上空で花火が打ち上がったような炸裂音が連続していた。雲を突き破っての視界を遮った一撃、一夏が駆る白式が巨大な剣である風雪を横薙ぎに放つ。対して返されてくる強烈なストレートの拳、ファング・クェイクが単分子結晶ナックルで応酬してくる。
質量で圧倒するはずの大剣が衝撃の反動であさっての方向へ流される。
「がら空きだ、チェリー坊や」
「がっ!」
ストレートの拳とは反対側、抉るような単分子結晶ナックルのフックが一夏の脇に入る。
「くそ!」
「おいおい、織斑一夏。ブリュンヒルデの弟なんだろ、もっと根性だせよ。おっと」
黒緋椿の放つ一二枚の光の束が、ファング・クェイクのいた場所を刺し貫く。絶妙なタイミングで、イーリスが個別に計四基のスラスターを噴かして回避した。
紙一重に見えるが、実のところ予測しやすい軌道のせいで全く危機感をもっていない。
一夏は奮戦するが、余裕の表情で返すイーリス・コーリング。そして不調の制御を何とかこなしている箒がいた。とにかく操縦が効かず、前衛を全て一夏に任せている。
一瞬が命取りになりかねない戦闘のさなか、突然に空間がねじれたかと思った。
その直後、白式の右肩装甲が吹き飛んだ。装甲片がまるで紙くずのように弾け飛び、機体をかすめた衝撃が内側まで伝わる。
「ぐっ――!」
ファングクェイクが牙をむき出し、独立スラスターによる六連式リボルバー・ブーストで一夏が翻弄された瞬間を強烈な拳で打撃で打ち抜かれた。それは単分子結晶ナックルよりも威力のある、射出型ワイヤード・パイルバンカーだ。有線式の独立機構は拳よりもレンジを伸ばして白式にダメージを与えてくる。
衝撃で視界が揺れる。シールドバリアーを貫通した痛みに一夏が呻く。
正面、さらに突っ込んでくるファング・クェイク。その勢いに、一夏は咄嗟にスラスターを横噴射。なんとか死角へ機体を滑り込ませ、直撃を回避した。だが、それもほんの一拍遅れたら終わっていた。
「強い……!?」
歯を噛み締める。状況は明らかに不利。というより、戦闘になっていない。イーリス・コーリングの操るファング・クェイクは、完全に“封じ込め”にきている。
スラスターの挙動、動作の精度、近接距離の間合い――すべてが完璧だ。打撃一発一発が、確実に殺意を帯びている。手加減など一切ない。あれは、プロ軍人の動きだ。
「へぇ……今の、かわすか」
通信が割り込む。静かな声。だがその奥にあるのは、乾いた残酷さだった。
「でもさ、私としては――物足りねえ」
瞬間、音速を越えた。
ファング・クェイクが宙を蹴る。四基のスラスターが火を吹き、次の瞬間、もう目の前にいた。放たれた拳。単分子結晶ナックルの直撃。
「っく……!」
一夏は咄嗟に風雪を横薙ぎに振る。だが――重い。
質量を乗せた大剣が、衝撃で逆に軌道を逸らされた。受けきれない。防御の姿勢を取る間もなく、再びナックルが脇腹を貫通しかけた。
「が……ああっ!」
警告音が一斉に鳴り響き、軽く意識が飛びそうになる。
「なあ、織斑一夏。お前、それでもIS操縦者かよ?」
軽く跳ねて離脱するファング・クェイク。嘲るように、背を向けたまま振り返ることもなく通信を飛ばしてくる。
悔しいほどの余裕。まるで猫が鼠を弄ぶような間合い。ここまで実力差を見せつけられたのは、いつぶりだろうか。アメリカ国家代表の名は伊達ではない、軍事大国の中にいて生え抜きのエリート。それがイーリスの実力だ。
一夏は息を荒げながら、スラスターを吹かせて距離を取った。だが、背中に冷たい汗が伝っている。
このままじゃ、本当に――
「……蹂躙されちまう」
その言葉が、喉の奥から漏れた瞬間だった。
