ln   作:kiarina

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[ NumberingTitle_買イ物ノ時間_偽者ヘノ警告_車内ノ3人 ]

 

 三巻分

 

 ― 1 ―

 

 

 ――起き――てくれ喜久、喜久」

 ん? 揺すられてる……?

 誰だよ……。

 まだ外が暗いじゃん、夜明け前になにやってんだよ。だいたい今日は休みなんだから、好きなだけ寝かせろや。

 俺は、無理やり起こそうとする奴にイラつきながら目を開けた。

 そして、口元辺りになにかが当たって――

「 !? むぐっ!」

「落ち着け。静かにしてくれないか、横で寝ている一夏が起きてしまう」

 おい、なにやってんだ……。

 口を塞がれて言葉が出せない。目の前には人差し指を口に当てながら、こっちに顔を度アップで近づけているボーデヴィッヒがいた。

 視線だけをずらして動かしてみれば、同室の一夏が幸せそうに寝ているのが確認できる。俺が冷静さを取り戻したのを確認すると、奴はすごいことを要求してきた。

「……お、お願いがある。私の部屋で時間まで寝てくれて構わない。だ、だから、今だけ部屋を交換してくれないか?」

 ボーデヴィッヒは恥じらいながら言っているが、行動が大胆すぎて可憐さが微塵も感じられない。というか、もはや常識がぶっ飛んでいる。恋が人を盲目にするのは理解できるが、これはなにか違う気がした。

 大体、お前どうやって部屋に入ってきたんだよ……?

 ボーデヴィッヒがゆっくりと俺の口から手を外す。自分の口元に手を平たくして当てると、一夏に俺の声が届かないようにする。そのまま、彼女と互いに小声で会話を交わした。

「鍵はかかってた筈だけど? それと、夜這いのパターンがなんで逆なんだよ……」

「入り口のドアはピッキングした。私の技術にかかれば、あの程度のことなど造作も無い」

 おい、それ犯罪。そして、絶対に威張ることじゃない。しかも、自慢げに語るな。

 俺も屋上の鍵をこじ開けたから人のこと言えないけど。

 呆れながらボーデヴィッヒに確認を取る。

「部屋交換なんて言ってるけどな、同室のシャルロットには許可を取ってんのかよ?」

 取ってるわけないだろうな……。

 ボーデヴィッヒは心配するなと言った表情で、さも当たり前のように話す。

「あいつなら、思考が柔軟だから大丈夫だろう」

 やっぱりか。なんだ、この絶対君主は……。

 理由が余りにも酷すぎる。言われた通りに実行したら、きっと俺と同室してた最後の一夜みたいなことが起きるに違いない。シャルロットの怒り顔は、もう満腹状態だった。

 しょうがなく、俺は溜息を一つ吐いてボーデヴィッヒの我侭に付き合うことにする。

「いつもは篠ノ乃が一夏を起こしに来る。その時間まで俺は席を外させてもらう、これでいいか?」

「それで構わない、ありがとう喜久」

 感謝するなら寝かせてくれよ……。

 今度は進入されないように鍵を五重ロックにしてやろうかと考える。しかし、お金も馬鹿にならなそうだ。それじゃなくても、こいつは平気で突破してくる気がした。

 適当に服を着て歩いていくと、廊下側のドアに手をかける。後ろを振り返れば、手を小振りにする可愛いしぐさのボーデヴィッヒがいた。

 いつも、そうしてりゃいいのに……。

 しょうがないと諦め、このまま一階の入り口近くにあるロビーで朝刊の新聞でも読んで時間潰すことに決める。俺は一人ごちりながらドアを閉めて部屋を後にした。

 

 

     ◇

 

 

「なんで教えてくれなかったんだ……。俺は喜久のことを恨むぞ」

 一夏が酷い顔をしながら俺のほうを見てくる。ボーデヴィッヒ襲撃の後、俺が部屋に戻った時のことだ。予想通りというかなんと言うか、篠ノ乃が一夏を攻撃してサンドバッグにしていた。

