西海岸の空はまだ青く、太陽が乾いた地平を真っすぐに焼き尽くしていた。アメリカ横断の旅路は、荒野の果てから始まった。
ハマーは唸りを上げながら舗装されていない砂利道を疾走している。車体の下では、赤茶けた砂が粉雪のように舞い、風に吹かれて後方へ消えていく。
「つーかよ、いい加減エアコン壊れてんじゃねーの? この車、サウナかよ……」
ティーダが助手席から振り向き、後部座席に乗る市隈 喜久へと軽口を叩いた。だが喜久は、腕を組んだまま涼しい顔だ。冷たい汗がこめかみを流れていたとしても、それを指摘できる者は一人としていない。
「文句あるなら降りろ。走行中でもいいぞ」
「はっ、怖い怖い。相変わらず笑顔が無いな、お前さんは」
ティーダは冗談交じりに肩をすくめた。が、運転席にいるサンナはまったく会話に入らず、視線は前方の地形を読み続けている。
車内には、他に箒と一夏がいた。サンティアスは現在別行動中で、合流地点を目指しているはずだ。
緊張感があるのは誰のせいでもない。この旅が、単なる「移動」ではないからだ。
喜久たちは東海岸寄りのホワイトハウスへと向かっている。そこには、今の騒乱を終結させる鍵穴がある。鍵は喜久だ。だが同時に、それを狙う勢力も動いていることは間違いない。
「――敵、発見」
突如、ハマーの通信機に割り込むような警告が鳴った。AIが周辺のレーダー異常を拾ったのだ。
「くっ、やっぱりバレたかよ!」
ティーダが怒鳴るように叫び、腰のホルスターから拳銃を抜く。数秒後、前方に軍用車両が数台現れ、白い粉塵を撒き上げながら進路を塞いだ。
アメリカ軍所属の最新鋭ドローンが、周囲の岩場から舞い上がる。長距離の監視衛星経由でハマーの動きを補足し、包囲の網を狭めていたのだ。
「総員、戦闘配置に移れ!」
サンナの短く鋭い号令が飛ぶ。次の瞬間、ティーダがドアを蹴り飛ばすように開け、車外へ飛び出した。
「ようし、おっさんの本気見せてやるぜ!」
ティーダの手に握られていたのは、カスタムされた突撃銃だ。弾倉を叩くように装填し、素早く車体の影に身を隠す。
「サンティアス! 今どこだ!」
『位置は北西二百。援護に向かう、あと四十秒持たせろ』
「上等! 遅れんなよ、隊長!」
銃声が響く。ティーダの放った弾が、ドローンの一体を吹き飛ばした。
――だが、敵の数はそれだけではない。
地を這うような轟音と共に、前方からは装甲車がもう一台、脇道から顔を出した。全自動機銃を搭載した無人戦車型で、対IS戦も想定されたモデルだ。
「げっ、マジかよ……ったく、さすがアメリカ軍、火力がエグい」
ティーダが顔をしかめ、慌てて反対側へ転がる。次の瞬間、機銃が火を吹き、ハマーの金属ボディが火花を散らした。
その背後――ハマーから飛び出す黒い影。
喜久だった。
既にISであるブラックペタルを展開しており、黒い翼のような浮遊パーツを広げて宙を滑る。思考をティアーニに伝えると、向かってくる装甲車に対して、車輪の中心辺りが通過するようにペタルを全て水平に配置しなおす。
「これ以上、遅れるわけにはいかないんだよ」
言葉と共に、喜久が心の引き金を引く。通過した全ての装甲車の車高がガクンと一段下がり、ペタルの端に当たったタイヤがホイールまで含めて全て切断された。動きを失ったが、武装を失ったわけではない。装甲車に備え付けの機銃が火を噴き続ける。銃弾は張りなおされたペタルで全て防ぎきる。
そのわずか数秒後、地面を抉るような振動が近づいてきた。