警告灯が再点灯。上空――来る。
イーリス・コーリングは、“あえて”距離を取らせた。逃げ道を作り、そこに追い詰めるためだけに。
上からの急降下。拳を構えたファング・クェイクが、超重力の塊となって迫る。
スラスターの全出力を横へ向けて逃げる――その判断は、遅すぎた。
激突。
白式の左脚部が破損。バランスを失い、宙を舞うように一夏の視界が天地を反転する。
「――!」
直撃は回避したが、スピンが止まらない。強制制御の介入を待つ間にも、ファング・クェイクは追撃態勢に入っていた。
「マジで終わるぞ、これ……!」
焦燥が喉元を焼いた。防戦一方。どれだけ踏ん張っても、相手の方が数段上。
なら――せめて、次の一撃は、自分の意思で防ぎたい。 歯を食いしばり、風雪を構える。震える手を己の意思でねじ伏せる。狙われているのは胸部、機体ごと地上に沈めるつもりだろう。
イーリスの拳が閃くその瞬間
――光が差した。
数本のビームが斜め下からファング・クェイクの進路を遮った。強烈な閃光、そして耳鳴りのような高周波音。
「面白れぇ!」
イーリスが獰猛な笑顔とともにスラスターを噴かす。わずかに攻撃が逸れた。
その空間に、黒緋椿が突入してきた。
「一夏!」
「箒――っ!」
駆けつけた少女の瞳は、炎のように燃えていた。視界が赤く染まっていた。警告灯ではない。怒りだった。悲鳴だった。
「……っ、来るな、箒!」
一夏の制止など聞こえないかのように、黒緋椿は一直線に突進していた。鬼屏風を展開し、一二本の光束がファング・クェイクの進路を阻む。それは、仲間としてではなく――戦士としての覚悟の飛翔だった。
「私は戦う、全て受け入れて制御を成し遂げてみせる!」
口元から力強く吐き出された言葉。その瞬間、黒緋椿の後方スラスターがフル出力で噴き上がり、衝撃波が空気を引き裂いた。
距離はわずか十数メートル。だが、その間にファング・クェイクがいた。
「ほう、割って入ってくるのかい。いい度胸だよ、小娘」
イーリス・コーリングの声音に、いつもの余裕があった。敵の顔を見て、それが“あの第四世代機”を駆る篠ノ之箒だと理解してなお、怯むことはなかった。
むしろ――好機とばかりに。
「全ての力で語るのがIS乗りだろう?」
瞬間、ファング・クェイクの機体が反転する。複雑な関節機構がうなりを上げて可変し、まるで獣が体勢を整えるような異形のシルエットを取る。
箒はそれを正面から迎え撃つ、両腕に二振りの剣を構えながら、暴走する暴れ馬の状況を抑えつけて。
「来い……ッ!」
風を裂いて、互いの剣と拳が交差する。
ガァン――!
凄まじい音が空間を震わせた。黒緋椿の両の剣が共に弾かれ、同時に装甲の一部が裂けた。ファング・クェイクの単分子結晶ナックルが深々と食い込んでいた。
だが、それでも箒は下がらない。
「まだ、終わらないッ!」
ブーストで反転し、黒緋椿の足が回し蹴りを繰り出す。ファング・クェイクが受け身に入るが、直撃寸前で再び軌道を逸らし、スラスターで距離を取った。
戦闘空間に緊張が走る。
イーリスの目が細くなる。数拍の静寂。次の動きは、誰にも読めない。
「カミカゼは充分だ、もう終わりにしてやるよ」
イーリスが、拳を引く。
そこから繰り出された一撃は、もはやただの“攻撃”ではなかった。
個別連続瞬時加速。四基のスラスターが個別に連続噴射し、三次元に軌道が変化するボクサーのようだった。単分子ナックルにスピンと破砕力を上乗せする。まるで隕石の落下のように、質量が殺意に変わって迫る。
箒は迎撃の構えを取った。だが――間に合わない。
ドガァンッ!!