 傍目から見て、なんとも痛々しい光景がそこに広がっていたのだった。

 溜息を吐きながら適当に返答する。

「俺だって被害者だ。文句は絶対君主に言ってくれよ? だいたい俺だって、起きたときには首に軍用ナイフを当てられてたんだからな」

「う、それは嫌だな……」

 まあ、ナイフは嘘だけどな。

 一夏が俺の嘘に青い顔をして納得する。今現在、俺たちは四人組みで電車に乗って買い物に出かけていた。

 一緒に行動しているのは俺たちの他に二人、セシリアとシャルロットが対面席に座っている。

「……へぇ、一夏。そんなことがあったの。通りで、起きたらラウラが部屋に居ない筈だよね。僕は、やっと理由がわかったよ」

「待ってくれシャル、俺は被害者だ!?」

「そうだぞシャルロット。例えボーデヴィッヒの裸を見ても、一夏が被害者だ。俺は一夏を擁護するからな。ちなみに俺は、ボーデヴィッヒがシーツを体に巻いてたのしか見れなかったけど」

 適当に思いついた爆弾発言を放り込むと、一夏が顔を勢いよくこっちへと向けてくる。セシリアは俺の発言に対して顔が面白いように変化していた。

 前半の言葉で怒り、後半の言葉で安堵している。

「喜久、それは擁護になってないぞ!?」

 なんだよ、裸は適当に言ってみただけなのに当たりかよ。一夏の奴は幸せ者だな。

「一夏、二人で話をしようよ……。そうだな、人の少ない車両へ移動しようか。もちろん、付いて来るよね?」

 俺の知っている中で、シャルロットが一夏に最大級の笑顔を向ける。そして、完全に目から光を失っていた。

「覚えてろよ、喜久っ!」

「安心しろ一夏、骨は拾ってやらんから」

 哀れだな。

 一夏が苦悶の表情でシャルロットに連行されていく。かくいう俺は、早朝四時起きのせいで眠たくてしょうがなかった。

 なんで自分までと思いながら、買い物に引っ張り出してくれた人間の方を見る。強引に連行してくれたセシリアを恨みがましく思うが、本人は至って楽しそうな顔をしていた。

「喜久さん、今日は一日楽しみましょうっ♪」

 俺は楽しく寝たいんだよ……。

 対面でセシリアが嬉しそうに笑っている。しょうがなく、会話に付き合って適当に返答する。

「買い物って、なんだっけ?」

「私、水着を新調したく思っておりますの」

 ああ、臨海学校用ね。俺は、あるから買わんけど。

「セシリアはスタイル良いもんな。普通に海に行ったら、男を選び放題だろうしな」

「まあ、それは本当ですか!?」

 言葉の威力ってすごいな、言うのやめときゃ良かった……。

 セシリアが俺の言った言葉に反応し、すごい幸せそうな顔をしている。

「本当だよ。まあ、俺はもっと大人の女性が出す、魅力みたいなのがあった方が良いけど」

「ぐぅっ!!」

 セシリアは、まるで頭に漬物石が落下してきたような声をその場であげた。

 どんよりと沈み込こみ、色褪《いろあ》せた劣化フィルムのようになる。

「フッフフ。どうせ、私はまだ子供ですわ……。く、しかし、いつか必ず振り向かせて見せますから!?」

 発される言葉を聞いてると、なにやら本人の中で自己完結したらい。なんとも悔しそうな表情をしていのが解る。

「そんなに捻くれるなよ。今日は最後まで、ちゃんと買い物に付き合うからさ?」

「それは当然です」

「はいはい」

 俺は適当に手を振って答えた。

 

 

     ◇

 

 

 これは、男が一人で入店すると完全に浮くな……。

 目的のアウトレットのような場所に着くと、俺たちは女性用水着売り場の店に入って行く。既に入店して確認できるのは、女性かカップルしか見当たらなかったことだ。

 他に当てはまる場所があるとすれば、IS学園も似たようなものだろうか。

 そんな中で、今現在の俺はといえば、目の前の問題のせいで盛大に気分が萎えている。

「喜久さん、これなど如何でしょうか?」

「う~ん。右の方が見栄えいいけど、左はセシリアらしさが出てるんじゃないのか?」

 これで、なん着目だよ……。

 セシリアが両手に一着ずつ水着を携えて、俺に選ぶよう聞いてきた。

「ありがとうございます。でも、ちょっと色が私好みでは、ないのですわよね……」

 セシリアが、またなにかに悩んだような仕草をして他の水着を選び始めていく。かれこれ、こんなやり取りを三十分ほど繰り返していた。

 セシリア、なぜ俺に聞いてから商品を戻して他の水着を取り出すんだ。お前は俺に聞く必要があるのか……?