後方から地響きのような重低音が迫る。バイクか、否、もっと重い。砂煙の中から姿を現したのは、別のハマー。運転席から飛び出してきたのは、サンティアスその人だった。
「おせぇぞ、サンティアス!」
「ティーダ、相手に合わせることも覚えろ」
笑いながらも、サンティアスの瞳は戦場の修羅場を熟知した男のそれだ。彼とティーダが左右から援護を入れ、喜久たちに退路を作る。
「箒、サンナを!」
「任せてくれ!」
体調を崩したままの箒が紅椿でサンナの体を抱え、そのまま跳躍――赤紫の機体が弧を描いて空を切る。背面の推進機が鳴き、砂塵の上を一気に抜けていく。
その様子を見届けたサンティアスは、右手のバイザー越しに一瞬だけ空を見上げてから、再び地上の戦場へ目を戻した。
「ティーダ、五時の方向。ドローンが三機来るぞ」
「了解! ってか、もうちょい優しく言えねぇのか?」
「戦場において情けは不要だ。忘れたのか?」
「はーい、教官殿の説教は後でな!」
ふたりはまるで息を合わせるように、カバーを取り合って弾をばら撒く。ティーダの陽気な性格も、戦場では逆に冷静さへと変換されるらしい。一方で、一夏も《白式》を展開し、背中のブースターを最大出力で回す。
「喜久、あんまり無茶すんなよ!」
「お前が言うか、それ」
皮肉混じりに返しながらも、喜久は敵部隊の中央に視線を据えたまま、ペタルを両腕に乗せて円錐状に回転させていく。接触した部分をえぐり取る、鋭い破砕を形成する。
機動戦開始の合図――
だがその時、突如として空の一角に異様な振動が走った。
――空間が歪んでいる?
その正体は、彼らの行く先で待ち構えていた新たな敵――
ファング=クェイクと、今年の春に見たウェビネス=クェイク。
そして、そのパイロット。イーリス・コーリングと、アラルティア=アトウッド。
砂嵐を割るようにして、機体の巨影がゆっくりと姿を現す。鋼鉄の咆哮が、空の向こうから低く唸った。
「来たか……いや、やっぱり“来やがった”か」
喜久がつぶやく。
【まるで分っていたかのような、いいぶりね】
「ISが相手国の領空侵犯を犯したんだ、今頃に来るこっちが普通なんだよ。タニアの場合は最初から待ち構えてた。大方、あっちがジャスパーの駒ってところか」
ティアーニの返答に、喜久は二戦目を覚悟する。昔の懐かしい記憶と共に相対する顔が浮かぶ。オープンチャンネルが自動接続されてくる。受信先には、懐かしくも忌まわしい名が表示されていた。
『久しぶりねえ、サーフォ。全部アティに吐かせた。お前、生きてたかよ?』
――イーリス・コーリング。
彼女の声が、透明な刃のように喜久の胸を刺す。
「ああ、そうだよ。黙って通しちゃくれないんだろ?」
『お生憎様だが。戦闘後に生きてたら、お前には死ぬほど聞きたいことがあんだよ。ナターシャが脱走した理由もよく分かった、全部お前がらみか』
喜久がイーリスの隣に並ぶ、アラルティアに話しかけていく。
「ナターシャの判断は知らねぇよ、俺も分かってねぇんだからな。アラルティア、俺の目的はアメリカ国内で暴れることじゃない。CIAとホワイトハウスに行くことだ。お前もイーリスと同意見か?」
『私は国家代表候補生で、アメリカ軍所属なの。……軍規には逆らえない。お願いヨシヒサ、投降して。あなたが法廷に立てられるように、私も努力するから!』
アラルティアは悲痛に叫ぶようにして喜久へと返答する。イーリスからのため息が漏れ、首を左右に振ってみせる。
『投降はノーセンキュー、領空破りは上等だなんて都合が良すぎだろうが。全部そっちの都合に、なんでこっちが振り回されなきゃならない。昔のよしみだサーフォ、今すぐISを待機状態にしろ』