黒緋椿の腹部装甲が、音を立てて砕けた。
衝撃波が全身を貫いた。操縦席が警告で真っ赤に染まり、各部から火花が散る。緊急冷却が作動するが、機体はもう制御不能。
「く……っ、体が……!」
装甲が剥がれ、バランスが崩れ、空を漂う瓦礫のように機体が傾いた。
そのまま、重力に引かれるように――
「箒いいいいいいいいぃいいっ!」
一夏の絶叫が、全通信を割って響き渡った。
黒緋椿が地上へ落ちていく。隕石から燃えかすのように揺れながら、音もなく沈んでいく。
その一瞬の光景は、まるでスローモーションのようだった。
仲間が。友が。自身にとって大切な人が、今――墜ちていく。
引き裂かれるような痛みが胸を貫いた。
「……ッッ!」
拳が震える。視界がぼやける。システムが怒鳴り続けているのに、すべてが遠くなる。
だが、その中で――
一夏の中で、何かが静かに崩れ落ちた。
冷静さ? 恐怖? 自制?
――そんなものはもう、どうでもよかった。
風雪を握る指に力が入る。シールドの残量を無視して全力出力を要求する。
「イーリス・コーリング……」
その声は、氷のように冷たく、そして焼けた鉄のように熱かった。
「——てめぇだけは、絶対に許さねぇ」
「負け犬の遠吠えはよそでやれ、チェリー坊や。次はあんたの番だよ」
◇
「おはよう」
――また、ここか。
その一言が耳に届いた瞬間、箒は薄く目を開けた。最近はこの場所に招かれる頻度がやけに増えた気がする。夢のようでいて、確かに存在する――そんな感覚に、彼女はゆっくりと頭を横に傾ける。
そこは、水面と空の境目だけが広がる、果てのない空間だった。
どこまでも静かで、誰にも邪魔されることのない虚空。ここは、ISと深く繋がった者だけが立ち入ることを許された、意識の奥底にある会座。
「ああ、おはよう」
応える声は、自分のものだとすぐにわかる。身体が軽い。思考もふわふわとしたままで、足元さえ定まらない。
澄み渡る地平線の先まで、くっきりと分かれた空と地が続いていた。視界にはそれだけしか映らないのに、なぜか心は静かに、深く落ち着いていく。
夢の中にいるような感覚のまま、箒はそっと立ち上がった。
足元に視線を落とすと、着物姿の少女が一人、こちらを見上げていた。年端もいかぬような面差しでありながら、その瞳はすべてを見透かすかのように揺るがない。
その笑顔は柔らかく、そしてどこか懐かしい。
箒は片手を胸に当て、静かに息を吸い込む。
そして、吐き出すと同時に眉を寄せ、瞳に力を込めるようにして言葉を紡いだ。
「紅椿。私は……全てを受け入れる。破壊も、再生も、心のありようがどんな姿に変わろうとも。もう、なにがあってもお前を拒絶しないと誓う」
「いいの?」
「ああ、構わない」
紅椿は無言のまま扇を広げ、その口元を覆った。
次の瞬間、頭上には暗雲が渦巻き始め、晴れ渡っていた空は濁った墨のように塗りつぶされていく。
足元の水面は音もなく消え去り、代わりにひび割れた大地が露わになった。
乾いたその大地には、やがて燃え盛る炎が現れ、見る間に空気をも焼き尽くすほどの灼熱が広がっていく。
紅椿が扇を下ろすと、それは銀色の光を帯びた面へと変わっていた。
その口元には、無垢で残酷な微笑が浮かんでいる。
「これでも?」
「もちろんだ。これも……私の一部なのだろう? だったら――」
箒はゆっくりと拳を握り締める。その指先からは微かな震えが伝わるが、意志は揺るがない。
「私はこの燃え盛る大地を、しっかりと踏みしめて歩き続けるだけだ」
強く、真っ直ぐに。彼女は自らの決意を言葉にして、吐き出した。