 経験から得た結論、女性との買い物は疲れる。俺は不毛なやり取りでストレスを感じ、女子との買い物は二度と一緒に行きたくないと思った。

 そして、当然ながら音も上げる。

「なあ、俺少し疲れたから外のベンチで休んでて良い?」

「ええ!? 今日は一緒に最後まで付き合って下さると、約束したではありませんかっ!」

「俺は限界値を超えました。お願いですから休ませて……」

 セシリアの制止を振り切って、店の外にあるベンチを目指す。彼女は「まったくもうっ!」と、再び水着を選び始めた。

 適当なベンチに腰掛けて、ゆっくり外から店の中を覗く。すると、突然シャルロットが一夏を試着室に連れ込んだのが見えた。

 今朝のボーデヴィッヒも大胆だったが、あいつも感化されたのだろうか。

「市隈。こんなところで、なにをしている?」

「あ、織斑先生。お疲れさんす」

 声のした方へ顔を向けてみれば、織斑姉と山田先生がいた。

 ボーデヴィッヒと約束したあの日から、俺は織斑姉を織斑先生と呼んで悪態をつくのを止めている。織斑姉は最初に言われた時は驚いていたが、今はもう当たり前になっていた。

「まさか、女性用水着で臨海学校に参加する気か?」

「それこそまさかでしょう、俺は単なる付き添いですね。セシリアの水着選びで不毛な会話に付き合わされて、今は休憩中ですよ……」

 遠巻きに、セシリアを手で指しながら返答する。すると、教師の二人組みは、俺に対して同情したような苦笑いをしだした。

「市隈、覚えておけ。女はな、別に男に選んで欲しいわけじゃない。結局は自分が気に入ったものが見つかるまでは、永遠と探し続けるんだ。良い勉強になったな?」

「良く覚えておきます。絶対に忘れないし、次から女性との買い物はごめんです」

「それじゃ、私と山田先生もここに用があるんでな。失礼する」

「あい」

 教師二人に軽く手を振り、見送ってから気づく。

 ――あれ!?

 一夏って、まだシャルロットと試着室から出てきてないよな……?

 そして、ことの事態に驚愕する。織斑姉が水着を選びながら、どんどん一夏たちの方へ近づいていく。これは二人して終わったなと悟り、両手で合掌した。

 そのまま座っていたベンチを後にして、俺は適当な自動販売機を探し始めた。

 

 

     ◇

 

 

 今日は適度に動いたな。

 歩きながら大きく欠伸をする。一夏とシャルロットが山田先生に怒られてから、俺たちは昼飯を食べて帰宅のためにアウトレットの出口に向かって歩いていた。

 ついでに後をつけて来ていた凰が合流している。凰と一緒だったボーデヴィッヒは残ってなにかをしていくらしく、今は別行動を取っていた。

「なあ、喜久?」

 ふいに一夏に声をかけられる。

「ん?」

「あの前方で手を振ってる人って、お前を見ながらみたいだけど。知り合いか?」

 ―――――――足が動かない。全身が凍りついたように歩みを止めた。

 頭の中が大混乱を始める。前方には、もう俺の前に三年間は現れないと約束した人間が当たり前のように立っていたからだった。

 ニコル、なんで……、お前がここにいる!?

 俺はできるだけ平静を装って、混乱しながら口を開く。

「ああ、ありがとうな一夏。アレックスは俺の知り合いだ。悪い、なかなか会う機会が無いから、ちょっと先に帰っててくれないか?」

「え、でしたら私、アレックスさんに挨拶をしたいのですが」

 やめろっ!? 絶対に駄目だっ!!

