにして、必死に呼吸を整えていた。全身は悲鳴を上げ続けている。

 あまりの辛さに、まるで一日分の水分が汗になって流れ落ちたような錯覚を覚える。そんな喜久に、目つきの鋭い女性隊員が平坦な視線を投げかける。

「立ちなさい。午前の訓練はまだ終わっていません。これでは、あなた一人のせいで隊のスケジュールが乱れます」

「ハ、ハァ……クッソが。うっせえな、わかってんだよ……」

 顎を伝う汗を腕でぬぐい、荒い息を必死に飲み込みながら、笑っている膝に両手をついて立ち上がろうとする。周囲の隊員たちは、誰一人として疲れを見せることなく、フェイスタオルで涼しげに汗を拭っていた。

 先ほど叱責した女性隊員はため息をつくと、先頭で指揮を執っている隊長へと声をかけた。

「瀬名川隊長」

 自衛隊所属、IS部隊総隊長である瀬名川 優香は、ストレッチをしながら振り返る。

「なにかしら、熊谷大尉?」

「やはり、この子に私たちと同じ訓練メニューは厳しいのではないでしょうか。確かにISの操縦技術は一流ですが、それ以外は……基礎課程からやり直すべきひどさです」

「我慢してちょうだい。IS以外を鍛え直すために連れてきてるのよ。体験入隊みたいなものなんだから、お豆扱いでよろしくね」

 熊谷は肩をすくめ、一つ敬礼してから喜久の腕をぐいっと引っ張り上げた。一般男性も顔負けの腕力に、思わず「うおっ」と声が漏れる。

「私は、あなたが一緒に訓練する以上、手を抜くことはありません。あれだけISを使いこなせるのですから、もう少し根性を見せなさい」

「は、ごもっとも、で……」

 喜久は自分に喝を入れ直し、歯を食いしばって訓練に食らいついていく。体を再び絞るように動かし始めた。

 

 ――夏休みが始まってすぐのこと。喜久は瀬名川 優香に引きずられる形で、自衛隊の駐屯地を訪れていた。部隊での初顔合わせは、まさに散々なスタートだった。IS操縦者として所属する女性が三〇人、その中に男子学生が一人という構図は、現代の女性優位社会をそのまま再現したような空気だった。

 当然のようにからかわれ、喜久も最初のうちは我慢していた。優香は止めず、成り行きを見守っている。集団の雰囲気に乗って、調子に乗ったのだろう。長身でカールのかかったショートヘアの隊員が、喜久の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら「童貞くん」と言った瞬間――堪忍袋の緒が切れた。

「ティアーニ、修理後のテスト調整だ。少し付き合え」

【しょうがないわね。ほどほどにしておきなさい】

 瞬時に展開された黒い機械の腕が、次の瞬間にはカールショートの隊員の頭部をがっちりと掴み返していた。

 今まで「本当に男がISを扱えるのか」と半信半疑だった女性隊員たちは、実物を前にしてその認識を改めざるを得なかった。

「もう一度言ってみろや、トーテムポール。次に減らず口叩いたら、てめぇの脳みそごとザクロみたいにかち割ってやる」

「あなたたち、遊びすぎよ。可愛い弟子が本気で怒っちゃったじゃない」

「うるせぇよ女々。傍観してたお前が一番遊んでんじゃねぇか!」

 優香は「ふふ、ばれちゃった」とでも言いたげに、楽しそうな顔を浮かべるだけ。止める気はまるでないようだった。

 “トーテムポール”と呼ばれたその女性は、頭部をISの手に掴まれていても不敵に笑い、夜目が利きそうな野獣のような目をしていた。神経の太さからしても、どう見ても優香と同類の気配があった。

 そんな騒ぎの中、冷ややかな視線が周囲から集まりつつも、何人かは面白がって様子を見守っていた。

「瀬名川隊長、提案があります!」

「いいわよ、川越中尉」

「隊長のコネとはいえ、お守り役は勘弁です。この子の実力を確かめておきたいので、模擬戦を提案します!」

「いいえ、私がやるわ」

「ええー、横取りはなしでしょう?」

「私も川越中尉の意見に賛成よ。だからこそ、お遊びじゃなくて正式に。我が隊で訓練を受けるに足るか、確認しておきたいの」

「二人とも、ごめんなさい。模擬戦の割り当てはもう決めてあるの」

 優香が指差した先には――

「え、え、わ、私ですか!?」

「そうよ、藤見少尉。さっさと準備を始めてちょうだい」

 ――そして模擬戦終了。喜久の実力を見た隊員たちの目は、明らかに変わっていた。次の日以降、彼女たちは喜久を対等の者として扱うようになる。

 訓練が一区切りついて優香が体全体に呼びかける。

「15分休憩のち整列!」

 

 ◇

 

 夏の太陽が照りつける演習場。市隈喜久は汗まみれの小柄な身体を引きずり、敷地脇に置かれたベンチへどさりと腰を下ろした。荒い息を吐き出し、制服の袖で額の汗を拭う。訓練はようやく中断され、彼らには十五分間の休憩が与えられたところだった。

「……マジで殺す気かよ」

 喜久は誰にともなく呟き、背もたれに体重を預けた。短い赤髪が汗で額に張り付いているのも気にせず、目を閉じて小さく息を吐く。全身がだるく、足は鉛のように重かった。

 そんな喜久の横に、ブーツの音を立てて近づいてくる人影があった。瀬名川優香――自衛隊IS部隊の隊長である彼女が、腕を組んで喜久を見下ろしている。涼しげな顔は汗ひとつかいていない。訓練全体を見守っていた彼女は、隊員たちが休憩に入るのを見届けてから、特に気になる様子の喜久の元へやって来たのだ。