するとその言葉に応えるように、紅椿はぱっと表情を緩め、まるで子どものように無邪気な仕草で箒に抱きついた。
その小さな身体のぬくもりが、現実よりも現実味を帯びて、箒の胸に沁みわたっていく。
「わかった。私は、貴方の鏡。あなたは、何を望むの?」
「私は……誰かを守りたい」
言葉に詰まりそうになりながら、それでも箒ははっきりと続ける。
「一夏を。大切な人を、守れる人になりたい。それ以外の感情はいらない。怒りさえも飲み込んで……私はその先を目指したいんだ」
その瞬間、大地を覆っていた炎がふっと掻き消えた。
代わりに、ひび割れた大地の隙間からは若草の芽が顔を覗かせ、見る間に新緑が広がっていく。
風が吹いた。桜の木々が忽然と姿を現し、満開の花弁が辺りを埋め尽くす。
「興隆には、金を」
紅椿は手にした扇をくるりと裏返し、きらびやかな金色の面を見せる。その動作も、どこか儀式めいていて美しい。
「もう時間だね。――いってらっしゃい」
「ああ。そうさせてもらう!」
箒は笑みを浮かべ、力強く頷く。
その背には、確かにひとつの決意と、希望が芽吹いていた。
◇
最早、満身創痍《まんしんそうい》という言葉しかない。一方的に攻められ続けた一夏は白式のひしゃげた装甲と共に、体も精神もおい詰められていく。
戦闘途中から雪片弐型で応戦し小回りの利く武装でも、イーリス・コーリングには全くかなわない。銀の福音の時の絶望感はないが、それでも強敵だった。
片目が半眼になり、息も上がっている。対してイーリスは全く余裕そうにしかみえない。
最後の打撃を受けて吹き飛ばされてから、距離を保ち再び構えの姿勢を取る。イーリスはオープンチャンネルを開きっぱなしで話しかけてくる。
「織斑一夏、ここらで投降しろよ。もういいだろ、あんたじゃ私にはかなわない。ま、まだやるってんなら、機体も命も保証できないけど付き合ってやるよ」
挑発に似た声に、疲弊しきった一夏が奥歯を噛みしめる。胸の奥から湧き上がってくる怒りと悔しさ、そして――絶対に負けられないという意地。それが、半壊した白式をもう一度動かす。
「――投降なんてするか!」
一夏が咆哮と共にスラスターを吹かし、間合いを一気に詰める。右手の雪片弐型が煌めきを放ち、一直線にイーリスへと振り下ろされる。狙いは首元。全てを終わらせる、渾身の一撃だった。
だが――
「遅いね」
イーリス・コーリングは、わずかに身体を傾けるだけでその軌道を見切っていた。まるで舞うような所作で剣をかわすと、隙を突いて一歩踏み込む。
「甘いんだよ、坊や」
その瞬間、鋭く閃いたのは、単分子結晶ナックルを纏った彼女の拳。カウンターとして繰り出されたその一撃は、まるで雷鳴のような衝撃を伴って、一夏の腹部に叩き込まれた。
「ぐあっ……!」
雪片弐型が手から滑り落ちそうになる。一夏は歯を食いしばって耐えるが、機体の内部警告が再び赤く点滅し始めていた。胸に焼けるような痛みが広がり、一点集中でダメージを受けているシールドバリアはさらに崩れ、白式は機能の限界へと近づいていく。
だがそれでも、一夏は膝をつかない。立ち上がる。顔を上げる。その視線の先には、なおも涼しげな笑みを浮かべるイーリス・コーリングがいた。
地上から点滅がみえた。ショットガンのような閃光の束が回避しそこねたファング・クェイクの装甲を掠る。
「おいおい、復活かよ。しかも第二形態《セカンドシフト》してやがる」
紅椿がゆっくりと上空へ垂直上昇し、一夏の横に並ぶ。
機体の形は変わっていないが、装甲の配色が変わっていた。メインカラーは桜色に、黒のサブカラー、ラインはゴールド。あきらかに以前の雰囲気とは異なっている。