「電車乗って戻ったら良い時間だろ? だったら、早く帰宅した方が良いしな。今度時間が会ったらみんなに紹介するからさ」

 他の連中を無理やりに促して帰らせようとする。殆どが納得したが、その中で一人だけ例外が出た。

「喜久、汗かいてるよ?」

 冷や汗が出てるのかよ? そんなもん、今の俺には麻痺しててわかんねぇんだよ。

 シャルロットに言われて気づく。

「ああ、ちょっと暑いよな今日って」

「今は曇りで、そんなに暑くないよ?」

 お前は、勘が鋭すぎんだよっ!!

「ほら、さっき俺はホットコーヒーを飲んでただろ? だから汗が出たのかもな。みんな悪いけど、俺ちょっと会ってくるから。待つ必要なんてないからな?」

 みんなと別れて、ゆっくりと小走りに向う。目的の人物の前で止まると、そのアメリカ人は嬉しそうに手を振った。

「やあ、サーフォ君。悪いけど、少し付き合ってくれるかな?」

 三〇代の細身の金髪男性。サングラスにスーツを来たニコルは、俺に背を向けてゆっくりと歩き出した。

 

 

 ― 2 ―

 

 

 一夏たちと別れ、俺は別行動している。現在、カフェテリアで一緒にテーブルを囲っているのは、俺がIS学園に入る原因を作った男だった。

 CIAの人間、ニコル=アノイが足を組みながら俺のほうを見ている。

「今日は天気も良い。僕はね、スキューバダイビングが好きなんだよ。今が仕事中じゃなきゃ、海に潜っていたいね」

「俺はお前の趣味なんて聞いちゃいねぇ」

 苛立って舌打ちをする。奴がさも当たり前のように俺以外のほうへと視線を移す。

「それにしても、サーフォ君はもてるみたいだね。座ったらどうだい、お嬢さん。そんなとこに立ってても、疲れるだけだろう?」

 馬鹿やろうが、俺は先に帰れって言ったはずだぞ!?

 心臓が跳ねた感覚ともに、勢いよく後ろを振り向く。そこには、息を切らせているシャルルが立っていた。

「はっは、はぁ。喜久っ!」

 焦りながら辺りをぐるりと見回す。

 一般人に偽装してる人間を見つける技術なんて、俺には持ってないんだ。目の前にいるクソ野郎の部下はどこに、どれだけの人数がこの場にいる?

 くそっ!!

「喜久、大丈夫?」

「一夏たちは、どうした?」

「乗り込んだ発射寸前の電車からギリギリでホームに飛び出したから、誰も追ってくることは出来ないよ。いるのは僕だけ」

「……わかった。シャルロット、俺の隣に来て座れ」

 シャルロットを座るように促して、隣に座らせた。そして、彼女の選択が間違ったことを伝える。

「シャルロット、お前の心臓の辺りを見ろ。ゆっくり見て、絶対に騒ぐな。俺がお前を絶対に守ってやるから安心してろ」

「……え?」

 シャルロットは自身の体に視線を走らせて行く。ゆっくり心臓辺りに持っていくと、明らかに服装と関係ない小さな光が輝いている。そこには死神が鎌を振り下ろす寸前のように、赤いレーザーサイトの点が4つ程うっすらと浮かび上がっていた。

 彼女を狙っていることを認識させると、その斑点はすっと消滅していく。ISの待機状態のアクセサリーを持ち歩いていない俺と違って、シャルロットはいつもそれを普段から持ち歩いている。ISは強い。が、それは展開後の話が前提になる。銃器類から放たれる弾丸のスピードとISの展開速度はどちらが速いか。