サンナを地上の大きな岩場に隠してきた箒が、喜久と一夏に合流してくる。
「悪いが強行突破だ、一夏、篠ノ之と二人でイーリスを! アラルティアは俺が押しのける!」
「ああ!」
「わかった!」
『サーフォ、悪いがこっちのホームグラウンドだ。歓迎してやるよ、たっぷりと。お遊戯の時間だ』
『ヨシヒサ、あなたとは戦いたくなかった』
アメリカに渡米しての激しい二回戦が幕を開けた。
◇
上空で黒の塊が幕を張るようにして、防御に徹している。もう一つの外装は紫色。両肩部あたりに浮遊している兵器機構が口を開けば、大きな目のようにも見える。例えるなら、音波を飛ばす蝙蝠《こうもり》だ。ウェビネス・クェイクの超音波兵器、ウェブ・デヴァステーションによる一撃は、あまりにも範囲が広い。
「いちいち足止めされる、きりがねぇ!」
【ペタル前方の重ね掛け三枚が同時に破損したわ。相性はこちらに分が悪いわね】
放たれる振動の衝撃に、ペタルの張り直しが応酬される。途中、槍のように鋭い振動の一撃も混じっている。
直撃すれば、威力を緩和しても外装が凹む微妙な音がマスク越しに耳元まで響く。中遠距離をカバーする兵器は、空を我が物顔で蹂躙し続けていた。
「うおっ!?」
【近接戦は向こうが上よ。下がりなさい】
アラルティアの駆るウェビネス・クェイクが、目の前に迫っていた。
「お願いだから、投降して! 私にはこんな戦闘、無意味なの!?」
「無意味かどうかは、俺が決めることなんだよ!」
駒のような回転六連撃。前方に張ったペタル六枚が即座に破壊される。複数枚で即席の檻を作ろうにも、アラルティアは張られたペタルを逆に利用し、踏み台にして加速を増してくる。
タカのような感性の鋭さのせいで、戦法を組み立てる時間が与えてもらえない。飛ばしていたビット型のグリコシドが、アラルティアの死角を突く。
【型がないタイプね。手数が追いつかないわよ】
稀にだが、背後に目がついているような操縦者がいる。アラルティアはその類で、逆回転して十字ブレードを振るい、ブラックペタルのビットを三枚におろして爆散させる。アメリカ国家代表に一番近い人間の実力は、折り紙付きだった。
春に行われた一夏との試合では、彼は奇跡に近い勝ち方をしたのだ。あのまぐれは、もう通用しない。
「クソが、この際、正攻法なんて無視だ!」
喜久がエネルギー残量を無視して、アラルティアの背後に回り込もうと連続瞬時加速を仕掛ける。変則軌道のまま、ペタルを右腕で円錐状に回転させ、一気に胸部へと打ち込む。
「それはもともとイーリスさんの技よ。普段から本人にされてる私が翻弄されるわけないでしょ」
呆れと虚しさを感じさせる声。アラルティアの体が軟体動物のようにひるがえっていた。
「ぐあっ!」
お返しとばかりにウェブ・デヴァステーション、音波による蹂躙の波がブラックペタルを地上に叩き落とした。一瞬で地面を陥没させ、猛烈な砂塵が舞い上がる。
『私は何度でも呼びかける。この戦いは何も生まない。ヨシヒサ、投降して』
上空からアラルティアの声がオープンチャンネルで聞こえてくる。喜久はブラックペタルを駆って、砂を帯びながら再び上空に上がってくる。
「悪いが引けない。俺はお前の喉笛を食いちぎってでも前に進む」
【来るわ、回れ右して回避しなさい】
「いや、正攻法はもう通用しねぇからな。俺のやり方でいく」
アラルティアが前傾姿勢で、再び急加速して突っ込んでくる。喜久は残っていたもう一基のビットを盾代わりに前方へ滑り込ませていく。