「行くぞ、一夏!」
「ああ、箒!」
紅椿と並び立った白式は、空間を裂く勢いで突進する。
ファング・クェイクを挟み込むように展開し、進路を遮った。
その意図を察したイーリス・コーリングが鋭く舌打ちを漏らす。だが、遅い。
まず動いたのは箒だった。
紅椿が急加速し、スラスターの焔を引いてファング・クェイクへ突進する。
その攻撃は致命打ではない。ただひたすら、敵の自由な動きを封じるためのものだった。
鬼屏風を展開し、鮮烈な光束がファング・クェイクを取り囲む。
直撃は避けられる。しかし、イーリスは一挙一動を拘束され、回避にも制限がかかる。
「今だ、一夏!」
箒の声が響く。
一夏は迷わず白式を操縦し、紅椿の元へ向かって飛び込んだ。互いの機体がわずかに接触するほどの距離まで寄せる。
「箒!」
「ああ!」
箒は紅椿の絢爛舞踏システムを起動した。紅椿の全身がほのかに桜色に輝き、そこから無数の微細な光条が発生する。それらは優しく、しかし確実に白式へと流れ込んでいった。
絢爛舞踏、起動――エネルギー補給開始。
白式のコクピット内で、システム音声が低く告げる。スラスター出力、武装システム、センサー群――すべてのエネルギー残量が急速に回復していく。
「っ……ありがとな、箒!」
胸に込み上げる感情を抑え、一夏は叫んだ。
白式の動きが軽くなる。
痛んだ機体は変わらない。しかし、エネルギーは満充電。
もう一度、全力で戦える。
箒は微笑み、そっと紅椿を後方へと下げた。
支援に徹し、今度は一夏を信じて背中を預ける。
「行け、一夏!」
「ああっ!!」
叫びと同時に、白式が宙を駆けた。ファング・クェイクは、紅椿の牽制から逃れようと足掻いていた。
しかし、白式が真っ直ぐに間合いを詰めたことで、完全に動きを封じられる。
「おっと、しつこいな!」
イーリスがナックルを振りかぶり、迎撃の態勢に入る。だが、そこに間髪入れず、紅椿が再び鬼屏風の光束を撃ち込む。動きを読んでいる。もはや逃げ道はない。
「終わらせるっ!」
一夏が叫び、雪片弐型を閃かせる。
白式のスラスターが全開に噴き上がる。
刹那、音速を超える突進。雪片弐型の刃が、正確に、鋭く、ファング・クェイクの肩口を斬り裂いた。
ガギャギャギャッ――!
火花と破片が散る。ファング・クェイクの装甲に深い傷が刻まれた。
「ぐっ……!」
イーリスが呻き声を上げる。だが、それでも彼女は諦めない。反撃に出ようとした瞬間、再び紅椿の光束が追撃する。牽制、そして集中砲火。完璧な連携だった。
「うおおおおっ!」
一夏が叫び、雪片弐型を振り抜く。
だが、イーリス・コーリングもただではやられない。ファング・クェイクのスラスターが火を噴き、強引に機体を捻ると、単分子結晶ナックルを反撃に叩き込んでくる。
「なめんなよ、坊やぁっ!」
その拳が、白式の右肩をかすめた。
わずかに装甲がひしゃげ、機体が揺れる。
「ぐっ……!」
一夏は奥歯を噛み締め、必死に体勢を立て直す。
同時に、紅椿が横合いから駆け込んだ。
ブースターを吹かし、光束を交差させてファング・クェイクの進路を遮る。
「逃がさない!」
箒の声が空間に響く。
その声に応えるように、一夏も体勢を立て直し、再び前へと踏み込んだ。
二機が、交互に、絶え間なくファング・クェイクを叩く。一瞬でも止まれば、逆にやられる。
だから、止まれない。死力を尽くして、攻め続けるしかなかった。
「く、しつこいんだよッ!」
イーリスが叫び、ファング・クェイクのナックルを乱打する。その猛攻に、紅椿が鬼屏風を展開して応じる。
ガギギギギッ――!