 それは、明らかに前者だ。

 今の状況を理解したらしく、俺の顔を怯えたように覗き込んでくる。それに対して俺は精一杯、笑い返す。

「今日は、帰ったら面白い話を聞かせてやるよ。だから、お前は怯えずにリラックスしてればいい」

「……わかった。僕は喜久を信じる」

 シャルロットは覚悟を決めて、自身の手を俺の手の上に被せて強く握ってきた。

「話を進めて良いかい? お嬢さんが変なことをしなければ、万事丸く収まるんだよ。この意味がわかるね?」

 ニコルはコーヒーのカップを持って中身を啜ると、サングラスを外して俺を見る。白人独特の青い目がこっちを見据えてきた。

「この国では、割と融通が効くことがあるんだ。今のは米軍基地の知り合いに借りたものなんだけどね。なかなか、良い演出だろ?」

 奴が嬉しそうに語ると、指でトントントンとテーブルを叩く。

「今日はね、サーフォ君にとっても良いお知らせを持ってきたんだよ。ところで、そのお嬢さんはどこまで君の事を知ってるのかな?」

「数少ない理解者だ、それで説明は足りんだろ。もったいぶってないで、用件だけ言えよ。また、前みたいにあんたの部下を半殺しにするぞ?」

 余裕の態度で挑発すんじゃねぇよ、クソ野朗が。

 俺が答えると、ニコルはピューイッと、にやけながら口笛を吹く。

「そう熱《いき》るなよ、少年。老けるのが早くなるぞ? そんなことしてたら、君の大事なものまで失う可能性が出て来るかもな。もしかしたら二秒後には、ここに少女の遺体が転がってるかもしれない」

「……もう一言、余計なことを喋ってみろよ? そしたら俺は迷わず、お前の首を全力でへし折りに行ってやる」

 ニコルの口から、身近な知り合いに危険性が出ることを示唆されて、なにかが切れそうになる。俺の感情は、既に破裂しかけていた。

「もっと、余裕を持たないと世の中渡っていけないぞ? じらすのも可哀想だしな、そろそろ教えてやる。軍の依頼主がな、CIAの幹部を突っつき始めた。君をね、いつまで探してるんだってな。要は、いつまでたっても出てこないサーフォ君の情報にお冠なんだよ。上司は君のことを報告するか迷ってるみたいなんでな。一応それを教えといてやろうと思ったのさ。まあ結局のところ、CIAはIS学園との摩擦を望んじゃいないから、三年は君を泳がせていたいところが正直な考えだ」

 「どうだ良い情報だろう?」と、ニコルは手振りを交えながら俺に説明する。喉がごくりと鳴った。

 自身が冷や汗と、極度の緊張に陥っていることに気づく。焦点がぼやける。ズッと椅子がずれる音がすると、ニコルが立ち上がっていたのに気づいた。

「今日はそれだけを伝えに来たんだよ。ここは僕の驕りだ。この後は、可愛いお嬢さんと楽しいデートを楽しんでくれ。それと、僕が君たちの視界から消えるまで、おかしな事はしない方が身のためだよ? それじゃあ、サーフォ君。良い休日を」

 一万円札が一枚テーブルの上に置かれる。ニコルが歩き出すと、俺は奴が視界から消えるまでずっと見続けた。

 ニコルが完全に見えなくなると、テーブルの上に赤い斑点が点滅するように現れる。それはモールス信号で言葉を伝えてきた。

 コドモ ヲ オドス ノ ハ シュミ ジャナイ ワルカッタナ

 

 ダンッ!!

 勢いよくテーブルを叩く。カップが宙に放られ、そのまま落下して割れる。周囲に居た客がみんな俺の方を向いた。

 ――クソクソクソッ!! なめやがってぇええええっ!!

「喜久、落ち着いて」

 背中になにか感触が当たる。シャルロットが後ろから抱きついてきたことに気づいた。

「僕は喜久に守られた。だからここに居るの」

「だからどうした? 俺は――無力だ。結局、誰も守れない。だから、母さんは死んだんだ」

 大嫌いなISに頼ったって、搭乗時間には限度がある。エネルギーが切れたら、そこで終わり。俺の能力もリスクだらけの諸刃の剣だ。

 今、この場でシャルロットが死んでたかもしれない。下手をしたら、大切な姉さんも殺されてたかもしれない。視界が滲んでいく。堰を切った感情を止めることが出来ない。

 シャルロットが、俺の体をさらに強く締め付けてくる。

「聞いて喜久。僕はね、ずっと迷ってたことがあるの。でも、決めたよ。僕は貴方に付いて行く。一人が辛いなら、僕が一緒に居てあげる。喜久は一人じゃないの、だから泣かなくて良い」