それを読んでいたかのように、アラルティアは機械の腕で進路を逸らし、速度を落とさず突っ込んでくる。
「男女《せながわ》からくらった自爆技だ。覚えとけ」
「なっ!?」
ヨシヒサがブラックペタルで瞬時加速し、直接タックルをかます。さすがに軌道を読み違えたらしく、アラルティアはウェビネス・クェイクの両腕をクロスさせて受け止めた。復帰は打たれ慣れていた喜久の方が一拍早かった。
「くらえや!」
両腕から二発分、グリコシドの片方がウェビネス・クェイクの外装に当たる。ガクンと、アラルティアの体が落ちたように揺れる。
「くっ、操縦が効きづらい!?」
「これで、すばしっこさも少しは減っただろうがよ!」
グリコシドから受けたウイルス注入によって、機械構成プログラムにバグが走る。初めて受ける攻撃方法にアラルティアが戸惑う。ここで畳みかけるように、喜久が再度の攻撃を放つ。
準備していた残り二発目のグリコシドがウェビネス・クェイクの外装へと接触する。それは麻痺毒のように、機体自体を内側から蝕む。
「調子に乗らないで!」
アラルティアが叫び、両肩に浮遊していた振動兵器が最大開閉される。ウェブ・デヴァステーションの準備は完了済みだ。
【背後に回り込みなさい】
「いや、これを待ってたんだよ」
「自爆!?」
喜久がアラルティアの懐に飛び込み、正面から向き合うようにして抱きつく。予想外の動きにアラルティアが驚きの声をあげてしまう。対峙する喜久の怒声がこだまする。
「お前と一緒にな、どっちがぶっ倒れるか我慢比べだ!」
既に発射されていた二つ分の強烈な振動波が、二人をもろともに飲み込んだ。
「ぐあぁあ!」
「きゃあああああ!」
二機の装甲が盛大にひしゃげたあと、地面へと共に墜落していく。
セオリー無視の戦法に、アラルティアの思考が追いつかない。率直な感想として、彼女の強烈な感性をもってしても、喜久の思考判断は読みにくいのだ。
「離れなさいっ!」
【すごいわね、チェス盤を駒ごとひっくり返したわ】
ティアーニの呆れ口調と、喜久の勝利宣言。アラルティアがブラックペタルを引き剥がすが、喜久の方が機体ダメージが少ない。実際、装甲への損傷はアラルティア側に偏っている。なぜか。
それは振動音と破砕音が同時に起こったからだ。喜久は自分へのダメージが行きにくいよう、できるだけペタルで防御していた。それでも貫通ダメージは通るが、アラルティアほどではない。
「悪いな、俺の勝ちだ」
残りのエネルギー量を無視し、瞬時加速から両手に搭載されたグリコシドが緑色の光を放つ。二発分のグリコシドが再びウェビネス・クェイクの機体に触れる。
「しぶてぇな、おい!」
「ヨシヒサアアアアァアアアァア!!」
一発分のグリコシドが、かすってしまい命中しない。アラルティアが半身を捻り、回避してそのまま急回転をかける。
――くる。アラルティアの十八番、十字ブレードによる回転六連撃。
「猿真似、上等なんだよおああぁあぁああ!」
一、二、三、四回。ブラックペタルの両手足に装備した円錐状のペタルを回転させてアラルティアの動きにシンクロ対応。残りの二発を八枚のペタルで防ぎきると、喜久がグリコシドの二発をアラルティアの腹部めがけて打ち込む。
「終わりだ!」
「ぐうぅっ!!」
先程に加えて、さらにウェビネス・クェイクの機体操作が効かなくなる。身動きの取れないままに、アラルティアが叫ぶ。
「ああああああああぁぁぁあぁああぁあああ!!」
「今度、ナイザの墓に挨拶に行く」
喜久がウェビネス・クェイクごと、アラルティアを上空から地上まで蹴り落とした。