光束と拳がぶつかり合い、空間がきしむ。その一瞬の間に、一夏が白式で突撃する。
「せぇぇぇいっ!」
雪片弐型の刀身が、ファング・クェイクの腰部を斬りつけた。浅い傷。しかし、確実に蓄積していく。ファング・クェイクの機動が目に見えて鈍る。損傷が蓄積し、推進系にも不具合が出始めていた。
だが――
「まだ、終わらねぇッ!」
イーリスは、なおも吠える。スラスターを最大出力で点火し、ファング・クェイクが突進してくる。
「箒っ、下がれ!」
一夏が咄嗟に叫ぶ。紅椿が高速回避をかけ、回避ラインを開ける。ファング・クェイクが一夏へと拳を振り下ろす。全力の、渾身の一撃だった。
「来いよ!」
一夏は恐怖を飲み込み、正面から迎え撃つ。スラスターを吹かし、雪片弐型を真正面から突き上げた。
激突。
空間が軋む。
白式の剣が、ファング・クェイクのナックルと真正面でぶつかり合った。
力と力、意志と意志。どちらが勝つか、ただそれだけの戦い。
押される。力負けする。このままでは――だが、その瞬間だった。
「……っ、零落白夜《れいらくびゃくや》ッ!」
一夏が、白式の必殺機能を起動した。白式のコアから噴き上がる、凄まじいエネルギー量。機体全体が銀色に輝き、雪片弐型の刀身もまた、純白の光を帯びる。
システムは、すべてを一撃に集中するためだけに最適化される。すべてを終わらせる、一度きりの零落白夜。
「うおおおおおおおおっ!!」
一夏が咆哮とともに、全推力を込めて突き上げた。雪片弐型が、純白の閃光と化し、ファング・クェイクの胸部へ――
ズバァァァァンッ!!
直撃。
ファング・クェイクの胸部装甲が砕け、内部フレームがむき出しになる。そこへ、さらに雪片弐型の刃が深々と食い込んだ。機体が軋み、悲鳴を上げる。
「が……あ……!」
イーリスの呻き声が通信越しに漏れる。だが、もう終わりだった。イーリス・コーリングの瞳に、驚愕と――僅かな笑みが浮かぶ。
「――やるじゃねぇか、坊や……」
零落白夜の一撃を受けたファング・クェイクは、完全に推進機能を停止し――無防備なまま、ゆっくりと、地上へと墜落していった。
戦場に、静寂が訪れる。一夏は、ぐらりと機体を揺らしながら、かろうじてホバリングを維持する。箒の体力も、既に限界に近い。
だが――二機とも、まだ飛んでいた。
「……勝った、のか?」
一夏が、かすれた声で呟く。
その隣で、箒が紅椿を操作し、疲れ切った笑みを浮かべた。
「ああ……私たちは勝ったんだ」
「いや、箒のおかげだよ。ありがとう」
互いに、顔を見合わせ、微笑み合った。
それだけで、言葉はもう十分だった。
「喜久の加勢に行こう」
「ああ、あっちもギリギリのはずだ」
上空には、どこまでも澄み切った青空が広がっていた。
その青さが、どこまでも、どこまでも優しかった。