 俺とシャルロットは、しばらくの間そこから動くことは無かった。

 

 

 ― 3 ―

 

 

『かはっ……』

『アイリアッ!?』

 いつもの悲しげそうにしてる方の女が叫び声を上げる。なんだ、たかだか一人が死んだだけじゃないか。なんで、そんなに叫ぶ必要があるんだよ。

 僕は、ブレードを相手の頭に貫通させて突き刺していた。

 肉の焼け焦げる匂い、そしてびくびくと体が動いている。跳ねてる魚みたいだ。

 気持ち悪い動きだ、こんなのいらないや。

 腕を振ってブレードから死体を抜くと、息をするのを止めた女が地上に落ちていく。雑魚キャラにはお似合いだ。やっぱり、やられたら落下しなきゃね。

『サーフォ。あ……なたはぁあああっ!!』

 残りの女が叫びながら突っ込んで来た。

 僕は愉快でしょうがない。足枷がやっと消えたんだ。だから、もうなににも縛られない。

「あははは、大丈夫だよ。お前も直ぐに殺してやるから」

『あぁぁぁああああっ!!」

 僕はISTSを発動させて、直ぐに力を底上げした。

 ほら、そうすると相手が蚊みたいな動きになるんだ。瞬時加速《イグニッション・ブースト》で一気に加速して、女に向って突撃する。女がブレードを二刀流にして振り抜いてきた。

 僕もわざと、それに合わせて切り結ぶ。激しい光が、フルフェイスのマスク越しに見えた。

「くぅ!?」

「じゃあね」

 僕は、それを弾き飛ばし、瞬時加速《イグニッション・ブースト》で一気に間合いを詰めなおす。そして、そのまま女の絶対防御を突破して、お腹にブレードを貫通させた。

「馬鹿だね、手の内が丸見えなんだよ。僕にブレードの使い方を教えたのは、アンタじゃないか?」

 腹を貫かれた相手が、ゆっくりと震えながらこっちの方に手を伸ばす。そして、僕の頬を一撫でした。

「サー、フォ。ご、めん、なさい――

 

「ああぁあぁっ!」

 俺は叫び声を上げてベッドから飛び上がると、そのままトイレに駆け込んだ。

「うぅ、げぇ! うぼぁ!!」

 今日食べた物が一気に逆流して、それを便器の中に全て流し込む。酸っぱい味が口の中に広がった。

「うぅ、かは。はぁ、はぁ……」

 吐ききったのを確認してから、ゆっくり立ち上がって備え付けの洗面台で口の中をゆすぐ。やっとのことで落ち着くと、適当にその場でもたれかかった。

 久しぶりに、最悪な夢――――――いや、過去の業か。

「おい、大丈夫か喜久!?」

 騒ぎに気づいた一夏が、慌ててトイレに駆け込んでくる。俺は軽く手を振って答えた。

「大丈夫だよ。起こして悪かった。ちょっと、悪い夢を見たんだ。ほんとにそれだけだから」

「本当に大丈夫なのか?」

 お前は俺と違って優しいな、一夏。

「ああ。だから俺のことは気にしないで、先に寝てくれ。俺も直ぐに寝るからさ」

 一夏が落ち着いた俺の様子を見て、安心してから自分のベッドへと戻って行く。

 きっと、ニコルに会ったから、久しぶりに思い出したのかもしれない。俺はもう一度眠るために、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

     ◇

 

 

 ニコルに忠告を受けたあの日から数日が経った。俺はニコルが去った後で、感情が制御できなくなり。その場で心が折れそうになったが、シャルロットの言葉に救われてなんとか留まれた。