「ずいぶんとお疲れみたいね、喜久」

 優香が口元に薄い笑みを浮かべて言った。その声音には余裕が感じられる。

「当たり前だろ」

 喜久は閉じていた目をうっすら開き、優香を一瞥する。

「こんな炎天下で走らされて、元気なやつの方がおかしいっつーの」

「へえ、そんなことで音を上げちゃうの?」

 優香は意地悪そうに片眉を上げてみせた。

「さすがは若さね。スタミナ自慢じゃなかったの?」

「誰がそんなこと言ったよ。やってらんねーっての……」

 喜久はぼやき、上体を起こすと隣に立つ優香を見上げて睨んだ。

「あんたは涼しい顔してるけど、あれズルいからな。絶対サボってんだろ」

「私まで息を切らしていたら示しがつかないでしょう?」優香は肩をすくめてみせる。

「それに、私は最初からスタミナお化けなんでね」

「知るかよ……チートかよ」喜久は呆れたようにため息をついた。年長者の余裕というやつか、と内心舌打ちする。優香は自分より五つ以上も年上だろうに、見た目も息遣いも実に落ち着いたものだ。対して自分は情けないほど肩で息をしている。そんな自分を悟られまいと、喜久はわざとぶっきらぼうな声を出した。

「……まあ、あんたみたいな化け物だったら、苦労しねーよな」

「あらひどいわね。そんな子には、この休憩明けに追加メニューを足してあげようかしら?」

 優香は笑みを深める。その声音は冗談めいているが、どこか本気にも聞こえるから恐ろしい。

「やめてくれ……冗談だよ冗談」

 喜久は顔をしかめて手を振った。

「マジで勘弁してくれ……死ぬって」

「どうするも何も、鍛えて損することはないでしょう?」

 優香はベンチの背もたれに軽く寄りかかり、空を仰いだ。

「あなた、体力面ではまだまだ課題が多いものね」

「うるせーな……わかってるよ」

 喜久は返す言葉がなく、悔し紛れに口をへの字に曲げる。確かに彼は隊員の中でも飛び抜けて体力がない方だ。普段から部屋に閉じこもって本ばかり読んでいるツケが回ってきたのかもしれない。

 優香はちらりと喜久を見下ろした。

「ISを動かすのは確かに筋肉じゃないけど、体力がなければ長時間の戦闘には耐えられないわ。パイロットがバテてしまったら機体だって宝の持ち腐れよ」

「チッ……わかってるっつーの」

 喜久は口ごもる。もっともな意見だと思ったが、素直に頷くのも癪だった。元来の天邪鬼もあって、彼は簡単には折れない。

「でも俺は操縦技術でカバーすっから。持久戦になる前にケリつけりゃいいんだろ」

「言うわね」

 優香はくすっと笑った。

「頼もしいことだわ。…ところで喜久」

「今度はなんだよ」

 不意に真面目な声になった優香に、喜久も表情を改める。

「今日の模擬戦だけど…あなた、随分無茶をしていたわね」

 優香の声からは先ほどまでの茶化す調子が消えていた。

「後先考えず突っ込みすぎよ。見ていてヒヤヒヤしたわ」

「……チッ、余計なお世話だよ」

 喜久は返答に詰まった。思い当たる節があったからだ。

「焦る気持ちはわかるけど、命を粗末にするような真似はやめなさい」

 優香は静かに言い聞かせるように続けた。

「あなたは……大切な存在なんだから」

 喜久は目を丸くした。優香からそんな言葉をかけられるとは思っていなかったのだ。

「……俺なんか、替えはいくらでもいるだろ」少し照れくささをごまかすように、喜久はそっぽを向いて呟いた。

「そんなことないわ」

 優香の声はきっぱりとしていた。

 「あなたにしかできないことがある。それを期待して私は言ってるのよ」

「……うっせーな」

 不意に名前で呼びそうになって喜久は言い淀んだ。

「何?」

 優香は気にした様子もなく、小さく笑って返してきた。

「……いや、なんでもねぇよ」

 喜久は顔を逸らしたままごまかした。

「はい、これ」

 優香は腰に下げていた水筒を外し、喜久に差し出した。

「飲んでおきなさい。あと十分もしないうちに次の訓練が始まるわよ」

「え、あ、いや……いいのか?」

 喜久は意表を突かれて優香を見上げた。

「私はもう飲んだから平気よ。それとも、私の後じゃ嫌?」

「そ、そんなわけねーだろ。ありがたくもらっとくよ」

 喜久は慌てて首を振った。戸惑いつつも水筒を受け取り、一口含む。

「……さんきゅ」

 一息ついてから、喜久はぽつりと礼を言った。

「どういたしまして」

 優香は優しく微笑んだ。

「素直にお礼が言えるようになったじゃない。成長したわね、喜久」

「うるせぇ……」

 喜久は照れ隠しにむすっとした顔を作ると、水筒を返した。

「冗談よ。じゃあ行きましょうか、喜久」

 優香はくるりと踵を返し、歩き出した。

「……チッ、わかったよ」

 数歩後ろを歩きながら、喜久はぼそりと返事をした。

 照りつける陽射しの下、二人の影が並んで地面に伸びていた。

 短い休憩は終わろうとしている。次の訓練に向けて歩き出す二人の間には、先ほどまでとは少しだけ違う空気が流れているようだった。

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