 それは同時に、シャルロットから俺への好意の告白でもあった。

 来週から臨海学校が始まる数日前、ある場所から連絡が来る。そして現在、車で揺られながら目的の場所へと向かっていた。

 平日の真昼間なので、普段なら教室の机に座って勉強している。だから外出許可をもらって、いつものメンバー三人で向っていた。

 俺は今、一緒に付いてきた二人のせいで、頭を抱え始めている。目下の原因は学園側が出してくれているセダン車の後部座席で、件の二人が言い争っていたからだった。

「なぜ、シャルロットさんが一緒に付いて来るのです? 貴方は一夏さんが、お好きだったのではありませんか?」

「セシリア、僕は一言もそんなことを言った記憶はないよ。それに、授業を抜け出すのは良くないんじゃない?」

「それは、貴方が喜久さんに付いて行こうとするからです。貴方こそ、勉学に支障をきたすのではなくて?」

「一日くらい遅れても、僕は平気だよ。それに、セシリアよりも僕の方が、座学の順位は上だと思うけど?」

 まるで、磁石の反発みたいだ。俺は困った顔の男性運転手に頭を下げ、サイドシートから顔を後部座席の方へと向ける。

「……頼む。運転手の人が苦笑いし続けてるから、そこらで勘弁してくれ」

 織斑姉め、なんで笑いながら二人の外出許可を出したんだ。俺は、あんたの笑顔が悪魔に見えたぞ……。

 この日、俺は初めて一夏の苦しみを違う意味で理解した。

 女性は三人揃えば姦《かしま》しいなんて言葉がある。冗談じゃない、二人になった時点でものすごいうるさい。そして、俺の言葉は聞き入れられることはなく、既にヒートアップしていたセシリアが噛み付いてくる。

「だいたいっ! あの電車で、シャルロットさんが飛び降りていくなんて。くぅ、まさかそんな手を使うだなんて……」

 いや、それで正解なんだよセシリア。あの時は、絶対に来ちゃいけなかったんだ。だから、お前はそれで良かったんだよ。

 セシリアが、やられたと言った感じで目付きが鋭くなりだす。シャルロットは少し表情が硬くなっていた。

「とにかく、私は喜久さんに付いていきます。これ以上、シャルロットさんに差を付けられては堪りません。一夏さんと違って、喜久さんは朴念仁ではありませんから。ですが、ほいほいと女性になびき易いタイプでもありませんし」

 おいおい、ヒートアップしすぎだ……。

 しっかし、セシリアって随分ストレートに言うようになったな。

 そして、彼女が溜息を一つ吐きながら呟く。

「……はぁ。まあ喜久さんが、シャルロットさんを完全に受け入れたわけではなさそうなので。それについては安心しましたわ」

「うぅ、」

 あ、シャルロットが歯軋りした。

 頼むから、お前も冷静になってくれ。だいたい、なんで俺が鎮める側に徹さなきゃいけないんだ……。

 しかし、愚痴を言っても始まらない。なんとか機嫌を良くして、怒れる二人を止めようと適当に提案をしてみる。

「なあ、車が目的地に着いたら、なにか飲み物でも飲まないか? だから、静かにしてくれ」

「喜久、安易に物で釣っても良い年を僕はとうに通過してるよ?」

「喜久さん、私はそんなに安い女ではありません」

 裏目に出たよ。俺は、女性の扱い方なんて知らねぇんだよ。

 説得する手段が思いつかず、うな垂れながら口を閉ざした。

 女性の説明書みたいなのがあれば楽なのにと、思わず心の中で唸る。

「大変ですね。まあ、まだ若いんですから。青春は大事ですよ?」

 にこやかに運転手の人が声をかけてくれる。俺は、人の良心に触れて心が癒された。

 盛大に伸びと欠伸をする。それを見ていたセシリアとシャルロットが、ここになって気になっていたらしいことを口にしてきた。

「しかし喜久さん、よくISを受け入れる気になりましたわね?」

「そうだね。喜久、どうして承諾したの?」

「うん? ああ、必要になったんだよ。それだけ」

 ニコルとの接触で、俺はそれまでの考え方を変えた。

 ISが嫌いだのと駄々を捏ねる状態は、もう終わったんだ。これからは力をつけなきゃいけないし、独自のコネによるパイプも増やすべきだ。

 だから、自分の我侭を捨てて、利用できるものは最大限活かしきってかなきゃならない。そんなことを考えていると、運転手の人が声をかけてきた。

「皆さん、そろそろ半縄技術研究所ですから。降りる用意をお願いします」

 運転手の人に言われて、窓越しに外を見る。なにも無い平坦な景色に、一際大きい施設が見えた。

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